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3  今後の対策について
 「みどり2」の運用異常は、太陽電池パドルの熱設計の基本段階において、標準的な温度解析や熱設計は実施されていたが、太陽電池パドルハーネスの高温側についての温度環境に適切な注意が払われず、その軌道上での温度上昇が第一義的な誘因となって発生した可能性が高い。なお、MLIを接地しないことによる帯電及び放電が、ハーネスの劣化と相まって電力低下に発展した可能性がある。
 その背景、直接的な対応策とあわせて、審議の過程で明らかになった今後の人工衛星開発への反映事項は、以下に示すとおりである。

1.  当時の設計の考え方(背景分析)
(1) 太陽電池パドルハーネスの熱設計について
 「みどり2」は、「みどり」による地球観測を継続することを目的とし、開発開始当初は、「みどり」の運用が終了する平成10年度の打上げを目標に開発された地球観測衛星である。
 「みどり2」の太陽電池パドルハーネスの設計においては、「みどり」と同様の設計方法を採用したが、「みどり」の開発時に太陽電池パドルハーネスの温度解析に使用したMLIの実効放射率の値が結果的に適切でなかったにもかかわらず、1.3.(2)で示した熱真空試験の結果からMLIの実効放射率の値が妥当であると判断したため、高温側でも十分な余裕(マージン)があると判断したとしている。加えて、万が一電力ハーネスの許容温度を超えて使用した場合にどのような不具合を発生させるかの認識が足りなかったため、その後の熱真空試験や、設計審査会においても、電力ハーネス自身の発熱とその影響が議論されることがなかった。
 また、「みどり2」の開発を行っていた、平成9年6月に、「みどり」が太陽電池パドルの不具合により機能停止し、その対策を行っている。この際に、太陽電池パドルハーネスの束ね方を変更しているが、機構及び製造企業は、1.3.(2)で示したとおり、当初の設計思想に沿っていること、電気的及び熱的マージン上も問題ないと判断したことから、改めて議論されることはなかったとしている。

(2) 太陽電池パドルハーネスのMLIの接地について
 「みどり2」の太陽電池パドルハーネスのMLIの接地については、設計上、当該部位の接地が困難であることから、機構の電磁適合性設計基準に基づき、電磁適合性についての技術検討を行い、MLIが帯電しても搭載機器へのノイズの影響はないと判断し接地しないこととした。
 低軌道衛星の帯電及び放電現象については、「みどり2」の開発当時、重大な故障に至る不具合事例は報告されておらず、このため、太陽電池パドルハーネスの劣化と相まって、帯電及び放電が発生電力の低下という重大な不具合に発展する可能性についての議論がなかった。

(3) まとめ
 「みどり2」の運用異常の第一義的な誘因は、前述のとおり、太陽電池パドルハーネスが、軌道上で設計時の予測温度以上になった可能性が高いことである。
 今回の運用異常において、電力ハーネスがクリティカルな高発熱体になり得るとの認識があれば、問題の芽は摘みとられていたと考えるが、仮に、そのような認識の不足があっても、問題点が識別できた可能性として以下の点を指摘しておきたい。
  当該部位が「みどり」からの変更点であり、「みどり2」では、1本当たりに流す電流値も束ねる本数も多くなっていることから、変更点として意識を集中する。
  「みどり」でも、温度特性に対する熱設計への配慮不足が一因となって運用異常が発生している。温度環境の解析について、直近を含む過去の不具合事例を水平展開することに十分留意するとともに、一側面からの検討で済ませず、十分に検討する。
  温度予測には、「みどり」で用いたパラメータを使っている。「みどり」で想定値の検証に用いた試験が不十分であったため、その誤差が「みどり2」での温度予測の誤差につながった。今回の原因究明において実施した調査と同じ慎重さで、モデル化とシミュレーションを行い、それらの妥当性については地上試験により検証を行う

 今回のハーネスで発生した問題は、変更点管理(「みどり」から「みどり2」へ)の重要さを示すとともに、システム全体に致命的な影響を与え得るにもかかわらず、必ずしも十分な注意が払われなかった事例ともなっている。

2.  電力系における今後の対策
(1) 電力ハーネスの設計
 今回の原因究明から、「みどり2」の太陽電池パドルハーネスについては、束線規定(MIL−STD−975)を適用し、電気的に余裕がある電力ハーネスを選択していたが、熱設計の段階での問題点があげられている。
 「みどり2」のように、電力ハーネスを束ねた形態で使用する場合には、そのハーネスを一つの独立したコンポーネントとして位置付け、熱設計及び検証を行う。特に、電力ハーネスを束ね、大電力を流したりする場合には、そのハーネスそのものが発熱することを認識した熱設計及び検証を行う。
 この点について、電力ハーネスの設計では、電気的な設計と熱的な設計が密接に関連しており、その両面から設計の妥当性を評価する必要がある。
 また、衛星の設計寿命が長くなっていることを踏まえ、電力ハーネスがおかれる軌道上環境(熱、帯電・放電、放射線、原子状酸素、並びにこれらの複合環境)、及びそれらによる材料の劣化について、解析や試験による評価を行い、設計に反映する。設計者は、解析や試験による評価の結果を理解した上で、材料に対する要求値を設定し、さらに設計の結果に余裕(マージン)が十分あるかという評価を行って材料を選定し、仕様値を決定する。

