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大学等におけるゲノム研究の推進について (中間報告)

平成11年2月17日
学術審議会特定研究領域推進分科会
バイオサイエンス部会

【1】ゲノム研究とその意義

1 ゲノム研究

 ゲノム研究とは、生物種のゲノムの全構造を明らかにした上で、生命現象の統合的な理解を通して、生物の原理的理解-すなわち個体、種としての生命の全体像とその多様性と進化の解明を目指す科学である。その成果はゲノム科学という新しい科学を創造するとともに、医学、薬学、農学等の基盤となって、医療を改革し、新しい産業の創出につながる可能性を有するなど、21世紀の社会を支える重要な研究である。
 ゲノムが持つ多様で、巨大な情報量からゲノム研究には情報生産のための基盤的研究と、情報科学と分子生物学・細胞生物学・発生学などの生物諸科学と融合した、新しい基礎科学(ゲノム科学)の振興が必要である。ゲノム科学はヒトも対象とすること及び産業への波及効果も大きいため、法的、倫理的、経済的観点から、広く社会科学や人文科学をも巻き込む新しい科学の枠組みと言える。

2 ゲノム研究の意義

 上述したようなゲノム研究の性格から、その研究の意義は、1)学術的な側面、2)医学、医療の側面、3)産業への応用的な側面の3つのカテゴリーに分けて考えるのが適当である。

(1)生命体の統合的理解

 ゲノムとは、生物種があらゆる生命活動を営むための設計図である。従って、ゲノム機能の全貌が明らかになれば、個体の生殖―発生―成長―老化―死という全過程を明らかにし、生命活動の全体像を解明するとともに、生命の起源、種の起源と多様化、生物進化の道筋を遺伝子レベルで詳細に辿ることが可能となり、生命体の本質的理解に迫ることが出来る。

(2)ゲノム医学・薬学

 ヒトゲノム解析によって、がん、生活習慣病、老人性痴呆症、アレルギー性疾患などの複雑なヒト疾患の原因遺伝子群が解明され、遺伝子ネッワークや遺伝子システムの機能予測が可能になり、それを基盤にした疾患の新しい診断、治療、予防法の開発が可能となる。さらに、個人差や人種差がゲノムの多型として明らかにされ、このゲノム特性に応じたヘルスケアー等が現実になるであろう。また、病原性や病因に関するゲノム情報に基盤をおいた新しい創薬原理の開発も可能となる。

(3)農業、畜産、食料・環境間題などグローバルな課題への応用

 有用細菌、栽培植物、家畜のゲノム等の解析によって、従来の遺伝子組換え技術による品種改良のレベルをはるかに超えて、真に有用で、安全な遺伝子システムを用いた応用が農業はもとより、遺伝子資源の確保と利用、生物エネルギーの開発、環境保全・改良事業等、人類と地球規模の課題の解決に貢献するとともに、ゲノム産業ともいうべき新産業が誕生するであろう。
 生物・医学関連のあらゆる科学と産業の基盤となる巨大なゲノム科学を短期及び長期に見通して、その発展段階と、時代の社会的要請に応じて、多元的な戦略をたてることが重要である。

【2】ゲノム研究の現状と問題点

1 ゲノム研究全体の現状と問題点

(1)欧米におけるゲノム研究の展開

 分子生物学を主体とするDNA/遺伝子解析技術の発展を契機に、疾病の遺伝的基盤の理解は急速に進み、ヒトゲノム全構造を解析する気運が米国を中心に急速に高まり、平成元年(1989年)より米国でヒトゲノム計画がスタートした。また、平成10年(1998年)現在、微生物ゲノム16種類と多細胞の線虫ゲノムの配列が決定し、ヒトゲノムは平成15年(2003年)に完成することを目指している。米国では国家的な政策に加えて、ベンチャー企業がヒトのみならず病原微生物や穀類ゲノム、さらにはDNAチップやマイクロアレーなどのゲノム解析技術の開発まで進出し幅広く世界をリードしている。英国、フランス、ドイツでも栽培植物、家畜に加えて、ヒトゲノム計画が企業の支援も受けて進められている。

