技術士「情報工学」部門における課題

筑波大学 中谷多哉子

 情報工学部門の技術者の国家試験による認定は、情報処理技術者試験と技術士試験があります。情報系大学でもJABEEの認定を受けたカリキュラムによる教育が行われていますが、大学教育→就職→技術士というキャリアパスが一般的であるとは言えません。
以下に情報工学部門で生じている技術士制度に関わる課題を列挙いたします。

1. JABEE認定制度が技術士への道を開く制度として機能していません

 大学の教員の中には、学生の就職や、企業への大学の教育姿勢を示すための手段としてJABEE認定を受けていると考えている人が少なからずおります。このような意見からは、教員に技術士資格の重要性が認識されていないことが伺えます。JABEEによる教育制度の認定を受ける事が学生のキャリアを形成するための手段として重要であることを認識してもらうためには、基礎的な知識を問う一次試験が弊害になっている可能性があります。すなわち、現状の技術士試験制度は、JABEE認定を受けずとも、就職後に一次試験に受かれば技術士になれることを意味するだけでなく、JABEE認定を受けたとしても、一次試験が免除されるだけであることも意味しているからです。「当大学を卒業しなければ、技術士になれない」というステータスを大学に与えることを、数年のうちに考えなければならないかもしれません。

2. 一次試験を今後、どのように取り扱っていくべきか。

 JABEE認定を受けていない大学を修了した技術者、およびJABEE認定制度が存在していなかった時期に大学を修了した技術者への救済措置であると認識しております。この仕組みはいつまで続ける必要があるでしょうか。
情報工学部門では、情報系大学を修了していない学生も企業に採用され、技術者としての教育を受ける事は少なくありません。たとえば文科系学部の卒業生とともに情報系大学の卒業生に、同じ新入社員教育を受けさせている企業もあります。このような企業教育の方法は、これまでにも問題になっていましたが、企業にとって、情報系学部を卒業したことは、技術を証明するものと評価されていないと思われます。今回の技術士制度改革では、このような状況を変える指針となる必要があります。
 具体的には、JABEE認定教育カリキュラムを受けた学生は、入社時より技術士補として扱い、先輩技術士のもとで、より高度な知識の獲得と、広い視野を養うための経験を積ませる「企業内技術士育成制度」を期待します。このような制度を企画できる技術士像を意識して、今回提案する技術士像を作成してみました。

3. 技術士資格と情報処理技術者試験との差別化をどうするべきか。

 情報工学部門では、技術士試験よりも情報処理技術者試験の方が企業に深く浸透し、技術者のスキルを評価する尺度として使われており、実質的な企業間相互認証制度として使われているのです。また、ほとんどの企業で、情報処理技術者試験の合格者に対して奨励金や報奨金の制度を設けており、資格を取得することが奨励されています。一方で、技術士に関しては、このような制度がない大手企業も多いようです。したがって、情報工学部門の技術者にとって、技術士資格を取得するよりは、情報処理技術者試験を受験した方が、メリットが大きいと認識されているようです。前項で一次試験の今後に関する意見を示しましたが、技術士試験の一次試験の代わりに、情報処理技術者試験を流用することも考えられます。たとえば、
●ITSS(情報技術スキル標準)のレベル3の情報処理技術者試験合格者に対して一次試験を免除する。
●JABEE認定カリキュラムを受けた大学の修了生には、ITSSのレベル3の情報処理技術者試験合格者と同等の扱いをしてもらうことを推奨する。
などです。これによって、JABEE認定の教育を進める大学の教員、および、そのような大学を卒業する学生に、技術士資格を取得するメリットを伝えることができると考えます。ただし、他の部門に同様の試験がない場合、情報工学部門のみに適用することはできない可能性もあります。また、国際的にJABEE認定と技術士とをセットにする考えに反する制度になるというリスクもあり得ます。さらに、企業にとって、技術士資格が、どのようなメリットを提示できるかが課題となります。
 今回の技術士像の中で「責任」という用語を用いました。これは、他の部門の技術士の方々がそうであるように、製品そのものの品質や製造過程に対して、技術士の監査や承認を受けることを顧客が求める社会になることを想定しております。これが企業が技術士育成を奨励する動機となるはずです。

 情報工学部門では、米国のCMU(Carnegie Mellon University) のSEI(Software Engineering Institute)が提唱したCMMI(Capability Maturity Model Integration)が国際的に重視されています。CMMIは、ソフトウェアの開発組織の成熟度を5段階で評価するものです。
 再現性のないプロセスが行われているレベル1から、定量的にプロセスが評価され、改善活動が企業全体で継続的に行われているレベル5までが定義されています。米国では政府調達に際して、入札企業の成熟度レベルを指定するようになったことで、日本でも成熟度を向上させるための活動が活発化し、今日に至っています。
 このような例を参考に、技術士資格を持つ技術者の監査や承認を製品納入に際して求めるような社会になれば、大学、学生、企業にとって、技術士制度の認知度が高まると考えます。情報工学部門では、技術者教育だけでなく、顧客教育の重要性も議論されるようになってきました。2014年3月の情報処理学会全国大会では「企業情報システムにおける発注者の育成に向けて」というセッションが設けられています。ここでは、3名の技術士を含むパネル討論が予定されておりますので、技術者の役割について、新たな進展があるかもしれません。

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