海洋生物研究に関する今後の在り方について(本文)

はじめに

 海洋基本法(平成19年4月施行)及び同法に基づく海洋基本計画(平成20年4月閣議決定(平成25年4月新たな計画が閣議決定))において、海洋の生物多様性の確保の重要性が指摘されたことや、平成23年3月に発災した東日本大震災等を受け、科学技術・学術審議会海洋開発分科会海洋生物委員会(以下「当委員会」という。)では、平成23年9月に報告書「海洋生物資源に関する研究の在り方」をまとめ、文部科学省や関連する研究機関が実施すべき施策等を提言した。
 同報告書を受け、文部科学省等においては、科学的知見に裏付けられた漁業の復興を目指した「東北マリンサイエンス拠点形成事業」を新たに立ち上げるなど、海洋生物研究にあたって、東日本大震災からの復興を第一とした取組に政策上のプライオリティが置かれてきた。今般、震災から4年が経過し、事業が着実に進捗する中、平成28年度からは、東日本大震災に対する集中復興期間が復興・創生期間に移行する。また、この間、国内外において、漁業、海洋環境保全、海洋底資源開発、海洋情報の把握等様々な観点から海洋生物や海洋生態系についての関心が高まるとともに、観測やモニタリング、シミュレーションや予測に係る技術も高度化が図られるなど、取り巻く環境にも大きな変化が見られる。このような情勢を踏まえ、我が国の海洋生物研究の今後のあり方について、改めて検討すべき時期に来ている。
 このため、当委員会では、文部科学省をはじめ上記取組の実施機関、加えて、非常に関係の深い省庁である環境省、水産庁等の関係者へのヒアリング等を行うとともに、今後、優先的に取り組むべき施策や関係機関の連携の在り方等について検討し、本提言をとりまとめた。

第1章 背景

(「海洋基本計画」等における位置付け)
 平成19年4月に、「海洋の平和的かつ積極的な開発及び利用と海洋環境の保全との調和を図る新たな海洋立国を実現することが重要であることにかんがみ」、海洋基本法が制定され、同法に基づく海洋基本計画が同20年4月に閣議決定された。同計画は、平成25年4月に、見直しを経て新たな計画が閣議決定されたところであるが、重点的に推進すべき取組として、「海洋調査の推進、海洋情報の一元化と公開」を引き続き謳っているほか、総合的かつ計画的に講ずべき施策として、海洋と大気の相互作用、海洋の循環やそれに伴う熱輸送・炭素循環、海洋が吸収する二酸化炭素の増加に伴う海洋の酸性化や、それによる海洋生態系への影響などを解明するための観測、調査研究等を強化するとしている。また、本年6月に閣議決定された経済財政運営と改革の基本方針2015においては、気候変動の影響への適応策、森林吸収源対策等に取り組むとともに、気候変動問題とその対策に係る国民の理解を促進するとしている。

