四.重要な地震・火山現象と拠点間連携共同研究

1.近年発生した地震及び火山現象に関する重要な観測研究

(1)主な地震

本節では,近年発生した地震のうち,平成24年度以降に地震発生過程の解明・予測で重要な成果が得られた地震や災害科学的に重要な地震を取り上げた。

1)平成23年(2011年)東北地方太平洋沖地震と,それに関連する地殻活動

 2011年3月11日に我が国の観測史上最大のマグニチュード(M)9.0の東北地方太平洋沖地震が発生した。この地震により,宮城県では最大震度7,福島県・栃木県・茨城県では最大震度6強の揺れに見舞われ,強震動は約3分間継続した。津波は場所によっては10mを超え,最大遡上高は約40mに達し,また海岸から内陸に最大約6kmまで浸水した。これらの強震動と大津波は広域に甚大な被害をもたらし,死者・行方不明者は12道都県で18,452人,全半壊家屋は400,381戸にも達し,また震災関連死も2016年3月末までに3,472人となった。さらに,この大きな地震動と津波により福島第一原子力発電所において事故が起こり,近隣住民10万人以上が避難した。このような未曾有の事態をうけて,政府は今回の震災を「東日本大震災」と呼称することを閣議決定した。この大震災により,一時は45万人以上の人々が避難し,地震発生から5年経過した2016年3月現在でも,避難者の数は約17万1千人となっている。
 今回の大震災の主たる災害誘因は継続時間の長い強震動と巨大な津波である。GNSSや海底地殻変動,地震波,津波等の解析により,今回の地震では長さ約500km,幅約200kmの広大なプレート境界断層が動いたことが明らかになっており,強震動の継続時間が長かったのは,震源域がこのように巨大であったことが第一の原因である。また,この強震動は主として宮城県沖と福島・茨城県境沖の海岸に近いやや深部のプレート境界で生成され,この継続時間の長い大きな強震動が広域に建物に被害を与え,さらに液状化や地滑りといった地盤災害をもたらした。
 この強震動被害に関わる周期0.1~10秒の地震波の生成域は,これまでに東北沖で繰り返し発生したM7~8クラスの地震のアスペリティと一致する可能性が示された。一方,長周期(周期10秒以上)の地震波形や津波波形データの解析から,宮城県沖の海溝付近のプレート境界浅部では滑り量が50m以上にも達する広大な滑り域が推定されたが,この部分では強震動はほとんど生成されていない。この巨大な震源域により波長の長い津波が生成され,そのために平野部の内陸奥深くまで津波が侵入した。また,海溝付近の大きな滑りにより,パルス状の高い津波が生じ,これが三陸地域で防潮堤を越えて,大きな津波被害をもたらした。これらの結果から,強震動を作り出す周期10秒以下の波を放射する領域と,大きな津波を生成する大変位の領域が異なることが明らかになった。
 強震計の波形とGNSSデータを用いて,2011年東北地方太平洋沖地震の約30分後に茨城県沖において発生したM7.6の余震の滑り分布を調べたところ,大きな滑りの領域は沈み込むフィリピン海プレートの北東限と沈み込む海山に囲まれた場所に位置し,大地震の発生場所と震源域の広がりが海底地形やプレート構造などの地学的要因に規定される可能性があることがわかった。本震前後のプレート境界地震の発生レートから,本震時の滑り領域はプレート境界地震の減少域とよく一致し余震活動が低調であること,その周囲はプレート境界地震の増加域に当たり余効滑りの発生域を示すことがわかった。このプレート境界地震増加域の北側は平成6年(1994年)三陸はるか沖地震の主要な滑り域に及んでいない。プレート境界地震発生レートの変化の分布は摩擦特性の違いによるものである可能性がある。
 宮城県沖から福島県沖にかけての領域では,GNSSデータの解析により,観測が始まった1990年代半ばから固着の強い時期が続き,2000年代半ばから固着が緩んだように見えることが示されていた。本震の発生直前には,3月9日のM7.3を最大前震とする活動があったが,それに先立って本震の破壊開始点の北東側で2011年2月にMw7.0相当のゆっくり滑りが発生した。このゆっくり滑りに伴って,M5級の地震を含む群発活動が生じた。このゆっくり滑りはその西側に隣接する地域に応力を集中させ,そこで3月9日の前震(M7.3)が発生した。この前震の余効滑りが南側に伝播し,その南端に応力を集中させて,3月11日の本震をトリガーしたと見られる。このように,非地震性滑りと地震性滑りが交互に生じて最終的に本震発生に至ったと考えられるが,この2011年2月と同様のゆっくり滑りは2008年にも生じていたことが,2011年東北地方太平洋沖地震発生前から宮城県沖で行っていた自己浮上式海底圧力計による繰り返し観測から明らかになっている。どのような場合に,ゆっくり滑りの発生が大きな地震の発生に繋がるのか,その解明が重要となっている。
 2011年東北地方太平洋沖地震後の余効変動についても観測とその解析が進められ,GPS-音響測距結合方式による海底地殻変動観測では,日本海溝沿いの海底基準点で余効変動による西向きの変動を含む複雑な海底変動を捉えた。これまで地震直後の地殻変動観測データの解析では余効滑りが主たる要因であると考えられてきた。しかしこの地震では粘弾性変形が大きな要因になっていることが示され,粘弾性変形を考慮することの重要性が指摘された。

2)2013年4月13日 淡路島付近の地震(M6.3)

 2013年4月13日に淡路島付近の深さ15kmでM6.3の地震が発生した。この地震は,1995年兵庫県南部地震の余震域の南西端に近接する領域の地殻内で発生した逆断層の地震であった。兵庫県淡路市で震度6弱,南あわじ市で震度5強の強い揺れを観測し,負傷者34人,住家被害8,414棟(全壊8棟,半壊101棟,一部破損8,305棟),非住家被害34棟を生じた(2013年10月29日現在,総務省消防庁による)。
 この地域で発生する地震の発震機構解析から,震源域周辺では広域のせん断応力は高くないが地震発生前に断層近傍で応力集中が起こっており,間隙水圧が静岩圧に近い状態であったと推定された。

