平成20年度の成果の概要

1.はじめに

 平成15年7月に科学技術・学術審議会において建議された「地震予知のための新たな観測研究計画(第2次)の推進について」(以下、「第2次新計画」という。)のもと、平成16年度から平成20年度にかけて地震予知に関する研究計画が実施された。第2次新計画では、計画を推進するために、科学技術・学術審議会測地学分科会地震部会の下に、計画実施機関からの委員で構成する観測研究計画推進委員会を平成16年4月に設置し、年度ごとに観測研究実施計画及び観測研究成果報告の取りまとめを行ってきた。
 本報告は、第2次新計画の成果について、平成20年度の研究成果を中心に取りまとめたものである。
 なお、計画の実施機関は以下の通りである。

  • 国立大学法人: 北海道大学、弘前大学、東北大学、秋田大学、東京大学、東京工業大学、名古屋大学、京都大学、鳥取大学、高知大学、九州大学、鹿児島大学
  • 独立行政法人: 情報通信研究機構、防災科学技術研究所、海洋研究開発機構、産業技術総合研究所
  • 政府機関: 国土地理院、気象庁、海上保安庁

 地震の発生を定量的に予測するためには、広域の地殻応力が特定の断層域に集中していく地震発生の準備過程を理解し、地震断層域で応力が再配分されるしくみを理解する必要がある。さらに、観測を通じてこれらの過程を迅速に把握するとともに、地殻活動の推移予測を目的とした物理モデルに基づいた数値シミュレーションモデルによる予測を行うことが必要である。この考えに基づき平成16年度から実施された第2次新計画では、次のような項目に沿って研究を実施した。
(1)地震発生に至る地殻活動解明のための観測研究の推進
(2)地殻活動の予測シミュレーションとモニタリングのための観測研究の推進
(3)新たな観測・実験技術の開発
(4)計画推進のための体制の整備
 上記項目のうち「(1)地震発生に至る地殻活動解明のための観測研究の推進」は、地震発生に至る地殻活動の全過程と、その過程に伴って現れる種々の地殻現象の発生機構を解明するための総合的観測研究であり、次のような小項目に分けられている。
1)日本列島及び周辺域の長期広域地殻活動
2)地震発生に至る準備・直前過程における地殻活動
3)地震破壊過程と強震動
4)地震発生の素過程
 また、「(2)地殻活動の予測シミュレーションとモニタリングのための観測研究の推進」は、地殻活動の推移予測を行うための地殻活動予測シミュレーションモデルの開発研究及び地殻の状態を実時間で把握する地殻活動モニタリングシステムの高度化のための研究であり、次のような小項目に分けられている。
1)地殻活動予測シミュレーションモデルの構築
2)地殻活動モニタリングシステムの高度化
3)地殻活動情報総合データベースの開発
 「(3)新たな観測・実験技術の開発」は、地震発生に至る一連の過程に伴う地殻現象を高精度で検出するための、新たな観測・実験技術の開発研究である。
 「(4)計画推進のための体制の整備」については、計画全体を効果的に推進できる体制の整備、観測研究プロジェクトを立案・推進するための広く開かれた仕組みの整備を図るものであり、平成16年度から科学技術・学術審議会測地学分科会地震部会に設置された観測研究計画推進委員会が重要な役割を担っている。観測研究計画推進委員会は、国立大学法人、独立行政法人、政府機関等の組織がそれぞれの機能に応じた役割分担と密接な協力連携の下に計画を推進するための委員会であり、本報告書も同委員会により編集されている。

2.平成20年度の重要な成果

2‐1.研究計画の特筆すべき成果

1)東海・東南海地震の震源域におけるプレート間固着の解明

 中部日本のGPS(汎地球測位システム)データを用いたブロック断層モデルの解析により、ゆっくり滑り発生時期のうち2001年1月〜2004年8月について、およびそれ以外の2つの時期(1996年4月〜2000年4月、2006年1月〜2008年8月)について、プレート間の固着の分布の推定を行った。駿河湾から熊野灘にかけてのプレート境界は、深さ10〜20kmの部分においてほぼ全面的に固着しており、これはゆっくり滑り発生時においても変化していない。東海地域における過去の研究成果や1944年(昭和19年)東南海地震(M7.9)の震源断層モデルと整合的な結果が得られており、熊野灘と比較して東海地域では滑り欠損が半分程度と小さくなること、深部低周波微動はプレート間の固着がほぼ無くなる場所で発生していること、東海地域で観測されたゆっくり滑りは固着域から安定滑り領域への遷移領域で発生したことも分かる(図1)。