(科学的な知見に基づく海洋のガバナンスについての国際的な関心の高まり)
 国外に目を向けると、本年4月、G7国の科学アカデミーは、本年のGサイエンス共同声明の3つのテーマの一つとして、「海洋の未来:人間の活動が海洋システムに及ぼす影響」を挙げた。この中で1.CO2排出量の抑制、2.人為的な海洋汚染の削減と規制強化、3.水産物の乱獲防止と科学的調査に基づいた管理、4.国際科学協力の推進による海洋変化とその影響の予測・管理・緩和、が提起された。この共同声明も踏まえ、本年6月のG7サミット首脳宣言では、「海洋の保護」が盛り込まれ、海洋プラスチックごみの問題に対処する上で優先度の高い活動と解決策、深海底鉱業活動において予防的アプローチをとること、並びに環境影響評価及び科学的調査を実施することが盛り込まれた。
 本年9月の国連総会での採択を目指して検討中の「持続可能な開発目標(SDGs)」に関し、国連の下に設置されたオープンワーキンググループにおいてとりまとめられ、昨年12月に公表された事務総長報告書においては、17の目標の一つとして「持続可能な開発のために海洋資源を保全し、持続的に利用する」ことが盛り込まれた。SDGsにおいては、先進国も含めた全ての国が、目標に向けて、科学的な根拠に基づき、持続可能な開発のための効果的な取組の実施・ガバナンス構築を行うことが重視されている。
 国連においては、国連環境計画(UNEP)の枠組みの中で、生物多様性及び生態系サービスに関する政府間科学政策プラットフォーム(IPBES)が各地域の沿岸域における生物多様性と生態系サービスの評価書を執筆中であり、アジア太平洋地域の評価書を執筆する技術支援機関は我が国政府の支援により東京に設置されている。また、国連海洋法条約(UNCLOS)の下では、より包括的な世界海洋評価書が本年12月に刊行の予定である。
 昨年発表されたIPCC第5次評価報告書においては、21世紀半ばまでとそれ以降について予測されている気候変動により、海洋生物種の世界規模での分布変化や、影響されやすい海域における生物多様性の低減が漁業生産性やその他の生態系サービスの持続的供給にとって課題となるであろうことが指摘されている。
 国家管轄権区域外における海洋生物多様性の保全及び持続可能な利用に関し、本年6月、国連総会は,UNCLOSの下で国際的な法的拘束力ある文書の作成とそのための交渉開始を決定する決議を採択した。今後の交渉において、利益配分に関する諸問題を含む海洋遺伝資源(MGR)、海洋保護区(MPA)を含む区域型管理ツールのような措置、環境影響評価並びに能力構築及び、海洋技術移転などが扱われることとなっている。
 国際的な観測網の検討も進んでいる。世界気象機関(WMO)、ユネスコ政府間海洋学委員会(IOC)等の国際機関および各国の関係諸機関の協力のもと、全世界の海洋の状況をリアルタイムで監視・把握するシステムを構築する国際科学プロジェクトである国際アルゴ計画 は、気候変動の予測や海洋物理学分野の研究等に大いに貢献してきた。現在、次世代のアルゴフロートとして、海洋の生物情報の把握を可能とするセンサーを搭載したバイオアルゴや深層の観測を可能とするディープアルゴへの拡充について国際的に検討が進んでいる。
 産業界等でも関心が高まっている。例えば、国際的なハイレベル有識者会議である世界海洋委員会(GOC)では2014年に「From Decline to Recovery - A Rescue Package for the Global Ocean」と題した報告書を作成し、そのなかで海洋生物多様性の保護と再生を推進するために公海ガバナンスの改善を提案している。また海洋産業関連の企業・団体が加盟する世界海洋協議会(WOC)は、これまでに産業界と海洋政策との連携等について議論しており、2015年に「Sustainable Development and Growing the Blue Economy - the Next 50 Years」をテーマとした国際会合を開催して国際的な海洋産業界の代表者による発表・議論が行われる。
 このように、近年、多様な角度から、持続可能な海洋の利用へ向けたガバナンスについての国際的議論が活発化しているが、陸上に比べると海洋に関する人類の科学的知見は十分ではない。海洋生物、海洋生態系を含めた海洋全体についての総合的な科学的知見を高めること、モニタリング、評価、データ共有化等の強化の必要性についての認識が高まっている。

(「集中復興期間」から「復興・創生期間」へ)
 東日本大震災から復興に関して、政府は「復興期間」を10年とした上で、被災地の一刻も早い復旧・復興を目指す観点から、当初の5年間を「集中復興期間」と位置付け、各種取組が行われてきた。今般、東日本大震災から4年余りが経過し、「復興・創生期間」を迎えることになる。一刻も早い復興事業の完了を目指し、復興事業における調査・研究については、その成果が早期に発現し、被災地の復興につながる事業を実施するとしている。そのため調査・研究の加速と、より復興・創生に繋がる成果を生み出す研究が求められている。