3)南米の海溝型巨大地震

 海外で発生した海溝型巨大地震ではあるが,ここで取り上げる南米沖地震では2011年東北地方太平洋沖地震などの海溝型巨大地震と共通した特徴がみられたことから,プレート境界巨大地震を考える上で海外の巨大地震との比較検討も重要である。
 2014年4月2日(日本時間)に,チリ北部沿岸の深さ25㎞においてMw8.2のイキケ(Iquique)地震が発生した。この地震による津波は,北海道から九州地方にかけての太平洋沿岸,南西諸島,伊豆・小笠原諸島を含む太平洋の広い範囲で観測された。この地震は沈み込むナスカプレートと南米プレートとの境界で発生し,破壊は破壊開始点から南南東方向の深い側へ伝播した。本震の約27時間後には本震破壊域の南端延長部でMw7.7の最大余震が発生した。プレート境界面の固着率が高い地震空白域と考えられていた地域であるが,この地震により解放された滑り欠損は一部に過ぎず,依然巨大地震の発生が懸念されている。地震活動度を調べてみると,本震発生の約270日前から間欠的に増加し始め,その増加率も時間ととともに大きくなり,約2週間前には本震時に大きく滑った領域の浅い側で顕著な前震活動とそれに関連した地殻変動が観測された。また,震源移動現象の発生頻度も本震発生が近づくにつれて増加する傾向が見られた。地震性滑りに加えて非地震性滑りもプレート境界面上で進行し,本震破壊領域の端で固着が間欠的に緩み破壊域への応力集中が生じたことで本震の発生が促進されたと考えられる。
 一方,2015年9月17日(日本時間)にチリ中部沿岸の深さ21㎞で発生したイヤペル(Illapel)地震(Mw8.3)では,1997年に最大M6クラスの群発地震が発生したものの,本震発生直前に顕著な地震活動の増加は見られなかった。この地震による津波は,岩手県久慈港で78cmなど北海道から九州地方にかけての太平洋沿岸,南西諸島,伊豆・小笠原諸島で観測された。

4)2014年11月22日 長野県北部の地震(M6.7) 

 2014年11月22日,長野県北部の深さ5kmで M6.7(Mw6.2)の地震が発生し,長野県長野市,小谷村,小川村で震度6弱,白馬村,信濃町で震度5強の強い揺れを観測した。この地震により,負傷者46人,住家全壊77棟,住家半壊136棟などの被害を生じた(2015年1月5日13時30分現在,総務省消防庁による)。この地震発生の4日前の11月18日18時頃から,白馬村ではM3程度を最大規模とする小さな群発地震活動があったため,地震研は11月20日から震源域の直上に観測点を設置していた。
 この地震の発震機構は西北西-東南東方向に主圧力軸を持つ逆断層である。余震は小谷村から白馬村にかけての南北約20kmの領域で発生し,余震分布は概ね東下がりの傾斜となっている。強震動を生成したと考えられる領域では余震はほとんど発生していない。また,余震分布には鉛直や西傾斜の面状構造が見られ,複雑な断層群の存在を示唆している。この地震では,白馬村北城から白馬村神城まで既知の神代断層沿いの長さ約9kmに渡って地表地震断層が断続的に出現した。多くの地点で撓曲変形の様相を呈する東側隆起の上下変位が生じ,水平短縮も認められた。最大上下変位は白馬村塩島地点で約90cmであった。だいち2号のデータを用いたSAR 干渉画像解析により,白馬村を中心とする東西約 30km,南北約30kmの地域において,この地震に伴う地殻変動が検出された。GEONETによる地殻変動データも用いて震源断層モデルの構築を行ったところ,東に傾き下がる断層面上で,左横ずれを含む逆断層運動が推定された。本震破壊域は,水平方向に約20km,深さ方向に約10kmであった。
 地震本部・地震調査委員会が1996年9月に公表した糸魚川―静岡構造線活断層系の長期評価では,約1,200年前に同断層系の白馬から小淵沢までの区間(約100km)が活動し,活動間隔は1,000~2,000年とされていた。このため将来の活動もM8程度と評価していたが,今回の地震では活動した区間が短く,規模も小さかった。トレンチ調査によれば,今回の地震に先行する活動は1714年正徳小谷地震で,その時の上下変位量は今回の地震と同等の0.5m程度,その前の活動は約2,000年前以降に生じ,上下変位量は約2m以上であった可能性が高い。

5)2015年4月25日 ネパールの地震(Mw7.8) 

 2015年4月25日,ネパールのゴルカ地方においてMw7.8の地震が発生し,震源域に大きな被害をもたらした。特に震源域内に位置する首都カトマンズでは,歴史的な建造物が数多く倒壊するなど大きな被害が生じ,ネパール国内で7,675人の死者及び16,392人の負傷者を出した。また5月12日には,震源域の東端付近でMw7.3の最大余震が発生した。
 震源断層は,インドプレートとユーラシアプレートの衝突境界に形成された3枚の主要な断層の一つである主ヒマラヤ衝上断層と考えられている。
陸域観測技術衛星「だいち2号」のScanSARデータを用いたSAR干渉解析により,東西約160kmの範囲に及ぶ広域の地殻変動の全貌が短期間で捉えられた。SAR干渉解析の結果からは,地表に顕著な地表地震断層は現れていないことが示唆された。
 震央は震源域の西端付近に位置し,遠地地震波形を用いた震源過程解析から,破壊は震源から東方に進展したと推定されている。また,地殻変動からは,カトマンズの北東20~30kmの領域の直下を中心とした最大6m超の大きな滑りが推定された。一方で断層の浅部では滑りがほとんど生じておらず,ひずみが蓄積されたままである可能性が指摘されている。

6)2015年5月30日 小笠原諸島西方沖の地震(M8.1)

 2015年5月30日に小笠原諸島西方沖の深さ682kmでM8.1の深発地震が発生した。この地震により東京都小笠原村,神奈川県二宮町で震度5強,埼玉県鴻巣市,春日部市,宮代町で震度5弱など気象庁の観測史上初めて47全都道府県で震度1以上を観測した。この地震による負傷者は東京都で8人,埼玉県で3人,神奈川県で2人であったほか,東京都で火災が1件発生するなど,深発地震にもかかわらず首都圏で被害が生じた地震である(総務省消防庁による)。この地震では関東地方を中心に約1万9000基のエレベーターが停止,うち14基で人の閉じ込めが発生した(国土交通省による)。
 小笠原諸島周辺で発生する深発地震は,沈み込む太平洋プレートに沿って深さ500km付近までは急傾斜で分布し,それ以深では緩やかな傾斜で分布している。今回の地震は,沈み込むスラブが水平に折れ曲がる屈曲点付近で,横たわるスラブの下面付近の深さで発生したという点が特異である。また発震機構解もこれまでの深発地震のメカニズム(スラブの沈み込む向きに圧縮軸が向く)とは違い,鉛直方向に主圧力軸,東西方向に主張力軸を持つ。この地震の発生メカニズムの解明はプレート沈み込みのダイナミクスを理解するために重要であろう。

