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 ヒト胚性幹細胞を中心としたヒト胚研究に関する 
基本的考え方

平成12年3月6日 
科学技術会議生命倫理委員会 
ヒト胚研究小委員会


目  次


はじめに

第1章  ヒト胚研究をめぐる動向
  1.体外受精とヒト胚研究
  2.ヒト胚性幹細胞の樹立
        (1)胚性幹細胞の樹立
        (2)胚性幹細胞の性質
        (3)ヒト胚性幹細胞の応用
  3.クローン胚等の研究
        (1)クローン胚研究
        (2)キメラ胚、ハイブリッド胚研究
  4.諸外国の対応
  5.我が国における対応

第2章  ヒト胚の研究利用に関する基本的考え方
  1.基本認識
  2.ヒト胚の位置付け
  3.ヒト胚の研究利用に関する基本的考え方

第3章  ヒト胚性幹細胞について
  1.基本的考え方
  2.ヒトES細胞の樹立の要件
        (1)ヒトES細胞の樹立に用いることが可能なヒト胚
        (2)ヒトES細胞の樹立にヒト胚を使用する際の留意点
        (3)ヒトES細胞を樹立する必要性
        (4)インフォームド・コンセント
        (5)樹立機関の満たすべき要件
        (6)ヒトES細胞の樹立に関する手続き
  3.ヒト胚性幹細胞の使用する研究の要件
        (1)ヒトES細胞を使用する研究の目的の限定
        (2)ヒトES細胞を使用する必要性
        (3)禁止事項
        (4)使用するES細胞についての要件
        (5)ヒトES細胞を使用した研究の成果の取り扱いについて
        (6)使用機関の満たすべき要件
        (7)ヒトES細胞を使用する研究に関する手続き
別添1  ヒトES細胞樹立のためのヒト胚提供における
          インフォームド・コンセント等のあり方

別添2  ヒトES細胞樹立機関の満たすべき要件
別添3  ヒトES細胞樹立に関する手続き
別添4  ヒトES細胞使用機関の満たすべき要件
別添5  ヒトES細胞を使用する研究に関する手続き

第4章  ヒトクローン胚等の取り扱いについて
  1.ヒトクローン胚等の取り扱いについての基本的考え方
        (1)生命倫理委員会における議論
        (2)ヒトクローン胚等についての基本的考え方
        (3)ヒトクローン胚について
        (4)キメラ胚について
        (5)ハイブリッド胚について
  2.ヒトクローン胚等の規制について
        (1)規制の考え方
        (2)個別審査の考え方

第5章  情報公開等

第6章  今後の課題
        ヒト胚研究に関する基本事項(提案)

おわりに

(参考)インフォームド・コンセントに際しての説明文書・同意書イメージ

用語集




 はじめに 

   21世紀は生命科学の時代であるといわれるほど、近年の生命科学の発展には実にめざましいものがある。近年の生命科学は、生命現象が分子レベルの設計図であるDNAに基づいてプログラムされており、これに外部の環境要因が作用して複雑な生命現象が営まれていることを次第に明らかにしてきている。生命現象の解明が進むにつれ、生命科学をどこまで人間に適用すべきかという生命倫理の問題を検討する必要が生じている。
  そのような中、平成9年2月には、ほ乳類の成体の体細胞の核を除核未受精卵に移植することにより同じ遺伝子をもつクローン個体を作り出すことに成功したことが発表され、畜産分野等への応用が期待されるとともに、人のクローン個体の産生が現実的な問題として認識されるに至った。
  また、平成10年11月には、身体を構成するあらゆる細胞へと分化が可能な胚性幹細胞がヒトの初期胚(受精卵)から樹立されたことが発表され、将来的には移植用の細胞、組織、臓器等の作成を通じて医療等への応用の可能性が期待されるとともに、ヒト胚をどこまで利用することが許されるのかという問題を投げかけている。
  これら最先端の生命科学の人間への適用については、クローン小委員会が法律により罰則付きで禁止すべきとした人の体細胞からの人クローン個体産生のように、踏み越えてはならない一線があるとともに、医療等に極めて高い有用性が認められ、倫理的な配慮の下に、慎重に実施することが必要な研究もあると考えられる。
  このような中、ヒト胚性幹細胞の樹立を契機として、生命倫理委員会の下に当小委員会が設置され、ヒト胚性幹細胞を始めとするヒト胚を対象とする研究における生命倫理の側面からの審議を附託された。また、クローン小委員会の検討において残された課題であったヒトクローン胚等を扱う研究についての検討も引き継がれた。本報告書は、これを受けて、基本的には自由な研究活動が、社会との関わりを深めていく中で制約を受けるべき点を明らかにするため、ヒト胚を扱う研究の基本的考え方及びヒト胚性幹細胞等を扱う研究を行う際に具体的に考慮されるべき点を示し、生命科学の研究活動が社会と調和をとりつつ行われるための方策について提言するものである。 

第1章  ヒト胚研究をめぐる動向 

1.体外受精とヒト胚研究 

   昭和53年の英国におけるヒトの体外受精の成功は、体外で受精させた受精卵を母胎へ移植することにより、新生児を生み出すことを可能にした。また、これらに加え、排卵誘発剤や受精卵の凍結保存技術等を含めた生殖医療の発展は、余剰胚と呼ばれる、不妊治療に使用されないヒト胚を生みだすこととなった。
  この様なヒト胚は、不妊症の原因究明や生殖医学発展のための基礎的研究などの医学の研究上重要な対象として、一部は生殖医療に関する研究のために使用されてきた。我が国においては昭和60年に日本産科婦人科学会において承認された会告に基づき、精子・卵子・受精卵を取り扱う研究に関しては研究を開始する前に同学会に登録の報告を行うことになっており、昭和60年度から平成11年度までの間に、生殖医療の発展のための基礎的研究及び不妊症の診断治療に貢献することを目的とした研究課題が、合わせて約100件登録されている。 

2.ヒト胚性幹細胞の樹立 

(1)胚性幹細胞の樹立 

平成10年11月に米国のウィスコンシン州立大学においてヒトES(Embryonic Stem)細胞が、ジョンズ・ホプキンス大学においてヒトEG(Embryonic Germ)細胞が、それぞれ樹立(試験管内で長期にわたって性質を安定的維持して培養することが可能な状態で取り出すこと)されたという論文が発表された。
  ES細胞とは、受精卵が個体へと発生するごく初期の段階に存在する細胞で、昭和56年にマウスにおいて細胞株として樹立が報告されたのをはじめとして、ほ乳類では、ミンク、ハムスター、ブタ、マーモセット、アカゲザルなどの動物において樹立が報告されている。ヒトの場合、ES細胞は受精後5〜7日目の胚盤胞を壊して内部の細胞を培養することにより樹立された。
  EG細胞とは、将来精子や卵になる細胞(始原生殖細胞)から樹立される細胞で、ES細胞とほぼ同じ性質をもつことがマウスの実験で知られている。ヒトの場合、EG細胞は妊娠5〜9週の死亡胎児から始原生殖細胞を取り出して、ES細胞と同様に培養することにより樹立された。
  ES細胞は通常「胚性幹細胞」と訳され、EG細胞は「胚性生殖幹細胞」などと訳されるが、本報告書では、これらES細胞とEG細胞を総称して「胚性幹細胞」と呼ぶ。 

(2)胚性幹細胞の性質 

ES細胞は、

1)三胚葉(神経や皮膚に分化する外胚葉、筋肉、骨や生殖細胞などに分化する中胚葉、消化管などに分化する内胚葉)のいずれへも分化することができる性質を有している。
2)通常の細胞は一定の回数分裂するとそれ以上は分裂しなくなるのに対して、何度でも分裂できる性質(不死性)を保持している。
3)染色体数に異常がなく、通常の体細胞と同数である状態を維持し得る。(ガン細胞や、他の不死化した細胞においては分裂に伴って染色体の数が通常の数から増減することが多い。)
4)特定の酵素の活性が高いことなどのES細胞特有の分子生物学的な特徴をもつ。 
  等の特徴を共通にもっている。このような性質はEG細胞においても見られる。
  受精により新たな生命が誕生する生物(有性生殖を行う多細胞生物)においては、全身の細胞は1つの細胞すなわち受精卵から発生、分化して作られる。このように細胞が全身のあらゆる細胞へと変化する能力を持っている場合、その細胞は全能性を持っているという。このような細胞としては受精卵や発生初期の細胞が知られているが、胚性幹細胞に関しても全能性を持っていると考えられている。しかし、ES細胞が受精卵と異なるのは、ES細胞の核の除核卵への核移植や胚への導入を行わない限り、ES細胞のみでは個体に発生することはない点である。
  動物の胚性幹細胞は培養細胞として増殖、維持させることが可能であることや、キメラ胚の形成を通じて次世代へ子孫を残すことが可能であるため、遺伝子操作された個体を作り出す際に遺伝子操作を施す細胞として適している。このため、動物の胚性幹細胞に対して遺伝子操作を行うための研究が多数行われており、各種の研究分野で非常に有用な研究材料として利用されている。 

(3)ヒト胚性幹細胞の応用   

  ヒト胚性幹細胞については、医療面からの期待が大きい。現在、移植医療においては、移植用の組織や臓器等が世界的に非常に不足しているが、ヒト胚性幹細胞を適切な条件下において増殖させることによって移植用の材料を作成することからである。
  すでに、マウスによる研究では、胚性幹細胞から血液、血管、骨、心臓の筋肉、ある種の神経などの細胞を試験管の中で作り出すことが可能となっており、ヒト胚性幹細胞に同様の操作を施せば、白血病の治療の際に用いられる造血幹細胞、脳内神経伝達物質の欠乏が見られるパーキンソン病の治療のための神経伝達物質を分泌する細胞など、治療に際して必要な移植用の細胞の作成が可能である。
  今後、技術が進歩すれば臓器を作成することも可能であると考えられているが、臓器は多くの種類の細胞から構成されるとともに非常に複雑な構造を有しているので、試験管内において移植可能な臓器を作成することには困難を伴うことが予想されている。このため、ある特定の臓器にヒト胚性幹細胞由来の細胞を集合させることを制御することが可能になれば、動物個体の中に人の臓器と同じものを作成する方法が有望であると考えられている。
  また、胚性幹細胞は、種々の動物において研究がすすんでおり、様々な研究手段が確立されていること、全能性を持つことなどから、ヒト胚性幹細胞を使用することは、ヒトを対象とした生命科学の基礎研究においても有用であると考えられる。
  さらに、ヒト胚性幹細胞が化学物質などの影響を受けやすい性質を利用して、医薬品の効果の判定、毒性試験などへの応用も考えられる。
  しかしながら、これらの応用の可能性がある反面、ヒト胚性幹細胞は、ヒト胚等を壊して樹立する必要があるという問題点がある。また、ガン細胞と同様に無限に増殖する性質を持っているため、分化処理が不完全であると腫瘍を引き起こす可能性があること、全能性を持っていることから使い方によっては生殖細胞に分化する可能性があり胚性幹細胞の遺伝子が後代に伝わる可能性があること、胚性幹細胞に遺伝子操作を加えたものを生殖細胞に分化させる、核移植するなどの方法により、人に対する遺伝子操作につながるおそれがあるものであること等から、使用に当たっては慎重な取り扱いが必要である。 

