2. 5年間の研究成果

 平成25年度は,5か年計画として実施されてきた「地震及び火山噴火予知のための観測研究計画」の最終年度にあたる。地震・火山現象予測のための観測研究,地震・火山現象解明のための観測研究,新たな観測技術の開発,超巨大地震に関する当面実施すべき観測研究について,5年間の研究の進展を概観する。

2-1.地震・火山現象予測のための観測研究の推進

 地震・火山現象の解明と予測において,活動の長期定常的なモニタリングは最重要の項目であり,観測網の維持,更新は着実に行われた。日本列島全域を覆う地震・地殻※変動等の観測網,主な火山における火山活動観測網,さらに大地震発生や火山噴火等の際の臨時観測等で得られたモニタリングデータは多くの研究成果を生み出した。2011年3月の東北地方太平洋沖地震では,可搬型の衛星通信装置を用いた臨時地震観測点を迅速に展開し,停電や回線断となった被災地での余震活動状況を把握することに努めた。また,リアルタイムで送られてくる観測データを自動的に処理・解析して即座に情報発信し,防災や減災に役立てる即時予測のための技術開発が進められてきた。
 地震発生予測システムの構築を目指して,地震発生の物理モデルに基づく予測及び統計的手法に基づく地震活動予測の研究を実施した。地震発生の物理過程を考慮した予測シミュレーション※の改良を行い,M9クラスの巨大地震を含む地震発生サイクル※や,短期・長期のゆっくり滑り※を再現することに成功した。また,測地観測データと数値シミュレーションを有機的に結合する,データ同化※システムの開発研究が着実に進展した。実データによる予測実験も現実的な目標となりつつある。さらに,プレート※境界の滑りや地殻内応力※状態の指標として,相似地震や地震活動の情報を地震発生シミュレーションに役立てるための基礎的研究も進展した。国際研究プロジェクトCSEP※と連携して,検証に用いるデータベース等の共通基盤を整備し,異なる地震活動予測モデルを同一の基準で比較検証する体制を構築した。様々な検証を行う過程で各モデルの特徴が明らかにされており,今後,予測モデルの発展につながるものと期待される。
 火山噴火予測システムに関する研究の目標は,噴火シナリオ※作成の標準的な手法を確立することであった。この5年間に三宅島,桜島,有珠山等でシナリオ試作を繰り返すことによって,火山学的に妥当な噴火事象系統樹の作成手順を確立するとともに,噴火履歴や火山活動事象が十分ある火山については事象分岐に確率を与えることも試行した。今後,噴火事象系統樹の作成や事象分岐の確率の推定を,過去の事例に基づくだけでなく,同様の噴火活動を持つ他の火山の事例を取り入れることや,リアルタイムで得られる観測データに基づいて行うことが課題である。また,大規模な災害を軽減するためには,静穏期から,あるいは,小規模な噴火活動から低頻度大規模噴火への事象分岐を判断する手法を開発することが重要である。
 本計画では,地震・火山現象予測のために必要な基礎データベースを構築するとともに,それらに関する情報の統合化を図り,「地震・火山現象に関する統合データベース」として体系化することを目指した。この5年間で,地震観測・地殻変動観測等の基礎データの蓄積とデータベース化が着実に行われ,かつデータの取得が容易になった。これらのデータは,本計画推進中に発生した東北地方太平洋沖地震後の地殻活動※調査研究に多大な貢献をした。また,大学関係のひずみ※計・傾斜計データの流通と一元化が図られ,平成23年の新燃岳噴火や東北地方太平洋沖地震等に際して,その有用性が確認された。データの統合化に関しては,基礎データから導かれた研究成果をデータベース化する試みや,機関横断型のポータルサイト構築等の成果があった。しかしながら,データベース化されたデータを介して本計画の多数の研究課題が有機的に結合する状況には至っておらず,これは次期計画における重要な課題である。

