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教員研修を通じて、教員の自主性にアプローチする
~これからの教員研修の在り方とは~

東京学芸大学 次世代教育研究センター 教授/前原 健二(まえはら けんじ)

 東京学芸大学 次世代教育研究センターに所属し、現職教員の研修プログラムや現代ドイツの教員養成制度等に関する研究を行っている前原氏。社会の変化にさらされた日本の教員研修について、その現状と課題、及び今後の在り方についてお話を伺った。

インタビュー中の前原氏

インタビュー中の前原氏

目次

教員研修の「不易と流行」

ーー昨今、「『主体的・対話的で深い学び』の視点による授業改善」や、「学校と地域との協働」など、教員に託される役割が拡大しているように感じます。このような社会の動きに対し、教員研修の場では何か変化が起こっているのでしょうか。

前原氏(以下略):
 はじめに、私は教育改革に関しては、比較的保守的な立場の研究者であるとお伝えしておきたいと思います。ですから、教育現場や教員研修が「変化する」こと「だけ」が良しとは思っていません。
 教育においては、よく「不易と流行」という言葉を耳にしますよね。学校現場では、変化を受け入れつつも、根底には変わらない信念や土台がある、そのような文化があると思っています。
 教員研修も同じ状況です。新しいトピックに対応した講座等は企画されますが、研修そのものをドラスティックに変えるような動きは、かなり少ないというのが私の実感です。まずは、教員の本丸ともいえる教科指導や学習指導要領に関するものや、教職生活のライフステージに応じた初任者研修・中堅教諭等資質向上研修・新任主幹教諭研修などが重視されており、現在の教員研修の基盤となっています。
 また、現在の教員研修は、教育の機会均等を守るために、研修内容の地域間格差が生じないよう、行政側でしっかり構想・用意されたものなんですね。日本の学校で人事異動が多いのも、同様に機会均等の視点によるものです。このような均質性を保つという視点があることも、教員研修の在り方が大きく変わらない理由の一つでしょう。

ーー教育の機会均等を保障するという意味では、現状の教員研修の在り方を受け継いでいくことも重要だということですね。一方で、課題を感じるとすれば、どのあたりでしょうか。

 「不易と流行」とは言いましたが、やはり「不易」に偏りすぎることは避けなければならないでしょう。研修が固定的なものとなる要因の一つとして、教員研修に関する学術的な研究が少ないことが挙げられると感じています。教員になるまでの大学での学びと、教員になった後の学びとでは、圧倒的に後者の期間が長く、その重要性は明らかです。しかし、日本の教育研究では、入職前の教員養成方法に関する研究が格段に多い。入職後の教員育成(現職研修)に関する研究が乏しい点が、まず大きな課題だといえるでしょう。そのような研究の不足もあって、現状、実際の学校課題に寄り添うために、研修の内容を大きく変えるような動きは多くありません。

ーー確かに、現職研修に関する研究を目にする機会は少ないように感じます。前原先生は、ドイツの教員研修に関する研究も行われていますが、ドイツではどのような状況でしょうか。

ドイツの教員研修から見る ―「任意」であることの効果

 まず、前提として、ドイツではその職に就いた時点で「プロフェッショナル」と見なされる文化があります。そのため、入職後に継続的な能力開発が必要だという意識は薄く、これまで現職研修はあまり重視されてきていません。日本と同様に、現職研修に関する研究も多くはありませんね。しかし、近年になって教育力の向上が課題となり、教員研修に熱心に取り組む例がみられるようになりました。
 その過程で、地域ごとに教員研修に取り組むようになっている点は、日本とは少し異なる点です。学校にも独自の研修予算があり、自由に使えるようになっています。ニーダーザクセン州などでは、現職研修を地域の大学に移管するなど、学校や自治体以外の力を借りるような動きもありますよ。
 また、ドイツでは入職後の能力開発が必須のものとされてこなかった歴史から、現職研修に関しては「必要に応じた任意のもの」であるという認識があります。それがある意味、研修に対する教員や学校の意欲を高めているとも感じます。例えば、教員であれば、「自分はこの能力を身に付けたいから、この研修に行く」、学校側であれば、「この教員にこの仕事を担ってほしいから、この研修に参加してほしい」など、研修の必要性を感じた上での能動的な参加につながっているんですね。

ーーなるほど、任意であるが故に、本当に必要だと感じた教員が、研修に参加するようになるというのは面白いですね。お話を伺って、日本とは現職研修に対する、教員のそもそもの姿勢・意識が異なるということが理解できました。研修に対する意欲というと、昨今日本では、「研修疲れ」や「研修の形骸化」が課題となっていると耳にします。これについては、どのようにお感じでしょうか。