3.クローン胚等の研究 

(1)クローン胚研究 

  平成9年2月に、英国においてヒツジの成体の体細胞の核移植によるクローン個体が産生されたという報告によって、人クローン個体の産生の試みがいずれは行われるのではないかとの懸念が世界中に広がった。そのような中、個体産生を目的としない研究として、平成10年11月に米国において、ウシの除核未受精卵にヒトの体細胞の核を移植したクローン胚を作成し、このクローン胚から胚性幹細胞に似た性質の細胞を樹立したとの報道がなされた。また、ヒトの体細胞核をウシの除核卵に移植する研究については、我が国でもある大学において行われていたことが平成11年11月に明らかになった。この我が国の研究は、手続き及び研究内容が文部省の示す「大学等におけるヒトのクローン個体の作製についての研究に関する指針」に反するものであるとされた。さらに、平成12年1月には中国において移植用の細胞、組織等の作成を目指してヒトの体細胞の核を用いたクローン胚作成を行ったとの報道がなされた。
  核移植技術により作成されるクローン胚については、核の初期化と胚性幹細胞の樹立技術とを組み合わせることにより、免疫拒絶を起こさない細胞や組織を得ることが可能になると考えられている。ただし、マウスにおいては筋肉の幹細胞から血液幹細胞への転換が成功していることから、この核移植の方法が免疫拒絶を起こさない細胞や組織を得る唯一の方法というわけではないことも明らかになっている。
  また、細胞質に存在するミトコンドリアの異常を原因とする疾病の発症を予防するために、核移植技術を応用することについての可能性が指摘されているが、ミトコンドリアと核内の遺伝子との相互作用については不明なことも多く、治療への応用には十分な安全性の確認が必要である。
  このほか、細胞によって異なる核の初期化の条件とその機構を明らかにすることは、生物学的に極めて重要な研究課題である 

(2)キメラ胚、ハイブリッド胚研究 

  着床前の複数の胚(もしくは胚の一部)を結合させ、あるいは胚と胚性幹細胞を結合させた後、これを母胎に戻して発生させることにより、異なる胚由来の細胞が体の各組織で様々な程度に混ざり合ったキメラ個体を得ることが出来る。マウスなどでは、この様なキメラ個体の作成は、胚形成、器官形成、個体形成の仕組みを明らかにする方法として既に広く研究が行われている。同様のことは、ヒト胚やヒト胚性幹細胞を使用して行うことも可能であるが、ヒト胚と動物細胞を用いるキメラ胚研究は、それが個体の産生につながる場合には、ヒトの種としてのアイデンティティが曖昧な生物を作り出すこととなる。現在のところ、それぞれの胚由来の細胞が体の各組織に混ざり合う態様を制御する技術は確立していないが、ヒト以外の動物胚とヒト胚性幹細胞を用いたキメラ胚による個体産生については、前述のように近い将来に特定組織のみにヒト胚性幹細胞由来の細胞を集める技術が開発され、医療応用が可能となることも予想される。
  生殖技術の発達はまた、異なる動物種間での人為的受精によるハイブリッド胚及び個体の作成を可能としている。ヒト精子またはヒト卵子を用いて他の動物とのハイブリッド胚を作成し、母胎で生育して個体を産生することは、ヒトの種としてのアイデンティティを脅かすものである。ハイブリッド胚に関連して、現在のところ、ハムスターなどの動物卵を用いた、ヒト精子の受精能力検査が一部で行われている。 

4.諸外国の対応 

 1)イギリス
  イギリスにおいては、ヒト胚の研究利用に対しては、「ヒト受精・胚研究法」(1990年)により体外受精等と併せた規制がなされており、事前にヒト受精・胚機構(HFEA)の許可が必要である。ヒト胚研究の許可を受ける際には、受精後14日以内の利用であることの他、不妊治療を進展させること、先天的疾病の原因に関する知識を増進させることなどの定められた研究目的に該当することが必要である。
  ヒト胚性幹細胞の樹立や核移植を伴うヒトクローン胚の作成は、これらの目的に該当しないことから、現在研究について許可を得ることはできない。また、許可なく人の配偶子を動物の生きた配偶子と混ぜ合わせることは禁止されている。
  平成10年12月にヒト受精・胚機構及びヒト遺伝子諮問委員会(HGAC)の共同報告書「生殖・科学・医療におけるクローニングの問題点」が公表され、ヒト胚研究により得られる治療上の便益に鑑み、同法律のヒト胚研究に許可を与えることのできる研究目的に、ミトコンドリア異常症への対応法の開発、疾病状態にあるか又は損傷を受けた組織又は器官に対する治療法の開発の2つを加えることを検討すべきとの報告が出された。この報告書を受けて、現在、保健省内において、その提言について検討中である。 

2)フランス
  フランスにおいては、ヒト胚の研究利用は、「生命倫理法」(1994年)により、体外受精等と併せて規制がなされている。同法律では、ヒト胚を生命の始まりとして保護することを基本的な考え方としており、ヒト胚を扱う研究は原則禁止されているが、例外として、医学目的で胚を傷つけない観察研究のみ、国の委員会の審査により許可を受けた上での実施を認めている。研究目的で体外でヒト胚を作成することは禁止されている。
  この法律により、ヒト胚性幹細胞の樹立にヒト胚を使用することや核移植を伴う新たな胚の作成が、禁止されている。現在、生命倫理法の見直し作業を行っており、平成11年11月に国務院が首相にヒト胚性幹細胞の樹立のためのヒト胚研究を認めることなどを柱にした報告書を提出し、現在政府において生命倫理法の改正案の作成作業が行われている。 

3)ドイツ
  ドイツにおいては、ヒト胚の研究利用は、「胚保護法」(1990年)により、体外受精等と併せて規制がなされている。同法律では、ヒト胚はその受精の瞬間から生命として扱われるべきであるということを基本的な考え方としており、ヒト胚を扱う研究を行うこと、研究目的でヒトの胚を作成することは一切禁止されている。また、他の胚、胎児、人と同じ遺伝情報をもつヒト胚が生まれる事態を人為的に引き起こすこと(ヒトクローン胚の作成)、ヒト胚と、他のヒト又は動物の胚やヒト胚と一緒となって分裂が更に可能な他の細胞とを結合させること(キメラ胚の作成)、動物の配偶子とヒトの配偶子を受精させること(ハイブリッド胚の作成)、を同法律の明文により禁止している。
  現在のところ胚保護法の見直しに関する動きはない。 

4)アメリカ
  アメリカにおいては、ヒト胚の研究利用を民間の活動まで含めて規制をしている連邦法はない。毎年成立する予算支出に関連する法律により、厚生省(DHHS)が、研究目的でのヒト胚作成や、ヒト胚を破壊し、廃棄し、故意に傷つけ又は死に至らしめる研究に対して連邦資金を支出することを禁止しており、ヒト胚性幹細胞の樹立やクローン技術による胚の作成も連邦資金支出の禁止の対象に含まれている。
  平成11年9月に大統領倫理諮問委員会(NBAC)が、不妊治療の余剰胚を利用してヒト胚性幹細胞樹立を行うことに、連邦資金を支出することを認めるべきという報告書「ヒト幹細胞研究の倫理的問題について」を大統領に提出した。
  国立衛生研究所(NIH)は、ヒト胚性幹細胞の使用のみを行う研究に対して連邦資金を支出することは、上記法律には反しないとの解釈を打ち出しており、平成11年12月に、ヒト胚性幹細胞の使用に補助金を支出するためのガイドラインの案を提示して、意見公募を経て策定作業が行われている。
  また、現在、上院にES細胞を樹立する研究、使用する研究双方にNIHの助成を認める法案が提出されている。 

5)韓国
  韓国においては、ヒト胚を扱う研究やヒトクローン胚を作成する研究に関しては、現在法的な規制はなされていないが、人間の尊厳に害をもたらしうる行為として原則禁止し、新設する委員会の許可を受けない限り実施できないという「生命工学育成法」の改正案について審議が行われている。 

