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遺伝子操作動物の保存と供給及び開発について(報告) (学術審議会学術情報資料分科会学術資料部会)

平成9年7月10日
学術審議会

1.はじめに

 研究材料の質は研究内容の質を決める大きな要素であるが、特に医学や生物学の分野では実験動物の質が研究成果に大きく影響する。実験動物の系統の保存と供給については、昨年6月の本部会報告「学術研究用生物遺伝資源の活用について」で、その整備方策を提言したが、そのなかで、遺伝子操作動物(遺伝子導入マウス;トランスジェニックマウス、標的遺伝子破壊マウス;ノックアウトマウスをはじめ遺伝子を操作して作られた動物のこと。ヒトの染色体を導入されたマウスや核移植によって得られるマウスをはじめ、マウス以外の実験動物、現在は未だ報告されていないがきわめて斬新な方法によって作られる遺伝子操作動物を含む。)の爆発的開発状況についても触れ、従来の突然変異マウスの系統保存とは異なる整備計画が必要であると提言した。
 さらに、本年3月のバイオサイエンス部会報告「大学等における脳研究の推進について」においても遺伝子操作実験動物の重要性が指摘され、その保存、供給及び開発を併せもつ組織構築の必要性が強く指摘されている。
 これらを踏まえ、遺伝子操作動物の保存と供給及び開発等に必要な全国的なシステムについて検討した。

2.遺伝子操作動物の重要性とその保存等の必要性

(重要性)

 現代のバイオサイエンスの進歩は、発生、がん、免疫、更に脳研究等の医学・生物学の研究分野において、それぞれに関与する遺伝子の発見を促し、個々の遺伝子機能を解析することによって、複雑な生命現象を解き明かすことができるようになってきた。
 また、ヒトゲノム解析計画が進み、ゲノムの構造が明らかになるにしたがって、見い出される遺伝子の機能の解析が、次世代プロジェクトの中心の一つになってきた。生物個体の中での遺伝子機能解析の最も良い方法の一つは、ゲノム中の標的とする遺伝子に突然変異を導入することである。特定の遺伝子に対する突然変異動物個体を作る方法(標的遺伝子組換え法:ジーンターゲティング法)は、マウスを対象に確立されており、その有用性はすでに大半の医学・生物学の研究者が認めるところである。

(保存の必要性)

 現在では、世界各国で作られたノックアウトマウスを合わせると、既に1,000系統に達しているものと推定されている。今後、更に数を増し、約10万と推定されるマウスの遺伝子すべてに突然変異が導入されるであろう。この数は、個体で維持するには、現状の100倍を遥かに越えるスペース、費用及び労力を必要とし、実際上不可能である。しかも、既に作成された重要な遺伝子操作マウスの系統が研究者の異動や退職に伴って消滅していることを併せ考えれば、その保存は緊急を要する課題である。

(凍結保存法の重要性)

 今後予想される10万以上の系統を有効利用するには、個体での保存は不可能なことから、胚や配偶子による凍結保存以外にはないと考えられる。また、二重三重あるいはそれ以上の遺伝子変異を交配によって作り、解析する実験が一般的になってきたことから、国際的にも遺伝子操作動物の交換のための凍結精子や胚による輸送が求められるようになってきた。その点でも、胚・配偶子の凍結保存が重要な課題となっている。加えて凍結保存には次の様な大きな長所があることも指摘できる。

1)長期間変異なしに保存できる。
2)微生物、ウイルス等の感染から逃れることができる。
3)飼育スペースが軽減される。
4)個体で維持するのに比べ、胚で保存する場合には費用が10分の1以下であり、精子で保存する場合には30分の1以下である。
5)輸送が簡単で、輸送中に動物が感染等によって汚染される危険性がない。また、事故に遭遇しても個体が逃げ出すことはなく、組換えDNA実験の安全基準に照らしても、個体での輸送より安全である。

 短所をあげれば、訓練された技術を必要とする点であろう。しかし、方法が改良された現在では、きわめて単純な方法が標準化されつつあり、講習会等によって技術の普及を図ることができると思われる。

