広帯域シミュレーションによる強震動予測

平成20年度年次報告

課題番号:1408

(1)実施機関名:

 東京大学地震研究所

(2)研究課題(または観測項目)名:

 広帯域シミュレーションによる強震動予測

(3)最も関連の深い建議の項目:

  1.(3)イ.地震波動伝播と強震動予測

(4)その他関連する建議の項目:

(5)本課題の平成16年度からの5ヵ年の到達目標と、それに対する平成20年度実施計画の位置付け:

1.首都圏・東海地域の三次元構造:強震動予測の高精度化のための地下構造モデルの構築には、強震動の波形記録そのものが最も基礎的なデータになる。伊豆・駿河湾や首都圏の高密度な強震観測ネットワークでこれまでに取得した強震記録のデータベース化が未了の2000年以前の遡及入力を進めるとともに、臨時強震観測のデータを整理し広く公開する。関東での高密度地震観測データを用いて、地下構造の三次元モデル化や、短周期地震動では無視できない構造のゆらぎ(Vp、 Vs、 Roの空間揺らぎのスケールと標準偏差)のモデル化を、地震計アレイの相互相関解析やS波の放射特性の周波数依存性などの観測データと数値シミュレーションに基づくフォワードモデリングによる波形比較から定量化する。また、2007年能登半島地震の観測から明らかとなった、関東平野の長周期地震動の伝播阻害現象と地下構造との関係を明らかにし、長周期地震動予測モデルの修正を進める。

2.特性化震源モデルの研究: 合理的な震源モデルの構築には、強震動予測といえども震源断層の動力学に関する理解を欠かすことができない。断層面幾何学・摩擦構成則等の基礎研究を推進するとともに、H18年度に開発した動力学モデルを強震動予測のために特性化する近似手法(擬動力学モデル)の近年の近地大地震(内陸地震として中越地震、また海溝型地震として宮城県沖の地震など)のシミュレーションへの適用事例を増やし、その有効性を確認する。広帯域の震源モデルの推定には、強震波形ととともに、津波検潮データが有力な手がかりとなる。特に明治以前の古地震の震源解析では、震度とともに津波の波高記録が重大な手がかりとなる。このために、同一の地下構造モデルと震源モデルを用いて地震動と津波波形を高精度に評価できる、地震―津波連成計算法の開発と、これを用いた強震動評価および震源インバージョンのための一連の計算法を開発する。

3.広帯域強震動シミュレータの開発:1.の三次元地下構造・構造のゆらぎ・増幅率マップや、2.動力学モデル・短周期地震動生成機構などを考慮して、短周期実体波(2Hz以上)から長周期表面波まで一貫した強震動シミュレータの開発を推進する。シミュレーションの大規模化に伴う問題点は、近年の計算機の性能向上と並列計算技術の進歩(地球シミュレータ)により克服する。平成20年度は、H19年度までに開発した日本列島領域を対象とした大規模モデル(60億格子程度)の高精度化をさらに進めるために、近年の内陸および海溝型大地震の数値シミュレーションと観測データの比較から、堆積層以深の地殻・マントル速度構造不均質性モデルの物性値の調整を進める。

(6)平成20年度実施計画の概要:

1.伊豆・駿河湾および足柄平野に展開された強震観測ネットワークのデータ記録を欠損なく行い高品質の研究データとして資するために、老朽化した強震観測網の整備と通信回線の整備を継続して行う。同時に、広帯域・連続強震観測に基づく、次世代の広帯域強震観測を目指した試験観測を平行して行う。強震データベースについては、2000年以前の定常・臨時観測データの遡及整理を進めるなど強化をはかり、強震動研究の目的に広く一般に公開する。

2.周波数0.05Hz~2Hz以上の広帯域地震動を正しく評価することのできる広帯域震源モデルの構築のために、滑り分布と破壊伝播の揺らぎなどの不均質揺らぎ特性が短周期地震動に与える影響を定量評価する。同時に、長周期地震動の生成に関わる深部基盤構造と高周波地震動の伝播に影響する、地殻・マントル内の短波長ランダム不均質構造が地震波伝播に与える影響を、アレイデータ解析と不均質モデルを用いたフォワードモデリングから評価する。

3.広帯域強震動の予測のために、地震―津波連成計算に基づく震源課程解析と大規模3次元波動伝播・強震動シミュレーションを実施する。1944年東南海地震、1946年南海地震、および1896年明治三陸地震の短周期地震動から長周期地震動、そして津波生成に関わる包括的理解のための、広帯域強震動シミュレーションを実施する。

(7)平成20年度成果の概要:

1.伊豆・駿河湾および足柄平野に展開された強震観測ネットワークを運用し、主として関東周辺で発生した強震動のデータを中心に記録した。これらの定常観測点および臨時観測で取得された強震波形のデータを、平成20年度に開発した「強震データ公開システム」用いて、広く一般公開した。今年度は1990年~1999年に行われた、約60強震観測点の加速度波形デジタルデータアーカイブを進めた。また、地震研究所2号館地下室において、VSE型速度型強震計を用いた、長周期地震動の連続観測を開始し、2008年岩手宮城内陸地震や、中国四川の大地震の長周期地震動の記録を得た。

2.周期1秒以下の短周期地震動の伝播特性に強く寄与する、数km以下のスケールを持つ短波長不均質構造の地殻内分布特性の理解を目指し、2000年鳥取県西部地震の余震記録に見られるS波放射パターンの変化の周波数・距離特性を詳しく評価した。横ずれ型断層から放射されるSH波の4象限型の放射パターンが、周期1秒以下の短周期帯で徐々に崩れ始め、周期0.2秒以下では等方的な振幅分布になることをK‐NET, KiK‐netアレイデータ解析から明らかにした。不均質構造をモデル化した地震波伝播シミュレーションを実施し、適切な不均質分布モデルとして、物性揺らぎの標準偏差が5%程度、相関距離が5km程度のVon Karman型の分布特性を持つ不均質モデルが観測された短周期地震波動場の特性を良く説明することを示した。

3.H19年度に開発した「地震―津波連成シミュレーションコード」を用いて、2004年紀伊半島南東沖の地震、2007年千島列島、1896年明治三陸地震の地震―津波連成シミュレーションを実施した。海底ケーブル津波計記録を、本計算結果と、従来の線形長波方程式に基づく津波計算とともに比較し、計算手法の有効性を検証した。特に、深い海底下を伝わる津波が作り出す分散波形の特徴は、線形長波方程式では再現できず、津波高と継続時間を正しく見積ためには非線形津波計算が不可欠であることを示した。

4. 次世代スパコン(2012年~)を用いた大規模並列シミュレーションの実現のために、2011年までに開発した地震波伝播計算コード(Seism3D3)と津波計算コード(SOLA3D)のコードチューニングを、ベクトル計算機(地球シミュレータ;ES)と、スカラー計算機(T2Kオープンスパコン東大)を用いて実施した。この結果、地震波コードでは10,000CPU以上、また津波コードは2000CPU以上までの並列計算の実用化に成功した。地震波伝播コードの実効性能は、ESとT2Kでそれぞれ60%と8%、そして津波コードでは20%と4%になり、T2Kスパコンについては実効性能を高めるためのコードチューニングを一層進める予定である。

図1 鳥取県西部地震の余震で見られたS波放射パターンの周波数特性。Transverse成分のS波の相対振幅を、断層走行方向からの方位で表示。○は観測値、実線は平均値と標準偏差(グレイの範囲)。点線は、横ずれ断層によるSH波の理論放射パターン。(a)低周波地震動(f=0.5Hz)、(b)高周波地震動(f=5Hz)。

図1 鳥取県西部地震の余震で見られたS波放射パターンの周波数特性。Transverse成分のS波の相対振幅を、断層走行方向からの方位で表示。○は観測値、実線は平均値と標準偏差(グレイの範囲)。点線は、横ずれ断層によるSH波の理論放射パターン。(a)低周波地震動(f=0.5Hz)、(b)高周波地震動(f=5Hz)。

図2 2004年紀伊半島南東沖の地震による津波発生伝播シミュレーション。地震発生から30分後の津波伝播。(a) 3‐D Navier‐Stokes式による計算、(b) 線形長波方程式による計算。(c) 室戸沖における津波波形の比較(グレーは観測波形、赤はNavier‐Stokes式、黒は線形長波方程式による計算結果)。

図2 2004年紀伊半島南東沖の地震による津波発生伝播シミュレーション。地震発生から30分後の津波伝播。(a) 3‐D Navier‐Stokes式による計算、(b) 線形長波方程式による計算。(c) 室戸沖における津波波形の比較(グレーは観測波形、赤はNavier‐Stokes式、黒は線形長波方程式による計算結果)。

図3 地球シミュレータ(ES)とT2Kスパコン(東大)における並列計算効率の測定。(a)地震動計算コード(Seism3D3)、(b)津波計算コード(SOLA3D)。点線は、T2KとESの理論性能を表す。

図3 地球シミュレータ(ES)とT2Kスパコン(東大)における並列計算効率の測定。(a)地震動計算コード(Seism3D3)、(b)津波計算コード(SOLA3D)。点線は、T2KとESの理論性能を表す。

