半制御実験による震源核形成過程の解明

平成20年度年次報告

課題番号:1805

(1)実施機関名:

 京都大学防災研究所

(2)研究課題(または観測項目)名:

 半制御実験による震源核形成過程の解明

(3)最も関連の深い建議の項目:

 1.(2)ウ.地震発生直前の物理・化学過程

(4)その他関連する建議の項目:

 1.(2)ア.プレート境界域における歪・応力集中機構
 1.(2)イ.内陸地震発生域の不均質構造と歪・応力集中機構
 1.(4)ア. 摩擦・破壊現象の物理・化学的素過程

(5)本課題の平成16年度からの5ヵ年の到達目標と、それに対する平成20年度実施計画の位置付け:

 震源核形成過程は、理論的・実験的に存在することが確認されている地震の直前過程の核心部分であり、それが実際に観測可能かどうかということが、短期的な予知の実現へ向けて解明すべき最重要課題であると考えられる。しかし、通常の自然地震を対象にする限り、大地震は滅多に発生しない。また、中小地震の震源から至近距離で観測することは難しい。
 地震の発生過程の解明のためには、実験室で地震を再現することが重要である。そして、例えば、岩石試料を用いた摩擦実験では、地震断層の摩擦特性が推定されてきた。しかし、岩石試料で発生する破壊と自然地震のスケールの違いは大変大きく、室内実験の結果を自然地震に外挿することの正当性を実証することが課題となっている。
 南アフリカ金鉱山では、採鉱による応力集中のため、坑道から至近距離で地震が発生する。しかも採鉱計画により、2~3年の間にマグニチュード(M)<3の地震がほぼ確実に発生する場所が予測可能である。それらを至近距離で捉え、震源核形成過程を解明することが第一の目標である。また、南アフリカの金鉱山の地震のスケールは、実験室での岩石破壊と自然巨大地震の中間であり、それらのスケールギャップを埋めるという重要な意味も持っている。
 観測の技術的な面に関して、我々の南アフリカ金鉱山における初期の歪観測では、分解能が12bitで15分サンプリングであったが、その後24bit25Hzで連続記録することによって、より詳細を観察できるようになった。そして、より多くの実験サイトで、多種類・複数のセンサーで記録されたデータを解析することにより、震源域で何が起こっているかを明らかにすることが、5カ年の目標である。
 平成16年度まで行われた歪観測データ(Bambanani鉱山およびMponeng鉱山)を、平成19年度までに精査した結果、今までに見ることのできなかった、震源サイズや継続時間スケールの歪変化現象が新しく浮かびあがりつつある。平成20年度も更なる精査・検討を加える。
 平成19年度は新機軸として準備が進められた、高速破壊のニアフィールド歪観測、微小亀裂生成過程との比較歪観測、間隙水の存在の影響を見る岩盤挙動の観測において、平成20年度は観測データが収録され始めるため、その解析も始まる。小型・高速応答の新歪計は、実地観測による性能評価を行う。

(6)平成20年度実施計画の概要:

 平成19年度に引き続き、Bambanani鉱山(地下2.4キロメートル;2000‐2003)およびMponeng鉱山104レベル(2004‐2006)の、1~2台の石井式歪計によって得られた24bit25Hz連続収録データの解析をより精細に行う。
 また、Mponeng鉱山のPGダイクにおいて、項目「1.(4)ア. 摩擦・破壊現象の物理・化学的素過程」の課題番号1409のAE観測と連携しながら、2台の石井式歪計の観測が始まった。観測サイトの極近傍で地震活動が活発になり始めており、Slow event と岩盤の微小クラッキングとの関係をより明瞭に示すことを目指す。
 さらに、約2~20MPa(メガパスカル)の間隙水の存在する場合の岩盤や断層の挙動の違いを理解するため、水没した鉱山(Buffelsfontein鉱山地下約2キロメートル and/or ERPM鉱山地下2.5 ‐ 3 キロメートル)における誘発地震や関連する岩盤挙動の観測を始める。
 また、申請中の科研費が採択された場合は、新しく開発された歪計を、予想震源断層沿いの多点に埋設し、準備過程から動的破壊に至る詳細像を捉える計画を立ち上げる。この観測には、上述の新歪計も利用する。

