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クローンって何?

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科 学 技 術 庁




はじめに
生命の誕生
クローン技術
クローン技術の応用分野
クローン技術の人への適用
クローン技術の応用における問題
クローン技術の規制の現状
おわりに







はじめに

 1 9 9 6年7月にイギリスで「ドリー」と名付けられたクローン羊が誕生しまし た。「ドリー」の写真が新聞や雑誌などに大きく取り上げられたことは、皆様の 記憶に新しいことでしょう。また、1 9 9 8年7月には、日本で2頭のクローン 牛が誕生し、世界中の注目を集めました。
 クローンという言葉の語源は、ギリシャ語で「K l on =小枝」ですが、現在で は「遺伝的に同一である個体や細胞(の集合)」を指す生物学の用語として使わ れています。クローン羊やクローン牛とは、お互いに全く同じ遺伝子組成を持 った複数の羊や牛を指します。
 クローンを生み出す技術は4 0年以上にわたり研究されています。ではなぜ 今、クローン羊やクローン牛が注目されているのでしょうか。その理由は、新 しいクローン技術を用いて、成熟した羊や牛の体細胞からクローン(体細胞ク ローン)を生み出すことができることが証明されたからです。羊や牛の体細胞 クローンを生み出すことができたことにより、同じ哺乳類である人にクローン 技術を適用できる可能性が出てきました。
 クローン技術は、両性の関わりなしに子を生み出すことを、理論上可能にし ました。しかしながら子供を常に両性の関わりの中で誕生させてきた人類の歴 史において、両性の関わりなしに子供を誕生させることは、生殖における両性 の存在意義、人間の尊厳、家族観への影響等の生命倫理上の問題を提起するこ とになると考えられています。このため、クローン技術の人への適用は、医学 や生物学の側面からだけでなく、倫理・哲学・宗教・文化・法律等の人文社会 的な側面からも十分に検討する必要があります。
 このような状況を受けて科学技術会議(内閣総理大臣の諮問機関)では、生 命倫理委員会の下にクローン小委員会を設置してクローン問題に関する議論を 進めています。また、文部省の学術審議会や厚生省の厚生科学審議会などにお いても活発な議論が行なわれています。
 本冊子では、哺乳類を中心にクローン技術をご紹介しています。本冊子を手が かりにして、皆様がクローン技術に対するご理解を深めていただければ幸いです。


生命の誕生
 クローン技術をご理解いただくにあたり、まず生命が誕生するときに持っている特徴についてご説明します。
◆私たち人を含む哺乳類は、両親のそれぞれから遺伝的な特徴を受け継ぎます。
遺伝  私たち人を含む哺乳類の子は、両親のそれぞれから何万種もの遺伝子を受け継いで生まれてきます。しかし、どちらの遺伝子を受け継ぐかは偶然に決まるため、同じ親から生まれた子同士であっても異なった遺伝的特徴を持っています。また親と子でも、持っている遺伝的特徴は異なります。
◆クローン技術により、同じ遺伝的特徴を持つ子を人工的に生み出すことができます。
 クローン技術により同じ親から生み出された子同士は、ほとんど同じ遺伝的特徴を持つクローンとなります。また、後述するように成熟した個体(成体)の体細胞を使ったクローンの場合には、親と子もほとんど同じ遺伝的特徴を持ちます。ただし、同じ遺伝的特徴を持った子であっても、成育環境の違いなどにより、全く同じように成長するという訳ではありません。 クローン
●有性生殖と無性生殖●


 生物の発生には、雌雄両性が関与する有性生殖によるものと、雌雄両性の関与がない無性生殖によるものがあります。有性生殖には雌の未受精卵と雄の精子による受精 の段階がありますが、無性生殖には受精の段階はありません。人を含む哺乳類は、有 性生殖により子孫を残します。一方、単細胞生物等は、無性生殖のひとつの形である 細胞分裂により、個体を増殖して子孫を残します。
 有性生殖では、雌の未受精卵と雄の精子が受精して受精卵を形成します。未受精卵 と精子にはそれぞれ親の遺伝子が等分に含まれるため、受精卵は両方の遺伝子を受け 継ぎます。しかし、受け継ぐ遺伝子の決定には偶然性があるため、全く同じ遺伝子を 持つ個体が複数発生することはありません(一卵性双生児を除く)。この遺伝子の受け継ぎによって、個体が持つ遺伝子は多様化し、環境変化に適応した生物を生み出す要因のひとつになっています。
 無性生殖には受精の段階がないため、新しく産生される個体は親と全く同じ遺伝子 を持ちます。そのため、同じ親から産生される個体同士も全く同じ遺伝子を持ちます が、後天的に獲得する性質は一般的に異なります。
●クローン●


