3(4)桜島火山噴火総合研究

桜島火山噴火総合研究グループリーダー  井口正人(京都大学防災研究所)


2006年に58年ぶりに再開した桜島火山の昭和火口における噴火活動は,2009年以降,ブルカノ式噴火の発生回数と火山灰放出量が増加するなど,火山活動活発化の傾向が続いている。一方,桜島の主マグマ溜まりがあるとされる姶良カルデラ下ではマグマの蓄積が進行しており,マグマの100年間の蓄積量からみて,1914年大正噴火と同等の規模の噴火の発生が懸念されている。このような背景から,現在のブルカノ式噴火が頻発する活動から,より活動的な状態へと火山活動が移行する条件の解明と,噴火活動規模の予測および噴火に伴う災害の予測は急務の課題である。このためには,過去の大規模噴火についてはその前駆過程を明らかにし,現在の活動については多項目観測を駆使することにより,マグマの貫入から噴出に至るマグマの動態をモデル化する研究を行う。さらに,噴出する火山灰を即時的に捉え,火山灰の移流・拡散・降下をシミュレートするなどして災害の予測を行う。

1.地震・火山現象の解明のための研究

(1)低頻度大規模地震・火山現象の解明

大正噴火に前駆した地震活動を調べるために,鹿児島測候所(当時)による煤書き記録の調査を開始した。また,Omori (1920) に基づく震度を地震エネルギー量に換算し,前駆地震エネルギー放出率の推移を明らかにした(京都大学防災研究所[課題番号:1902])。

(2)火山現象のモデル化

地震,地盤変動観測,重力測定,火山ガス放出量,噴出物の分析を継続するともに,火山体構造の変化抽出のための調査を行い,個々の爆発に伴うプロセスおよび長期的なプロセスが明らかとなった(京都大学防災研究所[課題番号:1908])。
高精度ひずみ記録からブルカノ式噴火に前駆する短期的マグマの蓄積過程及びマグマ放出過程が明らかになった。ひずみ記録にはブルカノ式噴火の約90%について前駆する膨張ひずみが捕捉され,BH 型地震活動をあわせて評価することにより噴火発生時刻の予測が可能となる。噴火に伴う収縮はNishimura (1998)の理想気体に満たされた複数のマグマ溜まり圧力変化力源を足し合わせることにより説明可能であることが分かった(図1)。
2009年10月~2010年5月および2011年11月~2012年2月に顕著なマグマ貫入イベントが発生した。これらのイベントにおいては,地盤の膨張とともに,火山灰放出量も増加しており,マグマ貫入と同時にマグマ放出が起こる「開口型火道系」に特徴的な地盤変動と噴火活動を示した。地盤変動は,姶良カルデラ下約10km の増圧源,北岳下4km の増圧源,更に南岳下約1km の減圧源により説明可能である(図2)。2009-2010年および2011年のマグマ貫入イベントでは,多項目の観測に同期して変化が見られた。2009-2010年イベントに前駆して温泉ガス濃度の増加した。また,同期して,くり返し人工地震探査による地下構造の変化,火山灰付着水溶性成分の塩素イオンと硫酸イオンの比の増加,噴出物のガラス中の二酸化ケイ素の組成比は低下した。2011年イベント以降では二酸化硫黄放出率(気象庁[課題番号:7017])が増加し,噴火規模が拡大している。火山灰放出量の増加は噴火に伴う地盤変動量の平均値および分散の増加,噴煙高度の増加によって裏付けられており,2013 年9 月には噴出物中に火道角礫岩が見出され,火道の拡大が示唆された。