5.我が国における対応 

   我が国においては、ヒト胚の研究利用に関しては、日本産科婦人科学会の会告「ヒト精子・卵子・受精卵を取り扱う研究に関する見解」(昭和60年)により、学会の会員に対する自主的な規制が行われてきた。本会告は、ヒト胚を扱う研究は、生殖医学発展のための基礎的研究と不妊症の診断治療の進歩に貢献する目的のための研究に限り、提供者の承諾やプライバシーの保護、受精後2週間以内の使用、医師による取り扱い、研究開始の学会への登録などを要件として認めるとしているが、実施状況等のフォローアップはこれまで行われておらず、今後の課題となっている。
  これまで、国においてヒト胚の研究のあり方について検討が行われたことはなかったが、ヒト胚性幹細胞の樹立を受けて、ヒト胚性幹細胞の研究を始めとするヒト胚を対象とする研究について検討するため、平成10年12月に、科学技術会議生命倫理委員会の下に、当小委員会が設置された。
  また、クローン技術のヒトへの適用の問題が新たに浮上し、人クローン個体の産生の問題に加えて、胚の段階の研究についても議論を行う必要が生じた。文部省の学術審議会は、平成10年7月に、大学等においては、当面はヒトの体細胞(受精卵、胚を含む)由来核の除核卵細胞への核移植の研究を行わないとの方針を定め、これは平成10年8月に文部省の告示中に盛り込まれた。
  クローン技術のヒトへの適用について、民間も視野に入れた政府全体としての対応は、科学技術会議の生命倫理委員会において平成10年1月にクローン小委員会を設置して専門的検討が行われてきた。平成11年11月のクローン小委員会報告書「クローン技術による人個体の産生等に関する基本的考え方」は、成体の体細胞の核移植による人クローン個体の産生については法律により罰則を伴う禁止がなされるべきであること、他方、ヒトクローン胚に関する研究は、移植医療等に有用性が認められるが、人の生命の萌芽であるヒト胚の操作につながる問題や人クローン個体の産生につながるという問題があることから、やはり何らかの規制は必要であるが、罰則を伴う法律による規制よりも柔軟な対応が望ましいこと、などを指摘している。また、同報告書においては、人と動物のキメラ胚及びハイブリッド胚からの個体産生は、人クローン個体の産生を超える問題を有することが指摘されている。同年12月の生命倫理委員会決定「クローン技術による人個体産生等について」において、これらクローン小委員会の方針が了承されるとともに、当ヒト胚研究小委員会でヒトクローン胚等の取り扱いの規制の枠組みについて引き続き検討が行われるべきとされた。 


第2章  ヒト胚の研究利用に関する基本的考え方 

1.基本認識 

   ヒト胚の研究利用は、多くの医科学上の可能性に道を開くものである一方、人の生命の萌芽を操作するという点で人の尊厳に抵触しかねないとの危惧もある。また、体外受精の結果得られ、使用されずに廃棄されるヒト胚が存在することも事実である。そのような中、ヒト胚の位置づけについて考慮し、人の生命をその萌芽の段階から尊重しつつ、生物学、再生医学、生殖医学等に関する研究が倫理的に適切に実施されることを保証するために、ヒトの胚を研究利用することが許されるのか、許される場合にはどのような目的と条件においてどこまで許されるのかについて、遵守すべき事項を含めて検討する必要がある。なお、その際には、ヒト胚の提供者の心情等にも配慮が求められる。
  これまで我が国におけるヒト胚の研究利用は、国レベルでの包括的な議論が行われたことはなく、日本産科婦人科学会の会告に基づき、生殖医学発展のための基礎的研究等に限って行われてきた。こうした研究に加えて、第1章で述べたように、ヒト胚を用いたヒト胚性幹細胞の樹立などの新たなヒト胚研究の展開により、ヒト胚に関する研究の医療等への応用の可能性が高まり、ヒト胚の研究の許容性やあり方について検討が求められている。特に、ヒト胚性幹細胞は、その利用が長期にわたり継続的に使用されるものであり、発生・分化の基礎研究や細胞治療への応用に用いられる等の特徴を有することから、慎重な検討が必要である。
なお、これらヒト胚研究に特有の種々の側面についての社会の認識が高められる必要があり、今後、生命倫理委員会において、社会の意見を十分に汲み上げて議論を深めていく必要がある。 

2.ヒト胚の位置付け 

   我が国においては、体外受精の結果得られ、子宮に移植される前のヒト胚について、現在のところ民法上の権利主体や刑法上の保護の対象としての法的な位置付けはなされていない。しかしながら、ヒト胚は、いったん子宮に着床すれば成長して人になりうるものであり、ヒトの発生のプロセスは受精以降一連のプログラムとして進行し、受精に始まるヒトの発生を生物学的に明確に区別する特別の時期はない。
  したがって、ヒト胚はヒトの生命の萌芽としての意味を持ち、ヒトの他の細胞とは異なり、倫理的に尊重されるべきであり、慎重に取り扱わなければならないと考えられる。 

3.ヒト胚の研究利用に関する基本的考え方 

 上記のように人の生命の萌芽としての意味を持つヒト胚を、人の誕生という本来の目的とは異なる研究目的に利用し、滅失する行為は、倫理的な面から極めて慎重に行う必要がある。ヒト胚の研究利用は一切行われるべきでないという見解もあるが、ヒト胚性幹細胞の樹立のように、医療や科学技術の進展に極めて重要な成果を産み出すことが想定されることも事実である。
  以上の点から、ヒトの生命の萌芽として尊重されるべきという要請を考慮した上で、医療や科学技術の進展に重要な成果を産み出すため研究の実施が必要とされる場合には、不妊治療のために作られた体外受精卵であり廃棄されることの決定したヒト胚(余剰胚)を適切な規制の枠組みの下で研究利用することが、一定の範囲で許容され得ると考えられる。その際、研究者が、ヒト胚研究の倫理的・社会的な影響を考慮して、厳格かつ誠実に研究を行うという責任を果たすため、特に以下の遵守事項に従って研究が行われることが必要である。

1)研究材料として使用するために、新たに受精によりヒト胚を作成しないこと。
2)研究目的で提供されるヒト胚は、提供者により廃棄する旨の意思決定が既に別途、明確になされていること。
3)生命の萌芽たるヒト胚を用いる科学的な必要性と妥当性が認められること。
4)ヒト胚の提供に際しては、提供者が事前に研究目的と利用方法等の十分な説明を受けて理解した上で、自由な意思決定により提供に同意していること。
5)ヒト胚の提供と授受は、すべて無償で行われること。
6)ヒト胚の提供に際しては、提供者の個人情報が厳重に保護されること。
7)ヒト胚を扱う研究計画の科学的・倫理的妥当性については、第三者的な立場を含めて、研究実施機関において十分な検討が行われるとともに、国または研究実施機関外の組織による確認を受けること。
8)ヒト胚研究の科学的・倫理的妥当性の確認状況、実施状況、成果等が公開されること。 
  全てのヒト胚研究は、以上の基本的考え方に従うべきと考えられるが、研究の種類により、さらに個別的・各論的な検討が必要である。個別のヒト胚研究の在り方について具体的に検討する際には、研究の枠組みについて社会の理解が得られるよう、様々な立場や利害を考慮して議論され、その過程が公開される必要がある。また、検討の過程においては、ヒト胚が提供者の善意で提供されることに十分に配慮することが重要であり、研究においても、礼意を持ってヒト胚を扱う必要がある。
  次章以下で、ヒト胚性幹細胞の樹立等に関する規制の枠組み等を検討する際においても、生命の萌芽たるヒト胚が適切に取り扱われるよう、上記の基本的考え方に総合的に配慮し、検討を行った。
  また、ここに示した考え方は、生殖医学発展のための基礎的研究と不妊症の診断・治療の進歩に貢献する目的のための研究という限定のあった従来のヒト胚研究においても遵守されるべきものであり、この点については関係者の間で留意されるべきものと考える。 


 第3章  ヒト胚性幹細胞について 

1.基本的考え方 

   ES細胞の樹立は、人の生命の萌芽としてのヒト胚を用いるという点から慎重に行われなくてはならない。本委員会では、ヒトES細胞についてその恩恵とヒト胚を滅失するとの問題点を考慮し、樹立の是非について検討を行った。その結果、以下に示すような、厳格な枠組みの下であれば樹立を認める事ができるとの結論に達した。
  樹立されたES細胞を使用する研究においては、現在のところ核移植や他の胚との結合等を行わなければ個体発生にはつながることはなく、人の生命の誕生に関する倫理的問題を生じさせることはないが、ES細胞の由来するところに鑑み、慎重な配慮が必要である。すなわち、ES細胞が濫用されれば、いたずらにヒト胚の滅失を助長することにつながりかねず、樹立に際しての慎重な配慮を無にする結果となり得る可能性がある。また、あらゆる細胞に分化できる性質を持っていることから、倫理上の問題を惹起する可能性がある。このため、その使用についても、一定の枠組みを整備することが必要である。
  死亡胎児の組織を用いたEG細胞の樹立に関しては、人工妊娠中絶の意思決定とEG細胞樹立のための死亡胎児組織の提供の意思決定との関係や、我が国で行われている中絶方法など死亡胎児組織の利用に独自の倫理的・技術的問題に対する考慮が必要であり、、これらについて検討が行われるまでの間は樹立を行わないこととすべきである。
  他方、ヒト胚性幹細胞を扱う研究の規制の形態については、研究活動は、研究者の自由な発想を重視して本来自由に行われるべきであることを考慮する必要がある。
ヒト胚性幹細胞を扱う研究は、その樹立の過程でヒト胚という人の生命の萌芽を扱うという倫理的な問題があるものの、ヒト胚自体は現在のところ法的な権利主体とまではいえないこと、ヒト胚性幹細胞それ自体は個体の産生につながることはなく、その樹立及び使用に際して重大な弊害が生じるとはいえないことから、罰則を伴った法律による規制が不可欠なものではない。また、ヒト胚性幹細胞の研究は、まだ端緒についたばかりであり実績もほとんどない分野であることから技術的な進展に適時に対応していくことが必要であり、研究者の自主性や倫理観を尊重した柔軟な規制の形態を考慮することが望ましい。
  なお、科学技術の急速な進歩を考え併せると、常にこの研究の成果が公開され、規制の枠組みの見直しが行われるべきである。 

2.ヒトES細胞の樹立の要件 

   ES細胞の樹立に際しては、ヒト胚が濫用されないよう、使用されるヒト胚の条件や樹立過程における透明性の確保について厳格な要件を満たすことが必要である。また、第三者的な立場から要件の充足についての公正な確認が行われるべきである。樹立する機関及びその手続きについては、以下のような要件が満たされるべきである。 

(1)ヒトES細胞の樹立に用いることが可能なヒト胚 

  ヒトES細胞の樹立に用いるヒト胚は、不妊治療に際して生じ、やむを得ず廃棄されるいわゆる余剰胚に限定されるべきである。当初からヒトES細胞を樹立するための目的をもって、精子と卵子を受精させてヒト胚を作成することは、新たに生命の萌芽を作成し滅失するという行為を行うものであり、認めるべきではない。
  患者の体細胞の核を除核卵に移植し、患者と遺伝子が同一のクローン胚を作成し、そこからES細胞を樹立することにより、拒絶反応のない細胞や組織の移植医療を行うことも将来の可能性としては想定される。しかし、ヒトクローン胚の作成は、生命の萌芽を研究のために作成するという観点、さらに、母胎への移植を行えば、禁止されるべき人クローン個体の産生につながり得るものであり、その許容性については、慎重に判断されるべきである。現時点では、余剰胚から樹立されたES細胞を利用した研究の実績が蓄積されるのを待って、その医療への応用の可能性について評価した上で、その是非について再検討がなされるべきであり、ヒトクローン胚からのヒトES細胞の樹立は行わないものとすべきである。 

