1.地震及び火山噴火予知のための観測研究の推進の基本的考え

(東北地方太平洋沖地震の検証と計画見直しについて)

 平成23年3月11日にマグニチュード(M)9クラスの超巨大地震である東北地方太平洋沖地震が発生し、多くの尊い人命が失われ、大きな被害がもたらされた。測地学分科会では、事前に超巨大地震発生の可能性を追究できなかったことを真摯に反省し、関係学会などにおける議論も踏まえた上で、現行計画の総点検を行った。これまでの研究により、地震活動の特性や地震発生の仕組みなどに関する理解が進み、地震発生の長期評価などに役立てられるようになったが、一般的に、「いつ(時期)」、「どこで(場所)」、「どの程度の大きさ(規模)」の地震が起こるかを地震発生前に予測することは、現在の科学技術の水準では困難であることを改めて認識した。このため、測地学分科会では、地震発生のメカニズムを理解するための基礎研究を一層推進すべく、これまでに得られた教訓や課題について整理をするとともに、今後の研究の方向性について検討を行った。

(地震と火山噴火予知研究の経緯)

 昭和40年に始まった地震予知計画においては、平成10年度の第7次計画まで、地震活動の地域ごとの特徴、地震発生の仕組みなどに関する知見が蓄積されたが、地震の前兆現象の観測に基づく手法だけでは、予知の実現は難しいことも分かってきた。このため、平成11年度に始まった「地震予知のための新たな観測研究計画」(第1次新計画)では、地震の発生に関する基礎的研究を進め、地震発生に至る地殻活動をモデル化し、モニタリングとモデルに基づいて地殻活動の推移予測を行うことを新たな目標として掲げ、平成16年度からの第2次新計画では、地震発生の準備過程の解明を進め、地殻活動の推移予測を目的とした現実的な物理モデルに基づいた数値シミュレーションモデルを開発することを目指し計画を推進してきた。しかしながら、現状の地震予知は、中・小規模の繰り返し地震や特定の領域の群発地震については、その発生予測と検証が進んでいるが、短期予知の観点や発生頻度の低い大規模な地震の中・長期予測についてはその手法の確立に至っていない。
 一方、火山噴火予知計画は、昭和49年度の第1次計画から5か年ごとに平成20年度の第7次計画まで推進され、マグマ供給系・熱水系がモデル化された火山では、観測データから噴火に先立つ流体移動の把握が可能となった。また、適切な観測体制が取られた火山では噴火時期をある程度予測できるようになり、活動的な火山については、活動度の把握に基づいて噴火警戒レベルを設定することができるようになった。しかし、噴火の様式や規模等の噴火推移予測については、経験則に基づく予測が成立する場合以外は依然として困難な状況にある。
 地震及び火山噴火は、同じ地球科学的背景を持つ自然現象であり、測地学的・地震学的手法による共同での観測研究は、それぞれの現象解明に有効である。現行の計画では、これまで独立の計画としてきた地震予知研究と火山噴火予知研究を発展的に統合した計画として推進しており、「予測システムの開発」をより明瞭に指向した研究に重点を置くこととして、「地震・火山現象予測のための観測研究」、「地震・火山現象解明のための観測研究」、「新たな観測技術の開発」、「計画推進のための体制の強化」の4項目を柱として推進してきた。

(超巨大地震を予測できなかった理由)