(2)我が国のゲノム研究の推移

 学術審議会の建議等を経てヒトゲノム研究が平成2年(1990年)に始められ、ヒトゲノム物理地図の作成、完全長cDNA作成技術の開発、cDNA発現地図の作成などにおいて国際的な貢献を行った。しかし、個別研究が主体となったため、組織的、事業的なヒトゲノムのマッピングや大量配列決定の整備において欧米に後れをとった。小規模ではあるが、細菌ゲノム配列の決定、線虫ゲノムのcDNA解析、イネゲノムの解析などで、世界的な評価を受けた成果を収めている。

(3)我が国のゲノム研究の現状と問題点

 我が国のゲノム研究も世界に遅れないように、大量ゲノムシークエンスの決定とそれに基づくゲノムの大規模機能解析研究へ向かっているが、それを支援する体制は不十分である。ゲノム機能解析における我が国の実績と能力は高く、ヒトゲノムのcDNA解析では、発現プロフィルの解析(ボディーマップ等)や完全長cDNA解析で世界の先陣を切った実績を持つ。こうしたユニークな研究が進められながら、cDNAを利用したマイクロアレーのような、規模の大きな技術開発が実らなかったのは、基礎研究と技術開発が短期間に結びつく仕組みがない我が国の研究体制の弱点であると指摘されている。
 また、ゲノム研究に不可欠な大量の情報処理と情報解析において世界に遅れをとっている。これは、情報系の人材、特に実験現場をサポートする情報研究者と技術者が十分育っていないからである。

(4)大学等の役割

 ゲノム研究の発展を考えると、大学等はゲノム情報の大量生産、ゲノム科学の創造を目指す基礎科学の展開、ゲノム医学、ゲノム産業への応用のそれぞれの基礎となる研究を推進するとともに、情報処理、情報解析、ゲノム生物学、ゲノム医学、ゲノム薬学、及びその他のゲノム応用学それぞれに対応できる多くの人材を早急に養成する役割を担っている。
 特にヒトの理解を頂点とするゲノム科学は人文・社会科学をも巻き込む新しい科学の枠組みであることから、その研究の推進と人材の養成において大学等の教育・研究機関は最も中心的で重要な役割を担わなければならない。従来の生物諸科学と異なり、ゲノム科学はゲノムの構造と機能の大量の情報を生産する基盤的研究が極めて重要である。このような研究を展開できるような新しい役割を果たせる施策が必要である。
 ゲノム科学を目指す基礎研究における大学等の役割はいうまでもないが、応用的な側面についても、従来にない、情報科学と生物・生命科学の融合した情報と技術の開発が必要であることを考えると大学の積極的な関与がなくては成功しないであろう。

2 ヒトゲノム研究

(1)ヒトゲノム研究を特別枠で進める必要性

 ヒトゲノムの巨大な情報量と、生物としてのヒトが持つ脳の膨大な情報量、著しい遺伝的多型の存在、固有の老化過程の存在、及び多様な遺伝子疾病の存在の故に、ヒトゲノムはゲノム研究の中でもヒトゲノム科学として特段に推進する必要がある。なかでもその応用であるゲノム医学は疾病の発症に関する遺伝子群の解明によって、新しい疾病の予防、診断、治療法の開発をもたらすことが予想されるため、緊急に推進が必要な課題である。

(2)ヒトゲノム研究の現状と問題点

 我が国の大学等におけるヒトゲノム解析研究の中核的拠点として、平成3年度に東京大学医科学研究所にヒトゲノム解析センターが設置され、大量シークエンスの核としての機能を有している。しかし、欧米では国の施策に加えて、疾患遺伝子解析を目指して多数のベンチャー企業がゲノム研究に巨額の投資を行っているが、我が国のゲノム研究への取り組みは遅れている。欧米のように国家的戦略的に取り組むべきプロジェクトが、我が国においては、目標を明確に設定しないままに、また、省庁間の調整が十分諮られないままに進められたことを反省して、現在、関係省庁間の連絡会が設置されているが、今後こうした会議を有効に機能させつつ国が主導して、欧米に伍していける研究拠点の整備をはじめ推進策を講じていくことが必要である。また、ヒトの遺伝子の機能解析に不可欠であるマウス・ラット等の実験動物のゲノム研究も積極的に推進すべきである。

