伝統的文化及び民間伝承の保護に関する勧告

伝統的文化及び民間伝承の保護に関する勧告(仮訳)

1989年11月15日 第25回ユネスコ総会採択

 国際連合教育科学文化機関の総会は、1989年10月17日から同年11月16日までパリでその第25回会期として会合し、
 民間伝承は人類の普遍的遺産の一部を形成するものであり、また、それは異なる民族及び社会集団を結び付け、かつ、その文化的独自性を主張するための有力な手段であることを考慮し、
 その社会的、経済的、文化的及び政治的重要性並びに民族の歴史におけるその役割及び現代文化におけるその位置付けに留意し、
 文化遺産及び現存文化の不可欠な要素としての民間伝承の特質及び重要性を強調し、
 民間伝承の伝統的形式、特に口頭伝承に関する側面の極度の脆弱性及びその消失の危険性を認識し、
 すべての国において民間伝承の役割を認識する必要及びそれが直面している多くの要因から生ずる危険を強調し、
 政府が、民間伝承の保護に関して決定的な役割を果たすべきであり、かつ、できるだけ早急に行動すべきであると判断し、
 その第24回会期において、民間伝承の保護を、憲章第4条4による加盟国に対する勧告の主題とするべきであると決定し、
 1989年11月15日にこの勧告を採択する。
 総会は、加盟国がその領土内においてこの勧告に明記されている原則及び措置を実行するために、各国の憲法上の慣行に従って要求される法律上の措置又は他の措置をとることにより、民間伝承の保護に関して以下の規定を適用すべきであることを勧告する。
 総会は、加盟国が民間伝承の保護に関する責任を有する当局、部局又は団体に対して並びに民間伝承に関係する種々の組織又は機関に対して、この勧告への注意を喚起し、また、民間伝承の保護に取り組む適当な国際機関との連絡を奨励することを勧告する。
 総会は、加盟国が、その加盟国が決定する時期及び方法により、この勧告を実行するためにとった措置に関する報告を本機関に提出すべきであることを勧告する。

A 民間伝承の定義

 この勧告の適用上、
 民間伝承(すなわち伝統的かつ民衆的文化)とは、文化的共同体の伝統を基礎とする創作の総体であり、団体又は個人により表現され、共同体の文化的及び社会的独自性を反映する限りにおいて共同体の期待を反映するものとして認識され、その基準及び価値は、口述、模倣又はその他の方法により伝承される。その形態は、とりわけ、言語、文学、音楽、舞踊、遊戯、神話、儀礼、慣習、手工芸、建築及びその他の技術である。

B 民間伝承の独自性

 文化的表現の1形態としての民間伝承は、それがその独自性を表現する団体(家族的、職業的、国民的、地域的、宗教的、民族的等)により、かつ、その団体のために保護されなければならない。このため、加盟国は、以下のことを目的として国内的、地域的及び国際的段階での適切な調査を奨励するものとする。
 (a)民間伝承の機関についての地域的及び全世界的な登録簿に記載するため、民間伝承に関する国内の機関についての目録を作成すること。
 (b)異なる機関により使用されている分類方式を調整する必要があるため、確認及び登録方式(収集、目録作成、転写)を創設するか、又は便覧、収集案内書、模型目録等を利用して既存の確認及び登録方式を発展させること。
 (c)次の方法により、民間伝承の基準類型の創設を振興すること。
  (i)全世界的に使用するための民間伝承の一般的大要
  (ii)民間伝承の包括的な登録
  (iii)民間伝承の地域的分類、特に実地調査によるパイロット・プロジェクト