7)平成28年(2016年)熊本地震

 2016年4月14日熊本県熊本地方の深さ11kmでM6.5の地震が発生し,熊本県益城町で震度7を観測した。その約28時間後の4月16日には深さ12kmでM7.3の地震が発生し,熊本県益城町,西原村で震度7を観測した。熊本県益城町では2度も震度7の揺れに襲われ,多くの家屋が倒壊した。これらの地震をはじめとして,熊本県熊本地方,阿蘇地方,大分県中部等にかけての広い範囲で地震活動が活発となり,4月15日のM6.4(最大震度6強),4月16日のM5.8(最大震度6強)などを含め4月30日までに震度6弱以上を観測した地震は7回,最大震度5弱以上を観測した地震が22回発生している。この一連の地震活動により,死者 161人,負傷者2,692人,住家全壊8,369棟,住家半壊32,478棟,住家一部破損146,382棟,火災15 件などの被害が生じた(2016年12月14日18時00分現在,総務省消防庁による)。4月15日(M6.4)と4月16日(M7.3)の地震では,気象庁による長周期地震動に関する観測情報の発表の試行開始後初めて階級4を観測した。4月14日のM6.5及び4月16日のM7.3の地震で震度7を記録した益城観測点の記録を見ると,周期1秒程度の揺れが極めて強く,1995年兵庫県南部地震で甚大な被害を出したJR鷹取観測点の記録と同程度の激しい揺れであったことがわかった。また,この地震により土砂災害が190件発生し,10人(関連死を除く)が亡くなっている(国土交通省による)。
 今回の一連の地震活動領域には,布田川断層帯,日奈久断層帯,別府-万年山断層帯が存在している。地震調査委員会は,布田川断層帯(布田川区間)については,活動時にM7.0程度の地震が発生する可能性があり,30年以内の地震発生確率はほぼ0%~0.9%(やや高い),布田川断層帯を含む九州中部の区域におけるM6.8以上の地震の発生確率は18~27%と評価していた。4月14日の地震(M6.5)は,主に日奈久断層帯の高野-白旗区間の活動,4月16日の地震(M7.3)は,日奈久断層帯北部から破壊が始まり主として布田川断層帯の布田川区間の活動と考えられている。これらの地震の発震機構は概ね南北方向に主張力軸を持つ横ずれ断層型であった。4月16日の地震(M7.3)の断層面は走向235°,傾斜 60°であり,破壊開始点から北東方向の浅い方に約20秒かけて30kmほど滑りの大きな領域が拡大し,阿蘇山のカルデラ内にまで破壊が及んだことが示唆された。
 これらの地震に伴って,布田川断層帯の布田川区間沿いなどで長さ約28km,日奈久断層帯の高野-白旗区間沿いで長さ約6kmにわたって地表地震断層が見つかった。いずれの地点も主に右横ずれ変位が主体であり,益城町堂園(どうぞん)付近では最大変位約2.2mであった。一部の区間では北側低下の正断層成分を伴う地表地震断層も見つかっている。
 GNSS観測の結果によると,4月14日のM6.5の地震及び4月15日のM6.4の地震の発生に伴って,熊本県内の城南観測点が北北東方向に約20cm移動するなどの地殻変動が,また4月16 日のM7.3の地震の発生に伴って,熊本県内の長陽観測点が南西方向に約98cm 移動するなどの地殻変動が観測されている。だいち2号が観測したSAR画像の解析結果によると,熊本県熊本地方から阿蘇地方にかけて地殻変動の面的な広がりがみられ,布田川断層帯の布田川区間沿い及び日奈久断層帯の高野-白旗区間沿いに大きな変動が見られる。これらの地殻変動から推定された震源断層の長さは約35kmで,地震波形解析の結果や地表地震断層調査の結果などとも整合的である。
 今回の地震による自然斜面の地滑り・崩壊は,カルデラ内の西部とカルデラ壁斜面において発生しており,岩盤急斜面の崩壊とともに,緩斜面でも急速な地滑りが発生したことが確認された。滑り面は,多くの場合,草千里ヶ浜火山降下軽石層やデイサイト溶岩が熱水変質を受け,一部が粘土化した層に位置することがわかった。また,谷埋め盛土斜面の地滑りは旧谷地形と一致していた。
 震度5強以上の揺れに見舞われた市町村は,4月14日の地震では熊本県15市町村,16日の地震では熊本県30市町村,大分県では6市町,その他,福岡県,佐賀県,長崎県,宮崎県と広域にわたった。被害範囲については,政令指定都市(熊本市),地方中心都市(例:宇城市,菊池市),中山間地域(例:南阿蘇村)にわたり,地域特性に応じた対応が求められた。また,2度の大きな揺れとその後の余震の発生が,避難行動や応急・復旧活動のあり方に影響を与えた。地震発生後の空地(くうち)避難の必用性の認識向上,余震の見通し情報の災害対応活動への活かし方等の検討など今後の防災対策への課題も明らかになった。避難生活は長期化しているが,車中泊や軒先避難も多数見られる。地震発生から3か月後の避難の主たる理由については,避難者が最も多い益城町総合体育館避難者のデータ分析から「居宅被害の甚大さ(46.9%)」「高齢者(60歳台46.4%)」であることが明らかとなっており,災害由来の避難行動から被災由来の避難生活への傾向変化が見られる。

(2)主な火山噴火

 本節では,平成24年度以降に活動が活発化した日本の火山と災害科学的に重要な火山を取り上げた。

1)御嶽山

 2014年9月27日の御嶽山噴火は,1979年10月28日の噴火と比べて特段に大きくなかったが,紅葉シーズンの好天候の休日昼時という火口周辺に多数の登山客のいる中で発生し,死者58人,行方不明者5人(2015年11月6日時点)の戦後最大の犠牲者をうむ火山災害をもたらした。
 火山性地震は,噴火発生の約1か月前(8月末)から発生し,9月中旬にやや活発化したものの,その活動は減少傾向にあった。9月中旬以降,低周波地震も観測されたが,1991年及び2007年の噴火前の活動と比較して地震活動は小規模であった。また,山体変形や噴気活動の変化も認められなかった。噴火直前の11時41分頃からは火山性微動が,11時45分頃からは急激な山体膨張が発現した。気象庁では,その変化を捉えていたが,山体膨張から間もなく11時52分頃に噴火が始まった。
 噴火発生の直後には,山麓での火山灰採取,航空機による地形変化の計測や映像観測等が行われた。加えて,火口付近で被災した登山客により記録された映像や証言も,噴火の初期過程を知る重要な情報となった。これらのデータの分析の結果,地獄谷の中央部に新たに形成された火口から噴火が始まったこと,最初の約20分で噴石を飛ばす爆発や火砕流が発生したこと,その後に典型的な水蒸気噴火が起こり噴煙から火山灰混じりの雨が降る等の推移をたどったこと,が明らかになった。
 噴火発生後には詳細なデータ解析が行われた。水準測量のデータ解析から,2006年から2013年8月(噴火前の最後の測量)まで山頂方向が隆起する傾向にあったこと,噴火により2006年からの隆起量と同程度の沈降が生じたことがわかった。また,複数のGNSS観測データにノイズを低減する解析手法が適用され,山頂直下の浅部及び深部での微弱な膨張が噴火の1か月半前から始まっていたことが見出された。このような膨張は,火山性地震のメカニズム解から推定される局所的応力場の変化とも調和的であった。また,地震の自動検出アルゴリズムを利用した解析から,多数の火山性地震の震源が,地獄谷の火口列の分布とよく一致する北北西から南南東方向に伸びた鉛直面上に広がったこと,噴火直前の10分間には北北西方向と南南東方向,及び浅部に拡大したことがわかった。噴火開始25秒前に発生した超長周期地震は,火山性地震の震源域東端において,震源分布の方向と走向が一致するクラックの開口によって起きたと推定された。
 以上の2014年御嶽山噴火のデータ解析結果や,次節で述べる口永良部島噴火の事例は,噴火直前に山体変形が起こったことを示している。高感度の地盤変動観測点を複数設置し,各種観測を充実して迅速なデータ解析技術を開発することにより,水蒸気噴火であっても,直前に噴火が発生する可能性についての情報を発信し,火口周辺の登山者らに危険を伝える体制を構築できる可能性があることがわかった。
噴火の約1か月前から発現した火山性地震の活動について,気象庁は,9月11日に「火山の状況に関する解説情報」を発表して,火口内及びその近傍に影響する程度の火山灰等の噴出に対する注意を喚起するとともに,その後の活動経過を解説情報や週間火山概況により報告した。大学は,火山活動のさらなる活発化に備え,観測体制の点検,臨時地震観測点の設置,故障中の長野県の地震観測点の復旧に協力した。このような噴火前の情報発信や対策は行われていたものの,被害を起こす噴火が発生するとの判断に至らず,災害軽減に有効な情報とはならなかった。また,地域住民を対象としたアンケート調査では,噴火の未経験者や地方公共団体職員のリスク認識が低いことが明らかになった。現行計画から研究対象に加えられている,不確実性を含む情報の提供の在り方と住民への災害対策の普及方法について,有効な方策を研究する必要があることがあらためて認識された。

