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第22期 国語審議会 第3委員会(第14回) 議事要旨

1.日時

平成12年11月9日(木曜日) 午後2時~午後4時30分

2.場所

文化庁特別会議室

3.出席者

委員

水谷主査、上野、甲斐、中野、楢崎、山口各委員(計6名)

文部科学省

文部省関係官(嶋野)

オブザーバー

小池国語課長ほか関係官(浅松、石垣、野村、野山)

4.議事要旨

〔経過概要〕

  1. 前回の議事要旨を確認した(担当調査官朗読)。
  2. 第3委員会に寄せられたパブリックコメントの全体的な傾向や個々の意見の内容を確認した。
  3. パブリックコメントにおける指摘を踏まえ、「第22期国語審議会・第3委員会試案国際社会に対応する日本語の在り方(案)」について、修正を加えるべき箇所と、具体的な修正案について検討し、11月16日(木曜日)の合同委員会に提出する「国語審議会答申案原案「国際社会に対応する日本語の在り方」」の内容を確定した。なお、細かい字句や表現の調整については、主査及び事務局に一任することとした。
  4. 11月17日(金曜日)に第3委員会(第15回)を開催する必要があるかどうかは、11月16日(木曜日)の合同委員会終了後に判断することとした。
  5. 協議における主な意見は次のとおり。

〔「1 国際社会における日本語」、「2 日本語の国際化を進めるための方針」について〕

○ 文化の多様性を尊重する国語審議会の基本姿勢や、1、2の大筋について、パブリックコメントで特に異論は出されていない。第3委員会試案全体について賛成だとする意見は幾つも来ている。

○ 10年前なら異論が出ていたかもしれない。いいタイミングで提案できたと思う。この答申によって、日本人全体に、国際化について、ある意味での自信を持ってもらえると良いと思う。

〔「多様な日本語学習需要に応じたきめ細かな学習支援」について〕

○ 日本語教育と日本語学に従事する者同士の連携が必要だという指摘があった。これについては、日本語教育の内容・方法の改善に当たって、日本語研究や国語教育など関連領域と連携を図ることが大切だという内容を本文に付け加えるといいのではないか。

○ 日本語をいかに習得させるかの具体策についても取り上げるべきだとする意見があった。しかし、国語審議会の答申は大所高所から施策の大きな方向を示すものであり、具体的な教育方法までは述べなくてよいと考える。

○ 教育方法については様々な理論や実践があり、特定のものを推奨すれば別の考えを持つ人から反対意見が出るであろう。これは学会で議論すればよいことであると思う。

○ 日本語教師の社会的身分の保全や待遇改善についても提案すべきだという意見があったが、そのような事項についての具体的な提言は、日本語教育に関する協力者会議などが行っている。国語審議会としては、試案にあるように、多様な学習需要に応じた日本語教育の推進を提言し、日本語教育やその指導者育成の重要性を述べることで、大局的見地から支援するのが適当であろう。

○ 職業としての日本語教師とボランティア活動の一環としての日本語学習支援者の役割分担の必要性を述べた意見も出ているが、それは、地域に居住する外国人に対する日本語支援において、政府、地方自治体、日本語教育機関、日本語教育専門家、地域住民などが、それぞれの果たし得る役割を認識し、相互に連携協力していくことが大切だと総括的に指摘したくだりに含まれている内容である。

〔「コミュニケーションにかかわる言語能力の重要性」について〕

○ 「近年、大学生や社会人に、明晰な発話や明快な文章表現を行う力が付いていないという批判が聞かれる」という試案の記述に対し、「明晰な発話」については昔も今も日本人はその訓練に欠けているという認識を示すべきだという意見がある。しかし、近年、大学生の学力低下や新入社員の国語力の低下がしばしば指摘されているのは事実であり、第3委員会でもこれに関連する議論があったことから、今の形の記述になっているものである。

○ 互いの同質性を前提としない、明確な自己表現のための日本語の在り方を提案しているはずなのに、一方で伝統的な察し合いのコミュニケーションの価値を述べているので、主張が不明確になっているという意見も出ている。しかし、国語審議会が提案しているのは、日本人としての主体性と異文化への対応力の両方を有し、確かで柔軟な言語能力を備えた人間像である。したがって、日本人の伝統的なコミュニケーションの価値やそれを説明できる能力についても記述しておくことが必要である。

〔「外来語・外国語増加の問題」について〕

○ 試案が打ち出した外来語・外国語取扱いの方針については、この項目を特に取り上げて支持する意見と、試案全体に賛同する意見とを合わせると、10件を超える。試案の方針に異論を唱えたものは1件である。語例の追加を求める意見は2件出ているが、いずれも個人の立場で述べたものであり、試案が対象としている自治体や報道機関からは出されていない。外来語・外国語増加の問題に対する考え方については、大方の支持を得たと言えるであろう。

〔「姓名のローマ字表記の問題」について〕

○ 試案が示した姓名のローマ字表記の基本的な方針に対しては賛成意見が20件、反対は7件であった。学校教育における指導については、慎重にすべきだという意見と積極的に行うべきだとする意見が共に出されている。「YAMADA Haruo」のような具体的な書き方についても、姓と名の間に「、」を打つべきだなどの意見が幾つかある。

○ 「姓-名」順表記を個人に強制すべきでないとの意見もあったが、国語審議会はもともと、国語審議会としての考え方を示して官公庁や報道機関、あるいは教育においてその趣旨が生かされることを希望しているのであり、個々人のコミュニケーション場面における使用を規制しようとはしていない。

