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今後における学校教育の総合的な拡充整備のための基本的施策について(答申) (第22回答申(昭和46年6月11日))

昭和46年6月11日
生涯学習政策局政策課

22 今後における学校教育の総合的な拡充整備のための基本的施策について(答申)

(諮問)

昭和42年7月3日

中央教育審議会

文部大臣 劔木 亨弘

 つぎの事項について、別紙理由を添えて諮問します。

今後における学校教育の総合的な拡充整備のための基本的施策について

(理由)

 わが国の学校教育は、過去1世紀にわたって長足の進歩をとげ、その普及度は国際的にもきわめて高い水準にあり、わが国の近代国家としての成長と発展に重要な役割を果たしてきた。
 一方、現在の学校教育については、新学制発足後20年を経た今日、制度的にも内容的にも多くの問題点が指摘されており、その総合的な検討が要求されている。さらに、技術革新の急速な進展と社会の複雑化とは、今後における学校教育にますます多くの新しい課題の解決を要求することが予想される。
 よってこの際、わが国の学校教育のこれまでの実績を再検討し問題点を明らかにしてその改善方策を樹立するとともに、今後における国家社会の進展に即応して、長期的な展望のもとに、学校教育の総合的な拡充整備のための基本的施策を検討する必要がある。

(検討の観点)

 就学前教育から高等教育までの学校教育の全般にわたり、制度的・内容的に、主として次のような観点から検討する。

  1. 学校教育に対する国家社会の要請と教育の機会均等
  2. 人間の発達段階と個人の能力・適性に応じた効果的な教育
  3. 教育費の効果的な配分と適正な負担区分

(答申)

昭和46年6月11日

文部大臣 坂田 道太 殿

中央教育審議会会長
森戸 辰男

今後における学校教育の総合的な拡充整備のための基本的施策について(答申)

 本審議会は、今後における学校教育の総合的な拡充整備のための基本的施策について慎重に審議してまいりましたが、次の結論を得ましたので答申いたします。

目次

前文

第1編 学校教育の改革に関する基本構想

第1章 今後の社会における学校教育の役割
 1 今後の社会における人間形成の根本問題
 2 教育体系の総合的な再検討と学校教育の役割

第2章 初等・中等教育の改革に関する基本構想
第1 初等・中等教育の根本問題
第2 初等・中等教育改革の基本構想
 1 人間の発達過程に応じた学校体系の開発
 2 学校段階の特質に応じた教育課程の改善
 3 多様なコースの適切な選択に対する指導の徹底
 4 個人の特性に応じた教育方法の改善
 5 公教育の質的水準の維持向上と教育の機会均等
 6 幼稚園教育の積極的な普及充実
 7 特殊教育の積極的な拡充整備
 8 学校内の管理組織と教育行政体制の整備
 9 教員の養成確保とその地位の向上のための施策
 10 教育改革のための研究推進措置

第3章 高等教育の改革に関する基本構想
第1 高等教育改革の中心的な課題
 1 高等教育の大衆化と学術研究の高度化の要請
 2 高等教育の内容に対する専門化と総合化の要請
 3 教育・研究活動の特質とその効率的な管理の必要性
 4 高等教育機関の自主性の確保とその閉鎖性の排除の必要性
 5 高等教育機関の自発性の尊重と国全体としての計画的な援助・調整の必要性
第2 高等教育改革の基本構想
 1 高等教育の多様化
 2 教育課程の改善の方向
 3 教育方法の改善の方向
 4 高等教育の開放と資格認定制度の必要
 5 教育組織と研究組織の機能的な分離
 6 第5種の高等教育機関(「研究院」)のあり方
 7 高等教育機関の規模と管理運営体制の合理化
 8 教員の人事・処遇の改善
 9 国・公立大学の設置形態に関する問題の解決の方向
 10 国の財政援助方式と受益者負担および奨学制度の改善
 11 高等教育の整備充実に関する国の計画的な調整
 12 学生の生活環境の改善充実
 13 大学入学者選抜制度の改善の方向

第2編 今後における基本的施策のあり方
第1章 総合的な拡充整備のための基本的施策
 1 新しい学校体系の開発と現行学校教育の内容的な充実
 2 教育改革の推進と教育の質的水準向上のための研究開発
 3 教員の資質の向上と処遇の改善
 4 高等教育の改革と計画的な整備充実の推進
 5 国・公立大学の管理運営に関する制度的な改革
 6 教育の機会と教育条件の保障に関する総合的な施策
 7 教育制度における閉鎖性の是正
 8 大学入学者選抜制度の改革

第2章 長期教育計画の策定と推進の必要性
 1 長期教育計画の必要性と政府の役割
 2 計画の基礎としての予測計量の意義
 3 予測計量に関する試算
 4 試算結果から指摘される問題点

〔参考資料〕 総合的な拡充整備のための資源の見積もり

前文

 中央教育審議会は、昭和42年7月以来、標記の諮問事項について検討を重ね、ここに、これまでの中間報告をも含めて最終的に答申をとりまとめる運びとなった。
 この諮問は、戦後の学制改革以来20年の実績を反省するとともに、技術革新の急速な進展と国内的にも国際的にも急激な変動が予想される今後の時代における教育のあり方を展望し、長期の見通しに立った基本的な文教施策について答申を求めたものである。これまでわが国では、明治初年と第2次大戦後の激動期に教育制度の根本的な改革が行われたが、今日の時代は、それらとは別の意味において、国家・社会の未来をかけた第3の教育改革に真剣に取り組むべき時であると思われる。本審議会が、4年という異例の長期間にわたって慎重に審議を行ったのは、まさにそのためである。
 これまでの審議は、三つの段階に区分される。その第1段階は、まず、明治以来のわが国の教育発展の実績を多面的に分析評価し、その中に含まれる問題点を究明することであった。その成果は、昭和44年6月に中間報告を行ったが、この答申の付属資料がそれである。第2段階は、第1段階の検討の結果をふまえて、今後における教育改革の中心的な課題とその解決の方向について本審議会の提案をとりまとめることであった。その結論は、昭和45年5月と11月に中間報告を行ったが、それに若干の補正を加えたものをこの答申の第1編第2章および第3章とした。
 第3段階は、この提案による改革を実施するとともに、学校教育全般の総合的な拡充整備を計画的に推進するため、政府としてとるべき行政上・財政上の基本的施策について検討することであった。また、今後の社会における学校教育の役割を広い視野から展望することであった。それらの結論は、この答申の第1編第1章および第2編として新たに付加された。
 この4年間にわたる審議は、七つの特別委員会の159回の会合と72回の小委員会、5回の公聴会、70以上の関係諸団体・審議会・官公庁からの意見聴取、10回の総会によって行われた。その間に、昭和44年4月には「当面する大学教育の課題に対応するための方策」について別途に答申を行った。その答申は、大学紛争の要因、大学の内部管理の改善および大学における学生の地位と役割について本審議会の基本的な考え方を示している点において、今回の答申と密接な関連がある。なお、今回の答申の中で基本的な考え方は述べたが、その実施方策についてはさらに専門的・技術的な検討を要するものがいくつかある。いわゆる生涯(がい)教育の観点から全教育体系を総合的に整備すること、教員の給与・処遇の改善について具体案を作成すること、高等教育の新しい教育課程の類型を作り出すこと、教育行政体制の再検討を行うことなどがそれである。これらの課題について、政府がすみやかに適切な措置をとることを期待する。
 わが国の学校教育は、これまでも急激な膨張を遂げてきたが、さらに今後10年以内に、個人および国家・社会の要請にもとづき、後期中等教育の普及率は90%を突破し、高等教育も30%を越えることが予想される。しかも今日の社会は、人間の可能性の開発をますます重視し、自主的・創造的な人間の育成を要求する方向に発展しつつある。今後の学校教育は、そのような量的な拡張に伴う教育の質的な変化に適切に対処するとともに、家庭・学校・社会を通ずる教育体系の整備によって、新しい時代をになう青少年の育成にとってのいっそう本質的な教育の課題に取り組まなければならない。この答申は、そのような観点から、今後実現に努力すべき学校教育の改革について提案したものである。
 およそどのような改革も、それに伴う障害を克服する熱意と勇気なしには、その実現を期しうるものではない。当面の利害から現状維持を固執したり、現実に目をおおって観念的な反対だけを唱えたり、実行を伴わない改革論議に時を移したりして、教育がますます時代の推移から取り残されるようになる危険を深く考慮し、この改革の実現に対して、教育関係者が積極的な努力を開始し、国民的な支持の盛り上がることを心から期待する。また、この教育の改革と拡充整備は、国家的に巨大な資源を必要とするが、わが国の今後における社会・経済発展の見通しを考慮すればけっして実現困難なものではなく、それを実行できるかどうかは、もっぱら政府の決意と努力のいかんにかかっている。政府の勇断を切望するものである。

第1編 学校教育の改革に関する基本構想

 この編では、答申付属資料の検討の成果にもとづいて、わが国の学校教育が今後どのような方向に改革される必要があるかを取り扱うこととした。その場合、今日の社会では、学校教育はさまざまな教育活動の一部であり、その全体との関連において学校教育のあり方を展望する必要があるので、まず、第1章でその点を検討した。次に、そのような観点をふまえながら、第2章と第3章では、初等・中等教育と高等教育のそれぞれの段階で今後の改革の方向としてとくに重要と思われるものを「基本構想」として提案した。
 なお、答申付属資料に列記した今後の検討課題のうち、基本構想で取り扱わなかったその他の課題については、今後の行政において適切な解決の努力を期待したい。

第1章 今後の社会における学校教育の役割

1 今後の社会における人間形成の根本問題
 教育は人格の完成をめざすものであり、人格こそ、人間のさまざまな資質・能力を統一する本質的な価値であることは、変わることのない原則である。ところが、現代社会に生きる人間を取り巻く環境の急激な変化に伴って、主体としての人間のあり方があらためて問われ、教育の役割がますます重要なものと考えられるようになった。今後における学校教育のあり方を再検討するためには、まず、人間形成そのものの意味と、これからの環境の中で、人間形成にとってどんなことがいっそう重要な問題になるかとを考えてみる必要がある。

(1) 人間形成の多面性と統一性
 人間は、過去・現在・未来にわたる人類の歴史の中で、その生きる環境に適応したり、それに働きかけて自分自身を実現しようと努力したりすることによって、たえず成長・発達を続けていくものである。そのような人間形成の過程は複雑微妙であるが、そこにおける問題を多面的に理解するためには、それを次のように異なった側面から考えてみる必要がある。
〔A〕 自然界に生きる人間として、みずから自然の法則に適応して個体および種族の生命を健全に維持発展させるとともに、自然と人間の関係を正しく理解し、自然と調和した豊かな生活を作り出せるようになること。
〔B〕 社会生活を営む人間として、さまざまな人間関係を結び、社会的活動に進んで参加し、その中で、自分と他人をともに生かすことができるような社会的な連帯意識と責任ある態度・行動能力とを体得すること。
〔C〕 文化的な価値を追求する主体的な人間として、歴史的に継承され、発展してきたさまざまな価値に対する理解力・批判力・感受性を備え、次の時代への使命感をもって自主的・創造的に活動できるようになること。
 このような側面は互いに有機的な関連をもっているが、それらが均衡のとれた発達を遂げ、自然と生命に対する愛と畏(い)敬の念にささえられて統一的にはたらくところに、人間形成の真の姿がある。教育の問題を考える場合にも、このような人間形成の多面性と統一性が重視されなければならない。
 なお、人間形成の問題を考える場合、回避できないものとして男女の性別の問題がある。男女が人間として平等であることはいうまでもないが、人類とその文化の維持発展のために、それぞれの特性に差異のあることを認めながら、共にその可能性を発揮できるようにすることは、今後の重要な課題である。

(2) 社会環境の人間に対する挑(ちよう)戦
 上述のような人間形成のさまざまな側面に対して、急激に変化する今日および今後の社会が、人間の生きる環境としてどんな問題を投げかけるかを考えてみなければならない。
ア 科学技術の進歩と経済の高度成長に伴い、自然と人間との間の不調和が人間生活の根底を脅かしつつある。経済的・時間的な余裕の増大によって、個人が自主的に充実した生活を営む自由と責任の範囲は増大しつつある。同時に、たえず更新される知識・技術を積極的に吸収し、それを人間と社会の進歩に役だてる英知が要求されている。
イ 社会の都市化・大衆化によって、自然環境から隔絶された過密な生活環境の中で、心身の健康を維持しながらたくましく生きていく力が要求されつつある。また、都市生活に伴う連帯意識の衰退を防ぎ、公共心の自覚を高める必要が強調されている。大衆的な組織の中で自分を見失わない主体性と能動的な社会性が重要となっている。
ウ 家庭生活と血縁的な人間関係の変化が、乳幼児や青少年の人間形成の基盤に重大な影響をもたらしている。人間の基本的な性格・心情の形成に対する家族の教育的な機能を、どのようにして高めるかが緊急な課題となっている。
エ 人間の寿命の伸長と社会の労働需要に応じて、高年齢層の人々が健康で充実した人生を送る可能性と必要性が増大し、そのための新しい人生設計を可能にする方策が要求されている。
オ 女子教育の普及に伴う女性の社会的参加の要求に応じ、また、家庭生活の時間的な余裕と労働需要に応じて、家庭の外にもさまざまな活動の場を求めようとする女性が増大している。
カ 国際交流の高まりとマスメディアの発達によって、世界の出来事と異質な文化が日常生活にたえず新しい刺激をもたらし、価値観にも大きな動揺を与えている。しかもわが国では、敗戦に伴う国家観の混乱もあって、今日なお、生活と文化の基盤としての国家や民族の意義があいまいにされ、民主社会のあり方についてもしばしば意見の分裂と対立が生じている。
 このような人間の生きる環境は、われわれの祖先が経験したことのない新しい課題を含むものであり、この中で人間形成の真の姿をいかにして実現するかが、今後の社会の最大の問題である。もとより、環境は単に与えられるものではなく、それを人間にとって好ましいものに改造し、国民全体の福祉と向上をめざすことは、教育政策はもとよりすべての政策の共通課題でなければならない。
 ところが、そのような人間の努力によって作り出された新しい環境を、人間の自由と責任においてどこまで正しく生かすことができるかは、人間自身の課題である。主体としての人間形成に問題があるときは、たとえば、高度の福祉社会という人間にとって望ましいと思われる環境でさえ、逆に生活の意味喪失感を生むことがある。また、これまで人間の行動を規律していた外的な諸条件が変化したとき、目的を一挙に実現したり、欲求を無制約に充足したりすることが、直ちに人間の自由と権利であるかのように考える傾向が生じやすい。今日、一部の青年に見られる逃避的傾向や暴力と性の問題は、これからの人間形成のあり方に根本的な問題を提起している。

2 教育体系の総合的な再検討と学校教育の役割
 人間形成とは、上述のように、人間が環境とのかかわり合いの中で自分自身を主体的に形作っていく過程であるが、教育とは、そのような過程において、さまざまな作用を媒介として望ましい学習が行われるようにする活動であるといえる。したがって、教育の問題を考えるためには、人間の一生を通じて、さまざまな場面で、意識的または無意識のうちに人間形成に影響を与えているものを考慮に入れなければならない。現にわれわれは、学校のような教育機関以外に、家庭・職場・地域社会における生活体験を通じて、また、マスコミや政治的・宗教的・文化的な諸活動の影響のもとに、いろいろなことを学習しつつある。
 近年、いわゆる生涯(がい)教育の立場から、教育体系を総合的に再検討する動きがあるのは、今日および今後の社会において人間が直面する人間形成上の重要な問題に対応して、いつ、どこに、どんな教育の機会を用意すべきかを考えようとするものである。
 これまで教育は、家庭教育・学校教育・社会教育に区分されてきたが、ともすればそれが年齢層による教育対象の区分であると誤解され、人間形成に対して相互補完的な役割をもつことが明らかにされているとはいえない。そのような役割分担を本格的に究明し、教育体系の総合的な再編成を進めるには、今後次のような点に学問的な調査・研究が必要である。
 すなわち、a)前項で述べたような人間形成のいろいろな側面は、いつごろ、どんな学習体験をもつことによって、その成長・発達がもっとも効果的に促進されるか、b)そのための教育的なはたらきかけには、適切な環境を用意すること、しつけること、感化を与えること、教え導くこと、訓練すること、仲間関係の中で体験させること、カウンセリングを行うことなどさまざまな態様があるが、どんな目的にどの態様のものが適当か、c)家庭・学校・社会における人間の生活時間、人間関係の特質、期待できる教育的なはたらきかけ、その場の自然な学習意欲などを考慮して、それぞれの主要な役割をどのように定めたらよいかという問題である。

(1) 学校教育の役割と他の教育活動との相互関係
 学校教育は、すべての国民に対して、その一生を通ずる人間形成の基礎として必要なものを共通に修得させるとともに、個人の特性の分化に応じて豊かな個性と社会性の発達を助長する、もっとも組織的・計画的な教育の制度である。その特質は、ある年齢まで一定の教育計画にもとづく学習を制度的に保障していること、同年齢層の比較的同質的な集団と一定の資格をもつ教員が、学園という特別な社会を形作っていること、勤労の場を離れ、社会の利害関係から直接影響を受けない状態のもとで、原理的・一般的な学習活動に専念できることにあるといえる。
 このような特質は、学校教育が国民教育として普遍的な性格をもち、他の領域では期待できない教育条件と専門的な指導能力を必要とする教育を担当するものであることを、示している。同時に、これまでともすれば学校教育に過大な期待を寄せ、かえって教育全体の効果が減殺される傾向があったことを反省し、次のような点については、家庭教育や社会教育がいっそう重要な役割を果たす必要のあることを強調しなければならない。

ア 家庭教育に期待すべきもの
 家庭は、単に衣食住の場であるばかりでなく、人間としての精神的成長の基盤でもあることにかんがみ、幼年期から青少年期を通じて、基本的な生活習慣と行動の節度を学ばせることによって自制心をつちかうこと。また、自然と生物に対する愛情を育て、親密な家族生活の間におのずから人に対する敬愛の念と敬虔(けん)な心とを養い、生活と勤労に対する真剣な態度などを体得させること。

イ 社会教育に期待すべきもの
 学校環境の制約を離れて、自然やすぐれた文化遺産との接触によって豊かな人間形成を助長すること。さまざまな年齢層との接触や多様な目的をもつ集団活動に参加して、社会性の豊かな発展をはかるとともに、学校における学習に伴いがちな思考の抽象化や現実社会からの疎外感を克服できるようにすること。職場において人間の活動意欲と職務遂行能力を高める機会を用意するなど、学校教育の基礎の上に一生を通ずる学習の機会を提供すること。

(2) 学校教育自体の改善の方向
 前述のような役割分担ということは、学校教育が、人間形成のある側面の教育を他の教育活動に任せて顧みないという意味に誤解されてはならない。もし、さまざまな教育活動の間に有機的な連携が失われたときは、教育という具体的な人間を対象とする仕事は、その本質的な意義を失うであろう。むしろ、これからの学校教育では、これまでかならずしもじゅうぶんではなかった次のような点に改善をはかり、すべての国民に対して、多面的な人間形成の基礎をつちかうという本来の役割を、適切に果たすことに努めるべきである。

ア 人間形成を特定の能力の伸長だけで評価することなく、その多面的・総合的な発達をいっそう重視すること。

イ 学校における教育のさまざまな態様に即応し、たとえば、社会性の発達を助長する集団活動や個人に対する適切な指導のためのカウンセリングなどの方法を充実すること。

ウ 社会の情報化に伴う教育環境の混乱に対応して、学習意欲の正常な発達を促進し、雑多な知識・経験を再整理して基礎的な能力の定着をはかること。

エ 義務教育以後の学校教育を一定の年齢層の者だけに限定せず、国民一般が適時必要に応じて学習できるようにできるだけ開放すること。

第2章 初等・中等教育の改革に関する基本構想

 初等・中等教育については、これまでいろいろな角度から改革の必要性が論じられてきたが、問題の取り上げ方やその由来するところについては、かならずしも共通の理解ができあがっている状態ではない。そこで、改革を考える前提として、今日の学校教育がどんな事情のもとにいかなる問題を包蔵しているかについて、本審議会の見解を明らかにしたいと考えた。それが「第1 初等・中等教育の根本問題」である。
 わが国の近代的な学校教育は、百年の歴史をもち、先人の努力によって諸外国にもひけをとらない内容を具備してきたとみることもできる。しかし、その伝統の上に安住して将来への積極的な努力を怠るときは、学校教育は時代の進展の原動力となりえないばかりでなく、その重大な障害ともなるであろう。また、敗戦後の占領下という特殊な事情のもとに取り急いで行われた学制改革によって生み出されたものを、いつまでも唯一の望ましい学校教育として維持すべきであると考えることは、教育を生々発展する社会的機能の一環としてとらえることを拒むものといえよう。今日われわれが直面しつつある問題は、人間社会がこれまで経験したことのない新しい時代からの挑(ちよう)戦であるともみられる。教育が百年の計であるとすれば、今日指摘されている問題だけでなく、これからの問題を予測し、それらに対して弾力的に対応できるような態度をもって、積極的な改革にいまから着手しなければならない。そのための提案が「第2 初等・中等教育改革の基本構想」である。

