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第1章 検討の背景と目的

1‐1.検討の背景

(1)安全・安心な社会を考えるにあたって

 我々はどのような社会を求めていくべきなのだろうか。第2期科学技術基本計画には、21世紀初頭に我が国が目指すべき国の一つの姿として、安全が確保され、人々が安心して心豊かに、質の高い生活を営むことができる「安心・安全で質の高い生活のできる国」が掲げられている。この姿を踏まえ、これからの社会について考えてみると、安全と安心の上に構築される豊かな社会が浮かび上がってくる。
 当懇談会では、豊かな社会の実現には、まず、その基盤となる社会における安全と安心(以下、安全・安心と記す)を確保し維持することが重要であるとの認識に基づき、安全・安心な社会の構築について検討し、今後の国の方針作りに活かすことを目指す。

(2)安全・安心に関する我が国のこれまでの状況

 安全・安心に関して、我が国がこれまでどういった状況であったかについて考えてみたい。
 まず、総論として、我が国では社会生活一般において、安全について深く考えなくとも、一定レベルの安全・安心が得られてきたことが挙げられる。これは、同質性、相互扶助の精神といった日本社会の特性、戦後獲得した高い経済力や比較的小さな所得格差、国際的協調の枠組み等の恩恵であろう。
 次に、安全・安心に対する国民の受け止め方については、ある程度の安全が得られてきたことを背景に、安全は自ら努力せずとも与えられるという受動的な態度と、災害や事故に遭遇してもそれは運命もしくは宿命であり、やり過ごせば自然と復旧するといった「宿命論」ともいうべき考え方が歴史的に存在する。このような安全への受動的な態度と危機に対する「宿命論」的な考え方が妨げとなって、訪れた危機への対応を経験として蓄積し防止策を見直す、危機に対して2重・3重に防御策を講じる、といった危機管理体制が我が国には根付きにくくなっている。
 さらに、安全の確保に関わる側の対応としては、全ての対策を一律に扱うという考え方が主流であり、限られた人的・物的資源の中で最適配分を考えた対策の重点化がされにくいという弊害が生じている。
こういった我が国の危機に対する考え方とその対応は、最初に述べたような一定レベルの安全・安心が得られている限りにおいて、特に問題とはならなかった。しかし、我が国を取り巻く内外の状況の変化を眺めてみると、こうした考え方や対応における限界や問題点が明らかになってくる。

(3)安全・安心な社会をめぐる諸情勢の変化

 近年、米国同時多発テロをはじめとした国際的なテロ活動や核をはじめとする大量破壊兵器の拡散等に関する不透明な情勢、災害や事故の多発化、新興・再興感染症の拡大、情報セキュリティ問題の顕在化、国内治安の悪化等、安全・安心を脅かす要素が今までになく増えてきている。
 テロ活動は、世界的なテロへの取り組み強化にも関わらず、世界中で頻発しており、大量破壊兵器の拡散に関する懸念も強まっている。災害・事故については、マグニチュード7以上の地震発生や火山活動の活発化、RDF(ごみ固形燃料)処理施設の火災、工場における重大事故の続発等、各地で不安が広がっている。80年代から世界的には危険が認識されていたものの、日本では真摯な取り組みが十分になされてこなかった感染症についても、新型肺炎SARSの流行とSARS感染の疑いがある者の入国問題によって、現実的な不安として改めて人々に実感されるようになった。また、鳥インフルエンザやBSEといった人獣共通感染症の発生・拡大により、身の回りの動物や食物から感染するのではないかといった不安も高まっている。情報通信分野では、コンピューターウィルスやサイバー攻撃による被害が急増している。我が国の治安においては、犯罪件数の増加と検挙率の低下、少年・外国人犯罪の急増、犯罪の複雑化等、近年悪化の傾向を示している。
 こうした脅威や危険の裏には、どういった情勢の変化があるのであろうか。以下では、安全・安心に影響を与えうる諸情勢の変化について考察する。特に、現代社会に対して影響力が大きいと考えられる科学技術の発展により起きた変化に注目するとともに、社会的な情勢の変化についても考察する。