(水産資源変動の理解への貢献)
 当該施策に関連の深い省庁として、具体的に水産庁においては、平成13年に制定された水産基本法及びその下の水産基本計画に沿って、(研)水産総合研究センターを中心に水産物の安定供給の確保と水産業の健全な発展に資する技術開発等を継続的に実施している。近年、世界的な人口増加や気候変動などによって、国際的な食料需給の不安定性が増大しており、食料自給率の向上と安定供給が課題となっている。農林水産研究基本計画(平成27年3月31日決定)では、そういった課題への取組を着実に推進するとしている。そのために、生態系の構造や機能、変動メカニズムの解明、気候変動による生態系応答など共通基盤的な研究開発が求められている。

(海洋生態系の理解への貢献)
 環境省においては、生物多様性基本法(平成20年)に基づく生物多様性国家戦略2012-2020(平成24年閣議決定)を策定しつつ、環境省生物多様性センターが、我が国の自然環境や生態系の現状の把握について継続的な調査を実施している。干潟・藻場・サンゴ礁など浅海域は生物多様性の保全上重要な地域であり、海洋保護区の設定により適切に保全管理していくことが求められているが、地球温暖化をはじめとする人間活動により生物多様性が失われる可能性がある。そういった状況から環境省では、平成23年度からの5カ年事業として、環境研究総合推進費を利用した「アジア規模での生物多様性観測・評価・予測に関する総合的研究」が行われ、その中で海洋生態系における生物多様性損失の定量的評価と将来予測に関する研究が行われている。今後より一層、生物多様性の保全や海洋保護区の設定に資する、基礎的な知見の充実が求められる。

第2章 海洋生物研究等の取組に係る現状と課題

 平成23年度以降、文部科学省等において、主な取組として東日本大震災からの復興事業である「東北マリンサイエンス拠点形成事業」、公募により海洋生態系の知見の充実や生理機能の解明と革新的な生産技術を開発する「海洋生物資源確保技術高度化事業」を実施してきた。また、海洋研究開発機構において、世界有数の深海アクセス技術等を活用した海洋生命理工学研究が実施されてきたほか、科学技術振興機構において、戦略的創造研究推進事業の中で研究領域の一つとして、「海洋生物多様性および生態系の保全・再生に資する基盤技術の創出」を設け、先端科学技術等の研究開発を推進している。
上記事業の現状および課題について以下のように整理する。

(1)東北マリンサイエンス拠点形成事業
 東日本大震災とそれに伴う津波により、多量のがれきの流出や藻場・干潟の喪失等が発生し、東北太平洋沿岸域の水産業に壊滅的な被害をもたらした。被災地水産業の復興のためには、長期に渡って変化する漁場・養殖場環境や海洋生態系の調査及び東北の水産資源を利用した新作業の創出が課題であった。このため、大学や研究機関等による復興支援のためのネットワークとして東北マリンサイエンス拠点を形成し、関係省庁や地元自治体、地元漁協等と連携しつつ、5年事業として「新たな産業の創成につながる技術開発」と、10年事業として「海洋生態系の調査研究」を実施してきた。
 「新たな産業の創成につながる技術開発」は、大学等の技術シーズを活用して被災地域に新たな産業を創成するため、大学や研究機関と地元企業等とが連携し、高品質な海藻類の生産、未利用資源由来の新素材やバイオエタノール等の開発、水産物の品質や鮮度を保つ冷凍・解凍方法などの技術の実用化・産業化を目指して、8課題が実施されている。その中で、地元漁協等と連携しアカモクの持続的生産システムの確立、貝類の高度冷凍技術の事業化、迅速汚染状況把握技術および浄化システムの構築など、着実に成果が上がっており、今後、こういった技術を用いた産業の新たな発展が期待される。
 「海洋生態系の調査研究」は、東北大学・東京大学大気海洋研究所・海洋研究開発機構の3機関を中心に全国の研究者が結集し、実施されてきた。その中では、地元関係機関などとも連携し、海洋生物研究に携わる研究者だけでなく、海洋物理学・海洋化学、海洋地球科学等多岐に渡る研究者の協力のもと遂行されてきた。がれきの分布、がれきのある漁場での漁法開発、サケ回帰率向上に向けた調査および知見の充実等、漁業の復興にも資する多くの成果が生まれている。また、様々な手法を統合してモニタリングを行い、その成果を市民と共有、そして情報をアーカイブするデータベースの運用という環境攪乱が起こった際の研究手法は評価に値する。今後は、これまでに得られた膨大なデータから、資源量予測手法の高度化、効率的な養殖手法の確立といった、より付加価値の高い成果を生み出す研究が必要である。また、海洋生態系の回復過程には長期間かかり、陸上での復興工事も影響を与えることなどから、継続して調査を行う必要がある。また、本事業で生まれた成果や地域と連携した新しい研究手法について、系統だった発信と平成32年度までの復興・創生期間以降を考慮した、知見等の地域に根ざした継承や国内外への展開が必要となる。