第1 初等・中等教育の根本問題
 さきに第1章で述べた人間形成の根本問題は、今日の時代がひとりひとりの人間によりいっそう自主的、自律的に生きる力をもつことを要求しつつあることを示している。そのような力は、いろいろな知識・技術を修得することだけから生まれるものではなく、さまざまな資質・能力を統合する主体としての人格の育成にまたなければならない。そのための教育がめざすべき目標は、自主的に充実した生活を営む能力、実践的な社会性と創造的な課題解決の能力とを備えた健康でたくましい人間でなければならない。また、さまざまな価値観に対して幅広い理解力をもつとともに、民主社会の規範と民族的な伝統を基礎とする国民的なまとまりを実現し、個性的で普遍的な文化の創造を通じて世界の平和と人類の福祉に貢献できる日本人でなければならない。
 戦後の学制改革によって9か年の義務教育が定着し、教育の機会均等が大きく促進されて国民の教育水準はめざましく向上した。このことがそれまでの長年にわたる教育の蓄積とあいまって、わが国の社会・経済の発展に重要な貢献をしたことは疑いない。しかし、今日の学校教育は、量の増大に伴う質の変化にいかに対応するかという問題に直面している。また、敗戦という特殊な事情のもとに学制改革を急激に推し進めたことによる混乱やひずみも残っている。
 このような過去への反省と新しい課題への対応という立場から学校教育の課題を考えれば、初等・中等教育の改革に関する中心的な目標は、次のように要約することができる。

1 初等・中等教育は、人間の一生を通じての成長と発達の基礎づくりとして、国民の教育として不可欠なものを共通に修得させるとともに、豊かな個性を伸ばすことを重視しなければならない。そのためには、人間の発達過程に応じた学校体系において、精選された教育内容を人間の発達段階に応じ、また、個人の特性に応じた教育方法によって、指導できるように改善されなければならない。

〔説明〕 教育は、人間の豊かな個性を伸ばし、望ましい目標に向かって個人の可能性を最高度に発揮させると同時に、教育基本法にも明示されているように、平和的な国家・社会の形成者の育成をめざすものである。人間は本来国家・社会を離れて生きるものではなく、個性の伸長や創造力の発揮もその文化の伝統の上にはじめて達成されるものである。このことを軽視すれば、文化の断絶と混乱を拡大する結果となるであろう。また、多様な価値観を追求する自由が保障されるためには、民主社会の規範が確立されなければならない。このような伝統の継承と規範の体得という共通の基盤の上に、個人の可能性の豊かな開花をめざすことが公教育の任務である。そして、このような豊かな個性の伸長こそ、国家・社会の新しい文化を創造する源泉である。
 教育制度は、それぞれの時代の諸要請を反映したものであって、ある時代において適切と考えられた制度も人間の潜在的な可能性をよりいっそう豊かに開発することをめざして不断の改良が加えられなければならない。学校体系も教育内容も、人間の発達に関する探究の成果にもとづいて改善されなければならない。
 また、すべての個人は生得的にも後天的にもひとりひとり特性を異にし、同じことを修得させるためにも同じ教育方法でよいとは限らず、まして、個性的な発達をはかるべき時期には教育の内容・方法については画一をさけ、慎重なくふうが必要である。しかし、現実には形式的な平等を強調するあまり、かえって基礎的な能力もしっかり身につかなかったり、形式的な履修だけで学校を終わる者が多くなる傾向がみられる。このことは近年就学率がいちじるしく増加した高等学校においてとくに顕著である。

2 公教育の内容・程度について水準の維持向上をはかり、教育の機会均等を徹底し、国民的要請に即応して学校教育の普及充実に努めることは政府の任務であって、そのためには広く国民の理解と支持を得て、長期にわたる見通しのもとに計画的に適切な施策の推進をはからなければならない。

〔説明〕 戦前、国が学校教育の内容に深く関与したことが国民の考え方を偏狭な国家主義に導いた原因であるとして、教育行政の役割を外的な教育条件の整備や単なる指導助言だけにとどめるべきだという考え方が、戦後の学制改革のころから主張され、その考え方を今日でも強調する人々がある。しかし、日本国憲法のめざす国家理想の実現のために国民の教育として不可欠なものを共通に確保するとともに、つねに新たなくふうによって改善された標準的な内容・程度の教育をすべての国民に保障することは、政府の国民に対する重大な責務である。
 また、すべての国民に対して公平に学校教育の機会を保障し、教育に対する社会各層の正当な要請にこたえる措置をとることも政府の重要な任務である。
 これらの任務を遂行するにあたつて、政府は、広く国民一般の教育に期待するところが直接行政施策に反映するようくふうをこらすとともに、長期の計画にもとづいて適切な施策を推進する必要がある。

3 とくに初等・中等教育においては、教育の実質に大きな影響を与えるものは教育者である。これからの時代が教育に期待するところがきわめて重いにもかかわらず、すぐれた教員を確保することはますます困難となりつつあることを考慮し、高度の専門性を備えた教員が教職に自信と誇りをもっていきいきと活動できるようにするため、総合的かつ抜本的な施策を講ずる必要がある。

〔説明〕 わが国では伝統的に教職に対する信頼と尊敬がきわめて厚かったが、国民の教育水準の上昇と教職以外の専門的職業の増加に伴って、教職の社会的地位は、相対的にそれほど高いものとはみられなくなった。また、現実の教員養成を目的とする大学の整備充実が立ちおくれたこともあって、教職を志すことは若い青年にとってあまり魅力のないものとなっている。
 本来、教育の仕事は、人間の心身の発達に関するきわめて複雑高度な問題を取り扱うものであり、哲学的な理念と科学的な方法の総合という本質的なむずかしさをもつものであって、その困難さに対応できるほどに教育に関する研究を進め、その専門的水準の向上をはからなければならない。
 さらに、若くして教職についた者が、その在職中つねにみずから研修に努め、より高度の専門性を身につけて、その地位に自信と誇りをもって活動するためには、その研修、待遇などについて根本的な改善をはかる必要がある。

第2 初等・中等教育改革の基本構想

1 人間の発達過程に応じた学校体系の開発
 現在の学校体系について指摘されている問題の的確な解決をはかる方法を究明し、漸進的な学制改革を推進するため、その第一歩として次のようなねらいをもった先導的な試行に着手する必要がある。

(1) 4、5歳児から小学校の低学年の児童までを同じ教育機関で一貫した教育を行うことによって、幼年期の教育効果を高めること。
(2) 中等教育が中学校と高等学校とに分割されていることに伴う問題を解決するため、これらを一貫した学校として教育を行い、幅広い資質と関心をもつ生徒の多様なコース別、能力別の教育を、教育指導によって円滑かつ効果的に行うこと。
(3) 前2項のほか、小学校と中学校、中学校と高等学校のくぎり方を変えることによって、各学校段階の教育を効果的に行なうこと。
(4) 現在の高等専門学校のように中等教育から前期の高等教育まで一貫した教育を行うことを、その他の目的または専門分野の教育にまで拡張すること。

〔説明〕 昭和44年6月の中央教育審議会の中間報告は、現在の学校体系には人間の発達過程からみて、次のような問題のあることを指摘している。すなわち、幼稚園と小学校の低学年、小学校高学年と中学校の間には、それぞれ児童・生徒の発達段階において近似したものが認められること、中等教育が中学校と高等学校とに細かく分割されているのは、青年期の内面的な成熟に好ましくない影響を及ぼすおそれがあることなどである。同時に学校段階のくぎり方は、その学校を構成する異なった発達段階の児童・生徒の相互作用にも教育上重要な意味のあることを指摘している。
 このような教育制度上の各種の問題を学校体系の抜本的な改革によって一挙に解決しようとするいろいろな提案があるが、いずれもその改革の効果については仮説的なものであり、その実効を保障する具体的な条件の検討が必要である。これまでわが国では、諸外国の実例を参考としながら一挙に学制改革を行ったこともあるが、上記のような学校制度上の諸問題については、今日いずれの国でも適切な解決の方途を一歩一歩探究中である。したがって、改革に伴う混乱を最小限にとどめるとともに、積極的にわが国の実情に適合した学校体系を開発するためには、新しい方式をくふうしなければならない。
 先導的な試行という方式は、学問的に根拠のある見通しに立って、現行の学校体系の中ではじゅうぶんに検証することのできない人間の発達過程に応じた新しい学校体系の有効性を明らかにするため、学校制度上特例を設けて、将来の学制改革の基礎となる新しい試行を積み重ねようとするものである。このような試行は、その成果を見きわめるために必要な期間としてほぼ10年程度にわたり実施するものとし、その学校体系を全国的な学制改革にまで拡大するか、現行制度と並列的なものとして制度化するかなどについては、その間における成果と各種の事情とを考慮してあらためて判断すべきものである。
 なお、先導的な試行の実施にあたっては、次の点に留意しなければならない。まず、綿密な準備調査による科学的な実験計画を立案するとともに、その成果については、教育者・研究者・行政担当者の協力による専門的な組織によって継続的に厳正な評価が行われるような体制を整備する必要がある。また、その実施校が特定の地域だけにかたよったり、特別な生徒だけを収容したりしないこと、その実施校の修了者が現行制度の学校に円滑に移行できること、公立の実施校を設ける場合には、その学区内で入学を希望しない者は通常の学校を選択できるようにすることなどがたいせつである。
 (1)のねらいは、幼年期の集団施設教育のさまざまな可能性を究明するためであって、現在の幼稚園と小学校の教育の連続性に問題のあること、幼年期のいわゆる早熟化に対応する就学の始期の再検討、早期教育による才能開発の可能性の検討などの提案について、具体的な結論を得ようとするものである。
 (2)については、中学校と高等学校が中等教育を短く分割しているため、青年前期の内面的な成熟が妨げられ、じゅうぶんな観察と指導による適切な進路の決定にも問題があることが指摘されている。また、入学試験による選別によらず教育指導によって個人の特性に応じた教育を徹底するため、具体的な方法をくわしく検討する必要がある。
 (3)は、上記の(1)、(2)とは別の観点から、小学校高学年と中学校、中学校高学年と高等学校を接続する新しい学校のくぎり方をとって、それぞれの学校が生徒の発達段階に応じてよりいっそうまとまった教育を行うための具体的な方法を究明するためである。中学校、高等学校をそれぞれ4年とすることなどいろいろな提案はあるが、(1)、(2)の試行との関連や現行制度の学校との対応など実施上の問題について慎重な検討を行う必要がある。
 (4)については、これまでの高等専門学校の成果にかんがみ、さらに多くの専門分野にもこれを拡張すべきこと、大学入学試験の弊害を排除して青年期の人間形成に重点をおく別種の学校として特色を発揮すべきことなどがいわれている。前者の拡張については高等学校職業科との関係について、後者の先導的試行については高等学校制度との関係について慎重に配慮しながら新しい可能性を開発する必要がある。

2 学校段階の特質に応じた教育課程の改善
 学校教育は、そのすべての段階を通じて一貫した教育課程をもち、国民として必要な共通の基本的な資質を養うとともに、創造的な個性の伸長をめざすものでなければならない。また、その教育課程は、標準的かつ基本的なものとして精選された教育内容をしっかり身につけさせることに重点をおく段階を経て、個人の能力・適性などの分化に応じて多様なコースを選択履修させる段階に移るべきである。そのような観点から、とくに次の諸点について改善方策を検討すべきである。

(1) 小学校から高等学校までの教育課程の一貫性をいっそう徹底するとともに、とくに小学校段階における基礎教育の徹底をはかるため、教育内容の精選と履修教科の再検討を行うこと。また、中学校においては、前期中等教育の段階として基礎的、共通的なものをより深く修得させる教育課程を履修させながら、個人の特性の分化にじゅうぶん配慮して将来の進路を選択する準備段階としての観察・指導を徹底すること。
(2) 生徒の能力・適性・希望などの多様な分化に応じ、高等学校の教育内容について適切な多様化を行うこと。この場合、コースの多様化と同時に、個人の可能性の発揮と志望の変化に応じてコースの転換を容易にし、また、さまざまなコースからの進学の機会を確保すること。

〔説明〕 これまで教育課程はしだいに改善されてきたが、義務教育が9年となり、80%をこえる者が高等学校へ進学している現状からみると、各学校の段階ごとに完結した教育を行おうとする考え方よりは、それぞれの段階の特質に応じた教育課程を積み重ねることによって、全体として教育効果が高まるような一貫性をいっそう重視すべきである。
 現状では、とくに基礎教育を重視すべき段階で教育の内容が盛りだくさんに過ぎること、段階相互の間に教育内容の不必要な重複があること、後期中等教育の段階において個人の特性を無視した形式的平等による画一化の弊害がみられること、全般的に体位のいちじるしい向上にもかかわらず体力の増進が遅れていることなどが指摘されている。
 初等教育の段階における基礎的な能力の育成は重要であって、文化の継承と思考、表現および相互理解の基礎能力を養う国語教育と、論理的思考力の根底をつちかう数学教育の役割はいっそう重視されなければならない。とくにその低学年においては、知性・情操・意志および身体の総合的な教育訓練により生活および学習の基本的な態度・能力を育てることがたいせつであるから、これまでの教科の区分にとらわれず、児童の発達段階に即した教育課程の構成のしかたについて再検討する必要がある。
 高等学校では、生徒の能力・適性・希望などの幅広い多様性に応じて効果的に教育を行うためいろいろな問題をかかえているが、とくに多数の者が履修する普通科では、学習の進行と志望の明確化に応じて多様なコースを選択履修させる方法を検討すべきである。この場合、個人の可能性や志望を固定的なものと考えず、適当な時期にコースを転換する道も開いておかなければならない。また、それらのコースや職業科から進学できる道を確保するため、高等教育のがわでも、それらのコースや学科と接続してより高度の教育を授ける機会を用意するとともに、入学者の選抜方法もそれにふさわしいものに改める必要がある。

3 多様なコースの適切な選択に対する指導の徹底
 教育は、個人の可能性の発揮について不断の希望をもちながら、しかもできるかぎり客観的に個人の特性を見きわめて、教育の適当な段階ごとに適切なコースを本人が選択できるよう指導するという重要で困難な仕事を担当しなければならない。しかもそれを効果的に行うためには、家庭や社会の理解と協力が欠くことのできない条件である。

〔説明〕 これまで高等学校では、上級学校への進学が不利とならないことを考慮したり、中学校を卒業する時期にはまだはっきりと進路が決まらなかったりするため、多数の者が普通科に集中する傾向がみられた。また、普通科の中でも多くの者が進学に有利なコースを選び、結果的には不満足な学習しかできないで卒業する者が相当数生じている。このことは、前項で述べたように、普通科の中にも多様なコースを設ける必要があり、いろいろなコースから能力に応じて進学できる道が開かれ、実際上に「ふくろ小路」が生じないようにする必要があることを示している。
 しかし、それだけで問題が解決するわけではない。どんなに多様なコースを設けても、適切な指導が伴わなければ特定のコースに集中する傾向は少しも変わらないであろう。しかも、わが国では、いったんあるコースを履修した者には、きわめて不満足な成績でも進級・卒業を認める傾向が強く、本人たちもたとえ得るところが少なくても理論的なものを重視するコースを名目的に履修しようとするため、コースの多様化の意義は実際上失われてしまいやすい。
 このような状態のままに推移することは、本人にも社会にも実質上大きな損失となるであろう。たとえそこで在学中主観的な満足を与えられたとしても、実際上身についたものに乏しければ、将来いっそうきびしい挫(ざ)折に直面する危険があるからである。また、他人と競争することだけに追われることなく、着実に自分の進むべき道を発見させることこそ教育のたいせつな任務と考えなければならない。
 したがって、さまざまな能力・適性・関心に応じてじゅうぶん修得できるような多様なコースの中から、本人の能力・適性に応じたものを選択させるよう綿密な指導を行うことが重要である。この仕事は、高度の専門的な研究と訓練を必要とする分野であり、教師の指導能力を高める努力が必要である。同時に、この仕事が成功するためには、家庭の理解と協力が不可欠であり、一般社会がこのような学校の努力に暖かい理解を示すことがたいせつである。

4 個人の特性に応じた教育方法の改善
 教育の成果は、形式的に何を履修したかではなく、実質的に何を修得したかによって決まるものであり、それは教育の内容・程度の適否とともに教育方法の良否が大きく影響する。したがって、すべての学校段階を通じて、個人の特性に応じた教育方法を活用して、教育目標の達成をいっそう確実なものとする必要がある。そのため、とくに次の諸点について適切な実施方策を検討すべきである。

(1) 教育の目標と個人の特性に応じて教育を効果的にするため、グループ別指導など弾力的な学級経営を行うこと。
(2) 個人の特性に応じてもっとも合理的な勉学ができるような個別学習の機会を設けること。
(3) 生徒の指導を学年別に行うことを固定化せず、弾力的な指導のしかたを認めること。
(4) 一定の成熟度に達した上級の段階では、能力に応じて進級・進学に例外的な措置を認めること。

〔説明〕 同じ教育の目標を達成するためにも、生徒の既存の知識や経験に差異があったり、個人によって理解のしかたや進み方に違いがあることから、教育方法を異にしなければならないことが少なくない。また、そのような個人差は、教育の目標によって異なり、かならずしも固定的なものではない。
 これまで、グループ別指導とは、生徒を一定の尺度で優劣に区別して、それぞれに水準を異にする教育を与えることであると誤解されがちであったため、教育的でないと反発されてきた。しかし、生徒の個人差を無視して画一的な指導だけですますことは、実質的にみてはるかに非教育的であろう。重要なことは、教育目標によってグループ編成を異にし、グループ分けを固定化しないことと、到達度の低いグループほどそれにふさわしい指導方法を採用してその修得を促進することとである。また、いろいろなタイプの生徒の集まりである学級という生活集団のもつ教育的な機能をそこなわないような学級経営がたいせつである。
 個別学習によって、個人が理解を深めるような機会を設けることは教育上重要である。そのため、近年、教育機器を積極的に活用しようとする努力がなされており、その研究はますます促進されなければならないが、そのような個別学習のもつ長所と欠点、学級内での学習や教師との人間的な接触から期待される教育効果についても配慮しながら、今後さらに綿密な検討が必要である。なお、教育機器の導入は、個別学習のためばかりでなく、従来の教育方法全般の改善に役だつ可能性が大きく、その合理的な活用方法の開発とあいまって積極的な普及をはかる必要がある。
 伝統的な学年別の教育指導に対しては、いわゆる無学年制のような方法で、個人の進度に応じて適切な指導を与えることも一つの方法として提案されており、積極的な検討に値すると思われる。また、進級・進学についても、特別に能力の伸長がみられ、心身の発達の程度からみても問題がないと教育上確信される者については、例外的な措置を認めることが個性を尊重するゆえんであろう。
 上述のようなグループ別指導や個別学習の方法によって教育効果を高めるためには、教職員の配置数や施設・設備の改善充実とともに、教員の積極的な意欲と指導能力の向上をはかるための方策が講じられなければならない。

5 公教育の質的水準の維持向上と教育の機会均等
 国は、すべての国民に対して適切な内容と程度の教育を受ける機会を均等に保障するため、とくに次の諸点について行政上・財政上の措置を整備充実する必要がある。

(1) 教育課程の基準その他の教育条件を適当な水準に維持するとともに、時代の進展に応じて絶えず再検討しながら改善充実すること。
(2) 公教育の重要な役割を分担する私立学校の公共性を確保するとともに、そこにおける教育条件の整備と修学上の経済的負担の軽減をはかること。
(3) 勤労条件の多様化に応じて勤労者の修学条件を弾力的に改めること。

〔説明〕 これまでに述べたような教育制度の改革について積極的な研究開発を行うと同時に、現行制度の内容的な充実向上をはかることは、政府の重要な任務である。
 およそ教育において高い成果を期待するためには、教育者自身の適切な創意とくふうにまつところが多いことはいうまでもない。同時に、それらの教育者の努力が第1で述べたような公教育の目的に即して行われ、国民全体に対して適切な内容・程度の教育を保障するためには、必要な限度において国が適正な教育課程の基準を明確に定める必要がある。また、効果的な教育活動を行うためには、学級編制や教員の定数、学校の施設・設備・教材などについて適正な水準を確保することがきわめて重要であり、それらについて必要な基準を定めて計画的な整備充実を促進する必要がある。さらに、社会的条件の変化に即応し、教育効果に関する新しい研究成果を取り入れてそれらの基準を改善するため、つねに必要な調査研究を積み重ねなければならない。
 私立学校は、幼稚園および高等学校の教育については大きな比重を占めており、小・中学校においても独自の特色をもつものが少なくない。しかし、全般的にはおもに経営上の理由から、教育条件が不満足な状態になったり、父兄の経済的な負担が過重になったりする傾向がみられる。本来、私立学校は公立学校とともに公教育の重要な役割を分担するものであり、そのような状態を放置することは、一定地域内にしか実際上修学の機会を確保できない地域住民に対しては、いちじるしく教育の機会を不均等にするものである。このような事情を考慮し、希望しないものを除き、私立学校に対しては、公立学校に準ずる財政援助を与えるとともに、教育条件の確保と地方教育計画上の調整について必要な行政指導を行うことを検討すべきである。
 経済発展と労働力の需給の変化に応じて、労働時間の短縮など勤労条件は地域によって多様化しつつある。そのため、定時制・通信制の高等学校の修業年限、教育の内容・形態などを実情に即して弾力的に改める必要がある。

