平成10年度研究評価小委員会報告書について 2.国際共同研究総合推進制度 2


2.アジア・太平洋地域に適した地震・津波災害軽減技術の開発とその体系化に関する準備研究
(研究期間:準備研究 平成10年度)



(1) 目 標

 本研究は、地震の多発地帯であるアジア・太平洋地域の地震・津波災害の特性を踏まえて、日本の研究機関とアジア・太平洋地域の研究機関が共同研究を行うと同時に、研究者ネットワークを構築することによって、地域に適した災害軽減技術開発を各エコノミーが進める上で基盤となる防災力向上のための理工学的・社会科学的・人文学的方法論の確立を図ることとする。さらに、開発されたハード・ソフト技術の体系化による総合的な災害軽減技術を確立するためのマスタープランの作成を目標とする。
 今年度は、参加エコノミー多数による国際共同研究という実態を踏まえ、内外の研究者の連携の取れた研究の枠組みを確立させるため、以下の点に重点を置き準備研究を行う。
1)研究計画全体のフレームワークに関する議論と研究項目別の検討
2)本研究移行のための課題抽出と分析
3)APEC地域においてカウンターパートとなりうる研究者、研究機関の調査と説明・討議

(2) 成 果

 本研究における主な研究成果は、以下のとおりである。

1) アジア・太平洋地域に適した被害抑止技術の開発

 「地盤災害の抑止技術の開発」については、発展途上エコノミーにおける研究のプライオリティは建築物の耐震化技術の開発などに比べて高くないと想定していたが、斜面の安定対策や補強・地盤改良などのニーズもあることが判明した。
 「社会基盤施設の耐震化技術の開発」については、各地域の地震活動状況、経済力、活用資材などを考慮し、地震のリスク評価手法とデータ収集、地震の危険度評価、インフラの地震応答の改善、耐震設計法の改善についての研究が重要であるとの認識を得た。
 「建築物の耐震化技術の開発」については、中国においても日本と同様、合理的な性能規定型設計法の開発を急いでおり、耐震設計基準および解析的技術に関する研究と地震災害抑止技術開発のための情報交換を行うことについて研究課題の一致を見た。
 なお、カウンターパートとして、中国、アメリカ合衆国、韓国、シンガポール、台湾、タイとの共同研究の見通しを得た。

2) アジア・太平洋地域に適した災害対応システムの開発

 「都市災害のリスクマネジメント」については、都市圏の社会基盤システムの安全性の向上を図るための事前対応型のリスクマネジメントに焦点を当てることについて、中国との間で認識の共有化が図られ、研究対象地域として、天津・唐山都市圏を取り上げることが適当との結論を得た。
 「地域特性を考慮した防災都市計画」については、唐山地震の復興計画についての詳細な資料を入手し、復興過程の概要の取りまとめを行い、アジア・太平洋地域に即した簡便型の防災設計法を開発するという最終目標を確定した。
 「地震発生後の社会対応に関する比較防災論的究明」については、被害抑止力の弱いアジア・太平洋地域における災害発生後の社会の効果的な対応のあり方を、災害の地域性と歴史性に着目し人類学的な手法を用いて研究することの有効性が確認されるとともに、防災技術を体系化するために集められた文化指標に関する様々な情報の収集を体系的に可視化する手段として、マルチメディアバーチャル防災博物館構想が生まれた。
 なお、カウンターパートとして、中国、メキシコとの共同研究の見通しを得た。

3) アジア・太平洋地域に適した防災技術の体系化

 「地震災害ポテンシャルの基礎データセット構築」については、唐山地域、サンチャゴ地域およびマニラ地域の強震観測の状況を調査し、強震データベース構築の必要性と有用性を確認し、研究の基本的な戦略の方向を見出した。これを踏まえ、広帯域地震学とGPS測地学を基幹とした、高精度の高速データ通信・解析システムを構築し、インフラとして効果的なデータベースを構築する案を策定した。
 「津波の危険度とその減災およびわが国への影響評価」については、パプア・ニューギニア津波災害現地調査や数値計算を実施し、地震による津波のみならず、浅海域で海底地滑りが発生しても、大規模な津波が起こり得ることを確認した。また、現地調査により、遠地津波の情報発信には、地震発生から最低30分から2時間を要し、太平洋沿岸諸国は独自の情報発信機能を持つ必要があること、津波の局所的な遡上特性から数値計算の精度向上が重要であること等が明らかとなった。
 「地震・津波災害調査方法の構築」については、各エコノミーの住宅に関する工法・構造の地域特性に関する調査、耐震基準の調査、地震活動度と既往被害地震の調査を行い調査方法の体系化に向けた課題の抽出を行った。
 なお、カウンターパートとして、中国、チリ、フィリピン、タイ、アメリカ合衆国、インドネシアとの共同研究の見通しを得た。