(2)ヒトES細胞の樹立にヒト胚を使用する際の留意点 

  第2章で述べたヒト胚研究に関する基本的考え方に基づき、ヒト胚の研究利用が適切に行われ、樹立機関が用いるヒト胚の数を可能な限り抑止し、提供されたヒト胚の漫然とした保管、他の目的への流用、譲渡を防止するため、樹立に用いられるヒト胚については、以下の条件が満たされるべきである。

1)凍結期間を除き、受精後14日以内のヒト胚を使用すること。
2)使用されるヒト胚は、インフォームド・コンセントや第三者的な立場からの確認が適切に行われる十分な時間を確保するために、凍結保存胚であること。
3)交通費等の必要経費を除き、ヒト胚の提供の対価が無償であること。
4)樹立に必要と認められる数以上のヒト胚の提供を受けないこと。
5)提供されたヒト胚は、遅滞なく樹立に使用すること。樹立機関における保管は、樹立計画に必要な範囲内に限ること。
6)ヒト胚の提供者(ドナー)からのインフォームド・コンセントが適切に取得され、その内容に則って使用されること。
7)提供機関から適切な手続きを経て提供されるヒト胚であること。 
(3)ヒトES細胞を樹立する必要性 

  ヒトES細胞の樹立は、必要最小限であるべきであるという趣旨から、質的な面も含めて必要なES細胞の供給が既に十分に行われている場合には、樹立を認めないこととすべきである。また、明確な研究目的があることを前提に樹立を認めるべきであり、樹立計画だけではなく、想定するES細胞を使用する研究の計画が併せて示されており、その計画がES細胞を使用する研究の要件に適合していることが必要である。 

(4)インフォームド・コンセント 

  不妊治療の余剰胚がES細胞の樹立のために提供される際には、ドナーの意思が尊重されるとともに、ヒト胚の提供機関内において、インフォームド・コンセントが内容面及び手続き面において適切に取得されていることが必須である。また、提供の打診を行う際には不妊治療の終了後に行うなどヒト胚の提供者の心情等に配慮することが求められる。
  インフォームド・コンセントの取得に当たっては 別添1 に示した点に配慮がなされるべきである。 

(5)樹立機関の満たすべき要件 

  ES細胞の樹立は、ヒト胚の濫用を避けるため、樹立機関内での十分な研究体制の確立や厳格な審査体制の確保、樹立過程の透明性の担保、樹立機関としての公的な役割、ヒト胚の提供者のプライバシーの保護、ヒト胚の提供機関の明確化等についての厳格な要件を満たすことのできる機関において、必要最少限の樹立が行われるべきである。この趣旨から樹立機関は 別添2 に示した要件を満たすことが必要である。また、ES細胞の樹立、配分等の状況を国が適切に管理することの必要性という観点からは、樹立が認められる機関は限定されるべきであり、当面の間は数機関を目途とすべきである。 

(6)ヒトES細胞の樹立に関する手続き 

  ES細胞の樹立は、樹立機関内及び国における厳格な確認、樹立状況の報告などに関して 別添3 に示した手続きに従って適切に実施されなければならない。 

3.ヒト胚性幹細胞を使用する研究の要件 

   本章の1.「基本的考え方」に基づき、ヒトES細胞を使用する研究は以下のような要件を満たすことが必要である。また、同項で述べたように、ヒトEG細胞については我が国における樹立は当面認められないとすべきであるが、輸入されるEG細胞の使用の許容性については、以下のES細胞の使用に関する条件を考慮しつつ、個別審査を行った上で判断されるべきである。 

(1)ヒトES細胞を使用する研究の目的の限定 

  ヒトES細胞は、医療・科学技術の向上のためにドナーから善意で提供されるヒト胚から樹立されるものであることを考慮するならば、その研究は、ヒトの発生、分化、再生機能等の解明を目的とした生命科学の基礎的研究、又は新しい診断法や治療法の開発や医薬品開発のための医学研究に限られるべきである。
  ES細胞は、第1章2.(3)「ヒト胚性幹細胞の応用」で述べたとおり、医療の応用への期待が高く、そう遠くない将来に実際に人への適用を伴う臨床研究が行われることも想定される。しかし、臨床研究は、医療行為の安全性という別の観点からの検討が必要であり、現行の一般的な臨床研究の基準や別途検討されるES細胞の臨床研究の基準を満たしたものであることが必要である。したがって、ES細胞の利用として臨床研究は想定されるものであるが、ES細胞の臨床利用に関する基準が定められるまでは、人個体へのヒトES細胞及びその分化した細胞、組織等の導入による臨床研究は認めないこととするべきである。 

(2)ヒトES細胞を使用する必要性 

  ヒトES細胞を使用する必要性がない研究にまでヒトES細胞の使用を認めることは、本章(1)「基本的考え方」で述べたように、ES細胞樹立に際しての慎重な考慮を無にすることになる。したがって、ヒトES細胞を使用する際には、動物のES細胞やヒトの組織幹細胞で研究が十分行われているなど、ヒトES細胞を利用する段階に進むことに十分な合理性があることが必要である。
  また、ヒトES細胞の濫用を防ぐ趣旨からも、ヒトES細胞が全能性を有し、生殖細胞等に分化できるものであることを十分に考慮した研究計画であることが必要である。 

(3)禁止事項 

  以下の研究は、個体産生が行われた場合の問題の大きさ、ヒト胚を扱う必要性などの面で、倫理的な問題が大きいため、禁止されるべきである。

1)ヒトES細胞から、除核卵への核移植などにより個体を発生させる研究
2)着床前のヒト胚へのヒトES細胞の導入
3)ヒトの胎児へのヒトES細胞の導入
4)ヒトES細胞を導入した着床前の動物胚からの個体産生 
  2)〜4)におけるヒトES細胞の導入の禁止については、ヒトES細胞を分化等させて得られた細胞、組織等の導入まで含めるものではないが、そのような研究に当たっても必ず、個別審査によりその妥当性が判断されるべきである。なお、2)については、どのような細胞を導入する場合でもヒトとヒトのキメラ胚の作成として禁止される(第4章)。
  このほか、着床前の動物胚にヒトES細胞を導入することは、ヒト胚に近い胚を作り出すことも可能であると想定されるため、当面は原則としてこれを認めるべきではない。動物の成体及び胎仔へのヒトES細胞の導入の妥当性は、個別審査により判断されるべきであるが、動物胎仔への導入についてはその分化の制御が容易でない場合もあり、特に慎重な審査を行うべきである。 

(4)使用するヒトES細胞についての要件 

  研究で使用するヒトES細胞については、その管理を徹底するため、以下の要件を満たすことが必要である。
1)樹立機関により供給されるES細胞であること。輸入されるES細胞については、我が国における樹立に関する条件を考慮しつつ、個別に検討する。
2)ヒトES細胞の樹立の際に得られたインフォームド・コンセントの内容に反しない使用であること。
3)ヒトES細胞使用機関からのES細胞の再配布を行わないこと。 
(5)ヒトES細胞を使用した研究の成果の取り扱いについて 

  ヒトES細胞樹立の元となったヒト胚が、医療や科学技術の向上のために、不妊治療の余剰胚の提供者からの善意に基づいて提供を受けていることに鑑み、ヒトES細胞を使用した研究の成果の取り扱いは、以下の考え方に基づいて行われるべきである。 

1)ES細胞と同様の全能性を持つ目印等を付けたES細胞について
・ES細胞と同様の全能性を持つ目印等を付けたES細胞の再配布は原則として禁止する。
・研究の再現性の確認のために、使用機関で作成された目印等を付けたES細胞の再配布が必要な場合には、例外的に再配布を認める。ただし、分配を受ける研究機関は、ES細胞の使用に準じた手続きをとることが必要であり、再現性の確認以外の目的で使用することは認めない。
・目印等を付けたES細胞については、原則として樹立機関から再配布することが望ましいことから、ES細胞の樹立機関に再配布を寄託することができることとする。
・目印等を付けたES細胞の特許の扱いは、ES細胞の樹立に準ずるものとする。( 別添210)参照 ) 

2)ES細胞を分化等させて得られた細胞・組織について
・ES細胞を分化等させて得られた細胞・組織の再配布、産業利用の取り扱いについては、ES細胞の樹立・配布の基本方針に照らして個別に検討する。この場合の検討は、ES細胞を使用する研究計画を審査する際に併せて行うものとする。研究計画で想定されていない成果が得られた場合には、新たに研究計画の審査に準ずる審査を行うものとする。
・上記の細胞・組織そのものではなく、研究の成果により得られた知見等を産業上利用する行為については、特に制限を設けない。 
(6)使用機関の満たすべき要件 

  ES細胞の使用に際しては、ES細胞の管理を徹底するとともに、その濫用を避けるため、使用機関内での十分な研究体制や厳格な審査体制の確保、ヒト胚の提供者のプライバシーの保護、透明性の確保等についての厳格な要件を課し、その要件を満たすことのできる機関において、使用がなされるべきである。この趣旨から使用機関は、 別添4 の要件を満たすことが必要である。 

(7)ヒトES細胞を使用する研究に関する手続き 

  ヒトES細胞の使用のみを行う研究についても、その管理を徹底するため、樹立に準じた厳格な手続き( 別添5 )のもとに行われるべきである。ただし、ヒトES細胞の使用のみを行う研究については、ヒト胚そのものの滅失を伴うわけではないことから、将来的には研究の実績を踏まえ、類型化がなされたものについてはその手続き等を見直すことも想定される。 



(第3章  別添1) 