3 生物ゲノム研究

(1)生物のゲノム研究の必要性と重要性

 ゲノム研究は生物現象から遺伝子へと解析的・還元的な方法から、遺伝子から生物機能へと合成的・演繹的な方法へと生物科学のパラダイムの転換が期待されるもので、生物現象の統合的な理解と生物の進化・多様性の解明を目指す重要な研究である。従来困難であった、進化の過程で生物が遺伝情報をどのように獲得し、環境に適応していったのかの謎を解く鍵をゲノムが握っている。

(2)研究の現状と問題点

1.微生物ゲノム

 ゲノム配列決定のプロジェクトは、分子遺伝学的研究が蓄積している微生物ゲノムの解析がモデル生物として先行し、病原微生物と有用微生物を中心に15種の細菌と出芽酵母ゲノムの全配列が公表され、50種類の微生物・菌類ゲノムの配列決定が進行中である。さらに、遺伝子の網羅的な機能解析、大量のゲノム情報のコンピュータ解析が進められている。
 生物の実験的研究と情報科学が一体になって強力に展開されることによって生物学的に重要な現象の理解が飛躍的に進み、病原微生物への対応、有用微生物の利用、環境の保全などに画期的な技術開発が期待できる。国内では年間2種類程度の病原細菌の配列決定と、枯草菌、大腸菌の組織的機能解析、粘菌の機能解析及び微生物ゲノムの情報科学的解析が行われているが、有用微生物、環境微生物の研究は遅れている。我が国では企業の関心が少ないことも、情報生産の量や、技術開発の速度において欧米に遅れをとっている一因である。 

2.植物ゲノム

 植物ゲノムの解析は、世界が直面しつつある食糧問題や環境問題を把握し解決することが期待できる。そのため、米国では圧倒的にトウモロコシ、欧州では麦類が主なターゲットとなっている。我が国の研究は、イネゲノムプロジェクト(農林水産省)とシロイヌナズナ研究(かずさDNA研究所)のみに偏っている。それゆえ、我が国の植物ゲノム研究における研究者ネットワークを構築し学術的バックアップを可能とすることが、大学等に課せられた重要な課題であり、イネゲノムプロジェクトを成功させるためにも我が国における植物ゲノム解析の意義を広く理解し、総合的な方針や国家的戦略を立てる必要がある。

3.動物ゲノム

 ゲノム解析が最も進んでいる動物はモデル動物とされている線虫で、平成10年(1998年)にその全塩基配列が決定され、遺伝子機能の解明に飛躍的な進歩をもたらすことが期待されている。また、既に進行中のショウジョウバエ、ゼノパス、ゼブラフィッシュ等のゲノム解析も生物界全体の遺伝子機能の解明に飛躍的は進歩をもたらすであろう。
 一方、高等な動物としては、ヒトの疾患モデルとしてマウスやラットのゲノム研究が重視され、ドイツや日本で研究が進行している。さらに、農業分野における動物ゲノムプロジェクトの重要性の認識が高まりつつあり、ウニ、サケ、テラピア、ブタなどのゲノム解析がアメリカを中心に動き出している。
 我が国では線虫のcDNA研究において世界に大きな貢献をしているが、その他の動物はゲノム配列やcDNA研究もようやく研究の機運が生まれている状況である。また、最近展開しつつある動物の分子生物学を推進し、幾つかの動物種ゲノムについて全配列を決定するプロジェクトを強力なリーダーシップと整備された共同研究体制によってスタートすることが重要である。