6 幼稚園教育の積極的な普及充実
 幼児教育の重要性と幼稚園教育に対する国民の強い要請にかんがみ、国は当面の施策として次のような幼稚園教育の振興方策を強力に推進する必要がある。

(1) 幼稚園に入園を希望するすべての5歳児を就園させることを第1次の目標として幼稚園の拡充をはかるため、市町村に対して必要な収容力をもつ幼稚園を設置する義務を課するとともに、これに対する国および府県の財政援助を強化すること。
(2) 前項の措置と並行して、公・私立の幼稚園が公教育としての役割を適切に分担するよう、地域配置について必要な調整を行うとともに、教育の質的な充実と修学上の経済的負担の軽減をはかるため、必要な財政上の措置を講ずること。
(3) 幼児教育に関する研究の成果にもとづいて、幼稚園の教育課程の基準を改善すること。
(4) 個人立の幼稚園は、できるだけすみやかに法人立へ転換を促進すること。

〔説明〕 幼児教育は、人間の一生に対して重大な影響があるといわれており、家庭・学校を通じてこれをどのように充実するかがこれからの重要な課題である。とくに小学校就学前の幼児に対して、家庭だけでは得がたい集団生活の体験を与えることは、幼児のさまざまな発達に対してたいせつであることが認められている。この分野における将来の新しい可能性を究明するため、さきに第2の1の1で述べたような先導的試行について提案したのもこのためである。
 ところが、そのような試行は、その性質上、今後相当長期間にわたって特例的に実施され、その成果について結論を得るまでにはかなりの年月がかかるとみなければならない。したがって、幼児教育の中心である現行の幼稚園に対しては、適切な振興方策を講ずる必要がある。現に幼稚園入園に対する国民の要請は強く、就学前教育として均等な教育の機会を望む声はきわめて高い。その普及率の地域的な格差を解消し、すみやかに機会均等をはかるため、希望するすべての5歳児の就園を第1次の目標として、幼稚園教育の拡充を促進する必要がある。
 そのための施策を進めるにあたって重要なことは、公立と私立の幼稚園の関係および幼稚園と保育所の関係をどうするかということである。現在、幼稚園の70%は私立が占めており、幼稚園全体の地域的分布には大きなかたよりがある。したがって、すべての希望者を入園させるためには、公立と私立の幼稚園の地域配置を調整しながら、収容力の不足する分について市町村が公立幼稚園を設置するように義務づける必要がある。同時に、公・私立幼稚園の質的な充実をはかるとともに、希望しないものを除き、私立幼稚園に対しては、父兄の経済的負担が公立と同程度で、教育水準は公立と同等以上を維持できるよう措置する必要がある。そのため、国と府県は、市町村および私立幼稚園に対して強力な財政援助を行うべきである。この場合、地方公共団体は、地方教育計画にもとづく公・私立幼稚園の収容力の総合調整や私立幼稚園の水準確保について必要な行政指導を充実すべきである。なお、この際、3、4歳児の就園についてもできるだけの配慮を行うものとすべきである。
 さらに、保育所との関係については、経過的には“保育に欠ける幼児”は保育所において幼稚園に準ずる教育が受けられるようにすることを当面の目標とすべきである。しかしながら、“保育に欠ける幼児”にもその教育は幼稚園として平等に行うのが原則であるから、将来は、幼稚園として必要な条件を具備した保育所に対しては、幼稚園としての地位をあわせて付与する方法を検討すべきである。
 このような幼稚園教育の普及をはかることと並行して、さまざまな幼児教育に関する研究を重ね、その成果を取り入れて、幼稚園の教育課程の基準をよりよいものに改めることを検討すべきである。また、これと関連して、幼稚園教員の養成を格段に充実する必要がある。
 なお、私立幼稚園のうち個人立のものは、その法的な基礎を確立するため、できるだけすみやかに法人立に転換するよう促進すべきである。

7 特殊教育の積極的な拡充整備
 すべての国民にひとしく能力に応ずる教育の機会を保障することは国の重要な任務であって、通常の学校教育の指導方法や就学形態には適応できないさまざまな心身の障害をもつ者に対し、それにふさわしい特殊教育の機会を確保するため、国は、次のような施策の実現について、すみやかに行政上、財政上の措置を講ずる必要がある。

(1) これまで延期されてきた養護学校における義務教育を実施に移すとともに、市町村に対して必要な収容力をもつ精神薄弱児のための特殊学級を設置する義務を課すること。
(2) 療養などにより通学困難な児童・生徒に対して教員の派遣による教育を普及するなど、心身障害児のさまざまな状況に応じて教育形態の多様化をはかること。
(3) 重度の重複障害児のための施設を設置するなど、特殊教育施設の整備充実について国がいっそう積極的な役割をになうこと。
(4) 心身障害児の早期発見と早期の教育・訓練、義務教育以後の教育の充実、特殊教育と医療・保護・社会的自立のための施策との緊密な連携など、心身障害児の処遇の改善をはかること。

〔説明〕 これまでに特殊教育は、一部の熱心な教育者や有志の努力によって開拓され、近年、しだいに多くの人の関心をひくようになったが、今日なお、これに関する行政施策は、じゅうぶんであるとはいえない。このことは、すべての国民を個人として尊重すべき国家の理想からみて、すみやかに改善がはかられなければならない。
 精神薄弱、肢(し)体不自由、病弱の3種の障害児に対する養護学校の義務制は、学校教育法制定以来今日まで20年以上施行されずにきている。すみやかにその施行をはかるとともに、比較的軽度の精神薄弱児については、市町村に特殊学級を設置する義務を課することによって、就学の機会を均等に保障する必要がある。また、弱視、難聴などの障害児に対しても、特殊学級を設けることを促進すべきである。
 療養などにより通学困難な者に対して教員を派遣して教育を行うことについては、教育内容や実施方法をじゅうぶん検討のうえ、積極的にその普及をはかる必要がある。さらに、心身障害児のうち普通児とともに学習させることが教育上適切な者については、普通学級において専門教員の巡回指導を受けさせる方式を普及すべきである。
 重複障害児に対しては、特殊教育諸学校に特別な学級を設けて教育すべきであるが、その重度の者は対象者も少なく、教育方法も未開拓な分野が多いので、医療・保護などとの関連をじゅうぶん考慮した施設を国が設置すべきである。
 心身障害児の幼児期における教育は、その後の発達に重大な影響を及ぼすものであることから、早期に障害を発見し、早期から教育・訓練を開始できるようにするため、必要な判別と就学指導を行い、それを適切に受け入れる教育の体制を確立することを早急に検討しなければならない。また、社会に対する適応力を高め、社会的自立の助長をはかるため、養護学校高等部など義務教育以後の教育についても、今後さらに拡充をはかる必要がある。これらの心身障害児に対する教育については、普通児に対する就学期間を画一的に適用することなく、障害の状況や能力・適性に応じて弾力的に取り扱うことができるよう配慮すべきである。
 さらに、心身障害児が必要とするものは、狭義の教育だけでなく、障害の治療、生活上の保護、社会的自立のための訓練など幅広いものであり、それらと切り離して教育の効果を期待することもできない。これらは、行政上各分野に分かれて、ともすればじゅうぶんな連携を保ちにくいものであるだけに、政府としては一段のくふうと努力が必要である。
 以上のような特殊教育の拡充整備を進めるにあたっては、特殊教育の教育的意義について一般社会の理解を深めるための努力が払われなければならない。また、さまざまな障害に応じて適切な教育指導を行なう能力をもつすぐれた教員を養成するとともに、その教育の内容・方法を改善する基礎となる科学的研究を総合的に推進する体制を整備することが重要である。

8 学校内の管理組織と教育行政体制の整備
 各学校が公教育の目的の実現に向かってまとまった活動を展開し、その結果について国民に対して責任を負うことができるような体制を整備するため、とくに次の諸点について適切な改善方策を検討すべきである。

(1) 各学校が、校長の指導と責任のもとにいきいきとした教育活動を組織的に展開できるよう、校務を分担する必要な職制を定めて校内管理組織を確立すること。
(2) 公立学校と私立学校に関する地方教育行政の一元化をはかること。
(3) 国の教育施策の結果について広く国民一般の批判と要望を聞き、それを行政施策の改善に直接反映させることができるくふうを行うこと。

〔説明〕 教育の具体的な活動を営む者は個々の教員であり、その自発性と創意を正しく生かすことが教育をいきいきとしたものとする重要な要素である。そのような状態を実現するためには、まず、学校全体の教育方針と教育計画が確立され、その実現に向かって教員各個人が積極的に連携協力できる態勢を作りあげる必要がある。このような学校全体のまとまりを維持し、その内容を高めていくために適切な指導性を発揮することは、校長の重要な任務である。また、今後における教育方法の刷新を進めるためには、個々の教員の特性に応じた役割分担と組織的な協力体制を取り入れた新しい学校経営の方式が必要とされる。
 これらの必要に応ずるためには、学校の種類や規模およびそれぞれの職務の性格に応じて、校長を助けて校務を分担する教頭・教務主任・学年主任・教科主任・生徒指導主任などの管理上、指導上の職制を確立しなければならない。
 私立学校は、さきに述べたとおり、公立学校とともに公教育の重要な役割を分担するものであり、地域住民に対する教育の機会を均等に保障するためには、地域配置の適正化と教育水準の維持向上について必要な行政上、財政上の施策を、公・私立学校を一体として総合的・計画的に推進しなければならない。そこで、現在都道府県教育委員会と知事とに分かれている公・私立学校に関する地方教育行政を一元化する必要がある。さしあたり、双方の機関の間の連絡調整を緊密にするための措置を講ずるとともに、教育委員会のがわに私立学校に対する適切な指導と援助を与えるのにふさわしい体制を整備して、行政組織としても一元化することを検討すべきである。
 なお、地方教育行政の組織としてすべての町村に原則として教育委員会を置くことには、実質的に充実した行政機能を発揮できないことなど、いろいろな問題のあることが指摘されている。このことは、地方自治体の単位として現在の町村の区画が適当かどうかという問題と関連しているが、教育行政の広域化については積極的に検討すべきである。
 教育に関する国の行政施策は、きわめて広範囲の国民の子弟の教育にかかわる重大な問題であって、それをよりよいものとするためには、つねに特別な配慮が必要である。すなわち、限られた教育関係者だけでなく、広く国民一般が実際の施策をどのように評価し、どんな批判・要望をもっているかを的確にとらえ、それを施策の改善に反映させるくふうがたいせつである。

9 教員の養成確保とその地位の向上のための施策
 今後ますます重要な役割をになう学校教育にすぐれた教員を確保するとともに、その教育活動の質的な水準と教員の社会的・経済的地位の向上をはかるため、次のような施策を総合的に実施する必要がある。

(1) 初等教育の教員は、主として、その目的にふさわしい特別な教育課程をもつ高等教育機関(以下「教員養成大学」という。)において養成をはかり、中等教育の教員のある割合は、その目的に応じた教員養成大学において養成をはかるものとすること。他方、一般の高等教育機関卒業者で一定の要件を具備したもののうちから広く人材を誘致して、すぐれた教員の確保をはかること。この場合、教員の全国的、地域的な需給の調整を円滑にする方策を講ずること。
(2) 国は前項の教員養成大学の整備充実に力を注ぐとともに、とくに義務教育諸学校の教員を確保するため、その計画的な養成と奨学制度の拡充について適切な措置を講ずること。また、一般の高等教育機関で教員としての資格を得るための基準についても、適切な改善をはかること。
(3) 教員としての自覚を高め、実際的な指導能力の向上をはかるため、まず新任教員の現職教育を充実するとともに、その的確な実施を保障するため、特別な身分において1年程度の期間、任命権者の計画のもとに実地修練を行わせ、その成績によって教諭に採用する制度を検討すること。
(4) 一般社会人で学識経験において学校教育へ招致するにふさわしい人材を受け入れるため、検定制度を拡大すること。
(5) 教員のうち、高度の専門性をもつ者に対し、特別の地位と給与を与える制度を創設すること。そのための一つの方法として、教育に関する高度の研究と現職の教員研修を目的とする高等教育機関(「高等教育の改革に関する基本構想」第2―1の第4種(「大学院」)に属する。)を設けること。
(6) 教員の給与は、すぐれた人材が進んで教職を志望することを助長するにたる高い水準とし、同時により高い専門性と管理指導上の責任に対応するじゅうぶんな給与が受けられるように給与体系を改めること。
 なお、国民は、教育を尊重し、教員に大きな期待をよせている。したがって、教員の地位が高い専門性と職業倫理によって裏づけられた特別の専門的職業として、一般社会の尊敬と信頼を集めるためには、教員が自主的に専門的な職能団体を組織し、相互にその研さんに努めることが必要である。教員自身が、そのような教育研修活動を通じ、不断にその資質の向上に努めるならば、その建設的な意見は社会的に評価され、国民の期待するところにこたえることになろう。

〔説明〕 教職は、本来きわめて高い専門性を必要とするものであり、教育者としての基本的な資質のうえに、教育の理念および人間の成長と発達についての深い理解、教科の内容に関する専門的な学識、さらにそれらを教育効果として結実させる実践的な指導能力など、高度の資質と総合的な能力が要求される。そのような資質と能力は、その養成、採用、研修、再教育の過程を通じてしだいに形成されるべきものであろう。
 まず、教員養成の段階では、初等教育と中等教育とは区別して考えなければならない。通常全教科を担当するとともに、幼児や児童の成長と発達を総合的にとらえて適切な教育指導を行う必要のある初等教育の教員は、多くの国においても同様であるが、そのための特別の教育課程をもつ教員養成大学でなければ、実際上養成は困難である。ところが中等教育については、教科別の教育を担当する教員としてはかならずしも教員養成大学を必要としないという考え方がある。事実、一般の大学を経てすぐれた教員となった者も多い。しかし、義務教育としての中学校の教育や80%以上の者が進学する高等学校の教育は、戦前の中等学校とは異なった新しい教育指導上の問題をかかえている。そこで、中学校はもとより、高等学校についても、さまざまな資質・能力・関心をもつ多様な青少年に対する教育指導の方法についてじゅうぶん修練を積んだ教員が必要となり、そのための教員養成大学が重要な意味をもつといえる。このような教員養成大学は、いうまでもなく国立大学に限定されるべきものではない。
 近年、地域間の人口移動がしだいに増大している事情にかんがみ、これらの大学の卒業者によって教員に対する需要が適切にまかなわれるためには、国および地方公共団体の協力によって地域間の需給の不均衡を是正する方策を検討する必要がある。
 教員養成の段階で国が力を注ぐべきことは、これまで整備が遅れがちであった教員養成大学を飛躍的に充実し、すぐれた教職員を確保するとともに学生にとって魅力のあるものとすることである。また、奨学制度の拡充とあいまって教員養成大学で義務教育諸学校の教員の一定の割合を計画的に養成し、高い水準の教員の供給を確保することも国の責任である。一般の高等教育機関の卒業者から広く人材を教職に誘致するため、これまで、教職の資格を得るためのコースを認定して教育実習も在学中に行うことを要求してきたが、ともすればそれらが形式に流れ、じゅうぶんな効果をあげてきたとはいえない。これをどのように改善するかも今後の重要な課題である。
 以上のような養成段階の改善とともに、今後の教員の資質の向上について重要なことは、その採用、研修、再教育の過程である。教職への自覚を高め実践的な態度を確立するためには、今日多くの職業で行われているように、まさに教育者としての第一歩を踏み出そうとする段階で、職場の先達と責任者の指導のもとに徹底した実地修練を行うことがもっとも効果的である。このことを的確に実施するためには、特別な身分を設けてそのような研修に専念できる制度を検討する必要がある。その場合、採用選考の方法、待遇などについて適切に配慮するとともに、その研修を担当する機関を確立し、研修の円滑な実施に必要な教員定数上の余裕を設けることが重要である。
 当初から教職を志さなかった一般社会人の中にも、教育者としてすぐれた資質をもつ人は少なくない。また、各分野の職業生活を通じて必要な学識経験を身につけた人も、教育に対して豊かな貢献をすることができるであろう。検定制度を拡大して、教育界にそのような人材を招致できるようにすることは、教職の閉鎖性から生ずる弊害を除き、学校教育に生気と広い視野を与えるうえに重要である。とくに産業教育、特殊教育の分野におけるすぐれた教員の確保については、この制度の活用が望ましい。
 さらに、教職にある者が、その経験を掘り下げ不断の研修を積み重ねてその専門性を高めることが、教育の質的な向上にとってもっともたいせつである。そこでそのような教員の努力を制度的に助長するため、教員の中ですぐれた教育実績をもつ者と、教育に関する高度の研究と教育を行う第4種の高等教育機関(「大学院」)などで研修を受けその高度の専門性を認定された者に対して、職制と給与の上で別種の待遇を与えるような制度を設ける必要がある。これによって、教員の専門性の水準と社会的・経済的地位の向上をはかるとともに、教員養成大学に対してすぐれた教育実践の経験を有する教員を供給することも可能となるであろう。
 教員の養成は、原則として第1種の高等教育機関(「大学」)で行われるべきものである。しかし、現実には初等教育の教員や養護教諭などの相当な割合は、短期大学の卒業者によってその需要がまかなわれている。したがって、今後の需給関係を考慮しながら、第2種の高等教育機関(「短期大学」)の卒業者に対しても教員となる道を認めることが適当であろう。
 以上の施策は、あくまで養成・採用・研修の過程を通じて教員の資質の向上をはかるためのものであるが、これが効果を発揮するためには、何よりもまず、すぐれた人材が教職の門にはいってくることと、教職についた者が不断の努力を忘れないことである。それを制度的に保障するためには、まず教員の給与水準を大幅に引き上げて、有能な学校卒業者が教職を志望するようにしむける必要がある。また、これまでは、教員の給与体系は年功方式を基礎としているが、教職についた者の努力を助長するため、その高度の専門的指導力または管理的な職務に応じた給与体系を確立することが必要である。
 上述のような制度的な改革は、すぐれた教員を養成確保するための基本的な条件であるが、すぐれた教育活動は、あくまでその仕事に対する自信と誇りにもとづく教育者の自発的・創造的な努力に期待するほかはない。そのような努力を盛りあげることは、教育者が自主的に結成する専門的職能団体の役割である。諸外国でもみられるように、そのような性格の教員団体が、みずから専門的水準の維持向上をはかるとともに、教職に不可欠な職業倫理の高揚と建設的な提言によって教育の発展に寄与し、あわせて教育施策の適切な改善と強力な推進に協力するようになることが期待される。
 また、すべての教員と教員団体は、教育の政治的中立を確保するため、その組織が強い政治的性格をもったり、教育の場に政治的活動を導入して教育の中立性と学校の秩序を乱したりすることのないように努めなければならない。

10 教育改革のための研究推進措置
 時代の変化はきわめて急速であり、教育の質的な発展に対する要請はますます切迫していることを考慮し、教育の専門的な水準の向上と実践的な教育方法の開発によって前述のような改革を実質的に推進するため、これと関連のある教育に関する研究を総合的かつ集約的に促進するためのセンターと協力組織を整備する必要がある。

〔説明〕 今日および今後の社会において重要な教育上の課題は、それ自体としてはとくに目新しいものではないが、あらためてそれに取り組もうとすれば、具体的な方法が明らかでないことがあまりにも多い。前述のような改革に含まれる重要な課題として、たとえば、幼児期の発達に関する諸学の総合研究、個性の多面的・総合的なはあく、学習過程の原理にもとづく教育方法の刷新、創造的思考力や実践的社会性の育成、学校教育における教育条件の最適化などを取り上げても、いずれも今後の研究にまつべきものがきわめて多い。しかも、このような問題の解決なしには、これからの社会における教育の役割をじゅうぶんに果たすことは不可能に近いであろう。
 そもそもこのような教育の基本的な問題は、人間そのものについての研究課題であって、教育学はもとより、あらゆる学問分野の総合的な協力なしには正しい究明は不可能に近いといわなければならない。とりわけ、哲学・心理学・社会学・医学・工学の諸分野における研究成果は、教育の理論と方法の発展に欠くことのできないものである。ところが、学問の専門的な分化に伴って、異なった学問領域の間の協力はますます困難となりつつある。
 他方、わが国では、教育に関する研究者や研究機関の数はけっして少なくない。しかし、この教育改革の具体的な進め方に適切な方向づけを与えるような研究が、明確な目標をもって組織的に進められているとはかならずしもいえない。また、教育研究の分野にすぐれた人材を吸収するための研究体制・研究条件および研究者に対する処遇もふじゅうぶんである。このような状態を改善するための制度的・財政的措置を講じ、教育研究の本質的なむずかしさに対応した有能な研究者を確保することが、教育の質的な水準の向上のための第一歩である。
 以上のような観点から、この基本構想のめざす改革の目標を達成するためには、その実現に必要な理論的・実践的な研究課題を明確にし、関連領域のすぐれた研究者の協力によって総合的かつ集約的に研究開発を促進する必要がある。このことは、第2の1で述べた先導的な試行の適切な実施をはかるためにも欠くことのできない条件である。また、今後における行政施策の策定にとっては、このような研究開発の成果が重要な基礎資料となるべきものである。
 そのためには、長期にわたる教育改革のための重点研究課題の選定、その研究開発のための各地の学校・研究所・大学にまたがる協力組織の整備、必要な研究費の配分と研究活動の調整などによって教育の質的な革新とその成果の普及を推進する教育研究開発のセンター的機能を確立する必要がある。