2)内陸地震発生域の歪・応力集中機構

 跡津川断層周辺において、これまでの約2倍の検知能力で地震活動が求められた他、応力逆解析、地震波トモグラフィ法解析、制御震源構造探査、比抵抗構造探査が実施された。上部地殻に1858年飛越地震のアスペリティに相当する高速度域が存在し、その下方の下部地殻に存在する低速度域が、上記の高速度域の間にまで及ぶことを示した。アスペリティに相当する上部地殻内の非地震発生域は高比抵抗、その周囲の地震頻発域および下部地殻の低速度域は低比抵抗で、流体の存在を強く示唆する。跡津川断層域両端では火山地域があり、低速度域が下部地殻から上部地殻にまで達しており、その非弾性効果が破壊の進展を妨げ、結果的に断層のサイズを規定していると考えられる。GPS観測によれば、高速度域を含む跡津川断層のほぼ全体(深さ15kmまで)が固着している可能性が高く、観測された変位は下部地殻における内部変形でまかなわれていると考えられる。これらの結果から、地殻内に蓄積された応力が高速度域の境界付近に集中し、最終的には破壊に至るという内陸地震発生モデルが考えられる。地殻内の流体の存在が、構造の不均質な部分に応力を集中させ、さらにこの過程が進展すると考えられる(図2)。

3)プレート内地震の発生機構

 沈み込む海洋プレート(スラブ)内では、大地震がしばしば発生し、またプレート境界地震とプレート内地震との相互作用を明らかにするためにも、プレート内地震の発生機構の理解は重要である。DD(二重時間差)トモグラフィ法を用い、北海道東部の太平洋スラブ内の詳細な地震波速度構造を推定した。その結果、二重地震面下面に沿って低速度域が分布すること、地震活動があまり活発でない上面と下面の間(面間)は高速度であることが明らかになった。ただし、1993年(平成5年)釧路沖地震(M7.8)の余震域は下面から面間に向かってほぼ水平に伸びているが、そこでは面間であっても例外的に低速度を示すという特徴がある(図3)。下面や釧路沖地震の余震域の速度は、無水カンラン岩の速度よりも小さいため、そこには水が分布することが期待される。これらの成果は、二重地震面下面の地震、及びスラブ内地震の発生には水が深く関与していることを示唆している。

2‐2.大地震の緊急的研究とその成果

 大地震の直後には集中的観測を行い、震源断層の形状、余震や余効変動、周辺の地殻構造と地震発生域の関係、地表変状などの知見を得ることにより、地震発生のプロセスの解明に関する多くの成果をあげている。

1)2008年(平成20年)岩手・宮城内陸地震(M7.2)

 2008年6月14日に発生した岩手・宮城内陸地震について、緊急の地震およびGPS観測を実施した。余震は西側に傾斜した分布を示しているが、一部では東傾斜の分布も見られ、複雑な震源断層を示している。地震波トモグラフィ解析から、余震は高速度域内で発生していることが分かった。震源域直下の下部地殻から最上部マントルには顕著な低速度域が存在しており、地殻流体の分布が内陸地震の発生機構に密接に関連していることを示している(図4)。GPS観測から、地震時滑り発生域の浅部延長で顕著な余効滑りが発生したことが確認された。震源域北部では、地震時滑りと余効滑りが別々の断層面で発生した可能性がある(図5)。

3.成果の概要

 (1)地震発生に至る地殻活動解明のための観測研究の推進、(2)地殻活動の予測シミュレーションとモニタリングのための観測研究の推進、(3)新たな観測・実験技術の開発の3項目について、平成20年度に達成された成果を中心に第2次新計画の成果の概要を示す。

