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学術研究推進部会・人文学及び社会科学の振興に関する委員会(第9回) 議事録

1.日時

平成20年2月15日(金曜日)16時〜18時

2.場所

文部科学省 3F1特別会議

3.出席者

(委員)

伊井主査、立本主査代理、井上孝美委員、上野委員、中西委員、西山委員、家委員、伊丹委員、猪口委員、今田委員、岩崎委員、小林委員、深川委員、藤崎委員

(外部有識者)

亀山 郁夫 東京外国語大学長

(事務局)

とく永研究振興局長、藤木大臣官房審議官(研究振興局担当)、伊藤振興企画課長、森学術機関課長、松永研究調整官、袖山学術研究助成課企画室長、戸渡政策課長、江崎科学技術・学術政策局企画官、後藤主任学術調査官、門岡学術企画室長、高橋人文社会専門官 他関係官

4.議事

【伊井主査】

 それでは、ただいまから科学技術・学術審議会学術分科会学術研究推進部会に置かれております人文学及び社会科学の振興に関する委員会、第9回目の会合を開催いたします。
 本日は、東京外国語大学長の亀山郁夫先生をお迎えいたしましてご講演をいただくということでございます。亀山先生におかれましては、ほんとうに年度末のご多忙のときに、どうもありがとうございます。心から御礼を申し上げます。
 それでは、まず初めに、本日の配付資料の確認からお願いをいたします。

【高橋人文社会専門官】

 資料につきましては、お手元の配付資料一覧のとおり配付させていただいております。欠落などございましたら、お知らせください。また、人文学、社会科学の関係の基礎資料は、いつものとおりでございますが、ドッジファイルにて机上に用意させていただいております。ご参考にしていただければと思います。
 以上でございます。

【伊井主査】

 ありがとうございます。
 それでは、これから審議に入ってまいります。
 現在、この委員会では、毎回同じことを申し上げているわけでございますけれども、学問的特性、社会とのかかわり、振興方策という3つの観点から人文学・社会科学の振興につきましてご審議をいただいているところでございます。このような観点から、前回は樺山紘一先生にご列席いただきまして、人文学というものの新しい、これまでの観点を踏まえましてご高説を賜ったところでございました。前回、非常に活発な議論がありましたけれども、本日もどうかよろしくお願いを申し上げたいと思っております。
 前回の樺山先生のお話を振り返ってみますと、非常に体系的に人文学のあり方、今後を見据えた方針というものも出していただきました。現状認識というものから始まりまして、基礎学としての人文学というもの、ヨーロッパにおける研究、あるいは中国における研究、教育とのかかわり、社会的な貢献といったさまざまな観点から我々は教えていただいたわけでございます。
 人文学を理解するためのキーの概念としまして、前回お話しいただきましたのは「精神価値」、2つ目が「歴史時間」、3つ目が「言語表現」という3つのをお示しいただいたわけでございまして、人文学の機能として、「教養教育」、「社会的貢献」、「理論的統合」があるんだというご指摘でございました。
 あるいはまた、ヴィーコやディルタイをお引きになりながら、主に歴史学を想定していらっしゃったと思うのでありますけれども、人文学という学問が取り扱う「真理なるもの」、それは「自然にできあがったもの」ではなくて、「作られたもの」である。すなわち、人間と関係のないところに存在するものを扱うのではないということ。すべては歴史の内に存在するということが、人文学者にとっての共通の理解であるということをお示しになったわけでございました。
 さらに、人間の存在というものは、社会であれ、文化であれ、基本的には皆、歴史の中で構築されてきたものであり、歴史について考察を行う人文学者もまた歴史の内にあり、みずからも歴史に参画する者として歴史を解釈せざるを得ないといった観点、非常に興味深い観点をお示しいただいたわけでございました。
 このようなご見識を前提に、人文学とは「世界の知的領有と知識についてのメタ知識」であるということのご見解をいただきました。
 そこで、本日でありますけれども、今回は、今ご紹介申し上げました、いわば「時の人」とも言っていいんじゃないかと思いますけれども、ロシア文学がご専門の東京外国語大学学長の亀山郁夫先生にお越しをいただいたという次第でございます。お話しくださいますのは、「グローバル化時代における≪文学≫の再発見と教養教育」でございます。亀山先生には三、四十分ご発表いただきまして、そして残りの時間を、前回と同様、皆様からのご質問、ご意見を賜ればと思っている次第でございます。
 どうぞ亀山先生、よろしくお願い申し上げます。

【亀山東京外国語大学長】

 今の心境をたとえて言えば、とうとう磔の時が来てしまったかという感じです。今日、この場でこうしてお話をするときが訪れてくるのをひたすら恐れながら、刑場に引き立てられるような気持ちでここにやってまいりました。
 日ごろ学長として大学の管理、行政の仕事に当たりながら、文学という世界とはほとんど縁のない世界に生き始めているという現実が一方にあり、他方、過去2年にわたって『カラマーゾフの兄弟』の翻訳にかかわっていたという事実もあって、率直のところ、その二つの現実に引き裂かれています。翻訳というのは、極めて動物的な作業なんです。あるテクスト、そのテクストが書かれている言語から別の言語の体系の中に置きかえるという、ひたすら機械的な他者への献身であるわけですね。動物的な献身といってもよい。そうした中では、日本の文化的な状況について考えたり、あるいは我が国における人文学の行方を考えるといった、そうした精神的な、あるいは知的な余裕というものを一切持つことができません。くどいようですが、翻訳の作業のなかで、わたしは、ひたすら原始的で動物的な時間を生きてきたということです。
 そうした動物的な営みに補いをつけるような形で、翻訳という作業を通して多少とも見えてくる新しい学問のフェーズみたいなものに挑戦してみようという思いから、「『カラマーゾフの兄弟』続編を空想する」という新書を書き上げました。実はこの新書をめぐって、おもしろい一口話が生まれました。昨年の11月に、ロシアの国営テレビとノーボスチ通信社から取材が入りまして、日本におけるカラマーゾフ・ブームの理由を問う内容だったんですが、ノーボスチ通信社から世界に配信された記事がとんでもない誤解を引き起こしたんです。つまり、日本の文学研究者が『カラマーゾフの兄弟』の続編を書きあげ、それが50万部売れているという、言語学的に言う、一種のコンタミネーション(混成、混合)ですが、私も一躍ロシアで時の人になってしまいました。ロシアのウエブを見ますと、日本人は偉いとか、日本人を尊敬するとか、いろいろおもしろい書き込みがありましたが、その後、日本での『カラマーゾフの兄弟』ブームに関して国営テレビが5分ほどの特集を組み、ようやく誤解が改められたようです。
 あわただしい毎日を送るなかで、学術審議会の分科会より、人文学の再興、あるいは教養教育のあり方といったような問題についてお話をしてほしいという要請があったものですから、かなり迷いました。しかし、ここは、常日ごろ考えていることをざっくばらんに、かしこまった形にせず、お話しできればいいと思ってやってきました。
 もとより私は、文学研究という側面において決して先駆的な仕事をしたわけではありませんし、亀山はジャーナリストにすぎないといった言説もちらほら聞こえたりもするわけですね。例えば、昨年などは、グローバルCOEの審査員をやりながらも、どこかそうした自分の立場に違和感を覚えながら、椅子に座っているというようなところもありました。それには、ひとつ大きな理由があるわけです。
 というのは、根本的に文学の学といいましょうか、人文学の学というものに対する信仰なり信頼といったものをわたし自身、まったくといってよいほど持っていないということです。文学というのは極めて個人的な営みであり、その個人的な営みがどれだけ普遍的な意味を持ちうるかということについて、はなはだ懐疑的なのです。高いレベルにおける人文学の営みは、どこまで読者を獲得できるかというところに価値基準があるわけではむろんありません。しかし、こと文学となると、そうはいかなくなるような側面もあるように感じられます。つまり、文学の営みについては、現にさまざまな人がさまざまなレベルで文学にかかわりを持っているわけですが、その場合にあくまでも想定されなければいけないのは読者の存在です。読者とは、文学のもつ教養主義的な機能という視点に照らしていうと、まさにその教養教育を受ける立場の人間の数ということになるわけなんですね。いかに数多くの読者を獲得するかということが、言ってみれば文学の生命線、あるいは文学の最終的な目的となるわけですが、その目的も、ただ集めればよいというわけではなく、できるだけ高い水準にある読者を集めるということ、これが最大の問題になると思うわけです。
 その場合、読者の数をどのレベルに設定するのかということが常に問題になるわけです。例えば、ロシア文学の場合、大学の紀要等に書かれる論文は、おそらく著者のほかに数名が読むぐらいだと私は個人的に判断しています。学会誌でも、おそらく10人、20名ぐらいしか手にとって読んではいないでしょう。そうした厳然とした状況がある中で、果たして人文学の再生とか、あるいは文学がどこまで普遍的な学たり得るかといったような、そうした問いかけそのものがほとんど意味をなさないと思うのです。文学の存立基盤が著しく損なわれているといってもよいでしょう。
 例えば、21世紀COEについて考えたいと思います。私の勤務する東京外語大は、「言語運用を基盤とする言語情報学研究拠点」というプログラムが採択され、それなりに高い評価を受け、GCOEでの採択につながったわけですが、当然、私自身もこのプログラムと関わりをもち、シンポジウムの主宰者にもなりました。しかし、本音の部分で申し上げますと、一文学研究者として、ほとんど疎外感しか抱けなかったというのが現実です。たとえばそこに見られる成果物にしても、だれがこの論文を読むのか、これが日本の人文学の底上げにどこまで裨益するのか、という根本的な疑いをぬぐい切れませんでした。たしかに、東京外語大は、「言語モジュール」というウエブ上での画期的な独習システムを開発し、それが大学の貴重な財産となっていることは事実です。しかし、研究面での成果物がはたしてどこまで人文学の本質につながっているのか、となると、率直のところ、文学者である私としては疎外感を持たざるをえなかったわけです。人文学の効用という見地から考えても、結局のところ、論文を執筆する研究者の教育面での配慮という態度を明確にしていかなくては、傍からみても、大きな徒労感につきまとわれるわけです。ですから、より根本的な立場に立って、人文学は、その学の社会的な意味における非有効性という立場、功利主義的な視点をいったんはすべてふっ切って考えてみる必要があると考えました。
 21世紀COEというと、常に大学の個性との適合性というところで判断されますので、同じ人文学の領域にありながら、ほとんど発言する場もシンポジウムを開催する場も与えられないというのが事実でした。
 そうした中で、私は、ある時点から戦術転換を決意しました。一人の文学者として生きていくために戦術転換を図ったというようなことがあるわけです。私は40歳になるまで一冊も本をあらわすことができず、苦しみました。私の本来的な専門は、20世紀ロシアの前衛芸術運動、今日、ロシア・アヴァンギャルドと呼ばれている運動です。私は、40歳のときに、この運動を先駆的に率いてきた詩人の伝記を書いたんですね。そのとき、その1冊の本、たまたま中沢新一さんが注目をしてくれたのが大きな励ましになりました。「1980年代に書かれた最良の本の一冊」であるとか過大な褒め言葉を新聞に書いてくださったのです。それに着目した編集者たちが何人かアプローチしてきて、自分が自分なりに地道にやってきた研究が、それほど時代の流れからはずれたものではないという認識に立つことができました。しかし、そこに至るまでの道筋というのは、非常に苦しかったですね。ほんとに暗中模索のまま20年近くがんばってきたわけですが、どうせこの本を書き上げても、おそらく10人も20人も読者はいないだろうという、そのぐらいの孤立感、孤独感で書き続けてきた本でした。
 その後、私は、自分の読者をいかに広げるかという戦術に立ったわけです。
 そもそも、私は、いわゆる精緻な学とでもいいましょうか、ロシア文学で言うならば、例えばロシア・フォルマリズムという方法があり、その後、ミハイル・バフチンという傑出した文芸学者の理論の援用しつつ、作品のテクスト分析を行うというアプローチが主流を占めるようになって、決定的に疎外感をもつにいたったのです。これだと、作品の構造上の特質はわかっても、ぜったいにそれ以上のことはわからない。柔軟な思考、人間的な思考を殺してしまうとまで感じました。私自身は、そういった研究スタイルに全く関心がもてず、自分がテクストと向かい合ったときに感じる何か、そして、その感じる何かの向こう側に見えてくる何か普遍的なもの、を言語化するという方向性をめざしました。既存の方法論に依拠した論文なり、本では、読者は獲得できないと本能的に感じたためです。この普遍的なものというのは、このような言い方をすると、何か非常に抽象的で、空疎な意味、イメージしか思い浮かげていただけないかもしれませんが、私には、自分なりその像のしっかりした厚み、強さというものが見えてくるわけです。結局、それは、古くからある「文学」という概念の祖型ともいうべきものでした。それを失くしては永久に読者と通じ合えない臍の緒のようなものです。
 では、文学という概念の根本にあるものとは何か、ということです。
 レジュメのなかの、「人間の多様性の解明」というところで、私は、自分が文学研究をどう考えているかということについてまとめてみると、こういうところにおおむね集約されるのではないかと思っています。「わたしの考える文学研究とは、重層的かつ派生的な複合体として存在するテクストから、新たな読みの可能性を引き出すことであり、当該のテクストのうちに隠された文脈と世界のモデルを発見し、それを限りなく更新していく営みを示す。その媒介者となる最大の要因は、いうまでもなく研究者個人の精緻な読解力」、つまり、外国語ですからテクストが読めるということですね、と同時に、作者の意図を読めるということは、テクストが読めるということとは実は言葉のレベルで読めるということとは変わりない。「イマジネーションと人間そのものへの洞察力の三つに他ならない」。そして、いわばそこでつかみとられた何か、それを表現する「言語表現そのものが、論理的な厳密さを礎としつつ、文体上の輝き、工夫、魅力に満ちあふれていることがのぞましい。こうして研究者は、人間と人間間、および人間社会の隠された多様性、多元性の発見をとおして、それぞれが与えられた存在のありかたと運命への認識を深めることになる」。
 これが私の基本的な文学観です。
 今読んだところの最後の2行目まで、「人間社会の隠された多様性、多元性の発見」、これはおそらくどのようにも読みかえることができますし、ほとんどの文学者が言っていることだと思いますが、その次からのくだりが、一種のイデオロギッシュな言説になっている。「それぞれが与えられた存在のありかたと運命への認識を深めることになる」という部分です。
 たしかに文学は、当然のことながら、他の学問と同様に、ある外延的な広がりをもっています。ある社会的な、他者への広がりとしてある。しかし、結局のところは、そうして外延的な広がりをもった何かが自己に回帰してしまう、ある種の狭さのようなものが出てくるんです。最終的に文学の営みというのは、一たん外に出てやっぱり自分の中に返ってくるものなのではないか。自分自身の存在のあり方を考えること、自分自身の運命のあり方を考えることにつながってくるだろうと、思うわけです。となると、自己回帰的であるとなると、最終的に文学は何か有効的な、あるいは有効性の具となり得るのかという問題が出てきてしまうわけです。