1 科学技術の発展によって起きた変化

 科学技術の広範な発展がもたらした重要な変化を4点挙げる。第一に、言うまでもないことであるが、科学技術の多大な貢献による、人類の福祉と生活の利便性の飛躍的向上ならびに経済活動の発展である。第二に、人・物・資金・情報の移動が容易になったことによる、国・地域・組織・個人の各レベルでの相互依存性の高まりである。第三に、我々の日常生活や社会活動は、科学技術によって作り出されたインフラ(社会基盤)に大きく依存した状況となっていることである。第四に、科学技術が人間の活動力を高めたことに比例する、社会における個人の影響力の増大である。
 一方、科学技術の発展は、人類にとっての脅威、個人の不安、そして社会の脆弱性の増大等、いわゆる負の側面をもたらしている。科学技術がもたらした経済活動の発展の副産物である環境問題は、人類の活動に影響を与え、最終的には生存すら脅かす可能性も議論されている。また、科学技術が専門化、高度化すればするほど、個人のレベルでは、科学技術を利用したシステムの全体が把握できなくなり、「分からない」「見えない」といった科学技術への不安感が醸成される傾向にある。さらに、人々のニーズや欲望を満たすことに主眼を置いてシステムを開発した結果、利用して初めて気付くような隠れた危険がシステムに内在していることや、前述した科学技術による人間の活動力の高まりにより、事故が起きたときの被害が拡大することがある等、科学技術が社会の脆弱性を増大させている側面も見受けられる。

2 社会的な変化

 日本社会の独特な変化としては、まず、西洋近代の受容に伴う価値観のゆらぎが挙げられる。明治維新以降、我が国は西洋近代から科学技術を柔軟に取り入れることで国を発展させてきた。しかし、同時にその基盤となっていた西洋近代の価値観(個人倫理、人間中心主義 等)については、集団倫理、宿命的自然観といった伝統的価値観と相容れなかったため、西洋近代の価値観を部分的にしか受容してこなかった。その一方で、伝統的価値観に基づく安定した秩序感も西洋近代の到来以降崩れてきており、安心を得るための確固たる精神的基盤がない状態にある。このような状況の中で、人々の暮らしの安全を支えていた地域コミュニティも崩壊してきている。その一方、阪神淡路大震災を契機として、国民の間にボランティアに参加する意識が向上し、様々なNPO・NGOによる防災活動が始められている。
 また、経済活動や政治的混乱からの回避を目的とした人々の国境を越えた移動により、比較的同質的な社会であった我が国でも多様な価値観が内在する社会へと変容してきており、今後その傾向は一層増すであろうことが挙げられる。さらに、一定レベルの安全が保たれてきた中で、安全に対して他人任せとなり、自分の判断で身を守るという意識が低下してきたことも懸念すべき変化である。
 日本に限らない社会的現象としては、人間活動が未踏の地域や未知の領域に拡大したために、未知の危険に遭遇する可能性が高まるとともに、相互依存のネットワークに乗って、そうした危険が世界のどこにでも波及する可能性が高まっていることが挙げられる。また、先進諸国における少子高齢化と途上国における人口増加に見られるように、人口分布の不均衡が進んでいることが挙げられる。さらに、国際政治環境の変化により、経済力が国力の一つとして大きな地位を占めるようになったことも、注目すべき変化である。