3‐1.地震発生に至る地殻活動解明のための観測研究の推進

1)日本列島及び周辺域の長期広域地殻活動

 日本列島の地殻活動を理解し予測するためには日本列島から東アジア規模の観測研究が必要である。これは、日本列島周辺でのプレート運動によりもたらされる力が日本列島における活発な地殻活動の原因であり、さらにその力が日本列島内で再配分され地震発生域に作用しているからである。そのため、日本列島周辺のプレート運動の詳細および日本列島規模の構造と変形を知る必要がある。

ア.日本列島及び周辺域のプレート運動

 アムールプレート東縁部における多点でのGPS観測や、周辺のGPS観測データから推定した、アムールプレートのユーラシアプレートに対するオイラー極は、用いるデータセットにより大きく位置が異なり、「アムールプレート」と称されている地域は実は一枚の剛体で近似することが不適切であるという重要な知見が得られた。

イ.列島規模のプレート内の構造と変形

 三次元速度構造を用いた変換波の波形解析により、東海から九州北部までの領域において新たなフィリピン海プレート形状モデルの構築を行った。従来の研究で明らかにされている中国地方に加え、淡路島周辺や琵琶湖北東部下に非地震性海洋プレートの存在を確認した。また、海洋プレート内の地震の分布やメカニズムはプレート形状に強く影響を受けていることが明らかになった。

2)地震発生に至る準備・直前過程における地殻活動

 応力の集中と地震の発生の関係を解明するには、地震発生に至る準備過程から直前過程までの地殻活動を相互に関連する一連の過程として研究する必要がある。近年、急速に理解の進んだプレート境界における歪・応力集中機構、内陸地震の準備過程、地震発生直前の物理・化学過程及び地震発生サイクルについて、それぞれの成果を概観する。

ア.プレート境界における歪・応力集中機構

 アスペリティの位置を高精度で推定することは、地震発生予測のみならず強震動の予測にとっても極めて重要である。日本周辺のプレート沈み込み帯において、アスペリティの分布やその振る舞い、構造的な特徴などを明らかにするための観測研究が行われた。また、これまでアスペリティが知られていない領域でもその位置を推定可能にする目的で、既に位置が知られているアスペリティやゆっくり滑り域と、地下の構造の相関を調べる研究も進められてきた。
 茨城県沖のM7級地震が繰り返し発生している場所では、海山が存在する一方で、海山とアスペリティの位置が一致しないことが分かり、海山ではプレート間の摩擦がむしろ小さいことが分かった。海底地殻変動観測により、東海沖、相模湾、福島沖、宮城沖の海底基準点で定常的なプレート運動を検出した。これにより、現状の海底観測技術が、数年間の観測によりプレート運動を検出可能なことを実証した。また、プレート間の固着が福島沖では周囲と比べて強くないことを明らかにした。
 ゆっくり滑りや深部低周波微動は、プレート境界の振る舞いの多様性を示すものであり、その物理過程を解明するために様々な観測研究を行ってきた。南海トラフ沿いで発生する深部低周波微動および超低周波地震の活動をモニターする手法を確立し、その時空間的な分布の特徴を明らかにした。深部低周波微動や短期的ゆっくり滑りに同期して発生する深部超低周波地震の震源過程解析を行った結果、特徴的時間が長いほど伝播速度が遅いという関係が示唆された。また、低周波微動とゆっくり滑りでは後者が本質的な現象であり、特定の条件が満たされた時にのみ微動が発生していることが示された。

イ.内陸地震発生域の不均質構造と歪・応力集中機構

 跡津川断層周辺において不均質構造と歪・応力集中機構を詳しく調べた他、2005年(平成17年)福岡県西方沖の地震(M7.0)、2004年(平成16年)新潟県中越地震(M6.8)、2007年(平成19年)新潟県中越沖地震(M6.8)、2007年能登半島地震(M6.9)、2008年岩手・宮城内陸地震の震源域周辺において、余震観測、構造探査などを実施した。その結果、内陸地震震源域の不均質構造の解明が大きく進展し、地質構造との対応、破壊過程や余震発生様式との対応が明らかとなった。