(8)平成20年度の成果に関連の深いもので、平成20年度に公表された主な成果物(論文・報告書等):

 Furumura, T. and B.L.N.Kennett, A scattering waveguide in the heterogeneous subducting plate, Advances in Geophysics, Scattering of Short‐Period Seismic Waves in Earth Heterogeneity, Eds. H Sato and M. Fehler, Elsevier, 2009.
 Furumura, T. and T. Saito, An integrated simulation of ground motion and tsunami for the 1944 Tonankai earthquake using high‐performance super computers, Journal of Disaster Research, 7, 2, in press, 2009.
 古村孝志、差分法による3次元不均質場での地震波伝播の大規模計算、地震、2009、印刷中。
 Saito, T. and T. Furumura, Scattering of linear long‐wave tsunamis due to randomly fluctuating sea‐bottom topography: coda excitation and scattering attenuation, Geophys. J. Int., 2009, accepted.
 Saito, T. and T. Furumura, Three‐dimensional simulation of tsunami generation and propagation: application to intraplate events, J. Geophys. Res., 2009, accepted.
 Furumura, T. Visualization of seismic wavefields and strong ground motions using data from a nationwide strong‐motion network and large‐scale computer simulation, L.A. Mendes‐Victor et al. eds, The 1755 Lisbin Earthquake:; Revisited, Geotechnical, Geological, and Earthquake Engineering 7, Springer, 257‐272, 2008.
 古村孝志, 地球シミュレータによる地震の強い揺れと津波の予測・災害軽減, 計算工学, 13, 2, 14‐17, 2008.
 古村孝志, 関東平野で成長する長周期地震動, Japan Geoscience Letters, 4, 2, 5‐7, 2008.
 古村孝志, 大地震により生まれる長周期地震動のコンピュータシミュレーション, 岩波科学, 78, 10, 1‐7, 2008.
 古村孝志, 地震波伝播と強震動の大規模並列FDMシミュレーション, スーパーコンピューティングニュース, 東京大学情報基盤センター, 10, 2008.
 古村孝志,大地震の強震動シミュレーション、自然災害科学、27‐3、265‐272、2008.

(9)本課題の5ヵ年の成果の概要:

(1) 首都圏・東海地域の三次元構造の構築の基礎データとなる強震波形データを、伊豆駿河湾強震観測点で長期の欠測なく得ることができたことにより、K‐NETやKiK‐net強震観測網データとあわせて2004年紀伊半島南東沖の地震や2004年新潟県中越地震、能登半島地震および新潟県中越沖地震等における、関東平野での長周期地震動の伝播特性を詳しい理解が進んだ。同時に、高密度地震観測データ解析により、周期1秒以下の短周期地震動の伝播に強く寄与する、短波長不均質構造の分布特性と地震波の散乱・導波特性が明らかになった。これにより、スラブ内地震による異常震域の発生メカニズムが説明でき、広帯域強震動予測のための道が開けた。

(2) 特性化震源モデルの研究では、地震動と津波の同時シミュレーション(地震―津波連成計算)を新たに開発し、同一の地下構造モデルと震源モデルを用いて地震動と津波波形を高精度に評価することに成功した。こうして、海溝型巨大地震の断層滑りの不均一性により、強震動と津波発生の場の違いを議論することが可能になった。こうして、大地震による強震動・津波評価そして、これらを用いた高精度な震源インバージョンのための一連の計算技術の整備が完了した。

(3)   広帯域強震動シミュレーションの実用化のために、世界最高速レベルにある地球シミュレータやT2Kオープンスパコン(東大)を用いて、地震波伝播コードと津波発生伝播の並列計算コードの整備を進めた。この結果、10000CPU以上の超並列計算の実用化に成功、2012年に完成する世界最速の次世代スパコン(京速計算機)等を用いて、現行の650倍以上の大規模シミュレーションの実用化の目処を得た。

(10)実施機関の参加者氏名または部署等名:

古村孝志(統括、強震動シミュレータ)・纐纈一起(地下構造)・山下輝夫(震源モデル)
他機関との共同研究の有無:
 ・強震観測については地方自治体等との共同研究。
 ・強震動シミュレーションは、海洋研究開発機構地球シミュレータセンター、および東大情報基盤センターとの共同プロジェクトによる。 

(11)公開時にホームページに掲載する問い合わせ先:

 部署等名:地震予知研究推進センター
 電話:03‐5841‐5712
 e‐mail: yotik@eri.u‐tokyo.ac.jp
 URL:http://www.eri.u‐tokyo.ac.jp/index‐j.html

お問合せ先

研究開発局地震・防災研究課

(研究開発局地震・防災研究課)