平成27年度履行状況調査の結果を踏まえた総評

  1. はじめに
       文部科学省では、「研究活動における不正行為への対応等に関するガイドライン」(平成26年8月26日文部科学大臣決定)(以下「ガイドライン」という。)第5節に基づき、各研究機関におけるガイドラインを踏まえた体制整備等の状況等を把握することを目的として履行状況調査を実施し、調査結果として「研究活動における不正行為への対応等に関するガイドラインに基づく平成27年度履行状況調査の結果について」(以下「報告書」という。)をまとめた。
       調査結果から明らかになったこととして、多くの研究機関において、ガイドラインを踏まえ、所属する研究者等に対する研究倫理教育の実施、公正な研究活動を行う環境を確立するための取組、また、これらの取組を適切に実行するための体制や規程等の整備を着実に進めていることが伺える。
       一方で、自機関では不正行為は起こり得ないとの認識により取組を実施していない研究機関や、小規模の組織であるため体制を整備するには至らないと考えている研究機関なども見受けられた。こうした傾向は、企業や私立短期大学等で多く見られ、必ずしもガイドラインの趣旨が十分に浸透していない現状が伺える。
      ガイドラインは、研究活動における不正行為を抑止する研究者、科学的コミュニティ、研究機関の取組を促しつつ、不正行為に適切に対応するために、それぞれの研究機関が整備すべき事項等について示す指針であり、いわば研究活動を行う上での必要なルールを示すものである。研究機関が責任を持って、それぞれの研究機関の性格や規模等を考慮しつつ、研究活動における不正行為を抑止する環境を整備していくことが必要である。
       このことに鑑み、文部科学省として、報告書にまとめられた調査結果において、特に現状において重要と捉える事項を以下に示すものである。

  2. 調査結果を踏まえた現状における課題
    (1)研究倫理教育を実施する体制の整備状況について(報告書本編7~11ページ)
       研究倫理意識を醸成していく上で、研究機関の責任として、研究活動上の不正行為を事前に防止するための体制の整備が重要な柱に位置付けられる。
       調査結果において、「a.既に体制を整備済み」又は「b.平成27年度末までに体制を整備する予定」とする研究機関が、調査対象機関の約87%であった。
       一方で、残る約13%の研究機関については、「c.平成28年度以降に体制を整備する予定」、「d.検討中であり、体制を整備する時期は未定」又は「e.体制を整備する予定はない」と回答している。「e.体制を整備する予定はない」と回答する27機関では、「検討の時間がない」や「研究者が少人数しか所属していない」などの理由を挙げている。
       科学研究における不正行為は、真実の探求を積み重ね、新たな知を創造していく営みである科学の本質に反するものであり、人々の科学への信頼を揺るがし、科学の発展を妨げ、冒涜(ぼうとく)するものであって、許すことのできないものである。文部科学省や資金配分機関から配分を受ける研究費により研究活動を行う場合、それらの研究費が国民の税金によって賄われていることからも、研究活動の公正性の確保が求められるものであることを十分理解し、ガイドラインを踏まえ、研究倫理教育を実施するための体制を速やかに整備する必要がある。

