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「大学等における脳研究の推進について(報告)」 (学術審議会特定研究領域推進分科会バイオサイエンス部会)

平成9年3月17日
学術審議会

(概要は「文部省ニュース」に掲載しています。)

はじめに

 脳は、精神作用である「こころ」と肉体的生命が会する場であり、知・情・意を司る「こころ」とその場である脳の機能の解明は、デカルトの時代から今日に至るまで、人類の知的関心の対象となってきた。脳の精緻な神経回路が形成される過程や、その神経回路網が知能、記憶、感情、意志などの「こころ」を生み出す過程を科学的に解明することは、脳研究の究極の目標である。
 また、現代においては、画期的なコンピュータの開発や、高齢社会における痴呆化の防止及びこれら疾患に対する遺伝子治療等の治療法の開発、さらには現代社会における様々な「こころ」の問題の解決が重要な課題となっており、この面においても脳研究の果たす役割に大きな期待が寄せられている。
 脳の機能や構造の科学的な解明を目指す脳研究においては、近年、分子生物学、情報科学などの基礎科学の急速な進歩によって、方法論や実験技術に関するブレークスルーが生まれ、イメージング技術の進歩とあいまってめざましい進歩を見せている。
 これらの著しい進展を背景に、今や多くの先進諸国が脳研究の推進計画を策定し、産学官の協力のもとに、着々と研究を推進している。
 以上のような学術的、社会的な動向を勘案し、我が国においても早急に大学等における脳研究を推進し、これを中心として、産学官の協力のもとに研究を進めていく必要がある。
 脳研究は、もとより生命科学の最終的な研究課題の一つであるが、同時に、従来、主として心理学・哲学的な課題とされてきた、ヒトの「こころ」を解明することを究極の目標としている。科学技術創造立国を目指す我が国の大学等においては、脳研究のこのような学際的な性格にかんがみ、自然科学的な側面と人文・社会科学的な側面を横断・融合した学問体系を確立していくことが求められるが、さしあたって、自然科学的な立場からの総合的な研究を推進することが必要である。

1 脳研究をめぐる状況について

 ヒトの知能、記憶、認知、感情、意志などの「こころ」のメカニズムを解明して、ヒトのヒトたる所以を理解すること、優れた情報処理機能を持つ人工システムを開発すること、また、脳の発生・発達の解明と老化や神経・精神疾患の病態解明及び治療・予防法の開発など、脳研究の持つ学術的・社会的意義は大きく、我が国をはじめ各国において、21世紀における最も重要な研究課題と見なされている。
 このような流れの中、平成8年4月、日本学術会議においても、「脳科学研究の推進について」と題する勧告が採択されたところである。

(1)我が国における脳研究の現状

 我が国における脳研究は、これまで主として医学系の大学の講座や研究所・研究施設等を中心に推進されてきており、個々の分野においては、先導的な業績を挙げている。
 例えば、分子・細胞レベルから脳の解明を目指す研究については、多種多様な動物による実験を通じ、細胞の中と外、細胞内での情報の伝達に関与する蛋白分子である、受容体、イオン・チャンネル、細胞内情報分子、接着分子など、脳の基本的な機能分子に関して、世界をリードする先端的な研究成果を挙げている。しかし、これらの成果に比して、脳機能と行動との対応のメカニズムを明らかにするような学際的、総合的な研究成果はいまだ少ない。
 また、認知や記憶などの高次脳機能の解析については、霊長類を用いた実験により世界に誇る業績を挙げている。神経心理学・認知科学によって、ヒトの認知能力の巨視的な構造が描かれ、免疫染色などを含む新しい形態学的・電気生理学的方法によって、脳内局所の情報回路や、モジュール構造間の情報チャンネルが明らかにされつつあり、これらはヒトをも含めた動物の高次脳機能に関する仮説に結実しつつある。同時に、微小な電極を用いて脳機能を直接計測する微小電極法や光学計測法、fMRI(機能的磁気共鳴画像装置:資料参照)を用いた間接的な観測法など、これらの仮説を実験的に検証する方法論も成熟しつつある。しかし、これら高次脳機能の解明のための研究環境については、fMRIやMEG(脳磁場計測装置:資料参照)などの大規模装置が、中心的な研究拠点に十分配置されていないなど、いまだ不十分な状況にある。
 さらに、脳機能を理論モデルで解明しようとする理論脳科学については、これまで脳の基本構造である神経回路網の学習アルゴリズム、認識モデル、連想モデル等においていくつかの顕著な業績が見られる。これに加えて、「カオス」等の非線形力学理論における我が国独自の発展や、新しいイメージング技術の発達により、さらに発展が期待される。脳型計算機(注)の基本要素は、神経細胞とシナプス(神経細胞と神経細胞の接合部)であるが、それらの働きを持つ半導体デバイスと、同デバイスを用いた神経回路網の集積化の研究は、大学・企業等で活発に行われており、総体的には欧米に比べ遅れをとるとはいえ、世界的に見て先導的な成果も一部に生まれている。
 これらに加え、運動失調症や筋ジストロフィーなどヒトの遺伝性神経・筋疾患の遺伝子の解析においては、世界の第一線の研究を行っており、さらに新しい研究対象への挑戦が行われている。また、精神分裂病などの「こころ」の疾患についての基礎的研究への挑戦も、あわせて行われている。
 しかしながら、上のような研究分野全体を通じ、脳研究に関連した論文などを米国等と比較した場合、数量の点で劣るのみならず、内容においても関連諸分野を統合した先端的な研究に乏しいことが指摘されている。また、研究費の額を比べてみてもその規模の違いは明白である。
 これは、一つには、我が国の脳研究の多くが主に大学や研究所の個々の講座や研究部門などの小さな単位の研究チームによって行われており、欧米諸国で見られる複数の研究分野の力を結集した形での研究や、そうした学際的な研究への研究費の重点的な支援が行われていないことによるものと考えられる。