 クローンとは、「遺伝的に同一である個体や細胞(の集合)」を指し、体細胞クローンは無性生殖により発生します。無性生殖では同じ遺伝子が受け継がれるため、有性生殖の場合のように偶然の組み合わせによる多様性はなく、同じ親から産生された個体同士はすべて同じ遺伝子を持つクローンとなります。


クローン技術
哺乳類のクローンはどのような技術により生み出されるのでしょうか。
◆哺乳類のクローンを生み出す方法には、受精後発生初期の細胞を使う方法と成体の体細胞を使う方法があります。
 哺乳類のクローンを生み出す方法は、受精後発生初期(精子と卵子が受精した受精卵が、その後細胞分裂を続けていく初期の段階)の細胞を使う方法と皮膚や筋肉など成体の体細胞を使う方法の二つに大別されます。
 受精後発生初期の細胞を使う方法では、成体の遺伝的特徴が分からないので、同じ受精卵からとった細胞が成長した個体はどれも全く同じ遺伝的特徴を持ちますが、この方法では生まれてくる個体の遺伝的な特徴をあらかじめ予測することはできません。
 一方、成体の体細胞を使う方法では、理論上新しく生み出される個体は親とほとんど同じ遺伝子の組み合わせを持ちますので、生まれてくる個体の特徴を予測することができます。
 哺乳類でも以前から受精後発生初期の細胞を使ってクローンが生み出されていましたが、成体の体細胞を使った例は1 9 9 6年7月に生まれたクローン羊「ドリー」が初めてであり、世界的な注目を集めました。
●クローンを産生する方法●

受精後発生初期の細胞を使う方法 成体の体細胞を使う方法
 哺乳類のクローンを産生する方法は、受精後発生初期(胚)の細胞を使う方法と成体の体細胞を使う方法の二つに大別されます(注)。胚の細胞と成体の体細胞はいずれも成体の形成に必要な遺伝子を1セット含んでいるため、これらを使ってクローンを産生することができます。
 胚の細胞を使う方法では、まず受精後、細胞分裂した細胞の中から1細胞を分離します。次にその細胞と核を除去した未受精卵とを、電気刺激を与えて細胞融合させ(核移植)、培養により細胞分裂を誘発させた後、子宮に戻します。
 胚の細胞が両方の親から受け継ぐ遺伝子は偶然に左右されるため、新しく産生される個体の遺伝子の組み合わせを知ることはできません。しかし、一つの受精卵から発生した胚の細胞の遺伝子はすべて同じであり、これらの細胞を使って産生された個体同士はすべて同じ遺伝子を持つクローンとなります。ただし、現在のところ細胞分裂が進んだ胚はクローンの産生に適さないため、産生できるクローンの数には制限があります。
 これに対して、成体の体細胞を使用する方法では、理論上新しく産生される個体が持つ遺伝子の構成は元の体細胞の遺伝子とほとんど同一になります。また、使用できる体細胞の数には限りがないため、理論上、クローンを無限に産生することができると考えられます。

(注)関連する技術として、核移植を伴わない技術、すなわち初期の胚を顕微鏡下で2〜数個に切断し、それぞれを仮親に移植してクローン個体を生み出す方法もあります。しかし、この方法では、作製できるクローン個体の数がせいぜい数個体までと限られています。核移植を伴うクローン技術により、初めて大量のクローン個体を作製する可能性が開けたのです。
●受精後発生初期の細胞を使ったクローンの例●

●クローン羊
 受精後発生初期の細胞を使った初めてのクローン羊は、1 9 8 6年にイギリスで報告されました。

●クローン牛
 受精後発生初期の細胞を使った初めてのクローン牛は、1 9 8 7年にアメリカで報告されました。日本でも受精後発生初期の細胞を使ったクローン牛の研究が進められ、すでに3 0 0例以上のクローン牛が誕生しています。1 9 9 8年6月には国内で初めてクローン牛の一卵性六つ子が誕生しました。

●クローン猿
1 9 9 6年8月、アメリカのオレゴン州にある霊長類研究センターで、霊長類で初めてのクローン猿が報告されました。このクローン猿は受精後発生初期の細胞を使った方法によるものですが、人に近い猿を使った実験が成功したことから世界的な注目を集めました。
●成体の体細胞を使ったクローンの例●



