1(7)史料・考古

「史料・考古」計画推進部会長  榎原雅治(東京大学史料編纂所)
       副部会長 佐竹健治(東京大学地震研究所)

 将来発生する地震や火山噴火について知見を得るためには,現在だけでなく過去に発生した事象についても調査・研究する必要がある。地震や火山噴火は日本列島とその周辺域で有史以前から発生しているが,日本において地震の近代的な機器観測が開始されたのは明治初期以降に過ぎず,全国的な機器観測の実施は大正末期以降に過ぎない。そのため,それ以前に発生した地震や火山噴火について知るためには,歴史学や考古学で用いられている史料や考古資料等に基づいた調査と研究が必要になってくる。特に,一度発生すると甚大な被害をもたらす低頻度大規模の巨大地震や大規模噴火については,機器観測が実施されている期間に比べて発生間隔が長いために,機器観測によるデータは少ない。そこで史料や考古資料等に基づくデータと近代的な観測データとの比較・検討を通して,巨大地震や大規模噴火の再来間隔や,その前後に発生する中・小規模の地震や火山噴火等の全体像の把握に努めていく必要がある。
 平成26年度より開始された本研究計画ではそれまでの計画とは異なり,地震及び火山噴火における低頻度大規模災害について,史料や考古資料を用いた研究の必要性が提示されている。当部会はこのような新たな研究分野を主体的に推進する立場にある。そこで当部会では,個別の研究課題の成果に基づいて「災害の軽減に貢献する」ことができるような方向性を導き出し,本研究計画が切り拓く文理融合研究の新たな学術的展開に寄与していく必要があると考える。

1.地震・火山現象の解明のための研究

(1)地震・火山現象に関する史料,考古データ,地質データ等の収集と整理

 歴史学や考古学における研究の基礎である史料や考古資料について,地震や火山噴火現象及びそれに起因する災害の研究に活用するためには,地震関連史料集や考古遺跡の発掘調査報告書等といった既存の媒体だけでは不十分である。そこでこれらの史資料のデジタルデータ化と分析が必要であり,不足している部分については新たな史資料の収集や分析も実施しなければならない。史資料を使用する際の利便性の向上を目的として,平成28年度も引き続き,史資料の調査・収集及びデジタルデータ化を実施し,これらの作業の進め方について検討した。また,個別のデータベースの試作版を基にして,史料・考古統合データベースの試作版を構築した。

ア.史料の収集とデータベース化

・地震関連史料の調査・収集とデータベースの構築
 地震・火山噴火史料データベースの構築に向け,『増訂大日本地震史料』や『新収日本地震史料』といった既刊地震史料集に所収されている史料について,データベース構築のためのXMLデータ化作業を継続して行っている。史料本文をXMLデータ化する際に,歴史学的に信頼できる原典に遡って間違いの修正や省略部分の補足を行う校訂作業について,平成28年度は集中的に実施した。既刊地震史料集全33冊(合計約26,800頁)のうち,校訂作業等データベース化の作業に着手しているのは全体の約23.5%にあたる。加えて,XMLデータ化した地震関連史料にある当時の地名を示す箇所に位置情報(緯度・経度)を付与し,試作版地震関連史料データベースの検索結果から,国土地理院の地図上に地震による被害発生場所を表示できるシステムの試作版を構築した。
 また,既刊地震史料集に未収録の地震関連史料についても調査・収集を行い,東海地方において長期間にわたる日記が残存する三河国田原藩(愛知県田原市)の「田原藩日記」の調査・撮影を実施した。平成28年度は特に,1854年(嘉永七年・安政元年)安政東海地震とその津波被害に関する史料記述について調査・分析を行った。
 さらに,平成28年度に開催された「東京大学史料編纂所第37回史料展覧会」において地震史料のコーナーを設け,安政東海地震等に関する新史料を展示して,展示図録『史料を後世に伝える営み』に解説を掲載した(東京大学史料編纂所[課題番号:2601])。