2-2.地震・火山現象解明のための観測研究の推進

 日本の地震や火山噴火に関する予測システムを構築するためには,日本列島がプレート沈み込み帯に位置していることを考慮し,長期的な変形機構を明らかにして,日本列島周辺域の構造や応力場※を解明することが重要である。地震発生と火山噴火の共通の場である日本列島の広域構造に関しては,地震波速度構造から,背弧※側深部から火山フロント直下へのマントル※上昇流が低速度域として現れることが明らかになった。比抵抗※構造からも,北海道や九州において火山の下100km以深に存在する太平洋プレートやフィリピン海プレートから火山へと続く低比抵抗域が検出され,地震波の低速度・高減衰域と領域が一致することから,マグマ※供給経路が低比抵抗域としても捉えられたものと考えられる。跡津川断層等の内陸地震発生域や東北地方太平洋沖地震後に誘発された地震の震源域の直下には,局所的に低速度・低比抵抗域が存在するという観測事例が増えており,地殻流体※の存在が地震発生と密接な関係がある可能性が示された。地震活動と火山活動の相互作用に関しては,伊豆大島で,地殻変動データからマグマ蓄積量,さらには応力の時間変化を推定し,地震活動との関係を明らかにするなど,地殻活動の時間推移に関しても研究が進んだ。このように,地震や火山噴火の場を支配する構造に関する理解が進むとともに,地震活動とマグマの動きの関係を定量的にモデル化する研究にも進展が見られ,地震と火山噴火の観測研究計画が統合されたことの効果があらわれた。
 プレート境界地震※の準備過程※については,東北地方太平洋沖地震の研究から,大滑り域周辺での非地震性滑り※の時空間発展,本震発生前の様々なゆっくり滑りの検出(図1),大滑り域近傍でのb値※の低下,地震活動度と地球潮汐との相関性の増加,プレート境界直上のくさび状の地震波低速度域が高速破壊の伝播(でんぱ)抑制に関与した可能性等重要な知見が得られた。ひずみ集中帯※の成因と内陸地震発生の準備過程については,新潟-神戸ひずみ集中帯や最近の内陸大地震発生域等において地殻・最上部マントルの構造不均質性や応力場が詳細に調べられ,下部地殻の弱い領域の変形により直上の断層帯に応力集中が生じるという仮説を支持する事例が蓄積された。沈み込むスラブ※内の地震波速度構造や震源分布は,鉱物の相転移に伴う脱水により間隙流体※圧が上昇し破壊強度が低下するためにスラブ内地震が発生するという仮説と調和的であることが分かった。
 火山噴火準備過程については,マグマ上昇・蓄積過程における多様な地殻変動様式の解明に進展が見られた。桜島,霧島山,伊豆大島,浅間山,岩手山等において,新たな観測事例を追加して比較検討した結果,噴火準備過程における地殻変動の特徴には,マグマ物性,マグマが火道※を上昇する際の容易性,火山へのマグマ供給率が深く関わっていることが明らかになった。活発な噴火活動を続ける桜島では,多項目の物理観測と構造探査の反復により,噴火が頻繁に発生し,マグマの通り道ができあがっている火山のマグマ上昇・蓄積過程に関連する地殻変動の実態が捉えられるとともに,火山ガス放出率や成分比,噴出物組成の時間変化が,他の観測と並行して追跡された。研究手法・分野の違いを超えて,地球物理学と物質科学が連携したモニタリング体制が構築されたことの意義は大きい(図2)。幾つかの火山について,地質調査・噴出物分析・史料解読に基づいて過去の噴火履歴とマグマ系の発達過程を高精度に解明する研究が進められ,個々の火山について,過去の平均的なマグマ供給率や,活動休止期と活動期の履歴,マグマの分化の変遷が明らかになってきた。これらは,現在観測されているマグマ蓄積過程を評価し,噴火シナリオに分岐確率を与える上で重要な知見を提供する成果である。