(2)海洋生物資源確保技術高度化
 平成23年度より、海洋生態系の総合的な理解に関する長期的かつ体系的な調査研究と、海洋生物の生理機能等に着目した革新的な生産技術の開発を目的として、海洋生物資源確保技術高度化事業が実施されてきた。当事業は、「生殖幹細胞操作によるクロマグロ等の新たな受精卵供給法の開発」「沿岸海域複合生態系の変動機構に基づく生物資源生産力の再生・保全と持続的利用に関する研究」「我が国の魚類生産を支える黒潮生態系の変動機構の解明」の3課題が採択され、実施されている。進捗状況に関して、着実な進捗と成果が認められている。今後、研究成果が社会に還元されるためには、クロマグロ稚魚の革新的な生産方法の確立や海洋生態系の総合的な解明に向け、継続的な研究と社会実装に向けた成果の発信が必要となる。

(3)観測・モニタリング技術の開発
 海洋に関する基盤的なデータや知見を充実させるためには、海洋生物の分布や密度とその変動を長期的かつ体系的に観測することが不可欠である。海洋の調査は、陸上からのアクセスの困難性とともに、海面から深海底までの深さ方向への広がりが大きいことや海洋生物の移動が広範囲に及ぶこと等から、高度な技術を必要とする。
これまでも、有人潜水艇、無人探査機、DNAバーコーディング、メタゲノミクス、生元素や安定同位体比等を高精度に分析する技術、バイオロギング、バイオインフォマティクス、衛星リモートセンシング等の研究開発が進められてきている。海洋の有効利用への国民の期待の高まりを踏まえれば、これをさらに推進し、より先進的な技術を開発していく必要がある。この際、工学や生命科学を専門とする研究者と海洋生物学の研究者が、協同で研究開発を実施することが重要である。
 平成23年度より、科学技術振興機構において、海洋生物多様性および生態系の保全・再生に資する基盤技術の研究開発の中で先進的な技術開発が行われている。デジタルDNAチップによる生物多様性評価と環境予測法、生物の鳴き声や反射音を利用した遠隔的種判別技術、シングルセルゲノム情報に基づいた海洋難培養微生物メタオミックス解析による環境リスク数理モデルの構築、環境DNA分析に基づく魚類群衆の定量モニタリングと生態系評価手法など着実に技術開発が行われている。今後は、自動観測の実現も含め、こういった技術が広く利用・応用されることが必要である。
海洋酸性化の調査研究に使われる海水用pHセンサーの国際コンペティション「Wendy Schmidt Ocean Health XPRIZE」において、海洋研究開発機構と民間企業のチームが開発したセンサーが「値の正確さ」部門において、77チーム中、第3位を獲得した。今後、アルゴフロートへの搭載も期待される。

