安全・安心な社会の構築に資する科学技術政策に関する懇談会中間報告 第3章


第3章    安全・安心な社会の構築に向けて取り組むべき課題と対策
   〜科学技術および社会制度2の両面から〜

   本章では、前章で提示した安全・安心な社会の構築に向けて、取り組むべき課題とその対策について検討する。第1章で述べたように、安全・安心な社会の構築には、科学技術の側から積極的な提案を行うとともに、社会制度的対応と一体となった取り組みが不可欠であるとの観点から、科学技術に加えて関連する社会制度の面からも検討を進める。検討の方針としては、まず、安全・安心を脅かす要因の把握・整理を行い、その中から重点的に取り組むべき課題を抽出する。このとき課題抽出に用いるための検討軸は、第2章で示した目指すべき安全・安心な社会の概念を踏まえて選定する。さらに、抽出した重点課題に対して、科学技術および社会制度の両面から対策を検討する。
   本検討は現在継続中であるため、本報告では検討の途中経過として、安全・安心を脅かす要因の整理、重点課題抽出のための検討軸および安全・安心な社会の構築に向けた対策の検討状況を示す。また、重点課題の候補と目される喫緊に取り組むべき課題を示す。

3−1.安全・安心を脅かす要因の把握・整理
   安全・安心な社会の実現に向けて重点的に取り組むべき課題を抽出するため、安全・安心を脅かす要因の全体像を俯瞰する。全体像を俯瞰するためには、安全・安心を脅かす要因の網羅的把握と体系的な整理が必要である。しかしながら、安全・安心に関わる分野は非常に幅広いため、全てを網羅することは非常に難しい。ここでは、全体像を俯瞰するための一つの試みとして、安全やリスクに関する幅広い知識をまとめた文献3や専門家のヒアリング等を参考に安全・安心を脅かす要因を抽出するとともに、世の中の様々な出来事を取り上げている新聞記事や国民の意識を反映している世論調査からも同様な抽出作業を行い、両者を総合して系統的に整理、検討した。安全・安心を脅かす要因の分類を表1に示す(表の詳細については参考資料1を参照)。分類の結果、安全・安心を脅かす要因は大きく分けて、犯罪、事故、自然災害、戦争、サイバー空間の問題、健康問題、社会生活上の問題、経済問題、政治・行政の問題、環境・エネルギー問題の10の領域となった。今後、この分類表をもとに次に述べる重点課題抽出のための検討軸に沿って、重点的に取り組むべき課題を抽出する。

表1   安全・安心を脅かす要因の分類
大分類 中分類
犯罪 テロ、犯罪、迷惑行為
事故 交通機関の事故、インフラ事故、火災
危険物による事故、社会生活上の事故
自然災害 地震災害、風水害、火山災害、雪害
戦争 戦争、国際紛争、内乱
サイバー空間の問題 コンピューター犯罪、ネットワーク犯罪
サイバー空間上の障害
健康問題 病気、子供の健康問題、老化、医療問題、
食品衛生問題、遺伝子操作による悪影響
社会生活上の問題 教育問題、人間関係のトラブル、育児の問題
生活経済問題、社会保障問題、老後の生活悪化
経済問題 経済悪化、経済不安定
政治・行政の問題 政治不信、制度変更、財政破綻、少子高齢化
環境・エネルギー問題 地球環境汚染、地域環境汚染、室内環境汚染
化学物質汚染、資源・エネルギー不足