 ヒトES細胞樹立のためのヒト胚提供における
インフォームド・コンセント等のあり方 


1.提供手続きの流れ 

1)樹立機関内審査委員会(IRB)による樹立計画の審査・承認(「説明文書」及び「同意書」案を含む。)
2)提供医療機関内IRBによる樹立計画の審査・承認(「説明文書」及び「同意書」案を含む。)
3)樹立機関から国への樹立計画の申請、国の確認
4)ヒト胚提供に関する「説明文書」および「同意書」のドナーへの交付
5)ドナーからの問い合わせに応じた関連事項の十分な説明
6)ドナーの同意(文書)
7)提供医療機関内IRBによるインフォームド・コンセントの確認
8)提供医療機関から樹立機関へのインフォームド・コンセントの取得・確認の報告(ドナーの個人情報は除く)
9)樹立機関から国へのインフォームド・コンセントの取得・確認の報告
(提出物は同意書ではなく、提供医療機関のIRBが確認した「証明書」) 
2.説明方法について 

1)提供医療機関の担当医が、「説明文書」および「同意書」をドナーに手渡す。
2)関心を示したドナーに対しては、「研究説明者」が説明する。提供医療機関は、ドナーが説明を求め易いような環境に適宜配慮する。 
  インフォームド・コンセントのための説明にあたっては、提供医療機関の担当医は「協力者」であり、ドナーからの求めに応じて簡単な説明はするが、担当医の説明がドナーの判断に影響を与えないよう、説明は樹立機関の「研究説明者」を主体としてなされる。樹立機関は、研究内容および関連事項について全て把握し、わかりやすく説明することができる「研究説明者」を配置する。説明文書には研究説明者の連絡先を記す。 

3.インフォームド・コンセントのために説明が必要な事項 

1)研究の目的、方法、予期される利用法
2)国の指針に適合し、IRBによって妥当性が認められた医学的・科学的に有用な研究であること。
3) 提供された胚は樹立過程で滅失すること。
4)ドナーの個人情報は、胚が樹立機関に移行する際には一切附属せず、ドナーのプライバシーが十分に保護されること。
5)樹立されたES細胞について、その特徴を知るために遺伝子解析を行う場合があること。それはドナー個人の遺伝子情報を知るためのものではないこと。
6)研究結果がドナー個人に知らされることはないこと。
7)樹立されたES細胞は、指針に適合したES細胞の使用研究を行う他の使用機関に無償で配布され、長期に渡って維持・使用される可能性があること。
8)将来、樹立されたES細胞を用いた研究の結果は、学会等で発表される可能性があること。
9)樹立されたES細胞そのものの授受により利潤が発生することはないこと。
10)医療上有用な成果が得られた場合、その成果から利潤が発生する可能性 があること。
11)胚の提供は無報酬であり、また将来に渡ってもドナーが報酬を受けることはないこと。
12)提供を拒否してもドナーの治療に不利益をもたらさないこと。同意しても治療に利益をもたらさないこと。
13)ヒト胚のドナーが特定可能な状態で提供機関に保存されている間はいつでも同意の取り消しが可能であること。樹立機関にヒト胚が移った後は同意の取り消しはできないこと。同意後少なくとも1ヶ月間は胚は提供機関に保管され、同意の取り消しが可能であること。 
4.その他 

1)ドナーにより、凍結保存胚の「廃棄」の意思決定が別途明確になされており、また研究に利用する可能性があるということが廃棄の意思決定に影響を与えないよう留意すること。
2)同意はドナーの夫婦双方から得ること。双方からの同意を得ることが不可能な場合には合理的な理由が必要であること。
3)同意について考える十分な時間を提供し、ドナーからの質問には十分に答えること。説明文書に問い合わせ先を記すこと。
4)ドナーとの連絡がとれない場合などインフォームド・コンセントの取得が不可能な胚を用いないこと。
5)同意取得後、最低1ヶ月は提供医療機関においてドナーの識別情報とともに胚を保存し、その間は同意の取り消しを可能とすること。
6)同意書は提供医療機関においてカルテと同等、またはそれ以上の厳密な機密管理の下に保管すること。樹立機関では同意書の写しを保管しないこと。
7)未成年者など同意能力をもたないとみなされる者は、ドナー候補からは除外されるべきであること。
8)必要な説明項目などインフォームド・コンセントに係る手続きは、常に、最新の科学的知見を反映させること。 



(第3章  別添2) 

 ヒトES細胞樹立機関の満たすべき要件 


1.樹立機関内での樹立体制及び審査体制の確保 

1)研究責任者、樹立機関の長の役割・責任を明確にすること。 
2)研究責任者及び研究者が、動物でのES細胞の樹立の経験を持つなど、ヒトES細胞の樹立に関して十分な専門的知識・技能を持っていると見られること。 
3)ヒト胚の取り扱いは、医師自ら又は医師の指導の下行うこと。 
4)ES細胞樹立に関して人員、設備、予算等において十分な能力を有すること。 
5)樹立機関内に研究計画の妥当性を判断するため、以下の要件を満たす審査委員会(IRB)が設置されていること。
・生物学、医学等関連する生命科学の諸分野、法学、生命倫理の専門家など、樹立計画の技術的、倫理的妥当性を審査するにふさわしい識見を有する委員から構成されていること。また、委員会の構成員には、複数の外部有識者が含まれ、男女両性が含まれていること
・委員が樹立計画を実施する者であるときには審査に関与しないこと。
・委員会の構成、組織及び運営手続きに関する規則等が公開されること。 
6)樹立機関内にES細胞樹立研究に際して守るべき技術的及び倫理的な事項を定めた規程が整備されていること。 
2.透明性の確保 

1)ヒト胚性幹細胞の樹立過程が、公開されること 
3.樹立機関としての公的な役割 

1)樹立機関は、樹立したES細胞を以下の条件により分配すること
  ・樹立したES細胞は、樹立機関の判断で独自に分配することなく、ES細胞使用研究の要件を満たした使用機関に対し、樹立、保存、輸送等に必要な費用を除き、無償で提供すること。
  ・ES細胞の使用機関から寄託されたES細胞と同様の全能性を持つ目印等を付けたES細胞を管理・分配すること。
・登録制度等の管理体制、データベースの整備など分配に必要な体制を備えること。 
2)ES細胞の樹立、保管分配などの記録を保存し、国へ定期的に報告すること。 
3)樹立過程に関する成果は公表し、樹立されたES細胞自体により売買等の利益を得ないこと。ただし、樹立した細胞や樹立方法について他の機関が特許を取得して独占することを防止する目的で、樹立機関が特許を申請することは認められるものとする。 
4)国が、資料の提出や立ち入り検査により記録の確認等を行うことを求めたときには、これに協力すること。 
4.ヒト胚の提供者のプライバシーの保護 

1)提供医療機関からヒト胚が樹立機関に移行される際には、ヒト胚のドナーに関する個人情報を、一切付属させないなど、樹立のために提供されるヒト胚の提供者の個人情報(プライバシー)の保護がなされること。 
5.ヒト胚を提供する医療機関の明確化 

1)ヒト胚を提供する医療機関(提供医療機関)があらかじめ定まっていること。提供医療機関は、別紙の要件を満たしていること。 
6.その他 

1)ES細胞の樹立過程等の研究を行うことを望む研究者等の要望に応じて、ES細胞の樹立研究や使用研究のための研究スペースの提供や共同研究の機会を提供すること。 



 <別添2  別紙> 

 ヒト胚を提供する医療機関の満たすべき要件 


ヒト胚を提供する提供医療機関は、以下の要件を満たしていることが必要である。 

1)提供医療機関は、ヒト胚を取り扱うに際して十分な実績と能力(凍結保存技術等)を有する医療機関であること。 
2)提供医療機関内において、樹立計画に対してヒト胚を提供することについて機関内審査委員会(IRB)の承認が得られていること。機関内のIRBは、1.5)に示したES細胞樹立機関のIRBと同等のものであること 
3)提供医療機関内において、提供されたヒト胚についての提供者の個人情報(プライバシー)の保護のための措置がなされていること。 



(第3章  別添3) 

 ヒトES細胞樹立に関する手続き 


1.樹立実施前 

1)樹立機関内の手続き
・研究責任者は、研究を実施するに当たって、事前に個別の樹立計画(樹立に際し、想定されるES細胞を使用する研究計画の概要を含む。)に関し樹立機関の長に承認を求め、樹立機関の長は、その機関内に設置された審査委員会(IRB)に対し、樹立計画の妥当性について、専門的意見を求めるものとする。
・IRBは、樹立計画が国の示す基準及び当該機関で定める基準に適合しているか否かについて第三者的・専門的立場から意見を述べ、その実施の可否について樹立機関の長に意見を述べるものとする。 
2)国の確認等
・樹立機関の長は、審査委員会(IRB)の承認が得られた場合には、国に対して、当該樹立計画の国の示す基準への適合性について確認を求めなければならない。国は、確認に当たって、様々な分野の専門家からなる専門委員会の意見を求める。専門委員会は、研究計画が国の示す基準に適合しているか否かについて第三者的・専門的立場から意見を述べ、国はそれに基づき、樹立機関の長に対し確認の結果を伝える。
・樹立機関の監督官庁ごとに専門委員会を設けるのではなく、審査が、一元的に行われるよう配慮されるべきである。 
3)樹立計画の承認
  樹立機関の長は、国の意見を受けて、樹立計画が妥当であると判断される場合には、樹立計画を承認する。 
2.実施状況の報告 

 1)研究責任者は、樹立の実施状況を樹立機関の長に随時報告するものとする。 
3.樹立完了後 

 1)研究責任者はヒト胚性幹細胞の樹立完了後、樹立の完了(失敗も含む)についての報告書を樹立機関の長に提出し、樹立機関の長は、上記報告を受けた場合には、国に報告書を提出するものとする。 
2)樹立機関の長は、樹立したES細胞の保管、分配等に関する管理記録を作成・保存し、年度末ごとなどに定期的に国に対して、樹立した細胞等の状況について報告する。 



(第3章  別添4) 