4 ゲノム情報科学研究

(1)ゲノム情報研究とその意義

 近年の情報処理技術の進展は、微生物ゲノムを初めとする大量配列決定の解析と、新しい機能解析技術開発に大きく貢献し、ゲノム情報科学と言うべき新しい研究領域を創成している。

(2)現状と問題点

 国立遺伝学研究所DDBJ (DNA Data Bank of Japan)は、我が国で決定されたあらゆる塩基配列データの登録番号発行権を持つ収集提供機関であり、欧州EBIのEMBLデータベース、米国NCBIのGenBankデータベースとともに、国際塩基配列データベース協力体制を形成している。文部省では、平成7年度に国立遺伝学研究所に生命情報研究センターを設置するとともにスーパーコンピュータ導入等の整備を行った。我が国では、ゲノムネット(京都大学化学研究所と東京大学医科学研究所ヒトゲノム解析センター)により、様々なデータベースを統合したDBGETシステムのサービスが行われており、ヒトゲノム解析センターにおいても平成9年度に世界有数のスーパーコンピュータが整備された。
 このような施設の整備、研究費の配分にも係わらず、新しい研究分野への対応が遅い大学等の体質と、ともすれば技術軽視に陥りがちな風潮が、ゲノム情報処理の研究者と技術者の育成を阻害しているのではないかとの指摘がある。ゲノム情報科学はまだ、揺籃期にあるため、ゲノムプロジェクトに対する強力な支援体制を整える努力と新しい科学に情報研究者を惹きつける教育と研究支援体制を整備する必要がある。そのためには、情報処理研究者が実験ゲノム研究者と密接に連携できる体制と、ゲノム情報解析研究者が情報科学者と組めるような体制を別個に作ることも必要であろう。
 ゲノム科学の推進のためには、研究分野としてゲノム情報科学を確立する観点が最も重要であり、学部におけるゲノム情報科学教育のカリキュラムを作成し、早急に現状の教育体制の中に組み込んでいく努力が必要である。

【3】ゲノム研究の今後の推進課題と推進方策

1 推進の基本的な考え方

 「ゲノム科学はすべての生命現象を解明するための基礎である」という認識に立って、我が国の研究の現状を踏まえたゲノム科学研究の推進方策を策定する必要がある。
 我が国のゲノム研究が、情報生産の基盤作りと、情報処理・情報解析技術の開発において遅れをとっていることを考えると、まず、ヒトゲノムとそのモデル生物及び微生物を始めとするその他の生物ゲノムの大量配列決定を推進し、自ら生産した情報をもとに、大規模な機能解析を行い、実験的・情報科学的な方法を開発する研究、即ち基盤となる研究を推進しなければならない。次いで、これらのゲノム情報を基盤にした、ゲノム微生物学、ゲノム生物学、ヒトゲノム科学及びゲノム情報学を推進し、生物諸科学と情報科学を融合したゲノム科学の創造を目指す。またこれと平行して、基礎研究の成果を社会に還元できるようなゲノム応用学を推進する必要がある。ヒトゲノム科学は長期的な視野で推進する必要がある領域であるが、一方で、あらゆる疾患が遺伝子に原因を持つことを考えると、ヒトゲノム研究の応用としてのゲノム医学・ゲノム薬学の領域は緊急に推進しなければならない。このような基本的考えにたって、以下の推進課題と推進施策を提案する