 次に引用したガストン・バシュラールの言葉を読んでいただけると幸いです。ここで言われている文学の根本的な意味というのは、そのテクストを読んで喜びを得るということなんですね。それは、小説や詩そのものにしても、あるいは小説や詩をめぐる研究についても言えることです。だから、どうした? という疑問はいったん封印してかかる必要があると思います。喜びを得るということの行為が、どれだけ社会性を持ち、社会性を帯びなければならないかといった問いかけを密封し、これはそれぞれが自分で、個人が考えるべきテーマというふうに置き換えていかざるをえない。つまり、人間の知的な喜びは、どんな内容であれ、それ自体に社会的価値がある、という原点に立たなければ、有効性などというものさしで文学や人文学の意味など考えることはできません。

 レジュメに戻っていただきましょう。今、学長の職にあって、東京外国語大学の17年間で何をしてきたのかと振り返ると、少しお寒い感じです。それは、まず2年次の語学教育を2コマ行う。卒業論文の指導をする。東京外国語大学というところには、たしかに、語学的な能力に優れた人材が集まっている。語学というのは、才能だ、とつくづく思うことがあります。『六法全書』を読みながら、法の体系性を読み取っていくような、そんな能力に通じるものがある。語学力のすぐれている人間というのは、おそらく法学も結局強いんじゃないかと思います。しかし、その学生たちに果たして、いわゆる文学的才能があるかというと、それがまた別物なんですね。18年間、大学にいて200人近いゼミ生を送りだしてきましたが、傑出している、研究者として育てたいという思いに駆り立てられたのは、十名前後でした。それらの学生たちに対しては、10年以上にわたって個別に指導し、別の大学院に進学させ、一応それぞれの教職につかせることができましたが、ここ数年は、この大学は文学をやる大学ではない、文学に対する関心を受け入れる大学ではない、そもそも文学をめざして外国語学部にくる学生はいない、ということがわかってあきらめることが多くなりました。思えば、そのあたりの事情は昔からそう変わっていなくて、私自身そうとうに特殊な学生だったのかもしれません。
 学長就任が迫り、ロシア文化論の最後の講義で、私はあえて皆さんにおさらばをしますと宣言しました。『カラマーゾフの兄弟』の翻訳を終え、私がいまたどり着いている境地は、どんなことがあってもあなた方に伝えることはできない、『カラマーゾフの兄弟』についてどれほど喉を涸らして説明したところで、実際に本を取ろうとしないみなさんには、何も伝えられません、と少し挑戦的な口調で話したわけです。ショックを受けた学生がいたかもしれません。一種の絶縁宣言でした。言いすぎたか、という後悔の思いがなかったわけではありません。しかし、反発する学生がいれば、それこそしめたもの、とも思いました。ともあれ、多くの学生は、文学など対象とするに当たらないと直感で判断しているにちがいありません。となると、文学を講義するという行為自体が、何かとてつもなく道化じみた振る舞いに思えてならなくなる。文学というのは、小説なんです。楽しければ、それで十分。人生とは何かなど、別に他人に教えてもらう理由もない。一種のニヒリズムが、教員側にも学生側にもある。無用性にいなおれず、いやおうなく有用性を問われる文学の教育に、それぐらいの絶望を感じてきたということがあるわけです。
 しかし、反省の材料もあります。結局、教育者として情熱を失った、ということです。情熱があれば、3年次ぐらいである程度の語学力を身につけた学生を集めて、研究会なり勉強会なりを別個に組織し、才能を探り当て、それを育てることができる。しかし、育てあげたところで、行く場所がありません。彼らが、将来、ほとんどまともに職につけないのがわかっていながら教えるというのは、非常につらいものがあります。
 東京外国語大に赴任して最初の4年間ほど、私は主として都内に住んでいる学生、大学院生を集めた私的な研究会を組織し、徹底したテクストの読解を行いました。すばらしい学生を送り出すことができました。彼らは、みごとな博士論文を書きましたが、40代近くなっても、非常勤コマ二つ三つという状況です。文科省が打ち出したポスドク対策などの救済ゾーンから、一、二年の差でこぼれた世代こそ哀れというしかありません。

 今回、この報告を行うに当たって、諸外国の作家や研究にはあえて触れず、日本の作家たちが文学をどういうふうにとらえてきたか、いろいろな資料をあさってみました。たまたま昭和46年に出た『現代にとっては文学とは何か』(読売新聞社)という本を手にとって読んでみたわけです。それは当時の名だたる作家たち、文芸批評家たちのエッセーを中心に編まれた本なんですが、その人たち一人一人のエッセーのタイトルをここに挙げてみました。端的に文学を定義したものといってよいでしょう。「人間の多極性追求」、これは石原慎太郎さんの定義です。いろいろあるんですが、結局のところ、文学の有効性ということについては、ほとんどだれも考えていない。少なくとも文学の社会的有効性ということについては考えようとしていないんですね。昭和46年といいますと、安保改定の翌年、日本の大学に学園紛争の嵐が吹き荒れた時代です。まさに右上がりの時代、高度成長の時代、経済万能の時代にあたっています。そうした時代に、おそらく文学の危機という問題が囁かれていたのだろう、と思いますが、しかしおそらく現代とくらべるとその切迫感は比べものにならないと感じます。まだ、夢があった時代です。新潮社から、決定版ドストエフスキー全集が出るのは、それから七年後のことなんです。

