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国語審議会 第2委員会(第16回) 議事要旨

1.日時

平成10年4月13日(月曜日) 午後2時30分~5時

2.場所

法曹会館 「富士の間」

3.出席者

委員

 水谷主査、小林副主査、樺島、小池、輿水、土谷、林、前田(富)、三次、緑川、渡邊各委員(計11名)

文部科学省

 清水会長
 鎌田国語課長ほか関係官(浅松、清水、氏原、野村)
 文部省関係官

オブザーバー

 通産省工業技術院(堀越)

4.議事要旨

〔経過概要〕

  1. 前回の議事要旨を確認した。(清水補佐朗読)
  2. 従来の「論議の概要」で、「表外字」としてきたものを今回の「論議の概要」から「表外漢字」と変更することが了承された。
  3. 協議における主な意見は次のとおり。

○ JIS漢字字典における字体認識(字体差とデザイン差のとらえ方)の紹介があったが、我々第2委員会としては、当用漢字表以来の字体認識にのっとって考えていくのだということを改めて確認しておきたいと思う。

○ ただ、JIS漢字字典のような字体認識を持っている人たちがいることは事実であるし、そのような観点から、国語審議会に対して意見が出されることも想定しておく必要がある。

○ 本日は、1許容字体の選択の仕方(選定条件は何か)、2表の体裁をどうするか(形式、順序など)、3論議の概要をどうするか、の3点について論議し、特に1を中心に検討したいと考えている。1については資料を見ながら検討していくことになるが、既にこの資料では「本表」で示そうとする字種の候補が240字程度に絞り込まれている。この240字の中で、これはデザイン差だから外せとか、この字は必要だから入れるべきだというような意見を出してほしい。例えば、キバの問題についてはデザインの違いに位置付けてよいか。
 それから、先ほど委員から説明のあった「」のようなケースはどのように考えたらよいか。

○ キバの問題はキバの字形だけでなく、キバを部分字形として含む他の漢字にも適用されるデザインの違いと認定してもよいと思うが、「」のつくりは「屏」には及ぼせないと考えている。モチに関しては、「餠」でなく「」を標準字体とするだけの根拠があると思うが、それは「」に限った話で、それを「屏」にまで及ぼして「屏」とするのは、駄目だということをここで確認したいと思う。

○ 今の「」のように標準字体の字形にかかわるものは、ほかにもたくさんあるのか。

○ 240字程度にまで絞り込んできたわけだが、「」のようなものは例外的な存在として浮き上がってきたものである。したがって、この例をもってドミノ倒し的に他の漢字に及ぼしていくということにはならない。こういうものが出てきたら個別に取り出して、一字一字検討していくべきものである。

○ この問題が浮上してきた経緯というのは、漢字出現頻度数調査の凸版調査で「」「餠」「餅」の出現数が、それぞれ「1774」「1」「1」となっていたことからである。前回の資料にも出したが、伝統的な活字字形としては「」が用いられてきたのではないかということである。ただし、これは今の御発言にあったように極めて例外的なものである。

○ 凸版の頻度調査と結果が一致しており、明治以来の伝統的な印刷文字字形としては「」であったと言えるのではないか。今回の標準字体は、論議の概要でも、明治以来の活字字体と位置付けられているので、「餠」でなく「」を標準字体とすることは問題ないと思う。「くさかんむり」についても明朝体としての伝統的な字形は3画であり、康熙字典体(4画)とは違うが、標準字体は3画の形でいいと思う。

○ 賛成である。明治以来の伝統的な活字字形として、康熙字典体と違う字形で来たものをここで康熙字典体のとおりに改める必要はない。

○ 表外字におけるデザイン差の問題を考えていくには表内字と表外字を区別して、表外字だけに適用される別要素も加えながら、デザイン差の考えを持つべきだという第2委員会の共通認識ができつつあると思う。別要素とは、具体的には「論議の概要-6.1」の7ページにある「牙、、」と「喰、」であるが、もう少し具体例を加える必要があるだろう。また、「芦、」をデザイン差として加えるかどうかも検討したいと考えている。

○ 明治以来の日本人の字体認識では、「牙、、」などはデザイン差とするのが自然だったと思う。当用漢字字体表やそれを受け継いでいる常用漢字表では、細かく字体差を見ていると思うが、これはむしろ特殊な在り方だったのではないかと感じている。

○ 今の御意見はもっともだと思うが、先ほどのJIS漢字字典のような字体認識を持つ人たちからはすぐに疑問の声が挙がるだろう。国語審議会では、字体の差とデザインの差とをこのように考えているということをはっきりと打ち出すべきである。

○ 康熙字典の例を見ても、キバについては緩やかな字体認識がうかがえる。漢字教育においても、このようなおおらかさが必要であろう。

○ そうはいっても、具体的な活字字形の一つを用いて字体表に示すわけである。その場合、どの一つを選ぶのかが問題である。一つ一つの字について検討するとなると大変である。

○ 一つ一つ検討するということではなく、既に合意されているように、基本的に大蔵省印刷局の明朝体を用いることになる。同じ構成要素(部分字形)でデザインの違いが目立つようなところは、場合によっては字形修正してもらうこともあり得るのではないか。

