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三.言葉遣いの中の敬意表現

1 円滑なコミュニケーションと敬意表現

 社会生活は人と人とのコミュニケーションによって成り立っている。コミュニケーションとは我々が伝えたい情報や、自分自身の考え、気持ちをお互いに伝え合うことである。コミュニケーションを円滑に行うこと、すなわち話し手が伝えたいことを摩擦を起こさずに確実に相手に伝えることによって、社会の中で自分を生かし、安定した社会生活を送ることが可能となる。そのためには言葉遣いの上で次のような工夫が必要である。
 まず、伝えたい内容を正確にまた過不足なく伝えるための工夫がある。例えば、文の主語と述語の的確な対応、理由と結論などの論理的な対応、目的に応じた文章や談話の適切な組立てなどである。
 次に、伝えたいことを平明で的確に表現するための工夫がある。例えば、一般になじみの薄い外来語や専門語などの難解な用語、あるいは整理されていない複雑な談話構成などは避けて、内容を理解しやすい平明な言葉遣いを的確に選ぶことである。
 これらは、主として情報や考えを論理的に述べ、分かりやすく伝えるという面で円滑なコミュニケーションを支える言葉遣いの工夫である。
 ここで取り上げる敬意表現は、以上のような工夫とともに、人間関係を円滑に保ちながら意思疎通を図る上で大切な言葉遣いの工夫である。すなわち、自分自身の考えを言葉で確実に伝えつつ、相手や場面への配慮を示す敬意表現を使うことによって、円滑なコミュニケーションが可能となる。我々は敬意表現によって、人間関係や社会生活をより円滑にすることができるのである。

2 敬意表現の概念

(1)敬意表現とは

 敬意表現とは、コミュニケーションにおいて、相互尊重の精神に基づき、相手や場面に配慮して使い分けている言葉遣いを意味する。それらは話し手が相手の人格や立場を尊重し、敬語や敬語以外の様々な表現からその時々にふさわしいものを自己表現として選択するものである。
 「相互尊重の精神」とは、一人一人の人間を大切にするという基盤に立って、相手の人格を互いに尊重する精神のことを言う。
 「相手に配慮する」とは、相手の状況や相手との人間関係に配慮することである。話の内容によっては、話題に上る人に対しても配慮を及ぼすことになる。
 「場面に配慮する」とは、会話が行われている場面や状況に配慮することを言う。「場面」には例えば、会議や式典といった改まった場面、職場や買い物などの日常生活の場面、親しい友人や家族とのくだけた場面などがある。そのほかに商談の場面、教育の場面、懇親の場面など様々な目的に応じて異なる場面がある。
 「使い分けている」とは、内容のほぼ同じ複数の表現の中から、その時々の人間関係や場面にふさわしいものを選択して使うということである。我々は、それぞれの社会ごとに期待されている言葉遣いの慣習を目安にしてふさわしい表現を選択している。
 「自己表現」とは、自己の人格、立場、態度を言葉遣いで表すことを言う。様々な表現の選択肢の中からどれを選ぶかによって、話し手がどのような人間であるかということが、その人らしさとして表れるということである。
 なお、上述の敬意表現は、話し手の側から述べたものであるが、聞く側においても同様のことが言える。聞き手は、相手の言うこと、言わないことを、立場や場面に配慮しながら理解することが必要であるが、それが敬意表現を支えるものとなる。このように、双方向で相手や場面に配慮した言葉遣いをしたり、理解したりすることによって円滑なコミュニケーションが成り立つことになる。
 また、敬意表現は、話し言葉ばかりでなく書き言葉においても見られるものである。さらに、言葉以外の種々の側面、すなわち、表情、身振り、行動、服装などにまで広げて考えることもできるが、ここでは言葉、主に話す側から見た話し言葉に関係するものを扱うこととする。敬意表現のような言葉遣いは、他の言語においてもそれぞれの社会の在り方に応じて存在する。