 地震発生先行過程に関する研究では,多様な地震先行現象※を観測によって見いだし,そのメカニズムを明らかにして特定の先行過程が地震準備過程や直前過程のどの段階にあるかを評価することを目指して研究を進めた。電磁気的な先行現象に関しては,神津島での地電位観測で1997-2000年に検出された地震に先行した異常と近傍で発生したある一定規模以上の地震との対応は統計的に有意であることが検証された。また,2011年東北地方太平洋沖地震に際し,地震約40分前から震源域上空の電離圏で全電子数※の異常があったと報告された。これは,地震後に発生した大津波による効果の補正が適切でなく,地震前に偶然発生した磁気嵐が強調されて見えているのではないかとの指摘もあり,有意な地震先行現象であったかどうかについて,現時点では結論はでていない。
 地震破壊過程と強震動に関しては,断層の破壊過程の不規則性や滑り量の不均一性,また,地震発生域周辺の応力の状態や断層の強度に関する特徴を推定するための研究で成果が上げられた。また,大地震発生直後に観測データを即時解析し,震源域の広がりや破壊過程を推定する研究や,これを利用して,強震動の面的な広がりの把握や沿岸の津波到達や浸水域を予測する研究を進めた。2011年東北地方太平洋沖地震では,広帯域の地震波,津波,地殻変動のデータを用いた震源の解析により,地震断層上で短周期の地震波を多く発生して強震動を引き起こす領域と滑り量が大きく津波の生成に大きく寄与する領域が違うことが明確になった。このように,地震断層面の破壊や滑りの多様性が明らかになってきた。また,色々な地震を比較すると,大きな加速度を生成する短周期(周期0.3秒以下)の地震動が卓越する地震や,木造家屋被害に影響するやや短周期(周期1~2秒)の地震動を多く発生する地震等,地震動生成の特性の違いが大きいことが分かってきた。
 火山噴火過程に関しては,噴火機構の解明とそのモデル化を進めた。また,噴火の推移と多様性の把握を目的に,国内外の火山を観測対象として,噴火が繰り返し発生している火山について研究を進めた。ブルカノ式噴火に関しては,火口の極近傍の傾斜観測等によって,火道内マグマ上昇や火山ガス集積等による噴火直前の山体膨張を検知できることが分かった。また,噴火直前の山体膨張が大きいほど噴火直前に発生する地震が大きいこと,噴火の様式によって山体膨張の時間変化の様子に違いがあることが分かった(図3)。霧島新燃岳2011年噴火については,岩石学的知見と地殻変動観測データから,新燃岳北西7-8 kmの地下10 km付近にある低粘性高温マグマと5 km付近に存在する高粘性低温マグマとが混合して上昇し噴火に至ったことが分かった。また,噴火直前に見られる山頂火口直下の膨張と,噴火に伴う山体収縮現象は,固化したマグマで蓋をされた火道の浅部が増圧し,蓋を吹き飛ばして噴火したというモデルで説明された。世界各地の火山全体でみても,日本やチリなどある地域に分布する火山について調べても,噴火規模を示す火山爆発指数(VEI)とその発生頻度の統計的特徴は,概ねVEI3-6の範囲で,地震のマグニチュードと発生頻度の関係式(グーテンベルグ・リヒターの式)と同様にべき分布で説明できることが分かった。
 地震発生の素過程※については,断層摩擦や岩石‐水相互作用,地殻・マントルのレオロジーに関する多くの知見が室内実験によって得られた。しかし,試料寸法は限られており,実験条件(温度,圧力,間隙流体圧等)も地震発生場とは異なっている。そのため,実験で得られた知見を自然地震に適用するために,露頭に現れたかつての下部地殻や上部マントルの微細構造の調査,大型の試料を用いた固着‐滑り実験,南アフリカ金鉱山での震源直近観測等が行われ,震源核の拡大など実験室で得られた結果とよく似た現象が確認された。一方で,シミュレーションや観測研究のグループとの議論が不足していたため,素過程研究の成果を地震発生予測の高度化に十分に生かすことができなかった。火山噴火素過程研究では,噴火の規模・様式・推移を支配する要因の特定や,現象のモデル化によって観測量の意味付けを行い,噴火予測の高度化に貢献するという当初の目的はある程度達成された。今後は,あまたある個別の現象の理解を深めるとともに,得られた研究成果をさらに発展させて,推移予測も含めたより実践的,具体的な噴火予測への応用を目指して研究を進める必要がある。