(4)安全・安心な社会の構築への意識と投資の必要性

 以上考察した科学技術の発展によって起きた変化、社会的な変化をまとめると、安全・安心に関して我が国を取り巻く状況は、大きく変質してきたといえるのではないか。
 まず、相互依存の高まりや社会における個人の影響力の増大によって、内部を含めどこからでも容易に、組織や地域社会、国などの安全・安心が脅かされるようになった。さらには、その被害・混乱は、高度化・複雑化した社会の脆弱性の上で増大するようになってしまった。もはや、「安全・安心は意識せずとも得られる」という神話は崩れ、日常生活のどこにでも危険が潜んでいる状態であり、安全・安心に対する意識と投資が必要な社会というのが我が国の現状ではないだろうか。しかも、このような現状に対し、安全・安心な社会の構築に資する技術や人材、さらに、国、地方自治体、個人が一体となって危機に対応する仕組み等は十分には用意されていない。
 このような状況を踏まえ、各分野で安全・安心に関連した施策の策定・実行がなされつつある。たとえば、情報セキュリティに関しては、e-Japan戦略2が2003年7月にIT戦略本部により策定されるとともに、それを基にしたe-Japan重点計画2003(2003年8月)において、情報セキュリティ関連の施策が重点政策として挙げられている。また、犯罪対策に関し、「犯罪に強い社会の実現のための行動計画」が、2003年12月に犯罪対策閣僚会議により策定され、「世界一安全な国、日本」の復活を目指した推進方策がとりまとめられている。
 一方、国際社会においては、相互依存性の高まりにより一国で発生した危険が世界に波及しうる状況にあり、国際的な協調の下で安全・安心を確保する必要性が高まってきている。世界経済フォーラムの直近の年次総会(通称ダボス会議、2004年1月)においても、「安全と経済的繁栄」が主題として取り上げられている。
 国内外における安全・安心を脅かす要素の増大を反映してか、国民の安全・安心に対する関心が近年高まっている。国民の安全に対する意識についてアンケート調査(全国から3600人を無差別抽出、有効回答率41%)を実施したところ、「特に近年身の回りの危険が増したか」という質問に対し、「多くなった」と「どちらかといえば多くなった」をあわせると、回答者の70%を占め、近年危険が増しているという見方が国民の多数を占める結果が得られた。また、国民生活選好度調査1における国民生活に関する60の項目について、調査結果から重要度の高い順に並べたところ、上位10項目すべてが、安全・安心に関連する項目であった。このことは、国民が社会の安全・安心に関する事柄が重要であると考えていることを示している。上述のダボス会議に合わせて行われた国際世論調査においても、「自国が10年前に比べて安全でなくなった」と考える日本人の比率は86%に達しており、全世界平均の57%を上回っている。
 したがって、日本および国際社会の現状、国民的関心の観点から、安全・安心な社会の構築は、我が国において喫緊の課題となっていると考えられる。

1.「平成14年度国民生活選好度調査」内閣府(平成15年3月)

(5)安全・安心な社会の構築に資する科学技術の検討の必要性

 1999年7月に開催された世界科学会議において、21世紀における科学技術のあり方の一つとして、「社会における、社会のための科学」が打ち出された。安全・安心な社会の構築は、現在の社会が抱えている喫緊の大きな課題の一つであり、内閣府が行った「科学技術と社会に関する世論調査」においても、安全の確保のため高い科学技術水準が必要と考える国民の比率は7割近くとなっており、安全・安心な社会の構築に対する科学技術への期待は大きい。
 国際的にも、OECD(経済協力開発機構)科学技術政策委員会閣僚級会合(2004年1月)の場で、「安心と安全の強化」について話し合いがなされ、また、2004年2月には、日米両国政府の局長級の科学技術関係者間で「第1回日米安全・安心な社会に資する科学技術に関するワークショップ」が開催され、社会における様々な脅威やリスクに対し、両国が科学技術協力協定の下、どのような協力ができるかについて議論が開始されたところである。
 このような状況を鑑みると、安全・安心な社会の構築のために科学技術を推進することは、新たな知の創造、経済への貢献と並んで今後の科学技術政策の重要な基軸であり、また、安全・安心な社会を実現する技術の基盤を強化し、国際的な安全・安心の増進に貢献することは、経済力・技術力を背景とした我が国の安全保障上、重要な方策であると考えられる。
 科学技術は、安全に関する要素技術やシステム技術に見られるように、安全・安心な社会の実現に大きく貢献する力を有しており、安全・安心な社会の実現に際し、科学技術の活用が大きく期待できる。しかし、それだけでは、安全・安心な社会が実現できるものではなく、社会制度的な様々な取り組みと一体となって初めて効果が得られるものである。今後は、社会ニーズに立脚しつつ、科学技術の側からも積極的な提案を行い、社会制度的な対応と一体となった取り組みを進めていくことが不可欠である。このため、当懇談会としては、安全・安心な社会の構築に資する科学技術政策上の課題を検討しつつ、それに関連する社会制度的課題も含めて検討を進めていく必要があると考える。

1‐2.検討の目的

 以上の背景を踏まえ、当懇談会は、安全・安心な社会の構築に向けた科学技術政策上の重要課題および関連する社会制度的な課題を抽出することを目的とする。
 同時に、安全・安心な社会の構築が急務となっている最近の情勢の変化は、一過性のものではなく、構造的なものであり、今後、中長期的な観点から、科学技術政策上の取り組みを本格化させていくことが不可欠と考えられることから、第3期科学技術基本計画に向けた事前検討も視野に入れた検討を実施する。

お問合せ先

科学技術・学術政策局政策課

(科学技術・学術政策局政策課)

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