(2)敬語と敬意表現

 日本語の敬語は、古代から現代に至るまで種々の変化をたどりながら、一貫して人間関係を踏まえた言葉の使い分けのための言語形式として存在してきた。したがって、敬語使用は日本の社会や文化の在り方を言葉遣いの上に反映するものであり、日本人の言語生活に重要な位置を占めている。
 昭和27年の国語審議会建議「これからの敬語」は、従来の複雑な敬語を廃し、民主主義社会にふさわしい平明・簡素な敬語の在り方を示した。これは当時の社会においては画期的な提案であり、これまでの国語審議会が敬語について示した唯一の見解である。
 ここに示された内容のうち、「相互尊敬」を旨とすることや、過剰使用を避けることなどは現代においても継承されるべきものとして、本答申はこの考えを受け継いでいる。一方、「これからの敬語」は、敬語のみを扱っているが、本答申では相手や場面に配慮した言葉遣いは敬語以外でも行われていることに注目し、敬語に加え、敬語を使わずに配慮を表す表現も含め、「敬意表現」として扱うものである。
 敬意表現とは次のようなものを言う。例えば、本を借りたいとき、親しい人に対しては「その本、貸してくれない↑」とか「この本、貸してほしいんだけど」などの言い方ができる。これらの言い方は敬語は使っていないが、前者は「~てくれる」という恩恵を示す言葉、「~ない」という否定形と語尾を上げることで、また、後者は「~てほしいんだけど」と最後まで言い切らない言い方を使うことで相手への配慮を表している。一方、相手が親しくない人の場合には、「御本を貸していただけませんか」「御本をお借りしてもよろしいでしょうか」などの言い方をするであろう。両方の言い方とも相手の本なので「御(ご)」を付け、「~ていただく」や「ます」という敬語や、「お~する」や「です」という敬語を使っている。さらに、前者では「~ませんか」と否定の質問の形、後者では「よろしいでしょうか」という許可を求める質問の形をとっているが、このように敬語だけでなく、様々な言い方を用いて相手への配慮を示すことができる。
 また、場面や相手の状況に応じて言葉を加えることもある。例えば、「ちょっといい↑」、「すみませんが」などの前置きの言葉や、「ちょっと読みたいので」「図書館で見付からなかったものですから」などの理由を説明する言葉である。このような表現も相手に対する配慮を表すものである。これらの言葉には「悪いけど」「恐れ入りますが」のような多くの場面で繰り返して使われる形の決まったものもあるが、場面に応じてその都度現れる形の決まっていないものもある。
 このほか、状況に応じて、相手が気持ちよく思うことを言ったり、はばかられることを婉曲に言ったり、何も言わなかったりすることもある。声を優しくしたり重々しくしたりすることなどによって配慮を表すこともできる。また、手紙にするか、電話にするか、直接会って話すかなどのコミュニケーションの手段の選択も含まれる。

(3)敬意表現の実際

 敬意表現は様々な配慮に基づいて選ばれる表現であり、それらはコミュニケーションを円滑にする種々の働きをしている。

ア 敬意表現にかかわる配慮

 敬意表現にかかわる配慮の種類には人間関係に対する配慮、場面に対する配慮、内容に関する配慮があり、それに加えて相手の気持ちに対する配慮や自分らしさを表すための配慮もある。これらの配慮は、幾つかが重なって互いに関連しつつかかわってくるものである。

A.人間関係に対する配慮

 多様な価値観や暮らしぶりが共存する現代社会で、人々はいろいろな立場や役割を持ち、様々な相手とコミュニケーションを行っている。そこでは、相手と立場や役割が同じか異なっているか、親しいかどうかなどに配慮して、それにふさわしい言葉遣いを選ぶことが求められている。

[同じ立場の相手に対する配慮]
 同じ立場の相手とは、例えば同年配の友人同士、職場の同僚同士などの関係にある人を言う。そうした相手に対しては、一般的には、相互に尊重し合う対等な相手として接する配慮がある。その配慮に基づき、例えば、親しい間柄であれば、くだけた場ではお互いに「ありがとう」と言うが、親しくない相手であれば、お互いに「ありがとうございます」と言うなど、基本的に対等な言葉遣いが見られる。
 また、同じ立場の相手であっても、改まった場面では、相手を立て、自らを控える配慮をすることがある。会議の出席者という意味で同等の立場の人が、会議で発言する場合、例えば、「先ほどの御意見で分からないところがあったのですが」と言ったとする。この例で、質問者は、「意見」の前に「御(ご)」を付けて相手のことを立て、会議という場面に配慮して、「です」を用いた言葉遣いをしている。また、「よく分からない」という言い方は、十分な説明を受けてもなお分からないという場合だけでなく、相手が説明不足であってもそれを責めず、自分が理解不足であるように言うことによって謙虚さを表す場合にも使われる。一方、それに対して発言者も「私の説明が不十分で・・・」と自分の方が説明不足であるという控え目な態度で説明を加えることによって相手への配慮を表す。相手の謙虚さに対し、自分も謙虚さで応じるということである。

[異なる立場の相手に対する配慮]
 異なる立場の相手とは、例えば職場などでの役割の異なる関係、年齢の異なる関係にある人などを言う。そのような相手に対しては、一般的には、役割や年齢などの違いを適切に認識して接することが、相手に対する配慮になる。
 組織の中での場合を例にとると、仕事上で部長が、「企画書を作ってくれない↑」と親しく言い、部員は「はい、分かりました」と丁寧に答えるなど、立場や役割が異なる間柄では、その異なりに応じた言葉遣いが見られることがある。一方、「企画書を作ってもらえますか」「はい、分かりました」のように、どちらも同じくらいの丁寧さで言うこともある。いずれにしても、基本的には相互尊重の精神に立った配慮をすることが重要である。

