科学技術振興調整費ニュース
-第239号-
平成15年5月9日
日本原子力研究所(理事長 齋藤伸三)は中性子回折によりミオグロビンなどのタンパク質に結合する水分子の配向(水和構造)の観察に成功し、生命機能発現に重要な水分子の結合や運動に幾つかのパターンがあることを世界で初めて明らかにした。これにより、タンパク質の立体構造に基づいた新薬の創製に全く新しい指針を与えることが期待される。
水分子は生体内でタンパク質の周囲を取り巻き、タンパク質の安定な立体構造を保つ上で重要な役割を担っているばかりでなく、タンパク質の機能発現やタンパク質同士の分子認識に深く関わっている。タンパク質の立体構造の決定はX線回折やNMR(核磁気共鳴)により進んでいるが、タンパク質周囲の水分子の水素原子の位置の決定が難しく、水分子がタンパク質にどのような位置と方向(配向)で結合しているかは部分的にしか明らかにされていない。一方、中性子は水素原子核で強く散乱されるので、中性子回折にはタンパク質周囲の水分子の水素原子位置まで含めた詳細な配向が見えるという特長がある。
原研では、研究用原子炉(JRR-3)に中性子イメージングプレートを装備した生体物質中性子回折装置を用い、新たに中性子回折データ解析手法を確立して、世界で初めて、ミオグロビン等のタンパク質の全水素原子とともに、タンパク質に結合する水分子の位置と配向を高精度で決定することに成功した。その結果、水分子がどのように結合しているかは大別して三角形、短い棒状、長い棒状、球状の4種類に分類されることを発見した。これらの形状は、例えば三角形では周囲のタンパク質と強く結合し離れにくく、球状では激しく揺動し離れやすいなどといったように、タンパク質を結んでいる水分子の結合の様子や運動の速さに直接関係していることがわかった。また、水分子は大きな電気双極子モーメントを有しており、タンパク質立体構造中の水分子の配向の決定は、タンパク質が情報を認識する源になっているタンパク質周囲の電場分布も明らかにすることになる。このように水分子を含めたタンパク質の表面構造と電場分布が明らかにされることで、分子認識研究やタンパク質と結合して効果を発揮する薬の探索(創薬)が大きく進展することが期待される。
なお、本研究成果は平成11年度から科学技術振興調整費により実施している開放的融合研究推進制度に基づく文部科学省からの受託研究「水素・水和構造を含めた新しい構造生物学の開拓」の成果の一部である。
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(2)生体物質中性子回折装置
中性子を用いてタンパク質やその周囲を取り巻く水分子の水素原子位置を決定する装置。原研の研究用原子炉(JRR-3)には世界最高性能の生体物質中性子回折装置BIX-3(Biological Crystallographyの略)が設置されている。X線は原子中の電子により散乱される。水素原子は1個の電子しかないため酸素(8個の電子を持つ)などに比べX線を弱くしか散乱しない。一方、中性子は水素原子核により、他の原子核と同様に強く散乱される。このため、X線では決めるのが非常に困難である水素原子位置を、生体物質中性子回折装置を用いることで決定できる。
(3)NMR (核磁気共鳴:Nuclear Magnetic Resonanceの略)
原子核のスピンによる磁気共鳴をいう。水素、窒素、炭素原子など核スピンを持つ原子核は磁場中に置かれるとタンパク質中の存在位置に拠って異なるエネルギー状態になり、それを解明することでタンパク質構造が決定できる。
(4)電気双極子モーメント
微小距離をへだてて置かれた正負の電荷を電気双極子といい、その大きさを電気双極子モーメントという。水分子は酸素と2つの水素原子からなる三角形の分子で分子全体では中性であるが、酸素原子はマイナス、水素原子はプラスになっている。このため、分子全体として酸素原子から三角形の水分子の重心に向く電気双極子がある。タンパク質に結合する多くの水分子の電気双極子モーメントにより、タンパク質周囲の電場分布が決まる。
(研究振興局研究環境・産業連携課)
-- 登録:平成21年以前 --