第3章 高等教育の改革に関する基本構想

 この基本構想をまとめるにあたって、本審議会がとくに留意したのは、今日および今後の社会において、高等教育の伝統的な理想と社会的な現実とをいかに調和し、高等教育全体として、その役割と使命をじゅうぶんに果たすことができるような制度上のわく組みをどのように構成するかという問題であった。これまで大学は、高度の学術の研究と教育を通じて文化の継承とその批判・創造に寄与することを最高の使命としてきた。同時に、大学に対しては、人間性の尊厳に根ざした豊かな教養をつちかい、高度の知識・技術を身につけた人材を育成して国家社会の発展と人類の福祉に貢献することが要請され、さらに今日では、国民的・時代的な要請から、より多様な教育的機能が期待されている。このようなさまざまな要請を今日の高等教育全体の機能の中に生かすためには、複雑高度化した現代社会に対応する新しい制度的なくふうが必要である。とくに、学問研究の自由に対する保障は、あくまで人間理性の自由な活動から生まれる提言と批判を通じて大学が社会に貢献するための基本的な条件である。しかし同時に、大学は、進んで歴史的・社会的な現実に直面し、そこから研究と教育を発展させる創造的な契機をくみとることができるような社会との新しい関係を作ることによって、その社会的な役割をじゅうぶんに果たすことに努めるべきであろう。

第1 高等教育改革の中心的な課題
 近年における大学紛争を契機として、高等教育の制度を根本的に再検討する必要のあることが広く一般に認められるようになった。大学紛争の問題は、昭和44年4月の本審議会の答申に述べられたとおり、さまざまな政治的、社会的な要因と関連があり、高等教育の制度自体の問題とは一応区別して考える必要はあるが、同時に、制度上の基本的な課題が未解決であることによって、紛争の根本的な解決が困難になっていることも事実である。
 高等教育の改革についてはすでに多くの提案がある。しかしながら、改革について建設的な論議を進めるためには、まず、その提案が解決しようとしている中心的な課題が何であるかについて、共通の理解を深め、国民的合意を作り出すことが必要である。そこで、この点についての本審議会の考え方を明らかにしておきたい。
 本審議会としては、これまでの高等教育に対する考え方やその制度的なわく組みが、高等教育の普及と社会の複雑高度化に伴って、次のような複合した要素を含んだ要請に適切に対応できなくなったため、これに対する新しい解決策を見つけることがこの基本構想の中心的な課題であると考える。

1 高等教育の大衆化と学術研究の高度化の要請
 これからの高等教育機関は、全体として、一方では多数の国民のさまざまな要求に応ずる教育を効果的に提供するとともに、他方では学術研究の水準を高め、あわせてそれを継承発展させる教育・研究者を育成するという役割を果たすことができるよう整備充実されなければならない。

〔説明〕 明治以来、わが国の高等教育は、国民の所得水準や学歴水準などの経済的・社会的な要因と深く関連しながら拡大をとげ、今日では約170万人の学生と約9万人の教員をもつに至り、同一年齢層中の在学者の比率は、約20%に達している。このような増加の傾向は、その速度に変化はあるとしても、今後もなお続くことが予想される。
 このような高等教育の大衆化の傾向には、名目的に高い学歴をめざすという好ましくない面もあるが、大勢としては、複雑高度化する社会に生きる国民が、その能力をよりいっそう開発する機会を求めているものとみるべきであろう。しかも、高等教育の大衆化は、単にその進学率の上昇というだけではなく、現に社会で働いている人が、その学歴水準にかかわらず再教育の必要を感じているという事実が示すとおり、さまざまな年齢や職業の人にまで拡張して考えなければならない。それは、急激に変化する社会が、たえず人間能力の再開発を求めているからである。
 このような国民の要請にこたえるためには、多様な資質をもつ学生のさまざまな要求に即応する教育の内容と方法を備えた高等教育機関が必要となる。また、学校教育の期間を単に延長してより多くのことを教えることは、急激に変化する社会ではかならずしも効率的ではなく、むしろ、早く社会に出て、必要に応じて再教育が受けられるような体制を考える必要がある。
 他方、学術の進歩はめざましく、その第一線の研究を推進する仕事は、とうてい多数の学生に対する教育を担当しながら並行的に行えるものではなくなっている。また、大学院の段階においては、つねに若い創造力をもつ者が研究を継承発展させながら、すぐれた教育・研究者として育成されることが強く要請されている。
 このような教育と研究に関する相異なった要請に対して、教育と研究を不可分としてきた伝統的な大学の考え方だけで対応しようとすることは、教育面でも研究面でも不徹底なものとならざるをえない。教育機関の目的・性格でも、またその内部組織でも、教育と研究に関する要請に応じた適当な役割の分担と機能の分化が必要となる。

2 高等教育の内容に対する専門化と総合化の要請
 これからの高等教育は、中等教育と緊密な関連を保ちながら、将来の社会的進路に応じた高度の専門性を身につけるのに役だつとともに、時代の進展に即応して複雑な課題の解決に取り組む総合的な能力と基礎的な教養を養うものでなければならない。

〔説明〕 高等教育の普及とともに、大多数の進学者が期待するものは、特殊な学問的な修練によって高度の研究者となることだけではなく、将来の職業生活に必要な準備としてできるだけ高度の専門性を身につけることである。しかもその場合、伝統的な学問体系の専門的な分化に即応するよりも、本人の将来の社会的な進路を中心として総合された専門的な教養が重視されなければならない。
 他方、科学技術の急速な進歩と経済の高度成長によって急激に変化し、複雑高度化していく今後の社会においては、さまざまな知識を人間の進歩に役だてるために、専門的な深さとともに、それらの研究成果を広く総合する力が必要とされる。また、このような時代にみずから生きる目標を正しく選び、すぐれた社会人として充実した人生を送るためには、人間観・価値観にかかわる基礎的な教養がとくに重視されなければならない。
 これまでの大学教育では、一般教育と専門教育とを積み重ねる方法をとってきたが、ともすれば、両者が遊離して専門化にも総合化にもじゅうぶんの効果を収めていない。その欠陥を改めるとともに、多様な進路に応じた新しい教育課程を設計することが、これからの重要な課題である。

3 教育・研究活動の特質とその効率的な管理の必要性
 高等教育機関においては、教育・研究活動に対してそれぞれの専門的な判断を尊重する自由なふんい気が保障されなければならないが、同時に、その専門の細分化によって組織がしだいに複雑化し、規模も巨大化する傾向にかんがみ、組織・編制を合理化するとともに効率的な管理機能を確立して全体としてのまとまりを確保することがいっそう重視されなければならない。

〔説明〕 教育・研究活動は、本来、その当事者の自発性と創意が尊重されるべきものであり、その組織においても、そのような特質に対して特別な配慮が必要とされる。
 ところが、これまでの大学では学問研究が専門的に細分化されるに伴って、教員は、その専門領域だけの立場から学生の教育を考えるようになり、教育活動がともすれば一体性を欠く傾向がみられた。また学生数や施設の規模が巨大化し、専門分野がその独自性を主張するにつれて、学部・学科などの組織がしだいに割拠主義に陥り、全学的な意思をまとめることさえ不可能になって、教育・研究活動の特質を生かすことも困難となりつつある。
 このような欠陥を克服するためには、まずその組織・編制を合理化し、規模の巨大化を防ぐとともに、教育と研究のための組織を再編成し、管理体制を確立して、教育活動の一体的な運営を確保する必要がある。また、学内の研究体制や研究施設の整備についても、全学的な立場から適切に調整を行わなければならない。

4 高等教育機関の自主性の確保とその閉鎖性の排除の必要性
 学術の教授と研究を重要な使命とする高等教育機関においては、その研究と教育の活動を自主的に行うための制度的な保障が必要であるが、同時に、その自主性を強調するあまり、社会から遊離してその社会的な使命をじゅうぶんに果たさなくなったり、閉鎖的な独善に陥る傾向がみられる。今後は開かれた大学として、教育・研究活動が内部から衰退しないような制度上のくふうが必要である。

〔説明〕 これまでわが国の大学では、教員の人事をめぐる国立大学と政府との紛争の経験から、国家権力との関係において、大学の自治を重要なものと考えてきた。しかし今日では、むしろ学の内外における政治的・職業的な組織活動や経済的な誘惑が、大学の運営や教育・研究活動に実際上大きな影響力をもつようになった。これらの影響力に対して大学の目的・使命に即した自主性を確保することはきわめて重要であるが、それは単に公権力の関与を排除するということではない。いたずらに公権力の排除に終始することは、かえって不当な力の支配を容易にすることでさえあった。今日では大学の自主性を確立するためにもっとも重要なことは、大学として明確な意思決定を行い、それを的確に執行できるような体制を整備することである。
 他方、これまでの大学では、学外に対して門を閉ざすことが大学の主体性を維持するうえにたいせつな条件であるとする消極的な考え方が強かったため、逆にいろいろな弊害が生じている。大学の管理運営について学外の声を進んで取り入れようとしないため、当事者の便宜や学内の事情だけで安易な道を選ぶようになったり、国家社会に対する公共的な機関としての責任感があいまいになったりすることもある。また、大学間の協力や産業界、地域社会などとの必要な連携についても消極的となり、人事も閉鎖的に流れて、学外からの刺激が乏しいため、生気のある創造的な活動が停滞してしまうこともある。
 このような欠陥を取り除くには、単に当事者の自覚にまつというだけではなく、大学の設置形態や内部組織にも改善を加えて、不当な支配や内部的な衰退から立ち直る力が自動的に生まれてくるような制度上のくふうが必要である。

5 高等教育機関の自発性の尊重と国全体としての計画的な援助・調整の必要性
 高等教育機関の整備充実を進めるにあたっては、当事者の自発的な創意と努力が尊重され、それが生かされるような制度的配慮を加えるとともに、国民全体の立場から計画性をもって調整と援助を行うことが必要である。

〔説明〕 すぐれた高等教育機関は、単に制度や資金だけでできあがるものではない。そこにはその機関の中核となってその理想の実現をめざして活動する人々の不断のくふうと努力がなければならないのであって、制度や財政援助もそれが実を結ぶように助力することを目標とすべきであろう。
 しかしながら、それぞれの高等教育機関がめざすところを伸長すれば全体としておのずから調和のとれた発展が期待できるというものではなく、国民全体の立場から必要な高等教育機関が計画的に設置拡充されるような調整機能が必要である。
 さらに、今日では、充実した高等教育を行うための費用はますます増大しつつあり、公費の援助なしにそれを授業料負担でまかなおうとすれば、結果としては学生数を過大にするか、一般国民の負担力を越えた高額の授業料を徴収せざるをえない。このことは現在の私立学校にみられる傾向であり、しかもそれが量的にはわが国の高等教育の75%を占めているところに問題がある。国・公・私立の高等教育機関の財政的な基盤に大きな格差があることから生じる多くの弊害を取り除くことは、国としての重要な任務の一つとなっている。
 このような時代の要請にこたえるためには、高等教育機関について、一方で自由な活動と競争を認めながら、他方では国民全体の立場に立った合理的な計画にもとづいて、望ましい方向へ誘導し、助成する国の役割をはっきりさせる必要があろう。
 また、高等教育機関における学術の振興については、わが国の学術体制全体の整備や研究費の効果的な活用という観点から、国が計画的に調整・援助を行うことが必要になっている。

第2 高等教育改革の基本構想
 上記のような中心的な課題を解決するための具体的な方策は、いろいろな角度から慎重に検討すべきであろう。しかしながら、新しい変化と発展の要請にこたえるような改革は、まず、大局的な問題のはあくと、それに対応する基本方針の確立とを必要とするものである。本審議会はそのような観点から、次の各項目に述べるものを高等教育の改革に関する基本構想として提案する。

1 高等教育の多様化
 今後におけるわが国の高等教育の多様化をはかるため、次に示すとおり、教育を受ける者の資格および標準的な履修に必要な年数によって高等教育機関を種別化するとともに、教育の目的・性格に応じて教育課程の類型を設けることが望ましい。同時に、それらの種別および類型の間では、学生が、必要に応じて、容易に転学できるような体制が用意されるべきである。

(1) 第1種の高等教育機関(仮称「大学」)
後期中等教育を修了した者に対して、3~4年程度の教育を行う高等教育機関であって、その中に、おおむね次のような教育課程の類型を設けるものとする。
(A) 将来の社会的進路のあまり細分化されない区分に応じて、総合的な教育課程により、専門的な教養を身につけさせようとするもの(総合領域型)。
(B) 専攻分野の学問体系に即した教育課程により、基礎的な学術または専門的な技術を系統的に修得させようとするもの(専門体系型)。
(C) 特定の専門的な職業に従事する資格または能力を得させるため、その目的にふさわしい特色のある教育課程と特別な修練により、職業上必要な学理と技術を身につけさせようとするもの(目的専修型)。
(2) 第2種の高等教育機関(仮称「短期大学」)
後期中等教育を修了した者に対して、原則として2年の教育を行う短期の高等教育機関であって、その中に次のような教育課程の類型を設けるものとする。
(A) 将来の社会的進路のあまり細分化されない区分に応じて、総合的な教育課程により、一般社会人として必要な教養を深めさせようとするもの(教養型)。
(B) 専門的な職業に従事する資格または能力を得させるため、その目的にふさわしい特色のある教育課程により、職業上必要な知識と技術を身につけさせようとするもの(職業型)。
(3) 第3種の高等教育機関(仮称「高等専門学校」)
前期中等教育を修了した者に対して、将来、特定の専門的な職業に従事するための資格または能力を得させるため、または他の特別な目的のため、後期中等教育の段階を含めて5年程度の一貫教育を行う高等教育機関
(4) 第4種の高等教育機関(仮称「大学院」)
「大学」を修了した者またはこれと同等以上の能力のある者に対し、特定の専門分野について、2~3年程度の高度の学術の教授を行うとともに、一般社会人に対し同じ程度の再教育を行う高等教育機関
(5) 第5種の高等教育機関(仮称「研究院」)
博士の学位を受けるにふさわしい高度の学術研究を行う者に対し、研究修練の場を提供するとともに、その研究に指導を与える高等教育機関

〔説明〕 ここでいう高等教育機関の種別および教育課程の類型は、だれを対象として、どんな目的の教育を行うかによる区分である。これらを設置する場合には、たとえば「大学院」および「研究院」は、「大学」と併設される場合も独立に設置される場合もある。いずれの場合でも、特定の「大学」とだけでなく、複数の「大学」との間に学生の受け入れ、教員の交流または教育・研究の運営について連携協力の関係をもつものとすべきである。また、教育課程の類型は、同じ種別の機関についてもその設置基準を弾力化することによってその実現を促進すべきである。
 全体を通じて制度上たいせつなことは、専門分野等による差異を無視して画一的な修業年限を定めないこと、一定の在学年数を卒業の要件とせず、標準履修年数の範囲内で個人の能力に応じて必要な単位を修得すればいつでも卒業できるようにすること、また、その反対に、一定期間ごとに必要な単位を修得しない者は在学する資格を失うようにすることなどである。
 高等教育機関の各種別および各教育課程の類型の特質は、次のとおりである。
 「大学」は、おおむね現行の大学に相当するものである。その標準履修年数は、コースによって差異はあるとしても特殊な分野を除いては4年を限度とするものであって、後に述べるような教育課程の合理化により、できるだけ3年とすることが望ましい。そして、いったん社会に出て実務の経験を積んだうえ、必要があれば、「大学院」で再教育を受けさせることが適当である。類型(A)は、将来、公務、産業、文化、家庭生活など幅広い実践活動に従事しようとする者のために、幅広い基礎の上に適当な専攻を定めて専門的な教養を与えようとするものであり、類型(B)は、将来、基礎的な学術や専門技術を生かす仕事に進もうとする者のために、専攻分野の学問体系に即して系統的な学習を行わせるものであり、類型(C)は、特別な資格または能力が要求されているため、その目的にふさわしい特色のある教育課程を的確に履修させ、あるいは特別な修練を行わせる必要のある教員、海技職員、芸術家、体育専門家などの養成をめざすものである。
 「短期大学」は、おおむね現行の短期大学に相当するものである。その標準履修年数は2年を原則とする。類型(A)は、一定の専攻は定めるとしても、主として社会人としての教養を与えることをねらいとするものであり、類型(B)は、後期中等教育の基礎の上に短期間の専門的な職業教育を施すことを目的とするものである。現行の短期大学の教育内容は、画一的に4年制大学の2分の1とするような傾向がみられるが、この「短期大学」についてはそのような方式によるのではなく、それぞれの類型に応じた独自の教育課程を設定するものとするよう配慮すべきである。
 「高等専門学校」は、おおむね現行の高等専門学校に相当するものであるが、現行の工業、商船関係以外にも、このように早くから専門教育を施すことが適当な職業教育の分野への拡充が考慮されるべきである。また、今後、たとえば、大学入学試験の好ましくない影響から解放され、青年期における人間形成に重点をおくという目的をもって義務教育修了者に5年程度の一貫教育を行うことも検討する必要がある。
 「大学院」は、学術の高度化と再教育の要請に応じ、特定の専門的事項について現行の大学院修士課程の水準に相当する教育を行うものであり、「大学」を修了した者および実務経験、自己研修等によりこれと同等以上の能力を身につけていると認められる者を対象とする課程のほか、再教育を求める一般社会人に対して、個別的な単位の履修を認める機能を持つものである。この機関が「大学」と併設されている場合には、特別に必要のある分野についてそれらを一貫する教育を行うこともありうる。
 この機関を次に述べる「研究院」と制度上区別したのは、現行の大学院修士課程がいわば学部教育に接続する高度の専門教育を行うものであって、学術の研究修練を中心とする博士課程とは性格が異なること、社会の複雑高度化とともに、そこにおける教育を一般社会人にも開放する必要が増加したことなどによるものである。
 なお、「短期大学」または「高等専門学校」を修了して直接進学を希望する者を、「大学院」に受け入れる場合の具体的な方策については、第2編第1章の7項で述べる。
 「研究院」は、現在の大学院の博士課程に相当するものであって、学歴を問わず、能力のある者の履修を認めるものとするのが適当であろう。この機関の設置のしかたについては、6項で述べる。
 以上の各種の高等教育機関のうち、「大学院」および「研究院」は、教育機関であると同時に研究機関としての性格をあわせ持つものであり、後に述べるように教育組織と研究組織とが設けられることとなる。もとよりこのことは、その他の高等教育機関においては研究が行われないという意味ではなく、あらゆる高等教育機関において、個々の教員が、教育と研究の両面の活動に従事すべきものであることはいうまでもない。(5項を参照のこと。)
 なお、以上のような高等教育機関の種別および類型を医・歯学教育に適用する場合、「大学」から「大学院」に進む場合も考えられるし、特別な履修年数の「大学」を設けることも考えられよう。

2 教育課程の改善の方向
 上記のような第1種および第2種の高等教育機関(「大学」および「短期大学」)における教育課程は、その目的・性格に即して総合的な専門教育または特殊な専門教育を行うにふさわしく編成されなければならない。その場合、これまでの大学の一般教育のねらいとしたものは、次のような改善によって、その効果的な目的達成をはかることが望ましい。

(1) これまでの一般教育科目の教育がねらいとした諸学の総合理解、学問的方法の自覚、文化史的な問題や人間観・価値観のはあくなどの目標については、それぞれの教育課程の中に含めて総合的にその実現をはかる。
(2) 専門のための基礎教育として必要なものは、それぞれの専門教育の中に統合する。
(3) 外国語教育は、とくに国際交流の場での活用能力の育成に努めることとし、必要に応じて学内に設けた語学研修施設によって実施し、その結果について能力の検定を行う。(外国語・外国文学を専攻する者については別途考慮する。)
(4) 保健体育については、課外の体育活動に対する指導と全学生に対する保健管理の徹底によってその充実をはかる。