●クローン羊「ドリー」
 1 9 9 6年7月、イギリスのロスリン研究所で、
雌羊の体細胞を使ったクローン羊「ドリー」が誕生
しました。「ドリー」は成体の体細胞を用いて生ま
れた哺乳類で初めてのクローンであり、細胞を提供
した羊とほとんど同一の遺伝子を持っていることか
ら世界中の注目を集めました。
 その後「ドリー」は妊娠し、1 9 9 8年4月に子羊
「ボニー」を出産しました。これ
によって、ク
ローン羊も他の羊と同様に生殖能力を持つことが証
明されました。
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●クローン牛「のと」「かが」
 1 9 9 8年7月、近畿大学農学部が石川県畜産総合センターの協力により、牛の成体の体細胞を用いたクローン牛「のと」と「かが」の誕生に成功しました。これまでも、受精後発生初期の細胞を使ったクローン牛の例はありましたが、成体の体細胞を使ったクローン牛の例は世界で初めてです。
 親と同じ遺伝子を持つクローン牛が誕生したことから、肉質の良い牛や乳量の多い牛を大量生産できる可能性が出てきました。
●クローンマウス
 1 9 9 7年1 0月、アメリカのハワイ大学の研究チームは、マウスの成体の体細胞を使ってクローンマウスを作ることに世界で初めて成功しました。
●クローン羊「ポリー」
 1 9 9 7年7月、イギリスのロスリン研究所で、羊の胎児の細胞を使ったクローン羊「ポリー」が誕生しました。「ポリー」はクローン技術と遺伝子組換え技術を使って成功した初めての例で、使用した細胞には人の遺伝子が組み込まれています。「ポリー」に組み込まれている人の遺伝子は血友病の治療に必要なたんぱく質を合成する遺伝子であり、将来、このたんぱく質を乳に分泌させ、治療薬として利用できるようになる可能性が出てきました。
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クローン技術の応用分野
クローン技術はどのような分野に応用できるのでしょうか。
◆クローン技術は、様々な分野に応用できる可能性があります。
 クローン技術の特徴は、同じ遺伝的特徴を持つ動物をたくさん作り出すことができる点にあります。つまり、人為的に選んだ遺伝的特徴を持つ動物の大量生産などが可能になります。
 このようなクローン技術は、食料分野や医療分野など私たちの身近なところに応用できる可能性があります。例えば、肉質の良い牛や乳量の多い牛の大量生産や、病気の治療に必要な医薬品を乳の中に分泌する羊の大量生産が可能になるかもしれません。また、トキ、サイ、パンダなど、絶滅の危機にある動物の絶滅を回避できる可能性もあります。
 このように、クローン技術は様々な分野で応用できる可能性を持っています。
●クローン技術の応用例●

クローン技術の応用例


クローン技術の人への適用
クローン技術を人に適用することはできるのでしょうか。
◆クローン技術は動物だけでなく、人にも適用できる可能性があります。
 成体の体細胞を使ってクローン羊「ドリー」が誕生したことから、同じ哺乳類である人への適用の可能性について議論されるようになりました。では、クローン技術を人に適用すれば、どのようなことができるのでしょうか。
 子供ができない夫婦は、クローン技術によりどちらかの体細胞を使って子供をもうけることができるかもしれません。また、人の発生過程(受精卵から成体に到達する過程)の基礎的研究など、科学的研究にクローン技術を役立てることもできるかもしれません。
 いろいろな方面で、クローン技術は人にも適用できる可能性を持っています。
●クローン技術の人への適用の可能性●
クローン技術の人への適用の可能性


クローン技術の応用における問題
クローン技術を応用するときには、どのような問題があるのでしょうか。
◆クローン技術の応用については、様々な問題を考えなければなりません。
 クローン技術は、様々な分野で応用できる可能性がありますが、人への適用に当たっては安全面や倫理面から検討すべき問題があります。
 例えば、安全面ではクローン技術によって生まれてくる子供が安全に成長できるかどうかなど、まだ分かっていないことがたくさんあります。
 また、倫理面では男女両性の関与なしに子孫を作ることは、人の生命の誕生や家族について私たち日本人が昔から持っている基本的な認識に反しているのではないかなどの問題が指摘されています。
 このように、クローン技術を応用するためには様々な問題を検討する必要があります。
●クローン技術の応用における問題点●
●安 全 面
◆子孫への影響
 現在のところ、クローン技術を用いて作り出した動物個体が、他の個体に比べて成長、能力等において異なった点がみられると報告された例はありません。また、クローンの動物個体が妊娠・出産した例もあります。しかし、クローン技術が子や孫の世代に与える影響など、分からない点がたくさんあります。