 地震発生に関するシミュレーション技術は急速に進歩し、過去に発生した地震についてその発生の特徴を再現することが可能なレベルに達しているものの、発生履歴が詳しく知られていない地震については、その規模や発生間隔を推定することすら基本的に困難である。東北地方太平洋沖において地震の発生を説明できるとされていた従来のアスペリティ(用語解説参照)モデルは、東北地方太平洋沖のプレート境界の広い範囲が一度に滑るような超巨大地震を発生させ得るモデルとはなっていなかった。この事実は、様々な規模の地震の発生を説明し、地震発生を予測するモデルの構築がいまだ研究の課題であること示している。
 海溝軸付近のプレート境界における固着や滑りに関しては、地震の解析やシミュレーションのために必要なプレート境界の海溝側の境界条件の確立ができていなかった。その要因として、阪神淡路大震災以降に整備された陸上の観測網だけでは十分な分解能を持ったデータが得られていなかったことや、近年実用的な運用がなされてきた海底地殻変動観測についても、必要な時空間分解能を得るだけの十分な観測網が整備されていなかったことが挙げられる。そのため、海溝軸付近は太平洋プレートの固着が弱く、常にずるずると滑っているため地震時には大きく滑らないという仮定の基に、地震の解析やシミュレーションの検討が進められていた。
 また、変動地形学的、古地震学的、地質学的手法を用いた超巨大地震の発生履歴に関する研究成果を取り入れる努力が不足していた。古文書などに残っている地震の詳細な記録は、そのほとんどが江戸時代以降のため、東北地方太平洋沖地震のように発生間隔の非常に長い地震の場合、情報の欠落などにより、精度の高い情報を得ることは困難であった。また、津波堆積物や地質調査による地震発生履歴調査については、異なった場所での年代測定の結果に系統的な差異があることもあり、信頼性の高いデータを得ることはなかなか容易ではない。そのため、精度の高い近代的な観測データと、信頼性の評価が困難なこれらの調査結果を併合して、超巨大地震の発生可能性を評価する取組が不足していた。
 このように、単純なアスペリティモデルにとらわれすぎていたこと、海溝軸付近のプレート境界に関する知見が不足していたこと、さらに、現行の計画では津波堆積物調査等を含む古地震調査の研究の観点が不足していたことなどが主な問題となって、東北地方太平洋沖の広い範囲で一度に滑るような超巨大地震について発生可能性の指摘ができなかったことが明らかになった。

(東北地方太平洋沖地震の発生により明らかになったこと)

 東北地方太平洋沖地震については、その発生直後から内外の多くの研究者・研究機関が地震発生過程の解析を進め、その結果、この地震で何が起きたかが明らかになってきた。これらのほとんどの研究には、我が国がこれまで計画的に整備をしてきた陸上の地震計及びGPS観測によるデータが利用されているほか、近年に整備された海域の津波計・波浪計、さらに、実用的な計測が可能となった海底における地殻変動観測によるデータが用いられており、海底下で発生した地震としては、これまでに世界中で発生したいかなる地震よりも精緻な研究結果が得られている。これらの研究結果は、関連研究組織や学協会によるシンポジウム、さらに、建議に基づき設置された地震予知連絡会などを通じて早期から検討が進められ、学術誌を通じて国内外に広く発信されている。このような検討作業の結果、従来にない精度と分解能で東北地方太平洋沖におけるプレート境界での滑りの発展過程が明らかになるとともに、少なくとも海溝付近において50m以上の急激な滑りがあったことがほぼ確実であることがわかった。今回の地震で明らかになったプレート境界での滑りの特徴は、今後の地震・津波防災対策にとって非常に重要な知見である。

(地震発生予測研究の現状と限界)