〔説明〕 これまでの大学教育では、いずれの専攻分野の学生についても、広い教養をめざして一般教育科目等の履修を画一的に要求したが、多くの場合、専門教育とは別個に前期で集中的に履修させたことやその内容・方法が適当でなかったことによって、教育課程全体として調和を欠き、所期の目的がじゅうぶんには達成されなかった。
 また、専門教育においては、伝統的な学部・学科の区分にしたがって専門的に細分化された教育課程となり、学生の将来の進路に応じて必要な基礎的な教養を身につけさせるという点からみて再検討すべきものが少なくない。
 したがって、今後は、一般教育と専門教育という形式的な区分を廃し、同時に既成の学部・学科の区分にとらわれず、それぞれの教育目的に即して必要な科目を組織した総合的な教育課程を考える必要がある。「大学」および「短期大学」では、それぞれの類型において、学生の将来の進路等を考慮して、いろいろなコースが設けられるが、たとえば「大学」の類型(A)において、公務に従事するもののためのコースや企業の経営管理に従事するもののためのコースを設けるとすれば、その目的に応じて人文・社会・自然の諸領域の科目の中から主専攻分野と関連分野に含まれるものを総合して、専門的な教育課程をくふうすることができよう。それは、在来の法律・政治部門や経営・商学部門よりは幅広いともいえるが、そこに含まれる人文・自然関係の科目は一般的な教養というよりそのコースの中心的なねらいに合致する内容をもつ点において、むしろ専門的であるとも言えよう。
 外国語教育は、その学習を通じて外国の文化に接し、これに対する理解を深めるという目的をもあわせ持つことはいうまでもないが、これまでは、意志の疎通を円滑に行う能力の育成に欠ける点が多かった。とくに今後わが国が、国際的な交流を積極的に推進し、国際社会の発展に貢献していくためには、そこに重点をおいて充実をはかる必要がある。
 保健体育については、高等教育の段階でこれから力をいれる必要があるのは、課外の体育活動に対する指導の充実など、学園生活全体を通じて体育を重視するとともに、全学生を対象とする保健管理を徹底することである。この場合、保健体育の単位を卒業の要件として画一的かつ形式的に課するだけでは、その本来の目的は達成されない。今後は、各高等教育機関が、その教育方針に応じてその単位を弾力的に取り扱えるように改めるとともに、指導体制の充実と施設の整備をはかるべきである。
 このような教育課程の合理化によって、標準的な履修年数を現在の大学より短くしても、これまでの水準に相当する教育は可能であろう。
 なお、教育の効果を実質的に高めるためには、単位制度の本来の趣旨を生かすよう教育指導の方法を改め、必要な学習環境を整備するとともに、これまでの単位の計算や認定の方法に関する基準を、実情に即して改善するよう検討すべきである。

3 教育方法の改善の方向
 高等教育における教育方法は、その指導形態に応じて次のように改善することが望ましい。

(1) 講義による体系的な学理の教授は、放送、VTR(ビデオ・テープレコーダー)その他の教育工学的な方法を積極的に活用して、その質的な水準の向上と効率化をはかる。
(2) 同時に、少人数ごとの演習・実験・実習などを増強し、講義内容の消化と実際的な応用能力の増進をはかる。
(3) 学園における体育的、文化的な活動については、そのための指導センターに専門家を置いて充実した学生生活を享受できるよう指導と援助を与える。

〔説明〕 高等教育の段階では、これまで教育方法についての研究がきわめて少なく、教員もほとんど無関心であった。ところが、きわめて多様な資質をもつ学生に対し、適切な教育方法によって学問的な刺激を与え、その勉学の意欲を引き出すことは今日の高等教育において重要な課題となっている。また、高等教育の拡大に応じて優秀な教員を大量に確保することは不可能に近い。このような条件のもとで、教育水準を維持するためには、教育方法に特別のくふうが必要である。
 そこで、これまでの教育指導の場面を機能的に分解し、それぞれの場面を、次のような考え方で充実することが実際的な解決策であろう。
 講義は、精選された内容を学生に伝達することを主眼とし、新しい教育工学的な手法を活用して、多数の学生に効果的な授業が展開できるようにする。それに必要な施設・設備と周到な準備があれば、少人数に対する繰り返しの講義よりもかえって効果的なものとすることもできる。そのためには、授業内容について学会等の協力を得て専門的な研究を進めるとともに、授業展開の方法とその効果についての専門家を確保する必要がある。
 近い将来、講義に放送やVTRを利用することができれば、他の学校の講義を学生が自由に聴講する場合と類似した効果も期待できるであろう。
 しかしながら、このような方法による講義は、あくまで教員から学生への一方的な情報伝達の場面である。むしろ、今後の学校では、少人数ごとの演習・実験の場面における学生相互または学生と教員との人間的な触れ合いによる相互啓発の機会を充実することに重点をおくべきである。そのためには、教育補助職員も大幅に充実するとともに、教育工学的手法の活用が必要である。
 以上のような講義や演習による学習の効果を高めるためには、学生の自習室や図書館の整備充実をはかる必要がある。
 学園内の体育的、文化的な活動の場面は、これまでは教員の自発的な指導にゆだねられてきたが、今後は、学生たちの自発的な活動と緊密な接触を保ちながら、理論的、実際的な指導力を発揮できる有能な専門家を育成し、確保する必要がある。

4 高等教育の開放と資格認定制度の必要
 急激に変化する今後の社会に生きる国民に対して、適時その必要とする教育を受ける機会を提供するため、高等教育は、一定年齢層の学生や特定の基礎学歴のある者だけではなく、広く国民一般に対して開放される必要がある。そのためには、すべての高等教育機関において再教育のための受け入れを容易にするとともに、学校教育の伝統的な履修形態以外の方法による教育の機会も拡充する必要がある。また、各種の高等教育機関で認定された個別的な単位が一定の基準に達した者は、高等教育に関する資格が取得できるようにすべきである。
 なお、これまでの学士の称号および修士・博士の学位については、それぞれについて現に設けられている種別を廃止し、または簡素化することについて検討する必要がある。

〔説明〕 高等教育の拡充を考える場合に留意すべきことが二つある。その第1は、これまでの社会では名目的な学歴が能力の高さについての有力な証明とみなされ、学校に学ぶことはそのような社会的な取り扱いを受けるための手段であるとの考え方が強いことである。そして、はっきりした学習意欲のない者までが名目的な学歴をめざして進学するため、いろいろな問題が生じている。第2は、どれほど学校教育の期間を延長しても、今後ますます複雑高度化する社会で必要なものをすべて修得することは不可能だということである。急激な変化と発展によって既成の知識・技術が陳腐化する場合の多いことを考えれば、単なる教育期間の延長は効率的ではない。
 そこで高等教育は中等教育から引き続いて進学する者だけの教育であるという考え方を改め、学習の意欲や必要が生じたときは適時勉学できるものとすべきである。そして、さまざまな機会に、いろいろな高等教育機関で、個別的に単位の認定を受けた者が、それらを総合して社会的に公認された資格(卒業資格や特定の専門的職業のための基礎資格など)を取得できる制度を設ければ、むりな進学をする傾向が弱まるとともに、能力のある者がそれに相応する処遇を受けられるようになるであろう。
 このためには、高等教育機関が積極的に再教育のための受け入れ体制を整える必要がある。また、一般社会人が履修しやすい形態の教育、たとえば、放送・VTR・通信の活用による授業や夏期・夜間などのスクーリングを拡充することについて格別のくふうがたいせつである。さらに、これまでは、勤労者に対する高等教育の機会が、かならずしもじゅうぶんに開かれていたとはいえないので、今後ますます増大すると考えられる需要に対して、夜間や通信による高等教育を拡充することが考慮されるべきである。また、これらの点とも関連して、いわゆる「放送大学」のあり方について具体的に検討することが望ましい。
 また、わが国と外国の高等教育機関相互の間において、それぞれで取得した単位が承認されるような措置を講ずること、外国人留学生の修学の目的達成を容易にするため日本語教育の充実、履修内容・方法の弾力化、生活条件の整備などを進めることは、高等教育の国際的な開放のために重要である。
 なお、今後、高等教育の多様化や国際化、資格認定制度の拡大等に伴い、現在、学部や研究科の種類に応じて定められている学士の称号および修士・博士の学位の種別の意義について再検討し、その廃止または簡素化を考慮すべきである。

5 教育組織と研究組織の機能的な分離
 高等教育機関における教員の教育と研究の活動の調和をはかるため、すべての高等教育機関の教員組織は、まず、学生の教育を実施するための組織として整備されなければならない。同時にすべての教員に対しては、その高等教育機関の目的・性格にふさわしい研究の環境が用意されるべきである。この場合、第4種および第5種の高等教育機関(「大学院」および「研究院」)では、教育上の組織と研究上の組織とを区別して、それぞれ合理的に編成されることが望ましい。それによって教員の任務が具体的な場面に即して明確にされ、教育と研究のそれぞれの目的に応じた協力体制が確立される必要がある。

〔説明〕 これまでの大学における学部・学科は、学生の教育上の組織であると同時に教員の研究上の組織でもあった。しかし、一般には、教員の研究活動を中心として組織が細分化し、独立化する傾向が強かった。そのために、教員相互の連携協力が不完全となり、教育課程の適切な編成とその効果的な実施について、総合的な力を発揮することが困難であった。
 また、これまでの学部・学科の組織においては、ともすれば教員は研究面に関心を払って、教育指導への努力を最小限にとどめようとする傾向を生じやすく、また、教員の選考にあたっても、教育者としての適格性よりも研究業績を重んずる風潮があった。
 そこで、個人としての教員はつねに教育と研究の両面の活動に従事すべきものであるが、組織のあり方としては、高等教育機関の目的・性格に応じて教育と研究の機能の調和をはかるため、両方の組織を区別して考え、それぞれの目的に即した教員構成となるよう人事の運用をはかる必要がある。その場合、ひとりの教員は、ある期間一方の組織に専属したのち他方の組織に移る場合もあろう。このような組織間の教員の交流は、同じ学校内にある別種の機関の間はもとより、学校間にまたがって行われることも考えられる。いずれにしても、教員の任務が具体的な場面に即して明確にされ、教育と研究の組織的な活動がそれぞれ機能を発揮できるようにするのがそのねらいであって、教員を教育者と研究者とに区別したり、学問研究の裏付けのない教育を考えたりするものでないことはいうまでもない。また、このように教育上と研究上の組織を区別することによって、それぞれの組織の望ましい人員構成と適切な予算配分などが確保され合理的な運営が容易になるであろう。
 なお、このような組織についての具体的な検討は、今後、高等教育機関の種類ごとに行う必要があるが、その場合、伝統的な教員の職制である教授・助教授・講師・助手などの区分を再検討し、とくに助手の位置づけを明らかにすることがたいせつであると考える。現在、助手が行っている仕事の中には、教育的・研究的なものと、教務的・技術的・事務的なものとが含まれており、これらを完全に再整理することは困難であるが、少なくとも次のような方策をとることを検討すべきである。すなわち、助手は教育的・研究的な職務に従事する者としては、恒久的な任用を行わず、教育・研究者としてじゅうぶんな資質を有すると認められる者は、むしろ講師に任用すべきである。なお、講師に採用する候補者を確保するためには、「研究院」の在学者またはその卒業者を対象とする奨励研究生制度(フェローシップ)を活用することが望ましい。

6 第5種の高等教育機関(「研究院」)のあり方
 「研究院」は、博士の学位を受けるにふさわしい高度の学術研究を行う者の研究修練のための指導・管理組織であり、通常、それは、専任の教員を含む教員組織をもつものとする。したがってこれを他の機関に併置する場合には、それを置くのにふさわしいすぐれた研究指導体制を備えた第4種の高等教育機関(「大学院」)または研究所のいくつかに置かれるものとする。その場合、そこで研究修練に従事することを認められた者のうち、「研究院」またはその他の高等教育機関の教育・研究活動の補助者として選ばれた者に対しては、適当な処遇を与えることが望ましい。

〔説明〕 現在の大学院については、これまでその施設・教員が学部と一体であり、大学院としての機能をじゅうぶんに発揮できないので、これを学部から独立した機関にすべきだとの意見もあった。これは大学院がじゅうぶんな研究指導の体制を備えた機関に置かれるべきものだということである。今後の「研究院」の指導・管理組織は、「研究院」の運営について自主的な活動ができるものでなければならない。
 また、「研究院」が他の機関に併置される場合でも、その教員組織は、通常、専任の教員を含むものとし、「研究院」の指導・管理の活動を充実する必要がある。
 「研究院」は、「大学院」を修了した者だけを受け入れる機関ではなく、学歴を問わず、能力のある者の研究修練のために開かれていなければならない。
 「研究院」が研究所に併置されるのは、その研究所が、博士の学位を受けるにふさわしい幅広く、かつ深い研究修練のための指導体制を備えている特別の場合に限定されるべきである。
 「研究院」のあり方と関連して、附置研究所、共同利用研究所その他の学術研究機関と高等教育機関との関係をどうするかが重要な問題となる。このことは、わが国の学術研究体制の問題と不可分の関係にあり、その観点から今後さらに詳しく検討されるべきであるが、現存する附置研究所の中には、必ずしも「大学院」や「研究院」と独立の機関とする必要のないものもあろう。それらは、今後、「大学院」または「研究院」の研究組織と融合して、研究者の自由な交流と研究課題の変化に応じた再編成を容易にし、そこにおける教育と研究に積極的な役割を果たすことができるようにすることが望ましい。

7 高等教育機関の規模と管理運営体制の合理化
 高等教育機関は、学校経営上の必要だけから巨大化したり、それ自体が完結した研究機関になろうとすることを避け、教育機関としてまとまった活動を行うのに適した規模のものとすべきである。研究上の必要のためには、高等教育機関や研究所の間に連携協力の関係を結んで活発に交流できるようにすべきである。
 高等教育機関の管理運営については、その内部組織の割拠を避けるとともに、学の内外におけるさまざまな影響力によって、その教育・研究の一体的・効率的な活動が妨げられることなく、自主的・自律的に運営できる体制を確立すべきである。そのためには、教務・財務・人事・学生指導などの全学的な重要事項については、学長・副学長を中心とする中枢的な管理機関による計画・調整・評価の機能を重視するように改善を加える必要がある。また、そのための適当な機関に学外の有識者を加えたり、適当な領域の問題について学生の声を聞いたりして、管理運営を積極的に改善する契機とすることもくふうすべきである。

〔説明〕 高等教育機関がいわゆる総合大学としていくつかの種別の機関を併置し、多くの専門分野を備えることは、その目的が明らかであり、それが適切に運営される場合には、教育上、研究上じゅうぶん意義のあることである。しかしながら、単に形式的な総合大学をめざしてあらゆる専門分野をもとうとしたり、さまざまな研究施設をそれぞれに完備しようとしたりすることは、その機関を不必要に複雑巨大化する原因である。また、そのために優秀な人材や物的な資源の効率的な活用が妨げられるばかりでなく、教育・研究活動が閉鎖的になる危険性も増大する。とくに私立学校の場合には、経営上の必要もあって学生数を増加し、そのために施設が増設されると、やがてまた、経営上の必要から学生数をふやさざるをえないという悪循環が生じることが多い。
 このようにして高等教育機関の組織・編制が複雑化し、その規模が巨大化することは、教育機関としての機能をいちじるしく低下させる原因となる。したがって、教育組織の一体的な運営が容易であり、全学的な管理の効率がそこなわれないことなどを考慮して、その規模に限度を設けるべきである。
 これまでの大学の管理運営の体制では、全学的な立場から、教育・研究の進歩改善のために調査企画する機能、運営の実績を自己評価する機能、全学的な意思として決定されたことの実現を保障する機能などがとくに欠如しがちであった。このような事情のため各部局の割拠がいちじるしく、全学的なまとまりを維持する力が弱まったため、組織的な破壊活動に対する抵抗力を失うとともに、積極的な改革に向かって立ち上がる力も生まれにくいという結果になりやすい。
 このような状態を改めるためには、昭和44年4月の答申で指摘したように、大学の中枢的な管理機関における指導性の確立、学長・学部長などの執行機関と評議会・教授会などの合議制の審議機関との機能的な役割分担の徹底、意思決定手続きの合理化、全学的な協調の確保などについて具体的な改善方策を実施する必要がある。とくにそれらのうち、学長を中心とする中枢的な管理機関にじゅうぶんな指導性を発揮させることが重要である。その場合、とくに財務・人事・監査などに関する機関に学外の有識者を加えることが、大学の内部的な衰退を防止するためにも必要である。同時に、教務・学生指導・企画・広報などの領域の問題については、教育を受ける立場にある学生の声を積極的に取り入れることがたいせつである。
 大学の管理運営に学外者を加えると大学の自治が脅かされると考える人が少なくない。しかし、そのことは、大学が社会的機関としての視野を広め、その使命を達成することに役だつと考えられる。現に多くの私立大学や外国の大学の実例からみても、大学内だけでは得がたい実際的な知恵や経験を通じて適切な判断を大学の管理運営に導入できるという利益が期待される。そのための適任者を進んで招致するという態度が大学がわに必要である。
 また、大学の管理運営に学生の声を取り入れる場合には、昭和44年4月の「当面する大学教育の課題に対応するための方策」についての答申で述べたとおり、大学における学生の地位と役割にかんがみ、適当な領域の問題について学生参加の適切な形態と条件を考慮すべきである。このことはあくまで、大学の管理運営についての学生の権利としての観点からではなく、教育機関としての大学が若い世代の問題提起の中から正しい発展の可能性を発見しようとする態度をもつことが望ましいという観点から考慮すべき問題である。

8 教員の人事・処遇の改善
 高等教育機関は、その目的・性格と教育または研究の組織上の地位とにふさわしい者を教員として確保するとともに、人事の閉鎖性から教育・研究活動の停滞が生じることを防止するため、教員の選考や業績評価については学外の専門家の参与を求め、同じ地位にとどまる場合にはその任期に限度を設け、同じ学校の出身者を採用する場合の数を制限するなど、人事の取り扱いに特別のくふうが必要である。
 同時に、優秀な人材を高等教育機関に吸収するとともに、広く学外との人物交流を容易にするため、教員の給与および処遇を抜本的に改善する必要がある。なおその場合、教員の教育的努力を助長するような給与制度とすることが望ましい。

〔説明〕 教員の人事について、これまで多く指摘されてきた欠陥としては、次のようなものがある。すなわち、研究面の業績だけで適格性が論じられるため教育的努力への刺激が欠如すること、人事交流が乏しく“同種繁殖”によって教育・研究活動にも停滞が生じやすいこと、また国・公立の大学では身分保障に安住して仲間擁護や不適格者の温存に流れやすいことなどである。
 これらの欠陥を改めるには、当事者の自覚だけでなく、制度的にそれを防止するくふうが必要であり、そのため上記のような方式を採用することを検討すべきである。なお、教員に対する身分保障が現在の国・公立大学のように厚いものについては、そのことが乱用されて、管理上の責任体制が不明確になったり、職務上の責任追及が見過ごされたりしないよう、第三者による訴追の制度も検討する必要がある。
 上記のような人事制度は、他方において教員の地位を魅力のあるものとするための処遇の改善を伴わなければ、その効果を発揮することはできない。今日では、学外の社会の吸引力に対抗して優秀な人材を高等教育機関に引き止めることはしだいに困難となっている。一方、優秀な人を学外から招致しようとする場合の障害は、教員の給与・待遇が適切でないことである。とくに、今後は教育研究者の国際的な交流を活発にする必要があることを考えれば、国・公立の大学ですぐれた外国人を正式の教員にできないこと、外国人教員に対する給与がじゅうぶんでないことなどは問題である。また、高等教育機関の教員としてすぐれた者が育つようにするには、定期的な研究留学制度や自由な研修期間を認めるなど、研究条件や処遇の改善をはかるべきである。
 なお、今後は、高等教育の教員を育成することがますます重要な課題となるので、これについて適切な方策を検討する必要がある。

9 国・公立大学の設置形態に関する問題の解決の方向
 高等教育機関のうち、とくに国・公立の大学は、現在の制度では広義の行政機関としての性格をもつものとされながら、その運営に特別な配慮が必要なため、その設置者である国または地方公共団体の管理権との関係において問題を生じやすい状態にある。また、そのような設置形態のためにかえって大学が制度上の保障の上に安住し、自律性と自己責任をもって管理運営されるようになることが妨げられているともみられる。そこで今後は、それらの大学が設置者との関係を明らかにするとともに、真に自律性と自己責任をもって運営されるものとなるためには、次に掲げる二つの方法があり、それぞれの大学の目的・性格にふさわしい方向に改革することが望ましい。

(1) 現行の設置形態を改め、一定額の公費の援助を受けて自主的に運営し、それに伴う責任を直接負担する公的な性格をもつ新しい形態の法人とする。
(2) 大学の管理運営の責任体制を確立するとともに、設置者との関係を明確化するため、大学の管理組織に抜本的な改善を加える。