3−2.重点課題抽出のための検討軸
   重点的に取り組むべき課題の抽出に用いる検討軸を、目指すべき安全・安心な社会のイメージを踏まえ、安全の確保、国際的対応および安心の観点から検討する。
   安全確保の観点からは、リスクを社会の受容レベル以下に極小化することが求められる。しかし、リスクによっては社会の受容レベルが明らかでない場合や、一意に決まらない場合がある。また、社会の受容レベルは、状況に応じて変動するため、リスクと社会の受容レベルとの関係を常に把握する必要がある。したがって、社会の受容レベルが明らかなリスクについては、リスクが社会の受容レベルを超えているかどうかを重点化の検討軸とすべきであるが、社会の受容レベルが明らかでない場合は、他の検討軸により重要度を評価すべきである。また、予防コストが被害発生後の対策コストに比べて非常に低いことを考えると、現状では被害の規模が小さくても放置すると増大する恐れがあるリスクについては、重点的に取り組むべきであると考える。
   国際的な対応の観点からは、国際貢献度や国際協調の必要性、さらに日本が持つ対策技術における国際競争力の強さのレベルを重点化の検討軸とすべきであると考える。
   安心の観点からは、不安を拡大する要素の大きさや対策による社会的不安の解消度を重点化の検討軸とすべきである。また、近年におけるリスクの顕在化の度合いについても、その度合いが大きい場合、いち早く対策を講じ社会的な不安を取り除く必要があることから、重点化の検討軸とすべきであると考える。
   以上の検討軸および今後の議論を踏まえた上で、安全・安心を脅かす個々の要因を総合的に評価し、重要課題を抽出する予定である。

3−3.安全・安心な社会の構築に向けた対策の検討
   安全・安心な社会の構築に向けて実施する対策は、対象とするリスクによって多種多様である。それらの対策の中から共通性の高い対策を抽出し、対策の共通基盤とすることで、様々なリスクに幅広く適用でき、対策の大きな波及効果が期待できる。また、リスクの特性に応じた対策の種類を把握することで、類似の特性を示すリスクに対して効果的な対策の方針を示すことが可能となる。そこで、重点課題の抽出とは別に、特性が異なる複数のリスクに対してケース・スタディを行い、その中から、共通性が高い対策およびリスクの特性と対策の対応関係の抽出を試みた。
   ケース・スタディで対象とするリスクについては、本検討の目的が、科学技術とそれに関連する社会制度における対策の抽出であることから、科学技術による低減が期待できるリスクを前提とし、近年の情勢変化が大きく影響していると考えられるリスクの中から、互いの特性が異なる以下の4種類のリスクを取り上げる。このため、従来から認知されているリスク(一般犯罪、交通事故等)や、社会的には不安が大きいものの、漠然とした不安感が大きく、その対策の絞り込みが難しいリスク(経済的不安、健康・老後の不安 等)について今回のケース・スタディでは取り上げないこととした。

1  サイバー犯罪
(技術の高度化により出現したサイバー空間に係る人為的被害の例として)
2 テロ攻撃(実空間に係る人為的被害の例として)
3 感染症(医学・生物学的に大きな被害の例として)
4 大都市災害(巨大災害に係る被害の例として)

   ケース・スタディでは、各リスクに関連する文献や複数の専門家のヒアリングから対策を洗い出して分類し、共通的対策およびリスクの特性に応じた対策を抽出した。対策の分類にあたっては、対策における技術面および社会制度面の課題を抽出する観点から、技術的対策と社会的対策に分けた。なお、分類上、技術的対策と社会的対策を分けているが、対策を実施するにあたっては、両者を組み合わせた形で実施すべきものである。
   ケース・スタディから抽出した共通的な対策および各リスクに特徴的な対策を表2に示す。4種類全てのリスクに共通した技術的対策としては、脆弱性の発見、対策効果把握のための被害予測シミュレーション、危険性を評価しその地理的位置を表示する技術、被害発生時の情報収集・提供、安全・安心に関するリテラシー養成、被災者の心理的影響のケア、リスク・コミュニケーション4等が挙げられる。意図を伴ったリスクについては、犯罪心理分析等を用いた危険行動の予測が挙げられる。また、4つのリスクに共通的な社会的対策としては、対策実施におけるプライバシー保護、被害回復のための助成・支援、対策情報の継続的な周知・教育、リスクに対応する専門人材の育成、国内外の関係組織(国際機関、行政、NPO等)の連携促進が挙げられる。意図を伴ったリスクについては、その意図を抑止する制度的措置が挙げられる。これらの対策はケース・スタディで取り上げた4つのリスク以外にも適用可能な部分が多く、対策の共通基盤として重点的に推進すべきであると考える。
   一方、リスクに特徴的な対策からは、リスクの特性に応じた対策が抽出された。サイバー犯罪の特徴は、個人の匿名性が高く悪意を持った利用者の判別が困難な点と脆弱性の解消が大きな課題である点にあり、暗号・認証による不正アクセス対策、脆弱性の解消、セキュリティ・レベルの維持等の対策が挙げられる。テロ攻撃については、危険物または武器の使用と、意図が介在しているという特徴があり、危険物探知、不審人物の監視・行動の把握、侵入阻止といった対策が挙げられる。感染症の特徴としては、病原体およびその移動性が挙げられ、それに対応する対策として、病原体の早期同定、病原体の流入阻止、移動経路の追跡、感染経路の管理・遮断等が挙げられる。大都市災害については、災害発生の防止が困難で、稀にしか起こらないという特徴があり、耐災害性の強化、発生時の被害軽減、平常時の防災性向上による災害発生時への対応強化といった対策が挙げられる。
   以上のケース・スタディによって、共通的な対策とリスクの特性と対策の種類との対応関係が抽出できることが明らかとなったと考えられる。したがって、今後は重点課題に選んだリスクの特性をより幅広く分析し、リスクの特性に応じた対策の対応関係を抽出していく。