・日本海沿岸地域とその周辺及び熊本での地震・火山噴火関連史資料の収集と分析
 主に日本海沿岸地域における地震・火山関連史資料を収集し分析するために,各地の史料保存機関に所蔵されている史資料の原本調査を行った。また,平成28年度は熊本地震の発生を受けて,熊本での史資料の調査も行った。更に,既刊の地震・火山噴火史料集に所収されている史料について,原本調査に基づく校訂作業を実施した。これらの原本調査と校訂作業による史料の分析から,次のような成果が得られた。
 1828年(文政十一年)の越後三条地震における新発田藩の対応については,江戸の幕府への報告と手当の下付の必要が強く意識されていた点を指摘できた。善光寺大本願所蔵の「江戸青山善光寺奥御用所日記」の地震記事に関する検討からは,1847年(弘化四年)の善光寺地震の時に越後高田(現新潟県上越市)でも大地震があり,その5日後の高田での大地震によって,高田城下の瑞泉寺の御堂は倒潰しなかったものの住居や蔵は潰れた,という被害状況を明らかにできた。1710年(宝永七年)の伯耆国・美作国(現鳥取県西部・岡山県北東部)を中心とした地震と,1711年(宝永八年)の伯耆国に被害を与えた地震について,既刊地震史料集に所収されている史料の再検討及び新史料の収集を行い,信頼性の高い史料に基づいて被害地域や家屋倒壊数・死亡者数を明らかにした。1855年(安政二年)の安政江戸地震における武蔵国幸手領・川崎領(現埼玉県・同神奈川県)の家屋被害を対象として,従来の家屋倒壊率を導き出す方法の再検討を行い,幸手領の家屋倒壊率(家屋全壊率)は0.3%,川崎領は同1%であることを明確にした。
 また,史資料と地形・地質とを組み合わせた調査の成果は次のとおりである.1964年新潟地震の佐渡島両津における被害範囲について,佐渡市両津夷地区でGPS測量実施して地盤高を調査した結果,津波は砂碓の頂上を越えることはほとんどなく,舗装された道路伝いに越えただけであった実態を明らかにした。四国東部の鳴門南断層の活動については,1596年(文禄五年・慶長元年)の内陸地震に伴う地盤の隆起によって新たに開発可能な空間を得て,瀬戸内地域で醸成されていた入浜式塩田の技術が,その後急速に拡大した点を明らかにした。地震による地形変化については,負の側面である「災害」が強調されがちであるが,16世紀末におけるこのような事例からは,新たな生業の場を人々に提供するという側面が指摘できる。但し,生業空間の拡大は,将来の地震・津波にとって新たな被災地域を作り出すという側面も考慮の必要がある。さらに,史料と考古資料とを組み合わせた調査については,1828年の越後三条地震における震源域と想定される椿沢村他6ヶ村の墓地を悉皆調査し,新たに3ヶ所で4基の墓標を発見した。今後,これらの墓標の分析により,震源域の村落での地震による死者数を明らかにできる可能性がある。
 一方,2016年4月の熊本地震の発生を受けて,歴史時代に熊本地域で発生した地震について履歴を調査し,地震被害の実態を明らかにするために,熊本での地震に関する史資料を収集・分析した。特に,1625年(寛永二年)の熊本地震について,新たな地震関連史料の確認及び,この地震に起因すると考えられる遺構や遺物を含む遺跡が確認できた(新潟大学[課題番号:2701])。

・東海地方を中心とする地震関連史資料の収集と分析
 徳川林政史研究所所蔵の「道徳前新田御用留」を解読し,道徳前新田(現在の名古屋市南区の一部)とその周辺での1854年安政東海地震による津波について被害情報を抽出した。また,現地を調査して当時から現在に至るまでの地形改変等の情報を収集し,土地利用の変化や人々の居住域の拡大といった,今後の地震・津波防災に資する知見を得た。豊橋市美術博物館所蔵の『柴田家文書』の解読に着手し,主に中部地方から関東地方にかけての地域について,1854年安政東海・南海地震による被害情報を抽出した。この他に,三重県の自治体史についても同地震の被害情報を調査・収集した。さらに,昨年度作成した地震史料名等のデータ検索システムについて,データの修正や機能を追加した。
 平成28年度は2016年4月の熊本地震の発生を受けて,熊本県の自治体史や郷土史等約300冊について調査を行った。その中から,1707年(宝永四年)の宝永地震や1854年の安政南海地震等における被害状況等について抽出した。併せて,1889年(明治22年)の熊本地震について官報や新聞等を収集して震度を推定し,その詳細な地理的分布を求めた。この地震については,すでに武村(2016)において,今村(1920)による家屋被害状況から推定震度分布が求められている。これに対し,本研究では,家屋だけでなくあらゆる建造物の被害状況を調査し,より詳細に推定震度分布を求めた。武村(2016)の結果と比較すると,得られた震度とその分布はおおむね一致するが,推定震度が2~3段階程度異なる地点も幾つか見いだされた。また,国土地理院の旧版地形図や防災科学技術研究所による表層地盤増幅率分布との比較から,推定震度に違いが認められた地点では,家屋が地盤条件の良いところに建てられているために被害は少ないが,本研究で新たに明らかとなった橋脚や地盤等の被害では,地盤条件の悪いところの情報も加えているために,推定震度が大きくなったことがわかった。現在では,居住域の拡大によって地盤条件の悪いところにも多くの家屋が建てられており,歴史時代には被害が少なかった地域でも,今後は大きな被害が出る可能性がある。このように,歴史地震における史料に基づく推定震度は,得られる被害情報の分布域が土地利用の地盤選択性といった影響を大きく受けることがある。そのため,史料に基づく歴史地震の推定震度を取り扱う際には,どのような土地にあるどのような建造物で生じた被害情報に基づいて推定された震度であるか,個別に確認して活用する必要がある(名古屋大学[課題番号:1701])。