(注)脳型計算機:神経回路網の機構をモデルとして、人間の脳に似た知的情報処理を行う計算機。
 時事刻々変化する複雑な外部情報の認識・判断などを得意とする。

 脳研究は、研究手法、成果の波及範囲などを見ても、医学のみにとどまるものではなく、理学、工学、農学、薬学、心理学、教育学、哲学などの諸分野を横断するものであり、事象を要素に分析していく従来の分析的方法論に、全体の体系を作り上げる構成的方法論を結合させ、より普遍性を持つ研究の体制を構築することが求められる。すなわち、分子・細胞レベルから高次機能、病態、老化までの、脳の仕組みの機能・構造面からの解明や情報処理工学的アプローチ、心理学的アプローチ等による脳機能と構造の分析が我が国の大学等において総合的に行われる体制作りが緊急の課題であり、既に個々の分野において相当の成果を挙げつつある我が国の脳研究は、こうした体制を構築し、それに対する重点的な支援を行うことにより、飛躍的に発展すると予想される。

(2)諸外国の動向

 先進諸外国においては、1990年に米国上院が「脳の10年」を決議し、脳研究に行財政的支援を与えることを決議したことに続いて、欧州においても、同様の決議が多くの国々でなされている。
 これを受けて、欧米の主要大学等に脳神経科学部門や脳科学研究所などの学際的研究施設が設立され、多様な研究支援策が実施されている。これに伴い、脳科学の研究者数も年々増加し、現在米国の脳科学関連の研究者数は約10万人といわれている。
 また、欧米諸国においては、総合的な研究機構が脳研究についても大きな役割を果たしている。これらの研究機構では、大学等への資金の助成や研究ユニットの設置・運営を通じ、専門分野横断的な研究の要請に弾力的に対応している例も見られるところであり、学際的な研究である脳研究を我が国において推進するに当たって、参考とすべき点が少なくないものと考えられる。

2 脳研究推進の意義、必要性

 脳研究は、ヒトの「こころ」の実体の解明を究極の目的とするものであるが、脳研究の結果及びその過程で得られる成果は、以下のように概観され、学術的にも、社会的にも、極めて大きな波及効果を及ぼすものと期待される。

(1)脳と「こころ」の理解の促進

 先述のfMRI(機能的磁気共鳴画像法)やPET(ポジトロン断層法:資料参照)など、開頭することなく脳の働きを視覚化する技術(非侵襲計測技術)の進歩などにより、ヒトをはじめとする動物全体の脳活動と行動の科学的な解明の飛躍的な発展が期待できる。また、ヒトの「こころ」や脳の発達・老化のメカニズムの理解が高まり、社会の福祉に貢献することが期待される。

