2(3)首都直下地震総合研究

「首都直下地震」総合研究グループリーダー 酒井慎一(東京大学地震研究所)

1.はじめに

首都直下地震については「災害の軽減に貢献するための地震火山観測研究計画の推進について(建議)」の中で,災害科学の発展に着実に貢献できることや,発生した場合の社会への影響の甚大さを考慮して,総合的な研究として優先して推進するとされている。そのため,首都直下地震を対象とした研究課題は,地震・火山現象の解明のための研究,地震・火山噴火の予測のための研究,地震・火山噴火の災害誘因予測のための研究の3分野にまたがって広く存在している。これらの幅広い研究の成果を統合し,社会的にも重要である首都直下型地震による災害の軽減につなげることが本総合研究グループの目標である。

2.平成29年度の成果概要

 首都直下地震の解明のための研究,首都直下地震の予測のための研究,首都直下地震の災害誘因予測のための研究に必要な基盤となる観測網の維持・拡充を進め,データを継続的に取得すると共に,膨大なデータを効率的に流通させるためのシステムを構築してきた(東大地震研[課題番号:1518],国土地理院[課題番号:6005, 6006, 6012],気象庁[課題番号:7012, 7014, 7020],海上保安庁[課題番号:8001, 8002, 8004])。
 首都直下地震は,関東地方の平野部に存在する活断層で発生するもの,沈み込むプレートの境界部分で発生するもの,沈み込むプレート内で発生するものが考えられている。プレート境界部分で発生する地震に関しては,地震活動や地殻変動を詳細に観察することによって,プレート間カップリングをモニタリングしようとする試みがなされている。千葉・茨城県内の太平洋沿岸で行われているGNSS連続観測では,今年度は新たなスロースリップイベント(SSE)による地殻変動は見られなかったが,過去の房総SSEに関する論文がまとめられた(Fukuda, 2018)。地震観測からは,銚子沖の地殻内で発生している活動に多数の相似地震が検出され,上盤側プレートの余効変動による長期的な変動が継続していることが推測された(東大地震研[課題番号:1509, 1510])。沈み込むプレート内で発生する地震のメカニズムに関する課題では,伊豆半島の約100km 北方で孤立して発生する地震(深さ40-90km)の震源決定およびメカニズム解の推定を行い,その多くがプレート内で発生していることを明らかにした。温度や応力状態の特異性ではなく,スラブ内の局所的な含水化が原因であると推測された(東北大[課題番号:1201])。
災害誘因予測のための課題として,関東平野における長周期地震動の生成・増幅特性の方位依存性の解明があり,その原因として,震源から関東平野に向けての表面波の放射指向性の影響,堆積平野の3次元構造による複雑な表面波増幅・伝播特性の影響,の2つが考えられた。まず震源からの放射特性の影響を評価するために,2004年新潟県中越地震を対象とした震源断層の走向を変えたシミュレーションを行い,都心部での速度応答スペクトルの強度を比べた。その結果,新潟県中越地震の断層走行では関東平野へのRayleigh波の放射が強く,長周期地震動レベルが最大となることがわかった。一方,2011年福島県浜通りの地震では,関東平野への放射が弱く,断層モデルの走行を90度回転させたシミュレーションの数分の1しかないことがわかった。また,新潟県中越地震では,断層走行を変えても都心での長周期地震動のレベルの変化は小さいが,福島県浜通りの地震では変動が大きく,震源メカニズムに敏感であることがわかった。次に,関東平野の3次元堆積層構造と長周期地震動増幅の方位的変動を,2つの地震のシミュレーション結果をもとに検討した。平野内を伝わるRayleigh波の伝播方向と位相速度の時空間変動を調べた結果,新潟県中越地震では,関東平野の深い溝状構造で表面波が焦点を結ぶように集まり増幅が起きること,これがゆっくりと都心に向かって伝わると同時に東側の山地を高速に伝わって都心に屈折した別の表面波とが合流した長い波群を作り出す過程が確認できた。一方,福島県浜通りの地震では,筑波山付近の浅く緩い堆積層構造を通って平野に入射する際に波面が拡散することで振幅が小さくなること,また揺れの継続時間も短くなることが確認できた。こうした特徴は,ここで述べた2つの地震に限らず,同方向で発生する他の地震でも共通に見られる一般的な現象であることも確認した(東大地震研[課題番号:1516])。一方,MeSO-net 観測点のひとつにおいて,近傍の地表に観測点を設置し,揺れ方の違いを比較した。それらは約100mしか離れていないが,観測された地震波形の振幅は約2倍になり,揺れの推定には,より稠密な地盤構造の違いを考慮する必要があることを確認した(東大地震研[課題番号:1514])。
歴史資料や地質情報等などに基づくことで,地震計による観測以前の時代に発生した地震災害に関して検討し,現代とは異なる社会状況の下で発生した災害の対応から,今後の防災・減災施策や復興計画などの検討に資する材料を提示することができる。安政江戸地震における江戸市中での被害と復興の様子を描いた絵巻「江戸大地震之図」(島津家文書,東京大学史料編纂所所蔵)について詳細に分析した結果,絵巻にある被災した屋敷は薩摩藩芝屋敷であることが判明した。場所や人物等の特定により,今後,江戸市中での具体的な地震被害を検討する際に,基本史料として用いることが可能となった。また,文献史料や絵画史料に基づいて検討し,余震が打ち続く中での町人の避難方法や避難場所,幕側の施策,余震の発生状況や気象条件に起因する避難状況の変化などを明らかにした。(東大地震研[課題番号:1513])。房総半島南部の海岸段丘について,詳細DEMの解析とボーリングコア試料の解析から段丘の分布パターンと離水年代の再検討を行った。その結果,段丘の区分と年代が更新され,大地震の再来間隔が非常にばらつくことが明らかになった(産総研[課題番号:5004])。