・岩手県の旧気仙郡地域における歴史地震・津波に関する災害史料の収集
 平成28年度の調査では,2011年3月の東日本大震災による歴史資料の被害状況について,地元郷土史家が以前に調査した古文書所蔵者のリストを手掛かりに,旧気仙郡にあたる岩手県大船渡市盛地区・大船渡地区で調査を実施した。その結果,大船渡地区では,古文書所蔵者が所有していた史料7件が流失し,存在が確認できたもの5件,うち2件では従来把握されていたものではない新たな古文書群であることが確認された。
 新出史資料のデータ化・分析としては,釜石市唐丹地区の『旧唐丹村役場文書』について,東北大学災害科学国際研究所において整理・目録化とデジタルカメラ撮影を実施した。『旧唐丹村役場文書』には,1913年(大正2年)から,唐丹村が釜石市に合併する1955年(昭和30年)までの行政文書群が存在し,これらの総点数は550点にのぼる。特に,1933年(昭和8年)3月3日に発生した昭和三陸地震津波に関係する史料が多数含まれており,その前後の村会会議録や災害復旧工事の契約書類綴り等からは,当時の町村の段階における被災後の対応を知ることができる。
 1933年の「唐丹村村会会議録」には,「臨時海嘯復興委員」と呼称される名誉職の推薦,政府所有米払下げ,罹災農家の農具購入・納屋新築に関する助成,住宅適地造成や簡易水道等各種復旧事業に関する決議の様子が記録されている。また,1933年7月23日開会の第11回村会では,各集落間を連絡する私設電話の開設や,避難道路の設置の諮問が行われた上,いずれも承認されており,津波被害を教訓とした対策が実施されていた状況がわかる。その他,住宅適地の造成に際し,地主との交渉が進捗しない場合には,やむを得ず土地収用を行うことを承認する答申があり,当時の唐丹村でも住宅適用地の確保が容易でなかったことや,土地収用を実行してでも早期に住宅適用地を準備する方針のあった様相が窺い知れる。この他に,この史料群の中には昭和三陸津波後の災害復旧工事関連の記録や当時の集落地図も複数含まれている。これらを基にして今後さらなる調査を展開していくことで,唐丹村が津波の被害からどのように復旧・復興し,集落を再形成していったかを地図上に復元することが可能となる(公募研究[課題番号:2944])。

・地震関連史料のデータベース化に関する研究
 地図情報に統合した古地震研究ポータルサイトの作成のために,web GISについてソフトウェアの仕様の検討を行った。また,昨年度作成したポータルサイト(http://kozisin.info/)について研究内容や研究成果等のコンテンツを充実させた。さらに,市民参加型のオンライン翻刻プロジェクト「みんなで翻刻」(http://honkoku.org/) を公開した。このプロジェクトでは,当面,東京大学地震研究所が所蔵する『石本文庫』のうち114点の史料の全文翻刻を目標としている。なお,「みんなで翻刻」は平成28年度の計画提出後に具体化したものである(公募研究[課題番号:2945])。

イ.考古データの収集・集成と分析

・考古資料の収集・分析とデータベースの構築
 平成28年度は,全国の埋蔵文化財発掘調査報告書から,新たに熊本県(28箇所),大分県(22箇所),福岡県(41箇所),和歌山県(102箇所),香川県(37箇所)の災害痕跡に関する地質・考古資料を収集し,データ整理を実施した。また,データベース項目の再定義を行い,既存の入力データの更新と新たなデータ約10,000件の入力を行った。一方で,災害考古情報データベースのGISシステムの改良を行い,産業技術総合研究所の地質情報システム,国土地理院の情報検索システム,東京大学史料編纂所の歴史地震史料データベースとのシステム連携を図り,来年度の早い段階に一部公開が可能な状態にまでシステム構築を進めた。
 さらに,平城宮・平城京跡(奈良県),青谷横木遺跡(鳥取県),武久川下流条里遺跡(山口県)等の遺跡発掘調査現場において,地震痕跡等の地層資料を採取し,災害発生時期を示す考古資料との照合を実施して,地質・考古災害資料の整理・分析を進めた(奈良文化財研究所[課題番号:9001])。