(2)情報処理工学の発展

 認知等、脳の高次機能のシステム的解明と、行動発現に関わる認知や統合機能の解明により、脳内で機能している極めて効率的な計算原理や情報処理のメカニズムを解明・応用して、21世紀の情報通信社会の技術基盤となる知的人工システムの開発を目指すような、情報処理工学の発展が期待できる。

(3)神経・精神疾患の診断、治療原理の開発と解明

 脳の老化や、パーキンソン病、アルツハイマー病など脳・神経系疾患の分子・遺伝子レベルからの解析と環境要因等の解明、また、精神分裂病などの「こころ」の疾患についても、分子細胞レベルから高次機能までの脳機能の解析の進展により、その病因の解明、診断方法、治療法の開発などが促進されることが期待される。

(4)生命現象の実体についての理解

 ヒトを含む動物の脳の高次機能の解析や、行動を発現させる脳のメカニズムの解析の進歩により、科学的なアプローチによって「こころ」が解明されることが期待される。また、ヒトを含む動物の脳・神経における遺伝子の発現から発生・分化に至る過程の研究や、遺伝子操作と行動発現とを関連させた脳機能とその発現機構の研究、あるいは、生後発達における神経系ネットワークの形成に関与する環境因子の研究を通じて、脳の身体全体を調節するメカニズムが解明され、「こころ」と身体を結ぶ経路が明らかになるものと期待される。

(5)新しい科学的方法論の創造

 脳研究は多くの研究分野の連携・協力により推進される学際的領域であり、その過程において、これまでの各研究分野の固有の方法論を統合した、全く新しい方法論を創造する可能性を有する。

(6)人類進化の理解の拡大

 各種動物において、どのような認知がどのような神経作用を受け、どのような神経回路を通じて行動につながるかの過程の解明が進展することにより、ヒトの脳の進化過程の理解においてブレークスルーが期待される。特にヒトや霊長類の行動に関係する認知神経科学的研究の発展と、ヒト・ゲノムや多様な動物の脳ゲノムの解析の進展により、人類の進化に関する理解の増大が可能となる。

(7)学術研究の国際的貢献

 脳研究は、現在、学術的・社会的に重要な研究領域として、各国において注目されており、我が国も、この分野の研究の推進について応分の役割を果たすことが期待されている。我が国における脳研究の推進は、先進諸外国からのこれらの期待にこたえるものであるとともに、さらにアジア諸国及び汎太平洋地域における新たな研究協力の拠点として、学術研究における国際貢献を拡大させるものである。

3 脳研究の進め方ー推進すべき研究領域ー

 感覚・知覚、学習・記憶、思考、運動、動機づけや情動、睡眠、生物時計などに関わる脳のメカニズムを、種々の方法論により、総合的に解明することを目的とする。
 当面、各種の方法論として、電気生理学的方法、心理物理学的方法、認知神経科学的・神経行動科学的方法、分子生物学的方法、臨床神経科学的方法、計算論的方法、微細形態情報科学的方法などを中心とすることとし、具体的に推進すべき研究領域としては、以下のものが考えられる。

(1)高次脳機能のシステム的解明(知覚・認知、学習・記憶、思考、運動、行動発現など)

 感覚の受容から認知、記憶、思考を経て、行動の意思決定、運動遂行に至る脳の知的機能と、これを支える価値判断体系、意識・情動系の働きをシステムとして理解することを目指し、感覚刺激受容、運動制御、記憶、行動発現などに関する研究を推進する。
 同時に、ヒトの「こころ」の神経科学的、認知科学的解明を目指し、行動発現機構としての言語コミュニケーションやイメージ生成など、特にヒトや霊長類で発達している精神機能を中心にして、認知の枠組みを研究するとともに、PET(ポジトロン断層法)、fMRI(機能的磁気共鳴画像法)、MEG(脳磁場計測法)をはじめとする最近の非侵襲計測技術を駆使して、こうした精神機能と脳活動とを直接に結びつける研究を推進する。

(2)理論脳科学と脳型計算機工学の推進

 認知・記憶・行動の3つの機能を変化する外界に無矛盾かつ実時間で対応させる、脳の情報処理の機構を解明するため、神経回路とその複合構造に基礎を置く理論的脳研究を行う。また、脳の機能の概念モデルを用いて、ヒトの知的機能を再現する人工情報処理システムを開発し、脳の理論的解明へのフィードバックや情報機器の新たな設計原理の構築へと結びつける。