2)口永良部島

 1931年から1980年まで1~10年ほどの間隔で噴火を繰り返してきた口永良部島は,2014年8月3日に34年ぶりに噴火した。この噴火の約15年前の1999年7月に火山性地震活動が活発化し,以降,地震活動は新岳火口直下500m以浅に集中した。また,地震活動の活発期には,山頂直下浅部を膨張源とする地盤変動が進行した。2001年頃からは,地下浅部の高温化が地磁気変化として検出され,地表面の温度変化や噴気の活発化も徐々に顕著となった。2008年10月以降は,火口からの噴気量が増大し,二酸化硫黄放出量は300トン/日に達した。2009年以降は,地震活動も比較的高く,火山活動の高まった状態が継続していた。噴火の顕著な先行現象は,約1時間前から始まり,20分前に急加速した山体膨張現象である。これは,2014年御嶽山噴火直前と類似している。しかしながら,地震活動の1か月ほど前からの活発化など,中期的な先行現象は観測されなかった。
 口永良部島は,本計画当初より重点的に研究すべき対象火山とされ,火口近傍に多数の観測点が設置されていたが,2014年噴火によってその多くが使用不能となった。そこで,噴火活動の推移を把握するため,大学は,無人ヘリコプターを用いた観測点の設置や船舶を利用した火山ガスの観測を行った。その結果,2015年噴火は,2014年噴火よりも顕著な中期的な先行現象を伴ったことがわかった。二酸化硫黄放出量は,2014年8月の噴火以降やや多い状態が続き,2014年11月末には3,000トン/日まで急増した。同時に島全体が膨張し,地震活動や地熱活動の活発化が段階的に進行した。2015年5月23日に有感地震が発生し,山頂域での地震活動が活発化したのち,2015年5月29日に再度噴火が発生した。この噴火では,火砕流が火口から2㎞を超える範囲まで到達した。気象庁は運用開始後初めて噴火警戒レベル5を発表し,全島民が島外へ避難した。
 大学・気象庁等は,2015年5月の噴火後も,多項目の観測・調査を継続して実施し,火山性地震の活動低下,山体膨張の停止,火山ガス放出量の減少を捉えた。これらの結果は規制区域の縮小や警戒レベルの引き下げの判断に有効に利用された。

3)箱根山

 箱根山大涌谷では,2015年6月29日から7月1日にかけて,ごく小規模な水蒸気噴火が発生した。神奈川県温泉地学研究所,大学等の研究機関,気象庁等が協力して多項目の臨時観測を実施し,地震活動の活発化,山体膨張,蒸気井の暴噴,大涌谷内の地表面の膨張等,水蒸気噴火に至る過程を理解する上で有用な観測データを取得した。
 2015年4月26日頃から,大涌谷付近から神山付近の浅い所を震源とする火山性地震の発生数が増加した。箱根町湯本では震度1を記録する有感地震が5月以降に多発し,火山性地震の活動は5月15日にピークを迎えた。その後,地震活動は減少傾向となったが,6月29日7時32分頃から1分以上の継続時間をもつ傾斜変動や火山性微動が発生し,12時45分頃には,降下火砕物が大涌谷の北から北東にかけて最大約1.2㎞の範囲で確認された。地震発生数は,7月には噴火前のレベルに戻り,2015年12月頃には今回の火山活動の活発化以前と同程度となった。
 地震活動の活発化に先行する4月上旬頃から6月末の水蒸気噴火の発生まで,GNSSによる基線長変化の伸びが観測された。SAR干渉解析により検知された,5月7日から始まる大涌谷での局所的な隆起域は,今回の水蒸気噴火により形成された火口・噴気孔群の位置と一致した。これは水蒸気噴火の発生位置を予測できる可能性を示す結果である。
 今回の水蒸気噴火は,2000年代に進展した地質調査の結果に基づいて作成された箱根町火山防災マップの想定範囲内で起こり,その降灰範囲も予想域内であった。また,噴火警戒レベルに伴う規制範囲についても大きな問題は生じなかった。その一方で,マスコミ報道や観光客激減対策に伴う地元からの情報発信に対する社会的反響を踏まえ,観測成果の適切な開示・説明の方法や,火山を抱えた自治体や観光地が異常時にどのような対処をすべきか考える上での課題が明らかになった。

4)西之島

 小笠原諸島の西之島は,2013年11月に噴火活動を開始した。本土から遠く離れた離島の噴火であっても,周辺を航行する船への影響や,海底斜面崩壊による津波の発生が懸念されるため,火山活動の把握や推移の予測が必要である。そこで,衛星画像解析,航空機観測,岩石採取,遠隔地における空振観測,海底地震観測,海水分析など可能な限りの手法を駆使して,火山活動を把握するための観測が行われた。
 噴火は,2013年11月21日に,前回の噴火(1973年~1974年)で形成された西之島新島の海岸より南東に数百m離れた海底から始まった。その後,溶岩の流出によって面積を拡大し,1年後にはもとの西之島をほぼ覆い尽くすまでに成長した。衛星画像データと海底地形の比較により,2015年1月までの総噴出量は0.1km3,1日当たりの噴出量は平均20万m3と推定された。2014年4月より,西之島から東方に130km 離れた父島において空振計のアレイ観測を行い,西之島の火山活動の把握を行った。2015年2月以降,大学,海洋研究開発機構,国土地理院,海上保安庁,気象庁が協力し,航空機や海洋調査船による西之島周辺の調査,海底地震計の設置・回収,岩石サンプルの採取,海底探査等を行った。海底地震計のデータ解析から,観測開始(2015年2月28日)から9か月間で3万6千回以上の地震が発生していること,2015年7月中旬から地震活動が低下していることが明らかとなった。火山活動の低下は,航空機による定期観測,気象庁による二酸化硫黄の放出率観測,静止気象衛星による輝度温度観測からも確認された。
 西之島での斜面崩壊を想定した津波シミュレーションも行われ,人の住む最も近い陸地である父島に20分弱で津波が到達すると推定された。しかしながら,この想定が発表された際,小笠原村役場では事態を把握できておらず,研究成果の伝達の仕方について課題が残された。