〔説明〕 現行の法律では、大学を設置することができるものは国、地方公共団体および学校法人であり、それらの設置者はその大学を管理し、その維持経営に必要な経費を負担するのが原則であると考えられてきた。とくに国・公立の大学の場合には、制度上広義の行政機関としての性格をもつものであり、その運営上の最終の責任は、文部大臣が国民に対し、または地方公共団体の首長が地方住民に対して負わなければならないとされている。
 ところが、実際上は、大学の学問研究の自由と自主的な運営を確保することが必要であるとして、教員の人事や大学の管理運営については、相当大幅な権限が大学に委任されている。このことは、大学自体がその権限を適切に行使することについて責任を負っていることを意味するが、実際にはその責任のとり方が不明確になりやすい。
 このような欠陥を改めるためには、これまでの大学の管理形態に抜本的な改善を加える必要がある。その第1の方式として、1が考えられる。これは、国・公立大学を行政機関の一種とすることにむりがあるとの考え方にもとづいている。すなわち、大学の管理運営について国または地方公共団体が管理上のすべての責任を負うことは実際上困難であり、しかも、大学を一種の行政機関として人事、会計などに関する一般官公庁の準則を適用することは、教育・研究の効率的な運営を妨げるばかりでなく、かえってその制度的な保障に安住して、自主的に運営する意欲とそれに伴う責任感とを希薄にするなど、弊害が少なくないという見方である。そこで、大学をその目的・性格からみて適切な新しい形態の公的な法人とし、公費による一定額の援助を受けること以外は、経営管理上の一切の責任を負って自治的に運営させることが、かえって大学の発展を助長することになるというのが、上記1の考え方である。もちろんこの場合、公費を支出するがわは、その法人としての大学がそれに値するかどうかを自主的に判断する立場を保留するものとする。
 これに対して、2は第2の解決の方式を示すものである。これは、国・公立大学について、国または地方公共団体の設置する広義の行政機関としての現在の性格は一応保持しながら、その管理組織に抜本的な改善を加えようとするものである。その一つの方法としては、学外の有識者を加えた新しい管理機関を大学に設け、これが設置者から大幅な権限の委任を受けて、責任をもって管理運営にあたることも考えられる。同時に、そのような方法によって、大学と設置者それぞれの管理上の責任と権限を明確にして、〝大学自治〟が本来の意味以上に拡大解釈され、不必要な混乱が生じないようにする必要がある。
 上記のような「新しい形態の法人」や「新しい管理機関」などをどのような組織・構成とし、その責任と権限をどうするかなどについては、今後くわしく検討する必要がある。その場合、上記1および2の場合における理事者の選任については大学の自主性もじゅうぶん考慮するとともに、とくに法人化にあたっては一定の条件のもとに財政の運営上に大幅な自主性を認めることが必要であるが、いずれの場合にも、実質的に責任を負う能力をもつ理事者が確保され、非常の場合にも事態の収拾が制度的に保障されることがたいせつである。
 このような二つの改革の方向は、国・公立のすべての大学をいずれか一方だけに改めることを意味するものではない。それらの目的・性格に応じて、いずれか適当なほうを選ぶことはできるが、少なくとも現行の体制のままでは根本問題は少しも解決されないことに注意すべきであろう。
 なお、現在の文部省では、国立学校の設置者としての仕事と高等教育に関する行政一般についての仕事とが入りまじっていることから生じる問題についても、再検討すべきである。

10 国の財政援助方式と受益者負担および奨学制度の改善
 高等教育の発展とその水準の維持向上のため、国は、長期にわたる教育計画にもとづき、適当な私立の高等教育機関に対して、その目的・性格に応じて合理的に積算された標準教育費の一定の割合を助成金として交付するとともに、その弾力的、効率的な使用を認めることが望ましい。このような方式は、国・公立の高等教育機関に対する財源交付についても準用することを検討する必要がある。この場合、授業料などの受益者負担額が妥当な程度の金額となるよう配慮するとともに、設置者や専攻分野の違いによって極端な差異が生じないようにすべきである。
 これらに関する国の施策を検討する場合には、教育の機会均等をはかるとともに、必要な分野に人材を誘致するため、国家的な奨学制度のあり方についてもあわせて根本的に検討を加える必要がある。
 なお、高等教育機関の社会的な役割にかんがみ、国以外の一般社会からも大幅な資金的援助が得られるようにすることが望ましい。

〔説明〕 私立学校における必要な経費をすべて授業料その他の受益者負担や一般の寄附金だけでまかなおうとすることは、教育費の上昇とともにしだいに困難となってきた。それを放置すれば、結果として教育水準の低下を招き、教育の機会均等が妨げられるので、私立の高等教育機関に対しても相当大幅な公費の援助を与えることが必要となる。このことは諸外国でもみられる傾向である。
 しかしながら、国の財政援助を進めるにあたっては、二つの点について慎重な準備が必要である。その第1は、相当長期にわたる国の教育計画を立てることである。第2の点は、財政援助の方式をどのようなものにするかである。それには、a)特定経費に対する補助、b)総経費の一定割合についての補助、c)標準単価による定額補助などがあるが、とくに経常的な経費についての援助の場合には、c)の方式による定額の助成金と学校自体の収入とを弾力的に運用することを認めることが、学校自体の自律性と責任体制を強め、また財政効率を高める道でもあると思われる。
 このような財政援助の方式は、当面は私立学校についての問題であろうが、国・公立の大学についても、とくに前項の1に述べたような新しい形態の法人となった場合などは、基本的に同じような考え方を適用することができるであろう。さらに、このような財政援助については、あくまで国の主体的な立場が保持され、その援助の効果についてつねに厳正な評価が行われることを条件とすべきである。また、私立学校がしだいに大幅な公費の援助を受けるにしたがって、その公共性を高めるため必要ななんらかの措置をあわせ考える必要がある。
 上記のような財政援助を教育費のどの程度の割合について行なうかによって、教育を受ける者の授業料その他の負担額は大きな影響を受ける。そこで高等教育における受益者負担額をどの程度とするのが適当かを考えてみる必要がある。
 教育費は、社会的には一種の投資であるとみることができるので、その投資の経済的効果のうち当事者個人に帰属するものと社会全体に還元されるものとが区別できれば、それを考慮して受益者負担の割合を決めるのが合理的だという考え方もある。しかし実際には、そのような区別を立てることが困難なばかりでなく、教育投資の効果は経済的な利益だけでないことも明らかであって、経済効果だけから受益者負担額を決めることは適当でない。
 したがって、受益者負担の実際額は、教育政策の立場から、その経費の調達が大部分の国民にとっていちじるしく困難でなく、個人経済的には有利な投資とみなしうる限度内で適当な金額とすべきであろう。その場合、専攻分野によって教育費が異なるとしても、それがそのまま受益者負担額の格差につながることは、専攻分野別の人材配分に問題を生じるおそれがある。
 これらのことは、本来、学校の設置形態とかかわりのない共通の原則であって、国の財政援助は、このような原則が実現できるようにすることを終極の目標とすべきであろう。同時に、一般的な原則による財政援助だけではなお修学が困難な者のあることや特定の分野に人材を誘致するための方策が必要なことも考慮し、学校に対する財政援助や受益者負担の実情と均衡のとれた奨学制度を確立することが不可欠であり、このこともあわせて検討すべきである。

11 高等教育の整備充実に関する国の計画的な調整
 今日および今後の社会において充実した高等教育機関の設置経営には、国費の援助が不可欠であることを考慮すれば、一定の国の財源によってその援助の効果を最大限に発揮するためには、高等教育の全体規模、教育機関の目的・性格による区別、専門分野別の収容力の割合、地域的配置などについて長期の見通しに立った国としての計画がなければならない。そこで、国民全体の立場に立ってそのような計画を立案し、その実現を推進する公的な新しい体制を確立し、この基本構想による高等教育の改革と整備充実をはかる必要がある。

〔説明〕 戦前におけるわが国の高等教育機関の多くは国立学校であったが、今日では私立学校の比重がいちじるしく増加し、国立学校はその収容力において全体の約20%を占めるにすぎない。戦後における国民の高等教育に対する需要の増大に対して私立学校の果たしてきた役割はきわめて大きく、その事実を無視して今後における高等教育の整備充実を考えることはできない。
 しかしながら、これまでの私立学校に関する国の方針は、その設置について、国の全体計画を前提とした規制を加えることなく、一定の基準に合致すると認められたものは認可するとともに、その維持経営についても国として直接の責任は負わないこととしてきたため、そこからいろいろな問題が生じている。すなわち、多数の私立学校が大都市に集中したり、文科系の収容力が不均衡に増大したりする傾向がみられる。また、財政的な基盤が弱いため、学生数を過大にして教育条件がいちじるしく低下したものも生じている。
 このような事態を解消するためには、前項に述べたような国の財政的援助を強化することが不可欠であるが、その場合には、援助の対象とすべき学校がこれまでのように無制限に新設拡充されることを放置することはできない。
 本来、高等教育機関が合理的かつ効率的に整備充実されるためには、国・公・私立の学校全体を通ずる望ましい全体計画が構想され、それにもとづいて国民全体の立場から緊要とされるものが優先的に整備されるよう、計画的に誘導し、調整する公的な機能が必要とされる。
 そのような計画の立案と推進にあたる公的な機関は、広く国民的な利益を代表する人々の参加を得て強力な指導性を発揮できるものとすべきであろう。
 なお、高等教育機関が増加するにつれて、それらのうちには学内紛争や財政上の行きづまりを自主的に解決できず、社会的な問題を引き起こすものも出てくる傾向がみられるので、その解決に助力を与えるための公的な措置を制度化することも検討すべきであろう。

12 学生の生活環境の改善充実
 高等教育機関における教育を真に実りあるものとするためには、以上のような改革と並行して、課外活動の充実や生活環境の整備によって豊かな学生生活を保障し、学生の人間形成を助長するための方策を促進することが重要である。とくに学寮は、従来このような面で重要な役割を果たしてきたものであり、これをさらに改善充実していくことは、高等教育機関の重要な仕事である。しかし、今日および今後の社会において、すべての高等教育機関がそのような学寮を持ち得ない場合もあろう。したがって、一般的には、これまで学寮に期待された共同生活の教育的意義は他の方法によって生かすことを考えるとともに、勉学中の多数の学生に対し、相互の人間的な交流を深めたり、適当な食・住の便宜を供与したりするための生活環境を整備することを別途に検討すべきである。そのことが高等教育機関だけではじゅうぶんになしえないとすれば、国としても別に適当な方策を考える必要がある。

〔説明〕 もともと学寮は、単に学生に対して食・住の生活環境を提供するためのものではなく、その共同生活から貴重な体験を身につけるところにその特質があった。しかし、学寮がその本来の教育的な機能を発揮するためには、その規模・構造はもとより、その運営について学校がわの指導理念が確立され、教職員と学生の間に信頼と協力の関係が維持されなければならない。そのような理想と努力が実を結ぶことは、もっとも望ましいといえる。
 ところが、近年、学校をとりまく社会的条件の変化や学生数の増大、学校規模の拡大等によって、そのような理想をめざす学寮をすべての高等教育機関がもとうとすることは実際上困難となった。とくにわが国の大学では、学寮は学生の単なる厚生施設として扱われ、その物的条件も長く劣悪なままに放置されてきた。しかも、学生集団の特殊な意識にもとづく自治活動が学寮の運営に持ち込まれて、ことごとに大学の管理方針と対立するようになった。そして今日では、多くの学寮は、学生にとって教育的に有意義なものでないどころか、さまざまな紛争の根源地とさえみられるような不幸な状態にある。
 このような状態を改めて、その本来の姿を実現しようとすることが困難なばかりでなく、今日の多数の学生を対象とする学寮が、はたして戦前の学寮の理念を追求すべきかどうかには根本的な問題がある。したがって今後一般の大学としては、これまで学寮が果たしてきた機能を分解して、それに代わる方策をとることも必要であろう。すなわち、その場合には、一方では組織的・計画的な合宿セミナーを学生に経験させることによって、共同生活から得られる貴重なものを修得させることも可能である。また他方では、課外活動のための施設を整備するとともに、新しい適切な方式によって食・住に関する便宜が与えられるようにする必要がある。その場合、後者のような事業については、大学だけでは手の及ばないことも多いと思われるので、国としてなんらかの方策を検討する必要があろう。

13 大学入学者選抜制度の改善の方向
 大学入学者選抜制度がわが国の学校教育全般に及ぼす重大な影響にかんがみ、今後は、中等教育の段階で、その本来の目的に応じた勉学に専念した者の学習成果が公正に評価され、選抜に合格することだけを目的とした特別な学習をしないでも、能力・適性に応じた大学に入学できるようにすることを目標として、大学入学者選抜制度の改善をはかる必要がある。その場合、選抜方法の改善については、次のような考え方をとるべきである。

(1) 高等学校の学習成果を公正に表示する調査書を選抜の基礎資料とすること。
(2) 広域的な共通テストを開発し、高等学校間の評価水準の格差を補正するための方法として利用すること。
(3) 大学がわが必要とする場合には、進学しようとする専門分野においてとくに重視される特定の能力についてテストを行い、または論文テストや面接を行ってそれらの結果を総合的な判定の資料に加えること。

〔説明〕 大学入学者選抜制度が幾多の弊害を生みだす根本には、さまざまな社会的・経済的な要因があるが、わが国の高等教育機関のあり方自体にも問題がある。すなわち、特定の大学に希望者が集中し、能力の接近した者をしいて区別するための試験を行うことがその原因の一つである。これを改めるには、相当数の大学がそれぞれの分野において独自の特色を発揮しながら並存するよう整備充実をはかること、高等学校からどの大学へ進学するかによって、将来、より高度の勉学をする機会が事実上制約されることのない学校体系を考えることがたいせつである。また、大学が、もっぱら選抜に力を注ぐよりも入学後の成績評価を厳正にして、入学さえすればよいという安易な風潮を打破する必要がある。
 選抜方法の改善の第一歩は、高等学校における学習成績の評価ができるだけ客観的な公正を維持できるよう専門的・技術的なくふうを行い、高等学校がわが生徒の将来についての教育的な判断に立って適切な進路指導を行うとともに、大学がわは調査書をできるだけ重視することである。
 この場合、いわゆる学校間の格差が問題となるが、それを補正する方法として大学と高等学校の協力によって広域的に利用できる共通テストを開発する必要がある。このテストは、個人の学力の到達度を弁別するためというよりは、高等教育を受けるのに必要な基礎的な能力・適性を検出するためのものとすべきである。また、それらの資料や大学入学後の成績の追跡調査の結果などにもとづいて妥当な選抜の判定基準を確立するためには、大学に必要な専門家を中心とする組織を確立することがたいせつである。
 上記のような基本方針にもとづき選抜方法の改善を進めるには、そのために必要な研究が促進され、大学と高等学校の自主的な協力によって着実な改革が推進されることが望ましい。国は、それらの努力に必要な援助を与えるべきであるが、場合によってはみずから積極的な措置をとることも避けてはならないであろう。
 なお、現在の入学者選抜制度は、私立学校にとっては財政上の問題とも深い関連があるので、その面に対する適切な配慮なしには問題は解決しないことを注意すべきである。

第2編 今後における基本的施策のあり方

 第1編では、主として、これからの学校教育がどんな方向に改革されることが望ましいかについて述べた。そこで、この編では、それらの改革の基本構想を実行に移す場合、政府としては、どのような政策上の目標を中心として各種の施策を総合的に推進する必要があるかを述べることとした。その場合、必要なものについては、その実施方策や具体化の方法にも触れた。それが「第1章 総合的な拡充整備のための基本的施策」である。
 ところが、政府の基本的施策としては、さらに、それらの各種の施策の確実な実行を保障するに足る実施計画の裏付けが必要である。そのような計画の基本的な考え方について述べたものが「第2章 長期教育計画の策定と推進の必要性」である。
 教育改革の実施にあたってとくに重要なことは、以下に述べる諸施策を長期にわたって一貫した方針のもとに遂行できる文部省自体の体制を確立することである。これまでの行政の体制では、学術研究の不断の進歩に対応し、また、教育に関する学問的な研究開発と緊密な連携を保ち、その成果にもとづいて適切な行政施策を企画立案することが、しだいに困難となりつつある。また、文教施策について長期の見通しを立て、それにもとづいて行政の実績をたえず評価し、基本的な目標に向かって総合的・計画的に仕事を進めるための体制も、じゅうぶんに整備されていない。政府は、これらの点についての行政のあり方をきびしく反省し、この編の各項目の中で具体的に提案したことをじゅうぶん考慮して、まず、責任をもって教育改革に取り組む実施体制を確立すべきである。

(注) この編の記述において、「基本構想Ⅰ」または「基本構想Ⅱ」というのは、それぞれ、第1編第2章第2の「初等・中等教育改革の基本構想」または第3章第2の「高等教育改革の基本構想」を意味する。

第1章 総合的な拡充整備のための基本的施策

1 新しい学校体系の開発と現行学校教育の内容的な充実
 政府は、今後の初等・中等教育の段階における学校制度の改革は、実証的な研究を基礎として段階的に推し進めることを基本方針とし、将来の学制改革の基礎となる新しい学校体系の開発を目的とする先導的な試行に着手するとともに、現在の学校教育の内容的な充実に努めるべきである。

〔説明〕 教育改革については、これまでともすれば、いま直ちに学校体系の抜本的な改革を行うべきか、それとも、現行制度を維持して内容の充実をはかるべきかを、二者択一のものと考える論議が多かった。
 本審議会が基本構想Ⅰで取り上げた改革の進め方は、それとは考え方を異にしている。すなわち、実証的な根拠なしに、一挙に学制改革を行おうとする考え方を排すると同時に、現行制度を最善のものとみなして、新しい可能性の開発を拒むような考え方も不適当だと考える。基本構想Ⅰの1にいう先導的な試行とは、そのような観点に立つ新しい施策である。これによって、社会の変化と学問研究の進展に応じてよりすぐれた学校体系の開発に努めることが、今後の時代における教育改革の正しい進め方である。
 先導的な試行の実施について政府の果たすべき役割は、基本構想Ⅰの1で述べた考え方に留意し、わが国の学校制度に不必要な混乱を生じさせることなく所期の目的を達成できるよう、国・地方公共団体・学校の緊密な協力体制を確立することである。すなわち、a)全国の地域性を考慮し、必要な数の実施校で適当な内容の試行に着手するための総合的な実施計画を立案すること、b)設置者がわの計画や希望を考慮し、国・公・私立にまたがる適当な実施校を選定すること、c)それらの実施校を特例的な学校として、独自の教育課程と教員組織によって運営するとともに、現行制度の学校との接続が円滑に行われるよう必要な法制上の措置を講ずること、d)実施校の運営について適切な財政措置を講ずるとともに、そこにおける研究開発に指導と援助を与えながら、その成果を継続的に評価できる中央および地方の協力体制を整備することである。
 他方、基本構想Ⅰの2から5までに述べた教育課程の改善、指導の徹底、教育方法の改善、質的水準の維持向上などの施策は、学校体系のいかんを問わず、初等・中等教育の実質を高めるうえに根本的な重要性をもつものである。そのために必要な教育条件の整備と研究開発の推進については、政府として積極的な実施計画を定め、すみやかにその実現をはかるべきである。

2 教育改革の推進と教育の質的水準向上のための研究開発
 政府は、今後の社会において教育が重要な役割を果たすためには、教育の理論・方法の発展によって、教育改革の適切な推進と教育の質的な水準の向上とをはかることが緊急な課題であることに留意し、関連学問領域の総合的な連携のもとに、教育者・研究者・行政担当者の協力による研究開発を、強力に推進できる体制を確立すべきである。

〔説明〕 第1編第1章ですでに述べたように、今後の社会では、教育がますます人間形成の根本的な課題に取り組まなければならない。そのような課題に対応するためにも、また、基本構想Ⅰで述べた教育改革を推進しながら教育の質的な水準の向上をはかるためにも、教育はその理論および方法において飛躍的な発展が要請されている。
 ところが、教育研究の発展を妨げている大きな原因は、学問の専門的な分化によって、人間に関する幅広く深い知見を教育の発展に役だてることが、ますます困難になっていることである。また、教育研究は、生きた人間を対象とするにもかかわらず、理論家と実際家の緊密な連携のもとにその研究が進められているとはいえない。さらに、教育の新しい研究開発を促進し、その成果にもとづいて教育制度の質的な改善をはかることは、行政の重要な役割であるが、これまではそのような機能がじゅうぶんに発揮されていない。
 そこで、基本構想Ⅰの10で述べた考え方によって、関連学問領域の緊密な連携協力のもとに、学理面・実践面・行政面の努力を結集して共通の課題解決に取り組むことができる研究開発の推進体制を、確立しなければならない。そのような推進体制とは、単一の研究所を設立したり、特定の機関に研究者を集結したりすることではなく、全国の学校・研究所・大学などで現に研究意欲をもって活動している人々の間に、共通の課題意識にもとづく役割分担と協力の関係を作り上げることである。
 基本構想Ⅰの10にいう「教育研究開発のセンター的機能」とは、そのような推進体制の中核として、教育改革のために必要な課題研究について、研究協力体制を組織し、関係者相互の連絡と情報交換をあっせんし、研究費を配付するとともに、その成果を行政施策の改善に生かす機能を意味する。そのような機能は、これからの行政にはきわめて重要なものであって、これを文部省の組織の中に適切に位置づけることを検討すべきである。前項に述べた教育改革のための先導的試行についても、このセンター的機能が重要な役割を果たすべきであろう。
 また、このような研究開発の推進体制がじゅうぶんな機能を発揮するためには、それに参加する研究所や都道府県の教育委員会とその研究機関についても、その体制の整備充実を促進する適切な措置が必要である。
 このように国をあげて教育の分野で意欲的に研究開発に取り組むことは、教育の質的な水準の向上に必要であるばかりでなく、教育という無限の可能性をもつ分野にすぐれた若い青年が生きがいを感じ、進んで教職に志すようになるために必要な条件である。