(3)分子・細胞レベルからの脳機能の解明

 脳の構造の形成機構を分子レベルから明らかにするため、ヒトを含めた様々な動物を対象として、神経系の発生と細胞分化、神経細胞の形態形成、神経回路網の形成・維持・再生及び神経回路の可塑性に関する研究を推進する。また、脳の機能の物質的基盤など、脳機能の分子的基礎を明らかにするため、神経ネットワークにおける伝達機構の解明や行動解析の手法の開発、さらに行動発現に伴う活性物質の同定と機能の解明を行う。

(4)脳神経系の疾患及びヒトの「こころ」の疾患の病因・診断・治療に関する基礎研究

 脳神経・筋疾患の病因の解明、診断・治療の原理の解明を目指し、遺伝子操作や免疫学的手法による分子細胞病態の解析、臨床神経生理学や精神神経科学における機能的脳画像による機能病態解析を行うほか、神経損傷の機能再建原理の開発などの研究を推進する。また、精神分裂病等の精神疾患、神経症等の「こころ」の病気や、環境要因と関係した脳疾患の解析など、現在の種々の科学的方法を駆使して総合的に研究を進め、病因・診断・治療の研究の進歩を促す。

(5)行動科学の推進及び周辺研究領域への行動科学的手法の導入

 摂食、飲水、食塩摂取等の摂取行動、性行動や育児行動、怒り、喜び、悲しみなどの感情的行動や闘争、群れ、いじめ、性差などの社会的行動、薬物への耽溺などの自傷行動など、様々な行動の発現機構を明らかにすること、また、ストレス応答等の機構について行動科学的アプローチによる解明を行うことは、21世紀に向けての大きな研究課題である。
 なお、学際的な脳研究においては、これら分類に入らない研究領域もあり、また、分野にわたる研究課題もあり一様ではないが、あえて分類をした。
 したがって、これらの研究を多面的かつ有機的に推進する上で、研究のいろいろな側面を見通し、常に領域研究課題を検討し、領域相互の連絡を図り、企画・調整を総合的に行う研究推進の仕組みが必要となる。

4 研究推進体制の構築

 既に述べたように、欧米では、脳研究の重要性に着目し、多くの大学等に脳研究を推進するための教育研究組織を設置し、学際的教育研究体制が整備され、それらを拠点として、世界をリードする数多くの業績が挙げられるとともに、優れた人材も多数養成されている。
 これに対し、我が国の関係分野では、欧米におけるこのような動向に的確に対応するに至っていない。
 しかし、近年、分子生物学の進展とPET(ポジトロン断層法)、fMRI(機能的磁気共鳴画像法)、MEG(脳磁場計測法)などの非侵襲的計測法の研究設備の発展により、研究者の脳研究に対する関心は高まり、脳研究関係の教育研究体制の整備を進めようとする大学等も現れるなど、かつてない積極的な機運も見られるようになってきた。
 脳研究の最大の特徴は、極めて学際的な領域であるという点であり、その推進のためには伝統的な生理学、解剖学、薬理学、心理学、精神・神経科学などの分野に加え、分子生物学、細胞生物学、認知科学、神経行動学、情報処理工学など、あらゆる関連の研究領域の研究手法を統合して研究を実施する必要がある。脳研究の最終的な目標達成までには、相当の期間と多額の研究経費、研究支援のための施設の整備、最先端の研究設備の導入及び大学や関連の研究所等の研究システムの変革が急務である。
 我が国が、今後脳研究の分野においてより優れた業績を挙げ、これまで以上に世界に貢献するためには、大学等の現状を踏まえ、広汎な分野からなる学際的領域である脳研究の特徴に即した教育研究推進体制の構築が急務となっている。

(1)専門分野を超えた学際的研究の推進と研究者のネットワークの構築

 脳研究では、専門分野にとらわれない幅広い創意ある研究が不可欠である。脳研究関係の大学等の研究者は、自らの自由な発想に基づき、豊富な研究経験と優れた研究成果を基盤として、その研究課題に応じて、専門分野の枠を超えた共同研究に積極的に取り組むことが必要である。
 そのため、当面最も重要な施策として、科学研究費補助金の重点領域研究や日本学術振興会の未来開拓学術研究推進事業等の活用により、全国の大学等の研究者の参加のもとに、専門分野を超えた共同研究を推進するとともに、これら研究者をネットワーク化し、ネットワーク運営のための中心的仕組みを構築し、脳研究を学際的、多面的かつ総合的に推進していくことが求められる。