(4)人材育成・情報発信等
 海洋生物研究を着実に進展させていくためには、若手人材を育成することが必要不可欠であり、研究プロジェクトの実施にあたっては幅広い分野から積極的に若手人材を登用することが重要であるが、(1)から(3)の事業の中で大学院生や博士研究員を含む若手人材の育成が積極的に行われており、特に被災した地域において、研究プロジェクトへの参画を通じて若手人材の育成が図られていることは、復興・創生の視点から評価に値する。国内および国際学術集会を通して、内外の研究者・技術者と企業関係者との情報交換を積極的に進め、新たな研究展開へのシーズを求めていくような活動もみられる。さらに小・中・高等学校の教育現場において、各事業の研究者を講師とする出前授業や体験学習などへの協力が数多く実施されていることは、児童・生徒が海洋生物に親しむ機会を増やし、教育関係者が海洋生物研究への理解を深める機会として重要である。 また、各事業において漁業者へ説明会や一般向け公開シンポジウムや施設公開イベントなどを通して、分かりやすく研究成果を伝えるアウトリーチ活動が積極的に推進されていることも評価すべきである。

第3章 海洋生物研究に関する今後の在り方について

 海洋生物を取り巻く現状や社会的な課題を踏まえ、本委員会においては、文部科学省が重点的かつ戦略的に推進すべき海洋生物研究に関する今後の在り方について、以下のように提言する。また、以下のような海洋生物研究の実施にあたっては、限られた国家予算の中で、府省庁・自治体・研究機関等の相互連携を強化するとともに、効果的なファンディングが重要となる。

(1)包括的・総合的な海洋生物研究強化の緊急性及び重要性
 近年、海洋の持続可能な利活用へ向けて、漁業、生物多様性、海洋鉱物資源開発、防災等様々な分野において、海洋のガバナンスの在り方についての国際的な議論が本格化してきている。海洋国家である我が国は、様々な分野で海洋の恵みを享受しており、国際的なルールやガイドラインの策定にあたって、科学的な知見に基づき適切なものとなるように国際的な議論を主導していくことが求められる。そのためには、海洋生態系の変化について科学的に理解するとともに、その変化を持続的に把握、分析、予測する技術を有していることが重要である。これらの変化の総合的な理解のためには、気候変動、物質循環、人間活動の影響に関するデータとの相関について同時に把握しつつ、海洋生物の量的・動的変化を把握し、その変化の要因を理解し、予測につなげていく必要がある。この実現のためには、人文・社会科学を含め幅広く学問分野を超えた総合的・統合的なアプローチが求められる。それぞれの異なる行政ニーズを踏まえつつ、科学的エビデンスを提供するためのコアとなる基盤的な科学的知見の獲得に関する研究は文部科学省が関係府省庁・関係機関と連携しつつ取り組むべきである。

(2)国際協力・国際展開の強化
 海洋生物資源、海洋生態系の把握・分析・予測のための研究は海洋のガバナンスに関する国際的なルール作りの議論に直結するものであるので、計画段階から必要な国際協力及び国際展開戦略を視野に取り組むべきである。
 また、海洋生物に関する研究については、海域による比較研究ができること、海潮流により栄養塩や有害物質等が運ばれること、大型魚類は広い範囲の回遊を行うこと等から、国内外の研究者の協力が必要不可欠である。現在でも個々の研究者と海外の研究者の協力は進められており、国内外の研究機関のネットワークの形成も進められているが、今後は、国際連携により積極的・体系的な推進が必要である。
 日本近海は、全海洋生物種の約15%が分布する生物多様性のホットスポットであり、我が国は世界有数の水産物消費国である。当該海域における調査は、我が国の食料安全保障上重要であるだけでなく、世界的にも重要な意味を持ち、知見を充実させることで、この分野の研究における、国際的なリーダーシップを我が国が発揮するべきである。また、地理的に近接しているアジア太平洋地域に目を移すと、平成26年8月の第4回APEC海洋関連大臣会合では、「アジア太平洋の海洋協力を通じた新たなパートナーシップに向けて」のスローガンのもと、4つの優先分野である、(ア)海洋生態系保全と災害強靱性、(イ)食料安全保障における海洋の役割、(ウ)海洋科学技術の革新、(エ)ブルーエコノミーについて議論が行われている。こういった枠組みのもと、アジア諸国や太平洋の島嶼国との連携を緊密にし、この地域における海洋生物研究のリーダーシップを積極的に発揮すべきである。研究コミュニティにおける国際協力・議論を基礎として、国際的なガバナンスへの貢献が重要であり、そのための人材育成も必要となる。
 なお、我が国の東日本大震災に対する対応は、国際的にも極めて大きな関心を集めており、調査結果を積極的に情報発信することは、風評被害を防ぐ等、信頼の確保にもつながると考えられる。また、海洋生態系及び海洋環境のかく乱の実態把握と経時的に修復していく機構の解明は、学術的にも重要な課題であり、歴史の証言として成果を世界に発信・共有することが我が国の国際的責務である。