ウ.地震発生直前の物理・化学過程

 南アフリカ金鉱山の地下2〜3kmにおいて、採掘に伴って発生するM3以下の地震活動とそれに伴う岩盤挙動の至近距離・高感度観測を行った。2つの観測点でゆっくりとした歪変化が発見され、そのうちの一部には明瞭な前駆的歪変化が見られた。また、歪変化の規模と特徴的な継続時間との関係は、 プレート境界などのゆっくり滑りについて提唱された両者の関係とは傾向が異なることが分かった。

エ.地震発生サイクル

 日本海溝や相模トラフ、南海トラフ等で発生する海溝型の大地震について、通常考えている地震発生サイクルよりももっと長いサイクル(超サイクル)が存在することが明らかとなった。また、千島海溝西部や宮城県沖日本海溝の津波堆積物の調査によって、海溝型地震は常に同じような規模で発生するのではなく、まれに複数の震源域が連動破壊して巨大津波を発生させることを明らかにし、チリ海溝やインド洋東岸でも巨大津波の履歴の解明に成功した。

3)地震破壊過程と強震動

 三次元地下構造の考慮や近地強震記録、遠地実体波波形、GPS測地データを用いた同時逆解析などにより震源過程解析の高度化を一層進め、これらの手法により国内外の多数の地震を解析した。その結果得られるアスペリティの微細構造を微小地震分布や構造探査結果等と比較して、アスペリティの特性の解明を進めた。強震動予測の高度化のために、高精度の地下構造モデルの構築や、強震動予測シミュレーションの実証的研究を行った。

ア.断層面上の不均質性 

 三次元地下構造でのグリーン関数(地震波伝達関数)を用いた震源過程の解析手法を開発し、これまでに1995年(平成7年)兵庫県南部地震(M7.3)、2003年(平成15年)宮城県北部の地震(M6.4)の震源モデルを推定した。また、強震波形と地殻変動データとの広帯域記録統合解析により、詳細な震源過程とアスペリティ位置の高分解能化が実現し、地震性滑りから余効滑りに至る震源過程の全体像が明確になった。
 2008年1月11日に発生した岩手県釜石沖の地震(M4.7)の滑り分布を、近地広帯域地震波形逆解析により推定し、一連の釜石沖の繰り返し地震がほぼ同じアスペリティの繰り返し滑りであることを確認した。一方で高周波地震動解析からは、滑り分布にわずかな相違が存在することが示された。このように、アスペリティの破壊は詳しく見ると必ずしも毎回同じではなく、大地震の破壊過程の予測には、個々のアスペリティの滑り履歴の詳細な検討が課題となる。

イ.強震動シミュレーション・強震動予測

 関東平野の長周期地震動の生成伝播特性を強震観測データ解析と、強震動シミュレーションの比較から詳しく調査し、震源の位置と規模を特定すれば、平野で強く生成する長周期地震動の発生予測が可能であることを示した。また、近い将来に発生が懸念される主要な海溝型地震を想定し、長周期地震動の予測地図の作成に必要となる中部・関東・近畿地域・南東北の地下構造モデルの構築を進めた。
 「地震‐津波連成シミュレーションコード」を新たに開発し、海溝型の大地震による強震動と大津波の発生過程を検証した。まず三次元不均質場での地震波伝播と地殻変動について地震動シミュレーションを行い、そこで求められた海底面の上昇と沈降の時空間変化を入力として三次元ナビエ・ストークス式の計算により津波を評価した。

4)地震発生の素過程

 観測可能なVp、Vs、比抵抗、Q等から、どのような物質がどのような状態にあり、どのような破壊・摩擦特性を持っているのか推定できるようになることを目指した実験的・理論的研究を推進した。摩擦破壊現象の物理・化学的素過程を実験的に明らかにしていくことによって、アスペリティの実体、摩擦破壊現象の規模依存性などについて理解を深めることを目標とした。