(7)平成20年度成果の概要:

 Mponeng鉱山地下約2.9キロメートルでの2台の石井式歪計の観測(2004‐6): 前駆を伴い継続時間が地震よりも桁違いに長い2つの歪ステップ(Slow strain step;以下SSS;図1はその一つ;図2のSSS1とSSS2)が、一方の歪計から数メートル以内の断層上でのモーメント・マグニチュード(Mw)が‐1程度のすべりで説明できることがわかった。観測された歪変化が、坑道や板状採掘跡の周囲のゆるみ域の岩盤変化によるものでないことや、薄板状採掘跡の閉塞によるものでもないことが確認できた。これらのイベントの継続時間と地震モーメント(Mo)はは今までに観測されたことのない範囲(図2のSSS1とSSS2)のものであり、自然の地震性イベントに対するスケーリング則からも、Ide et al. (2006)が非地震性イベントに対して提唱するスケーリング則からもはずれている。しかし、これらのイベントと、SSE・ETS・Silent EQを直線(図2のえんじ色の矢印付き点線)で結ぶとその傾きは3乗則を示唆する。 SSS1には、より小さなより短いステップも観測された(図1)。歪計からこの歪源までの距離が、SSS1のそれと同じであると仮定し、継続時間を得られたMoに対してプロットし、SSS1と直線で結ぶと、Ide et al. (2006)が提唱したスケーリング則と同じ1乗則が示唆される。非地震性のイベントの物理をより深く考えるためには、まだ観測することができていないMo領域の観測事例をより増やすことが重要である。 なお、昨年度報告した他の3つのスロー歪ステップの規模やソース位置は、これらのイベントほど精度よく拘束することが困難なこともわかった。以上は、安武(2009立命修士論文)による。
 Mponeng鉱山深さ3.5キロメートルでのAE(課題番号1409)と石井式歪計の同時観測(2006‐):  M2.1が観測サイトのPGダイクを斜めに断ち切って発生した。AEの余震分布から、2台の歪計が震源断層から20m以内であり、1台は震源断層のMode II/III端のきわめて近くであることがわかった。レコーダーの問題で24bit50Hz連続データは収録できなかったが、100μstrain級の歪変化があったこと、地震前はダイク内が周囲の母岩よりも応力が集中する傾向にあったことや、地震後の歪変化は震源断層の影響が大きいことなどがわかった。レコーダー問題の解決に目処がたち年度内にはAE活動度の変化と比較できるデータの連続収録が始まる見込みである。以上は、Katsura et al. 2008 ASC‐SSJによる。
 深さ約200メートル~3キロメートルの範囲が水没した領域での地震・岩盤挙動の観測: 落盤や閉山に伴う工事の遅れや観測の中断などが一部のサイトであるが、観測データが取れ始めた。新歪計は、実測された歪地震動から数百Hzまで高速応答していることが確認された。岩盤挙動や地震活動が、ウェットとドライでどのように異なるかが、データの蓄積とともに明らかにできる見込みである。
 新観測サイト:科研費が採択されなかったため、動的破壊のその場観測を立ち上げることはできなかった。しかし、これまでの成果が南ア鉱山界で評価されはじめ、Mponeng鉱山地下2.9キロメートルと同様の歪観測を100%鉱山が出資する形で本年5月からSouth Deep鉱山で行うこととなり、その段取りが完了した。AEと歪の同時観測は、これから南アグループが進めるべき観測の基本形態であり、Moab Khotsong鉱山において、より前震活動を伴うと期待される断層地帯で、多点観測が可能なサイト候補を見つけることができ、基本交渉も完了した。

(8)平成20年度の成果に関連の深いもので、平成20年度に公表された主な成果物(論文・報告書等):