 現代において文学の有効性ということを考えなければならない理由の一つは、それだけ文学が追い詰められているということの表れです。対社会的に文学のレゼン・デートルとは何かについて説明することを求められている。そこまで文学は追い詰められているということです。
 実際、昨年の終わり、国大協主催のマネージメントセミナーで大阪大学の鷲田総長が、「ゆれる人文学研究」と題し、非常にペシミスティックな調子で講演をなさいました。文学という、あるいは人文学が置かれている危機的な状況です。人文学とは何か、人文学を社会にどう還元するかという問題ですが、正直言って歯切れが悪かったですね。内容ではありません。そのアピールがどれぐらいリアリティを持ち得ているか、という点に鷲田さん自身も、全的な確信が持てていなかったのではないか、揺れているのではないか、と感じました。結局、それは今、ほとんどの文学研究者が共有している不安でもあるわけです。
 そこで、文学の有用性をめぐって、たとえばロシアではどんな議論が展開されていたのか、と考えたわけです。それがきわめて単純なんですね。
 例えばレジュメの4ですが、ロシアの歴史における「文学の国民化」がどのようなプロセスをたどったかということです。皇帝政府内では、文学をいかに国民的なものとして定着させるかという政策面からの議論が、19世紀の後半から急激に高まってきます。ロシアが、いわゆる農奴制を廃絶し、資本主義化の道を歩んで、いわば西側といいましょうか、西欧との文化的な異種交配を加速させていく時代です。当時は、西欧派とスラブ派の二つの陣営がロシアの思想界を二分していました。一方的にロシアの古きよき文学的な伝統といいましょうか、現実の鏡、人生の師たるロシア・リアリズム文学の伝統があり、他方で、西欧の世紀末文学が流入しつつ、この古い伝統と衝突し始めるわけですね。西欧化という大きな流れのなかで、いわば皇帝政府のサイドから、ロシア文学史の教育が非常に強まってくるんですね。
 私たちの現代の視点からは想像もつかないことですが、19世紀前半までのロシアにおけるロシア文学の教育というのは、基本的に修辞法、文学理論の教育だったわけです。文学の教育史、文学史に対する教育というのはありませんでした。なかったということは、言ってみれば、皇帝政府から見て、教育に値するほどの確固たる文学の伝統はなかったということでもあるんですが、それが、いわゆる資本主義化によって、現代ならばグローバル化という流れの中で西欧化されることの危機意識からロシア文学史への回帰が起こってくるわけです。それは愛国心、ナショナリズムを鼓舞することを目的とする文学の教育でした。
 貝沢哉という早稲田大学のすぐれたロシア文学者が、こう書いています。「文学を国民だれもが共有し誇るべきナショナルな価値と見なし、もともとばらばらに存在するにすぎなかった個々の文学作品を、民族の歴史的発展と伝統の一貫したパースペクティヴのなかに位置づけて規範化しようとする」。これが一つの国家のプロジェクト、国家の文芸施策として、19世紀後半から20世紀の頭にかけて行われるわけです。
 では、ソビエト時代になって、文学の教育はどう変化していったのか。結局、西側の文学や文化は、いわゆるブルジョワ、デカダンの退廃文化として排除されたり、遮断されたりする。と同時に、帝政時代に築きあげられた自国の文化的な伝統を、社会主義という理念や枠組みの中にどう取り込んでいくか、が模索されはじめる。こうして、一種の文化防衛的な視点から自国の文学教育ということが行われていくわけです。
 しかし、何も西側の文学がすべてブルジョワ、デカダンとして一蹴されたわけではありません。例えばマクシム・ゴーリキーという人が、ソビエト科学アカデミー内に設立した世界文学研究所の存在がそれを物語っています。西側の古典文化でも、人類的視野から普遍であり、社会主義の理想と背馳しないとみられる文学を選別し、翻訳し、研究する、ということが行われていくのです。ソビエト時代に刊行された世界文学大系はじつにみごとなものです。
 実は、あまり知られていないことですが、ソビエトという時代は、文学中心主義と言われるぐらいに、文学という学が、非常に大事にされた時代なんです。文学至上主義といってもよいでしょう。今もってソビエト、現在はロシアですが、においては国語と文学というものが切り離されているという現実があるわけですね。なぜか、その理由は複雑ですが、なかなか示唆的です。しかも、文学すなわちリチェラトゥーラ(литература)という概念が、それが一つの単独した科目として教育カリキュラムのなかに入っている。これはソビエト時代から引き継がれた伝統といってよいでしょう。このソビエト時代の、いわば全体主義的な統制のなかで、世界の多様性、多極性、いわば限りない多様性の中から、エッセンスを、少なくとも社会主義という一つの理念に照らして問題ないとされる文化のエッセンスをうまく拾い出し、これをコンパクトに提示していくということが行われたわけですね。と、同時にそれは、少なくとも、現在叫ばれている教養教育の再考に大きな示唆を与えてくれると思うわけです。
 ソビエト時代の教育システムは、現代ではきわめて否定的なものとして受け止められている。つまり、ある種の文化統制であり検閲であるという見方がなされているわけですが、しかし、そのあり方が、今述べましたように、ソビエト時代の教養教育の根幹をなしていたという事実があるわけなんですね。選別の基準は、けっして褒められたものではなかったかもしれない。しかし、選別されたものは、確実に、歴史的に意味のある文化遺産であったといえると思います。現代においても、例えば、ある一定程度のレベルの人たちと話をしても、1991年以前の教育で育った人たちは、すばらしい教養を備えている。例えばシェークスピアにしろ、ゲーテにしろ、あるいはそういった我々が一般的に、ちょっと古い意味での教養と呼ばれるものをしっかりと押さえて生きている。どこに出ても恥ずかしくない程度の教養力といいますか、知の根幹部分をしっかりとおさえていますから、どんな相手とでも知的な対話を成立させられる、そういう側面があるわけです。
 結局、私が大学での教養教育をめぐる議論の中で訴えてきたのは、教養という概念の明確化であり、グローバル化時代における新しい「教養知」の構築でした。その場合、教養知の概念を構築するには、2つの軸を念頭に置いておく必要があります。まず、世代間のコミュニケーションのための教養知です。ここでいう世代間とは、何も私と前世代の若い世代といった通時的な概念に限らず、19世紀と20世紀の対話、あるいは18世紀と21世紀の対話といったそうした構造をもっているんです。と同時に、もう一つの共時的なレベルでの対話軸が必要とされるわけですね。しかし、まずは、通時的な対話軸、例えば父と子、例えば今の10代の人たちと我々の世代、団塊である我々の世代をつなぐ、ある種のコミュニケーションの道具としての教養知の概念を構築しなければなりません。そういうふうにして自分なりの教養教育のあり方を考えてきました。
 さて、現代における人文学振興のための方策ということで行われている、例えばGCOEのあり方なんですが、レジュメに記しておきましたが、昨年採択された1から12までのプログラムのなかで、それぞれの拠点リーダーたちがどんなことを言っているか、あるいはそれぞれのプロジェクトにおいて、その社会的有用性ということがどこまで意識されているかということを少し見てみたいなと思って、拾い書きしてみたんです。見ると、やはりかなり苦しいんですね。
 むしろ逆に、グローバルCOEに採択されたプログラムの中には、社会的有用性といったことを一切考えずに、つまり、もう前提ぬきに、社会的有用性などないんだぐらいの意識で、むしろそのプログラムの持っている独自性というところの中に、言葉は悪いですが、自己陶酔的にはまり込んで書かれている概要もあれば、かなりの程度、社会的有用性というものを重んじながら、それをアピールしながら、人文学の再興という視点を、足場に置いている。皆さんもご存じのように、今回のグローバルCOEの眼目は、研究者養成という点にあったわけですよね。しかし、その研究者養成というのは、必ずしも社会的な有用性とはつながっていないわけですね。つまり、一種メタレベルであるわけです。人文学という、そのものの学問からちょっと切り離された別のレベルにおける社会的有用性といってよい。
 では、実際、プログラムの社会有効性ということについて、それを推進していく人たちがどこまで意識しているかということで、例えば「死生学の展開と組織化」という東大の例なんですが、まず単純に「死生学」とは一体何なのかということを考えるわけです。これも極めて個人的なレベルにおける問題であると同時に、生と死の観念をめぐる一種の文化研究、さらには地域研究の一つのテーマともなり得るものかもしれない。しかし、それがそのままで収束してしまわないようにとの配慮のもとで、社会的な有効性が意識されているわけです。
 12の採択プログラムの中で、少なくとも理念の上だけで見るなら、社会的な有効性へのまなざしという点ですぐれているなと思ったのが大阪大学のプログラムでした。資料1をご覧いただきたいのですが、「人文学の社会的有効性にかかわる優れた総合的視点を提示したGCOEプログラムの例」というところです。プログラムのタイトルは、「コンフリクトの人文学国際研究教育拠点」とあります。しかし、実のところ、果たしてそれがどういう意味での社会的有用性なのかということは見えてこないんですね。これぐらい精緻に書き込まれてあっても、やっぱり難しいということです。他のプログラムは推して知るべしです。結局、社会的な有効性という概念そのものの定義がしっかりしていないから、そういう結論にいたるわけですが、逆に社会的な有効性の概念規定をはじめたら、おそらく最終的な決着を見ることはできないと思います。それぐらい、有効性という議論は難しいということです。そこから、結局のところ、根本的に、人文学というのは、非社会的有効性というところに居直ることによって、他者によって、あるいは外部からそれを発見してもらうべき、言ってみれば、ある種のゼロの形式とでも言うべきものなのかなというふうにも考えるわけです。

 今回の提言に関連して、私としては、『カラマーゾフの兄弟』の翻訳を例に挙げながら話してみたいと思うわけです。レジュメの6をごらんください。先ほども申しましたように、私が、21世紀グローバル化時代における教養教育の在り方に関心を持ち、そこに足場を求めるにいたった一つのきっかけとして現在の文学研究に対するつよい落胆と、それに適合できない自分の能力についての懐疑ということがありました。そもそも多くの文学者は、自分に才能はあるのか、きちんとした日本語力があるのか、国語力があるのか、あるいは日本語を十分にコントロールし、自分の直感なり印象なりを論理的に表現する力があるのか、ということを常に考え、迷い続けているわけですね。私の同僚で東京大学でスラブ文学文化論や現代文芸理論を教えている沼野充義という友人がいるんですが、彼の文章力、整理力、構築力というのは、ずば抜けて傑出していて、私がどう逆立ちしても勝てない。ここ20年以上にわたって、彼に対してはコンプレックスを抱きながらがんばってきたわけですが(笑)、なぜか彼は私のやっていることに対しては常に賛辞を惜しまない。亀山さんはすばらしい、と言ってくれる。むろん7割は、リップサービスと割り引いて考えていますが、うれしいことに、残りの3割はまんざらお世辞だけでもないらしい、と思えるところがある。沼野氏のカウンターパートとして私が持ちえている力って何なのか。そこで、一体自分が持っている文学の能力って何なのか、他人が自分に見いだしているものとは何か、を考える。ときどき折口信夫のとなえた二つのカテゴリー化が思い浮かぶわけです。それにしたがうと、たぶん、私は人よりも「類化性能」という点で多少とも優っているのかもしれない。その点、沼野氏は、ずばぬけて「別化性能」に優れた研究者ということになると思います。ちなみに言語能力というのは、さきほど「六法全書」の例を引きましたように、基本的には「別化性能」だと思うわけですね。そこで今回、自分は一体どこに足場を置き、自分の力はどこにあるのかということを考えながら、結局のところ、文学における先端的な知性とは何かということを考えはじめました。そうしたなかで、文学における先端的な研究、先端的な知性というのは、何も、高度な分析力や論理力に依拠しなければならないものではない、のではないか、という考えが浮かんできました。
 1870年代の後半から1990年代、いわゆるグローバリゼーションの波が本格化するまで、日本のいわゆる人文学、文学研究を席巻したのは記号論とポスト構造主義の理論です。私からみると、文学研究の根本は差異という概念、というか差異の探究によってすべての言説が成り立っているような印象を受けました。これはフランス文学が中心となって、ニューアカ以降のさまざまな人たちが活躍した時代の基本的な方向性といってよいものですが、そのニューアカ以降、とりわけポスト構造主義的な言説は、グローバリゼーションの暴力的な力によって徐々にインパクトを与えなくなる状況が生まれてくるわけです。しょせん、言葉のお遊びじゃないか、という本音が、いろんな方向から徐々に前面にせり出してくる。そこで、文学は、ひょっとすると原点に戻ったんじゃないかという気がするんですね。原点といっても、かなり時代遅れな原点です。その出発点となったのが、ポストコロニアリズムの批評研究です。ここには、くっきりとグローバリゼーションが影を落としている。いわゆる世界の二極化の構図が、たとえば宗主国と植民地という、ある意味で地政学的な視点に置き換えられていった。では、ポストコロニアリズムの時代のあとにくる批評は何か、ということです。あらゆる意味における世界の二極化に適合する新しい文学批評の形態は今後新たに生まれうるのか、という問題です。
 過去を振り返ってみましょう。例えば19世紀のロシアにヴィサリオン・ベリンスキーという文芸批評家がいて一時圧倒的な影響をふるいます。非常に古くさい、社会主義文学批評の祖とでもいうべき人です。ベリンスキーは、文学というのは、まずしい人たちを救う道具にならなければならないと、こういうふうに考えたわけですね。彼が生きた時代というのは、10パーセント以下の貴族と90パーセント以上の農奴たちという、きわめて明確な階級社会でしたから、ある意味で、グローバリゼーションのなかで生まれつつある二極化社会とどこか似ているとことがある。読者の層も著しく限られている。
 私の直感ですと、こうした歴史の逆行というのは、ある二つの未来的状況を暗示しているのではないか、と思うのです。