C 民間伝承の保存

 保存は、民俗伝統に関する資料作成に関わるものであり、その目的は、そのような伝統が使用されていない場合又は変容した場合に、研究者及び伝統伝承者が、伝統が変化する過程を理解するための資料を利用できるようにすることである。現存の民間伝承は、その変容する特質により、常に直接保護できるわけではないが、有形的な形態でとどめられてきた民間伝承については、効果的に保護されるべきである。
 この目的のために、加盟国は、以下のことを行うものとする。
 (a)収集した民間伝承を適切に蓄積し、利用可能にする国内記録保存所を設立すること。
 (b)サービス提供(中枢的目録作成、保護の観点を含む民間伝承の資料及び民間伝承に関する作業の基準に関する情報の普及)のための中枢的国内記録保存機能を確立すること。
 (c)伝統的かつ民衆的文化が展示可能な、博物館又は既存の博物館内の民間伝承部門を設立すること。
 (d)伝統的かつ民衆的文化の規在又は過去の側面を強調するような、これら文化の表示方法を優先すること(文化を取り巻く環境、生活様式並びに文化が生み出した作品、技能及び技術を展示すること)。
 (e)収集及び記録保存の方法を調和させること。
 (f)物理的保存から分析的作業へわたる民間伝承の保存に関わる収集家、記録保存家、文書研究者及びその他の専門家を訓練すること。
 (g)すべての民間伝承の資料を保存し、作業のための複製及び地域機関のための複製を作成する手段を提供し、もって文化共同体がそれらの資料を利用出来るようにすること。

D 民間伝承の維持

 維持は、各民俗がその独自の文化に対する権利を有するという事実及びその文化への帰属がしばしばマス・メディアによりもたらされる産業文化の影響によりむしばまれるという事実に注意して、民俗伝統及びその継承者の保護に関わるものである。これら伝統を生み出す共同体の内外で、民俗伝統の地位及び経済的支援を保証するための措置が講じられなければならない。このため、加盟国は次のことを行うものとする。
 (a)農山漁村の文化のみならず、様々な社会団体、職業及び機関等により都市部で創り出された文化についても考慮に入れて、そうすることで、文化的多様性及び異なる世界観、特に支配的な文化に反映されていない世界観についてのよりよい理解を促すため、用語の最も広い意味での民間伝承に対する尊敬を特に強調する適当な方法により、民間伝承の教育及び研究を計画し、学校及び学校外での教育活動にそれらを導入すること。
 (b)資料作成、記録保存、調査等の分野における作業及び伝統の実践を支援することにより、種々の文化的共同体に、それらの独自の民間伝承を利用する権利を保証すること。
 (c)学際的な基盤で、種々の関係団体が代表されている国内民間伝承理事会又は同様の調整機関を設立すること。
 (d)民間伝承の要素を研究し、宣伝し、開発し又は維持する個人及び機関に対して、精神的及び経済的支援を与えること。
 (e)民間伝承の維持に関連した科学的調査を促進すること。

E 民間伝承の普及

 文化的独自性の要素としての民間伝承の重要性に対し、人々の注意が払われるべきである。民間伝承の価値及びその保存の必要性が認識されるためには、この文化遺産の構成要素が広く普及されることが不可欠である。しかしながら、伝統の本来の姿が保護されるためには、その普及の間の歪曲が避けられなければならない。公正な普及を促すため、加盟国は次のことを行うものとする。
 (a)博覧会、フェスティバル、映画、展覧会、セミナー、シンポジウム、研究集会、研修会、会議等の国内的、地域的及び国際的行事の開催を奨励し、その資料、会議文書及びその他の成果物の普及及び出版を支援すること。
 (b)例えば補助金を通じて、国内的及び地域的な新聞、出版、テレビ、ラジオ及びその他のメディアの中に民間伝承に携わる者のための職を創設することにより、マス・メディアにより収集された民間伝承に関する資料の適切な記録保存及び普及を確保することにより並びにこれらの機関の中に民間伝承に関する部門を設置することにより民間伝承の資料のより広い報道を奨励すること。
 (c)民間伝承に携わる地域、地方自治体、協会及びその他の団体に対して、その地域における民間伝承活動を促進し、かつ、調整するため、民間伝承に携わる者に専任の仕事を与えるように奨励すること。
 (d)例えば、最近の実地調査に基づくビデオ・フィルムのような教材を作成するための既存の組織及び新しい組織の創設を支援し、かかる教材が学校、民間伝承博物館、国内的及び国際的民間伝承フェスティバル及び展覧会において使用されるように奨励すること。
 (e)資料センター、図書館、博物館及び記録保存所並びに民間伝承に関する特別広報誌及び定期刊行物を通じて、民間伝承に関する適切な情報の利用を確保すること。
 (f)2国間の文化協定を考慮しつつ、国内的にも国際的にも、民間伝承に関与する個人、団体及び機関間の会合及び交流を促進すること。
 (g)国際科学界が伝統的文化に対する適切な取組及び尊敬を確保するための倫理規約を採択するように奨励すること。

