スロー・スリップ・イベントのマッピング

平成20年度年次報告

課題番号:1807

(1)実施機関名:

 京都大学

(2)研究課題(または観測項目)名:

 スロー・スリップ・イベントのマッピング

(3)最も関連の深い建議の項目:

 1.(3)ア.断層面上の不均質

(4)その他関連する建議の項目:

 1.(2)ア.プレート境界域における歪・応力集中機構

(5)本課題の平成16年度からの5ヵ年の到達目標とそれに対する平成20年度実施計画の位置付け:

 どこで地震の準備過程が生じ、動的破壊に至って地震の種になり、どのようなプロセスで本格的な地震になるかは、プレート境界面の摩擦強度の不均質分布によって決まる。強い地震動を放出するアスペリティと、地震のときに逆にバリヤーになるスロー・スリップ・イベントのすべり域を高分解能でマッピングすることが予知の不可欠の境界条件であろう。プレート境界域における地震予知のための観測のひとつの手法は,スロースリップに起因するすべての現象を高精度で捉えることである.
 解決すべき点は2つある。1点は、スロー・スリップ・イベントの検知能力を高めること、もう1点は、検出されたスロー・スリップ・イベントのインバージョンによる断層面解の空間的分解能を高めることである。そのために必要なのは、(1)ノイズレベルを下げることと、(2)GPSの水平動と上下動、傾斜計記録、伸縮計記録など、多種のデータを併用することである。
 解の分解能を上げるための要点は、resolution kernelの深さ分布が異なる異種の観測量を用いること、その観測量一つ一つの精度accuracyを上げることの2正面作戦が重要である。観測の高精度化は本計画で段階的に進めてきたが、20年度はその仕上げとして、少数精鋭化点と位置づけた観測点に対しては統一仕様のセンサーとロガーの配備を完了し、さらにJGNネットを利用した全国へのリアルタイムデータ転送を利用したデータ公開体制を完成させる。1分サンプリングから10Hzへと600倍に増加するデータ量に対応して、効率よくシグナルを抽出するように処理のリアルタイム化、自動化は本プロジェクトの遂行には欠かせない。高精度高サンプリングの地殻変動連続データの有効利用にはデータの蓄積に伴う処理経験をソフト開発過程にフィードバックする必要もある。担当研究者の多数が順次定年を迎えるのに対し、手数をかけずに必要データが得られ研究を進められる体制の基礎固めを本年度で成就する。
 京都大学の地殻変動観測点のみならず国土地理院のGPSデータや防災科学技術研究所のHi‐netの傾斜計記録などとの統合処理を実施して時間・空間的なシグナル抽出を即時的に実施するシステムの構築を目標とする。これらの解析結果から、これまで見出されていなかったスロースリップおよび関連する現象の発生を検知する。

(6)平成20年度実施計画の概要:

 観測の高精度化の仕上げとして、これまでのデータ評価の結果も参照して観測継続点と位置づけた観測点に対しては統一仕様のセンサー・ロガーの配備の仕上げを行う。データの流通公開体制については、JGNネットを利用した全国へのリアルタイム転送システムに上記点のデータを載せ、データベースとしてアクセス可能とする。そのために処理のリアルタイム化、自動化を引き続き進め、直接の担当者以外が研究にデータを利用できるハードならびにプログラムソフト面での体制を整える。高精度高サンプリングの地殻変動連続データの有効利用にはデータの蓄積に伴う処理経験をソフト開発過程にフィードバックする必要もあり、これらの継承にも配慮して、データログ(いわゆる野帖データ)などにも配慮して、一定のシステム化を行う。
 京都大学の地殻変動観測点のみならず国土地理院のGPSデータや防災科学技術研究所のHi‐netの傾斜計記録などとの統合処理を実施して時間・空間的なシグナル抽出を即時的に実施するシステムは、データ収集の自動化については他機関との関係がありすぐに機能するわけではないが、その後の解析については上記連続観測のシステムのサブセットとして組み込むこととする。これらの解析結果から、これまで見出されていなかったスロースリップおよび関連する現象の発生を検知する。

(7)平成20年度成果の概要:

 高精度ロガーに関しては昨年度から10Hzバージョン機の展開を開始したが、データ検討の結果一部に設計に起因する動作不良がありcpuボードの取替えを行い、本年度新規4台と改造6台が完全版となった。これらは、今年度から研究者常駐体制でなくなった屯鶴峯、通信状況が悪くてテレメーター化が完了していなかった紀州、本計画以外の方法によりデータ収録が行われていた蔵柱などに投入し、将来を見据えた観測網を充実させた。データ収録はこれまでのISDN回線主体からNTTフレッツ使用のLANシステムに移行し、全国配送システムとの整合性を図るとともにデータ流通量の増加に対処した。データベースシステムの構築のためワークステーションを導入しソフト関係のデバグを引き続き進めている。
 データ解析に関しては、連続観測の年周温度影響をルーチン処理面で補正する試みを行った。統合処理としては2005年に銚子沖で発生したスロー・スリップ・イベントをGPSとHi net傾斜計データを組み合わせて検出したほか、間もなく発生が予想される豊後水道のスロー・スリップ・イベントをGPSデータなどで検出することを念頭におき過去のイベントの詳細な検討を行った。

(8)平成20年度の成果に関連の深いもので、平成20年度に公表された主な成果物(論文・報告書等):

(9)本課題の5ヵ年の成果の概要:

1)地殻変動連続観測記録のS/Nを上げるために行ったこと

(1‐1)各観測点に高精度気圧計・温度計を配備して短周期擾乱の特性を明らかにした

 地殻変動連続観測の最大のノイズ源は、気圧と温度の気象擾乱である。地殻変動擾乱源の気象要素測定を高精度化して、坑道内温度分布や、気圧時間変化の影響などを今まで以上に定量的に捉えるため、天ヶ瀬(京都府宇治市),逢坂山(滋賀県大津市),阿武山(大阪府高槻市),宿毛(高知県宿毛市),由良(和歌山県由良町)の観測点に高精度気圧計・温度計を配備した。この記録の解析により、温度変化による短周期擾乱を補正するには、その原因となる気圧を精密に測り断熱変化を計算することが有効であることを示した。

(1‐2)高精度ロガーの開発

 歪地震動の最初の数秒からマグニチュードを推定するために必要なのと、JGN網に載せた地殻変動連続観測記録の全国配信のために必要なので、横坑内における地殻変動連続観測のデータ収録用に、デジタル出力機能・通信機能・障害時自己復帰機能を付加した高精度ロガーを開発した。

(1‐3)JGN網による全国データ配信システムを稼動

 北大、東北大学、東京大学、名古屋大学、九州大学と地殻変動連続観測記録を共有するために、JGN網に載せて全国配信するシステムをスタートさせた。

(1‐4)季節調整モデルによる記録の検定‐スロースリップ検出の基本的枠組み

 ベイズ法に基づく季節調整モデルを用いて、外気温や坑道内気温に依存する項を分離し、外気温の影響が優位な観測点と雨量変化の影響が優位な観測点とを統一した形で解析し、各観測点のデータのトレンド項を客観的に算出した。それを元に、宿毛(高知県)の過去の記録を解析し、過去の既知の2回の豊後水道スロー・スリップ・イベントを地殻変動連続観測データから確認し、さらに同様の間隔を遡って以前にもスロー・スリップ・イベントが発生していることを示した。

2)大学の地殻変動連続観測記録以外のデータの取り込み:GEONETのGPS記録、Hi‐net傾斜計記録

図1 2004年中越地震による歪速度変化。GEONET点の(北から)粟島・新潟・寺泊・柏崎2・名立・入善6点の各隣接点間5区間の歪時系列(1996-2007)。

図1 2004年中越地震による歪速度変化。GEONET点の(北から)粟島・新潟・寺泊・柏崎2・名立・入善6点の各隣接点間5区間の歪時系列(1996-2007)。

(2‐1)GPSによる歪みトレンド変化

 データ平滑化を工夫し巧みな判定条件を取り入れることによって、ひずみ時系列の広域的同時微小変化を検出する解析手法を開発した。それを、近畿地方のGEONETの500点を越える観測点座標ペアに適用したところ、2002年秋から2003年春にかけて年間1×10‐7前後のひずみ速度の明瞭な変化を示すペアが多数求まった。それは、近畿の地殻変動連続観測点における歪み速度の不連続な変化と丹波山地の地震静穏化によく対応している。同じ方法を2004年10月23日の新潟県中越地震と2007年7月16日の新潟県中越沖地震の震源域を取り囲む領域に適用したところ、図1のように、2004年の中越地震に先行する歪速度のトレンドの変化、中越地震に同期したトレンドの変化などが見いだされた。これは、2007年の中越沖地震の発生に影響を与えたものと考えられる。