 今回の東北太平洋沖地震の発生前にもプレート境界の地震発生については精力的な観測研究が行われていた。プレート境界面の摩擦則を用いたシミュレーション技術の向上が図られ、繰り返し発生する巨大地震や大地震の特徴が再現できるようになっていた。また、地震計やGPSなどの観測網が充実し、それらのデータ処理や解析技術の進展により、地震時の断層運動だけでなく、ゆっくり滑りについても観測できるようになっていた。これらシミュレーションと観測の双方から、プレート間滑りの多様性に関する理解が進み、プレート境界の滑りと固着についてのモニタリングとそれを用いたシミュレーションが進められていた。特に、南海トラフ沿いのプレート境界深部で短期的な微動・ゆっくり滑りや長期的なゆっくり滑りが発生していることが分かるようになり、大地震発生過程を考える上で重要な情報が得られてきている。
 一方、日本海溝沿いでは、過去に何度か発生した大地震の滑り分布などから、その地震発生の時間的空間的特徴が次第に明らかになってきていた。その結果、非地震性滑りの進行により固着領域(アスペリティ)に応力が集中し、やがて地震発生に至るというモデル(アスペリティモデル)が有力であるとされ、M8程度以下の地震の発生場所と規模を説明することが可能であるとされていた。しかし、観測研究計画推進委員会を中心とした研究者らにより企画されたシンポジウムで指摘されたように、100年程度の短期間のデータにより比較的単純なモデルでプレート境界の仕組みを理解しようとしたこと、陸域の観測データにより海溝近くの固着状態を推定していたため、東北地方太平洋沖の地域において超巨大地震の発生可能性について十分検討していなかったこと等から、平成23年東北地方太平洋沖地震の発生を予見することが出来なかった。また、日本地震学会でも、特別シンポジウムなどの場で、同様の指摘がなされたほか、現在も災害軽減における地震学の果たすべき役割について真剣な議論が行われている。測地学分科会としても、超巨大地震発生の可能性を追究できなかったことについて真摯に反省し、以下のように今後の課題として反省点を整理した。

(今後の課題)

 今回の地震の発生機構、すなわち、なぜこのように大きな滑りにまで発展したのかという原因については、いまだ最終的な結論には至っていない。例えば、比較的海溝に近いプレート境界の固着が強く、大きなひずみエネルギーを蓄積していたという考え方や、滑りによる摩擦熱によって間隙水圧が上昇し、摩擦の度合いが極端に減少し、大きな滑りに至ったという考え方など、多くの地震発生モデルが提唱され、現在もまだ議論が続いている。プレート間の摩擦特性の物理的メカニズムを解明すると共に、その地学的理解を深化させる観測研究も必要である。また、地震発生履歴を解明するためには、沿岸域の津波堆積物調査のみならず直接深海底において地形・地質学的調査をすることが必要である。このような超巨大地震の発生機構を解明することは、今後、ほかの地域で発生の可能性がある超巨大地震による災害を軽減する上でも非常に重要な課題となる。
 測地学分科会では、このような事態を真摯に受け止め、今回の計画見直しにより、これまで地震の発生機構の基本的考え方であったアスペリティモデルを再検討するとともに、他の多様なモデルについても検討を行い、古地震調査等の研究も含めて超巨大地震の発生の可能性について徹底的に検討することとする。本計画の研究課題の内容を見直し、超巨大地震の研究に研究資源を集中させるために、地震破壊過程の項目などに係る個別課題のうち3課題については中止し、地震発生予測システムなどに係る課題については大幅な計画の縮小を行い、超巨大地震の発生機構の解明とこの地震に起因する地殻活動に関する観測研究を強く推し進めることが必要と判断した。超巨大地震に関する観測研究の最終的な目標は、東日本大震災のような甚大な地震・津波災害の軽減に資することである。このため、社会学、考古学、歴史学等の人文・社会科学系を含む様々な分野の知見を統合して推進することが重要である。得られた成果については、社会に対してより速やかに伝える必要があるとともに、国内でも関係する機関の協力を広げ、国際的に広く意見交換を行うなどして我が国にとどまらない英知の結集を図る必要がある。さらに、今後の計画策定については、海外の専門家からの意見も取り入れ、地質学や電磁気学的観点など、研究の可能性の幅を広げる努力も必要である。なお、超巨大地震に起因する余効的な地殻変動や誘発された地震活動などは、現在も進行中の現象であることから、これらの研究成果を踏まえた検証作業は引き続き行い、外部評価も加えた計画全体の再構築に向けて今後更に検討を行うこととする。

お問合せ先

研究開発局地震・防災研究課

(研究開発局地震・防災研究課)