  1.  21世紀の現代における新しい文学的言説は、今述べたようなベリンスキー流の、いわゆる社会的な有効性といった地点に立脚したものに移行していく可能性があること。
  2.  文学の言説は、差異ではなく、むしろ強弱という観点に照らしたある意味でより単純化された枠組みをもつことになるということ。

 この2点です。
 私はロシア文学で、ロシア文学というのは、実は20世紀の初めにロシア・フォルマリズムという、あるいはバフチンという批評家が出ることによって、かなり精緻な文芸学というのが成立したわけですね。その流れの中からプラハ構造主義が生まれ、さらにレヴィ・ストロースたちの動きが出て、記号論、さらには構造主義、ポスト構造主義、こうつらなっていく、いわば20世紀の知の出発点がロシアのフォルマリズムにあるわけですが、フォルマリズム的な思考による文学研究というのは、1917年の革命をはさんで約10年間ぐらいしか続かなかった。それ以前と以降は、ある意味できわめてオーソドックスなスタイルでの文学批評というのがまかり通っていくわけです。その前半は、キリスト教的な哲学思想の流れをくむ文学批評、そして後半は、マルクス主義文学批評とでもいいましょうか。思うに、現代のようなグローバリゼーションの時代の、多極化と二元化という政治、社会状況のなかでは、精緻な学としての文学ではなく、たとえばマルクス主義批評のような分析格子があらたに威力を発揮するのではないか、という予感を抱かされるわけですね。これを、学の後退、知の退化と呼んで、そこに新しい意味を見いだそうとしないか、どうか。大いに議論すべきテーマだと思います。
 暴力やテロルに満ち溢れる現代における言葉というもののあり方、あるいは文学批評という言葉でのあり方というのは、ある種、非常に精緻な言葉の修辞というものではなくて、むしろパワーが問題されているのではないか。言葉の持っているパワーというものが読まれる力にならなければならないということですね。フランスの構造主義、ポスト構造主義の批評家たちといいましょうか、日本におけるすぐれた人たちを批判するつもりは毛頭ないんですが、その人たちの言葉が総じて力を落としているという状況があるわけです。インターネット上に氾濫するブログの書き込みの、いわば圧倒的な力の前で、その人たちの言葉の力というのは、相対的に落ちてしまうんじゃないか。そんな状況の変化を感じるわけですね。
 その中で、結局、私が提言した一つというのは、教養教育という中に、いかに先端的な知というものを織り込んでいくか。その場合の先端的知というのは、決して既存の方法的な枠組みによって裏打ちされたものでなくてはならないという、その前提は要らないということなんですね。それをやると、結局は最終的な知の理論化といいましょうか、精緻化というところに自己目的的に進んでしまうということがあるということです。
 結局は各個人の研究者の持っている極めて——ここにBと書きました、極めて個別的な想像力から明らかになる知の構造をどう評価していくか、ここの部分、つまり、紋切り型の克服、この紋切り型というのは、ポスト構造主義までの、ある種構造的な作品の理解というところを超えられない知のあり方。これを研究者個人の体験と想像力を他者のテクストを通して普遍化していくという、これは先ほど言ったことと同じなんですが、私が考える文学研究ということがここにあるんですが、そこにあるわけです。
 そして、その場合に「教養知」というのはどうなるかというと、対象をやっぱり古典というところに、いわば集約していくという。古典というものに対する集中的な文学研究の知の投資とでもいいましょうか、それを行っていくことによって、知のエリート化ということを防いで、全体として文学というものの営みを教養教育と結びつけていくという、これなんです。
 私は、東京外国語大学の21世紀COEの中ではほとんど自分なりに立場といえるものはなかったんですが、例えば名古屋大学とか京都大学で行われていたプログラムならば、一生懸命入り込んでいって、そこで自分がやってきた『カラマーゾフの兄弟』の研究も生かし、彼らの、つまり私以外の人たちの研究に対しても、かなり自分なりの文学研究における提言もできたのではないか、と考えるんですね。人文科学の高度化、というのは、拠点大学化という視点からはなかなか生まれないような気がする。ともあれ、私が願ったような枠組みが少なくとも外語大の21世紀COEには与えられなかったので、自分の研究テーマは何一つ発展させられなかった、むしろ疎外感のなかで研究しつづけてきたという状況があるということです。
 先ほどの「教養知」と最先端的研究という、この一つの実例というのを、自分に照らして提示したいと思うわけです。そこまで君はナルシストかとのそしりを恐れつつも、自分なりにひとつ言いたいことがあるんですね。私がドストエフスキー研究に入り込んだのは、この過去5、6年です。結局、ドストエフスキーの研究は、私の研究は今最先端だと自分なりに自負しているんですね、少なくとも日本においては。問題は、なぜそう自負できるか、という点にあります。私は、ロシア・アヴァンギャルド研究の後に8年間ほどスターリン文化研究に励みましたが、そのスターリン文化研究の構造をそのままドストエフスキー研究に持ち込んでみたわけです。そこでどういう発見があったかというと、例えば10代の後半、終わりから、大学時代から営々とドストエフスキー研究を積み重ねた人たちは、50代の後半になったら新鮮な想像力も何もすべて失っているんですね。ほとんどドストエフスキーのテクストになまで感動するということはない。テクストの細部から何か新しい真実を見出していくということがほとんどできなくなっていて、目新しい視点、発想はほとんどゼロなんです。
 それはほんとうかという疑問をお持ちになる方もいるかもしれませんが、例えば私がスターリン研究、スターリン文化研究から持ち込んだ一つの例を挙げると、独裁権力のもとで、20世紀ロシアの知識人たちというのは、いわゆる二枚舌という方法。これはロシア語でイソップ言語と言うんですが、いかに権力に対して自分の一種の良心というもの、つまり、良心に恥じずにストレートに自己表現したら当然粛清されるという構図があるわけですからね。で、優れた芸術家たちはみな、自分の芸術家としての良心をテクストの底に織り込ませるかということをやっているわけです。そうすると、例えばスターリン賛美のテクストを書いたにしても、その根底には非常にあいまいな何かが潜むわけですね。そこの部分というのは複雑な構造をなしていくわけです、今言った二枚舌の構造です。決して権力に見破られることはない。ただし、スターリン権力が終わった後には発見できるような構造として出すわけです。そうでないと実際に困ります。
 その二枚舌の構造のあり方というものをドストエフスキーのテクストに当てはめたらどうだろうか。すると、ドストエフスキーというのは、皇帝権力のもとで死刑宣告まで受けた作家ですから、当然、彼の文学のテクストというものも、やはり権力への賛美——権力への賛美というのは、皇帝賛美、ロシア正教賛美という形で出てくる権力賛美ですね、その賛美の下に、若い時代の彼が経験したユートピア社会主義者としての一面、革命家としての一面とでもいいましょうか、いわゆる反体制的な言説が、作品の内部にどのような形で織り込まれていくかという、この二重構造を見きわめる作業になっていくわけですね。
 ところが、そういう、ごくあたりまえに思えるような研究すらも、過去のドストエフスキー研究では全くやられてこなかった。芸術と権力、文学と権力といった、一種の二項対立的な枠組みのなかでの研究を、最先端と呼ぶのか、ロシア文学はやっぱり甘いんじゃないかというふうに思われている方も多分いらっしゃると思いますが、しかし、最先端の研究というのは、何も、精緻をきわめるテクスト分析やテクスト研究だけでなくていいんです。その時代の言説や社会状況に見合った研究スタイルがあっていいんです。パイオニア的な知、その知の枠組みをしっかり作りだしていく人が必要なのです。たとえば、グローバリゼーションがもたらした二極化という時代状況に見合った研究、その知的パラダイムを開発した研究を、先端的な言葉で置き換えて決して悪くないと思う……。外形だけを眺めれば、極めて単純な枠組みに見えるけれども、しかし現代における文学研究の枠組みを根本から変えなければ、いつまでたっても無用の学としての烙印を押されつづけるだけだと私は考えています。
 そしてそれでこそ、先端的研究と教養教育が手を結び合う新しい磁場が形成されると思うのです。例えばドストエフスキーという古典のテクストを大切にする。先ほど古典にすべてのエネルギーを、全体的な知的エネルギーを持ち込んでいかなければならないということを言いましたが、ドストエフスキーという巨大なテクストに対する知的な集約化とでもいいましょうか、そういうことをやっぱり提言したいですね。古典の教育と先端研究を一体化させるようなプロジェクトをつねに考えて行く姿勢が大切だと思っています。
 最後に、『カラマーゾフの兄弟』のベストセラーということの意味について、これは一つの現象であり、私個人とは関係ありません。翻訳がわかりやすいということで非常に激しく批判する人もいます。非常に胸が痛くなるんですが、しかし、今、現段階で66万部というところまで来ているんですね。おそらく今年の終わりまでには80万、来年にはおそらく100万部になると出版社は踏んでいるようです。それで、私は非常に大きなことをしたなと思うのは、少なくともドストエフスキーというテクストに関する限り、『カラマーゾフ』を読み上げた読者に対して、研究者のさまざまな発言がその受け皿となっているということなんです。事実、私はドストエフスキー研究者でもないのに、今、いろいろなドストエフスキーの本を書いてくれという要求があるわけですね。私は、同僚たちに、『カラマーゾフの兄弟』論を書いてくれと、どこでも出版社は出すから書いてくれと言っているんですね。そういう受け皿となる読者をいかに獲得するかということが、逆に言うと、今後、人文学研究の活性化というところに結びついていくだろう。それも私が目指している人間教育とか何とかということを超えた、一種の普遍的な「教養知」の形成に役立つだろうと考えています。
 最後、もう一つ、出版界の非常に悲惨な現状についてひとこと述べておきたいと思います。この出版界の悲惨な現状に対して、やっぱり何らかの対策を国はとるべきだと思っています。というのは、科研費にしろ、何にしろ、出版助成という形はとり得てないわけです。たとえば、基盤Aにしろ、Bにしろ、そのうちの一定程度は出版助成の形をとってもよいと真剣に考えています。これだけは切実に訴えたい。むろん、制度面で大いに問題があることはわかります。しかし確実にすぐれたといえる研究が寄与というレベルで終わってしまっている現状がある。一例をあげます。また、個人の例で申し訳ないのですが、2002年に、岩波書店から『磔のロシア』という本を出すことができました。たまたま大佛次郎賞をもらうことができた幸せな本なのですが、発行部数は1,500部しか出てないんですね。しかも、印税率3パーセントだったわけです。最初、亀山さん、9,000円でこれを出しましょうと言われました。印税率5パーセントということだと、9,000円ですよと言われ、ああ、9,000円じゃだれも買ってくれませんからやめてください。じゃ、印税率4パーセントならどうですか、七千幾らだと言ってくれたんですね。それでもだめです、答えました。で、こちらから、3パーセントならどうですかと言ったら、定価は、6,800円にまで下がりました。3パーセントなら友達何十人かには本をあげられるなと思って、そこでオーケーしたんですが、最終的にこの本は、4,000部まで売れました。しかし、それにしても、状況としてはひじょうに厳しいわけです。しかし厳しいのは、著者ではなく、出版社のほうです。
 例えば出版助成という形で研究者と出版社に相互に援助する。学術振興会にも出版助成のプログラムはありますが、採択数も少ないので望みは少ないですね。何らかの形でのやっぱり助成を、もっとお金を増やして、人文科学研究の本が岩波書店から仮に出る。岩波ばかりじゃなくて、みすずでも何でもいいんですが、出るようにする。そして、その場合に100万円とか150万とかいう単位で出版助成を与えるという、そのシステムを構築したい、すべきだと思いますね。私は東京外語大の学長として最初にやった仕事の一つが、出版会の設立であり、出版助成でした。学長裁量経費でこれをやります。
 報告は以上です。