5)阿蘇山

 阿蘇山では,1989~1995年の活動以後約20年ぶりとなるマグマ噴火が,2014年11月25日から中岳第一火口で始まった。一連の噴火活動は,2016年3月まで消長を繰り返しながら継続した。2016年4月の平成28年(2016年)熊本地震(以下,「2016年熊本地震」)直後には火山活動の活発化は見られなかったが,2016年10月8日に爆発的噴火が発生した。
 2014年のマグマ噴火に先行して,2014年1月から火口湖(湯だまり)がほぼ消失し,ごく小規模な水蒸気噴火(土砂噴出)が断続的に繰り返されていた中で,8月30日に噴火警戒レベルが1から2に引き上げられた。同年11月25日に小爆発を繰り返すマグマ噴火へ移行し,数か月間継続した。2015年5月3日には火口底の一部が大規模に陥没し,火口内で水蒸気噴火を繰り返す様式へと推移した。火口はその後の数か月間で徐々に閉塞気味になったが,同年9月14日に少量のマグマが関与する爆発的噴火が起こり,小規模な火砕流も発生した。気象庁は,この噴火直後に,初めての「噴火速報」を発表するとともに,噴火警戒レベルを2から3に引き上げた。爆発的噴火の活動は10月23日まで継続したが,11月24日に噴火警戒レベルは2に引き下げられた。その後,噴火活動はやや低下しつつも2016年3月まで断続的に小規模な水蒸気噴火を繰り返していたが,2016年10月8日に爆発的噴火が発生し,再び噴火警戒レベルは3に引き上げられた。2014年11月から2016年10月8日までの噴火活動による総噴出物量は数百万トンで,最近100年間の主要な噴火期と比較すると有意に少ない。今のところは大規模な噴火には至っておらず人的被害はないものの,農業や観光など社会活動への影響があった。
 大学等の研究機関,及び気象庁等による常時観測や臨時調査により,2014年の一連の噴火に関連して以下の知見が得られた。2013年の9月から二酸化硫黄の放出率が増え始め,火山活動に変化の兆しが見られた。2014年11月のマグマ噴火活動に数年前から先行して検知されたGNSS基線長の伸び,数か月前から観測された長周期微動の振幅の増大と発生回数の増加,1か月前より検知された火口地下浅部の熱消磁によると考えられる地磁気変化など,多くの先行現象が観測された。また,マグマ噴火の発生に先立ち,火口浅部の膨張によるひずみ・傾斜変動も捉えられたほか,活動の消長に伴う火口直下の見かけ比抵抗変化も検出された。2014年11月25日の比較的規模の大きな噴火以後は,随時,現地調査が行われ,噴出物量が測定された。2014年11月及び2015年9月の水蒸気噴火からマグマ噴火への移行にやや先行して,火口近傍で断続的に発生する長周期微動の卓越周期の明瞭な変化が見られた。この卓越周期の変化は,推定されているマグマ溜まりを挟むGNSS基線長変化とも対応しており,マグマ溜まりの増圧が浅部火道への流体供給の量や組成に変化をもたらしていたことを示唆する。阿蘇山においては水蒸気噴火やマグマ水蒸気噴火を引き起こす浅部流体の状態監視に,地震学的手法と地盤変動観測が特に有効であることを示す特筆すべき観測結果である。
 以上の一連の噴火活動は,次のようなマグマ活動によるものと推察された。2014年11月の本格的な活動に先行してマグマが地下浅部に上昇し,浅部熱水系との接触を経て,比較的安定した火道が数か月間確保され,マグマ噴火が繰り返し発生した。その後,火口へのマグマ供給の低下に伴い浅部熱水系が復活し,水蒸気噴火主体の活動形態に移行した。また,一連の噴火活動の様式変化と分岐現象の発現時期の予測は,地盤変動観測,地震活動の監視に加え,火山ガス・電磁気・放熱率・噴出物分析/組織解析等の情報も加えた総合的判断によってなされた。

6)桜島

 2006年6月に噴火活動が再開した鹿児島県桜島の昭和火口では,2009年9月以降,噴火活動が活発化し,年間1,000回近くの頻度でブルカノ式噴火が発生している。ブルカノ式噴火が特に継続して頻発した時期は2009年12月~2010年4月,2011年12月~2012年4月,2015年2月~6月であり,噴火活動の活発化と同期して伸縮計の伸びや,傾斜計による火口方向の隆起が観測された。GNSSによっても桜島及び姶良カルデラ周辺の地盤の隆起・膨張が観測された。3つの球状圧力源を仮定した解析から,活発な噴火活動を反映して南岳直下の1㎞以浅に減圧源が求められる一方,増圧源が姶良カルデラ中央部の深さ10㎞付近と北岳直下の深さ3~4㎞に推定された。火山体の膨張と噴火活動の活発化が同期して起こったことは,マグマの貫入と同時に火道最上部までマグマが移動・噴出したことを意味し,開口型火道系の特徴の一つと考えられる。また,2012年7月の南岳山頂爆発とその前後に発生した昭和火口爆発の噴出物の比較により,石基ガラス組成が火道内でのマグマ上昇速度の簡便な指標になり得ることが示された。
 このようなマグマの貫入は,人工地震探査による地下構造の変化としても捉えられている。桜島では2008年以降,反射法探査を桜島の東部から北部にかけて1年おきに繰り返してきたが,2009年から2010年の観測の間で地震波の反射強度の変化が桜島北東部において検出され,深さ6㎞付近における発泡度の高いマグマがシル状に貫入したと解釈された。
 2015年8月15日に発生した群発地震活動とそれに伴う地盤変動は,これまでと全く異なるマグマ貫入により発生した。火山性地震活動は15日の7時ごろから始まり,9時前に増加,10時半ごろにはさらに活発化した。15日の1日だけでも900回近い地震が発生し,マグニチュード2~3の有感地震も発生した。また,地震活動に同期して,傾斜及びひずみ量は8時50分及び10時28分に加速的に変動した。これらの地盤変動量は,通常のブルカノ式噴火前後に発現する変化量の100倍以上に達した。これらの変動は,GNSSやSAR干渉解析から,昭和火口下深さ1㎞程度に存在する北東-南西走向の割れ目の開口,つまり,ダイク状にマグマが貫入したことによると推定された。これは,従来推定されていた供給系へのマグマ貫入に伴って観測される等方的な地盤変動とは明確に異なるものである。
 2015年8月の活動の際には,気象庁は噴火警戒レベルを3から4(避難準備)へ引き上げ,鹿児島市からの避難勧告により77人が一時避難する事態となった。噴火には至らなかったが,水準測量によると,姶良カルデラ下のマグマ溜まりは,桜島の北東方向にその膨張源の中心があり,1993年以降マグマの蓄積を再開し,1914年大正噴火直前の蓄積量に近づいている。2015年のダイク状マグマの貫入は,桜島が北西-南東方向に開口する場となっていることを示しており,多項目精密データの解析結果も合わせて総合的に考えると,北東部からマグマが貫入しやすい場になっていると推察された。