(2) MLIの帯電及び放電
 「みどり2」でのMLIの接地については、電磁適合性設計基準に基づく対応を行っているが、設計当時は、低軌道衛星についての帯電及び放電現象についての知見が十分ではなく、重大な不具合の要因になり得るという認識もなかった。
 今後も、MLIは原則接地とすべきであるが、設計上の制約からMLIを接地できない場合には、今回の原因究明の過程で知見として得られたように、帯電により部分的には1000ボルト以上の電位差が生じ得ること、またMLIの帯電及び放電が、他の要因と結びついて、発生電力低下のような重大な不具合を誘発する可能性があることに留意し、帯電及び放電の影響の有無を評価すべきである。
 人工衛星の帯電及び放電現象については、軌道上の宇宙環境データを継続的に蓄積し、設計に資するよう整理する。この点については、広く内外の資料・文献等を参考にすることは当然のことながら、国際会議、学会等の場を通じて、情報収集を継続することは有益である。

(3) 太陽電池パドル上回路の耐放電性
 太陽電池パドル電力ラインにおける開放または短絡が継続して他の回路に波及することは現時点では否定しきれないことから、太陽電池パドル上回路の放電に対する耐性を評価し、耐放電性試験等により確認すべきである。

(4) その他
 電力ハーネスや絶縁体シートのように取扱や検査に注意が必要なものについては、作業者が重要性を認識して作業に当たれるよう教育訓練を日頃から充実する。特に、設計段階で製造にかかる注意事項がある場合には、作業手順書に具体的な注意事項を記入するなどして、設計者の意図が作業者に的確に伝わるようにする。

3.  今後の人工衛星開発への反映事項
 本部会では、第18号科学衛星(PLANET−B)「のぞみ」の火星周回軌道への投入失敗や、「みどり」に引き続き発生した「みどり2」の運用異常について原因究明の調査審議を行ってきた。
 宇宙開発は、極めて厳しい技術的条件を満足することが求められているが、人工衛星の研究開発には一定のリスクが内在するものである。これを克服していく手法等の開発・実施が必要であるとともに、人材、技術力、産業基盤の確保・維持が不可欠である。今後の地球観測・通信技術試験衛星の研究開発を進めるに当たり、ミッションの達成に向けて重要と思われる事項を以下に具体的に示す。
 今後、人工衛星の研究開発に当たり、以下の事項を着実に実施するとともに、機構が行っている人工衛星の総点検活動においても、これらの事項に留意して行っていくべきである。

3− 1. 今後の人工衛星開発の基本となる反映事項
(1) 開発に当たっての基本方針
 我が国の宇宙開発は、段階的にプロジェクトを進行することにより、新規性の高い、大規模なシステムを厳しい制約条件の下で効率よく開発する方式を採用している。具体的には、「研究」、「開発研究」及び「開発」の段階を経て打上げを行っている。
 機構は、各プログラムで設定された目標を達成するために研究開発を行う機関であり、ミッション要求を実現するためには、基盤となる技術力の蓄積が成功の鍵である。
 この点については、システム概念を構築する「研究」段階と、そのシステム概念を詳細に検討し、設計要求仕様を固める「開発研究」段階が重要であり、そこに限られた資源(人材、資金、時間)を手厚く配分することにより、人工衛星の成功につなげることが求められる。

(2) 地上試験の充実
 宇宙開発は、真空での熱的環境、微小重力下での振動等の機械的環境、宇宙線環境及び原子状酸素による材料劣化、打上げ時の音響、振動環境といった、地上では模擬できない過酷な環境下での運用が求められている。
 また、人工衛星の要求寿命は延びる傾向にあり、各機器やコンポーネントの寿命設計の重要性が増している。
 人工衛星の開発では、新規技術を採用したり、改良等を行いながら進められているが、地上設備等の制約の中で、エンジニアリングモデルやコンポーネント単位での実証試験等により詳細設計を決定し、実機サイズでの各種環境試験等を行い、設計の妥当性を評価している。
 地上において、できるだけ宇宙環境を模擬した検証を実施するとともに、可能な限り「end-to-end」の試験をするように努めるとの観点から、地上試験の充実が求められる。例えば、低軌道衛星においても耐放電性を確認するために、地上試験設備や試験方法を充実させる必要がある