ウ.地質データ等の収集と整理 

・津波堆積物の調査及びデータベース化に向けての準備作業
 津波堆積物に関する情報のデータベース化は,東北大学のプロジェクト研究に参加し,主に北海道の既存資料を整理した。成果は平成29年度中に公表される予定である。
 ロシアの沿海州と北方領土における歴史津波と先史時代の津波痕跡について,ロシアの研究者と共同で調査を継続している。1993年北海道南西沖地震の津波堆積物は沿海州のバレンティン湾周辺で面的に残されている。平成28年度はこの場所を集中的に調査し,砂層の層厚,粒度,比重の分布を求めた。北方領土では,1994年北海道東方沖地震の津波が最も高かった国後島北東部の海岸にまで調査域を拡大した。歴史時代の津波痕跡の候補も発見したが,年代測定用の泥炭や鍵層となる火山灰といった試料はまだ分析できておらず,イベントの同定には時間を要している。
 古地震に伴う地殻変動の痕跡となり得る海岸の隆起地形と生物痕跡について,2015年4月24日に北海道の羅臼町幌萌海岸で発生した地すべりに伴う海岸隆起を,昨年度から調査している。隆起した礫に付着していた海草類の中では,石灰質の藻体を持つピリヒバのみ1年以上経過した後も明瞭に識別できた。ただし,隆起域の波浪による浸食は大きく,2016年10月には最大隆起部分を含む大部分が消失していた。
 地震や津波の痕跡がどのような場所,条件で保存されるかを確認するため,青森県三沢市の海岸において,2011年東北地方太平洋沖地震津波で形成された津波堆積物を追跡調査した。その結果,2011年4月に津波堆積物を記載した13測線上の137点のうち65点(47%)で,主に防砂林の中で堆積後に形成された数cmの土壌の下に,砂からなる津波堆積物が保存されていた。一方で,元の層厚が1cm以下の堆積物は,住宅地の敷地内では片付けられ,また防砂林内でも検出できなくなっていたものが多かった(東京大学地震研究所[課題番号:1501])。

(2)低頻度大規模地震・火山現象の解明

 史料や考古資料の分析に基づいて,機器観測開始以前に発生した低頻度で大規模な地震・火山噴火やそれによる災害を調査・研究することは,今後発生する災害の様相を予測し,その被害の軽減に貢献できると考えられる。歴史時代や先史時代の地震・火山による大規模災害について,様々な形態の史資料をデジタルデータ化し,同一の地図上に載せて被害分布図等を作成することによって,近代的な機器観測に基づく観測データとの比較・検討が可能になる。この被害分布図等を用いて過去の災害の実態を解明することは,特定の地域で今後発生する災害の予測に寄与できる。また,このような学際研究を進める上で,例えば地震災害について被害分布図等を作成する場合,信憑性の高い史料記述に基づいて被害発生の年月日と場所を調査・検討し,考古資料に基づいて先史・歴史時代の被害痕跡の位置と時期を分析する等,複数の分野からのアプローチが必要である。様々な視点からの調査・研究は,研究成果の学術的な妥当性を確保する上で重要である。