【伊井主査】

 どうもありがとうございました。
 非常にさまざまな思いがこもっていたと思うのであります。初めは個体史といいましょうか、個人史から始まりまして、そこからの自己発見と申しましょうか、それを求めながら文学というものに疑念を持ちながらも進めていくということでございました。
 それと同時に、この委員会もそうなのでありますけれども、人文学をどうするかだとかというのは、社会的な有用性とか有効性というのを問うこと自体が人文学が追い詰められているんだというようなことでございましたけれども、根本的には文学というものは、やはりテクストを読む力、言葉の力というようなことをおっしゃったと思うのであります。
 そこから知的な集約がありますのが古典であるということでございまして、それから我々はどういうふうに理解をしていくのか。研究といいましても、どうしても有効性と有用性というものは個人に還元されていくところがあるわけでありまして、記号論だとかポスト構造主義なども出てまいりましょうけれども、しかし、どんどんと文学理論とか、文学に対する考え方は変わっていくわけでして、そこに常時、テクストとしての、古典としてのテクストは永続していくわけでございましょう。そこから我々は何を読み取っていくのか、どういうふうに解釈していくのかということが非常に大事になってくるだろうと思っております。
 同時に、最後のほうでおっしゃいましたことですけれども、古典への回帰と申しましょうか、初めに「時の人」と申し上げましたけれども、新しい訳としての『カラマーゾフの兄弟』が68万部という、ちょっと我々の世界では信じられないような現象が今起こっている、これは何なんだろうかということを思っているわけです。
 同時に、今、ご出版なさったのが8,000部というのが、これも私などの世界では驚異的な数字でありまして、例えば私どもの世界では、研究書を出しても300部とか500部だとか、これも出版助成をもらって出す、そしてほとんど自分で買い取ってお送りするというぐらいのところがせいぜいでありまして、そういう深刻な状況、出版界、これはまさに文化というものの衰退にもつながってくるんだろうと思いますけれども、そういうさまざまな観点から今お話をくださいました。どの観点からでも今日よろしゅうございますので、できるだけ多くの方々から、ご自分の立場を通して、また普遍的な立場からご発言いただければと思っております。どうぞよろしくお願い申し上げます。
 どうぞ猪口先生。

【猪口専門委員】

 大変賛同するところがたくさんありまして、2つとりわけ、私、共感するところがありまして、国家モデルという言葉はあまりよくないと思うんですが、科学大国と教養大国の2本柱ということは非常にいいことで、もうちょっとオペレーショナルにどういうふうにやるかというのをデザインを深めないとかけ声で終わる可能性があるかなと、それについては非常に思います。
 それから、もうちょっと文学史的なことについては、私も批判的知性ではなく共感的知性の創生のため、日本の場合は共感的感性だけで文学がなっていたみたいなところがないでもないかなという気がしているので、必ずしも賛成しないんですが、あまりほかの人の何かを批判でやる、フランスが多かったのかどうか知りませんけれども、そういうだけじゃない、共感的知性——知性というのは僕もどうかと思うので、必ずしも文学で知性というわけじゃなくて感性のほうなので、ちょっとわからないんですが、そこら辺、大きくやってほしいと思います。
 それで、私は、この2つの柱のおっしゃったことに大賛成なんですが、提案したいことは、日本の外国語教育というか外国文学教育、ぐちゃぐちゃになっている上に外国語教育はあまりよくやってない。卒業しても、てんで大したことない人が多い。それから、私自身もロシア語も1週間に6遍ぐらい、二、三年とったことがあるのでよく知っているんですが、やってもあまり上手にならないって人のせいにしているわけじゃないんですが、何か上手にならないというのがあって。それから、先生の多くは、ほんとうにおっしゃるように、文法というわけじゃない、言語学的な興味がやたらと多いというので、ちょっとどうかなというのが一つですね。
 それから、もう一つは、文学とか言語をやっている人、とにかく日本語だけで書き過ぎというのがあるんですね。それから、現地語で書くというんですが、現地語といったら、日本語よりも読む人がもっと少ないところばかり書いてもどうしようもないので、やっぱりやらないと教養大国に絶対なりっこない。ニューヨーク・タイムズなんかに文化大国のベストセラー何とかというのがあります。日本はニューヨーク・タイムズには国として出てこなくなった。どうしてかというと、10年前だか15年、僕は見たんですね、『少年ジャンプ』とか、あんなのが日本ではベストワンになって、あっちは『カラマーゾフ』じゃないけど、ベンジャミン・ディズレーリの伝記とか、みんなトップとか何かなっているわけですよ、イギリスとか、アメリカとか、フランスの何とか。日本は教養大国どころかノーですよ、ないんですよ。
 だから、僕は外国語というか教育、根本的に、外国語をやっている大学は全部だと思うんですが、僕は教員をすりかえるぐらい頑張らないと教養大国はできないと思う。外国語がちゃんとできないんです。それは言語学的な興味としてはいいけれども、文学的興味とか、人間的な興味という、人文学的興味というのは、外国語がちゃんとわからなければだめだと僕は思う。それから、人文学の人が学術的論文をというか、著作を発表されるというか、英語で何パーセントぐらい書いてくれないと困ると思う。『少年ジャンプ』でベストセラーだといって恥ずかしくて出せなくなって、ばかばかしいからニューヨーク・タイムズも日本を載せるのをやめちゃった。それはほんの最近のことですよ。この10年だか15年のこと。そこをちょっとしてもらって、アマゾンUSだけじゃなくて、UK、アマゾン・ジャパン、コンバインドしても、日本で存在さえ気づいてないみたいなのが出て、それがベストテンになっているわけです。
 だから、僕は、おっしゃるなら、オペレーショナルする、何かもうちょっとほしいなというのが、とりわけ教養大国の柱にする。出版会というのもいいですが、出版助成というのもいいですが、日本語から英語という、あたかも攻勢的であるかもしれんみたいに見えるけれども、あれは受動的なんです。むしろ英語の本を書け。それで日本語からじゃなくて。とりわけ理科系のほうは英語だけで書いて論文なんかあるんだけど、それを日本語の本にするとか、そういう方向も重要じゃないか。
 そうじゃないと、お医者さんはみんな立派な論文を書いているんだけど、国民の医療に対する意識なんか全然上がらない。日本語を英語とか、日本語でやるというのが、出版界を考えるとものすごく重要ですけれども、何かそういう教養大国という点から、人文学をやっている人のすさまじい現実というんじゃなくて、全人類に普遍的な人文学の仕事を出し得るような教養大国にするにはどうしたらいいかという観点から出版界のあり方とか、文部科学省のあり方とか、それから大学のあり方とか、外国語を教えている学部のあり方とか、そういうふうにもうちょっと壮大に考えたほうが、僕は『カラマーゾフの兄弟』があんなに売れるのと同じく売れると思います。ヒットすると僕は思います。勝手なことを申しました。

【伊井主査】

 ありがとうございました。
 今、教養教育といいましょうか、そういう観点から文学の知性というのが問題だとか、外国語教育ということで、いろいろ普遍的におっしゃったんですが、これについて何かご意見ございますでしょうか。

【亀山東京外国語大学長】

 今、最後のところなんですが、極端な言い方として、つまり、大学で文学研究をしている先生方の、ある意味での文学的知性といいましょうか、教養というか、それが問題なんだと思うんですね。私はこれまでいろいろな編集者とおつき合いしてきましたけれども、編集者たちの知性というのはものすごいんですね。それにはもちろん理由があります。たとえば、新書ですと、年間に十何冊ぐらいつくっていくという作業を長い期間つづける。単行本ですと年間に6冊ぐらいでしょうか。著者の原稿を何度も何度も、まあ、3稿ぐらいまでは見るわけですよね。その仕事を20年やるとすると、その人たちがつくり上げた、持ち得る知性、教養というのにはかり知れないすごさが生まれて当然だと思うのです。すぐれた編集者というのは、ほんとうに日本の教養のかがみ、日本の宝だと思うんですよ。ところが、そうした出版の現場から一たん大学の世界に戻ってくると、これが、ほとんど会話が成立していない。大学の先生同士で教養ある会話というものに出会ったためしがない。ほんとうに不思議だと思います。
 そういう惨状を知っているので、私は編集者の方とお酒を飲むのが一番楽しいということになってしまうんですが、さて、この発言がどういう役に立つか。たとえば、「『カラマーゾフの兄弟』続編を空想する」という本を書いたときは、非常に面白かった。『カラマーゾフの兄弟』のゲラのやりとりが凄まじかった。中には5校まで行きましたので、ご想像いただけると思います。毎回毎回お酒を飲みながら、ゲラのやりとりをし、内容について意見交換をする。私と同年の編集者で、カッパ・ブックスでベストセラーをつくった方なんですね、『知恵の体操』とかいう本です。

【伊井主査】

 『頭の体操』。

【亀山東京外国語大学長】

 そう、『頭の体操』をつくった。その編集者と話す内容の高度さというのは、そんじゃそこらの文学シンポジウムを超えている。それぐらいの議論ができる人が出版界にはうじゃうじゃいるんですね。光文社というとカッパ・ブックスのイメージがつよくて、『カラマーゾフの兄弟』を出すに際しては、少しばかり躊躇はあったんですけれども、その編集者と出会ったときに、この人なら一緒に仕事ができる、すべてを任せられるぐらいの確信を抱きました。つまり、そのあたりで眠っている人たちが死なないようにする。光文社はまあ大出版社ですから、編集者がつぶれて路頭に迷うということはないでしょう。しかし、じっさいに仕事の量と待遇が見合っていないところが少なくないと思いますね。とくに中小となるとかなりひどいようです。そういったところで国が何らかの手を打つということも大事じゃないかなと思うんですよね。現場から切実に感じていることです。今の質問の答えになっているかどうか……。