(3) 評 価

 1. 評価概要

 本研究は、所期の目標に適した研究であり、その成果は高く評価できる。
 地震・津波は瞬時に大量死を招く災害をもたらすだけに、APEC地域共通の課題であり、このような国際協力による研究の重要性については論を待たない。
 本準備研究により、地震の多発地帯であるAPEC地域において、人と情報のネットワークが構築されるとともに、地震・津波災害軽減技術の共同研究のフレームワークについての共通の認識が得られたことは、高く評価できる。
 各研究者は、APEC地域の各研究機関と共同研究を立ち上げるにあたって、高い問題意識を持ち、最終目標であるマスタープランの作成に向け研究活動をより一層推進しているところであり、本格研究に移行することにより、大きな研究成果が期待できる。
 一方、研究内容については、理工学的分野に加え、社会科学的、人文科学的分野からの総合的なアプローチを行おうとしていることは高く評価できるものの、研究項目レベルではハード分野の研究に重点が置かれており、地域特性・避難行動・情報システムなどソフト分野の一層の充実が望まれる。
 また、APEC地域に適した技術開発であるので、各研究項目で実施しようとする具体的な内容については日本の技術ではなく、APEC地域の地域特性を踏まえたものとする必要がある。本格的研究において、新たに大項目として「アジア・太平洋地域における災害の地域特性の評価」を設けたことは評価される。
 準備研究の過程でいくつかの研究項目を削るなど、ある程度の絞り込みはされているが、5年間の本格研究で実行可能な課題に一層の絞り込みを行う必要がある。その際、最終目標であるマスタープラン作りとの繋がりがより強固なものとなるよう配慮することが望ましい。
 研究の推進にあたっては、カウンターパートについては、ほぼ決まりつつあるが、研究相手先エコノミーの体制、経済状況、研究技術水準、施設設備の整備状況などAPEC地域内の多様性に伴う事情を十分に踏まえ研究を進めていくことが望まれる。
 以上のことを留意して、研究内容の一部を再考することにより、本格研究に移行するのが適当である。なお、各研究項目ごとの評価は以下のとおりである。

1) アジア・太平洋地域に適した被害抑止技術の開発

 「地盤災害の抑止技術の開発」については、各エコノミーのニーズがどこにあるのかについての調査が不十分との印象を受けた香港などでは、斜面災害の意識が高いので、共同研究を推進することが望まれる。
 「社会基盤施設の耐震化技術の開発」については、これまで地震によって必ずしも重大な被害を受けてこなかった地域においても災害の持つポテンシャルが認識されており、当研究の重要性は評価されるものである。
 「建築物の耐震化技術の開発」については、一般的に耐震強度が低いと考えられているものを研究対象とし、補強方法の研究、APEC地域(特にアジア地域)の共通基盤施設(学校、病院等)についての耐震の研究等も検討する必要がある。

2) アジア・太平洋地域に適した災害対応システムの開発

 「都市災害リスクのマネジメント」については、GISの先進的な技術を有する中国の研究機関と共同研究の見通しがついたことは、本格的研究への移行にあたって評価できる。研究の推進にあたっては、単なる災害分析だけではなく、実際の災害対応を想定した社会学的な研究とすることが望まれる。
 「地域特性を考慮した防災都市計画」については、各エコノミーにおける都市計画法等の法制度に関する調査も必要であり、法制度の調査を通じて都市災害において政府は何をすべきかを明らかにすることが重要である。
 「地震発生後の社会対応に関する比較防災論的究明」については、防災技術に関する文化指標を収集する際の具体的手法の共通化の手段としては、マルチメディアバーチャル防災博物館構想は非常に有効であると考えられる。開発途上エコノミーの地域の避難システムの比較や相互扶助システムの機能の仕方を研究に加えた方が、先進エコノミーがこれまで取り組んでいない独自性の強い研究になる。今後は、さらに多くの人類学者の協力を得られる体制へと発展させることが望ましい。