(2)教育研究組織の充実

 大学等においては、新しい脳研究の推進のため、既存の教育研究組織の活性化を図るとともに、必要に応じて教育研究体制見直しを行うなど、研究推進のための教育研究組織の構築と支援について、学問分野を超えた全学的な観点に立って検討することが望まれる。

(3)大学共同利用機関、大学附置研究所・研究施設及び関係学部等における共同研究の推進

 大学等における脳研究の拡大と、研究者養成の充実を図るためには、大学共同利用機関や大学附置研究所、学部附属研究施設及び関係学部・大学院等、複数の研究組織を研究拠点として、独創的・先駆的な研究を推進するとともに、これらの研究拠点を有機的に結ぶ、拠点間ネットワークの構築を図ることが有効である。
 このため、これらの研究組織については、脳研究における全国又は地域の共同研究の拠点として、学内の他の研究組織との関連等にも十分考慮しつつ、その整備を図るとともに、自ら推進する研究課題について民間を含めた他の研究者・研究機関との共同研究を積極的に行い、さらに施設・設備の共同利用を促進するなど、研究動向に即した弾力的、機動的な運営に努めることが必要である。
 また、これら研究拠点相互においても、共同研究や人材交流の促進を図るなど、より有機的な連携を推進していくことが求められる。
 特に、大学共同利用機関や全国共同利用型の附置研究所等については、全国の研究者が、特色ある施設・設備等を共同利用しつつ研究を推進する場として、今後さらにその研究機能の充実を図ることが重要である。
 さらに、各研究拠点のネットワークを組織運営する中心的機構について、中長期的には各大学等の準備状況を勘案しつつ、脳研究における新たな中核的研究拠点を形成することなども考慮に入れ、検討する必要がある。

5 研究支援基盤等の充実

 脳研究は、学際的研究領域であるため、多種多様な研究支援体制の確立が重要となる。
 このような新しい広領域な研究を推進するためには、研究経費、人材の養成・確保はもとより多種のモデル実験動物の開発・供給管理及び大型研究機器の導入を行い、共同利用に供するとともに、それら研究設備の開発研究、さらには情報処理基盤を確立するための支援体制の整備・充実が急務となっている。

(1)科学研究費補助金及び未来開拓学術研究推進事業等による支援

 脳研究のような学際的研究領域の分野においては、特に、いくつかの異なる専門分野の研究者とによって構成された共同研究が必要である。
 現在、大学等における脳研究は、科学研究費補助金の特別推進研究及び重点領域研究や未来開拓学術研究推進事業などによる推進が図られているが、その課題の選定に当たっては、世界的な研究動向や我が国の現状等を勘案しながら総合的、計画的に充実を図ることが必要である。
 科学研究費補助金や未来開拓学術研究推進事業は、大学等における脳研究の推進には極めて有効であり、今や不可欠なものとなっている。特に、新たな進展が期待される脳研究の分野においては、科学研究費補助金の重点領域研究や未来開拓学術研究推進事業などによる時宜を得た支援が、最も効果的な研究推進方策の一つとなっており、これら資金による重点的な支援が強く望まれる。
 また、大型の脳測定機器等の研究設備の性能改善等、応用的な側面を有する研究については、日本学術振興会の未来開拓学術研究推進事業の活用を図ることが重要である。
 なお、これらの場合における研究組織については、外国人研究員の招聘、特別研究員の受入れ等を必要に応じ効果的に組合せるとともに、さらに、大学を中心とする研究に国立試験研究機関や民間企業の研究者が幅広く参加し、産官学が連携して共同研究が円滑に行えるよう、その方策の検討が必要である。

(2)モデル動物系研究開発施設等の支援拠点の構築

 脳研究における固有の方法論は、遺伝性脳病態マウス、トランスジェニック、ノックアウト・マウス、ラット等遺伝子操作動物の研究開発や、ヒト脳の機能のモデルとなる霊長類(サル)をはじめとした脊椎動物及び無脊椎動物等の新しいモデル系・転換系の研究開発に存するといわれており、研究資材としての実験動物の開発・飼育・供給の重要性は、今後ますます大きくなるものと予想される。
 このため、モデル動物を研究開発し供給できる施設を備えつつ、他の実験動物関連施設等とも協力しながら、ヒト高次脳機能の解明を目指した研究を総合的に行う、開かれたモデル動物研究開発拠点を構築し、実験動物の生産・供給のための基盤整備を図ることが重要である。
 また、その際、研究資材として用いる実験動物の取扱いについては、実験動物指針に基づいて、研究者及び動物飼育管理者について倫理的な面からの責任を明確にすることが必要である。