ア.摩擦・破壊現象の物理・化学的素過程

 深さ100‐200km程度の稍(やや)深発地震の発生メカニズムとして蛇紋岩の脱水脆性化が有力視されてきたが、脱水反応時の体積変化の物理化学的考察からは過剰間隙水圧は生じないことになる。このような考えにもとづき、非常に高圧で脱水反応した蛇紋岩の変形実験を行い、不安定な破壊は起こらないことを示した。

イ.地殻・上部マントルの物質・物性と摩擦・破壊構成則パラメータ

 蛇紋岩は、非地震性の滑りを起こしやすい力学的性質を持っており、地震発生の力学に対して大きな影響を持つ。弾性波速度の分布から、沈み込み帯等において蛇紋岩の存在が示唆されていたが、従来解釈に用いられたのは、低温型蛇紋岩の弾性波速度データであるため適切でない。そこで、本計画においては、高温型蛇紋岩の弾性波速度を、地震発生場の高温・高圧を再現して計測した。トモグラフィで示唆されるほど低い弾性波速度を再現するためには、高温型蛇紋岩自体の弾性波速度だけでは説明できず、間隙水が存在していることが必要であるとの結論を得た。
 弾性波を透過させることで、断層面の固着状態を非破壊的にモニターすることが定量的に可能なことが示され、固着滑り実験においては、載荷せん断応力がピーク値に達するより前に、物理的な固着のはがれは大方完了することがわかった。

3‐2.地殻活動の予測シミュレーションとモニタリングのための観測研究の推進

1)地殻活動予測シミュレーションモデルの構築

 「地殻活動予測シミュレーションモデルの構築」研究計画の目標は、北米、太平洋、フィリピン海、ユーラシアの四つのプレートが複雑に相互作用する日本列島域を一つのシステムとしてモデル化し、観測網からの膨大な地殻活動データをリアルタイムで解析・同化することで、プレート相対運動によって駆動される広域応力の増加から準静的な震源核の形成を経て動的破壊の開始・伝播・停止に至る大地震発生過程の定量的な予測を行うことである。

ア.日本列島域

 地殻マントルの弾性‐粘弾性構造、プレート境界の三次元形状、断層構成則の環境依存性等を考慮した、日本列島域の地殻活動シミュレーションモデルのプロトタイプ(CAMPモデル)を構築した。また、2003年十勝沖地震(M8.0)について、準静的応力増加‐動的破壊伝播‐地震波動伝播の連成シミュレーションを行い、理論的に予測された地震波形と実際に観測された地震波形が概ね一致することを示した。

イ.特定の地域

 摩擦特性の不均一性を考慮したシミュレーションにより、1994年(平成6年)三陸はるか沖地震(M7.6)の余効滑りと最大余震(M7.2)を含めて、三陸沖のプレート境界地震の繰り返しを説明するアスペリティモデルを構築した。これにより、摩擦特性の大まかな分布について知見が得られた。

ウ.予測シミュレーションモデルの高度化

 予測シミュレーションの高度化のため、余効変動のGPSデータ時間依存逆解析による摩擦パラメータ推定が行われた。また、現在の地殻活動予測シミュレーションでは考慮されていない物理過程を組み込むため、熱多孔質媒質中での破壊伝播シミュレーション、離散要素法による粉体シミュレーション、内陸地震のモデル化に向けた粘弾塑性有限要素法(FEM)コードの開発、有限要素法およびその拡張によるプレート境界域周辺の地殻変動シミュレーション、不均質媒質における破壊伝播シミュレーションモデルの高度化などが進められた。

2)地殻活動モニタリングシステムの高度化

 日本列島全域の地殻活動モニタリングは、政府の地震調査研究推進本部が策定した基盤的調査観測計画の下で整備が進められた地震及びGPS連続観測網により行われ、今日では、その観測データ及び解析結果は広く公開されている。モニタリングシステムによって得られるデータは、地殻活動予測シミュレーションモデルの構築やシミュレーション結果の検証において不可欠なものである。また、過去のデータとともに日本列島地殻活動情報データベースとして整備されることにより、大地震発生時の即時対応等にも活用できる。列島規模の広域のモニタリングシステムだけでなく、想定東海地震震源域や想定東南海・南海地震震源域等、大地震の発生が予想される特定の地域における地殻活動モニタリングの高度化も重要である。