    (2)研究倫理教育の受講の義務付け状況等について(報告書本編12~18ページ)
        研究機関においては、所属する研究者等に対して、研究倫理に関する知識を定着・更新することを目的として、定期的に研究倫理教育を実施することが求められている。
        調査結果において、研究者のうち本務者については、調査対象機関の約57%の研究機関が研究倫理教育の「a.受講を義務付けている」と回答している。
        一方で、約32%の研究機関では「c.現時点では受講を義務付けていない」と回答しており、また、本務者以外の研究者、研究支援人材、学部学生及び大学院学生については、「c.現時点では受講を義務付けていない」と回答する研究機関の割合が総じて高い。
        このうち本務者及び本務者以外の研究者について、“現時点では受講を義務付けていない機関における今後の予定”を調査した結果、「c.受講を義務付けるか否か未定」、「d.受講を義務付ける予定はない」とする回答が、私立短期大学、企業において多く見られた。その理由として、「現時点では、公的研究費に応募・採択された研究者を対象に行っている」や「一部、特定の業務を実施している研究者について義務化の是非を検討中」などを挙げている。
    また、研究倫理教育の受講頻度について、研究者のうち本務者については、調査対象機関の約94%の研究機関が「a.機関全体で共通の頻度で定期的に実施することとしている」又は「b.受講対象者によって頻度が異なるものの、定期的に実施することとしている」と回答した。
       一方で、約5%の研究機関では「d.定期的に実施することはしていない」と回答しており、また、本務者以外の研究者、研究支援人材においても同様の結果である。その理由として、「研究倫理教育の実施は今年度が初年度であるため、受講の頻度については今後の検討課題としている」として、検討中であることを理由に挙げている研究機関が多く見受けられた。
        ガイドラインは、競争的資金による研究活動のみならず、競争的資金以外の公募型研究費、国立大学法人や文部科学省所管の独立行政法人に対する運営費交付金、私学助成等の基盤的経費その他の文部科学省の予算の配分又は措置により行われる全ての研究活動を対象とするものである。調査の結果からは、そのことを十分理解していないと思われる研究機関があることが推察できる。
        各研究機関においては、研究者や研究支援人材など、広く研究活動に関わる者を対象に定期的に研究倫理教育を実施することはもとより、将来、研究に携わる可能性を有する学生の研究者倫理に関する規範意識を高めていく上でも研究倫理教育を実施していくことが必要である。

    (3)一定期間の研究データの保存・開示について(報告書本編19~22ページ)
        研究者が自らの研究活動によって生み出された成果やそのもととなる研究データを適切に保存し、必要に応じて開示することは、研究者がわきまえるべき基本的な注意義務として、研究者に課せられた責務であり、研究機関においては、研究者に対して一定期間研究データを保存し、必要な場合に開示することを義務付ける規程を設け、その適切かつ実効的な運用を行うことが求められている。
        調査結果において、“研究データの保存及び必要に応じた開示の義務付けに係る規定の整備状況”については、調査対象機関の約5割(49.1%)の研究機関が「a.規定している」と回答した。
       一方で、同率(49.1%)の研究機関が「c.規定していない」と回答している。
       さらに、“研究データの保存及び必要に応じた開示の義務付けに係る規定が整備されていない研究機関における今後の対応予定”について調査した結果、「c.検討中であり規定する時期は未定」、「d.規定する予定はない」と回答する研究機関が見られた。その理由として、「研究データの保存及び開示については、研究者本人の管理に任せており、規程上明記していない」や「データの保存は研究者として当然のことであるというコンセンサスを所属研究者間で共有していることから、現時点では規定するに至らないと考えている」などが挙げられている。
        研究者が研究を進める上での内在的な動機だけでは、適切な研究データの保存・開示には限界がある。このため、研究者自らが、責任を持って研究データの保存及び開示を行うことを明確に規定することを含め、研究データの保存・開示に当たっては、保存の対象とする研究データの範囲、研究データの性質等を踏まえた保存期間や保存方法などについて、研究機関として規程を整備し、研究者等に周知していく必要がある。

    (4)特定不正行為への対応等について(報告書本編23~34ページ)
        研究機関においては、不正行為を抑止するための環境整備のみならず、研究活動における特定不正行為の疑惑が生じた際の調査手続や方法等に関する規程や体制等を適切に整備することが必要である。
        調査結果において、ガイドラインを受けた、“特定不正行為の疑惑が生じたときの調査手続や方法等に関する規程の整備や見直し”については、調査対象機関の約85%の研究機関が「a.実施している」又は「b.平成27年度末までに実施する予定」と回答している。
        一方、約11%の研究機関が「d.検討中であり実施する時期は未定」又は「e.実施する予定はない」と回答している。研究機関種別で見た場合、その割合は、私立短期大学や企業で多く見受けられる。「e.実施する予定はない」の理由として、「特定不正行為が発生することを想定していない」、「所属する研究者が少ない」などを理由として挙げているが、文部科学省の予算の配分又は措置により研究活動を実施する上では、規程の整備が求められる。
        また、調査の結果から、各研究機関における不正行為への対応に関する規程においては、必ずしもガイドラインに記載している全ての事項について規定されていないことが明らかとなった。ガイドラインの目的は、不正行為の疑惑が生じた際に各研究機関が対応すべき指針を示すものであることから、ガイドラインを踏まえた運用ができるのであれば、必ずしも全ての事項について規定することを求めるものではなく、規定されていないことが直ちに問題となるわけではない。
        しかしながら、ガイドラインでは、例えば、「研究者に対して一定期間研究データの保存及び必要に応じた開示を義務付けること」、「告発を受け付けた後、本調査を行うか否か決定するまでの期間の目安」、「調査結果の、配分機関や文部科学省への報告」など最低限規定することを求めている事項がある。これらの事項については、全般的に「規定している」又は「平成27年度末までに規定する予定」と回答した研究機関が多いものの、一部においては、「規定する予定はない」とする回答が見受けられた。
        ガイドラインにおいて規定化を求めている項目については、確実に規定することが必要である。