7)シナブン山

 インドネシア・スマトラ島北部にあるシナブン山では,2010年8~9月に有史以来初めてとなる噴火(水蒸気噴火)が発生し,休止期を経て2013年9月に再び水蒸気噴火が発生した。同年12月初旬にかけて火山活動は活発化し,ブルカノ式噴火を繰り返すようになった。2013年12月末には山頂火口に安山岩の溶岩が出現した。溶岩は,崩落を繰り返しながらドーム状に大きく成長するとともに,溶岩流として南東斜面を水平距離約3km流下した。2015年秋からは小さなブルカノ式噴火を連日繰り返し,これらの噴火によって発生した火砕流は南斜面から東斜面にかけて広く流下し,最大で火口から約5kmまで到達した。このような活動は2016年に入っても継続している。
 今回の溶岩ドームを形成する噴火活動に対して,噴火前から地震観測やGNSS観測が行われた。その結果,雲仙岳などの過去の溶岩ドーム噴火と火砕流の発生機構などで多くの類似点が認められた。一方,溶岩供給率の低下後にブルカノ式噴火が頻発するなどの相違点があることもわかった。この結果は,国内に多くある溶岩ドーム噴火を繰り返す火山(九重山,焼岳,アトサヌプリなど)の活動を検討する上で,貴重な噴火事例となると考えられる。また,この火山では有史の噴火記録がないため,噴火前に地質調査を実施し,噴火履歴を検討した。その結果と,類似の溶岩ドームを形成した1991年雲仙岳噴火などの噴火推移を参考にして,噴火事象系統樹が作成された。これは観測や防災対応の指針として評価された。

2.優先度の高い地震・火山噴火に対する総合的な取組

1)東北地方太平洋沖地震 

 2011年東北地方太平洋沖地震は日本の観測史上最大の地震であり,この地震に関する知見は,将来の災害軽減において極めて重要な意味を持つため,前計画に引き続き,本計画においても様々な研究が行われている。
 まず,この地震においては,地震の規模や津波の高さを地震発生直後には過小評価してしまったことの反省から,地震発生直後に地震の規模をより正確に推定し,津波の予測を高度化する手法の開発が進められた。地震の規模については,GNSSデータの即時処理により規模を推定する等の手法の開発が進められている。津波予測については,海底津波計データの即時処理により,津波の波動場そのものをモデル化して予測する手法の開発が進んだ。北海道から東北,関東の東方沖でオンラインの日本海溝海底地震津波観測網(S-net)が整備されたことにより,今後,上記の津波の即時予測のみならず,緊急地震速報もこれまでより早く,またより信頼度が高くなると期待される。
 2011年東北地方太平洋沖地震で滑りが大きかった領域のプレート境界直上では地震波速度が速いことが明らかになっており,今後S-netにより高精度の震源分布と詳細な地震波速度構造が得られれば,将来の大地震の震源域の推定もできるようになる可能性がある。
 2011年東北地方太平洋沖地震の発生によって東北地方の太平洋沿岸は最大約5m東に動き,また約1m沈降した。東北地方太平洋沿岸は少なくとも過去約100年にわたって長期的に沈降を続けていたので,今回のような巨大な地震が起こった後,その余効変動による隆起でこれらの長期的な沈降も地震時の沈降分も解消されるのではないかと考えられていた。しかしながら本震のあとの余効変動で実際に海岸は隆起したものの,最も地震時の沈降の大きかった牡鹿半島では,地震時の1.2mの沈降に対して,本震の5年後でも0.4mしか回復していない。余効変動は本震発生直後が最も大きいことと,牡鹿半島から三陸海岸南部にかけての地域の本震前の平均的な沈降速度が 5~10 mm/年程度であったことを考えると,今から数十年後に地震直前の状況にまでは回復しても100年前の状況までに回復しそうもないように見える。このような長期の変動について正しいモデル化ができなければ,それはそのまま地震発生サイクルのモデル化の不確定性に直結するため,この問題の解決は極めて重要である。
 長期の地殻変動をモデル化する上で,海域の地殻変動観測は極めて重要な情報をもたらしてくれる。本震発生直後は余効変動の大部分は余効滑りで説明できると考えられていたが,宮城県沖の海底の観測点の大部分が西に動いていることが判明し,余効滑りだけでなく粘弾性変形の影響が無視できないことがわかった。このような余効変動と長期の地殻変動を正しくモデル化できなければ,次の巨大地震の予測は極めて難しくなるため,粘弾性変形と余効滑りのモデル化を行い,また長期広域の海水面上昇の影響も考慮しながら,今後慎重に検討を行う必要がある。
 2011年東北地方太平洋沖地震では1978年宮城県沖地震(M7.4)の震源域も大きな滑りを生じたため,一見次の「宮城県沖地震」は遠のいたかのように見えたが,その後,その周囲で余効滑りが活発に生じていることが判明したため,この「宮城県沖地震」の震源域ではひずみエネルギーが急速に増加している可能性がある。前述のような巨大地震のサイクルだけでなく,このようなM7級の被害地震の予測のためにも,粘弾性変形と余効滑りを正しく評価することが重要となっている。また,これまでの最大余震の規模はM7.6であるが,M9.0の地震の余震としてはM8.0程度の地震が起こってもおかしくない。津波堆積物の調査から,北海道の沖合でも,約500年に一度程度,巨大地震が発生していたことが明らかになっており,もし今回の震源域の北側でM8級の最大余震が生じた場合,そのまま北海道の巨大地震と連動する危険性もある。また,三陸沖では1896年の津波地震(M8.2~8.5)のあと1933年にM8.1の地震が海溝外側で発生したことを考えると,アウターライズ地震でM8級の余震が起こる可能性も否定できない。さらに,震源域の南側でも1677年延宝地震(M8.0)が再来する可能性があり,これらの予測のためにも広域の余効変動を正しく把握することが重要となっている。
 今回の地震により,日本列島は大きく揺れ,また東西に伸長した。これによる地震活動の変化や地殻変動を調べることにより,内陸地震発生域の強度や地殻流体が地震発生に及ぼす影響,ひずみ集中帯の生成原因等の解明が進んでいる。今後これらをさらに進展させることにより,プレート境界のみならず,内陸の地震による災害軽減にも重要な知見が得られるものと期待される。
今回の地震では,津波の被害と地盤災害が大きくクローズアップされ,その背景として土地利用の変化が指摘されている。今後,災害誘因を正しく把握し,大きな災害誘因が予想されている場所での,脆弱性や曝露性についても考慮しながら,災害軽減のための研究を進める必要がある。