F 民間伝承の保護

 民間伝承は、個人のものであれ、集団のものであれ、知的創作性の発露である限り、知的製作物に与えられる保護により示唆される方法による保護に値する。民間伝承をこのように保護することは、関係する正当な利益を侵害することなく、国の内外でこれらの表現物の一層の発展、維持及び普及を促す手段として不可欠になってきている。
 民間伝承の表現物の保護についての「知的所有権」の側面は別にして、民間伝承についての資料センター及び記録保存所において既に保護されており、かつ、将来においても保護され続けるべき様々な種類の権利がある。このため、加盟国は次のことを行うものとする。
 (a)「知的所有権」の側面に関して、
 その作業が民間伝承の1つの側面にのみ関連しており、また、民間伝承を保護するためには様々な分野での個別行動が必要であることを認識しつつ、知的所有権に関する国際連合教育科学文化機関及び世界知的所有権機関の重要な作業に関連当局の注意を喚起すること。
 (b)関連する他の権利に関して、
  (i)伝統の継承者としての情報提供者を保護すること(プライバシー及び秘密の保護)。
  (ii)収集された資料が記録保存所において良好な状態で、かつ、体系的な方法で保存されることを確保することにより、収集者の利益を保護すること。
  (iii)意図的であるか否かを問わず、収集された資料が誤用されることを防止するために必要な措置を採用すること。
  (iv)収集された資料の使用を監視するという記録保存所の責任を認識すること。

G 国際協力

 民間伝承の発展及び復興計画並びに1加盟国の国籍を有する専門家による他の加盟国の領土内での調査を実行するために、特に人的及び物的資源を蓄えることにより、文化協力及び交流を強化する必要性があるとの観点から、加盟国は次のことを行うものとする。
 (a)民間伝承に関する国際的及び地域的な協会、機関及び組織に協力すること。
 (b)民間伝承に関する知識、普及及び保護の分野において特に以下の項目を通じて協力すること。
  (i)あらゆる種類の情報の交換、科学的及び技術的出版物の交換
  (ii)専門家の訓練、渡航費の給付、科学的及び技術的な人員及び機材の送付
  (iii)現代の民間伝承の資料作成の分野における2国間又は多国間の計画の促進
  (iv)特定の議題、特に民間伝承の資料及び表現物に関する分類及び目録作成並びに研究における現代的手法及び技術に関する、専門家間の会合、研究会及び作業部会の開催
 (c)種々の関係団体(共同体又は個人若しくは法人)が民間伝承の調査、創作、構成、実演、記録及び普及から生ずる経済的及び精神的権利並びにいわゆる隣接権を享受することを国際的に確保するために密接に協力すること。
 (d)その領土内で調査が行われた加盟国が、関係加盟国からあらゆる文書、録音テープ、ビデオ・フィルム、映画及びその他の資料の複製を入手する権利を保証すること。
 (e)民間伝承についての資料に損傷を与え又はその価値を減じ若しくはその普及又は使用を妨げ得る行為を、これらの資料の所在が自国の領土内であれ、他の加盟国の領土内であれ、差し控えること。
 (f)武力紛争、領土の占領又は他の種類の騒乱から生ずる危険を含む民間伝承がさらされているあらゆる人災及び自然災害に対して、民間伝承を保護するために必要な措置を講じること。

 以上は、国際連合教育科学文化機関の総会が、パリで開催されて1989年11月16日に閉会を宣言されたその第25回会期において、正当に採択した勧告の真正な本文である。

 以上の証拠として、我々は、署名した。

 総会議長
 アンワール・イブラヒム
 事務局長
 フェデリコ・マヨール


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国際統括官付