ア.日本列島域

 リアルタイムで取得可能になったGEONET(国土地理院の全国GPS連続観測網)の1秒毎のデータを利用し、震源断層の即時解析手法の開発を進めた。事前に設定した60点の電子基準点のリアルタイム解析を可能とし、2008年岩手・宮城内陸地震等に適用したところ、気象擾乱時等を除きM7程度の地震の震源断層モデル推定に耐えうる精度の地殻変動を地震後10分以内に得るための基礎技術を確立した。

イ.東海地域

 大地震の発生が予測されている東海地域においては、列島規模のモニタリングに加えて、より高度化された地殻活動モニタリングのための研究開発が実施されている。前兆滑りや短期的ゆっくり滑りの早期発見及び把握のために、気象庁以外のデータを用いた同時異常の監視を可能にし、その有効性を確認した。また、東南海沖に新たなケーブル式海底地震計システムを敷設し、運用を開始した。

ウ.東南海・南海地域

 東南海・南海地震域における地殻変動特性を研究するために5カ年で16点のGPS観測点を増設し、ゆっくり滑りのモニタリングを行なった結果、浜名湖周辺の東海ゆっくり滑りが沈静化後、その周囲で滑りが発生していることが分かった。また、東南海・南海地震予測のため12点の地下水等総合観測施設を新規に整備した。この施設は地殻変動や地震計も併設し、四国‐紀伊半島周辺直下のプレート境界で生じるM6‐6.5の短期的ゆっくり滑りを検出可能である。

エ.その他特定の地域

 近い将来の地震発生が懸念されている宮城県沖における固着および滑りについて、GEONET観測点および沿岸域に増強したGPS観測点のデータを用いた準リアルタイム処理技術、及び相似地震(小繰り返し地震)を用いた準リアルタイム処理技術を開発し、非定常的な滑りを見出すことができるようになった。

3)地殻活動情報総合データベースの開発

 「地殻活動情報総合データベースの構築」の研究は、地殻活動予測シミュレーションモデルの開発の基礎となる観測データを整備し、地殻活動モニタリングシステムから有効に情報を取り出すために必要不可欠である。

ア.日本列島地殻活動情報データベースの構築

 日本付近の過去の大地震について、古い地震記象や津波記録、測地記録などをスキャナーを用いてデータベース化を行い、研究者が必要なときに迅速に利用できるようなシステムの構築を行った。日本列島全域における地震観測データベースを逐次的に追加・更新した。過去さまざまな機関で実施された活断層調査の情報を網羅的に収集した活断層データベースを構築し、インターネット上での公開を行った。10,000平方キロメートルを達成目標として、活断層の詳細な位置、関連する地形の分布等の情報を、1:25,000都市圏活断層図として整備・公表してきた。一元化処理による全国地震カタログの作成作業を継続して行い、地震・火山月報(カタログ編)、地震年報を刊行した。

イ.地殻活動データ解析システム

 地殻活動総合解析システムの開発、運用を行っているが、この5ヵ年の期間中、新たに行われた観測データの追加、GEONETの新解析戦略による解析結果への更新など、データベース内容の確認と更新を実施した。

3‐3. 新たな観測・実験技術の開発

 「新たな観測・実験技術の開発」研究では、これまでとらえることが困難、または不可能であった現象を見るための「道具」の開発し、地震予知のための観測研究の推進に貢献した。

1)海底諸観測技術の開発と高度化

 プレート沈み込みに伴う大地震発生機構の解明等の研究では、陸域の観測網だけでは海域で発生する地震を観測するには不十分で、十分な空間分解能と観測精度を得るには海底諸観測技術開発と高度化が必要である。そのため、GPS‐音響測距結合方式による海底測位計測システムの高度化、海底における圧力・傾斜変動観測の高度化、海底ケーブル利用システムの開発、海底ボアホール利用を目標とした歪・傾斜変動観測の高精度化、海底における長期地震観測の高度化などに関する研究が実施された。
 GPS‐音響測距結合方式による海底測位計測システムの高度化に関しては、複数の研究機関が互いに連携しながら研究を進めた。重要な成果としては、2004年紀伊半島南東沖の地震(M7.1)に伴う地殻変動を世界で初めて海底測地観測により捉えたことや、宮城県沖において太平洋プレートの沈み込みに伴う陸側の地殻歪を初めて捉えるとともに、2005年宮城県沖地震に伴う地殻変動を検出し、2009年春にはその余効変動が収束し震源域の固着が復活したことを捉えたことなどがある。