2)南海トラフ地震  

 南海トラフ巨大地震の発生予測に関しては,想定される地震像(規模・震源域)を絞り込むため,震源断層であるプレート境界面の固着状態を推定する研究がなされている。近年開発されたGPS-音響測距結合方式による海底地殻変動観測により,南海トラフ巨大地震の震源域に展開されている15点の海底局における地殻変動データが得られた。これと陸域の地殻変動データを合わせて解析することにより,震源域におけるプレート境界面の固着状態の分布が推定された。また,海域における反射法データと深海掘削データの統合解析から沈み込みに伴う堆積層間隙率の空間変化を推定する新手法も開発された。この結果に基づき,デコルマからの反射波の極性から震源域におけるプレート境界面の固着度の空間変化が推定された。史料・考古データの調査により,過去の南海トラフ巨大地震の地震像の多様性を解明する研究も進められている。地震発生サイクルシミュレーションでは,このような多様性を再現できるモデルが研究されている。また,ゆっくり滑りと巨大地震の相互作用の重要性も示唆された。
 強震動予測の研究では,広帯域震源モデルの改良が行われた。また,南海トラフ巨大地震から射出される強い地震波が,大阪や京都といった大都市圏に向けて伝播する際の経路に当たる紀伊半島や四国などの地震波速度構造の研究も進められている。紀伊半島では延べ100点以上の観測点による臨時観測が行われ,陸域モホ面や海洋モホ面などの地震波速度不連続面の3次元分布や詳細な地震波速度不均質構造が推定された。波動伝播に関しては,1707年宝永地震の震源モデルを用いた長周期地震波に対する破壊伝播の効果の検証が行われ,破壊進行方向での増幅率は,均質媒質モデルでは10倍以上になるのに対し,不均質媒質モデルでは2倍程度に抑えられることが示された。大阪堆積盆地モデルの検証も行われ,この地下構造モデルが2Hz程度の地震波まで適用可能であることが示された。また,2011年東北地方太平洋沖地震との比較により南海トラフ沿いの地震で生じる得る長周期地震動の特性を明らかにするため,2011年東北地方太平洋沖地震の震源モデルを南海トラフ沿いに置いて長周期地震動評価を行った結果,震源距離がほぼ等しい都心周辺で,地震波伝播経路の構造の違いのために長周期地震動が2倍程度になることがわかった。津波予測の研究では,DONET水圧計データを用いた津波増幅率による津波即時解析システムが開発され,和歌山県では即時津波予測の運用段階にある。

3)首都直下地震

 首都直下地震はその地震像が統一されていないが,プレート境界部分で発生する地震に関しては,地震活動や地殻変動を詳細に観測することによって,プレート間の固着状態をモニターしようとする試みがなされてきた。例えば,2014年1月に発生した房総半島沖ゆっくり滑りでは,これまでの発生間隔は約6年であったが,2011年東北地方太平洋沖地震の発生以降,その間隔に乱れが生じ,今後の地震発生サイクルを考える上で重要な問題が指摘された。ただ,首都直下地震として想定される震源域は,房総半島沖だけではない。首都圏の他の地域で発生する地震に関しても研究を進め,地震像を明確にする必要がある。
 首都圏が位置する関東平野の堆積層構造やその地震動応答についての研究は,数値シミュレーション及び地震波干渉法による,地震動特性の定量化や既往地下構造モデルの検証など,着実に積み上げられている。また,首都圏の丘陵地帯の造成地にある谷埋め盛土では,地震観測により特定の周波数帯における上下動の顕著な増幅が明らかになった。これは,盛土内の地下水面や旧河川の沖積層底部といった不連続面における変換波が原因として考えられている。ただ,首都圏は丘陵地帯だけでなく,河川沿いの低地や海岸近傍の埋め立て地など,堆積層が厚い地域が広がっていて,強固な地盤はほとんど存在しない。様々な地盤構造をもつ関東平野において,地震動がどのような挙動を示し,地表の被害にどの程度の影響を与えるのか,さらに研究を進める必要がある。また,具体的な首都直下地震の震源を想定した地震動評価の研究は行われておらず,今後の課題である。
 一方,首都圏は江戸時代から400年以上政治の中心地としての歴史があるため,歴史時代に発生した地震災害に関する史料が数多く残されている。それらを検討し,現代とは異なる社会状況の下で発生した災害の対応から,今後の防災・減災施策や復興計画などの検討に資する材料を提示することができる。例えば,元禄関東地震(1703年)の時に日光東照宮では被害が軽微であったことや,1855年安政江戸地震の時には発生の約1週間前から地震活動が活発であったことなどが,当時の史料からわかってきた。このような史料に基づく地震災害の研究からは,地震計による地震観測が始まる以前の地震活動を知ることができ,地震規模や地震発生サイクルを考える際の重要な情報になりうる。

4)桜島火山

 ミューオンなどの新手法を適用しつつ,観測研究に基づくマグマ活動発展過程の研究を中核として桜島の火山現象の解明を進めた。また,希に発生する大規模噴火現象も取り入れた噴火事象系統樹の作成とその事象分岐の判断指標の考察,及び火山灰拡散の予測研究を行い,火山災害軽減研究を推進した。
 火山灰拡散予測のため,GNSS信号やレーダー・ライダー等複数の電磁波帯域を用いて火山灰を検知するリモートセンシング技術を開発した。2012年7月24日に南岳山頂火口において発生したブルカノ式噴火では,噴煙高度が8,000mに達したが,この時GNSS観測において,特異な信号が検出され,南岳上空の高度約4,000mにおいて噴煙中を伝播してきたものであることがわかった。このことを利用し,また,解析手法を高度化することにより,噴煙の有無だけでなく状態の違いを検知できる可能性が示された。降雨観測に用いられるXバンドMPレーダー(波長3cm)やライダー(波長532nm)の観測においては,偏光特性を利用して火山灰と雨滴を識別する方法や,レーダーの反射強度から地上降灰量を即時予測する経験式の開発などが確実に進みつつある。
 岩石学的研究からは,上述の2012年7月の南岳山頂噴火とその前後に発生した昭和火口噴火の爆発噴出物の比較により,石基ガラス組成が火道内でのマグマ上昇速度の簡便な指標になり得ることが示された。
 桜島の噴火の規模と様式に関する事象系統樹を作成し,1日当たりのマグマ貫入量と地震活動に注目して想定される避難行動を整理した。最近数十年の噴火については,地盤変動観測データの統計的解析からマグマ貫入量の代表的な値を評価した。これと大正噴火時の井戸水の変化等の目撃記録とを照らし合わせることでマグマ貫入量を推定した。
 事象分岐の判断指標の提示や火山灰量の即時的な評価は,避難や復旧計画に徐々に考慮されつつある。降灰量と道路の通行規制の有無の関係は機能的フラジリティ曲線で近似され,降灰量に対する通行規制の確率分布で表される。この手法は噴火発生前のハザード評価にも活用できる。これまでの本研究計画の成果を活用し,大正噴火に至る前駆過程を考察した結果に基づいたシナリオに沿って鹿児島県,鹿児島市など自治体の机上防災訓練が行われた。また,大規模噴火が発生しうる状況での避難の意向調査を鹿児島市街地において実施し,避難行動を分析した。分析結果は鹿児島市など自治体の避難計画に活用できる。