(3)統合的な観測・モニタリング技術の開発及び研究基盤の強化
 多くの新たな観測技術の開発が、科学技術振興機構や多くの研究機関などで着実に成果を挙げつつある。今後、このような要素技術を組み合わせ、早期に利用・応用し、幅広く社会実装、民間移転されることが必要となる。
 海洋生物研究において、継続的な調査・モニタリングが極めて重要であり、既存のプロジェクトを活かしつつ、新たなプロジェクトでも継続してモニタリングを実施していくようなプロジェクトの枠組みが必要である。現在、海洋生態系は温暖化に加え、酸性化、貧酸素化、海面上昇に代表されるストレスを受けている。それらと沿岸利用や漁業など直接的な人間活動による影響との複合的なストレスに対し、海洋生態系がどのように変化するのかをモニタリングし、検知するための全球観測システムの構築とその影響の緩和・復元に向けた施策の検討の必要性が高まっている。広域なモニタリング網を構築し、バイオアルゴに代表されるような連続観測測器により特定のパラメータを測定する手法と、長期変動をターゲットにした、学術的に重要とされる海域毎に時系列定点を設け、多数の生物パラメータを現場実験も含め詳細に測定する手法の組合せが有効である。そして、こういった蓄積された観測データをもとに予測に繋げていくためには、モデリングの高度化も重要となる。また、この分野の研究において、研究船や実験施設等の研究基盤が重要な役割を果たしており、そういった研究基盤の維持や着実な整備が今後も必要であるとともに、研究基盤の共同利用を積極的に進めるべきである。