 ヒトES細胞使用機関の満たすべき要件 


1.使用機関内での樹立体制及び審査体制の確保 

1)研究責任者、機関の長の役割・責任を明確にすること 
2)研究者が、ES細胞が生殖細胞等に分化できる細胞であること等の性質を認識できることなどの十分な専門的知識・技能を持っていること 
3)使用機関内に研究計画の妥当性を判断するため、以下の要件を満たす審査委員会(IRB)が設置されていること。
・生物学、医学等関連する生命科学の諸分野、法学、生命倫理の専門家など、研究計画の技術的、倫理的妥当性を審査するにふさわしい識見を有する委員から構成されていること。委員会の構成員には、複数の外部有識者が含まれ、男女両性が含まれていること
・委員が研究計画を実施する者であるときには審査に関与しないこと。
・委員会の構成、組織及び運営手続きに関する規則等が公開されること。 
4)ヒトES細胞の使用履歴の使用機関内での保存、使用状況の樹立機関への登録、研究終了(廃棄)の通知を行うこと 
2.ヒト胚の提供者のプライバシーの保護 

1)ヒト胚提供医療機関に対しヒト胚に関する情報の提供を求めないなど、提供されたヒト胚とES細胞の関係が特定されないような措置がとられ、ヒト胚の提供者の個人情報(プライバシー)の保護がなされること。 
3.透明性の確保 

1)ES細胞を使用する研究については、知的所有権、研究の独創性などに考慮しつつ、公開されること。 
2)資料の提出を求めることや任意での立ち入り検査により、国が記録の確認等を行うことを認めること 



(第3章  別添5) 

 ヒトES細胞を使用する研究に関する手続き 


1.研究実施前 

1)使用機関内の手続き
・研究責任者は、研究を実施するに当たって、事前に個別の研究計画に関し実施する使用機関の長に承認を求め、使用機関の長は、その機関内に設置された審査委員会(IRB)に対し、研究計画の妥当性について、専門的意見を求める。IRBは、研究計画が国の示す基準や施設内で定めている基準に適合しているか否かについて第三者的・専門的立場から意見を述べるものとする。 
2)国の確認等
・使用機関の長は、審査委員会(IRB)の承認が得られた場合には、国に対して、当該研究計画の国の示す基準への適合性について確認を求めなければならない。国は、確認に当たって、様々な分野の専門家からなる専門委員会の意見を求める。専門委員会は、研究計画が国の示す基準に適合しているか否かについて第三者的・専門的立場から意見を述べ、国は、それに基づき、使用機関の長に対し確認の結果を伝える。
・使用機関の監督官庁ごとに専門委員会を設けるのではなく、審査が、一元的に行われるよう配慮されるべきである。 
3)研究計画の承認
・使用機関の長は、国の意見を受けて、研究計画が妥当であると判断される場合には、研究計画を承認する。 
2.研究実施中 

1)研究責任者は、研究の実施状況を使用機関の長に随時報告するものとする。 
3.研究完了後 

1)研究責任者はヒト胚性幹細胞の研究完了後、研究の完了についての報告書を使用機関の長に提出し、使用機関の長は、上記報告を受けた場合には、国に報告書を提出するものとする。 




第4章  ヒトクローン胚等の取り扱いについて 

1.ヒトクローン胚等の取り扱いについての基本的考え方 

(1)生命倫理委員会における議論 

  クローン技術等のヒトへの適用については、平成11年11月のクローン小委員会報告及びそれを了承した12月の科学技術会議生命倫理委員会決定において、以下のように結論が出されている。 

1)ヒトの成体の体細胞の核をヒト又は動物の除核卵へ移植することによる人クローン個体の産生については、法律により罰則を伴って禁止されるべきである。また、ヒトの初期胚の核をヒト又は動物の除核卵へ移植することにより個体を産生すること及びヒトの初期胚を分割することにより個体を産生することに関しても、これらの技術により個体産生が行われないように具体的な措置を講ずる必要がある。 
2)ヒトと動物のキメラ胚やハイブリッド胚を用いてキメラ個体等を産生する行為については、ヒトという種のアイデンティティを曖昧にする生物を作り出すものであり、刑罰を伴う法律等により、その産生を禁止するための措置を講ずる必要がある。 
3)ヒトクローン胚、キメラ胚及びハイブリッド胚の研究については、ヒト胚性幹細胞を扱う研究等ヒト胚に関連する研究のあり方についても議論が行われている当小委員会の検討結果を踏まえ、規制の枠組みを整備していくことが必要である。 
(2)ヒトクローン胚等についての基本的考え方 

  ヒトクローン胚、キメラ胚及びハイブリッド胚(以下、ヒトクローン胚等という。)の作成・使用は、人クローン個体、ヒトと動物のキメラ個体やハイブリッド個体の産生につながる可能性がある。また、ヒト胚の操作やヒト胚を研究目的で新たに作成することと同様の行為と捉えることができるという点から、倫理上の問題をはらむものである。しかし、卵子の細胞質に由来する特定の疾患の発症予防研究や、拒絶反応のない移植医療に関する研究等に当たっては、このようなヒトクローン胚等の作成・使用が有効な場合があることも想定される。
これらの点を考慮すると、ヒトクローン胚等を作成・使用する研究は原則として行うべきでないが、動物による実験が十分に行われており、ヒト細胞を用いて研究を行う事が必要な段階であるなど、科学的にその実施を是とする必要性がある場合に限り、厳格な審査により個別に実施の妥当性を判断する余地を残すことが必要であると考えられる。 

(3)ヒトクローン胚について 

  生命倫理委員会決定において言及されたヒトクローン胚のうち、現在のところ、厳格な審査により実施の妥当性を判断する余地があると想定されるヒトクローン胚の作成・使用を伴う研究は、特定の疾患の発症予防等のための研究であって他に代替手段が想定されない研究や、ヒトES細胞樹立に向けた核の初期化プロセス等の研究等クローン胚を用いなければ社会にとって有用な研究が進まないものに限られるべきである。
  なお、ヒトES細胞樹立に向けた核の初期化プロセスの研究等が個別の審査の結果認められたとしても、そこで使用される除核卵は、採取に際して女性の心身に対する負担が重いヒト卵を使用することの倫理的な問題点を考慮し、当面の間、動物卵に限られるべきである。このような研究においても、ヒトゲノムの発現によってヒトの細胞にきわめて近い細胞が生ずることが想定されるため、動物での実験等の準備期間を経て行うことが妥当と考えられ、慎重な個別審査が望ましい。なお、その際ヒト以外の動物の保護、管理等については、「動物の保護及び管理に関する法律」の精神に則って行うことは論を待たない。また、動物の除核卵にヒトの細胞の核を移植する研究が個別審査の結果認められたとしても、ヒトの核と動物のミトコンドリアを持つ胚をヒト又は動物の母胎へ移植することは、ヒトの種としてのアイデンティティを曖昧にする生物を産み出そうとする行為であり、罰則を伴う法律により禁止すべきである。
  第3章で述べたように、ヒトクローン胚からのES細胞の樹立自体は、現時点では行わず、余剰胚から樹立されたES細胞を利用した研究の実績が蓄積されるのを待って、その医療への応用の可能性について評価した上で、その是非の再検討がなされるべきである。 

(4)キメラ胚について 

1)ヒトと動物のキメラ胚
  ヒトと動物のキメラ胚については、個体が発生した場合にヒトと動物の細胞が混じり合った生物を生み出し、ヒトの種としてのアイデンティティを損なう生物を生じさせる可能性があるという点で重大な問題を有する。
  ヒト胚に他の動物の細胞を導入してキメラ胚を作成することには、医療等に応用するための有用性が想定されず、ヒトの生命の萌芽として尊重されるべきヒト胚を用いることの妥当性が認められない。このため、このようなキメラ胚を作成・使用することは禁止すべきである。特にヒトまたは動物の胎内にこのようなキメラ胚を移植し、個体を産生することは、本来ヒトとして生まれる個体に一部動物の細胞が混合した生物をその発生過程から作り出すことにつながり、ヒトの種としてのアイデンティティを損なうという意味で、罰則を伴う法律により禁止すべきである。
  他方、動物の胚にヒトの細胞を導入して得られるキメラ胚については、第1章で述べたように動物を利用して移植可能なヒト由来の臓器を産生する研究として有用性が認められる。ヒト由来の組織の発生箇所の制御が可能となった場合には、このようなキメラ胚から個体を得て、移植用の臓器を産生することに道を開く可能性がある。しかしながら、このようなキメラ胚についても、ヒト由来の組織を持つ生物に発生可能な胚を作成する行為として慎重に対応する必要があり、その研究の必要性について厳格な審査が必要である。特に、ヒト胚性幹細胞を動物胚に導入する行為についてはこれを認める段階にないと考えられる。現時点では発生する組織の制御という観点からは未成熟なものであり、個体産生については、これを禁止するための措置を講じ、技術の動向を見ながら慎重に対応をする必要がある。 

2)ヒトとヒトのキメラ胚
  ヒトとヒトのキメラ胚については、二系統以上の遺伝子を有する細胞が入り交じった個体の産生につながるものであり、ヒトの生命の萌芽たるヒト胚を用いて研究を行う具体的な必要性が現時点では想定されておらず、胚の作成の段階から禁止されるべきである。 

(5)ハイブリッド胚について 

  ヒトと動物の配偶子を受精させて得られるハイブリッド胚は、これを母胎に移植して個体産生に至った場合、ヒトの種としてのアイデンティティを損なう生物を生み出すこととなるものであり、母胎への移植を行わずに胚の段階にとどまる研究についても、原則として禁止されるべきである。
  なお、受精能力試験等のヒトの精子の検査については一定の有用性が認められ、2細胞期を超えて発生を進行させないことを条件に容認できると考えられる。 

2.ヒトクローン胚等の規制について 

(1)規制の考え方 

  ヒトクローン胚等を作成・使用する研究は、原則として行われるべきではなく、前述のような例外的にその実施を検討する場合においても、ES細胞の樹立と同様の厳格な審査により実施の妥当性を個別に判断する必要がある。
  また、厳格な個別審査の結果、クローン胚等を作成・使用する研究の実施が妥当と判断された場合においても、国がその際のクローン胚等の取り扱いのあり方を明示するとともに、その取り扱いの現状を国において把握することにより、クローン胚等の適切な取り扱いが行われることを国として担保する必要がある。そして、適切なクローン胚等の取り扱いから逸脱するような作成・使用者に対しては、クローン胚等の取り扱いが禁止すべきクローン個体等の産生とも密接に関連することから、国として必要な是正措置を講じることができる枠組みを構築することが必要である。従ってこれらの国の行為については、法律に一連の手続きとして位置付ける必要がある。
  なお、ハムスターの卵等を用いたヒトの精子の検査については、個体発生に至らないことから、医療機関内にとどまる簡略な手続きでよいと考えられる。 

