6 生物系科学分野の研究動向(要旨)

◇当該分野の特徴・特性等

 生物学は、生命の根底を流れる基本的な原理を明らかにするための基礎的な学問であると同時に、医・薬学、農学、工学、化学、物理学、地球環境科学、資源科学などを含む自然科学研究の基盤となる学問でもある。最近では、心理学、倫理学、経済学などの人文・社会科学との接点も増えている。特徴的なのは、社会・科学に大きなインパクトを与え、現代社会の知的基盤となっている生物学的発見の多くが、科学者の知的好奇心をもとに始められた(curiosity-driven)研究の成果だということである。生物学は目指す方向性により様々に細分化されるが、近年の研究の進展はお互いの垣根を低くし、複合的かつ融合的な視野から、生命現象が明らかにされつつある。

◇過去10年間の研究動向と現在の研究状況等

 生物学に関する研究は1990年代以降、大きな発展を遂げた。そこには、知的好奇心をもとに始められた基礎研究とさらにそこから発展した大型プロジェクト研究の相互補完的な融合と様々な分野との連携があった。以下にその主要な動向を述べる。

1) これまで同様、個人レベルの知的好奇心から始められた研究が重要な発見につながった。このような例として近年のノーベル医学生理学賞では、2001年の細胞周期、2004年のタンパク質分解、2006年のRNA干渉が挙げられる。
2) 一方で、世界的な協力の下でなされた、様々な生き物のゲノム配列決定が生物学に革命をもたらした。これにより、微生物から高等生物に至るまで、生き物に共通の原理や逆に生き物の違いが、分子レベルで研究できるようになった。ゲノム研究は、また、システム生物学などの新しい学問領域をつくりだし、寄生・共生、系統進化等これまで困難であった領域の研究の進展をもたらした。
3) NMRや巨大放射光装置スプリング8によるタンパク質構造解析などの“ビッグサイエンス”が、生物系科学に導入された。これらのサイエンスは、遺伝子、タンパク質、代謝産物などの網羅的な解析に道を拓いた。
4) 医工連携、化学の側面での生物探求、生物情報学の誕生、生物学と人文・社会科学との連携、生物の測定装置の飛躍など、生物系科学と他分野との連携が盛んとなった。

◇今後10年間で特に進展が見込まれる研究対象・推進すべき研究等

 これまで同様、個人レベルでの知的好奇心駆動型研究とそこから派生したビックサイエンスを両輪とする研究の推進が必要であろう。以下に進展が期待できる分野を挙げる。

1) 多様な生物種およびシステム生物学を用いたゲノム研究およびエピジェネティック研究
2) 細胞内タンパク質情報、生体機能分子および遺伝情報分子を介した細胞機能の解明
3) 生命体の情報統合や発生の基本に関わる、脳、幹細胞の研究等の高次生命機能の解明
4) 光などの環境応答を含む野外における生物生存の分子的理解とゲノム・遺伝子レベルでの進化研究
5) プロテオームやメタボロームなどの超微量・高感度・一斉解析手法の開発および1分子計測などの先端的生物研究手法の開発

◇諸課題と推進手法等

 今後、生物学を持続的に発展させるために、以下の方策が必要となると考えられる。

1) 真に独創性の高い研究を生み出すために、個人の知的好奇心をもとに、自由な発想から生まれる研究テーマを支援する体制を拡充することが重要である。
2) 一方で、今後とも多様な生物のゲノム配列決定など研究コミュニティーが支援するビッグサイエンスの進展も同様に必要である。このビックサイエンスとスモールサイエンスの相乗効果を最大にするためには、ビッグサイエンス拠点の適切な集中と分散の設計などの方策が必要である。
3) 今後、生命高次機能の理解と並んで、野外における生物同士、および環境との間の相互作用を分子レベルで理解することが重要となる。このために、野外での生物研究を効率的かつ安全に行うためのシステムの構築が必要である。
4) 生物学の新領域開拓のために、最先端の技術や情報と最先端の生物学との間の異分野融合が不可欠である。同時に、人文社会科学との密な共同研究の発展がますます必要となってくる。
5) 21世紀は生命科学の時代と言われながらも、それを担う人材育成は貧弱である。大学院生への経済的支援と並んで、若手育成においては生物系以外の分野との連携・融合が必要である。先端的な研究拠点で、異分野の若手研究者を短期的に互いに受け入れる制度なども若手育成に有効であろう。

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