2 研究推進課題

(1)基盤的研究

 膨大なゲノム情報の構造と機能の網羅的な研究には多額の経費と労力が必要とされることから、生物種を選び、集中的に総力を挙げて解析することが望ましい。
 ヒトゲノムは平成15年(2003年)の完成を目指す配列決定国際プロジェクトに一定の貢献をするとともに、ゲノム配列としては日本人固有の多型の解析を、機能的には完全長cDNAの解析を推進する。また、ヒト疾患のモデル動物として、マウスやラット等のゲノム研究を推進する。
 微生物ゲノムは世界の趨勢をみると、我が国でも学術的重要性、病原性、有用性、環境問題を考慮して年間数種類のゲノム配列決定と網羅的機能解析の推進が必要である。その他の生物ゲノムについては生物に共通する普遍的原理の追求に重要な国際標準生物種で、現在進行中のもの(シロイヌナズナ、ショウジョウバエ、ゼブラフィッシュ等)については、国際的協力を惜しまず研究を支援する。新しく解析を始める生物種の選定に当たっては、学術的あるいは実用的に真に価値のある生物種で、我が国がリーターシップをとりながら、世界が関心をいだき、協力が得られるようなものを、広く研究者の意見を求めて決定する必要がある。その際、我が国の基礎生物学及び応用生物学を国際的に高い地位に引き上げてきた我が国にとって独自性の高い生物種も考慮すべきである。
 ゲノム情報の網羅的な解析には、情報処理技術とDNAチップ、マイクロアレーに代表されるような大量機能解析技術の開発を推進しなければならない。また、基盤となる研究の推進に当たっては、膨大なゲノム配列決定とその機能解析、情報処理を支える研究基盤の整備・充実が不可欠である。さらに、研究基盤の整備を進めていく上で、若手研究者及び高度の専門技術員を多数配置することが極めて必要であることを指摘する。

(2)基礎研究(ゲノム科学)

 ゲノムの情報を基盤にした新しい科学を様々な生物と生物現象を対象に推進する。
 研究方法から、実験主体のゲノム生物学と情報処理、情報解析を主とするゲノム情報科学に分けるが、これらは相互に深く連携し、将来は融合した新しい学問領域に発展することが予想される。これらの研究によって、生命の統合的な理解と、生物多様性、進化の原理を明らかにすることが可能となる。

1.ゲノム生物学

ア)基礎ゲノム学:ゲノム構造の多様性、ゲノム構築原理など、ゲノムそのもののダイナミックな構造と機能の全体像を解明する。
イ)ゲノム細胞学:主として微生物を対象に、ゲノムの全遺伝子機能、ゲノム機能の多様性と進化などを解析し、単細胞の機能の全体像と、細胞種の個性の発現を解明する。
ウ)多細胞生物ゲノム学:線虫、ショウジョウバエ等のゲノム情報を基盤に、分化、発生、生体全体の恒常性の維持、細胞、組織の機能の多様化など多細胞生物に固有の原理を明らかにする。

2.ゲノム情報学:

大量の構造と機能情報、階層性とネットワークを持つ複雑な情報制御、生体の柔軟性と可塑性を備えた構造、これらをすべてゲノムから解明するには、情報処理と情報解析が最も重要な役割を持つことが予想される。既に得られている多様な情報を基盤に、以下のような課題を推進し、新しい解析技術の開発を促進する必要がある。

  • ゲノムの多様化と進化の原理の解析
  • 遺伝子ネットワークの解析と構成因子の予測
  • 遺伝子システムとその階層性の解析
  • 単細胞機能の総合的理解とシミュレーション
  • 多細胞機能の総合的理解とシミュレーション
  • ゲノム情報に基づく生物原理の発見と生物機能の予測
3.ヒトゲノム科学

 ゲノム研究の頂点として位置付けられる研究課題であるが、その重要性と倫理的、社会的、経済的波及効果を考え、慎重に長期的視野をもって推進されなければならない。現状では以下のような研究課題が考えられるが、当面は、医療に結びついた遺伝的多型の解析と疾患原因遺伝子の解析を中心にしたゲノム医学とゲノム薬学に焦点を絞って推進することが望ましい。