○ これまで第3委員会や総会で議論を積み重ねてきており、パブリックコメントでも全体として賛成意見が多いのだから、基本的な方針を動かす必要はないであろう。「、」を入れるなど具体的な表記の例示について、検討しておきたい。

○ 個人のサインでも姓を大文字にして「、」を打つのか。違和感があるように思うが……。

○ サインはつづり字の1字1字の形が見えるように書くものも、そうでないものもある。ここではサインの問題ではなく、ブロック体の手書きや活字における表記のことを考えればいいのではないか。また、厳密にはそのようにローマ字使用の場合分けを考える必要があるが、今回の提案はその前段階の仕事であり、そこまで含めると分かりにくくなると思う。

○ もともとの表記と順序を逆転していることを示すために「、」を打つのだから、姓名順の日本名表記に「、」を挟むのは変だという考え方もある。パブリックコメントで「、」を入れるべきだという意見を寄せた人は、学術関係で「、」を入れて日本人名を姓名順にローマ字表記してあるものなどを念頭に置いているのであろうが、「、」は元の順序と逆であることを示すのだという意識を強く持っている人は、違和感を持つことも予想される。

○ 従来の慣習に基づく誤解を防ぐための移行措置のようなものとして掲げるのだから、本来はおかしいと言われる形でもいいという考え方もあろう。一つ気になっているのは、教育現場で硬直的な指導が行われないかということである。「YAMADA Haruo」という例を出せば、そのとおり書かなければバツにするようなことが起こるのではないかと懸念する。

○ 教科書にどう取り入れられるかの影響が大きいと思う。各教科書会社の判断で導入すると、統一性がなくて教えにくいという批判が出ることが予想される。一方で、全教科書に一律に導入させれば、上意下達だとの批判が出るであろう。複数の例を挙げると、すべてを取り入れなければならないと受け取られる傾向がある。現在のように、「例えばYAMADA Haruoのように姓をすべて大文字で書くなど」と「など」で幅を持たせることで十分だと思う。

○ 「YAMADA Haruoのように姓をすべて大文字で書くなど」とまで書かずに「姓名(YAMADA Haruoなど)の順とすることが望ましい」とするのが良いのではないか。

○ それはかえって拘束力が強いように感じられるのではないか。

○ 英字新聞で、中国や韓国の人名は大文字表記や「、」など特別な表示をせずに「姓-名」順で書かれている。これは文化の違いが認識されているということである。従来、日本人の姓名を「姓-名」順で表記している英字新聞もあり、その場合も特別な表示はしていない。今回示す例は誤解を防ぐための移行措置であり、将来到達すべき形ではないのだから、幅を持たせて例示しておくのが良い。誤解を防ぐための方法には、姓を大文字にすることと「、」を入れることがある。念を入れるなら二者を重複させることもあろうが、その形(YAMADA、Haruo)までは示さなくてよいであろう。今回は飽くまで移行措置である。むしろ、我々日本人の意識を変えることが一番の問題である。

○ 具体的な文案として、「「姓-名」(Yamada Haruo)の順とすることが望ましい。なお、従来の慣習に基づく誤解を防ぐために、例えばYAMADA HaruoやYamada,Haruoと書くなどの方法で「姓-名」の構造を示すことも考えられよう。」とするのがいいのではないか。

○ おおよそ今の提案のような形で文案をまとめることにしてはどうか。〔委員会了承〕

○ 教育現場へのメッセージは、「姓-名」順に表記すべきだということと、誤解を防ぐための工夫をすべきだということの二つになるのか。

○ 今の形ではそうである。そのことも含め、事務局とも相談して考えながら、本日話し合った趣旨を生かして具体的に文案を作り、合同委員会に諮ることとしたい。〔委員会了承〕

〔その他の問題について〕

○ パブリックコメントで、ローマ字表記の統一を求める意見や、正書法についての議論を求める意見も何件かあった。

○ それらは、今回の答申で取り上げることはできないと思われるが、将来の検討課題になり得るものとして、受け止めておくことが適当であろう。ほかにも、検討課題として意識される事項があれば挙げておくことにしたい。

○ それぞれの文化圏の慣習を生かすのであれば、漢字で書いた中国語圏や朝鮮半島の人の名を、それぞれの固有の音で読むべきだとする意見がコメントの中にあったと思う。これは重要な指摘だと考える。その地域での発音をなるべく生かすやり方を、日本語の中に取り入れるべきである。

○ 賛成である。逆に、私の姓名を中国語音で呼ばれると、自分ではないような感じがする。

○ 鳩山内閣のころ、中国の新聞が日本人名を、本来の日本人名の発音と類似の音を持つ漢字を並べて表記したことがあった。しかし、このやり方は不便なので、すぐに廃止された。

○ 漢字文化圏の人名については、漢字表記と発音による表記とを工夫して使い分けるのが良いのではないか。

○ 今回は国際社会への対応に関する最初の答申なので、抽象度が高い。将来は、今のようなことも含め、より具体的な問題に言及することも必要になっていくであろう。

○ 私は、ローマ字のつづり方について検討する必要があると思っている。学習指導要領の改訂に際しても、ローマ字に関する事項は国語審議会が決めることだということで手を加えず、以前のままの内容になっている。しかし、実際の表記の上で問題がある。例えば町の地名表示に長音を表す要素がなく、「大分」は「オイタ」と同じ表記(Oita)になり、人名でも「大野」と「小野」を区別せずにOnoと表記することがあって、正しい発音を知っていなければ読めないといったことである。

○ 第2公用語論の問題も、国語と密接に結び付いているので、文化審議会国語分科会が適当かどうかは分からないが、どこかで扱ってほしいと思う。

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