専門の垣根を越えたチームとカリキュラムによる「徳島で活躍できる人材」の育成

徳島県教育委員会

 2015年に「徳島県農工商教育活性化方針」を策定して以来、6次産業化を支える人材育成に向けた取組を推進してきた徳島県教育委員会。一般的に垣根が高いと言われる専門高校同士の連携を実現し、農業科の中で農工商横断的なカリキュラム編成の実現にまで至ることができた背景にはどのような課題や、それを乗り越えるための工夫があったのか。
 徳島県での取組を牽引する、県教育委員会教育創生課の永戸課長、板谷主幹、峯班長、塩田指導主事に話を伺った。

学校・学科の枠を越えた学校間連携・生徒間協働活動の様子

学校・学科の枠を越えた学校間連携・生徒間協働活動の様子

写真上:はっさくの摘果作業により、アロマオイルの原料となる青玉はっさくを収穫(徳島県西部(以下、県西部)での取組)
写真左:食藍専用の葉藍とするため、1枚1枚、手作業で丁寧に収穫・乾燥(徳島県中央部(以下、県央部)での取組)
写真右:ゆこうの皮を丁寧に千切りし、ゆこうマーマレードの製造(徳島県南部(以下、県南部)での取組)
(資料)徳島県教育委員会

目次

サマリー(事例のポイント)

各論点のポイント

  • ビジョン

    ・6次産業化人材の育成と地域の活性化 ~「関西の台所」の復権~
    ・地域資源を活かした6次産業化スキルの修得による「地元で活躍し続けられる人材」の育成

  • ミッション

    ・ビジョンを浸透させていく ~専門高校間で連携して取り組むことの意義~
    ・課外活動として定期的な交流・学習機会を創る/各専門の強みを活かしたプロジェクトの改善

  • アクション

    6次産業化プロデュース事業の県全域での展開

  • リフレクション

    成果報告会の開催

  • プロモーション

    農工商横断型カリキュラムの実現

ロジックモデル

ロジックモデル

何を目指す?(ビジョン)

6次産業化人材の育成と地域の活性化 ~「関西の台所」の復権~

 徳島県はその豊富な農水産資源を強みに、「関西の台所」としての地位を築いてきた地域である。しかし、農家や漁師の高齢化、2010年代以降の6次産業化(農水産物を生産から加工・販売まで一貫して事業化することで、付加価値や所得の向上を図る取組)の潮流など、徳島県の農水産業を巡る環境は大きく変化してきた。
 また、商工業界においても、従来の業種を超えた複合的な事業が発展する中、即戦力として期待される専門高校卒就職者には、入社後から高校の専門内容にかかわらず様々なことに取り組むことが求められるようになってきた。その中で、高校時代から専門に閉じない教育の必要性が認識されるなど、各産業界から6次産業化に対応できる人材の育成に対する期待が高まるようになる。
 こうした中、徳島県では知事のリーダーシップにより2014年度の組織改編では知事直轄の統括本部に「6次産業化推進」が位置づけられるなど、6次産業化の推進・人材育成を重要課題として位置づけた。
 一方、産業界の期待は専門高校側も強く認識しており、県内専門高校の学科長が集まる会議などでも、農・工・商が個別に活性化を考えていくのではなく、一緒になって方向付けをしていくべきとの考えが持たれていた。これらを受け、徳島県教育委員会は、2014年度末に「6次産業化を支える人材育成に向けて」をコンセプトとした「徳島県農工商教育活性化方針」を策定する。
 時を同じくして、徳島大学では2016年度に6次産業人材の育成を目的とした新学部「生物資源産業学部」を新設することにもなり、徳島県では産学官が一体となって6次産業化人材の育成と地域の活性化を図っていくことが共通ビジョンとなっていった。

地域資源を活かした6次産業化スキルの修得による「地元で活躍し続けられる人材」の育成

 徳島県農工商教育活性化方針では、これからの専門高校においては「新たな産業を創出し、地域活性化を担う人材を育成し、地方創生の実現に結びつけることが必要」と位置づけるとともに、専門高校卒業生の多くが地元に就職していくことを踏まえ、生徒が地元で活躍し続けていける人材となれるよう、農業、工業、商業教育における共通の目標として、次の3つの資質・能力の定着を位置づけた。