3.これまでの課題と今後の展望

首都直下地震に対しては統一された地震像がないが,発生した場合には,首都機能や我が国の経済活動全体に深刻なダメージを与える可能性が高いことから,総合的な研究として優先して推進するとされている。プレート境界部分で発生する地震に関しては,地震活動や地殻変動を詳細に観察することによって,プレート間カップリングをモニターしようとする試みがなされてきた。銚子沖の地殻内の多数の相似地震の存在によって,東北地方太平洋沖地震の余効変動による長期的な変動が継続していることが推測されたが,首都圏の他の地域で発生する地震に関しても研究を進め,今後,発生する可能性の高い地震像を明確にする必要がある。首都直下地震の実像が明確でないため,それによる災害やその被害の軽減という視点の研究課題が足りていない。例えば,関東平野における長周期地震動増幅の方位依存性は,震源から平野に向けた表面波の放射特性と,平野の3次元堆積層構造における表面波の伝播・増幅特性の相乗効果で起きていると結論づけられた。このように複雑な地盤構造をもつ関東平野において,高密度な観測データによって地震動がどのような挙動を示し,地表の被害にどの程度の影響を与えるのか,現実的な地殻構造を用いた大規模数値シミュレーションを行い,高精度な揺れを予測する研究をさらに進める必要がある。
一方,政治・経済の中心としての江戸における文献史料や絵画史料は,今後の防災・減災施策や復興計画などの検討に大いに資するものとなる。例えば,余震が続く中での避難方法や避難場所,幕府側の施策,余震の発生状況や気象条件に起因する避難状況の変化等には,現代の社会でも共通した問題が含まれている。このような歴史資料や地質情報に基づく地震災害の研究は,地震計による地震観測が始まる以前の活地震活動を知ることができ,地震発生サイクルを考える際の重要な情報になりうる,今後も研究の進展が期待される。
いくつかの課題で部分的に進展がみられるが,総合研究としての進捗は,まだ不十分である。首都圏という人口の密集地および政治経済の中心地での大地震発生が,どのような複合的な被害を引き起こしてしまうのか,首都圏が被災するということが,日本全体に対する影響といった視点もスコープに入れるべきであろう。そのような,理学だけでは対応できない様々な研究分野を総合的に推進させるような体制づくりが必要であると思われる。しかし,まずは首都直下地震の地震像を解明する研究,首都直下地震を予測するための研究,首都直下地震による災害誘因の予測のための研究の3つの成果が,連続的に結び付くような課題を推進させるのが良いのではないだろうか。その中に,これまで不十分であった,災害リテラシー高度化に向けた総合的研究等も含めて進めるべきであろう。

成果リスト

Fukuda, J., 2018, Variability of the space-time evolution of slow slip events off the Boso Peninsula, central Japan, from 1996 to 2014, J. Geophys. Res. Solid Earth, 123, doi:10.1002/2017JB014709.

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