3.拠点間連携共同研究 

 地震学と火山学を中核とし,防災学に関連する工学や人文・社会科学の研究者が参加する総合的な学際研究を推進するため,「地震・火山科学の共同利用・共同研究拠点」である地震研と「自然災害に関する総合防災学の共同利用・共同研究拠点」である防災研の2つの拠点が連携して共同研究を進めている。それぞれの研究者が中核となり,現行計画に沿ったテーマを決めて具体的な研究計画を立て,全国の研究者の参加を募集して全国規模の共同研究を進める「参加者募集型共同研究」と,両拠点がそれぞれに関連が深い,地震火山研究コミュニティーと自然災害研究コミュニティーに呼びかけ,現行計画の主旨を踏まえたボトムアップ研究を公募する「課題募集型共同研究」を設定し,平成26年度に開始した。

(参加者募集型共同研究)

 参加者募集型共同研究については,南海トラフで発生が懸念される巨大地震のリスク評価の精度向上を目指した多様な分野の研究を推し進めた。全体の研究を,(1)南海トラフ地震の想定される震源過程,(2)地殻構造とそれが波動伝播に及ぼす影響,(3)強震動予測の問題点,(4)地下浅部の地盤構造と地震動の関係,(5)津波予測と津波被害,(6)構造物の被害予測モデル,(7)災害のリスク評価と意思決定,(8)災害情報の外部発信,(9)コンピューターシミュレーションを用いた新たな地震リスク評価手法の開発の9分野に分け,それぞれの分野で研究を深化させるとともに,シンポジウムや研究会を実施するなどして各分野の相互連携を図った。なお,(7)及び(9)に関連する研究をそれぞれ特定分科研究として掘り下げ型の研究を行う一方で,全項目をまとめて1つの分野横断型の統括研究として実施した。「災害リスク評価と意思決定」に関する特定分科研究では,災害の大きさに影響を与える,対象地域の人口,社会構造,産業構造,建築基準法の改定,建築工法などの時代による変化を考慮し,それらが巨大地震の発生時点でどのように寄与するかを検討した。「コンピューターシミュレーションを用いた新たな地震リスク評価手法の開発」に関する特定分科研究では,人口,建築物,交通,ライフラインが集中し,複雑な構造を持つ都市部における地震災害予測を,高分解能コンピューターシミュレーションにより試行する研究を,全国の大学の研究者と協力し,複数の都市について実施した。また,シミュレーションに必要な都市モデルを,複数のデータを統合して自動構築する手法を開発し,新潟市と甲府市の都市モデルを作成した。これらを用いて,地震動による建築物の応答や地下埋設物に大きな影響を与えるひずみの計算が可能となり,例えば,信濃川の河口の軟弱な地盤の上に広がる新潟市では,地盤増幅効果を考慮しない場合と考慮した場合で,建物応答に大きな差が出ることが示された。
 統括研究では,(1)震源過程,(2)伝播・深部地盤構造,(3)強震動予測,(4)浅部地盤構造,(5)構造物被害予測,(6)リスク評価の研究グループに分かれ,それぞれの項目で南海トラフ巨大地震を想定した予測モデルの構築・選択と,それらのモデルを用いることによるリスク評価の不確かさに関する検討を実施し,リスクプラットフォーム構築グループがこれらの知見を統合してリスク評価の不確かさの定量的評価方法を提示した。

(課題募集型共同研究)

 課題募集型共同研究では,災害を引き起こす地震や火山噴火の発生から災害の発生や推移を総合的に理解しそれを防災・減災に生かすための研究を広い視野から募集することとし,(1)地震・火山噴火災害事例の研究,(2)地震・火山噴火災害発生機構の解明,(3)地震・火山噴火災害誘因の事前評価手法の高度化,(4)地震・火山噴火災害誘因の即時予測手法の高度化,(5)地震・火山噴火災害軽減のための情報の高度化,(6)地震・火山噴火災害時の災害対応の効率化,(7)実践的人材育成の仕組みに関する研究,の7項目で研究課題を公募した。
 「地震・火山噴火災害事例の研究」については,地質記録に基づく古津波履歴復元の高度化に向けて地中レーダーによる探査を導入した。北海道十勝郡浦幌町の津波堆積物の調査では,津波による砂層の分布や層厚変化が明瞭に追跡され,地中レーダーが津波堆積物の面的調査の効率化に役立つことが示された。また,1847年善光寺地震について,既往の震源モデルや断層の地表トレースの情報に加え,微動観測により推定された表層地盤を考慮した地盤モデルを用いて震度分布の推定を行ったところ,山側及び盆地西端に集中した実際の被害分布と整合することが示された。さらに,1611年慶長奥州地震津波の実像に迫るため,大正時代の地形図を使って人工改変前の地形を復元し,明治時代の絵図史料を用いて寺院や街路と人工改変前の地形の位置合わせを行うことにより,この津波に関する地域の伝承が津波の河川遡上で説明が可能なことが明らかになった。
 「地震・火山噴火災害発生機構の解明」については,地震時地滑り発生過程に関する研究が進められた。既往の地震時地滑りの変位量推定式を室内実験結果に基づいて過剰間隙水圧状態に拡張し,2011年東北地方太平洋沖地震時の塩釜の地震記録に適用したところ,斜面傾斜14度以上で地滑りが発生すると推定され,実際に斜面傾斜10~20度でも多くの谷埋め盛土の崩壊が見られたことと整合的な結果となった。また,地震及び津波による建物崩壊に伴い人間が被災するプロセスを詳細に追跡するため,人的被害の評価方法について新たな基準を提案し,これを用いて南海トラフ巨大地震を想定した高知県南国市の人的被害の発生確率を算出した。加えて,大きな地震により損傷を受けた建物が,余震により倒壊する可能性を評価し,継続使用の判定を支援する手法を開発した。2016年熊本地震のように余震が多い場合もあり,本震で損傷を受けた家屋を継続使用できるか否かの判定が科学的に実施できれば,その利用価値は大きい。
 「地震・火山噴火災害誘因の事前評価手法の高度化」においては,立川断層を横切る測線の浅部地盤構造を微動と表面波探査から推定し,断層を境に東西で速度構造が大きく変わり,この構造により断層近傍で地震波の増幅が起こることを観測データで明瞭に示した。また,古い土木建造物である「ため池」の地震の際の安全性を確認するため,物理探査による地盤構造の可視化,地温測定による流動地下水の動態把握を行い,これらの結果を用いて数値解析により地震時の堤体安定性を評価する方法を提案した。
 「地震・火山噴火災害軽減のための情報の高度化」については,企業の災害予測情報の活用実態と減災対策を明らかにするためのアンケート調査が行われ,企業はBCP(事業継続計画)を作成する際に,政府や防災機関の発表する被害想定を必ずしも厳密に捉えてはいないが,少なからず参考にしていること,全般的な被害想定よりも,事業に直接関わる交通,電力,通信,水道,ガスなどのインフラの被害や,サプライチェーンや取引先のリスク要因の想定に苦慮していることがわかった。施策として実施する地震調査研究のニーズとして,被害想定をより具体的なインフラに与える影響評価にも広げる必要性を示している。
 「地震・火山噴火災害時の対応効率化」については,地震により被災した建造物の残存性能の定量化,巨大地震後の短期的な余震ハザード評価,建物健全性時間変動予測と意思決定について研究を進めた。

お問合せ先

研究開発局地震・防災研究課

(研究開発局地震・防災研究課)