3 教員の資質の向上と処遇の改善
 政府は、教育の実質を決定する最大の要素が教員の資質であることを考慮し、教育に関する研究開発の成果にもとづき、教員が意欲と使命感をもっていきいきとした活動を展開するよう、その養成・研修・再教育の体制を整備すべきである。また、そのためには、教員の職制・給与・処遇をそれにふさわしく改善しなければならない。

〔説明〕 教職は本来「専門職」でなければならないといわれる理由は、それがいわゆるプロフェッションの一つであって、次のような点において一般的な職業と異なった特質をもつことにあるといえる。すなわち、その活動が人間の心身の発達という基本的な価値にかかわるものであり、高度の学問的な修練を必要とし、しかも、その実践的な活動の場面では、個性の発達に即する的確な判断にもとづく指導力が要求される仕事だからである。
 このような職業にふさわしい資質は、教員の一生を通ずる不断の努力によってしだいに養われるものであって、基本構想Ⅰの9で初等・中等教育の教員の養成確保とその地位の向上について提案したのも、この考え方にもとづいている。すなわち、教員養成大学の整備充実に力を注ぐとともに、教員としての資格を得るための基準を再検討し、また、新任教員に対する1年程度の実地修練の制度化を検討し、教員の再教育を目的とする第4種の高等教育機関(「大学院」)を創設することである。
 この「大学院」は、今後におけるわが国の教育水準を高めるため重要な任務をもつものであるから、それにふさわしい第1級の権威者を迎えて新しく創設する必要がある。そこにおける再教育は、教職におけるすぐれた実績にもとづいて任命権者が推薦した現職者に対して、2年間、教職に必要な高度の一般的・専門的な教養に加えて、教育課程の理論、教育に関する実際的な指導技術、教科の専門的な教育方法または学校経営について研究修練を行わせるものとすべきである。
 さらに、これまで行われている国および任命権者による教員の研修を体系的に整備し、教員が進んでその資質の向上に努める機会を拡充することが重要である。
 このようなきびしい不断の修練を必要とする教員の職制・給与・処遇は、それにふさわしく改善されなければならない。また、基本構想Ⅱの8で述べた高等教育の教員の給与・処遇の抜本的な改善も同時に行われなければならない。本審議会としては、それらについて下記のような改善措置を講ずる必要があると考える。政府としては、この趣旨にそって専門的・技術的な検討を行い、教員の資質向上のための各種の施策とあいまって、できるだけすみやかにその実現をはかるべきである。

「職制・給与・処遇に関する改善措置」

(1) 初等・中等教育の教員の給与の基準は、学校種別によっては差等を設けないこととする。また、教頭および「大学院」で再教育を受け、またはその他の方法によって、高度の資質を身につけたと認定された教諭に対しては、別種の等級を適用できるようにする。
(2) 初等・中等教育の教員の初任給は、大学卒業者の職業選択の動向に関する現状分析の結果によれば、教職への人材誘致の見地から、一般公務員に対して30~40%程度高いものとする必要がある。なお、校長の最高給は一般行政職の最高給まで到達できる道を開く必要がある。
(3) 教員の研修を体系的に整備し、その適当な課程の修了者には給与上の優遇措置を講ずる。また、教頭以外の校内の管理上、指導上の職務に従事する者についても特別の手当を支給する。
(4) 第1種、第4種および第5種の高等教育機関(「大学」、「大学院」および「研究院」)の教員については、助手(基本構想Ⅱの5の〔説明〕参照)の初任給は教諭と同等とする。講師以上の給与は、教育・研究者として優秀な人材を確保できるよう高い水準とし、早い時期に最高給に近づくことができる体系とすべきである。なお、教授の最高給は、一般行政職の最高給まで到達できるものとする。この場合、教員の教育的・研究的努力が適切に助長されるような給与制度を考慮することが望ましい。
(5) 第2種および第3種の高等教育機関(「短期大学」および「高等専門学校」)の教員の給与は、「大学」に準じたものとする。
(6) 教員の処遇の改善は、給与のほか、研修休暇、住宅、税制上の特典などについても考慮する。とくに高等教育の教員には、海外留学制度を拡充し、また、長期間研究に専念できる制度を創設する。

4 高等教育の改革と計画的な整備充実の推進
 政府は、高等教育の改革を促進するよう制度を弾力的なものに改めるとともに、高等教育の整備充実に関する国の基本計画を策定し、段階的に目標年次を定めて、必要な新しい高等教育機関の設置と改革案の決定した既設のものの改組充実に対して、優先的に財政支出を行い、高等教育全般の改革をできるだけすみやかに実現すべきである。そのためには、高等教育の改革と計画的な整備充実に関する行政体制を整備するとともに、政府と既設の大学・短期大学との緊密な協力関係をまず確立すべきである。

〔説明〕 高等教育について基本構想Ⅱで述べたような改革を進めることは、既設の大学・短期大学を具体的にどのように改組し、その整備充実をはかるかということと切り離しては考えられない問題である。しかもそれらは、各大学の努力だけでも、また、政府の制度上の改革だけでも、その実効を期しがたい問題である。すなわち、政府と大学・短期大学の当事者がそれぞれの役割を分担し、互いに協力することが、この改革を進めるための基礎的な条件である。
 この場合において政府の果たすべき役割は、a)基本構想Ⅱの1で述べた高等教育の多様化を促進するため必要な法令を改正し、各大学の創意とくふうによる新しい教育課程の試行を認めるよう設置基準の運用を弾力化すること、b)基本構想Ⅱの11で述べたように、国・公・私立にまたがる全高等教育機関の整備充実に関する国の基本計画を策定すること、c)段階的に目標年次を定めて、準備の整ったものから重点的に財政支出を行って先行的に整備充実を進め、高等教育全般の改革を促進することである。
 ここにいう基本計画とは、高等教育の全体規模、教育機関の目的・性格による区別、専門分野別の収容力の割合、地域的配置などについて長期の目標を定めたものであり、今後における高等教育機関の設置認可の指針であると同時に、国としてその整備充実に必要な財政支出を行なう対象の範囲を示すものでなければならない。また、この基本計画の策定にあたっては、地域内における教育機関の連携協力によって教育・研究活動の発展をはかることを基本的な前提とすべきである。すなわち、その地域内では、各教育機関がそれぞれ独自の特色をもって整備充実され、学生の教育や教員の研究を効果的にするための人的な交流が活発に行われなければならない。とくに、そこにおける第4種・第5種の高等教育機関(「大学院」・「研究院」)は、特定の第1種の機関(「大学」)だけに接続するものとはせず、地域内の各「大学」を包括する研究体制の中枢的な役割を果たすことを原則とすべきである。
 このような基本計画にもとづく改革の実施には、いろいろなものが含まれる。これまでになかった新しい構想による高等教育機関の新設や特定の社会的需要にもとづく高等教育の拡充などは、政府が積極的にその推進をはかるべきものである。しかしながら、もっとも重要なものは、既設の高等教育機関の改組充実であり、これを大学当事者との緊密な協力によって実現することは、政府の重大な任務である。
 この場合における既設の大学・短期大学の役割は、弾力化された設置基準に即し、かつ、国の基本計画のわく内において、地域内の各教育機関との連携協力を前提として、その目的・性格や教育課程においてどのような特色を発揮すべきかについて、自発的に創意をめぐらし、その改組充実の方向について、政府と協議し、具体的な結論を生み出すことである。
 このような政府と大学当事者との緊密な協力による改革の推進には、双方の積極的な意欲と根気強い努力が必要であろう。しかし、急速に変動する社会は、高等教育の改革をいつまでも猶予することを許さない。したがって、政府は、法制の整備の時期、政策的優先度などを考慮して、段階的に目標年次を定め、できるだけすみやかに高等教育の改革を実現しなければならない。
 上述のような政府の役割を適切に果たすためには、文部省自体の内部組織に必要な改革を行うとともに、a)国の基本計画の策定とその実施計画の大綱、b) 実施成果の評価、c)大学の設置基準のあり方と設置認可、d)既設の大学・短期大学の改組充実方針について、文部大臣に答申または建議を行なう新しい審議機関を設ける必要がある。また、国・公立の大学および短期大学の改革については、全学の意思を結集して改革案を取りまとめ、その実現を強力に推進する一貫した指導性の確立が重要な要素である。したがって、学長を助けて改革の仕事に相当な期間専念できる常任の委員を置くことができるよう措置すべきである。
 このような行政体制の整備、国・公立の大学および短期大学の常任委員の設置、上述のような基本計画の策定および既設の大学・短期大学の改組充実に関する政府と大学との協力関係など、大学改革を推進するために必要な体制の確立については、政府は所要の立法措置を講ずることも検討すべきである。

5 国・公立大学の管理運営に関する制度的な改革
 政府は、これまでの国・公立大学の管理運営には幾多の欠陥のあることが指摘されており、その根底には、現行の設置形態がかえって真に大学の自律性と自己責任による運営の発展を妨げている面もあることに留意し、前項による高等教育の改革を推進する過程において、学内管理の合理化と新しい理事機関の設置または大学の法人化のために必要な法制の整備を促進すべきである。

〔説明〕 本審議会は、昭和38年1月および昭和44年4月の答申において、国・公立大学の管理運営には幾多の欠陥のあることを指摘した。とくに大学紛争を契機として、大学の組織の複雑化、巨大化に対応して、大学における公的な意思決定を適切に行い、それを的確に実施する機能がじゅうぶんに発揮されていないことがいっそう明白となった。これに対する大学当事者の反省や一般社会の批判によって、その改善が検討され始めたが、今日までほとんど具体的な成果はあがっていない。
 これまで、大学の内部管理に関する法制はじゅうぶんには整備されず、多くは各大学の慣行に任されてきた。その結果、割拠的な学部自治の考え方が大学全体の管理運営の立場と衝突したり、学外に対する閉鎖的な自治意識が一般社会の意見を謙虚に受け入れることを妨げたりすることが多く、そのような多年の慣行が、今日でも大学の自律的な改革を困難にしていると思われる。
 本審議会は、基本構想Ⅱの9において、このような欠陥が生じる根源には、現行の設置形態の問題があることを指摘した。
 しかしながら、この問題の解決には、政府と大学との間の基本的な信頼関係が不可欠であり、それを深める努力がまず先行しなければ、この多年の慣行を改める制度改革は実効を期しがたい。
 本審議会が前項で提案した大学改革の推進体制を整備し、その実施を進める過程は、まさに政府と大学との緊密な協力によって、そのような信頼関係を確立する好機である。改革案を取りまとめ、それを実行に移し、その実現をみるまでの過程において、何が大学の自主的判断の範囲であり、何が政府の役割かを具体的に明らかにし、両者の正しい協力関係を確立しなければならない。
 このような政府と大学との緊密な協力関係の中で、政府は確信をもって大学の内部管理体制と設置形態の改革に関する必要な法制の整備を提案し、その実現をはかるべきである。
 その場合、大学の内部管理体制の合理化については、基本構想Ⅱの7および本審議会の昭和44年4月の答申の趣旨によるべきである。その際とくに重要な問題は、基本構想Ⅱの5に述べた教育組織と研究組織の機能的な分離について検討し、基本構想Ⅱの8で述べた教員人事の閉鎖性の打破を実現することである。それを制度上保障するためには、たとえば、同一大学内の継続勤務年数に限度を設けること、職種ごとに最高年齢を定めること、期限付きの任用ができるようにすることなど、人事制度の改革を行うべきである。なお、4項で述べた地域内の大学の連携協力組織は、大学間の人事交流を活発にするうえに重要な役割を果たすであろう。
 また、大学の設置形態の改革について基本構想Ⅱの9で提案した「新しい形態の法人」とは、通常の特殊法人とは異なり、国の財政援助は、基本構想Ⅱの10に述べた標準教育費による定額補助の方式によるものとし、事業計画・給与水準・収入金については相当大幅な弾力性が認められ、自主的な運営努力によって独自の特色を発揮できるようにしようとするものである。また、「新しい管理機関」の提案は、設置者から大幅な権限の委任を受けて責任をもって管理運営にあたる理事機関を大学の中に創設し、事務配分の合理化によって、大学と設置者との間の管理上の責任と権限の所在について疑義が生じないようにしようとするものである。
 これらのいずれの形態をとる場合にも、国・公立大学の公的な性格にかんがみ、その理事機関は、大学内部から選ばれた者のほか、設置者が選んだ者、学外から選ばれた適任者を含む三者構成とすべきである。

6 教育の機会と教育条件の保障に関する総合的な施策
 政府は、すべての国民に対してその能力に応ずる教育の機会を均等に保障するとともに、教育条件にいちじるしい格差が生じないよう措置することに、その重大な任務があることに留意し、奨学制度の充実、必要な教育機関の拡充と適正な地域配置および私立学校に対する助成について、抜本的な施策を講ずべきである。

〔説明〕 わが国の奨学事業は、その長い歴史にもかかわらず、今日では、教育の機会均等を保障するためにも、また国家社会の必要とする分野に人材を確保するためにも、なおじゅうぶんな効果をあげているとはいえない。政府は、次に述べる諸施策との関連を深く考慮し、奨学制度のあり方を根本的に再検討すべきである。
 教育の機会均等の趣旨を徹底する第一歩は、必要な教育機関を拡充するとともに、その地域配置を均衡のとれたものとすることにより、収容力や地理的条件によって教育を受ける機会が大きく左右されないようにすることである。基本構想Ⅰの6、7で述べた幼稚園教育の普及充実と特殊教育の拡充整備および基本構想Ⅱの11で述べた高等教育の計画的な整備充実は、そのような観点から政府としてまず力を注がなければならない重要な施策である。
 ところが、教育の機会がどれほど用意されても、実際の就学が能力・適性以外の要因によって妨げられたり、受けられる教育水準や修学上の経済的負担にいちじるしい不均衡があったりすれば、機会均等の本来の趣旨は生かされているとはいえない。今日、幼稚園・高等学校・大学・短期大学については私立学校が大きな割合を占め、国・公立の学校との間の教育条件や修学上の経済的負担の格差がしだいに増大していることが大きな問題となっている。また、大学進学率が家庭の所得水準によっていちじるしく相違していることも重大な問題である。
 今日の状況では、私立学校当事者の努力だけでは、その経済的基盤の制約のため、教育を受ける者に相当重い経済的負担を求めないで教育条件を改善することは、きわめて困難である。しかも、今日の私立学校の大部分は、特別な希望者だけを対象とするものでなく、修学上の経済的負担の水準にも限度があるため、結果としては教育条件の一般的な低下を免れない。
 本審議会は、このような現状を改めるため、政府の私学政策に新しい転換が必要であると考える。すなわち、私立学校の自主性はあくまで尊重しながら公教育の機会と教育条件の保障に対する国民の要請にこたえるため、私立学校との間に新しい関係を樹立すべきであると考える。その具体的な方法は、公教育に対する国民の要請に対応して次のような各種の私学助成の方式を用意し、私立学校が自主的にそれを選択できるようにすることである。
 「方式 A」 公的な教育計画にもとづき、公立の学校とともに、地域住民に対して教育の機会を均等に保障する役割を分担しようとする場合、その教育条件の確保と修学上の経済的負担の水準および通学圏・収容力について、公的な調整を受けることを条件として、公立の学校と同等程度の財政援助を経常的に提供する。
 「方式 B」 公的な教育計画にもとづき、一定水準以上の教育の機会を一定量確保する役割を分担しようとする場合、または、特定の専門分野の人材育成の役割を分担する場合、その教育条件の確保と修学上の経済的負担の限度および収容力について公的な調整を受けることを条件として、国・公立の学校に準ずる財政援助を経常的に提供する。
 「方式 C」 公的な教育計画の範囲内で、適当な教育条件のもとに特色のある教育を担当しようとする場合、その援助の効果について定期的に厳正な評価を行うことを条件として、合理的に積算された標準教育費の一定の割合を助成金として交付する。
 「方式 D」 社会的要請にもとづく特定分野の教育・研究を振興するため、公的な計画にもとづき、特定の経費を指定して奨励的な補助金を交付する。
 基本構想Ⅰの5、6およびⅡの10でこれらの私学助成の方式について述べたが、いずれの方式がどの学校段階にふさわしいかは固定的に考えるべきではなく、同じ学校段階でも異なる方式を選択できるようにする必要があろう。
 現在行われている私学助成は、私立学校の当面の問題を緩和するうえに一応の効果をあげており、その拡充が強く要請されているが、今後、わが国の学校教育全体の健全な発展を期するためには、なるべく早い時期に上述のような方式を確立すべきである。そのためには、方式A、B、Cについて、まず公的な教育計画を樹立することが先決である。
 上述のような私学助成の方式のうちいずれをとり、その財政援助の水準をどの程度とするか、また、私立学校との間の格差の縮小に配慮して、国・公立の学校に対する公費の負担をどの程度とするかによって、受益者負担額の水準が定まる。その負担額の水準と国民の所得水準の相対的な関係から、教育の機会均等を保障するために必要な奨学事業の規模が定まる。政府は、今後、国・公立の学校と私立学校に対する財政支出を検討する場合には、それと不可分の関係にある奨学事業の規模を総合的に検討すべきである。
 その際、約半数の者が自宅を離れて進学する高等教育については、学生の食・住に関する生活環境の整備が奨学事業と密接な関係をもっている。したがって、基本構想Ⅱの12に述べた考え方によって、学寮をその本来の目的に向かって改善充実するとともに、それによりがたい場合には、個人との契約にもとづく厚生福祉事業としての学生宿舎の整備を促進すべきである。今日、既設の学寮のうち多くの問題をかかえているものは、そのいずれの方向に充実整備すべきかについて、すみやかに方針を決定すべきである。
 教育の機会均等をいっそう徹底するため、就学前教育および後期中等教育の段階まで義務教育の年限を拡張すべきだとの意見がある。本審議会としては、国民に就学の義務を課することは、その教育の目標とするものが全国民の教育として必須すのものであり、すべての者に例外なくその履修を求める必要があり、その実施によって就学上・財政上その他の点に重大な支障が生じない場合に限るべきであると考える。したがって、就学前教育については、将来、その普及と内容の充実および基本構想Ⅰの1による先導的試行の成果を見定めたうえで、これを義務教育とする必要性と可能性を検討すべきであるが、後期中等教育の段階は、一律に就学の義務を課するよりも、さまざまな教育の機会を確保するとともに、その就学のための諸条件を整備することによって、その趣旨の実現をはかるのが先決であると考える。
 なお、これまで特別な事情によって義務教育を修了できなかった者に対しては、特例的な措置によってその履修を奨励すべきである。

7 教育制度における閉鎖性の是正
 政府は、義務教育以後の学校教育では、個人の特性の分化に応じて効果的な教育が行われるよう、教育内容・教育課程の多様化を進めるとともに、個人の能力と学習意欲に応じて適切な履修が容易になるよう、学校間の移動と進学の道をひらくことに努めるべきである。また、学校教育の機会を一定の年齢層の者だけに限ることなく、必要に応じて適時教育が受けられるよう、その機会をできるだけ広く国民に開放すべきである。