◆体内への移植による影響
 遺伝子組換え技術等によって、人に移植可能な臓器を持つ動物を作り出し、そのような動物をクローン技術を用いて大量に作り出すことが考えられており、実用化に向けて研究が進められています。しかしながら、現在のところ移植を受けた人が動物の持っている未知のウィルスに感染するなどの危険性が指摘されています。

●倫 理 面
 現在のところ、クローン技術により人クローン個体が生まれたことはありません。しかし、クローン技術を人に適用することは、男女両性の関与なしに子孫を生み出すことにつながります。クローンは遺伝情報の提供者とほとんど同一の遺伝的形質を持つため、クローン技術により生み出される人の容姿、能力、性格等の表現形質をある程度予測することができます。さらに、特定の表現形質を持つ人を意図的に生み出すことが可能になります。そのため、クローン技術の人への適用に関して、次のような問題点が指摘されています。
− 特定の表現形質を持つ人を意図的に作り出すことは、人間の育種(特定の優れた形質の人を生み出す品種改良)につながる
− 特定の目的達成のために特定の表現形質を持つ人を作り出すことは、生まれてくる人を手段、道具と見なすことにつながる
− 人の生命の誕生に関して日本人が共有する基本的概念(両性の関与、偶然性の介在等)から逸脱する
− クローン技術により生み出された人と男女の関与によって生み出された人との間に差別が生じる可能性がある
− 生まれてくる人が安全に成長することが保証できない
●生命倫理問題●
 近年の科学技術の目覚ましい進歩により、科学技術と人間・社会との接点が拡大しつつあります。クローン技術が発達し、人に適用できる可能性が出てきたことで、人間の尊厳等に関わる生命倫理問題が大きく取り上げられるようになりました。生命倫理問題には、クローン技術だけでなく、他にも臓器移植、遺伝子治療、延命治療、生殖医療(不妊夫婦の子供の出産、多胎・減数手術、出生前診断等)などの問題があります。これらはいずれも医学や生物学の側面からだけでなく、倫理・哲学・宗教・文化・法律等の人文社会的側面からも幅広く十分に検討していく必要があります。


クローン技術の規制の現状
各国ではクローン技術に対してどのような対応を行っているのでしょうか。
◆クローン技術の規制に関する検討が各国で進められています。
 クローン技術を使うことによって、今まで不可能とされていた様々なことが可能になるかもしれません。一方、これまで見てきたように、クローン技術は今までなかった問題を提起する可能性もあります。
 このように、クローン技術の応用は利点だけでなく問題点も含むと考えられていることから、世界各国でクローン技術の規制に関する検討が進められています。
◆日本でもクローン技術の規制に関する検討が進められています。
 日本でも、科学技術会議(内閣総理大臣の諮問機関)、学術審議会(文部省)、厚生科学審議会(厚生省)などが、クローン技術の規制のあり方について検討を行っています。
●クローン技術に対する各国、各国際機関の対応状況●
 成体の体細胞を使ったクローン羊の誕生をきっかけとして、クローン技術の人への適用について各国で議論されるようになりました。
 イギリス、ドイツ、フランスなどでは、従来から生殖医療・医学関連の国内法を制定し、人の胚の取り扱いに関する規制を行ってきました。これらの国内法はクローン技術に焦点を当てたものではありませんが、クローン技術の人への適用は禁止することを定めています。
 世界的にみて、クローン技術の人への適用は禁止される方向にありますが、現在のところ世界的に統一された基準は示されていません。また、人以外の動物に対するクローン技術の応用は容認される方向にあります。
 ここでは、クローン技術の人への適用に関する各国、各国際機関の規制とその概要の一部をご紹介します。
クローン技術の人への適用に関する各国際期間の対応状況
クローン技術の人への適用に関する各国の対応状況



おわりに

 これまで、クローン技術についてご説明してきましたが、ご理解いただけましたでしょうか。
 本冊子が、皆様にクローン技術を理解していただき、クローン問題について考えていただくきっかけになれば幸いです。
科学技術庁としても、引き続きクローン問題に関する検討を進めるとともに、積極的に情報公開を行っていきたいと考えております。
 今後とも、皆様のご理解、ご協力のほどよろしくお願いいたします。

本冊子に対するご意見、ご質問等がございましたら
下記までお願いいたします。

科学技術庁研究開発局ライフサイエンス課
電話(03)3581 -5271(代表)