(図表)農業・工業・商業教育における共通の目標

(図表)農業・工業・商業教育における共通の目標

(出典)徳島県教育委員会「徳島県農工商教育活性化方針」より作成

どのように進めていく?(ミッション)

ビジョンを浸透させていく ~専門高校間で連携して取り組むことの意義~

 徳島県農工商教育活性化方針の実現に向け、2017年度から徳島県教育委員会では「6次産業化プロデュース事業」に着手した。同事業は、農業・工業・商業の学科の枠を越えて、生産から商品開発・加工、そして販売までを専門高校間の連携により取り組むものであった。
 初年度は、モデル的に城西高校(農)、徳島科学技術高校(工)、徳島商業高校(商)が連携して取り組むこととなり、各校から1~2名の意欲ある担当教員が参画し、教育委員会が調整役という体制を構築した。しかし、1つのプロジェクトに着手しようとすると、農・工・商それぞれの専門高校が持っている文化、考え方の違いに直面する。
 「6次産業化は、農業高校が行うものだろう、という考え方の教員もいらっしゃいました。また、この事業は「協働」ではなく「分業」で行うのが良いのではないかという考え方もありました。しかし、6次産業化を担える人材の育成は、生徒1個人が、生産の苦労や背景を知った上で、商品開発・販売もできる、ということが社会人になってからの強みになる。だから農工商が連携して取り組む意義があると繰り返し説明しました。」(峯班長)

対談風景

課外活動として定期的な交流・学習機会を創る

 本事業を各専門高校の教育課程内で取り組もうとした場合、異なる学校で同じ時間に同じ科目を合わせるといったこと(合同開催)は実際には難しいため、課外活動という位置づけで年間10回程度の活動を設計している。
 年間10回の中では、共同での農作業のほか、それぞれの高校に出向いての共同勉強会を持つなど、定期的な交流・学習機会を設けている。なお、全校全員必須というような運営ではなく、できる人ができるところから実施していくというようなスタンスで進めていった。作業内容によっては各校で参加人数の多寡を調整する必要もあったが、各校の担当の先生にお願いして調整してもらっていた。

各専門の強みを活かしたプロジェクトの改善

 初年度は城西高校が従来から取り組んでいた徳島県特産の「藍」の生産をテーマとして位置づけ、まず藍の収穫作業を3校の生徒・教員が共同で行った。
 「農業高校、工業高校の生徒はそれぞれの作業着、商業高校の生徒は体操服で収穫作業に取り組む風景は新鮮でした。」(峯班長)
 そして、この収穫作業の最中、農業高校の生徒が収穫作業の大変さについて愚痴をこぼしたことをきっかけとして、工業高校の教員が生徒に声をかけ、収穫作業を省力化する「藍刈り取り機」の開発に繋がっていったほか、温室の温度管理のための簡易制御システムも、本事業の中で工業高校の生徒が開発していくことになった。
 「工業高校が農業高校に「抱えている課題は何か」を聞くことでも、結果的に藍刈り取り機はできたかもしれません。ただし、一緒になって収穫作業と苦労を体験したことで、寸法などの微調整もできる実用的な機材の開発につながったと思います。」(峯班長)

藍の刈り取り機を試運転する城西高校と徳島科学技術高校の生徒(県央部)=徳島市の城西高校ほ場

藍の刈り取り機を試運転する城西高校と徳島科学技術高校の生徒(県央部)=徳島市の城西高校ほ場
(資料)徳島県教育委員会

 プロジェクト当初、各専門高校の文化・考え方がすぐに変わるものではなかったが、異なる学校に通う生徒同士、教員同士でプロジェクトを進めていく中で、徐々に教員同士がお互いの専門内容を理解していくようになり、チームとして機能していくようになる。

何をする?(アクション)