3.現在の問題点と諸外国の状況

(現在の問題点)

 遺伝子操作動物の作成に当たっては、研究者自らが標的遺伝子を決め、その遺伝子を単離し、胚幹細胞に遺伝子操作を施し、胚幹細胞からキメラマウスを通して突然変異個体を計画的に作る必要があり、技術上きわめて専門性が高い。また、各大学及び研究所等では遺伝子操作マウスによって施設の大半のスペースが占領され、更なる飼育スペースの要求に応えきれない状況も出始めている。
 それぞれの遺伝子操作マウスは、従来の突然変異マウスの1系統と考えてよいもので、我が国においては、科学研究費補助金「重点領域研究(標的組換え)」の班員が作成したノックアウトマウスだけでも、約200系統にも及んでいる。この急速なノックアウトマウス系統の増加に加え、トランスジェニックマウスは、その数倍が作られており、全国の大学等の動物実験施設では収容しきれない所が出始めている。しかも約10万と推定されている遺伝子に、これからも次々に突然変異が導入されることは間違いがなく、その膨大な種類の系統を生産し、維持するのに要する労力と費用は極めて大きい。

(海外の状況)

 海外に目を転じれば、すでに米国ではジャクソン研究所で、凍結胚の保管が行われており、最近では欧州共同体5ヵ国に遺伝子操作マウスの保管所(European Mutant Mouse Archive:EMMA)が設立された。
 これら研究所等に付随する胚保管所を作ることによって、国際間で共通の胚・配偶子を持ち合うことができ、研究を一段と飛躍させ得る。また、なにより標的遺伝子の重複や遺伝子操作マウスの消滅を防ぐために開発にかかる大きな費用を節約できる。液体窒素タンクの設置等初期投資が必要ではあるが、10年間で系統維持の費用を比較すると、精子で凍結した場合、個体で飼育した場合の約30分の1になるとジャクソン研究所では試算している。
 このように、欧米の遺伝子操作マウス保管所の役割は、自ら開発したものを互いに交換し、災害等から守るためにも、複数の機関で重複して系統を維持し、さらに、それぞれの研究分野に特色ある系統を重点的に保存しようとするものである。そうすることによって、異なる研究者が知らずに同一の遺伝子を操作する無駄がなくなり、また、計画的に複数の遺伝子の働きを研究しようとする際にも、有効に活用できるからである。交換や分与に際しても凍結胚・配偶子の移動は簡便であり、その際、技術を標準化もしくは規格化しておくことによって、融解方法の不統一が解消され、自由にお互いに交換できるからである。

4.保存、供給、研究開発、教育訓練等のための施設の必要性

(1)施設の機能、全国配置

 上述のことから、国全体として遺伝子操作動物の保存、供給、研究開発等のための施設が必要であるが、今後の需要量や地域配置、対応可能な現有施設の状況、災害への対応等を考慮すれば、保存、供給、研究開発、さらには教育訓練をも行うセンターとしての機能を持つ施設を全国に少なくとも2カ所以上整備することは喫緊の課題である。
 センター機能を持つ施設では、体外受精法、凍結融解法、胚の移植、凍結胚の輸送法の開発研究及びそれらの生殖工学の実施、データベースの構築等を行う。また、新しい遺伝子操作マウスの開発をも行い、誘導的遺伝子発現系やヒト染色体導入をはじめとする巨大染色体の個体での機能検定のためのマウス、更にヒト遺伝子と置換したヒト疾患モデルマウスの作成などの新しい技術開発も行う。更に、凍結法、融解法、胚移植法等を中心とする生殖工学の講習会及び遺伝子操作動物開発技術の講習会を実施し、技術の普及を図る必要がある。遺伝子操作技術や凍結保存技術は、それ自体改良・開発の途上にあるが、現段階での最も簡便迅速かつ安定的な方法をセンターが標準化し、講習会によって全国に普及し一定の技術を有する技術者や研究者を養成し、技術の劣化を防ぐことが重要である。
 さらに、標準化され、広範囲、多数用いられるようになった遺伝子操作動物の供給については、将来的には、既存の法人組織等で行われることが望ましい。
 なお、センターとしての機能を有する施設は、多機関にまたがる委員を含む運営委員会を設け、全国的視野に立って組織の運営を図るとともに、保存すべき系統の選択、保存場所の選定等を行うべきである。