ア.史料,考古データ,地質データ及び近代的観測データ等に基づく低頻度大規模地震・火山現象の解明

・史料に基づく震度分布図の試作版の作成
 前近代に発生した低頻度大規模災害である地震災害については,近代的な観測機器によるデータが存在しない。そのため,前近代の災害について調査・研究を行う際には,歴史学で使用されているのと同様の史料を用いて,個々の記述内容から被害の実像を検討する必要がある。その際には,現存する多数の史料から記述内容の信憑性が高い史料を選定し,それに基づいて被害の実態やその発生場所を分析しなければならない。
 平成28年度は,京都盆地に被害を及ぼした近世の地震の中で,文禄伏見地震(1596年),寛文近江・若狭地震(1662年)と文政京都地震(1830年)について,信憑性の高い史料記述を使用し,歴史学における既存の研究成果を援用して,被害地震ごとに推定震度分布図の試作版を作成した。これらの震度分布図は地理情報システムを基盤に作成しており,本研究課題で構築中である史料・考古データに基づく歴史地震火山統合データベースに,将来的に組み込まれる予定である。
 地震によって建造物が受ける被害の程度は,推定されている震源断層・震央からの距離や地震の揺れの大きさだけでなく,建造物自体の特性にも依存している。そのため,史料記述にある被害状況だけでなく,被災当時の建造物について様々な条件を分析し,より多角的に被害を評価して震度を推定する必要がある。そこで本研究では,経年劣化による建造物の強度の低下と,屋根材の重量による倒れやすさに着目し,建造物の築年数と屋根材の種類による脆弱性の変化に基準をおいて,地震被害の評価を行った。得られた被害評価に基づいて,建造物の被害発生場所ごとに推定震度を導き出し,数値標高モデルを利用して地形との関係がわかる推定震度分布図を作成した。
 1596年9月5日(文禄五年閏七月十三日)に発生した文禄伏見地震では,京都盆地の北部に位置する京都の市街地で震度の大きな場所が多いが,盆地南部の伏見城や八幡にも震度の大きな場所がある。また,1662年6月16日(寛文二年五月一日)に発生した寛文近江・若狭地震では,被害は京都盆地の東縁部に偏在しているが,盆地北部に位置する京都の市街地よりも,盆地南部の京橋町や淀城といった場所で震度が大きい。さらに,1830年8月19日(文政十三年七月二日)に発生した文政京都地震では,京都盆地北部の京都の市街地に震度の大きな場所が多いが,盆地南部の伏見奉行所や淀城にも震度の大きな場所がある。
 これらのことから,京都盆地の近傍で大きな地震が発生した場合,京都の市街地が位置する京都盆地北部よりも,伏見や淀が位置する盆地南部の方が震度が大きくなる傾向がある。この要因として,近世の京都の市街地は京都盆地北部の扇状地上に位置して地盤条件は比較的良好であるが,盆地南部は氾濫原や低湿地といった軟弱地盤地帯が占めており,これらの地盤条件の相違が震度に影響を及ぼしていると考えられる。なお,本研究で作成した推定震度分布図の試作版では,建造物の被害状況から震度を推定しているために,被害発生場所が当時の人々の居住域に偏在するという点に注意が必要である(東京大学地震研究所[課題番号:1501])。

・文献史料の収集と分析による歴史災害の調査
 1855年(安政二年)の安政江戸地震に関する史料の翻刻を実施した。また,他の内陸地震や南海トラフ沿いでの巨大地震についても,新史料の収集や現地調査を実施し,新史料の翻刻やそれを用いた既存史料の再検討を行い,得られた地震関連のデータを基に歴史地震の分析を実施した。さらに,幅広い異分野の学術交流を通じて,新たな視点からの歴史地震研究の有り様を検討した。
 既存史料の再検討により,これまで行われてきた歴史地震の史料解釈の間違いについてその幾つかを指摘した。例えば,1847年2月15日(弘化四年一月一日)に越後高田で発生したとされてきた地震被害は実際には存在せず,1847年5月8日(弘化四年三月二四日)の地震(いわゆる善光寺地震)の間違いであったことを示した。このような事例は,これまでに蓄積されてきた地震史料の再評価によって,より正確な歴史地震カタログの作成が可能であることを示している。
 一方,公募研究[課題番号:2945]と共同で市民参加型のオンライン翻刻プロジェクト「みんなで翻刻」を公開し,オンライン上での史料翻刻を開始した。このプロジェクトでは,当面のところ,東京大学地震研究所図書室が所蔵する『石本文庫』のうち114点について,オンライン上での史料の全文翻刻を目標としている。平成28年度は「みんなで翻刻」を活用し,歴史学の専門家の協力を得て,古地震に関する合宿形式の研究会を実施した(平成28年9月,平成29年3月)。その内容は,オンライン上での史料翻刻を主とした史料解析の実践及び歴史学に関する話題の講演である。史料翻刻に際しては,歴史学の専門家から,指導や史料の背景の説明を受けた。また,講演では,古文書解読の背景となる基本的な情報の解説が行われた。この研究会は,地震学のバックグラウンドを持ちながら史料の解読もできる人材を育成する端緒とするのみならず,歴史学,人文情報学,地理学,地質学,気象学,地震学といった幅広い分野の研究者及び学生,大学職員,一般市民の交流の場を提供することを目指すものである。「みんなで翻刻」の開発や歴史地震の史料解釈における間違いの指摘については,この研究会での学習,技術向上,情報交換によって生み出されたものである(京都大学防災研究所[課題番号:1901])。