【伊井主査】

 ありがとうございました。どうぞ。

【今田専門委員】

 今、猪口先生との関連で、ちょっとあれなんですが、教養大国と科学大国という分け方で、いつも不思議だなと思うことがあって、教養といって、教養科目といってイメージリングをするのは人文学とか古典とか。自然科学は教養ではないんですかね。

【亀山東京外国語大学長】

 いえ……。

【今田専門委員】

 という感じがあって、その辺、どうお考えになっているか。やっぱり自然科学だって教養的素養というのはとても大事だと思うので、その辺のバランスをどうするかというのが一つあると思うんです。
 それから、特にこの20年ぐらいで電子メールとか、そういうのが普及して、情報化もどんどん進んで、それは一つ確実に言えることは、今までの近代社会では、ディスカーシブというか、言説というか、言葉といいますか、それがやっぱりものすごい力を持っていたんです。言葉で五感を全部説明する、においも五感の嗅覚も味覚も何とかも。ようやく視覚、聴覚がメディア化できて、どんどん進んで、今は嗅覚も原則的にできますよね。においがメディ化されて原理的にはできるんですが、それから触覚もメディア化できる。若い人はみんなそっちにものすごく反応するんですよ。やっぱり言葉はかったるいんですよ。
 五感で感じとるほうが早いと。これは教養と呼べないのかという気がちょっとあって、このレベルの教養というのは何なのかなというふうに考えることも重要じゃないかと思っていまして、一種の、私なんかは美意識のルネサンスが起きているんじゃないかと。要するにスーザン・ソンタグという人が、たらたらたらたら能書きばかり垂れている小説はもうだめですよという、要するにザッハリッヒに、脚本のト書きのように伝えなければ小説は生き残れないと言って、感覚の美学でおっしゃってますけどね。
 その辺からすると、『カラマーゾフの兄弟』がこんなベストセラーになったというのは何なんだろうと逆に理由を知りたいというぐらいになって、特に30代の女性が中心になっているというお話。もうちょっとベストセラーになっている原因が何であるかを調べられて、ほんとうに古典的な教養の問題として受けているのか。それとも、もうちょっとファッション的な感じの側面が強いのか。ちょっと分析されて見てみると、現代の教養のあり方の位相というか、フェーズというのが僕はちょっと違うんじゃないかな。
 僕も昔、大学のころにドストエフスキーを読みました。『白痴』とか、こんな厚くて、読んでいるとしんどいよ。能書きがものすごい長いでしょう。言葉が、会話が少なくて、うわーっと。これは寒い冬で家の中にいると、こういうふうな文章を書きたくなるのかなというような、僕はあんまり知性がないんですけれども、教養がないんですけれども、そういうふうに思ったりしたんですよね。それが何で今、先生が翻訳され直して、こんなになっているのかというのは、とても興味、関心があって、ぜひその辺のあたりも調べていただければ。ないし、現在思われていることがあれば、お伝えいただければと思うんですけど。

【伊井主査】

 ありがとうございます。教養とは何かという非常に根本的な問題とともに、ほんとうに古典への回帰なのか、古典発見なのかというご自身の自己分析というのをちょっとお教えください。

【亀山東京外国語大学長】

 最初におっしゃいました教養の概念というものですが、私が言っているのは人文学的な教養といいましょうか、文学的な教養ということになるんでしょうね。このレジュメにも引用した文学研究とは何なのかというところで、これはインターネット上から無作為に拾い出してきたデータなんですけれども、「文学とは人間です。文学研究とは人間を研究することです。」という言葉があるわけです。これは実は文学というのは、他の諸学に対してどういうスタンスがとられているのか、特権的なスタンスなのか、つまり上にあるものなのか、それとも並んでいるものなのか、このあたりの考え方の違いだと思います。私には、人文学は、根本的なところで諸学の上に立っているという、どこか信念ににたものがあるんですね。いわばその信念の中でやっているところがある。今おっしゃられたことについていえば、、メディア、あるいは物理学、医学、すべての学問の領域に教養ってあるわけですね。それについて、それぞれの領域での教養というものが、概念というものがつくられていくべきだと思うわけです。
 しかし、今、現代において、つまり、グローバリゼーションの状況が生まれる直前ぐらいまでと言っていいんですが、教養というと、どこかで人文学的な教養だと、あるいは音楽的な教養だという、そんなところに凝り固まっていた可能性があるわけですね。おそらく、現代のようにここまで情報化が進むと、私の言っているような人文学的な教養ではほとんど対話が成立しなくなるような時代も来るだろうと予感しております。ですから、今のご指摘を聞きながら、私は非常に古い価値観にのっとっているのかなという思いにかられております。しかし、古いけれども、でも、やっぱりそういう教養のあり方、あるいは教養のイメージというものは今後も長く残っていくのではないかという、そういう考え方もまた別の片方にあるんですね。
 もう一点、『カラマーゾフの兄弟』がなぜそんなに売れたかということを僕も何度も何度も反すうし、考えました。そのうち、かなりステレオタイプ化された答えに傾きかけたので、これはまずいと思い、あるときにちょっと発想を変えて、読みやすいとか、読みやすくないとかいった表層的な問題とはあまり関係ないだろうと思うようになったんです。実際に手にとると、やっぱり読みやすいということはわかるんですが、読みやすいということで逆に激しく批判する人がいるんですね。インターネット上でも、私の翻訳は犯罪であるとまで書く人がいるくらいです。他方で、やっとこれで『カラマーゾフの兄弟』を読むことができた、世界の隅々まで知れたみたいなことを書いてくださる人もいる。しかし、根本的なところは、読みやすさが最大の理由かというと、そうでもないかもしれないと思っている。
 最終的に、今、私が用意している答えというのは、こういうことなんですね。つまり、このブームというのは、あるメディア、幾つもの、雑誌、テレビ、ラジオは、それをあずかっている人間がいるわけですね。その人たちが、問題に対して何らかの関心を持たなかったら絶対メディアからネットワークは生まれてこないわけです。一種ハレーションと言っていいものが起こっている。現段階で起こっているのは、やっぱりハレーションとしかいいようのないものなんですね。つまり、線で確実につながってなくても、ある種のハレーションによってつながるような状況がある。しかし、六十数万部といいましても、第1巻は20万部ですから、手にとっている人はせいぜい20万人なんですね。新潮文庫の『カラマーゾフの兄弟』の兄弟も含めて、最後まで読み通している人は、おそらく10万人ぐらいじゃないないでしょうか。日本の人口からすれば、ほんとうに少ない数であるわけです。
 しかし、このごく少数の人々のなかに、おそらくメディアをあずかっている人たちとか、あるいはいろいろな企業のトップの人たちも含まれているわけですね。いろいろな話を聞くと読んでいることがわかったりして、つまり、かなり影響力、メディア面でも、あるいはさまざまな面で影響力を持っている人が読み始めているということは、それはネットワークを握っている立場の人間であるから2倍にも3倍、あるいは10倍、100倍にも広がっていく可能性があるわけです。今、その一部の現象が起こっているということだと理解しています。それなら、そのメディアをあずかっている人たちが、なぜ『カラマーゾフの兄弟』に興味を持っていたのかというと、それはドストエフスキーというある種の文学上の一大ブランドということがあったと思います。
 もう一つ言いたいのは、『カラマーゾフの兄弟』には、たしかに世界文学の最高峰というレッテルが貼られてきましたが、それ以上の何ものでもなかった。『カラマーゾフの兄弟』が「父親殺し」という極めて根源的な、現代に通じる、通底する、テーマを扱っているらしいという情報がそこにつけ加わるまでに何十年とかかってきたわけです。つまり、ドストエフスキー作『カラマーゾフの兄弟』というタイトルは知っています。そこからさらに、何十万人の人が、『カラマーゾフの兄弟』は「父親殺し」を扱っていますよということを知るまでには何十年かかっているんですね。いや、かかってきた。しかし、インターネットの時代に入って、第二段階での情報が付加されるまでに時間がかからなかった。もしインターネットがなかったら、ここまでは広がらなかったと思います。次に、第三段階の情報がそこに加わった。もう一つのモメント、『カラマーゾフの兄弟』がミステリーである、という情報です。これもインターネットによって加速的に広まっていった。
 1990年代の前半までは、いかにすぐれた翻訳があっても、『カラマーゾフの兄弟』というのは本屋で並んでいる文庫本の1冊にすぎなかった。本屋さんに入って、文庫コーナーの前にたち、『カラマーゾフの兄弟』を前にしても、それが「父親殺し」を扱った「ミステリー」でもあるという連想は全く働いていないということです。今はおそらく本を買う人以外の何十万人という人が、『カラマーゾフの兄弟』は父親殺しを扱っている、ミステリーだということを知っている可能性があるんですね。それが大事なんです。将来的には、おそらく何十年たてば、読む人はもっともっと増えていくだろうと想像されることで、現在の『カラマーゾフ』の現象は、想像以上の効果が将来的に生まれるだろう、と予想しています。

【伊井主査】

 今田先生、よろしゅうございましょうか。文学というのは諸学の上に立つという位置づけだとか、メディアの影響といいましょうか、それは基盤的な教養というものが背景にもあるんだろうと思いますけれども、そういうことでございます。
 どうぞ。

【伊丹専門委員】

 後で発言しようと思っていましたけど、あまりにもおもしろいので。私、経営学という分野の研究者でございまして、私の分野に近い実業の世界で株式市場のストラテジストと呼ばれる、動向を読むということを仕事にしている人たちが結構世界中にたくさんいるんですが、そういう人たちの中で非常にすぐれた人が実はオックスブリッジの卒業生が多いと、オックスフォードとケンブリッジ、というおもしろい現象が時々取りざたされる。実は亀山先生の今日のお話は、それと通底しているんじゃないかと思ってお聞きしていたんです。亀山先生が4ページ目で極めて個別的な……、Bという先生がとられた方法論、おっしゃる個別的な想像力から明らかになる知の構造、そういったものを他者のテクストを通して普遍化するとおっしゃっておられる。ここに何かものすごく大きな鍵があるんだろうな。
 実はオックスブリッジで古典の教育を受けるということは、人間というものはどういうふうに動くものであろうかとか、その人間と人間がどういうふうにつながり合って、どんなダイナミズムが社会の中で、家族の中でもいいんですけど、起きてしまうであろうかということの知の構造を持った人が、実は小説でもギリシャ古典でもない世界の株式市場の欲望に満ちた人間たちが動き回る世界というのは、実はシェークスピアと似ているとか、何かそういうふうに考える人が実は一番当たるんじゃないのかなと。世界が読めるという。何かそういうところがどうも背景にあって、その知の構造みたいなものが共感を呼ぶから『カラマーゾフの兄弟』は売れるのかな、何かそんなふうに感じました。それが成功を得た理解かということを聞きたいのが一つと、もう一つは、今の問題と深く絡むと思って私お聞きしたいんですが、結構深い絶望感の中におありになったときに戦術を転換されて、多くの読者を獲得するという方向に行かれたというのは、結局、他者の共感とつながりたいという、そういう話だったと理解していいんでしょうか。その2つです。