(4)海洋生物情報の量的・動的な把握・解析・予測システムの構築
 海洋生物に関する研究や調査は大学、自治体、研究機関等で様々な目的で行われており、その情報は必ずしも共有されていない。様々な目的で行われている種々の機関の取組を最大限に活かしつつ、連携を図り、成果を最大化するための検討・協議の枠組みが必要である。関係者が協議し、これらの個別のデータが互いに共有できる枠組みを構築しつつ、あわせてデータベース化されていない形のクラウド情報をいわゆるビッグデータとして捉え、必要なデータを吸い上げて活用することが可能となるようなアプリケーションの開発を行う必要がある。また、このデータベースは我が国のみのものとするのでなく、国際的な統合化も視野に行うべきである。
 生態系応答を解析・予測のためには、単に種の多様性というような「質的」な情報だけでなく、「量的・動的」な情報を把握する必要がある。生物の分布や回遊といった資源情報、ゲノム情報、生物の成長や行動特性などの実験データ、船舶や衛星、ブイ、アルゴフロートなどによる海洋情報などを統合的に解析することが、地球温暖化の下での水産資源の持続的利活用など、海洋生物資源管理(開発と保全)の実現に重要である。
 沿岸域は、多様な生態系を有しており、陸域や外洋に生息する多くの生物の産卵場や生活史初期の生息域として極めて重要な海域である。また、陸地と接しており、陸域の気候・生態系や人間活動による影響が、海洋の中でもより直接的に影響する海域である。陸域・沿岸域・外洋域と異なる環境が循環等により物理的に接続され、生態系間をつなぐ物質輸送により高い多様性が維持されている。生態系における物質循環を理解・把握するためには、その生態系を構成している優占種の機能や動態を知ることが必要であるが、その生物学的知見は不足しており、さらなる研究の推進が必要である。
 また、マグロやカツオなどの高度回遊性魚類は広範囲に移動することから、沿岸域から我が国の排他的経済水域、公海に至るまで、シームレスな調査・研究が不可欠である。そのためには、情報の取得範囲と取扱い、質保証を含め、限られた国家予算の中で、戦略的に枠組みが検討されることが必要である。今般のオープンデータの流れも考慮し、情報の取扱には検討が必要である。
こうした状況において、文部科学省で実施している海洋生物資源確保技術高度化の中で進めている海洋生態系に関する研究は、短期間で成果が上がるものではなく長期的な視点が必要であるので、他のプロジェクト等との連携を図りながら、よりよいアプローチの手法を検討する一方、我が国の海洋政策全般の方向性と合致する方向での検討も行って、さらなる飛躍を目指すべきである。
 近年の情報科学の進展はめざましいものがあり、それらの成果を複雑な系である海洋生物や海洋生態系に関する多様なデータの重層化や統合・解析に役立てることは非常に重要である。適切なデータベースの整備は重要な取組であるが、研究計画・評価分科会地球観測推進部会においては、地球観測データの統合とその有効な利用は極めて優先度の高い課題として議論され、海洋生物関係の観測データも含めてデータ統合を行うためのプラットフォームの構築が進められていることから、今後、連携・協力してより統合化されたデータの整備を進めていく必要がある。なお、海洋生物関係のデータに関しては、その調査項目が多岐にわたっており、かつデータとしての比較するための基準化が進んでいないといった課題にも対応する必要がある。
 なお、人間活動が生態系へ与えるインパクトについて理解し、予測を可能とするためには、まず現在の観測データを適切にアーカイブし、将来へ提供していくことが重要であると同時に、人間活動が環境に影響を及ぼすようになった時代における環境情報を記憶している標本資料等の過去のデータの適切な維持・管理が重要である。そのためには、標本資料等のアーカイブ機能を持った、博物館や水族館といった社会教育施設との密接な連携が必要である。

(5)地域の活力を活かした取組の強化
 海洋生物資源に関する情報を効果的に収集し、かつ、得られた科学的に知見を有効に活かす観点から、研究者と、地方自治体や漁業関係者等の関係者が研究の企画段階から参画する形で一体となって取り組む手法が有効に機能することが、東北マリンサイエンス拠点形成事業でも確認された。東北マリンサイエンス拠点形成事業では、地元のステークホルダー、地域住民などとの新たなパイプを作り、地元のニーズをくみ取りながら、過去の海洋生物研究においてほとんど見られなかった、地域に根差した事業を推進してきた。今後、その他の取組にあたっても、これらの成果を最大限活かし、地方創生の理念に則り、地元の大学、自治体、企業、漁業関係者と協働して実施する取組とすべきである。また、漁業関係者・住民等が海洋観測に関わりを持つような仕組みとし、事業実施主体がデータの提供を受け、付加価値の高い情報にしてフィードバックするようなサイクル作りも必要である。
 まずは、地域に根差した取組としてモデル地域となる範囲を絞りながら試行し、有効性の確認と展開に関する戦略を十分に検討する必要がある。その後、本格的な社会還元に向けてその取組を国内に展開するとともに、広く海外に発信していくことが重要である。