3) アジア・太平洋地域に適した防災技術の体系化

 「地震災害ポテンシャルの基礎データセット構築」については、真に重要な情報の収集・加工・提供のプロセスに重点を置いた方法論を打ち出した点で想定以上の成果が得られたと評価される。構築されたデータベースを、いかに現実の防災に、効率よく適用できるかが重要であり、各エコノミーごとの体制が異なるので、カウンターパートとなる相手エコノミー研究機関のおかれている状況を、慎重にみきわめつつ、研究を進めることが必要であろう。
 「津波の危険度とその減災およびわが国への影響評価」については、津波は、瞬時に大量死を招く災害をもたらすだけに、津波の防災は、太平洋沿岸諸国にとっては、共通の課題であり、国際協力により研究を推進することは高く評価される。また、地震津波のメカニズムの解明や予報体制・防災体制の確立、さらには、日本をはじめ、高度に発達した都市港湾地帯での津波危険度の評価や災害軽減策についての研究の進展が期待される。
 「地震・津波災害調査方法の構築」については、建築物とインフラストラクチャーのみだけでなく、調査研究対象をハード・ソフト両面にわたる多岐のものにして、総合的な研究にした方が良いと判断される。加えて、人的被害の調査方法等社会的な課題もさらに充実することが望まれる。
 「地震・津波防災マスタープラン」については、国際ワークショプを開催し、本研究の進め方の方針を固めることができたのは最大の成果である。途上エコノミー自身での人材育成がなされていなければ、折角のマスタープランをそれぞれのエコノミーに生かすことが難しい。各エコノミーがハード・ソフト両面での防災力を高めるよう、自助努力を促すことが必要であろう。

 2. 本格研究の研究計画の考え方

 本格研究における研究計画については、準備研究の研究成果及び評価を踏まえ、以下の点に重点を置くことが適当と考えられる。

1) アジア・太平洋地域に適した被害抑止技術の開発

 斜面災害の意識が高い香港などとの共同研究を推進することが望まれる。
 長期的視点から2期の研究においては、他のインフラ関係の事例を取り上げ、APEC地域共通の技術として波及させていくことが望まれる。

2) アジア・太平洋地域に適した災害危険度評価とその対応システムの開発

 「緊急対応のための技術開発」を新たな中項目として立ち上げる予定としている。1期3年間で研究成果を出すことを考慮すると、リスクマネジメント、防災都市計画など長期的視点に立った対応システムの開発に限定することが適当である。
 また、「都市災害リスク評価とマネジメント」と「地域特性を考慮した防災都市計画」については、相互に連携をとるとともに、役割分担を行う必要がある。これら二つの研究課題については、アジア地域においての都市情報を有しているアジア防災センターと連携をとって本格研究を推進することが適当である。

3) アジア・太平洋地域における災害の地域特性の評価

 本格研究においては、アジア・太平洋地域に適した技術開発を目指すため、アジア・太平洋地域の地域特性を踏まえたものとする必要があり、新たに大項目として本項目を立ち上げることが適当である。
また、準備研究において、大項目「災害対応システムの開発」の中で実施した「災害発生後の社会対応に関する比較防災論的究明」を、最終目標たるマスタープラン作りの背景となる文化理解へとその役割を拡大する意味で、本項目において「アジア・太平洋地域における災害の地域特性の評価」として組み直すことが適当である。

4) アジア・太平洋地域の地震・津波防災マスタープランの構築

 本研究全体の最終成果が「マスタープラン」であることから、準備研究において、大項目「防災技術の体系化」の中で実施した「地震・津波防災マスタープラン」については、独立した大項目とし、すべての研究成果を統合する役割を持たせることが適当である。
 また、マスタープラン構築においては、体系化された地震・津波災害調査方法の構築が不可欠であるので、大項目「防災技術の体系化」の中で実施した「地震・津波災害調査方法の構築」について、本大項目に位置付けることが適当である。


 

-- 登録:平成21年以前 --