2)ボアホールによる地下深部計測技術の開発と高度化

 ボアホール利用による地下深部計測技術は、雑音の大きい地表から離れることによって高感度のデータを得るだけでなく、震源核に近づいて地殻応力状態や断層物質を直接測定するための重要な技術の一つである。この研究項目では、地殻応力測定の高度化、ボアホール間隙水圧測定、光干渉計測技術等先端技術の導入などが行われた。

3)地下構造と状態変化をモニターするための技術の開発と高度化

 地殻内の微小な応力変化、散乱体や地殻内流体の分布の変動、プレート境界での反射強度の時間変動、地殻深部の物質移動地殻比抵抗の時空間変化、地殻内の水の状態変化などをモニターするため、精密制御震源技術の高度化、平坦な周波数特性を持ちかつ高感度な地震計の開発、マントル起源のヘリウム放出量計測技術開発が行われた。

4)宇宙技術等の利用の高度化

 GPSやSAR(合成開口レーダー)に代表される宇宙技術の利用は地殻変動観測に革命をもたらした。ここではGPS測位技術の高度化研究、SARによる地殻変動観測手法の高度化研究、次世代テレメータ衛星通信システムの開発が実施された。

4.課題と展望

 現計画では、長期にわたる地殻活動によってもたらされる広域応力が特定の断層に集中していく地震発生の準備過程と、それに続く直前過程における応力の再配分機構を理解し、観測によるそれらの過程の迅速な把握と、物理モデルに基づいた地殻活動予測シミュレーションモデルを開発することが重要とされていた。
 プレート境界のアスペリティの位置を正しく把握し、また、そこでの滑り欠損をモニタリングしていくことは、地震発生の中・長期予測にとって極めて重要である。地震記録の解析手法の高度化により発生した地震のアスペリティ分布がより高精度で推定できるようになり、GPSデータや相似地震から滑り欠損をモニタリングする研究が進展した。また、地震学的な不均質構造とアスペリティの分布に良い対応関係があることが明らかとなった。しかし、こうした構造的特徴とアスペリティが対応する原因まで明らかになったとは言えず、構造的特徴の物理的実体を解明することが待たれる。これまで、地殻・マントルの弾性 "粘弾性構造、プレート境界の三次元形状、断層構成則の環境依存性を考慮した地殻活動シミュレーションモデルにより、プレート境界での準静的応力増加‐動的破壊伝播‐地震波動伝播をシミュレーションすることに成功した。今後は、各種データとシミュレーションを統合した研究をより充実させる必要がある。
 プレート境界における多様な物理過程として注目されたゆっくり滑りに伴う深部低周波微動は、沈み込み帯にある程度普遍的な現象であることが示された。南海トラフ沿いで発生する深部低周波微動および超低周波地震の活動をモニターする手法が確立され、その時空間的な分布の特徴が明らかになった。今後はゆっくり滑りに関してもシミュレーションにより再現する研究を進め、ゆっくり滑りによるアスペリティへの応力集中を定量的に評価・予測することを目指すべきであろう。
 内陸地震発生域に関しては、内陸地震のアスペリティに相当する高速度域の存在や、断層深部延長の下部地殻に局在する低速度域や反射体の存在が確認されるとともに、これらの不均質構造に対する流体の関与が示唆され、内陸地震の応力集中や発生が不均質構造によって強く規定されていることが明らかとなった。特に、地震、地殻変動、電磁気などから多角的に得られた構造、活動特性が内陸地震の応力集中機構を知る上で極めて重要であることが示された。今後は、地震サイクル中のステージが異なる複数の断層帯に関する比較も行い観測の事例をさらに増やすとともに、不均質構造を考慮した内陸地震の準備過程や発生サイクルのモデル化を進めていく必要がある。
 第2次新計画は、物理モデルに基づく地殻活動予測シミュレーションの実現を目指した基礎的な研究ではあるが、計画の中で明らかになった現象や構築されたモデルのいくつかは地震災害軽減のための調査研究に役立てられている。例えば、プレート境界の地震におけるアスペリティモデルやゆっくり滑り現象の理解は、プレート境界で発生した地震の評価に貢献しているとともに、南海トラフ等の巨大地震の連動性予測にとっての基本的概念となっている。これまでに解明されてきた内陸地震のアスペリティに関する理解も、内陸活断層の地震による強震動発生予測の高精度化につながる。今後も、地震の全過程の理解に基づく予測を目指した予知研究の進歩が、その各段階において現実の災害軽減に貢献することが期待される。