・文献史料を用いた雲仙寛政噴火と眉山崩壊の推移の解明
 本研究では,長崎県(長崎歴史文化博物館,島原市松平文庫,諌早市立図書館,大村市立史料館),佐賀県(佐賀県立図書館,佐賀大学,多久市郷土資料館),福岡県(九州大学,久留米市立図書館)の他,国立国会図書館,国立公文書館,東京大学,筑波大学などにおいて原史料の複写・撮影を行った。既に活字化されている史料も多いが,本研究で改めて内容を確認して分析するとともに,新たな史料の分析を進め,雲仙寛政噴火と眉山崩壊の推移について検討を続けている。
 雲仙寛政噴火に関する史料の数量は多く,収集と整理に時間を要している。また,史料の記録場所(観測点)は九州地方内の広い範囲にわたっている。これらの史料の成り立ちと信頼性を吟味した上で整理・分析を行い,噴火前・噴火時に発生した地震の震源位置・規模の変化と噴火推移を再検討して,より詳細な実態解明に向けて作業を進めている(公募研究[課題番号:2946])。

これまでの課題と今後の展望

 これまでの地震火山観測研究計画においては,近代的な観測が開始される以前の歴史時代や先史時代に発生した地震・火山噴火やその災害について,主に地球物理学の分野から研究が実施されてきた。近代的な観測記録が皆無の地震や火山噴火を対象とした研究を実施する際には,観測記録の代わりに史料や考古資料を用いる必要がある。史料や考古資料については,本来,歴史学や考古学の手法で取り扱われなければ学術的な妥当性を保持できないものであり,理学的な知見のみで取り扱われた場合には,誤った評価を導き出してしまう危険性を有している。このような理由から,近代観測以前の地震や火山噴火に関する史料や考古資料を用いた理学的な研究には,学術的な手続き上看過できない問題が内在していた。
 そのため,平成26年度から実施されている「災害の軽減に貢献するための地震火山観測研究計画」においては,近代的な観測記録が存在しない地震や火山噴火について,地震学や火山学といった理学系の分野だけでなく,歴史学や考古学といった人文学系の分野の研究者も組織的に参加し,史料や考古資料を用いた研究が共同で実施されている。理学系と人文学系の分野が主体となった文理融合の研究は他にあまり類例がなく,学際的な研究としても特筆すべき研究計画である。当部会では今後,地震・火山学や関連諸分野との連携を強化し,他の部会と協力してこの研究計画を推進していくとともに,新たな学際的研究分野の創出も視野に入れて研究の更なる深化と展開を目指していくべきと考える。
 本部会では,文理融合の研究を進める上でデータの共有化が必須と考え,平成26年度以降,史料・考古それぞれのデータベース化に向けた研究を実施してきた。史料データは被害発生の時期は明確であるが場所は必ずしも明確ではなく,考古データは被害発生の時期に幅があるものの場所は明確である。平成28年度は,このような特徴を持った双方のデータについて,被害発生の時期と場所とを結合して連続したデータを作成し,時代・時間情報と位置情報の両方から検索可能なデータベースの構築に向けて,史料・考古統合データベースの試作版を作成した。
 また,史料・考古統合データベースの構築に向けた研究とは別に,史料データや考古データを活用した歴史地震・火山噴火及び,それらによる災害の実態解明の研究にも取り組んでいく必要がある。特に,史料データにある地震記録に基づいて,特定期間の広域における有感地震の記録を集中的に分析し,巨大地震と大地震との関係だけでなく,その間に発生した有感地震(中・小規模地震)を含めた地震活動を解明する研究は,現行の地震学における地震活動の研究にとっても有益になると考える。そのため今後は,19世紀中頃の西南日本から関東地方において,幾つかの被害地震(巨大地震と大地震)とその前後の有感地震の史料データを収集・分析し,一定期間の地震活動の推移について検討を試みる計画である。さらに,史料データに基づいて,地理情報システムを活用した歴史地震の推定震度分布図を作成する研究については,今後,地震学分野の強震動研究との連携を念頭において研究を進めていく予定である。
一方で,史料・考古部会としては,個々の研究課題において歴史地震・火山噴火の事例研究も進めていき,現行の地震学・火山学や災害研究に資する成果を積み重ねていく必要があると考える。

成果リスト

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