 (招待論文)小笠原宏・川方裕則・石井 紘・中谷正生・矢部康男・飯尾能久・南アフリカ金鉱山における半制御地震発生実験国際共同研究グループ、南アフリカ金鉱山における半制御地震発生実験‐至近距離観測による地震発生過程の解明に向けて‐、地震2(日本地震学会60周年記念特集号)、掲載決定。
 (依頼原稿) 小笠原宏・南アフリカ金鉱山半制御地震発生実験グループ、南アフリカ金鉱山でみえてきた地震発生の詳細像、なゐふる(日本地震学会公報誌)、2009年3月号、掲載決定。
立命館大学修士論文(安武 2009)。
国際学会報告(ASC‐SSJ 2、IASPEI 2009 2)、国内学会報告(連合大会1)。

(9)本課題の5ヵ年の成果の概要:

 南アフリカ金鉱山の地下2~3キロメートルにおいて、採掘に伴って発生するM<3の地震活動とそれに伴う岩盤挙動の至近距離・高感度観測から以下のような成果が得られた。
 地震性のイベントについては、次のようにまとめられる。
 Event triggerによるM>‐1の地震観測で、震源から200メートル以内の9つの3成分加速度計の15kHz(キロヘルツ)記録から、破壊の速度や複雑さ・応力降下量・見かけ応力において、M0‐1の鉱山地震でも自然の大規模地震と比べて大差がないことがわかった(Yamada et al. 2005, 2007)。
 Bambanani鉱山の地下2.4キロメートルの観測サイト、および、Mponeng鉱山の地下2.9キロメートルの観測サイトにおいて、それぞれ1台および2台の石井式歪計によって、約3年間にわたって25Hz(ヘルツ)連続観測が試みられた。そして歪計から300メートル以内でM3の地震活動が発生し、2,000例を超える大小様々な歪ステップや余効変動などが観測された。少数の地震では前震が発生し、それらの余効変動に続いて本震が発生した。しかし、前震を伴わなかった本震については、100μstrainに近い地震歪ステップの場合も、より小さな他の数百例の地震歪ステップの場合も、滑らかに加速する前駆変化は観測されなかった(竹内2005;Ogasawara et al. 2005)。
 非地震性のイベントについては、次のようにまとめられる。
 上記の2つの観測サイトで、最大で2μstrainに達する地震に比して遅い歪ステップが発見され、そのうちの最もゆっくりしたものの一部には明瞭な前駆が見られた。また、Bambanani鉱山では、遅い歪ステップ・イベントは、マグニチュード2級の地震による最大級の地震ステップ後に多発し、その時期には本震・余震域に、相似地震も集中して発生していることも明らかになった(以上Naoi et al. 2006;山本 2008 立命修士論文)。小さな相似地震を、領域最大級の地震断層を透過する制御地震波源のように用いて物性変化を知る試みも行われた(Yoshimitsu et al. 2009 IASPEI)。
 Bambanani鉱山は一点観測で遅い歪ステップの規模やソース位置の拘束が困難であった。この問題を解決するため、Mponeng鉱山の地下2.9キロメートルの実験サイトでは、断層破砕帯のごく近くで、2台の石井式歪計が互いに13メートルの距離で隣接して埋設された。2台で異なる応答が記録されたSlow stepは、歪計から数メートル以内の断層上の異なる場所における、Mwがマイナス1程度の滑りが発生したこと説明できることがわかった。得られた歪スローイベントのMoと特徴的な継続時間との関係は、 Ide et al. 2007がプレート境界などのスローイベントに対して提唱したスケーリング則における両者の関係とは傾向が異なることがわかった(安武 2009 立命修士論文)。
 以上に述べたように、今までに観測されたことのない規模や継続時間の非地震性の現象が観測でき、その現象にのみ前駆が観測された。今後は観測事例を増やすことが必要であり、そのための新観測サイトを開拓することもできた。
 前震が多発している際の岩盤の歪変化を正確に観測するためには、高速に応答する歪計が必要である。その開発と試験観測を行い、設計通りの性能であることが確認できた。
 Mponeng鉱山の地下約3.5キロメートルのサイトでは、歪とAEとの同時観測が行われ、同時観測の重要性が確認された(詳細は課題1409報告参照)。サイトで発生したM2.1の直前にAE活動度の急増が見られなかったため、より前震が起きやすい条件の観測サイトを探し、観測の下準備が完了した。
 ウェットな条件の岩盤挙動を知るために、水没域の観測を始めることができた。活発に広範囲で採掘が行われている大規模な鉱山と事情が異なり、そのような観測ができる鉱山は古く、落盤や閉山などのリスクがあるが、観測を継続する必要がある。