【伊井主査】

 何かそれにつきまして。

【亀山東京外国語大学長】

 つまり、今、諸学の上に立つ文学ということは申し上げて、それを言ってみればトレースする発言でもあるのかなと考えるわけですね。今のことを学長職と絡めて申し上げてもよろしいでしょうか。私が学長になるときに、亀山のようなナルシストで、文学といっても、結局は自分のことばかり書いている——自分のことをナルシストと思ったことは一度もないんですが、ああいう男が学長などやったら大学がめちゃくちゃになるという怪文書みたいなものも回ったわけですね。
 しかし、実際、学長になるまでに2年間、私は学長特別補佐というのをやって、じっと傍らから見続けてきたんです。見続ける過程の中でじつは1冊の本を書いたんですね。それが『大審問官スターリン』という本で、スターリン時代の検閲権力と創造的知識人の戦いのドラマにスターリンその人の伝記をつなぎあわせたものなんですが、このスターリンの伝記の部分は、ある意味で普通の人間が権力の頂点に上りつめるまでのプロセスを描いていったわけです。じつはこの本を書きながら、どうやってスターリン時代をイメージしていたか、ということなんですね。現場的想像力をどうやって自分なりに養ったか、というと、じつは、スターリンを前学長の池端雪浦先生に当てはめ、二重写しにしながら、執筆を進めていったんです。権力とは何か、権力者って何だろうとずうっと考えながら、学長特別補佐をつとめていました。池端先生の名誉のために言うなら、池端先生は、ものすごく緻密にものを考える、すばらしいヒューマニストでした。しかし問題は、権力そのものの意味、権力機構そのもののメカニズムを知ることにあったのです。役員会といって、私は学長補佐ですから発言権はゼロなんですが、ずうっと役員たちの発言を見守っていたんですね。そうすると、役員会が、なぜかスターリン時代の政治局に見えてくるわけですね。これは、おそらく権力機構というメカニズムに普遍的な何かがあるのだと感じました。そしてこの本のタイトルに「大審問官」とつけた理由というのは、ドストエフスキーのまさに『カラマーゾフの兄弟』です。とくに第二部の「大審問官」のテクストとスターリン時代と重ね、なおかつ外語大の大学執行部の意思決定プロセスなどを傍から観察していたわけです。そして、実際に学長選に出るとき、自分に学長職はつとまるという確信をもって臨んだわけです。その確信とは何かというと、自分は人間を知っている、人間がわかっているという確信です。傲慢のそしりを受けるかもしれませんが、そういう確信でした。人間同士がなんらかのコンフリクトを起こしたときでも、絶対解決できるという、そのコンフリクトを解消する言葉を自分は持っているという確信が生まれてきたんですね。
 どの大学も、ふつうの企業と変わらない会社組織としての一面があり、目にみえないかたちでのハラスメントが生まれているわけですが、それというのは、結局のところ、人間と人間同士のぶつかり合いなんですよね。ある意味でドラマです。例えば恋愛一つとったって、根源的な意味ではハラスメント的な状況から発している場合が少なくない。小説の世界では許されるものが、現実社会ではけっして許されない。小説はすべて、それを許して書いているわけですよ。むろん、登場人物たちはそのために罰を受ける。文学好きな人間は、そうしたドラマを無数、間接的な経験として知っているわけです。『カラマーゾフの兄弟』も、そのすべてを描いている。そういうのを見て、そのとき作家はどう書き、どういう言葉で表現していることを見ていくと、やっぱり世界といいましょうか、同じ人間社会である大学におけるコンフリクトが何なのかと見えてくるんですね。それはドストエフスキーのテクストにおいてあらかじめ見聞できたドラマと言っていいと思うんです。
 つまり、人間同士のコンフリクトを原型的に描いているのが古典ですから、古典を読むという行為をとおして人間はぜったいに強くなれるはずなんです。小説というのは基本的にコンフリクトですから、そのコンフリクトを回復する最も基盤的な想像力さえ持っていれば、現実のレベルにおいても問題解決に当たれると考えるんです。ですから、企業のトップや、会社の経営者にはぜひともドストエフスキーを読んでほしいと思うわけです。べつにドストエフスキーじゃなくてもいいですが、古典、シェークスピアでもいいでしょう。古典を読んでおけば、何かが起こったときに、どこに問題の本質があるか、ということがとっさに判断できる。この判断力というのは、やはり文学から生まれるんじゃないかという気が漠然としているんです。

【伊丹専門委員】

 それは社会的有用性になりませんか。

【亀山東京外国語大学長】

 それは面白い指摘です。有効性、有効性ということでしょうね。

【伊井主査】

 ありがとうございます。
 文学の力といいましょうか、そこから生まれるイマジネーションという、今、亀山先生が現実の大学の世界と重ねながらおっしゃったので非常におもしろく思いましたけれども、何かそのほかに。どうぞ。

【小林専門委員】

 『カラマーゾフの兄弟』というのがベストセラーになっているというのは、ほんとうにすごいことだなと思うんですけれども、今、日本人はあらゆるところでそういう現象があるんじゃないかなと思うんですね。非常に情報量が豊かで、いっぱいいろいろな情報で、上辺のものに飽きてきちゃっていると。だから、歌でもプロダクションがやって、ちゃらちゃら、ちゃらちゃらというよりかは、ストリートの本物が出てくるとかですね。ちょうど先生のさっきの出版社がほれ込んで出しているというようなところを聞いて、朝日新聞の土曜版だったか、コブクロを売り出した人がストリートで聞いていて、これにすごく感動した、だから売り出したと。これでバッと一般受けしたというようなところなんかとも——随分次元が違いますけれども、似ているんじゃないかなと。今、いろいろな情報が豊かだから、ある意味で本物を求める今時代になっているんじゃないかなと。だから、それを上手に伝えれば、ものすごいいろいろなパワー、教養大国と先生は言われているけれども、そのとおりだと思うんですね。
 だから、この学術審議会のここのところでも、そういう本物をわかりやすく、それこそ売れなきゃどうしようもないという先生のそれもそのとおりだと思うんですね、伝わらないですから。でも、伝えてもらいたいという人たちは、今、非常に多くなっているんだろうなと。そういう時代背景をとらえて、この学術審議会も、そういう仕掛けをうまくやっていくというのが一番大事じゃないかなと感じた次第です。

【伊井主査】

 ありがとうございます。小林先生。大学の責任者として、大学の教養教育というものと文学教育というかかわりで何かお考えであればお教えいただければと思います。

【小林専門委員】

 そうですね。私も理事長、学長をやっておりますから中小企業の経営者ですから、経営者の立場から言いますと、ある程度売れるものをつくらないかんとか、生徒がほんとうに来ている講義をやらなくちゃいかんとか、そういうのはあるんですが、意外と今、自己評価だとか、先生の評価もいたしますね。だから、人気とりの先生はあんまり人気ないということも言えますよね。本物の授業をしている、何か陰気くさいんだけれども、あの人、すごい研究者、私は全然わからないんだけれども、研究者だぞという人のほうがやっぱり人気があると。そういうところがあると思うんですね。だから、教養教育も上辺だけではなくて、ほんとうに学生に感動を呼ばせるものをどうつくっていくかというのが一番大事だと思います。それは単に今これが流行しているからとか、ポップカルチャーだからポップを教えるとか、そういうことの人気とりは、まあ、入試のときはやるかもわからないけれども、中へ入った人には、そういうふうなことはやりたくないなという二面性を持ってます。

【伊井主査】

 ありがとうございます。非常に根本的なことだろうと思っておりますけれども、何かほかにご意見。どうぞ、中西先生。

【中西委員】

 非常におもしろく聞かせていただきまして、私、文学とふだんあんまり関係ない世界にいるんですけれども、多分、文学とか芸術とか、すばらしい価値のあるものは、やっぱり追い詰められたというか、非常に厳しい中ですぐれたものが出てくると思うんですね。現代は何となく楽に生きれる側面もありますので、そういう厳しい条件下に読みながら自分を置いて、やっぱり共感して考え方を養っていくのは非常に大切な教養教育だと思うんですね。何をするにしても、例えばそれがどう社会に役立つのかとか、社会とどう向き合うのかとか、人はどう行動するかというのは、やっぱりそこで古典においてわかるのではないかと思います。
 それを学生にどう教えるかというのが非常にテクニカルなことかもしれないんですけれども、どうやって教養力を高めるかというのはすごく難しいと思うんですね。私は、もちろん古典の本を読むのが一番いいと思うんですけれども、せっかくメディアが発達しているので、インターネットに乗せるとか、いろいろな方法があると思いますので、それは本質ではないかもしれないんですけれども、読者をどういうふうに増やして、かつ学生を教育するかというのは、ぜひ考えていっていただきたいと思います。

【伊井主査】

 何かそれにつきまして。

【亀山東京外国語大学長】

 一言、『カラマーゾフの兄弟』は漫画が出たんですね。実は先週の木曜日から今週の月曜日にちょっとロシアに行ってきまして、ロシアを代表する4人の知識人の方のインタビューをしてきたんですけれども、ホテルで退屈したときにでも読もうと思って、成田空港で『カラマーゾフの兄弟』の漫画を買いました。で、ホテルで読んだのですが、これはなかなかよくできているんですね。じっさいに小説で読む前に、まずこの漫画をウォームアップしてほしいと思ったぐらいよくできているんです。
 例えばそういう取っかかりというんですか、それも大切なんですね。『カラマーゾフの兄弟』はミステリーですけれど、犯人は最初からわかっていてもいいんです。表層的レベルで犯人はだれか、ということはじつはどうでもいいんですね。小説を読むという行為にはもっと根源的な何かがあります。つまり、読書という経験は、まあ、この場合は翻訳ですけれども、翻訳で外国の小説を読むという経験は、ある意味で非日常的な経験になるべきものです。非日常的な経験は、若いときに経験できればそれにこしたことはありません。私の例でいいますと、中2のときに『罪と罰』を読んだんですが、そう、ちょうど金貸し老婆が殺害されるシーンを読んだ翌朝、私はもう完全にラスコーリニコフに乗っ取られていました。自分が逮捕されるんじゃないかという恐怖におののいたほどです。最近、『下野教育』という栃木県の教育雑誌にそのときの経験を書いたんですけれども、乗っ取られる経験ってあるわけですね、つまり同化、同期する、シンクロナイズするという。つまり、文学によって、現実には経験できない非現実的な体験を一応かりそめにも積むことができるわけです。これは映画ではできない。文学独自の、言語を通してできる経験です。しかも、言葉に対してまだすれていない若い感性を通して経験できる希有な何かなんですね。
 若い人たちが言葉に対してすれっからしになる前に何か動機を与えてあげなくてはいけない。漫画でもいいと私は思います、手塚治虫の『罪と罰』でもいいし、無名の漫画家が書いたものでもかまわない。それで何となくおもしろかった、というような経験でも全然構わないんですね。次のステップに進む契機となりうるものですからね。文学の力というのは、マンガとはやっぱり違いますし、何といっても言葉の力ですからね。
 しかし、さまざまな人間がいるんですね。文学を必要としている人間と、全く必要としていない人間といいましょうか、それは必ずいて、私にとって文学は命の次に大切なものですが、しかし、全然必要でない、必要でなくても幸せな人間はたくさんいますし、文学以外の高い能力を思うさま発揮し、その中でいろいろなことを学び、『カラマーゾフの兄弟』を読むのと同じくらい高い精神的な経験を積んでいる人もいるわけですし、しかし、文学を必要としている人は、確実に、おそらく日本の全体の人口の何パーセントかは占めていると思っています。ですから、いかに渡りをといいましょうか、道をつける。これが教養大国をつくる一つの大切な道じゃないかと思うわけです。

