デジタル遺産の保護に関する憲章


デジタル遺産の保護に関する憲章(仮訳)

 総会は、
 どのような形態であれ遺産の消失は、すべての国にとり財産の損失となることを考慮し、
 ユネスコは、その憲章によって世界の財産である書籍、芸術作品、歴史的・学術的建造物の保存と保護の確証により、知識を保持、増強、普及する旨を規定しており、また、ユネスコの「みんなのための情報(IFA)計画」では、情報政策及び記録された知識の保護に関する討議と行動の場(プラットフォーム)を提示すること、さらに、ユネスコ「メモリー・オブ・ザ・ワールド(世界の記憶)」事業では世界各地の文書遺産の保存及び普遍的アクセスの確保を目的としていることを想起し、
 上述の情報源及び創造的表現は、一段とデジタルの形式によって作成、配布、入手、保持されるようになり、新たな遺物-「デジタル遺産」-を創出することを認識し、
 当該遺産の入手は、すべての民族が互いに、知識を創造、伝達、共有する機会を拡大させることを認知し、
 デジタル遺産は損失の危機にさらされていること、また、現在及び次世代に寄与するためにそれを保存することは、世界的関心事であり差し迫る問題であることを認識し、
 以下の諸原則を宣言し、本憲章を採択する。

共通の遺産としてのデジタル遺産

 第1条 範囲
  デジタル遺産は、人類が有する特有な知識と表現から成る。デジタル遺産は、文化、教育、学術、行政に関する情報にだけでなく、技術、法律、医学の分野などでデジタル形式により作成された様々の情報、又は既存のアナログよりデジタル方式に転換されたものを包含する。デジタルとして誕生した資源は、デジタルとしての客体以外の様式は存在しない。
  デジタル資料は、広範囲の様式に及びさらに拡大するが、本文(テキスト)、データベース、静止・動画像、音声、グラフィックス、ソフトウェア、ウェブページ等を含む。それらは往々にして短命であり、維持するためには作為的な製造、保持、及び管理が求められる。
  これらの多くの資源は、永続的価値や重要性を有し、現在及び次世代のために保護・保存されるべき遺産を成す。拡張し続ける当該遺産は、世界各地で、あらゆる言語にて存在し得るものであり、人類の知識や表現のすべての領域に及ぶものである。

 第2条 デジタル憲章への機会の確保(アクセス)
  デジタル遺産の保存目的は、公衆がそれを継続的に入手できるよう確証することにある。従って、特に公的領域のデジタル遺産の資料は、不当な規制を受けるべきでない。一方、機密扱いの個人情報は、いかなる侵入からも保護されるべきである。
  加盟各国は、デジタル遺産へのアクセスを最大化させる法的及び実体的な環境整備の奨励のため、関係諸機関と連携することが望まれる。創作者やその他の権利所有者の合法的権利、及び、公衆によるデジタル遺産資料へのアクセスとの間には、国際的規範や合意に基づく公正な均衡が再確認、促進される必要がある。

遺産損失の回避

 第3条 消失の脅威
  世界各地のデジタル遺産は、後世に受け継がれることなく消失してしまうという危機にさらされている。助長要因として、デジタル遺産を作り出すハードウェアやソフトウェアの急速な入れ替わり、又、保持と保存にあたる財源・責任所在・方法の不明瞭さ、さらに、それらを支える条例の欠如が挙げられる。
  行動に関する変化は、技術変革に遅れを取っている。各国政府や諸機関が迅速で事実に基づく保存措置を講じるには、デジタルの進展はあまりにも急速でありコストが嵩む。当該遺産の経済、社会、知識、文化的な可能性―将来を形作るもの-への脅威に対する問題認識が未だ十分に持たれていない。

 第4条 行動の必要性
  迫り来る脅威が認識されない限り、デジタル遺産の損失は急速に広がり、必然的なものとなるであろう。加盟各国は、当該遺産の保護のため、法的、経済的、技術的措置を奨励することにより、益を受けることができる。デジタル媒体の可能性と保存の具体策に関して、政策決定者を警告し、公衆の問題意識を高める啓発運動や政策提言は喫緊である。

 第5条 デジタルの継続性
  デジタル遺産の継続性は、重要事項である。デジタル遺産の保存には、デジタル情報の存在サイクル-誕生から入手まで-の全段階において対策が講じられる必要がある。デジタル遺産の長期的保存は、正真で安定したデジタル客体を生産する信頼のおける制度や手続きを構築することから始まる。