〔説明〕 義務教育以後の教育は、基本構想Ⅰの2およびⅡの1で述べたように、個人の特性の分化に応じて多様化を必要としているが、そのことによって個人の将来の勉学の機会と社会的な進路が固定化される場合には、その特性に応じたコースの選択が行なわれず、多様化の本来の目的は達成されない。したがって、教育の多様化を進めるためには、学校間の閉鎖性や進学・再教育のあい路を是正することをあわせ考えなければならない。
 そのためには、まず、高等学校のさまざまなコースから進学できる機会を確保するため、高等教育のがわにそれと接続する教育課程を設け、適当な数を定員のわくと適切な選抜方法を用意すべきである。
 第2種および第3種の高等教育機関(「短期大学」および「高等専門学校」)の卒業者に対しては、第1種の機関(「大学」)に上述の場合と同様な用意をするほか、それらの者の進学または再教育を引き受ける特別な第4種の機関(「大学院」)を創設するのが適当である。その場合、特定のコースに異質なコースを接続することをくふうするばかりでなく、より高度の修学の道としては、理論的な学習に重きを置くコースのほか、実践的な探究を重視するものを開発するなど、多様化の意義を生かすようにすべきである。
 また、適当な高等教育機関の間で連携組織を作り、履修単位の相互承認を行うようにすることが必要である。4項で述べたように、高等教育の整備充実に関する基本計画を策定する場合、広域的な連携協力関係の実現をはかることによって、その実施が促進されるであろう。
 高等教育の開放性は、基本構想Ⅱの4で述べた考え方により、その実現をはかるべきである。そのためには、これまでの聴講生の制度を改めて、これを選択履修の学生とし、その受け入れに必要な定員上・指導体制上の措置を講ずるとともに、特定の科目または科目群について履修単位の認定を行うべきである。また、その受け入れは、学歴・職業などによって差別することなく、入学許可と単位認定の際に能力の検定を厳密に行うことによって、その制度の適切な運用をはかるべきである。
 このような高等教育の開放がじゅうぶんな効果をあげるためには、履修の形態についても、夏学期制、夜間制、通信制、放送制などの多様化を進める必要がある。また、履修の成果に対する社会的評価を保障するため、履修単位の総数と内容の構成が一定の基準に達した者に対しては、適当な公的認定機関の審査によって、各種の専門的職業に関する資格を取得するための基礎資格を付与できるようにすべきである。

8 大学入学者選抜制度の改革
 政府は、大学入学者選抜制度が、学校教育全般の適切な運営を保障し、教育の社会的な役割が正しく発揮されるようにするうえに、重大な影響のある公共的な制度であることにかんがみ、これまでの慣行による弊害をすみやかに是正するため、本審議会の提案の方向に向かって、関係者の積極的な努力を助長しながら制度的な改革の実現を促進すべきである。

〔説明〕 入学者選抜制度は、単に各学校がその方針にもとづいて入学者を選定する一般的な手続きであるばかりでなく、教育の過程にある青少年が、学校段階のくぎりをもっとも適切に移行できるようにする、広義の教育制度とみるべきものである。したがって、この制度は、本来各学校だけの都合によって運用されるべきものではなく、その公共性が重視されなければならない。現にその適否は、各段階の学校教育に実質的な影響を及ぼしているばかりでなく、学校を取り巻く一般社会にもさまざまな問題を投げかけている。
 とくに大学入学者選抜制度は、これまで各大学の相当大幅な自由裁量によって運用されてきたが、もっぱら選抜に合格することを目的とする特別な学習の激化、選抜結果の妥当性に対する疑義、入学後の学習よりは受験競争の勝敗を重視する傾向、大量の浪人の蓄積など、幾多の弊害のあることが指摘されており、そのすみやかな改善が各方面から強く要望されている。
 このことについて本審議会が基本構想Ⅱの13で提案した改善措置は、これまで行われた多くの研究成果の結論とその方向が一致しており、近年、大学・高等学校の関係者の間でも、ほぼ同様な考え方によって解決の努力が払われつつある。しかしながら、政府は、この問題が多年の懸案であって、その前途にはなおいろいろな障害のあることを考慮し、それらの関係者の努力に対し適切な援助を与えるとともに、その実効を保障するため必要があるときは、立法措置を講ずることも検討すべきである。
 同時に、この問題の背景には、固定化された学歴主義に由来する特定大学への志願者の過度の集中という特別な事情のあることを忘れてはならない。さきに4項で述べたとおり、各大学がそれぞれ独自の特色をもって並存するよう、今後における高等教育の整備充実に関する基本計画を策定し、その実現を推進することは、この観点からも政府の重要な施策でなければならない。
 また、6項で述べた私学助成の新しい考え方によって、私立学校の経済的基盤を確立することと並行して、それらの学校の入学者選抜および入学の際における過大な経済的負担を是正する措置を講ずべきである。

第2章 長期教育計画の策定と推進の必要性

1 長期教育計画の必要性と政府の役割
 第1章で述べた総合的な拡充整備に関する基本的施策は、初等・中等・高等教育の全段階にまたがる根本的な課題の解決をめざすものであって、政府としては、今後相当長期にわたって、強い決意のもとにその実現に取り組まなければならないものである。
 わが国は、明治初年に近代的な学校制度を創設して以来、つねに将来に対する見通しのもとに、先行的な重点施策として、教育の普及充実に努めてきた輝かしい歴史をもっている。さらに今日では、世界の主要国が、いずれも国の重要施策の一つとして、長期教育計画の策定とその実施に取り組んでいる。そのおもな理由は、教育が国家・社会のあらゆる面における発展の原動力であるばかりでなく、教育の機会均等の徹底と質的な充実によって、すべての個人が、今日の時代に、主体的な人間として充実した生き方ができるようにすることが、いっそう切実な問題になってきたからである。
 とくに、公教育の発展に対する国の役割はますます重視されつつある。それは、次のような事情にもとづいている。すなわち、a)国・公・私立の教育機関を通じて、公教育が量的・質的に均衡のとれた発展を遂げるためには、公的な計画にもとづく総合的な調整が必要になってきたこと、b)教育の拡充整備は巨大な資源を必要とし、そのための財政支出は、国の社会的・経済的な発展と適切な均衡が維持されなければならないこと、c)今日では、教育の量的な拡張に伴ってその質的な刷新が強く要請され、それに応ずる研究開発を国家的な規模で進める必要が生じていること、d)教育施策の成果が現われるまでには長い年月が必要であって、社会の変化が急速なほど、ますます長期の見通しが要求されることなどである。
 すなわち、今日、長期教育計画といわれるものは、単に外的な教育条件の整備という狭い範囲内のものではなく、広い国際的な視野に立ち、その国家・社会のめざす理想にもとづいて、公教育の量と質を、どんな目標に向かって発展させるべきかを考えようとするものである。
 このような計画は、教育に対する国民的要請、社会の人材需要および教育の効率化に関する客観的な調査研究にもとづき、学校教育・社会教育その他の教育活動全般について、少なくとも今後10年間における拡充整備の目標を明らかにし、その実現に必要な行政上、財政上の措置の大綱を示したものでなければならない。
 政府は、第1章で述べた基本的施策を総合的に実施するための長期教育計画を策定し、その的確な推進をはかることに努めるべきである。

2 計画の基礎としての予測計量の意義
 上記のような長期教育計画の立案は、広範な調査研究を基礎としなければならないが、その成果を総合して具体的な政策上の指針となるものを作成するには、適切な予測計量の方式を開発する必要がある。
 そのためには、まず、これまでの客観的な資料の分析にもとづき、将来の見通しを立てる前提となる外的な要因の動向を適切に予測する必要がある。そして、外的な要因により支配されるものと、政策的な選択により変動するものとの組み合わせによって、将来の教育活動の規模と必要な資源を、定量的に見積もることができる試算方式を樹立する必要がある。
 このような方式を用いることによって、教育計画の立案において政策的に対処できるものとそうでないものとを合理的に区別し、同時に、そのような計量化が不可能な要因にも重要なものがあることを深く配慮しながら、望ましい目標に向かって適切かつ実現可能な政策決定を行なうことが、今後の行政においてはとくに重要である。
 いうまでもなく、どのような予測も外的な要因の動向を完ぺきに見通せるものではなく、また、ある政策的な選択もつねに予期した成果を収めうるとはかぎらない。しかし、予測計量を行うことの重要な意義は、実際に生じた結果とのくい違いを検討することによって、それまで見落とされていた要因を発見したり、施策の効果を公正に評価したりすることが可能になるところにある。そして、必要に応じて計画そのものに変更を加えながら、変動する時代に対応して、それに先行する施策を推進することがたいせつである。

3 予測計量に関する試算
 本審議会は、上述のような長期教育計画の策定に必要な予測計量の一つの方式を示すため、第1章で提案した基本的施策について参考資料に示すような「総合的な拡充整備のための資源の見積もり」を試みた。
 この試算は、この答申が取り扱った学校教育の分野だけについて行ったものであり、長期教育計画の基礎として必要なものの一部にすぎない。また、巨視的な見通しを立てるため、簡略化された仮定を用いており、今後さらに専門的な検討を必要とするが、一応次のような方針によって試算を行った。
 なお、沖縄については、資料の関係もあり、また、別途に検討されている問題も多いので、この試算には含めなかった。

(1) 基準推計値
 各学校段階ごとに、外的な与件に関する変数(外生変数)と政策的に決定すべき変数(政策変数)との組み合わせによって、教育規模と教育投資額を計算できる算式を作り、過去10年程度にあてはまるよう係数を定める。この式によって将来を予測するため、外生変数には、別途に求めた予測値を与え、政策変数には、政策上格別の選択を行わない場合の過去の実績にもとづく一定値または傾向値を与えて、昭和55年度まで推計する。

(2) 課題別推計値
 独立した新しい政策上の課題については、上記の算式によらず、別途の方法により、仮定を設けて昭和55年度までの経費を推計する。

(3) 政策変動値
 基準推計値の算式に含まれる政策変数に、ある政策上の選択にもとづく値を適用した場合の、基準推計値からの変動量を求める。この場合の試算は、ある仮定に対応する数量的な規模を推定するための暫定的なものである。

(4) 教育投資総額
 すべての政策変数にある順序で政策上の選択を行った場合の、基準推計値と課題別推計値からの変動量を計算し、それらを基準推計値に加算して昭和55年度までの教育投資総額を求め、国民所得と比較する。

(5) 負担区分推計値
 ある試算方法を仮定して受益者負担額を求め、それを教育投資総額から控除して公費負担額を求める。また、一定の仮定のもとに、受益者負担額の水準に対応する奨学事業の規模を求める。

(6) 教員需給推計値
 上述の教育投資総額に対応する各学校段階の教員需要数を求め、それに対する供給の見通しを検討する。

4 試算結果から指摘される問題点
 (1) 基準推計値の教育規模は、昭和45年度を基準とした場合、義務教育では、昭和55年ごろまでに、児童・生徒数が14%程度増大し、高等学校、短期大学および大学の入学者数は、それぞれ17%、88%、49%程度増大することが見込まれている。これらは、過去10年間の中学校卒業者の上級学校進学率(付図1)、および短期大学・大学入学者数(付図2)から予測したものであって、該当年齢に対する進学率は、それぞれ95%、15%、32%程度となっている。
 このことは、上級学校への進学が過去と同じ傾向をたどると仮定した場合の、教育に対する需要の高まりを意味するものであって、これをどのように評価し、どのような目標を望ましいものとして学校教育の量と質の整備充実をはかるかは、教育計画を立案する場合の政策上の重要な課題である。
 (2) 他方、基準推計値の教育投資額は、そのような量的な膨張が進行したとしても、その国民所得に対する比率は低下の傾向を示し、昭和45年度における4.8%が昭和55年度には4.5%程度となる。これに対して、試算に示す程度において、この答申で提案した新しい政策上の課題を実行に移し、また、給与の改善、教育の質的な充実、「大学院」・「研究院」の拡充などに必要な措置を講じたとすれば、その比率は6.3%程度となる。さらに、この場合の公費および奨学事業の全体規模は、昭和55年度で5.9%程度であって、これらを含めた公財政支出教育費の国民所得に対する比重は、付図4に示すような国際的な比較からみれば、今後の見通しとして必ずしも過大であるとはいえない。
 (3) しかしながら、この試算から予想される他の重要な課題は、教育の量的な膨張と質的な充実を並行的に行おうとする場合の、教員の需給調整をどうするかということである。これまでの教職への就職率が変わらないと仮定した場合の標準新規就職者数に対して、幼稚園、小学校、中学校では、それぞれ、35%程度の増加がなければ試算のような改善措置は実現できないであろう。そのためには、教員養成大学による計画的な養成を充実すると同時に、教員の処遇の改善により教職への人材誘致を強化することが先決である。
 とくに、高等教育の拡充整備は、「大学院」、「研究院」の拡充が先行しなければ、教員の需給関係から行きづまりを生じるであろう。試算のように、それらを相当大幅に拡充してもなお、教員需要数の40~50%程度は、一般社会の専門的・技術的職業の従事者からの供給に期待しなければならない。このことは、上の1で述べた高等教育に対する需要の増大を考慮してその基本計画を立案する場合、まず、高等教育の伝統的な履修形態以外の方法による教育の機会を拡充するとともに、教員確保の見通しを前提として高等教育の質的水準を維持するよう、その規模の拡大に一定の限度を設けることについて、あるいは、基本構想Ⅱの1と3で述べた標準履修年数や教育方法の改善について、真剣に検討する必要のあることを意味している。

「参考資料」 総合的な拡充整備のための資源の見積もり

第1 試算の方法
(1) 基準推計値
 1 小・中学校の場合
ア 6歳児の人口推計を基礎とし、入学率と進級率の実績から毎年度の学年別在学者数を求め、国・公・私立別の配分は従来の構成比の推移を考慮する。
イ まず、公立学校を基礎とし、学年別在学者数と現行の学級編制基準から学級数を求める。
ウ 学校規模別学級数の構成比の推移を考慮して学級数を配分し、これと学校規模別の教員定数基準から教員数を求める。
エ 教員数に対する実績比率から事務職員数を求める。
オ 男女別構成比の推移を考慮して教員数を男女に区分し、それらの年齢層別残留率から全教員の年齢層別構成を求め、これに教員給与表の初任給月額、年齢層別昇給倍率および年額修正係数を用いて教員給与費を求める。(ただし、初任給月額については、1人あたりの国民所得に対する実績上の関係を用いて上昇を見込む。)
カ 事務職員数とその平均給与額から事務職員給与費を、また、教職員給与費との実績上の関係から年金関係費を求める。(平均給与額については、オのただし書き)
キ 学級数と1人あたりの国民所得との実績上の関係から、人件費以外のその他の消費的支出を求める。
ク 新増築と改築の実績上の面積、学級数、建築単位から建築費を求める。(建築単価については、オのただし書き)
ケ 校地取得面積と買収の実績から土地費を、生徒数と1人あたり国民所得との実績上の関係からその他の資本的支出を求める。債務償還費は総支出に対する実績上の定率とする。
コ 公立学校の基準的な数値との対比から、私立学校の経費を求める。

(2) 高等学校の場合
ア 中学校卒業者数と上級学校進学率の予測式(付図1参照)から進学者数を求め、高専と国立高校の進学者の定数を控除したものを、公立と私立の実績上の構成比で配分し、公立学校について、全日制と定時制の実績上の比率の推移と進級率とを考慮して、それぞれの在学者数を求める。
イ 実績上の構成比の推移を考慮して、普通科と職業科の在学者数を求める。
ウ 学科別在学者数と教員定数基準から、教員数を求める。
エ その他については、小・中学校の場合のエ~コと同様とする。

(3) 大学(学部)の場合
ア 大学入学者数の予測式(付図2参照)によって入学者数を求める。
イ 入学者数を国・公・私立別の実績の構成比で配分し、さらにそれぞれの入学者数に進級率の実績を用いて在学者数を求める。
ウ 国・公・私立大学ごとに、専攻分野別構成比の実績を固定し、専攻別学生数を求める。
エ 国・公・私立別に、専攻別の本務教員(講師以上と助手に区分)1人あたり学生数の実績値と学生数から、専攻別本務教員数を求める。
オ 最近年度の実績から、専攻別・職名別の本務教員構成比とそれぞれの平均年齢を求め、それらが変化しないものとして、これに1のオと同じ方法を用いて教員給与費を求める。(オからキまでは国立大学の学部・大学院についてのみ)
カ 学生数と単位物件費から物件費を求める。(単位物件費については、1のオのただし書き)
キ 学生数の増と新増設の建築単価から文・理科系別の新増築費を、実績上の要整備建物面積とその場合の建築単価から文・理科系別の建物整備費を求め、その合計に補正係数を乗じて施設費を求める。(建築単価については、1のオのただし書き)
ク 公・私立大学については、国立大学の基準的な数値との対比から試算する。
ケ その他については、1のエ、カと同様とする。

(4) 短期大学の場合
ア 短期大学入学者数の予測式(付図2参照)によって入学者数を求める。
イ その他は大学の場合に準じてそれを簡略化した方式による。

(5) その他
ア 高等専門学校については、その規模のこれまでの伸びを考慮し、経費は1のオのただし書きによって上昇を見込む。
イ 附属病院・付属研究所の経費については、学部・大学経費との比例関係による。この場合、附属病院の収入に相当する額を、この経費から控除した。
ウ 上記の計算において、昭和51年から55年までの国民所得の伸びは、新経済社会発展計画による昭和44年から50年までの年平均伸び率を用いた。

2 課題別推計値(年度別単位経費の増は、基準推計値の場合と同様とする。)

(1) 幼稚園教育の普及充実
 5歳児の75%を幼稚園、25%を保育所に収容するため、私立幼稚園の伸びでまかなわれないものを公立幼稚園に収容する。4歳児、3歳児も従来の伸び率を見込む。

(2) 特殊教育の拡充整備
 昭和47年~55年に基本構想Ⅰの7のすべてを実施する場合を示す。(完成時の特殊教育諸学校生徒数は112,000人、その教員数は30,600人、訪問教員等は3,400人)

(3) 先導的試行の実施
 昭和49年から、幼児学校(4~7歳児)を国立10、公立46、私立10、4歳児から17歳までの全段階を含む実施校を国立3、公立46、私立10設けた場合を示す。

(4) 教員再教育の「大学院」の創設
 入学定員2,000人、教員400人の2年制の「大学院」を創設し、昭和50年から研修員を受け入れる場合の創設費・運営費・研修員給与を示す。

(5) 新任教員の研修の実施
 昭和48年から中学校と高校の教員、51年から小学校教員について実施する場合を示す。

3 政策変動値

(1) 教員給与の改善
 第2編第1章の3項で述べた初任給の引き上げその他の改善措置を、昭和48年~52年の間に漸進的に実施した場合を示す。(教諭の上級の等級の定数は、幼・小・中・高でそれぞれ5、10、15、20%とする。)

(2) 初等・中等教育の改善
 昭和48年から単位教育費(生徒1人あたりの人件費以外の消費的支出)を国際水準の傾向線に近づけ、55年までに教員数を現在の基準より9%程度増加し、事務職員の教員数に対する割合を、小学校7%、中学校8%、高等学校12%までに増加した場合を示す。

(3) 高等教育の改善
 私立大学の専攻分野別の教員・学生比率および単位教育費の国立大学との格差を、昭和55年までに半分に縮小し、教員・職員比率についても格差を解消する場合を示す。

(4) 「大学院」・「研究院」の拡充
 高等教育の普及度に対応して修士・博士の学位取得者が増大する国際的な傾向と今後における高等教育の教員需要を考慮し、「大学」卒業者数に対する「大学院」、「研究院」の入学者数の割合を、昭和45年度における5.1%、1.7%から、昭和55年度までに、それぞれ12%、3.2%まで増加させるとともに、教員の充実をはかる場合を示す。

(5) 人材需要に対応する専攻分野別構成比の調整
 高等学校および高等教育における専攻分野別構成比を、今後における人材需要の見通しを考慮して適切に調整することは、なお、専門的に検討すべき問題が多いので、この試算では取り上げなかった。

4 教育投資総額
 基準推計値と課題別推計値のそれぞれに対して、前項で述べた政策を、その1~4の順序で実施した場合の変動量を加算した教育投資総額を求め、国民所得と比較する。

5 負担区分推計値
 教育投資総額のうち、義務教育以外の学校に関する授業料等の受益者負担額を控除したものを公費負担額とし、そのような受益者負担の水準に対応する奨学事業の規模を求める。

(1) 受益者負担額の推計
 昭和55年度の高等教育の受益者負担額の水準を、国民1人あたり個人消費支出に対して、国立では20%、私立では40%となるよう、48年度から漸進的にその水準に近づける(付図3参照)。高等学校と幼稚園については、公立の受益者負担額の水準が、国民1人あたり個人消費支出と同じ率で伸びるものと仮定し、昭和55年度までに公立と私立の受益者負担額の水準が均等になることを目標とした場合を示す。

(2) 奨学事業の規模の推計
 高等教育における学生生活費は、1人あたり国民所得との相関で伸びるものとして、国立と私立および自宅と自宅以外に区別して計算する。高等学校生徒の所得階層別分布の平均値と標準偏差は、1人あたり国民所得との相関から年度別に推計する。そして各世帯の学費適正負担額は、世帯人員1人あたりの所得額を原則とするが、生活保護基準相当(標準偏差の2倍だけ平均値より低い値)以下は0とし、高所得階層は負担額を漸増させる。このようにして求めた学生生活費、所得階層分布および適正負担額から、奨学金受給率(昭和55年度で38%)と奨学金所要年額を計算し、奨学事業規模を求める。
 なお、「大学院」については「大学」と同等とし、「研究院」の学生は、全員に教員の初任給に相当する奨学金を支給すると仮定する。高校生については、1人あたり国民所得との相関から所要の事業規模を求める。

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-- 登録:平成21年以前 --