「研修疲れ」や「研修の形骸化」をどうするか

 「研修疲れ」や「研修の形骸化」は、まさに課題です。まず感じることとしては、日本では受講が義務である法定研修の数が、他国と比較するとやや多い。一方では、充実しているともいえるのですが、「研修のスリム化」をしてもよいかもしれませんね。先ほど、ドイツでは研修は任意参加であることに言及しましたが、任意であるとともにオプションが多様で、柔軟性が確保されているように感じます。義務研修に形式的に参加するばかりでは、教員の労働意欲を削いでしまうのではないかと心配しています。
 また、教員に「研修疲れ」を引き起こす要因の一つには、普段の多忙さも挙げられると思います。教員が、教員の本来の仕事である「授業」以外に対応しなければならない事務作業が多すぎる。心配な生徒がいれば、彼らへのケアもしなければなりません。
私が訪問したベルリンの学校の例ですが、そこでは学校専属のソーシャルワーカーが学級担任の仕事を担い、教科担当の教師は副担任になるという仕組みを採用していました。主たる担任業務はソーシャルワーカーが行うことで負担軽減ができています。授業もパーソナルケアも、それぞれが重要で大変な仕事だということですね。
 日本では、一人の先生があれもこれも対応するような状況になっていますよね。研修に参加する際の代行教員の仕組みも一般的ではなく、その確保も難しいと聞きます。そのようなことが複合的に重なり、教員一人ひとりの肩に「負担」として大きく伸し掛かっているのではないでしょうか。

ーーお話を伺っていて、教員が気持ちよく研修に参加するには、それをサポートできるような学校の組織づくりも重要であると感じました。近年、学校課題への対応や子どもの学びのためにも、「チーム学校」としての体制づくりが重要だと言われていますよね。教員研修において、学校の組織づくりにアプローチすることは可能なのでしょうか。

 「組織づくり」というのは難しいですね。「不易と流行」とも関係する話ですが、教育現場では、急に新たな手法や仕組みを導入しても、すぐには浸透しないと思っています。それはやはり簡単には変えられない信念やこれまでの積み重ねがあるから。
 「組織づくり」というのは、単に外側から仕組みを変えるだけでは足りず、それを実行する組織のメンバーの信念がなくてはなりませんよね。ただ、教員研修では、その「信念」の部分に直接働きかけることは難しいでしょう。教員研修でできることは、「知識」や「情報」を伝達することだと考えています。例えば、経営学などの他分野の知識や、アクティブな改革を行って成功した学校の情報を伝達することが考えられますよね。得られた知識や情報が少しでも頭に残れば、信念が変わる。信念が変われば、行動も変わる。そうして組織が少しずつ変わっていくのではないでしょうか。

ーー教員の「信念」を外から変えさせるようなアプローチは難しく、また望ましくないというご意見ですね。研修の場では「知識」や「情報」を提供するにとどめ、その後の信念や行動を変えるかどうかは教員本人に託されるということですね。

 これまでも、日本の教員は自分たちで授業研究を行うなどして、国・自治体等の現職研修の足りない部分を能動的に補ってきたわけです。そして、それは自律的に、自己研鑽を積み重ねられる教員だからこそです。研修ですべてが解決するわけではないように、制度的な解決を目指さないほうがよい問題もあります。彼らの自主性に任せる部分もあってよいのではないでしょうか。

ーー最後に、そのような先生方の自主性を高めるためには、周囲はどのようなことに留意すべきでしょうか。

チャレンジを否定しない社会に

 先生方が、新しいチャレンジをする機会があることが重要であると同時に、周囲がそのチャレンジを認めるような、ちょっとしたルーズさも必要だと思います。思い付きでやってみたことでも、成功につながり、時に大きな改革を引き起こすことがあります。しかし、思い付きでのチャレンジと、失敗を認めるルーズさが周囲にないと、そのような成功の芽を摘んでしまうかもしれませんよね。「本当にうまくいくのか?」「その取り組みを行う根拠は?」など、初めからエビデンスを求められるようでは、先生方の自主的な動きを阻害してしまいます。そのような思いもあって、昨今のエビデンス重視の風潮には、個人的にやや疑問を感じています。エビデンスにばかり気を取られるのではなく、先生方の自由なチャレンジが認められる社会になるとよいですね。

ーー教員のチャレンジを否定しないということ、改めてその重要性を考えさせられました。そのような環境を実現するには、若手教員と管理職との関係性づくりなども重要になってきそうですね。このプラットフォームにおいても、教員が「チャレンジし続ける」ための仕掛けについて、これからも色々な角度から探していきたいと思います。
 本日は有難うございました。