(3)データベース及び情報処理基盤の整備・充実

 脳研究の特徴である学際性を考慮し、ヒト・ゲノム研究や遺伝子研究とも関連させた脳ゲノムデータ、脳機能地図データなどのデータベースの集積を図るとともに、これら研究資材を研究者間のネットワークにおいて活用できるよう、複数の研究拠点に整備することが重要である。
 また、優れた情報処理機能を持つ人工知能システムを研究するには、脳の理論研究と脳型計算機設計のためのコンピュータセンターや半導体集積回路の研究センターなどの共同利用による研究支援体制の整備も必要となる。

(4)大型研究設備の整備・充実とその共同利用体制の構築

 近年の研究設備は、大型化・高度化が著しく、脳研究の発展もこれに負うところが大きい。
 脳研究の推進には、これらの設備の整備・充実が急務であり、そのためには、学内外の施設・設備を研究者が共同利用できるような拠点体制を構築することが重要である。
 特に、fMRI(機能的磁気共鳴画像装置)、MEG(脳磁場計測装置)、PET(ポジトロン断層装置)などの計測装置は、感覚刺激受容、運動制御、記憶、行動発現などの研究の推進に不可欠となっており、研究拠点においてはこれらの大型設備の重点的整備を図るとともに、その共同利用体制を早急に構築する必要がある。
 また、新たな研究分野を切り開いていく際には、斬新な発想や原理に基づいた先導的研究設備の導入が多くの進展をもたらすことから、これら先導的研究設備の研究・開発のための研究費等も必要に応じて支援することが必要である。

6 人材養成

 脳研究を推進するには、優れた資質・能力をもつ研究者の確保と独創性のある若手研究者の養成が極めて重要である。研究者養成は、脳研究の動向や大学等における研究者の需要等を考慮して進める必要がある。
 現在、脳研究を行う研究者の養成は、学際的な研究が求められているにもかかわらず、大学等において専門分野別に個々に行われており、横の連携の極めて少ない閉鎖的なものとなっている。
 新しい脳研究の教育システムを構築するには、大学等における脳研究に関わる教育研究の弾力性を高める措置、カリキュラムの見直しなどの措置の検討が求められている。
 同時に研究支援基盤の充実と十分な活用については、脳研究では、特にモデル動物の開発・飼育・供給、最先端研究設備の保守と利用など、研究支援者に負うところが大変多く、これらの人材の養成確保も重要となる。

(1)関連学部及び大学院の整備

 脳研究に関連ある学部においては、新しい脳研究関係の教育に必要な教員及び施設の充実を図ることが最重要課題である。そのためには、まず適切なカリキュラムを編成し、総合的、横断的に脳研究関連の基礎教育を培うことが重要である。
 そのため、必要に応じ、既設の学科、講座の改組、再編成等を含む教育研究体制の整備・充実や実験実習室などの施設の確保等の措置が必要である。
 大学院における研究者養成においては、関連する諸分野について、他分野の研究動向をも理解しうる幅広い資質・能力を養うことが重要である。特に、新しい脳研究を推進するためには、種々の学部、学科の出身者を受入れることが重要であり、これらの人材が、将来、大学や国立試験研究機関、民間研究所等において、医学、理学、工学、農学、薬学、心理学等の各分野で活躍できるようにするため、教育システムの構築と支援が必要である。
 大学院において研究者を効果的に養成するためには、関係の教員組織や施設・設備の充実を図るとともに、関連する研究科、専攻はもとより、学部や研究所等との有機的な連携・協力を進めることが重要である。また、国内外の国際的にも優れた研究者を、研究動向等に即応して弾力的、機動的に組織し、国内の研究の発展と高度な研究者養成に多大の刺激を与えるような措置も必要となる。
 なお、既設の脳関連研究施設等は、従来からも、大学院教育に参画してきたが、新しい脳研究を推進するためには、今後はより一層積極的な参画が望まれる。