○ 例えば、印刷局書体の「訝」が出てくるが、同じ印刷局書体の「呀」や「谺」とキバの部分字形を合わせる必要があるか。「訝」に修正した方がいいのか。

○ 私は今のままで構わないと思う。これはデザインの差だとどこかで説明しておけばよい。

○ そのような形で納得してもらえるかどうか気になる。デザインの違いだと説明してあっても、その辺の不整合を批判する声が出てくるのではないか。慎重に議論すべきである。常用漢字表でも基本的には統一している。

○ 字体表を出すときには部分字形に整合性がないと混乱すると思う。デザイン差として認めた上で、整合性にも配慮する方がよい。

○ 今の話だと、例えば、龍の一画目は縦がいいのか、横がいいのか。

○ それはデザインにかかわるところで、審議会がそこまで決めるのは踏み込み過ぎである。

○ 確かに、今のような「縦・横」の問題はデザインの差だと思う。印刷局書体の場合、両者(縦・横)が入り交じっており、見た人が不統一だと感じるのではないか。例示する字形は、見栄えからいうと統一した方がよい。

○ 便宜上、印刷局書体を用いるわけであるから、それほど整合性を気にする必要はないと思う。それよりもこのままの字形で出して、漢字のデザインがこんなにバラバラでいい加減なものだということを世の中の人に知ってもらうという考え方もあり得るのではないか。

○ 今の「縦・横」の問題などは、個々の漢字をデザインするときに縦の方がいいか横の方がいいかという、活字デザイナーの判断が働く領域だろうと私は理解している。したがって、両方(縦・横)あるからいい加減であるというような性格の問題ではない。

○ 例示する字形が必要以上の標準性を持つおそれがあるので、そのままの字形で出した方が、デザイン的なゆれがあることを世の中の人に理解してもらうのに役立つだろうということだ。

○ デザイン差だからどちらでもいいということは明記しておかなければならない。

○ 当然明記して出すことになると思うが、デザイン差だと断ったにしても、常用漢字のように例示字形にそろってくる可能性が高い。したがって、どの字形で出すかは慎重に考えたい。

○ 「籾」のような例はほかにあるのか。また、「薩、」の問題は字体の差と考えるのか、デザインの差と考えるのか。

○ 「籾」の類は、「叱」や「閏」くらいだと思う。薩の件は、画数も変わらないので、諺などと並べてデザインの違いとすればよい。「稽、」や、よく話題になる「噂、」、「芦、」などもデザイン差だと私は考えている。

○ 今のは、JIS漢字字典の考えで行けばすべて字体の違いということになる。

○ 先ほどの御意見だと、デザイン差に位置付けられるものが常用漢字表に比較して大幅に増えるので、一般の人には分かりにくくなるのではないか。

○ 字体については余り細かい違いを気にせず、おおらかに整理するという気持ちで申し上げたのであるが、世の中に受け入れやすい線を考えていくことも確かに必要であると思うので、慎重に考えたいという趣旨には賛成である。

○ 私は「薩、」などは字体の差だと考える。漢字出現頻度数調査でも、「薩」や「諺」は極めて頻度が低い。頻度が低い字形をわざわざデザイン差と称して挙げるには及ばない。

○ 許容字体という言い方でいいのかどうか、午前中の字体小委員会でも検討したが結論が出なかった。簡略字体としたいというような意見も出ていたが、ここで改めて論議したい。

○ ある漢字に関しては、略字体(例えば、「曾」に対する「曽」など)が標準字体に位置付けられるという逆転の可能性はないのか。

○ 今までの論議の中ではそうなる可能性を持つものはないと思う。ただし、モチの場合は「餠」でなく「」を標準字体にしようということなので、逆転の例に近いかもしれない。

○ なるべくニュートラルな言い方がいい。許容字体という言い方を使うと、それに対応する標準字体という言い方に、標準の意味合いが強く出すぎるようで気になる。

○ 確かに、許容字体という言い方を用いると標準の意味合いを強めるかもしれない。ただ、簡略字体という言い方も、現在対象となっている字体が簡略化された結果出てきたわけでもなく、今後簡略化を目指すわけでもないのでどうかと思う。

○ 簡略という語を使った場合、一般の人がどう受け止めるのか心配である。簡略だから使わないと思うのか、これからは使おうと思うのかが気になるわけである。

○ 簡略字体であるにしても、そのすべてを認めるわけではない。認めるものと認めないものとを分けて示す場合には、やはり許容のニュアンスを伴うのが自然であろう。資格審査(認めるか認めないか)を加えるなら、許容字体のままでよいと思う。

○ 標準字体として出すものがしっかりした根拠を持つものであれば、一方は許容字体という言い方でもよいと思う。ただ、「よく使われているから」というだけでは、基本的にこれを使うべきであるというような強制力を持った標準字体とすることは難しいと思う。

○ 今の御意見は、標準字体をどのような性格のものとして位置付けるのかという問題として考えていくべきことで、許容字体という言い方をどうするかという問題とは性格が異なる。

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