ア)脳機能発現の多様性とゲノム的基盤の解析
イ)遺伝的多型の解析
ウ)環境による多様な機能発現機構
エ)ゲノム医学

  • 疾病の発症機構
  • 疾病の診断法の確立
  • 疾病の治療法の開発
  • 疾病の予防法の開発

オ)ゲノム薬学

(3)応用ゲノム学

ゲノム研究の発展によって、各種生物からの新規遺伝子の発見や遺伝子システムの解明が起こり、さらに、ゲノム情報解析技術の開発などが結びついて、広範で多様な応用とそれを利用した産業が自発的に興ることが予想される。大学等の応用研究は、21世紀の人類と地球の課題を見据えたグローバルな課題を目標に、ゲノムを基盤にした新しい技術開発のための研究を推進することが必要である。その主なものとして、以下のような課題が考えられる。

  • 遺伝子資源の多様性の解明とその利用
  • 栽培植物・家畜ゲノム解析による食糧の量産と品質の改良
  • 微生物・植物等による環境の保護と回復
  • 太陽光の利用などの生物エネルギーの開発

(4)研究推進のための支援

 以上の研究課題を推進するには、以下の研究支援が不可欠である。
 1.大規模塩基配列の決定(生物ゲノムの全塩基配列の決定及びゲノム多様性の解析等)ヒトゲノム関連のために年間100Mb, 微生物ゲノムのために50-100 Mb,その他の生物のために100Mbのゲノム、及びcDNAを解析する能力を備える必要がある。
 2.大規模情報処理技術の開発とデータベースの整理統合
 3.ゲノム研究に関連する技術、資材、資源の収集と供給
 ア) DNAクローン
 イ) 遺伝子地図、マーカー、cDNA
 ウ) タンパク質構造情報
 エ) マイクロアレイ、DNAチップ、タンパク質チップ等
 オ) ノックアウト、トランスジェニックマウス等の突然変異体

3 研究体制の整備

 ゲノム研究の進展は世界的に急速であり、我が国においても一刻の猶予も許されない現状にあること、また欧米との競争に遅れをとらないためにも、まず基盤となる研究を推進するために、大量のゲノム配列を決定し、情報処理を行うとともに、遺伝子改変生物を開発・供給できる機能を持ったゲノム解析センターを充実する必要がある。
 これらのセンターは、配列が決定されたゲノムの網羅的な機能解析を行う研究拠点と密接な連携をとる必要がある。このような研究は近い将来、基礎研究としてのゲノム科学と、ヒトゲノム科学の一翼を担うゲノム医学において、先導的研究を展開する研究拠点に集約する必要がある。規模の大小を問わず、このような研究の拠点は「自由度の高い研究体制」を保証するとともに、全体を繋ぐ全日本的なしくみによって、連携・整合性をもって推進する必要がある。

4 研究費について

 ゲノム研究を推進していくためには、プロジェクト性の強い基盤的研究のための大規模で安定的な研究費と、個別的で独創性の高い基礎研究のために競争的ではあるが領域推進のために一定期間保証する研究費を確保していくことが重要である。また、他省庁の研究費をも視野に入れた効率的・効果的な研究費の配分が重要である。

5 人材の養成

 今後の急速なゲノム科学の推進のためには、専門的なゲノム科学研究者、各分野で研究を推進するゲノム研究者及び研究を支援する技術者の養成を組織的に進める必要がある。

(1)専門研究者の養成

 分子生物学と情報科学が融合した新しいタイプのゲノム科学研究者が出現するであろう。これらの研究者の研究をサポートする観点から科学研究費にゲノム科学に関する分科細目を新設する可能性も検討すべきである。また、若手研究者の養成のために、特別枠の学術振興会特別研究員を設けることが望ましい。

(2)生物学・医学分野でのゲノム研究者の養成

 ゲノム科学が生物科学、医科学、薬学、農学等の多くの分野の基盤的科学になることから、各分野で、積極的にゲノム科学を教育し、ゲノム研究者を養成する必要がある。場合によっては、ゲノムを冠した講座を設置するとともに、ゲノム科学を学部及び大学院のカリキュラムに必要に応じて組み込むことが考えられる。