(2)若手研究者に対する研究環境の整備・充実

 脳研究の推進においては、特に若手研究者が学問分野を超えて新しい専門的知識、技術を習得し、自立して先駆的、独創的な研究ができるよう配慮することが強く望まれる。
 若手研究者を支援する制度は、従来に比べその整備が図られてきてはいるが、以下の制度について更なる整備・充実が強く望まれている。
 優れた若手研究者が自由に研究課題、研究指導者、研究場所を選んで研究に専念できるようにするフェローシップ制度は、幅広い資質・能力を必要とする脳研究の研究者を養成する上で極めて大きな効果が期待され、その充実が望まれる。
 ポスドクなど若手研究者のための研究機会の確保やその支援の充実を図るとともに、これら若手研究者等の重点的な投入について検討を行うことが求められている。

(3)トレーニング・コース等の実施

 大学院生や若手研究者を対象とし、研究動向に即応したトレーニング・コースや公開教育プログラム等を集中的、計画的に実施することは、極めて有益である。
 また、セミナーやワークショップの計画的開催等により、脳研究に参画する多くの分野の研究者や研究支援者が、大学だけでなく国立試験研究機関及び民間企業の研究所等と共同して、それぞれに特有な専門的知識、技術や新しい思考法を相互に学び合う機会をつくることも重要である。

(4)研究支援者の養成・確保

 遺伝子操作を取り入れたマウス・ラット等のモデル動物の開発や、霊長類(サル)をはじめとした脊椎動物及び無脊椎動物等のモデル系・転換系の開発、各種実験動物の飼育・供給、また、fMRI(機能的磁気共鳴画像装置)やMEG(脳磁場計測装置)などの最先端研究設備の保守と利用においては、研究支援者の充実が不可欠であり、また心理学的、行動学的研究の支援など、複雑多技な操作を要する実験等においても、高度な資質を有した研究支援者に負うところが大変大きい。これらの人材の養成・確保についても、適切な措置を講ずることが重要である。

7 国際交流・協力及び国際貢献

 諸外国との交流・協力を進めることは、研究者の層が十分でない我が国の当該分野の研究水準を高めるのに必要であるとともに、先進諸国と協調しつつ、我が国がアジア及び汎太平洋地域における新たな研究協力の拠点として積極的な国際貢献を果たす上でも重要である。
 多数の研究者が、共同研究を行い必要な研究情報を交換するなどの国際交流・協力は特に大切であり、最先端の研究情報や研究動向の把握等は、研究者にとって不可欠である。
 このため、国内外で開催されるワークショップ、セミナー等への研究者の派遣及び外国人研究者の招聘が重要である。特に若手研究者が国際的な共同研究、ワークショップ等に参画し、海外の研究動向に接するとともに、海外の最先端の研究を行っている研究者と交流の機会をもつことは極めて重要であり、このような若手研究者の交流を促進することが涵養である。

8 研究の評価と成果の公開

 研究の進捗状況を踏まえ、研究計画、研究体制などについて不断の評価を行うことは、研究組織に属する研究者が活発な研究活動を展開し、研究組織自体が常に活性化した状態を維持するためにも有益であり、各研究組織の実情に応じ、自己点検・評価の実施体制を整え、適切な評価を行うことが重要である。また、必要に応じて外国人研究者も含めた当該研究組織以外の研究者による評価を行うことが望ましい。さらに、それらの評価結果を積極的に外部にも発信することが重要である。
 個々の研究者レベルにおいても、その成果を学術雑誌やシンポジウム、一般向けの解説書など、様々な形で発表することは、研究活動の一環として、また、他の研究者の評価を受ける機会として重要であるだけでなく、脳研究とその成果について社会に還元し、広く一般の理解を得るという観点からも極めて重要である。研究成果の発表の機会を得ることは、若手研究者や大学院生の教育、人材養成にも資するところであり、種々の形でこれらの機会の充実が求められる。