(2)国立試験研究機関や企業等の研究所との連携協力

 大学での研究はもとより、生命科学を研究する国立試験研究機関や企業等の研究所にとっても研究基盤として遺伝子操作動物は重要であるので、現在、遺伝子操作動物を最も利用する大学で、その保存、供給等の施設が整備されたならば、大学以外の研究者にも公開されることが望ましい。

(3)国際協力

 遺伝子操作マウスの国際間での交換は、今後は凍結胚・配偶子で行われるであろう。国際的に自由な遺伝子操作動物の交換は、いわば、研究者社会の常識として、研究基盤の充実の上で必要なものである。したがって、我が国としても、我が国で開発されたものの保存と海外への供給を積極的に考えるべきであり、海外からの受け入れ・保存とともに、欧米に劣らない競争的な協調による貢献によってこそ、はじめて研究の飛躍的進展が可能となるに違いない。

5.動物実験施設等との連携

 全国の大学・研究所に設置されている動物実験施設の役割は、研究と教育及び研究支援にその使命がある。一方、遺伝子工学と発生工学との進歩によって、この使命の達成に必要な知識と技術とが大幅に増大した。その一つが、遺伝子操作動物の開発とそれを使った実験である。したがって、従来の施設の役割を果たしながら、各々の機関で使用される胚・配偶子の凍結及びセンター機能を持つ施設を通じて入手する系統の融解とマウスの飼育とが重要な実施課題に加わった。現状は、従来の実験動物と異なり専門性の高い遺伝子操作動物の生産をも自らの施設の中で行わざるを得ず、施設のスペースと労力とが急速に不足する事態となった。動物の生産は、なかなか計画的に進まず時間的にも空間的にも多くのスペースを占有するからである。
 この事態を解決するには、施設の再整備・拡充がなければならない。センターの設置が、各大学の動物実験施設での遺伝子操作マウスの作成やそれに伴う実験のための生産を阻害するものではない。むしろ、全国をネットワークで結ぶ中心の拠点が作られることによって、情報が整理公開され、重複して同じ遺伝子操作マウスを作る不経済なことはなくなるであろうし、一旦、出来上がった系統は、全国の研究者に広く利用できることになる。この発展の中で個別の施設の特徴も次第に明らかとなり、実態に即してサブセンターとしての保存施設の機能を有するものへと発展し得るものと期待される。
 センター機能を持つ施設における教育を通して、遺伝子操作マウス作成、凍結胚の融解、胚移植等の技術をもつ技術者を育成し、各大学等の動物実験施設では、多方面にわたる研究者の固有の要求に応えるようにすることが望まれる。

第15期学術審議会学術情報資料分科会  学術資料部会委員名簿

(任期:平成8年2月16日~平成10年2月15日)

〔委員〕

  宇井 理生 東京都臨床医学総合研究所長
  太田(原田) 朋子 国立遺伝学研究所名誉教授
(部会長) 高久 史麿 自治医科大学長
豊島久真男 大阪府立成人病センター総長
  中村 桂子 生命誌研究館副館長

〔専門委員〕

審良 静男 兵庫医科大学医学部教授
早川 純一郎 金沢大学医学部附属動物実験施設長
平野 丈夫 京都大学大学院理学研究科教授
宮下 保司 東京大学大学院医学系研究科教授
森脇 和郎 総合研究大学院大学副学長
山村 研一 熊本大学医学部附属遺伝発生医学研究施設長

 ◎は、遺伝子操作動物ワーキンググループ主査
 ○は、遺伝子操作動物ワーキンググループ専門委員

(平成9年7月10日現在)

お問合せ先

学術国際局学術情報課

-- 登録:平成21年以前 --