[親しい相手か否かによる配慮]
 親しい相手とは、例えば家族、友人など気の置けない関係にある人を言う。親しいか否かを区別し、親しい相手には打ち解けて接し、そうでない相手に対しては距離を置いて接する配慮がある。そこには、親しい相手にはくだけた言葉遣いをし、親しくない相手には丁寧な言葉遣いをするという使い分けが見られることが多い。例えば、家族や友人など親しい相手には「暑いね」と言うが、そうでない人には「暑いですね」と丁寧な言い方をすることが多い。
 また、これと似たものとして、仲間内か否かによって言葉遣いを使い分ける配慮がある。

B.場面に対する配慮

 現代の社会生活は、様々な人々が多様な場面で触れ合う中で営まれている。話し手には、その場面の状況や改まりの程度に配慮した、それにふさわしい言葉遣いが求められている。
 会議や儀式など公の場面は改まりの程度が高く、家族の団らんや買い物などの日常生活の場面は改まりの程度が低い。一般的に、改まりの程度の高い場合には丁寧な、改まりの程度の低い場合にはくだけた言葉遣いが選択されている。
 例えば、日常の場面では「それ、どういう意味↑」と聞いてしまうような親しい相手に対しても、会議の場面では「それはどういう意味でしょうか」又は、「先ほどの御意見で分からないところがあったのですが」と丁寧に言うことがある。これは、改まりの程度に関する配慮に基づく言葉遣いである。

C.伝える内容に関する配慮

 伝える内容がどのようなものであるかに配慮し、それにふさわしい言葉遣いをする。
 例えば、同じ相手、同じ場面であっても、大切な用談と気楽な雑談とでは伝える内容の性格が異なるので、言葉遣いが変わることが多い。
 また、相手に負担を掛けることを言わなければならないような場面では、その負担に応じた配慮をすることが多い。
 例えば、友人に約束の時間を変更してもらうような場合、「悪いけど、急な仕事が入ったので、待ち合わせの時間ずらしてくれない↑」のように言うことがある。予定を変更することによって相手に負担を掛けることへの配慮が、「悪いけど」という前置きの表現、「急な仕事が入ったので」という理由を述べる表現、「~てくれない↑」という文末表現によって表されている。

D.相手の気持ちや状況に対する配慮

 相手の気持ちや状況に対する配慮とは、相手の置かれた状況に応じた相手の気持ちを理解して、相手のことを思いやる配慮である。この配慮の中には相手が負担に思ったり不快になったりしないように計らうことが含まれている。こうした配慮から、相手に対する優しさを表す言葉遣いをしている。
 例えば、会社で忙しそうにしている相手にコピーを頼むとき、「忙しいときに悪いんだけど、これコピーしてくれない↑」と指示するのは、相手の置かれた状況に関する配慮に基づく言葉遣いである。
 また、ビルの玄関で、重いドアを引き開けて中に入ろうとしたところに、後ろから大きな荷物を持った人が来たため、その人に道を譲る場面を考えてみる。「押さえていてあげますよ」と言うと、恩恵を押し付けられたように感じさせることもあるが、「(押さえていますから)どうぞお先に/どうぞお通り下さい」のように言えば、相手の気持ちを軽くする言葉遣いとなる。また、優しい声で「どうぞ」と言えば、それだけでも優しい思いやりが伝わる。
 相手が病気などで調子が悪いときは、「無理しないでいいから」と言い、良いことがあったときには、「良かったね」と共に喜ぶ。相手が悲しい状況にあるときには、「御心中お察しします」、「大変だね」と言ったり、あえて何も言わなかったりするような配慮に応じた言葉遣いがある。

E.自分らしさを表すための配慮

 これまでは、相手や場面、内容に対する配慮について見てきたが、それだけでなく、話し手はコミュニケーションの場で、自分の置かれた立場やとるべき態度を自覚して、多様な表現の中から自分にふさわしいものを選択している。このことを自分らしさを表すための配慮と考える。
 例えば、自分を表す言葉には、「わたし」「わたくし」「あたし」「ぼく」「おれ」「わし」などがあるが、話し手はその中から自分の性や立場などにかんがみて、どれが使いたいか、どれを使うべきかを決定する。
 また、自分らしい言葉遣いとしてざっくばらんな言い方、あるいは丁寧な言い方を基調としている人たちがいる。その人たちがそれぞれの言葉遣いの基調をくずさずに、相手や場面に応じた言葉遣いをすることがある。また、仲間内の言葉、年齢にふさわしい言葉、方言などを使うことによって、自分がどの集団に属するかという自分自身の立場や態度を表すこともある。
 いずれの場合にも、選択する言葉によって、話し手の自分らしさが表れることになる。

イ 敬意表現の働き

 敬意表現は、アに挙げたような様々な配慮に基づいて選択される言葉遣いである。コミュニケーションを円滑にする上で、敬意表現は次の六つの働きをしている。

  • 相手との立場や役割の異同を示す
  • 相手との関係が親しいか否かを示す
  • 場面が改まっているか否かを示す
  • 伝える内容の性格を示す
  • 相手の気持ちや状況に応じて思いやりを示す
  • 自分らしさを示す

-- 登録:平成21年以前 --