2.地震・火山噴火の災害誘因予測のための研究

火山噴火に伴う噴煙観測をXバンドMPレーダーを用いて行い,レーダーによる火山灰検知の有効性が示された(京都大学防災研究所[課題番号:1913],気象庁[課題番号:7010])。概ね噴煙高度が火口上3000mであれば,確実にレーダー画像として噴煙を捉えることができる。直径0.5mm 以上の粒子の反射・散乱を捉えていると考えられる。一方,このような電波の反射・散乱はより波長の長いGNSS 衛星からの電波のLC (電離層フリー線形結合) 搬送波位相残差にも現れ,位相残差の大きい多数のパスを追尾することにより噴煙の検出と移動の把握が可能であることが示された(図3:京都大学防災研究所[課題番号:1913])。
噴火によって放出され,大気中を浮遊する火山灰の粒子密度のその場測定を実施した。桜島から風下の微弱な噴煙が漂う大気中において高濃度の粒子密度領域が検出できた。また,連続測定を桜島の地上において実施した(京都大学防災研究所[課題番号:1913])。
大規模噴火時に成層圏に達した火山灰の輸送を予測する際に問題となる,高層で空気が希薄になることによる落下速度の変化(抵抗係数のスリップ補正)について,RATM を用いた検討を行った。この補正は広域に長期間浮遊する火山灰の輸送予測に効果があることを確認した(気象庁[課題番号:7010])。
火山噴火予知研究成果をレビューするセミナーを開催するとともに,その成果の現状の避難計画を含めた防災対策にどのように活用できるかを検討した。セミナーは鹿児島市内において一般向けに開催した。一般の関心事は噴火発生時期に関するものが多かった。一方,規模に関する認識はあまりなく,「大きい・小さい」噴火といった表現が使われ,地震のマグニチュードのような指標が定着していないことが浮き彫りとなった。また,100 年前の桜島大正噴火にまつわる証言から大正噴火に至る前駆過程を考察し,それに基づいたシナリオに沿って鹿児島県,鹿児島市など自治体の机上防災訓練が行われた(京都大学防災研究所[課題番号:1914])。

3.研究を推進するための体制の整備

火山活動が他の火山に比べ高いレベルにある桜島は機器開発等の実験的観測を行うのに適したフィールドであるが,その一方で火口周辺は立ち入り規制されているので,様々な遠隔観測が試された。防災科学技術研究所[課題番号:3005]はX-band SAR 衛星・COSMO-SkyMed によるモニタリングを継続して行い,昭和火口の拡大を確認するとともに,桜島島内の地盤上下変動を捉えた。また,国土地理院[課題番号:6006]は航空機SAR観測を実施した。東京大学地震研究所[課題番号:1508]は無人ヘリを用いて火口近傍へ観測装置を設置した。東京大学地震研究所[課題番号:1508]によるミュオグラフィーおよび名古屋大学[課題番号:1705]によるアクロスは火山の構造変化を捉えるための継続的な試みである。産業技術総合研究所[課題番号:5006]はMulti-GASセンサーによる連続観測と航空機を用いた大気中の繰り返し観測を実施した。

これまでの課題と今後の展望

現行計画においては,多項目観測から前駆事象およびその後に発生する噴火の定量化を行い,多数の事例を考慮した経験則に基づいて発生する噴火の規模,様式などを判定する事象分岐論理を構築し,さらに災害をも予測することをめざす。桜島においては2009年以降でも5000回近いブルカノ式噴火が繰り返され,GNSSでも検知可能なレベルのマグマ貫入イベントが3回発生している。短期的な現象はデータ数が多く解析が追い付いていないが,研究を加速していく必要がある。長期的な火山活動の推移予測と事象分岐については,これまでの多項目観測を継続し,姶良カルデラに近い桜島北部に新たに設置される火山観測坑道における地盤変動データをあわせて活用することにより,マグマ貫入過程の詳細なモデル化を目指す。
火山災害予測研究においては,異なる周波数のレーダーを同時に稼働させ,移流・拡散過程のみならず噴煙の成長過程をも視野に入れた研究を実施する。一方,レーダーで捉えられるのは爆発的噴火により放出される高濃度の火山灰雲であるが,航空機の運航に障害を及ぼすのは低濃度の火山灰であるので,ライダーを活用することにより,低濃度火山灰の検知手法を確立する。いずれにしても地上および大気中の火山灰量のその場観測との整合性は必須であり,その場観測のデータと整合を取ることにより,火山灰量の定量化を目指す。