(2)個別審査の考え方 

  ヒトクローン胚等を作成・使用する研究を個別に審査するに当たっては、以下の点に考慮しつつ、当該研究を実施する妥当性について慎重な検討を加えるべきである。 

1)個体産生に至らないよう適切な取り扱いがなされること。 
2)動物実験が十分行われてヒト細胞を用いた確認が必要な段階であるなど研究の必要性・妥当性が認められること。 
3)ヒト精子の検査のためのハイブリッド胚については2細胞期を超えて発生を進行させないことなど、胚の特徴に応じた研究期間の制限があること。 
4)ヒトの細胞を使用する際には、提供者のインフォームド・コンセントが適切に取得されること。 
5)ヒトの細胞の提供者のプライバシー保護が適切になされること。 
6)作成したクローン胚等の授受により商業的な利益を得ないこと。 

第5章  情報公開等 

   近年の生命科学技術における研究の急激な進展により、研究の内容が一層高度化、専門化し、その正確な内容の理解は容易ではなく、ともすれば国民一般の理解を超える状況が生ずるようになってきた。このため、これらの研究に対する漠然とした懸念が存在する。この点は既に、クローン小委員会報告書「クローン技術による人個体の産生等に関する基本的考え方」においても指摘されているところである。
  したがって、ヒト胚性幹細胞及びクローン胚等を扱う研究をはじめとするヒト胚を取り扱う研究の実施に当たっては、その研究に関する情報を公開し、研究の透明性を確保することにより、人間の生命に関連した科学技術に対する社会の疑問に答え、懸念を解消していくとともに、これら科学技術と社会のあり方について判断する材料を提供し、国民の理解を得て進めていくことが必要である。
このため、研究者自身が研究の実施状況及び成果の公開に配慮することはもちろんとして、国においても、研究の独創性や知的所有権に配慮しつつ、これらの研究の実施状況や研究成果、成果に基づく応用事例の積極的な公開に努めることが望ましい。
  また、研究活動の国際化が進む中、ヒト胚性幹細胞等のヒト胚に関する研究に対する考え方について国際的な情報交換や議論を深め、研究活動のあり方が国際的に協調したものになるよう努めていくことが必要である。 


第6章  今後の課題 

   本委員会において検討の中心としたのは、ヒトの生命の萌芽といえるヒト胚に関連した研究のうち、特に、樹立された細胞が長期にわたり継続的に使用されるという特徴を持ち、その医療への応用の可能性から検討が必要であったヒト胚性幹細胞をめぐる問題と、クローン小委員会から議論が当小委員会に引き継がれたヒトクローン胚等の取り扱いであり、ヒト胚研究について包括的に掘り下げた検討は行わなかった。
  ヒト胚性幹細胞等を扱う研究の検討の過程においても、そもそもヒト胚とは何か、その取り扱いがどうあるべきかということについて議論が行われ、生殖医学の基礎研究などを含めたヒト胚研究全般に関する包括的な検討が必要であることが認識された。本報告書で取りまとめたヒト胚性幹細胞の樹立等に関する規制の枠組みは、特定の研究を対象としたものであるが、生命の萌芽であるヒト胚の取り扱いの制限やヒト胚の提供者に対する配慮などは、ヒト胚研究全般の枠組みにおいても同様のものが求められる。
  また、その検討に当たっては、ヒト胚研究は、現在行われているあるいは将来行われる可能性のある生殖医療と、ヒト胚を扱うこと、ヒト胚の保護のあり方やヒト胚の提供者への配慮という面で、非常に密接な関わりを持っているという事についても考慮が必要である。しかし、生殖医療は、ヒト胚を滅失するものではなく、人の出生に関して人為的関与がいかなる範囲で認められるべきであるかという、別の、そして遙かに深刻ともいえる問題を含んでおり、早急に議論が進められることが必要と考えられる。これについては、現在、厚生大臣の諮問機関である厚生科学審議会の先端医療技術評価部会などで検討が行われており、その結果や最新の科学的知見に基づき、ヒト胚研究全般の枠組みについて、検討していくことが必要である。
  今後、生命倫理委員会としても、ここで示された考え方を踏まえて、ヒト胚の研究利用全般の枠組みについての議論を深めていくことが必要である。その際には、社会のヒト胚の扱いについての意見を汲み上げることが重要である。そのためにも、国や専門家は、社会に情報をわかりやすく提供する責務を果たすべきである。また、関係学会等においても本報告を踏まえて議論を進めることが求められる。
第3章においては、ES細胞を扱う研究において、厳格な規制の枠組みを提示したが、ES細胞を扱う研究に公的規制を加えることは、科学技術の進歩にとって好ましくないし、国際的競争に日本が後れをとることになるとして反対する意見もある。他方では、刑罰を用いることを含めた強い規制を求める見解もある。ES細胞については、行政的な指針という非法律的な規制が、現在のところ妥当であると考えた。今後、生命科学および先端医療技術の規制のあり方一般についてさらに議論が続けられる必要がある。
  最後に、今後の生命倫理委員会等におけるヒト胚研究のあり方全般を検討する際の議論に資するため、以上の検討から導出されるヒト胚研究を行う際に考慮すべき基本事項を以下に提案する。これらの事項はヒト胚を用いる研究を行うに当たって守られるべき基本原則を構成するものと考えるが、ヒト胚研究全般の状況や社会の認識の動向を踏まえて更に生命倫理委員会等において検討を加えていく必要がある。 



ヒト胚研究に関する基本事項(提案) 

1.基本理念
  ヒト胚は、ヒトの他の細胞や組織とは異なり、いったん子宮に着床すれば成長して人になりうるという意味で、人の生命の萌芽として尊重されるべきものである。よって、ヒト胚の研究利用は、適切な枠組みの下、その研究の必要性とヒト胚の生命の萌芽としての位置付けを比較考慮した上で、以下に示す事項に則って慎重に行われなければならない。 

2.研究内容
  ヒト胚研究の内容は、人の生命の萌芽たるヒト胚を用いることについて、生命科学上の必要性と妥当性が認められるものでなければならないこと。また、人間の尊厳を侵すような研究は行わないこと。 

3.遵守事項
  研究者が、ヒト胚研究の倫理的・社会的な影響を考慮して、厳格かつ誠実に研究を行うという責任を果たすため、以下の遵守事項を遵守することが必要である。
(1)研究材料として使用するために、新たに受精によりヒト胚を作成しないこと。
(2)研究目的で提供されるヒト胚は、提供者による廃棄する旨の意思決定が既に別途、明確になされていること。
(3)ヒト胚の提供に際しては、提供者が、研究目的と利用方法等の十分な説明を受け、理解に基づく自由な意思決定により提供に同意していること。
(4)ヒト胚の提供に際しては、提供者の個人情報が厳重に保護されること
(5)ヒト胚の提供と授受は、すべて無償で行われること。 

4.妥当性の確認
  ヒト胚の研究計画の科学的・倫理的妥当性については、第三者的な立場を含めて、研究実施機関内で十分な検討が行われるとともに、国または研究実施機関外の組織の確認を受けること。 

5.情報公開
  ヒト胚研究の妥当性の確認状況、実施状況、成果等が公開されること。      



おわりに 

   本小委員会は、平成12年2月2日に報告案をとりまとめ、約一ヶ月間、関連の学会等に意見を求めるとともに、広く一般からの意見を募集した。また、一般からの参加を募ったシンポジウムも開催した。その結果、90件近い多岐にわたる意見が寄せられ、それらを踏まえてさらに修正を加え、本報告をとりまとめた。ただし、前章でも指摘したヒト胚研究全体の包括的な枠組みが必要との意見がみられたことに留意が必要であり、生命倫理委員会として今後この問題に取り組む必要がある。
  提出された意見においては、ヒト胚を用いた研究を一切行うべきではない、あるいはヒト胚研究に関する包括的な枠組みができない限り、各論たるヒトES細胞に関する議論を行うべきではないとの意見がみられた。本小委員会では、母胎外にある状態のヒト胚について、人の生命の萌芽として位置付け、慎重に取り扱うべきではあるが、胎児や出生後の人とは異なる段階にあるとした。その上で、廃棄されることが決定したヒト胚について、科学的、倫理的に妥当と認められる研究には用いることができるとの見解を取っている。特に、再生医療等への期待が大きく、我が国として早急な取り組みが必要と考えられるヒトES細胞の樹立については、慎重な検討を加えた結果、ヒト胚を用いることが認められるものと判断する。
  生命倫理のように各人の受け止め方が大きく異なるものについて、合意点を見いだすことには困難があり、社会的コンセンサスがあるか否かを判断することは難しい。当小委員会は、ヒトES細胞の樹立を認めることとしたが、社会的コンセンサスの観点からは、この問題について継続的に社会の意見を取り入れていく仕組みを維持していくことが必要であると考える。具体的には、今後生命倫理委員会においてヒト胚研究全般について検討を進める中で、ヒト胚性幹細胞を巡る問題についても、常に社会の意見を汲み上げる努力を払いながら検証していくことが必要である。また、政府において、本報告で示された基本的な考え方を踏まえ、指針を策定する際にもパブリック・コメントを求めることが重要である。
  政府において指針を定める際には、本報告書で示されたヒト胚の厳格な取り扱い、インフォームドコンセントの適切な取得、審査体制などの実効性につき懸念が寄せられたことにも留意が必要であり、実効性が確保されるよう具体的措置を検討していくべきである。また、運用面での実効性を確保する観点から、本分野の研究について倫理上の問題点等をまとめたマニュアルを作成するなどの努力が必要である。これらの点については、生命倫理委員会としても、運用段階での問題点を含め引き続き検証していき、ヒト胚研究全般を検討する際のケーススタディとしていくことが重要と考える。その上で、ヒト胚研究全般について、生命倫理委員会において幅広い観点からの議論を早急に開始するべきである。 




(参考) 