(3)ゲノム研究補助者(テクニシャン)の養成

 ゲノム科学は、大量の情報生産と処理が必要なため、日常的に生産業務を行う技術者の養成が大切である。

(4)ゲノム科学の教育

 ゲノム科学分野の研究者と技術者の需要の増加を考えると、学部段階からの体系的な教育が求められる。将来的には、学際的な部局においてゲノム科学学科の新設や大学院でのゲノム科学専攻を置くことが望まれる。

6 ゲノム研究と社会の接点

 ゲノム研究は、社会的、倫理的問題も含めた人文社会的要素をも取り入れつつ、研究が進められるべきである。

(1)ゲノム研究の社会的側面

 ヒトゲノム研究とその成果の応用は、世界的ガイドラインとして「ヒトゲノムと人権に関する世界宣言」が平成9年(1997年)11月にユネスコ総会で採択された。ヒトゲノム研究は個人の遺伝的特徴や遺伝情報をも明らかにすることになるが、各個人のアイデンティティ(独自性)と多様性を示すものであり、尊重されなければならず、それらに基づく差別は許されない。
 ユネスコ宣言では、研究成果の応用について、個人及び人類全体の苦痛の緩和と健康の改善を目的としたものに限っているため、研究の自由と被験者の保護という2つの人権の間のバランスが問題となろう。
 今後、機能解析が進んでいけば、特許の位置付けがヒトゲノム研究の進行をも左右するため、ゲノム医療が不必要な足かせを被らないためにも、十分な研究体制を敷く必要があろう。
 ヒト以外の生物の研究に際しては、研究対象生物の厳格な管理とともに、野性品種の確保と自然の生態系の尊重を図る必要があり、この種の研究・応用については、「生物多様性条約」による国際的規制があることに留意する必要がある。また研究の中で、遺伝子操作等から生ずる生成物がもたらす有用性とともに、未知の危険の可能性についても対応する体制を十分に考えておく必要があろう。

(2)今後の課題

1.情報の公開

 ゲノム科学がとりわけ人間や生命を解明するべきものである以上、その内容、進展状況、成果について、可能な限り社会に情報を公開しなければならない。

2.ゲノムに関する知識の普及・啓発

 中等教育段階からゲノム科学に関する基礎的知識を教授することが大切である。
少年期からゲノムに限らず、生物学や遺伝学に対する正確な知識を与えることによって、ゲノム科学の推進に対する理解が進むとともに、将来、ゲノム研究を担う人材も育つであろう。

3.ゲノム研究に係る社会的法的倫理的問題の研究

 新しい科学領域としてのゲノム科学を推進するには、こうした周辺・関連科学の連携と協力が不可欠であり、人文・社会科学者の参加を得て、組織的制度的に研究を進めていかなければならない。