(2‐2)Hi‐net 傾斜計記録の取り込み

 2005年1月19日、房総沖の海溝三重会合点近くでMw6.5の地震が発生した。阿部(地震研究所ホームページ「日本付近に発生した津波の規模(1498年―2006年)」)は、この地震の津波マグニチュードMtを7.5としている。この地震の前後1ヶ月ほどのGEONETのGPSの変位記録を解析したところ、1月14日から18日にかけて、南関東一帯で東に向かって数mmの変位ステップが見いだされた。このデータと、Hi‐net の府中(深さ2783m)、勝浦東(825m)、霞ヶ浦(513m)など比較的S/Nが良い傾斜計記録から、1月19日の地震とは別に、1999年と2000年の銚子沖のスロー・スリップ・イベントとほぼ同じ場所、沈み込む太平洋プレートと陸側のプレートの境界面で発生した、3.6×1018 Nm (Mwa 6.3)のモーメントを解放するスロー・スリップ・イベントが発生したことが分かった。

図2 2004年12月超巨大スマトラ地震(Mw9.0)の時の防災研究所の天ヶ瀬観測点(宇治市)の伸縮計記録に周期200秒から300秒のバンドパスを通したもの。

図2 2004年12月超巨大スマトラ地震(Mw9.0)の時の防災研究所の天ヶ瀬観測点(宇治市)の伸縮計記録に周期200秒から300秒のバンドパスを通したもの。

3)そのほかの成果

(3‐1)10のマイナス9乗から10乗(10億分の1~100億分の1)の歪みステップ

 2004年スマトラ超巨大地震の時、天ヶ瀬、逢坂山などの伸縮計がその特性を生かして、10‐9から10‐10の歪みステップ、500秒より長周期の自由振動などを明瞭に記録した。図2は、天ヶ瀬の伸縮計記録に周期200秒から300秒のバンドパスをかけたものである。レーリー波が地球を何周も周回しているのがよく見える。この記録から、10‐9から10‐10の歪みステップが観察された。5000km以上も離れた遠地地震による歪みステップが観測されたのは今回が初めてである。この観測事実は、低ノイズ高精度の地殻変動連続観測が10‐9から10‐10の歪みを確実にとらえていることを実証するとともに、地球規模のダイナミクス理解に大きな役割を果たしうることを示した。

(3‐2)伸縮計などの地殻変動連続観測による自由振動

 気象庁精密観測室(長野市松代町)、国立天文台水沢観測センター(岩手県江刺市)、東濃地震科学研究所の協力を得て、防災研究所の天ヶ瀬観測点(宇治市)をはじめ各観測点における超巨大スマトラ地震(Mw9.0)の地殻変動連続観測を比べたところスペクトルの中に「0S2」(周期3233秒)などのピークが明瞭に捉えられた。1000秒の周期帯でも、地殻変動連続観測は 10‐10 のオーダーのシグナルを確実に捉えていることが分かった。

(3‐3)簡易歪計による脈動の検出

 和歌山県中辺路に設置した簡易歪計記録の周波数解析の時間変化から数100km離れた台風の通過に伴う風浪起源の脈動を検出した。高サンプリング記録からの信号検出の可能性を示している。

(3‐4)地下水調査による昭和南海地震に先行するスロースリップの確認

 高知県黒潮町佐賀で海岸からの距離の異なる2本のボーリングで塩水と淡水の境界面深さの時間変動を観測した結果、潮位変化を増幅するような特異な動きが明らかになり、地震前の僅かな隆起を捉えるには塩水と淡水の境界面を観測することが有効なことが分かった。海に望む小堆積平野でのいくつかの井戸の水面変化の調査結果から、昭和南海地震の前にスロースリップを考えると、記録に残る地震前の井戸の水位低下を説明できる。

(3‐5)2004年紀伊半島沖地震のメカニズム

 1968年十勝沖地震、1994年三陸沖地震、2003年十勝沖地震など、三陸から北海道沖の大地震の初期破壊は海溝近くに生じ、繰り返し地震などの間接的観測から、初期破壊周辺で前兆的滑りも生じていたと思われている。2004年紀伊半島沖地震が海溝近くに発生したので、そのメカニズムを徹底的に解析したが、深さに敏感なsP波を用いてスラブ内地震であることが明確になったが、スロー・スリップに関する知見は得られなかった。

(3‐6)広帯域地震計による地球磁気圏の突発的変動

 サイレント地震の研究の副産物として、広帯域地震計が磁気嵐を捕らえていることが分かった。

(10)実施機関の参加者氏名または部署等名:

 川崎一朗、大谷文夫、森井亙、寺石眞弘、竹内文朗、加納靖之、細善信、園田保美、西村浩和
 他機関との共同研究の有無:なし

(11)公開時にホームページに掲載する問い合わせ先:

 部署等名:京都大学防災研究所地震予知研究センター
 電話:0774‐38‐4194
 e‐mail:webinfo@rcep.dpri.kyoto‐u.ac.jp

お問合せ先

研究開発局地震・防災研究課

(研究開発局地震・防災研究課)