(6)国際舞台で活躍できる人材の育成及び国民の海洋に関する理解の増進
 海洋生物研究を着実に進展させていくためには、若手人材を育成することが必要不可欠であり、研究プロジェクトの実施にあたっては幅広い分野から積極的に若手人材を登用することが重要である。また、国際連携プロジェクトに参加させる等、世界で活躍できる人材に育てるための取組も、今後、本分野が世界に伍していくためには不可欠である。また、海洋国家である我が国が国際連携プロジェクトを主導し、海洋の国際的ガバナンスに関する議論や国際的なルールやガイドラインの作成にも繋がる海洋生物研究を積極的にリードしていくことは、国際的に活躍できる人材の育成にも寄与するものである。さらに女性の活躍も期するべきであり、例えば、長期間の出張が必要となる海洋フィールド観測調査に参加する育児中の研究者への支援の在り方の検討も必要である。
 研究者の養成に加えて、船上での海洋観測や生物資源調査の支援を行う専門技術者の養成も求められている。人材育成には、大学・水産高校の練習船や研究船は重要な役割を果たしており、今後も着実にその整備が必要である。さらには沿岸に設置されている臨海・水産実験施設の利用促進を図ることも重要である。また、将来の海洋生物研究の担い手となる人材の確保のため、小・中・高等学校等において、海洋生物研究の先端的成果に触れる機会の提供も重要である。海洋生物研究を担う人材確保の観点から大学院博士課程進学者を増やすことも重要であり、任期付きでないポストを増やすことも有効と考えられる。
 海洋関連産業等に従事する者だけでなく、海洋教育の観点からも国民に、分かりやすく研究成果を伝えるアウトリーチ活動の推進も重要である。水族館や博物館等の社会教育施設が教育普及に寄与し、人材育成や社会への普及啓発において重要な役割を果たすとともに、観光資源となる例が増えており地域連携の推進も重要である。また、国民の祝日である「海の日」などを利用して、研究船を含む海洋関連施設の一般公開や種々の催し、海の文化遺産などの活用も積極的に推進すべきである。このため、この分野において研究する者それぞれが、高い意識を持って、研究成果を追求し、これを広く社会に発信していくことが必要である。

(7)海洋生物がもたらすイノベーションの創出に向けて
 陸上に比べると遺伝資源の探索範囲が限られてきたことから、海洋は未知の遺伝資源の宝庫であり、今後も未知の有用な遺伝資源が発見されることが期待される。中でも深海や熱水噴出域、深海底下の地殻等の従来生物が生息していないと思われていた極限環境に生息する微生物等が有する特殊な機能を活用することにより、医療、製薬、食品、環境、エネルギー等の幅広い分野で新たなイノベーションが引き起こされる可能性を有している。
 また、遺伝資源の直接的な利用の他、バイオミメティックス(生物模倣)により、全く新しいコンセプトの工業製品のデザイン等が生み出されること等によるイノベーションの創出が欧米を中心に注目を集めている。
海洋生物・遺伝資源の研究開発については、極限環境へのアクセス手段、サンプルの培養・保存技術、ゲノム解析技術、バイオインフォマティクス等様々な技術が組み合わさり、また、社会実装へ向け、産業への橋渡し、知財管理等が必要となる。次世代シーケンサーに代表されるような新しい技術の発展に伴い、海洋生物・遺伝資源の新しい応用展開が期待される。また、オープンサイエンスという言葉に集約されるように、異分野の研究者を積極的に受け入れ、境界をなくすことによって、それまで想定できなかったようなイノベーションが引き起こされる可能性があり、海洋生物・遺伝資源は、海洋分野に限定することなく、異分野における技術発展により、利用されていくべきものである。
 海洋生物に関する研究は、個別の機関に閉じるのではなく、広く関係機関と連携し、我が国の総合力を活かす仕組み作りを併せて検討する必要がある。特に、海洋へのアクセス手段やスーパーコンピュータ等の計算機資源をはじめとして、研究開発のための多様な資源を有する海洋研究開発機構などの海洋研究開発に携わる国立研究開発法人においては、国立研究開発法人化に伴い、自機関としての視点だけでなく、我が国の海洋研究全体の研究成果の最大化を図る観点から、イノベーションを引き起こすハブとしての役割を強化していくことが求められる。加えて、科学技術振興機構等が有するファンディングの機能と有効に組み合わせること等についても検討するべきである。

お問合せ先

研究開発局海洋地球課