    (5)各研究機関において整備されている規程について
        書面調査では、各研究機関における不正行為への対応に関する規程の提出を求めた。
        その内容を確認したところ、対象とする研究活動を科学研究費補助金等の競争的資金に限定している研究機関が多く見られた。ガイドラインは、競争的資金のみならず、競争的資金以外の公募型研究費、国立大学法人や文部科学省所管の独立行政法人に対する運営費交付金、私学助成等の基盤的経費その他の文部科学省の予算の配分又は措置により行われる全ての研究活動を対象としていることの認識が不十分であることが伺える。
        また、その他にも、各研究機関における規程の中で、不正行為の定義として、従来のガイドラインによる「故意による不正行為」に加えて、ガイドラインで新たな定義として加えられた、「研究者としてわきまえるべき基本的な注意義務を著しく怠ったことによる不正行為」について規定していないなど、ガイドラインの理解が十分でない研究機関が見受けられた。
        さらに、研究費の不正使用に関するガイドラインである「研究機関における公的研究費の管理・監査のガイドライン(実施基準)」(平成19年2月15日(平成26年2月18日改正)文部科学大臣決定)に基づく規程をもって整備済みと回答している研究機関も見受けられたところである。

    (6)現地調査について(報告書本編43~62ページ、資料編47~122ページ)
        書面調査のほか、ガイドラインを踏まえた体制整備の状況や他の研究機関の参考となる取組等を把握することを目的として、平成26年度以前に特定不正行為の事案が報告された研究機関及び科学研究費補助金の採択件数が上位の研究機関の中から抽出した9研究機関を対象として、担当者や研究者へのヒアリング及び研究室等への訪問により現地調査を実施した。
        詳細については、報告書で述べたところであるが、現地調査を実施した研究機関においては、研究機関の特徴等を踏まえた体制や規程等の整備、研究倫理意識の醸成、研究データの保存・開示等の取組が行われており、総じて公正な研究活動の推進に向けた取組を機関が一丸となって進めていることが伺えるものであった。
        また、体制の整備、研究倫理意識の醸成等について特徴的な取組を行っている研究機関が見られるとともに、多くの研究機関において、研究データの保存対象や保存期間、保存方法などの詳細について検討が進められているところであった。公正な研究活動の推進に向けて、こうした個別の研究機関における取組事例を他の研究機関と共有していくことが必要である。

  3. 今後の対応について
        調査の結果、研究機関において、ガイドラインに基づく体制や規程等の整備、研究倫理教育の実施など公正な研究活動の推進に向けた取組が進められている一方で、ガイドラインの趣旨が十分に理解されているとは言い難い研究機関や、今回の調査を研究費の不正使用への対応に関するものと誤解していると思われる研究機関、研究機関の性格や規模等を踏まえたとき、ガイドラインに基づく取組の実施に困難を抱えている研究機関も見受けられた。
    こうした背景には、ガイドラインそのものがすべての研究機関に十分に認知や理解がされていないことが挙げられる。
        このため、文部科学省としては、ガイドラインへの対応が十分ではないと見受けられる機関に対して、ガイドラインの周知徹底、指導・助言等を行っていくこととする。
        また、研究機関に対する説明会等を開催し、今回の調査結果の説明や個別の研究機関における取組事例の紹介等を行うとともに、今後も個別の研究機関における取組を把握し、そこで得られた取組事例を公表していくことにより、各研究機関における研究不正に対する取組を更に促進させていくこととする。
        なお、当該調査等を今後も定期的に実施することにより、ガイドラインを踏まえた研究機関における継続的な取組を確認していくこととする。

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