図1:ブロック断層モデル解析により得られたブロック間の相互作用の分布。定常時(左)とゆっくり滑り発生時(右)の比較から、ゆっくり滑り領域が特定され、それ以外の部分で固着状況が変化していないことなどが見出された(名古屋大学[課題番号:1702])。

図1:ブロック断層モデル解析により得られたブロック間の相互作用の分布。定常時(左)とゆっくり滑り発生時(右)の比較から、ゆっくり滑り領域が特定され、それ以外の部分で固着状況が変化していないことなどが見出された(名古屋大学[課題番号:1702])。

図2:跡津川断層総合集中観測から得られた内陸地震における応力集中の概念モデル(東京大学地震研究所[課題番号:1404])。

図2:跡津川断層総合集中観測から得られた内陸地震における応力集中の概念モデル(東京大学地震研究所[課題番号:1404])。

図3:挿入図の測線(A-B)に沿うP波速度構造の鉛直断面。黒細線は太平洋スラブの上部境界、黒丸は微小地震、地表の黒太線は陸域を示す。緑線で表した1993年釧路沖地震(M7.8)の余震域では、低速度になっている(東北大学[課題番号:1209])。

図3:挿入図の測線(A-B)に沿うP波速度構造の鉛直断面。黒細線は太平洋スラブの上部境界、黒丸は微小地震、地表の黒太線は陸域を示す。緑線で表した1993年釧路沖地震(M7.8)の余震域では、低速度になっている(東北大学[課題番号:1209])。

図4:2008年岩手・宮城内陸地震の余震分布と震源域の速度構造。(a) 深さ24kmにおけるS波速度偏差(標準的な速度からのずれ)の分布。白星は本震、白丸は余震、赤三角は活火山、赤線は活断層を示す。(b) S波速度偏差の深さ分布。余震(黒点)は高速度域内で発生している。震源域直下の下部地殻から最上部マントルには顕著な低速度域が存在する(東北大学[課題番号:1202])。

図4:2008年岩手・宮城内陸地震の余震分布と震源域の速度構造。(a) 深さ24kmにおけるS波速度偏差(標準的な速度からのずれ)の分布。白星は本震、白丸は余震、赤三角は活火山、赤線は活断層を示す。(b) S波速度偏差の深さ分布。余震(黒点)は高速度域内で発生している。震源域直下の下部地殻から最上部マントルには顕著な低速度域が存在する(東北大学[課題番号:1202])。

図5:2008年岩手・宮城内陸地震の(左)地震時滑り分布と、(右)余効滑りの積算値の分布、および観測された水平変位・変位速度と推定値から計算されたものとの比較。右図には左図の地震時滑り分布の等値線を青実線で示している。青と赤の破線はそれぞれ北側及び南側の断層面の等深線。黒点は余震、黒の実線は活断層の地表トレース(東北大学[課題番号:1202])。

図5:2008年岩手・宮城内陸地震の(左)地震時滑り分布と、(右)余効滑りの積算値の分布、および観測された水平変位・変位速度と推定値から計算されたものとの比較。右図には左図の地震時滑り分布の等値線を青実線で示している。青と赤の破線はそれぞれ北側及び南側の断層面の等深線。黒点は余震、黒の実線は活断層の地表トレース(東北大学[課題番号:1202])。

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-- 登録:平成22年02月 --