求められる施策

 第6条 戦略及び政策の策定
  デジタル遺産の保存に関する戦略や政策は、事態の緊急性、各地域における状況、入手可能な手段及び将来の予測を考慮した上で策定される必要がある。その際、著作権及び著作隣接権者、並びにその他の利害関係者による共通の基準や両立性の設定や資材共有に関する協力は役立つであろう。

 第7条 保存対象の選択
  他のすべての文書遺産と同様、どのデジタル遺産を保存すべきという主な判断基準は、それらの重要性、及び、文化・学術・証拠等としての永続的価値であろうが、各国における選定の原則は異なる可能性がある。「デジタルとして誕生した」素材は、明らかに優先的に扱われるべきである。選定の判断及び事後評価は、説明責任を問われる方法で実施され、かつ、明確な原則、政策、手続き、基準に則り行われるべきである。

 第8条 デジタル遺産の保護
  加盟各国は、自国が有するデジタル遺産の保護の確証のため、適切な法的及び制度的枠組みを必要とする。
  各国内の保存政策の重要な要素として、古文書(公文書)法令及び図書館、公文書館、博物館やその他の公的保存機関において、法的又は自主的に保管される物には、デジタル遺産が含まれるべきである。
  法的に保管されるデジタル遺産資料への入手機会は、合理的な規制の範囲で、通常の活用の妨げとならないように確保されるべきである。
  正真性のための法的・技術的な枠組みは、デジタル遺産の操作や意図的改造を阻止するために不可欠である。そのためには、ファイルや資料の内容及び機能性が、正真の記録を守れるような形で保持されることが求められる。

 第9条 文化遺産の保存
  デジタル遺産は、生得的に、時間、地理的空間、文化や様式の制限を受けない。ある文化に特定されるものではあるが、世界中の誰もが入手できる可能性を秘めている。少数民族が多数者に対して、また個人が世界中の聴衆を相手に発言することが可能である。
  すべての民族、国家、文化や言語の存在を長期的に確証するためには、すべての地域・国家、地域社会におけるデジタル遺産は保存され、入手可能となるべきである。

責務

 第10条 役割及び責任
  加盟各国は、デジタル遺産保存に関して調整的役割を担う機関を1つまたは複数指定し、必要資源を確保することが望まれる。任務と責任の分担は、既存の役割や専門性に基づくことになるであろう。
  以下のための対策が講じられるべきである。
  (a)デジタル遺産に係るハードウェア・ソフトウェア開発業者、創造者、出版社、製作者、配給者、及び、その他の民間セクター提携者に対して、国立図書館、公文書館、博物館などの公的な遺産機関とデジタル遺産の保存に関する協力を結ぶことを促す。
  (b)関係機関や専門的協会間で、研修や研究開発を行い、知識や経験を共有する。
  (c)公私を問わず、大学及びその他の研究機関に対し研究データの保存を確証するよう奨励する。

 第11条 連携と協力
  デジタル遺産の保存には、各国政府、創造者、出版社、関連産業界や遺産機関による継続的な取り組みが求められる。
  現在の情報格差(デジタル・ディバイド)の下では、すべての国がデジタル遺産の創造、分配、保存、及び入手可能性を継続的に確保できるように、国際協力と連帯を強化することが必要である。
  各産業界、出版社、大衆伝達メディアには、知識や技術的専門性を共有することが要請される。
  教育・研修プログラム及び資材の共有機構の活性化、並びに、研究結果や最善例の普及は、デジタル保存の技術への機会の確保を民主的なものとするであろう。

 第12条 ユネスコの役割
  ユネスコは、その付託任務と機能目的により、以下の義務を負う。
  (a)本憲章に規定されている諸原則を自らの事業において考慮し、国連システム内、デジタル遺産の保存に関係する政府間機関及び国際的NGOにより、本憲章が実行されることを促進し、
  (b)加盟各国、政府間機関、国際的NGO、市民社会、民間部門が集い、デジタル遺産の保存のための諸目的、政策、事業等を形作って行く場、又、その際の参考情報源として仕え、
  (c)デジタル遺産の保存実現の目的のため、協力、意識向上、能力開発を進め、基本となる倫理的、法的、技術的指針を提案し、
  (d)今後6年間にわたり、本憲章及び諸指針を実施する中で得られた経験に基づいて、デジタル遺産の保存と促進の目的のために、さらなる基準設定文書が必要かどうか決定する。

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