インフォームド・コンセントに際しての説明文書・同意書イメージ



*以下の文書は、イメージとして作成したもので、確定したものではない。実際の文書は各機関の研究計画ごとに作成されなければならない。
保存しないこととした凍結胚のヒト胚性幹細胞樹立への提供について(お願い)


○おねがい
  保存しないことを決定されたお二人の凍結胚(受精卵)を、ヒト胚性幹細胞(※詳細については別紙をご覧ください。)の作成のために提供していただけるかどうかについてお尋ねいたします。
  ヒト胚性幹細胞は、血液、神経、肝臓など様々な細胞を作り出すことが可能で、現在治療の難しい病気の治療に役立つとの期待が大きいものです。研究が進めば、移植医療などへの応用の可能性も大きいものです。
  提供につきましては、以下に示します事項を良く読んで、その内容について十分にご理解いただいた上で、お二人の自由な意思でお決めください。もちろん、提供を断ることはできますし、断った場合にも今後の治療などに差し支えたり、不利益をうけるようなことはいっさいありません。
  一度提供に同意していただいた場合、胚が本病院にある間(最低1ヶ月間)は同意を取り消すことができますが、胚がヒト胚性幹細胞を作成する○○研究所に引き渡された後は、同意を取り消すことはできません。
  わからない点などがありましたら、いつでも担当者からの説明を受けていただくことができます。以下の連絡先までご連絡ください。 

(説明連絡先)○○研究所  担当  ××  ××
住所〒××××  ××××  ××
TEL  ××−××××−××××
FAX  ××−××××−××××

○凍結胚の提供に同意されるかどうかを決定するためにお知りになっていただきたいこと 
1)ヒト胚性幹細胞の研究について
  提供していただいた胚は、ヒト胚性幹細胞というどんな細胞や臓器にも分化することができる細胞をつくるために使われます。ヒト胚性幹細胞を用いた研究が進むと、そこから治療や移植に用いることができる細胞や臓器をつくることができたり、新しい薬をつくるための研究に用いられるなど、医療上とても有用な成果が期待されています。( → ヒト胚性幹細胞の具体的な内容については別紙(略)をご覧ください)
  また、ヒト胚性幹細胞の研究は、国が作成したガイドラインに従って計画され、○○研究所の審査委員会(○○研究所以外の人も委員に含まれています)と国の専門委員会が審査して承認したものです。    
2)提供された胚が子宮に戻されることはないこと
  提供していただいた胚は、ヒト胚性幹細胞の作成によって胚ではなくなり、赤ちゃんになる可能性はなくなります。また、すべての胚がヒト胚性幹細胞の作成に成功するとは限らず、研究過程で廃棄される場合もあります。
3)プライバシーが保護されること
  ○○研究所に、お二人の個人情報(お名前、年齢や住所などすべて)が渡ることは一切ありません。胚を提供された人がどなたであるかは誰にもたどれなくなります。ただし、どの病院から提供されたものかは記録に残ります。また、同意書はこの△△病院でカルテと同様に厳重に保管されます。
4)作成されたヒト胚性幹細胞について遺伝子解析を行う場合があること
  作成されたヒト胚性幹細胞について、遺伝子解析を行う場合があります。これは、ヒト胚性幹細胞の特徴を知るために行われるもので、お二人の遺伝子情報を知るためのものではありません。
5)4)の遺伝子解析の研究を含め、研究の結果や成果などがお二人に直接知らされることはありません。
6)つくられたヒト胚性幹細胞を用いた研究の結果は、将来、学会等で発表されることがあります。もちろんお二人の個人情報が出ることはいっさいありません。
7)提供してくださった胚から、ヒト胚性幹細胞の作成に成功すれば、その細胞が培養されつづけて長期にわたって使用される可能性があります。
8)ヒト胚性幹細胞を用いた研究の成果の取り扱いについて
  ヒト胚性幹細胞そのもののが売買されることはなく、国のガイドラインに適合した他の研究機関に無償で配布されて研究が進められます。しかし、ヒト胚性幹細胞を用いた研究から、将来、細胞や臓器をつくったり、薬をつくったりする過程で、特許取得など利潤がもたらされる可能性があります。また、それらの利潤については、お二人が分配をうけることはありません。
9)胚の提供は無償です。
10)提供された後も1ヶ月の間はいつでも自由に同意を取り消すことができます。1ヶ月過ぎて○○研究所に引き渡された後は、お二人の胚を特定できなくなりますので同意の取り消しはできません。
11)胚の提供は治療とは関係がなく、同意されなくても不利益をうけることはありません。また、同意されても治療上特別な利益を受けられることもありません。 

○同意について
  このお願いの内容と目的とを理解し、凍結胚の提供に同意していただける場合、同意書に署名し、次の連絡先に提出してください。 

 同意書の提出先:  △△病院  産婦人科    担当  ××  ××
住所〒××××  ××××  ××
TEL  ××−××××−××××





 同  意  書(イメージ) 





  私たちは、「保存しないこととした凍結胚のヒト胚性幹細胞作成への提供」について、別紙の説明により以下の内容を理解した上で、二人の凍結胚をヒト胚性幹細胞作成のために提供することに同意します。 



  • ヒト胚性幹細胞の研究の目的とその利用方法について 
  • 実施予定の研究は国のガイドラインに適合し、○○研究所の審査委員会が承認したものであること 
  • 提供後は胚が子宮に戻されることはないこと 
  • プライバシーが保護されること 
  • 作成されたヒト胚性幹細胞について遺伝子解析を行う場合があること 
  • 研究の結果や成果などが直接知らされることはないこと 
  • 研究の結果は、将来学会等で発表されることがあること 
  • 作成されたヒト胚性幹細胞は長期にわたって維持・使用されること 
  • ヒト胚性幹細胞を用いた研究の成果の取り扱いについて 
  • 胚の提供が無償であること 
  • 同意を取り消すことができること 
  • 同意、拒否に関わらず、利益や不利益を得ないこと 



                                                        年      月      日

お二人の御氏名(各々本人自署): 








用語集(五十音順) 

   本報告書において用いられている用語の解説であり、一般にはより広義な及び狭義に用いられることもある。 

【IRB】
  Institutional Review Board(機関内審査委員会)の略。研究実施機関内で、個別の研究の科学的、倫理的妥当性等を審査する機関。 

【ES細胞】
  生体を構成する、あらゆる組織・器官に分化する能力を持つ細胞で、胚盤胞の内部細胞塊を培養して樹立される。胚性幹細胞と訳される。 

【EG細胞】
  生体を構成する、あらゆる組織・器官に分化する能力を持つ細胞で、将来、生殖細胞へと分化する細胞(始原生殖細胞)を培養して樹立される。胚性生殖幹細胞やES細胞と同名の胚性幹細胞と訳される。   

【核の初期化】
  核が受精卵と同等の全能性を獲得すること。 

【キメラ胚】
  由来の異なる2個以上の胚由来の細胞の結合により出来た胚。

【クローン胚】
  別の個体や胚と全く同じ核の遺伝子を持つもの。受精卵の分割及や初期胚、胎児又は出生後の個体の細胞の核を除核卵に移植することなどにより作成可能。

【体細胞】
  生物の個体を作り上げている細胞のうち、精子や卵などの生殖細胞を除くすべての細胞の総称。

【DNA】
  デオキシリボ核酸のこと。遺伝子の本体であり、すべての遺伝情報はリン酸、デオキシリボース(糖の一種)、4種類の塩基(アデニン、シトシン、グアニン、チミン)からなる遺伝暗号に置き換えられて存在している。

【胚】
  多細胞生物の個体発生における初期の状態をいう。本報告書においては、特に受精、核移植などにより卵が発生を開始したもので、主に体外にある状態のものをいう。

【配偶子】
  卵や精子(精細胞)など生殖細胞の総称。

【胚性幹細胞】
  生体を構成する、あらゆる組織・器官に分化する能力を持つ細胞で、狭義では初期のヒト胚より作られるES細胞を指すが、広義では死亡胎児の始原生殖細胞より作られるEG細胞も含まれる。本報告書においては、ES細胞とEG細胞を合わせて胚性幹細胞と呼んでいる。

【胚盤胞】
  ほ乳類の初期発生胚で卵割期の終わった胚をいう。将来胎盤へと分化する1層の細胞層(栄養外胚葉)とその内部の将来胚へと分化する細胞塊(内部細胞塊)からなる。

【ハイブリッド胚】
  異種間の配偶子を受精させて生じる胚。

【パーキンソン病】
  J.パーキンソンの報告した疾患。筋肉の緊張が高まり、振顫(ふるえ)があり、随意運動を開始することが困難になるなどの症状がある。大脳から脊髄を下る運動神経の経路の中枢の障害が原因で高齢者に多く発する。多くの患者では大脳内の神経においてドーパミンと呼ばれる神経伝達物質の欠乏が見られる。

【ヒトゲノム】
  ヒトの遺伝子の総体のこと。

【分化】
  発生の過程で、細胞が変化し、特有の形や働きを持つ細胞へと分かれること及びその結果組織等の形態が変化すること。

【免疫拒絶】
  移植を受けた個体の免疫細胞が移植片を非自己と認識して排除すること。移植医療においては、これを抑えるために、生涯にわたり免疫抑制剤が必要になる場合がある。



ヒト胚研究小委員会構成員
専門分野
(委員長) 岡田    善雄 (財)千里ライフサイエンス振興財団理事長 (分子生物学)
相澤    慎一 熊本大学医学部附属遺伝発生医学研究施設教授 (発生生物学)
石井    美智子 東京都立大学法学部教授  (民法)
位田    隆一 京都大学大学院法学研究科教授 (国際法)
勝木    元也 東京大学医科学研究所教授 (分子遺伝学)
迫田    朋子 NHK解説委員
高久    史麿 自治医科大学学長 (内科学)
武田    佳彦 東京女子医科大学名誉教授 (産科婦人科学)
豊島    久真男 住友病院院長 (腫瘍学)
西川    伸一 京都大学医学部教授 (基礎医学)
木勝島 次郎 (株)三菱化学生命科学研究所主任研究員 (科学技術政策論)
町野    朔 上智大学法学部教授 (刑法)
村上    陽一郎 国際基督教大学教授 (科学史)