2-3.新たな観測技術の開発

 固体地球科学は,これまで捉えることが困難,または不可能であった地震・火山現象を観測し,それを定量的に分析することにより著しい進歩を遂げてきた。地震・火山噴火予知研究の推進や,地震や火山噴火の防災情報の高度化には,新たな観測技術の開発が不可欠である。
 巨大地震が発生するプレート境界域での地震観測や地殻変動観測は重要であるため,海底地殻変動,海底地震などを観測するための技術開発が継続して行われてきた。この5か年で,海底地殻変動観測は,海底基準局の増設が進んだほか,主として利用されるGPS-音響測距結合方式※のノイズ軽減技術が進むなど,大きな進展があった。この技術により,今後発生が想定されている南海トラフ巨大地震の地震像が一層明確に捉えられると期待できる。また,ケーブル式海底地震計の研究開発が進み,政府が日本海溝に海底観測網を設置するまでになった。さらに,海底地震計においても,水深6,000m以深での観測が可能になるなど,観測可能な範囲が着実に広がった。
 衛星によるリモートセンシング技術に関しては,GNSS※や衛星搭載合成開口レーダー※の解析手法の継続的な発展により,地震震源断層や火山活動の正確な把握に役立てられるレベルに達してきた。特に,東北地方太平洋沖地震のような超巨大地震の規模推定にGNSSデータのリアルタイム解析技術を利用することは,防災への具体的な応用が期待できる例である。
 地震や火山噴火発生域の状態を把握する技術については,宇宙線ミューオン※を利用した地下状態を可視化する技術では,センサーの改良と解析の高度化により,ノイズ低減が進み,火山内部や断層の構造の可視化に必要な時間がこの5か年で大幅に短縮された。また人工震源を用いた地下構造の時間変化を検出する技術の開発においては,新たに活動的な火山への展開を行うなどの試みが行われた。

2-4.超巨大地震に関する当面実施すべき観測研究の推進

 平成21年度から始まった「地震及び火山噴火予知のための観測研究計画」では,東北地方太平洋沖地震のようなM9クラスの超巨大地震の発生予測の観測研究が十分ではなかった。そのため,本研究計画では,巨大地震に関する研究を強化するために計画の内容を見直し,平成24年度から新たに超巨大地震の発生機構とそれに起因する現象を解明する観測研究,及び超巨大地震やそれに起因する現象を予測するための観測研究,さらに,これらの解明と予測のための観測研究に必要な新技術の開発を行う研究が実施された。
 2011年3月11日東北地方太平洋沖地震の発生を受けて,この超巨大地震の全容の解明が集中的に進められた。遠地地震,近地強震動,津波,地殻変動等の観測記録のインバージョン解析※によりプレート境界での破壊過程が詳細に検討された。これにより滑り量が50 mを越えるような大滑りがプレート境界で起きていたことが明らかになった。この推定には,GPS-音響測距結合方式による海底地殻変動観測が主要な役割を果たし,世界的にも大きな注目を集めた(図4)。本震時滑り域と余震域及び余効(よこう)滑り域とは重なる部分はあるものの,それぞれが顕著な領域のすみ分けが見られることから,プレート境界の摩擦特性の不均質性が改めて認識された。また,M9超巨大地震と過去のM7クラスの地震のアスペリティ※との関連についても議論された。
 超巨大地震の発生サイクルを解明するために,古地震学,地形・地質学的な研究に基づき,過去の超巨大地震の実像を明らかにする努力が継続された。例えば,17世紀に北海道太平洋沖で発生した超巨大地震の規模が見直され,東北地方太平洋沖地震と同様に海溝近くのプレート境界浅部で大きな滑り量が推定された。
 津波の即時予測高度化のために,GNSSによる広域の地震時変位データから即時的に推定された震源断層モデルを津波波源の初期モデルとして採用し,沖合津波観測データを基に断層モデルと沿岸の津波予測を逐次更新する手法の開発を進めた。この手法の性能を調べるため,東北地方太平洋沖地震を対象として,仮想的な観測津波波形を用いた津波予測実験を行った。予測実験では,GNSS陸上観測点,ケーブル式海底圧力計,GPS※波浪計で実際に観測されたデータを用いた。この手法を東北地方の太平洋沿岸に大津波が到達する前までのデータに適用して,その後の大津波の到達時や高さを精度良く予測することができた(図5)。

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-- 登録:平成27年02月 --