(10)実施機関の参加者氏名または部署等名:

 京都大学防災研究所地震予知研究センター 飯尾能久・Jim Mori・柳谷 俊
 他機関との共同研究の有無:
 立命館大・東大地震研・東大理学研究科・東北大・産総研・名大・東濃地震科学研究所・鹿児島大・金沢大・神戸学院大・ISS International Ltd、Seismogen CC、GFZ Potsdam、Mponeng鉱山、Tau Tona鉱山、 Bambanani鉱山、Buffelsfontein鉱山、ERPM鉱山、OHMS CC.、CSIR NRE、CGSなど約70名。

(11)公開時にホームページに掲載する問い合わせ先:

 部署等名:防災研究所附属地震予知研究センター
 電話:0774‐38‐4200
 e‐mail:iio@rcep.dpri.kyoto‐u.ac.jp
 URL:http://www.rcep.dpri.kyoto‐u.ac.jp/ 

図1 Mponeng金鉱山地下2.9kmの断層帯で確認された明瞭な前駆(A以後)を伴うスロー歪ステップ(Data after Yasutake et al. 2006)。 終息部付近にはっきりと見える小さなステップは、B直後から約60回繰り返し発生していることがわかった(安武 2009 立命修士論文)。

図1 Mponeng金鉱山地下2.9kmの断層帯で確認された明瞭な前駆(A以後)を伴うスロー歪ステップ(Data after Yasutake et al. 2006)。 終息部付近にはっきりと見える小さなステップは、B直後から約60回繰り返し発生していることがわかった(安武 2009 立命修士論文)。

図2 Mponeng金鉱山地下2.9キロメートルの断層帯で確認されたスロー歪ステップと他のデータの比較(安武2009立命修士論文より;Ide et al. 2006の図に加筆修正)。安武(2009)はまた、Bambanani鉱山でNaoi et al. (2006;GRL)が発見したスロー歪ステップのモーメント(Mo)の下限や、それらより速いが動的応答が少ないイベント(LDRイベント;Little Dynamic Response)の下限も推定し同図にプロットした(えんじ色の点線)。クリーム色は日本付近の地震・地殻変動観測網のノイズレベルから推定される観測が可能なMoと継続時間のおおまかな範囲である。SSS(えんじ色の丸)と自然のより大きなスローイベント(SSEやETS、Silent EQ)を結ぶえんじ色の点線1.は、通常の地震性のイベント(Regular earthquake)のスケーリング則と平行であるように見える。SSSとShorter stepsとを結ぶえんじ色の点線2.は、Ide et al. (2007)が提唱するスケーリング則と平行であるように見える。

図2 Mponeng金鉱山地下2.9キロメートルの断層帯で確認されたスロー歪ステップと他のデータの比較(安武2009立命修士論文より;Ide et al. 2006の図に加筆修正)。安武(2009)はまた、Bambanani鉱山でNaoi et al. (2006;GRL)が発見したスロー歪ステップのモーメント(Mo)の下限や、それらより速いが動的応答が少ないイベント(LDRイベント;Little Dynamic Response)の下限も推定し同図にプロットした(えんじ色の点線)。クリーム色は日本付近の地震・地殻変動観測網のノイズレベルから推定される観測が可能なMoと継続時間のおおまかな範囲である。SSS(えんじ色の丸)と自然のより大きなスローイベント(SSEやETS、Silent EQ)を結ぶえんじ色の点線1.は、通常の地震性のイベント(Regular earthquake)のスケーリング則と平行であるように見える。SSSとShorter stepsとを結ぶえんじ色の点線2.は、Ide et al. (2007)が提唱するスケーリング則と平行であるように見える。

お問合せ先

研究開発局地震・防災研究課

(研究開発局地震・防災研究課)