【4】結び

 ゲノム研究は多種類の微生物ゲノムの配列決定とそれを基盤にした微生物ゲノム情報の解析、病原性や有用遺伝子の発見、ヒトゲノムとcDNAの解析の進展による疾患原因遺伝子群の発見に刺激されて大きく発展してきた。そして予想をはるかに超える速度でゲノム関連の技術開発が進み、昨年末には100Mbを超える多細胞生物の線虫ゲノムの全配列が決定され、平成15年(2003年)の完成を目指したヒトゲノム解読の日程が正確に計画されるようになっている。また、アメリカを中心に多くの企業やベンチャービジネスがゲノム研究に参入し、ゲノム情報を利用した産業を興しつつある。
 このような状況を受けて、欧米の各国は、さらに多種類の生物種のゲノム配列決定と機能解析をプロジェクトとして進めている。その対象には微生物を始め、栽培植物や家畜、疾患モデル動物などの有用生物と並んで、基礎生物学と環境問題に関連した生物多様性の解明を視野に置いた生物が選択あるいは提案されている。さらに、ゲノム研究が情報科学と融合して新しいゲノム科学に発展することを予想して、大量の情報処理技術者と情報解析研究者の養成に取り組んでいる。
 我が国は、プロジェクトの取り組みは比較的早かったにもかかわらず、残念ながらゲノム配列決定とその機能の解析、情報処理という基本的な基盤となる研究において、かなり遅れをとってしまった。それは、大規模なプロジェクト研究が、従来の我が国の大学の研究体制に馴じまなかったこと、モデル生物を維持し供給できる基盤設備が不十分であること、資金と技術の比較的自由な投入が可能な民間企業がゲノムに関心を示さなかったことなどによると思われる。最近、国内の関心が急激に高まり、国の投資が広範に行われるようになっているが、基盤となる研究が弱いところに応用開発を急いでも、独創的で有効な研究開発は望めない。アメリカ、イギリス、フランスなどのゲノム先進国では、十分整備された研究体制と基礎研究の蓄積の上に、医療や産業への展開が図られつつあることを忘れてはならない。
 今、我が国に必要なことはゲノム基盤研究を緊急に推進し、ゲノム研究の基盤的体制を整備すること、そして、ゲノム生物学とゲノム情報学、ゲノム医学・薬学を推進して、ゲノム研究者・技術者を大学と医療の現場に急増させることである。ゲノム研究では、基礎と応用の距離が遠くないため、産業への応用のためには、大学と企業を結ぶ新しい効率的な仕組み作ることが最も効果的である。ゲノム応用科学における大学の役割は、21世紀の人類と地球規模の課題を解決するためのグローバルな課題を設定して、技術開発を行うことが望ましい。
 このような目標を総合的に設定して、各省庁が連携して集中的に推進する施策を行えば、数年を経ずして、我が国が欧米と伍してゲノム科学を推進し、その成果を人類に貢献できる医療や産業を振興できるであろう。
 ゲノム研究の推進には、倫理的、法的、経済社会的な観点からの研究を平行して行う必要がある。

学術審議会特定研究領域推進分科会バイオサイエンス部会名簿(第16期)

[バイオサイエンス部会運営会議]

  青木 清 上智大学教授(生命科学研究所長)
  井川 洋二 東京医科歯科大学教授(大学院医学系研究科)
(部会長) 井村 裕夫 科学技術会議議員
  宇井 理生 東京都臨床医学総合研究所長
  太田 朋子 国立遺伝学研究所名誉教授
  鈴木 昭憲 東京大学名誉教授
  竹市 雅俊 京都大学教授(大学院理学研究科)
  谷口 維紹 東京大学教授(大学院医学系研究科)
  豊島 久真男 大阪府立成人病センター総長
  中西 重忠 京都大学教授(大学院医学研究科)
  中村 桂子 JT生命誌研究館副館長
  水野 繁 株式会社整理回収銀行代表取締役社長
  吉川 寛 奈良先端科学技術大学院大学教授(バイオサイエンス研究科)
  吉田 光昭 東京大学教授(医科学研究所)

(平成11年2月17日現在)

[ゲノム研究推進小委員会]
  位田 隆一 京都大学教授(大学院法学研究科)
  宇井 理生 東京都臨床医学総合研究所長
  太田 朋子 国立遺伝学研究所名誉教授
  金久 實 京都大学教授(化学研究所)
  五條堀 孝 国立遺伝学研究所教授(生命情報研究センター)
  榊 佳之 東京大学教授(医科学研究所ヒトゲノム解析センター)
  佐藤 矩行 京都大学教授(大学院理学研究科)
  鈴木 昭憲 東京大学名誉教授
  竹市 雅俊 京都大学教授(大学院理学研究科)
  辻 省次 新潟大学教授(脳研究所)
  中村 桂子 JT生命誌研究館副館長
  中村 祐輔 東京大学教授(医科学研究所ヒトゲノム解析センター)
  堀内 嵩 岡崎国立共同研究機構教授(基礎生物学研究所)
(主査) 吉川 寛 奈良先端科学技術大学院大学教授(バイオサイエンス研究科)
  吉田 光昭 東京大学教授(医科学研究所)

(平成11年2月17日現在)

お問合せ先

学術国際局研究助成課

-- 登録:平成21年以前 --