表2   共通的な対策と各リスクで特徴的な対策
  技術的対策 社会的対策
共通的な対策
脆弱性の発見、対策効果把握のための被害予測シミュレーション
危険性を評価しその地理的位置を表示する技術
被害発生時の情報収集・関係者への提供
犯罪心理分析等を用いた、意図持った人物の行動予測
安全・安心に関するリテラシー養成
被災者および被害者の心理的影響のケア
リスク・コミュニケーション
技術的対策実施におけるプライバシー保護
悪意を抑止する制度的措置
被害回復のための助成、支援
対策に関する情報の継続的な周知・教育
対策を実施する専門人材の育成
対策を実施する国内外の関係組織の連携促進
   (国際機関、行政、NPO等)
適切な情報提供体制










サイバー
犯罪
暗号、認証技術による不正アクセス防止
システムの脆弱性解消
ネットワークへの不正アクセス防止
ユビキタス環境におけるセキュリティ技術
セキュリティ・マネジメント体制の強化
セキュリティ・レベルの第三者機関による認定
テロ攻撃
危険物検知・探知
個人認証、不審者検知・特定
侵入者・不審者監視、侵入防止
危険物質の除染技術の高度化
緊急対応時の装備器具の充実・高度化
情報収集活動
危険物の規制、管理
空港・港湾、重要施設における監視体制強化
感染症
病原体の流入阻止
(検疫所における診断技術等)
ワクチンおよび薬剤の研究開発
病原体の早期同定
病原体の流出入阻止(人の流れ、物流の管理)
病原体の移動経路追跡
感染経路の管理と遮断
国際貢献に資する人材育成拠点の整備
大都市災害
建築物、構造物に対する耐災害性の確保
ライフラインの耐災害性強化
平常時の社会システムの中に防災性を高める仕組みの積極導入
地域コミュニティによる防災体制の充実
建築物の耐災害性確保のための制度充実

3−4.喫緊に取り組むべき課題
   以上のように、安全・安心な社会の実現に向けて重点的に取り組むべき課題を抽出するための検討を行っているが、社会には、すでに危険が顕在化し、喫緊に取り組む必要があるものが少なからず存在している。これらの課題は、重点的に取り組むべき課題の候補として注目すべきであると考える。そこで、これまでの懇談会で挙げられた喫緊に取り組むべき課題を以下に示す。

1  人々の暮らしの基盤である社会システムの安全・安心
 
   ・  情報ネットワークの信頼性
・  都市防災
・  大規模プラントや交通システムの事故対策

2  人の生存を脅かす感染症や環境問題からの安全・安心
 
   ・  新興・再興感染症
・  科学技術文明が有する負の側面としての環境問題(地球規模、地域的)

3  人為的な脅威からの安全・安心
 
   ・  フィジカル・セキュリティ
(人物の識別、危険物の探知・監視、情報収集   等)
・  サイバー・セキュリティ



[用語説明]
2    ここでいう社会制度とは、法制度に限らず、社会的な取り組みも含めたものとする。
3    「リスク学事典」日本リスク研究学会編、「安全の百科事典」編集代表:田村昌三、「防災白書」内閣府編 等
4    リスクについての情報や意見の交流を社会全体で行い、情報共有すること

-- 登録:平成21年以前 --