9 倫理的問題

 脳研究の進展に伴い、ヒトの「こころ」や行動、疾患への理解が深まり、それを様々な形で応用することが可能となる。しかしながら、脳への理解と技術応用の発展は、疾患の治療等にとどまらず、脳への人為的操作の可能性をもたらすものである。また、個人に関するデータが取り扱われる場合、その取り方、情報の管理等については慎重な配慮が必要である。これら脳研究に関わる倫理的、社会的、法的問題については、それら問題に関する研究を促進するとともに、個別のケースに対応するためのシステム作りを含め、今後、積極的な検討を行っていく必要がある。
 また、これらの問題に関する、より開かれた論議を可能とするため、社会に対して、研究の成果を含め、脳研究の動向・現状をできるだけ正確に伝えるとともに、これらの問題についての基本的考え方を示して、社会の理解を得ていく必要がある。

(資料)

[非侵襲的脳機能検査法]

PET(positron emission tomography);ポジトロン断層法/-装置
ポジトロン(陽電子)を放出して崩壊する同位元素で目的とする化合物を標識し、その標識薬剤を体内に投与して、脳におけるその分布の断層画像から局所の機能測定を行う方法。これは、いま脳のある部分の神経活動が増加すると、その部分の血流と糖代謝が増加するという原理に基づいている。例えばある課題を遂行している最中に、酸素15で標識した水(H215O)を標識化合物として静脈内に注射し、PETでその画像を求めると、その時に活動が増強している脳部位の血流又は糖代謝の増加を測定できるとともに、それを画像として見ることができる。この方法は数mm単位の優れた空間情報を与えてくれるが、時間的には酸素15の半減期が約2分であるため、その2分間の総和として脳活動を見ることになる。

fMRI(functional magnetic resonance imaging);機能的磁気共鳴画像法/-装置
いま、脳内のある部分の活動が高まると、その部分の血流が増加するが、酸素の消費量の増加の程度は比較的低い。そのような状態では同部位の酸化ヘモグロビンの割合が増え、還元ヘモグロビンの割合は低下する。この還元ヘモグロビンは磁化されやすい性質を持っているので、高速撮像で得られる磁気共鳴画像(MRI)の信号を低下させる。したがって活動が増加した脳部位においては、この還元ヘモグロビンの割合が低下するために、高速のMRIを求めると逆に信号が増強されることになる。fMRIはこの原理を利用した機能画像法であり、PETと異なって同位元素を必要としないのが大きな特徴である。そのため同一被験者を対象として、検査を何回でも反復することが可能である。また本人のMR画像そのものであるため、PETの血流画像のようにMR画像上に重畳する操作が不必要である。また、時間分解能も数秒単位で変化を追うことができる。

MEG(magnetoencephalography);脳磁場計測法/-装置
大脳皮質の神経細胞が興奮すると電位と同時に磁場も発生する。しかしその磁場は通常の環境の磁場の1億ないし10億分の1と極めて微量であるため、強固なシールド室内で、超伝導量子干渉装置(superconducting quantum interference device、SQUID)と呼ばれるセンサーで記録したものが脳磁場である。脳電位又は脳波が脳を覆っている髄液や頭蓋骨の影響を強く受けて減弱し、しかも頭皮上に広く分布するのに対して、磁場はそれらの影響を受けにくいので、脳の活動部位を比較的精密に検出することができる。時間分解能については脳電位と同様で、ミリ単位という短い単位の情報が得られる。超伝導を保つために、液体ヘリウムを補充していく必要がある。

審議経過

平成8年
1月18日(木曜日) バイオサイエンス部会(第37回) 脳研究推進小委員会設置の決定
4月22日(月曜日) バイオサイエンス部会(第38回) 意見交換
6月6日(木曜日) 脳研究推進小委員会(第1回) 意見交換
6月28日(金曜日) 脳研究推進小委員会(第2回) ・瀬(骨子)の検討
7月4日(木曜日) 脳研究推進小委員会(第3回) ・瀬(案)の検討・主査一任
7月15日(月曜日) バイオサイエンス部会(第39回) ・瀬(案)の検討・部会長一任
7月19日(金曜日) 学術研究体制特別委員会(第15期4回) ・吹vの提出
7月29日(月曜日) 学術術審議会総会(第87回) ・吹vの提出
9月13日(金曜日) 脳研究推進小委員会(第4回) 意見交換
10月14日(月曜日) 脳研究推進小委員会(第5回) 意見交換
12月3日(火曜日) 脳研究推進小委員会(第6回) 瀬-素案-の検討・主査一任
平成9年
1月17日(金曜日) バイオサイエンス部会(第40回) 吹vの決定

(概要は「文部省ニュース」に掲載しています。)

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