(3) 人材養成等
 技術基盤を構築・維持していくためには、継続的な衛星開発プロジェクトを通じた機構及び製造企業の人材育成により、実証データや経験に裏打ちされた設計力と検証能力を持った、いわば眼力のある人材を確保するとともに、その技術を継承し、その人材が強く動機づけられて実行力を発揮できる環境を整えることが重要である。
 また、欧米諸国に比べて、打上げ機会の乏しい我が国にとって、独自の技術と経験の蓄積が一段と重要である。特に、知見の宝庫ともいうべき失敗経験については、その蓄積と有効利用について工夫が望まれる。一方、同じ視点から、各国での開発や運用の情報を入手し、我が国の研究開発につなげることが重要であり、あらゆる機会を通じて、情報収集を継続し、その情報を関係者間で共有するネットワークシステムの充実が必要である。

3− 2. 各人工衛星の設計における反映事項
(1) サバイバル性の確保と故障モード影響解析
 人工衛星のシステムの信頼性を向上させるためには、システム設計要求を充実させ、ミッションに即した信頼度を設定する。設定された信頼度を達成するため、サブシステムやコンポーネントの質を向上するとともに、それらの不具合への対応は、バックアップ機能等、その上位のシステムでカバーすることが基本となる。
 「みどり2」では、ハーネスに発生した問題により運用断念という極めて重大な事態に至ったが、研究開発衛星という観点からは、搭載機器の一部に不具合が生じても、他のミッションが継続できるよう、故障分離等の研究開発の目的を踏まえたサバイバル性の確保が求められている。特に、宇宙技術を実証するためには、重度な不具合が発生した場合でも、人工衛星の状態が確認できるように最低限のテレメトリデータの取得が可能となるような設計が求められる。
 これまでの人工衛星のトラブルを顧みると、2つあるいはそれ以上の事象が関連し、重大な不具合につながっていることがある。一つ一つの要因は、材料選択や強度計算等での重大なミスではないため、見落としてしまう危険がある。この点について、故障モード影響解析(FMEA)等の評価手法を用いることは有益なことである。FMEAでは、搭載・作動環境のストレス想定や今までの不具合事例を参照して故障モードを発想することが大きな鍵になることは言うまでもない。さらに、故障モードの影響解析を他の構成部品や上位システムへの影響の視点から行って、連鎖事象を明らかにすることが重要である。これにより、システムの機能喪失に至るシーケンスを明らかにすることが可能であり、故障分離等の適切な対策を検討することに結びつく。
 また、設計変更をする場合、特に軌道上で実証されているものであっても、その適用の範囲を見極め、変更の内容について様々な角度から検討を行う。

(2) 軌道上等のデータの蓄積及び設計基準の整備
 今回の事故でも知見が得られたように、厳しい宇宙環境で長期間の運用を行うためには、まだまだ未解明の現象があると言わざるを得ない。
 宇宙環境が必ずしも十分に把握しきれていないことを踏まえると、人工衛星の軌道上でのデータを蓄積することは、我が国の宇宙開発の中核的研究開発機関である機構の責務である。
 また、各機器やコンポーネントの設計に際しては、過酷な環境下でのデータを蓄積することが重要である。機構では、H−2ロケット8号機の失敗を踏まえ、独立行政法人物質・材料研究機構が発行している、材料に関するデータシートの整備に連携して取り組むなど、基盤技術の確立に努力している。
 今後、各衛星のミッション等も考慮しつつ、宇宙環境データや、人工衛星の状態についてのテレメトリデータ等の各種データの取得を継続的に行う。また、諸外国での基準を参考にしつつ、各種データの蓄積を図り、設計基準等の整備・見直し、設計解析手法の向上を継続的に進めることが必要である。

(3) 微小な宇宙デブリの衝突に対する対策
 今回の原因究明の過程で否定できなかった微小な宇宙デブリとの衝突については、確率と影響度の評価を行い、重大な不具合に至らないよう設計に反映させる必要がある。

4.  おわりに
 本報告書では、今回の運用異常の原因究明の過程を通じて得られた貴重な知見や経験を整理している。本報告書が、信頼性向上のため機構が行う人工衛星の総点検活動や、機構及び製造企業における今後の衛星の研究開発に活かされることを強く希望する。
 また、言うまでもないことであるが、宇宙開発の資源(人材、資金、時間)には限りがある。その限られた資源を活用して、いかに所期の目標を達成するかには、「選択と集中」の判断及び行動力が問われ、その決定は、目標達成に責任をもつ組織が、自身の力で行わなければならない。事故対策においても、外部からも種々の助言が寄せられるが、有限な資源の中では、それを咀嚼し、取捨選択しながら、有効な実行策として設定する作業は、最終責任を負う組織が決定しなければならない。機構において設計力の強化を基底にして、適切な選択を行い、実行されることを希望する。

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