成果リスト

相澤広記, 小山崇夫, 長谷英彰, 上嶋誠,2014,MT 連続観測による桜島地下3 次元比抵抗構造とその時間変化,桜島火山における多項目観測に基づく火山噴火準備過程解明のための研究,平成25年度分報告書,87-92.
Eliasson, J., Yoshitani, J., Weber, K., Yasuda, N., Iguchi, M. and Vogel, A., 2014, Airborne measurement in the ash plume from mount Sakurajima - analysis of gravitational effects on dispersion and fallout, International Journal of Atmospheric Sciences, doi: 10.1155/2014/372135.
Hasegawa, Y., A. Sugai, Yo. Hayashi, Yu. Hayashi, S. Saito and T. Shimbori, 2015, Improvements of volcanic ash fall forecasts issued by the Japan Meteorological Agency. Journal of Applied Volcanology, 4:2 doi:10.1186/s13617-014-0018-2.
井口正人,2014,桜島火山の噴火活動 - 2013 年7 月~2014 年6 月,桜島火山における多項目観測に基づく火山噴火準備過程解明のための研究,平成25 年度分報告書,1-10.
井口正人,2014,2006 年以降の桜島の火山活動の評価,桜島火山における多項目観測に基づく火山噴火準備過程解明のための研究,平成25 年度分報告書,121-124.
井口正人, 平林順一,2014,桜島・黒神における温泉ガス濃度(2013 年・2014 年),桜島火山における多項目観測に基づく火山噴火準備過程解明のための研究,平成25 年度分報告書,93-96.
井口正人, 為栗健,2014,桜島昭和火口の2013 年8 月18 日噴火について,京都大学防災研究所年報,57,106-115.
井口正人, 太田雄策, 中尾茂, 園田忠臣, 関健次郎, 堀田耕平,2014,桜島昭和火口噴火開始以降のGPS 観測- 2013 年~2014 年- ,桜島火山における多項目観測に基づく火山噴火準備過程解明のための研究,平成25 年度分報告書,63-68.
国土地理院,2014,「桜島の茂木ソースの位置と体積変化」,129 回火山噴火予知連絡会桜島資料,39-41.
国土地理院,2014,「桜島の茂木ソースの位置と体積変化」,130 回火山噴火予知連絡会桜島資料,43-45.
松本亜希子, 中川光弘, 宮坂瑞穂, 井口正人,2014,桜島火山2006 年以降の昭和火口噴出物の岩石学的特徴,- 2012 年5 月~2014 年1 月について-,桜島火山における多項目観測に基づく火山噴火準備過程解明のための研究,平成25 年度分報告書,113-120.
味喜大介, 吉谷純一, J. Eliasson, 井口正人,2014,桜島における粒子状物質連続地上観測,京都大学防災研究所年報,57,150-153.
森俊哉,2014,昭和火口と南岳火口の火山ガスHCl/SO2 比(2009 年~2013 年),桜島火山における多項目観測に基づく火山噴火準備過程解明のための研究,平成25 年度分報告書,99-102.
中道治久他,2014,2013 年桜島人工地震探査の概要と2008 年探査との比較,京都大学防災研究所年報,57,125-137.
野上健治,2014,桜島昭和火口における噴火活動と地球化学的観測研究?火山灰水溶性成分及びSO2放出量による噴火活動評価?,桜島火山における多項目観測に基づく火山噴火準備過程解明のための研究,平成25 年度分報告書,109-112.
大久保修平他,2014,桜島火山における絶対重力観測,桜島火山における多項目観測に基づく火山噴火準備過程解明のための研究,平成25 年度分報告書,81-86.
太田雄策, 井口正人,2014,GNSS データにもとづく噴煙柱検知方法の開発(その2)-精密単独測位法により求めた搬送波位相事後残差の時空間発展?,桜島火山における多項目観測に基づく火山噴火準備過程解明のための研究,平成25 年度分報告書,69-72.
嶋野岳人, 井口正人,2014,短時間間隔連続採取による爆発直前の火道内構造の検討,桜島火山における多項目観測に基づく火山噴火準備過程解明のための研究,平成25 年度分報告書,103-108.
玉置哲也, 多々納裕一,2014,降下火山灰による道路機能障害評価とその復旧順序決定法の提案,自然災害科学,33,165-175.
為栗健, 井口正人, 園田忠臣, 関健次郎,2014,桜島火山の2010 年以降のA 型地震活動,桜島火山における多項目観測に基づく火山噴火準備過程解明のための研究,平成25 年度分報告書,11-16.
筒井智樹他,2014,桜島火山における反復地震探査(2013 年観測),京都大学防災研究所年報,57,138-149.
八木原寛, 平野舟一郎, 宮町宏樹, 高山鐵朗, 市川信夫, 為栗健, 井口正人,2014,鹿児島湾奥部における繰り返し海底地震観測 - 2009 年度~2013 年度-,桜島火山における多項目観測に基づく火山噴火準備過程解明のための研究,平成25 年度分報告書,17-26.
山本圭吾他,2014,水準測量によって測定された桜島火山および姶良カルデラ周辺域の地盤上下変動―2013 年10 月および11 月測量の結果―,京都大学防災研究所年報,57,116-124.
山本圭吾他,2014,桜島および鹿児島湾周辺における精密重力測定(2013 年10 月および11 月),桜島火山における多項目観測に基づく火山噴火準備過程解明のための研究,平成25 年度分報告書,73-80.
吉谷純一, J. Eliasson, 味喜大介, 安田成夫, 桃谷辰也,2014,桜島での火山噴煙濃度航空機観測,京都大学防災研究所年報,57,1-8.

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-- 登録:平成29年07月 --