6次産業化プロデュース事業の県全域での展開

 6次産業化プロデュース事業は、初年度以降も県央の「城西高校・徳島科学技術高校・徳島商業高校」の取組が継続するとともに、2016年度からは県南の「小松島西高校勝浦校・新野高校・阿南工業高校(新野高校と阿南工業高校は、再編統合により、現在は阿南光高校)・富岡東高校」、県西の「池田高校三好校・つるぎ高校・池田高校辻校」の3地域10校の取組に拡大している。
 県南では、上勝町の特産柑橘「ゆこう」を題材に商品プロデュースを行い、「ゆこうマーマレード」は2018年末に「世界マーマレードアワード」日本大会に出品し、高校生のマーマレードの部で銅賞を受賞するなど、特に生産・販売が軌道に乗っている。なお、生徒のアイデアでいろいろな商品を試してきたが、最終的には高校で製造でき(マーマレードは、小松島西高校勝浦校が製造・販売許可を保有)、販売が見込めるものとしてマーマレードに辿り着いている。この開発では、阿南工業高校が、ゆこうの絞り機を試作するなど、各専門を活かした取組がなされていく。

(図表)各地域での事業内容

(図表)各地域での事業内容

(出典)徳島県教育委員会資料

東京交通会館(東京:有楽町)での販売活動、市場調査の様子

「ゆこうマーマレード」、「ゆこうどら焼き」の販売活動

「ゆこうマーマレード」、「ゆこうどら焼き」の販売活動

「ゆこうマーマレード」の試食販売(販売促進)

「ゆこうマーマレード」の試食販売(販売促進)

「アロマスプレー」と原料となるハッサクと杉

「アロマスプレー」と原料となるハッサクと杉

実際に、香りを体験していただき、タブレットを使ったアンケート実施(市場調査)

実際に、香りを体験していただき、タブレットを使ったアンケート実施(市場調査)

どう振り返る?(リフレクション)

成果報告会の開催

 本事業をスタートしてから、毎年1回の事業成果報告会を開催している。報告会では、各地域で実践している各高校の生徒が一緒になって成果を相互発表する。
 「生徒の成果発表を聞いていると、違う学科の生徒との交流が大変だけど楽しかったという意見が毎回出てきます。各専門高校が他学科の経験をして、それを持ち帰った時に、自身の習っている科目が社会の中でどういう働きをしているのかを気づいてもらえるのだと思います。」(塩田指導主事)
 「まだ、就職に役立った、起業に至ったなど、6次産業化人材の育成、徳島で活躍できる人材の輩出という観点で明確な成果を測れていない」と謙遜する徳島県教育委員会であるが、生徒や教員の意識は大きく変革してきているようにうかがえる。

生徒間協働による成果報告

【県央部】

【県央部】

【県南部】

【県南部】

【県西部】

【県西部】

成果報告についての質疑応答

成果報告についての質疑応答

講評(徳島大学生物資源産業学部 横井川学部長)

講評(徳島大学生物資源産業学部 横井川学部長)

もう一歩先へ!(プロモーション)

農工商横断型カリキュラムの実現

 モデル校としての端緒を切った城西高校では、2017年4月に「アグリビジネス科」が設置された。城西高校は農業高校であるが、同学科には工業、商業の教員が配置され、農工商横断でのカリキュラムが編成されるという、全国でも珍しい内容になっている。2018年にはアグリビジネス実習棟、LED植物工場も完成するなどの実践環境も整ってきている。
 また、2018年4月には阿南工業高校と新野高校を発展的に再編統合して阿南光高校が開校した。同校は、学校目標に6次産業化の人材育成を位置づけており、総合学科の枠組みを利用して、授業に農業、工業、商業の要素を入れるなど、別学科のカリキュラムを組み合わせることが可能になっている。
 5年前に課外活動として始まった農工商横断の活動は、このように正規の教育課程の中に位置づけられ、より多くの生徒が学べる環境が整ってきている。

(図表)アグリビジネス科の時間割

(図表)アグリビジネス科の時間割

(出典)徳島県立城西高等学校教育課程表(令和2年度入学生)より作成

 徳島県教育委員会では、現行の徳島県農工商教育活性化方針が2019年度末で期限を迎えることから、これまで5年間の成果と課題を踏まえ、第2期の計画策定を予定している。2020年度から始まる次期計画期間でのさらなる発展が期待される。
 最後に、この5年間、農工商連携の事業を伴走してきた峯班長に、成功のポイントを聞いてみた。
 「6次産業化人材育成の推進に当たっては、生徒以前に、教員の意識・行動がどう変わるかが重要だと思います。自分の専門教科であっても、ずっと同じことを教えていては学びがない。確かな専門性を持った上で、新しい学びを得る必要があると思います。この農工商連携の事業は、教員にとっても新しい学びを得る貴重な機会になっていると思います。」(峯班長)