【伊井主査】

 どういうふうに古典でも文学でも何でもモチベーションを持たせるかということが大事なんだろうと思いますけれども、それは非常にさまざまなツールがあったり、難しい問題だろうと思いますけれども、中西さん、今のお答えで何かお考えになっていることはございますか。よろしいでしょうか。

【中西委員】

 はい。

【立本主査代理】

 教養教育に関しまして、出版のほうでは非常に成功をおさめられたということですけど、先ほど、教育のほうはちょっと挫折というか、そんなに成功しておられないとお伺いしましたが、教養教育というのはどういうふうにあるべきかということについてお伺いしたい。本を出せばいい、漫画を出せばいいというわけではないですね。

【亀山東京外国語大学長】

 はい。

【立本主査代理】

 そうすると、先端的研究と、それから教育と、そこのつなぎはどういうふうに先生のほうは考えられているのでしょうか。

【亀山東京外国語大学長】

 私が東京外国語大学に赴任して間もなく、総合科目という講義科目を一つ開きました。「映像と小説」というタイトルです。古典の名作を映画化したものを見ながら、原作との比較を行うというシリーズものの講義なんですね。わたしは、『罪と罰』なんかを見せたわけです。いろいろな先生が、いろいろな国の古典で映画化されたものを見せて、原作と映画の違いを解説する。そういう講義がかれこれ10年以上も外語大では行われていて、人気のものであるんですが、ただし、実際にはもう種切れになってきている状況があります。
 この講義科目をなぜ開いたか、というと、立本先生の指摘された教養と先端研究の融合という目的があったわけです。まず、学生たちの眠っている才能を掘り起こすという目的がある。私の場合、通常の教室の場で言葉を介してロシア文学史を、19世紀のロシアのロシア文学史を教えました。それが愛国心を育てるということにどれぐらい効果があったかわかりません(笑)。しかし、自分が何を考え、自分が何者であるかということを発見した途端に、文学的な能力というのは花開くと思うんですよ。事実、日ごろのんべんだらりんと生きている学生の中にも、何かのきっかけを通して才能の塊のようなものがバーンとはじける瞬間があるんですね。その数は、文学を志してくる学生の100人に1人、1,000人に1人かもしれませんけれども、そういうきっかけをつくる。教養教育というのは、言ってみれば、大衆教育であると同時に、隠された才能を引き出すことのできるきわめて有効な方法なんですね。少なくとも私が欲しているのは、才能です。
 しかし、才能というのは、非常に不幸なものでありますから、才能の芽がどういう方向に向かうかわからない。しかし、才能ある文学者というのは、先ほどの私の言葉で言うとこういうことであります。つまり、「人間と人間間、および人間社会の隠された多様性、多元性の発見をとおして、それぞれが与えられた存在のありかたと運命への認識を深める」という非常に抽象的なんですが、自分って一体何なのか。そこまででとどまることができず、その先へと突き抜けていってしまうという人間、それがやっぱり本物の文学研究者だったり、あるいは作家だったりするわけです。ですから、隠された才能への大きな期待をこめて、やっぱり教養教育が保証していかないといけない。
 この授業では、高度な専門的知識と研究の成果を、わかりやすい言葉で伝えていくことが可能なわけです。文学研究の先端性というのを、どこに見るかは異論があるところでしょうが、細かなテクスト研究は別にして、先端性の外形というのは、けっして複雑ではない。私はそう考えています。
 話はそれますが、大江健三郎さんをのぞくと、東大から大作家は生まれていないと思うんですよ、失礼ながら。しかし、無数の才能が東大に眠っていることは事実なんですね。教養教育が悪いからというんじゃなく、作家になることなんて極めて不幸なことだから、ただ単にそれを避けているだけのことです。文学に特別な価値が見出されていない。しかし、作家になろうという人たちには、それとはまったく別の執念が、生きるということとの想像を絶する闘い、あがきがあるわけです。それはもう決して世俗的なものを受け付けないわけです。
 私は、御茶ノ水にある文化学院という3年制の学校でかれこれ十数年教えてきたんですね。ほかの大学での非常勤をすべて断ってきましたが、文化学院だけは特別でした。才能ある作家の卵たちがそこで学んでいるんです。例の『蛇にピアス』を書いた金原ひとみさんは高等部の生徒でした。また、「漢方小説」を書いた中島たい子さんもここで学んでいます。しかし文化学院の歴史でもっとも傑出した作家といえば、辻原登さんですね。将来の辻原さんになれるかもしれないような、個性にあふれる作家の卵たちがものすごくいるんですね。教養教育がはじけるのは、じつはそういう未開拓な個性なんです。爆発するんですよ。そういうところから作家が育ってくればいいわけですね。しかし、東大でも、京大でもいいんですが、やっぱりしっかりとした教養教育をやっていただいて、大審問官的な将来のすぐれた統治者として、人間的な感性も知性をもった人材が東大から生まれてほしいと思っているわけです。

【伊井主査】

 ありがとうございます。
 基本的にやはり教養教育とは何かというところにもなるんだろうと思うんですけれども、才能を見つけるための教養教育なのか、もう少し違った側面なのかということもあるんだろうと思います。これまでのいろいろお話をお伺いしながら、ほかにどうぞ。どうぞ、井上先生。

【井上(孝)委員】

 今日は大変興味深いお話を聞かせていただきまして、ありがとうございました。
 私、教養教育というのは、放送大学の教養学部というものを考えていると、人間がいかに生きるべきかとか、人間そのものを考える教育として非常に有益じゃないかと思っているわけです。これは亀山先生がおっしゃるような文学的な意味で、総合的な英知としての文学の再発見という観点から今日お話しいただいたんですが、教養教育も、考えてみると、文学はじめ人文学と社会科学、あるいは自然科学、広範にわたって自分の人生をどういうふうに切り開いていくかとか、どう生きるべきか、あるいは世界をどう考えるべきかというような、そういう人生哲学的なものを考慮する上では教養教育は非常に重要だと思います。最近では教養教育と、先ほどおっしゃった総合教育的なものを学んだ後で自己実現するために何が自分に適性があり、また社会的な有用性があるか、貢献できるかということを考える上で教養教育は非常に有用だと私は思っておりまして、そういう意味で、専門職大学院は、まさに教養教育、総合的な教育を受けた後、そういうところへ進学すれば自分の適性なり能力なり自分の生き方というものを発見して生きることができると思います。文学も確かに自分が経験できない、歴史的な背景とか、異なる文化の中、そして、それぞれの考え方、生き方というのを疑似体験して、ある意味で自分ならどう考えるかということを考える上で、人間の生きる生き方を非常に文学というのは示唆しているんじゃないかなというので、今日はそういう意味で非常に先生のお話を感銘を受けて聞きました。文学を大学における学術研究として考えた場合に、そういう文学を専攻する研究者をどう育成するか、これは非常に大きな問題だと思うんですね。
 先生のお話を聞いていると、そういう文学的才能とか、自分の人生観とか、いろいろな幅広い学問分野の総合体としての文学として形成されていくと思うんですが、そういう意味で、小説家については、先ほどお話にあった文化学院ですか、そういうところで教えて、大学教育では必ずしも十分そういう文学に特化した教育はできないというお話があったと思います。そういう点では大学における文学研究の成果を教育にどう生かすかについてはどのようにお考えなのか、お教えいただければと思います。

【亀山東京外国語大学長】

 外語大の場合には26言語ありますので、ほぼ26の地域の文学、文化研究というのが行われているんですね。それぞれがどういうことをやっているかということとは別に、その研究者に果たして自分の研究を他者に伝える意思が、つまり、論文以外に口頭とか授業とか、そういう場で伝えるだけの能力がどれだけあるのかということに関して、少しばかり疑問を抱かざるをえないところがあります。これは東京外語大だけの問題ではむろんありません。総じて、研究紀要に発表された論文というのは、ほんとうに3人とか5人ぐらいしか読まれないと考える。しかし、例えば授業であれば100人とか200人単位で、例えば新聞であればもっと、あるいはテレビとかラジオであればということがあるわけですが、そこまで数を膨らませなくても、いかに講義の場で自分の研究の意味と重さと深さを伝えきる力があるかということ、そこが問われるべきだと思うんですよ。
 研究者はたしかにペーパーレベルの勝負こそ真剣勝負と考えがちです。しかしもしも紙媒体、あるいはそういったものがない場合に、この人は一体何が残るのか、と考え込んでしまうほど、教育力の欠如といいましょうか、を感じる人が少なくない。強調しますが、これはわたしの大学だけの問題ではない。しかし、大学の審査のときに、現実にほとんどペーパーだけで選ばれているということが起きているわけです。これはやはり問題だと思いますね。文学——まあ、私は文学しかわからないので、文学というのは、むしろ、いかに講義の場で口頭によって伝えることができるかという、いわゆるプレゼンテーション能力こそ問われるべきだ、と私は考えています。
 人間的に、何かその人の中に確かに伝えたい、つまり、共感力ということをさっき言いましたが、自分が共感するものを伝えたいという、ある種根本的な衝動というものを持っていればどんなにとつとつとした言い方でもしっかり伝わるものがあるだろう。学生はしっかりとそこのあたりの見極めができている。そして、そうしたたとえ拙劣でも、コミュニケーションへの強い意欲をもった先生のところに学生たちは確実に集まっていくという状況があるんですよね。ですから、一部の学生にはたとえそっぽを向いていてもいいから、しっかりと何かを伝えていく情熱というものを持ってもらえないものだろうかと常に思っているんです。教育への情熱というのは、まさに自分の共感力、伝える力であり、伝える情熱であるわけですから、研究能力もむろんそうですが、そこはやっぱり今後しっかりと問われるべきだろうと思いますね。

【伊井主査】

 ありがとうございます。

【伊丹専門委員】

 今の点に関して、この委員会の話題というか、職務である人文学の振興の政府としての方策に非常にかかわりがあることになると思いますので、ちょっと発言させてください。今、教育の場面でおっしゃいましたけれども、これ、教育に多分限らないと思うんです。他者に自分の理解した何物かを伝えたいという欲求とか衝動とか、そういうものをもっとかきたてなきゃいかんし、そういうものを持った人が、もっと世の中にいろいろ伝えなきゃいかん。そのために、先ほどおっしゃった出版助成というのは、ほんとうにばかなくらいに大規模にやったらいかがでしょうか。

【亀山東京外国語大学長】

 ほんとうにありがとうございます。

【伊丹専門委員】

 例えば200万円のお金を出してあげて、それが1,000本出ても、たった200億ですよ。そうすると、かえってみんながそうしたくなるとか、そうせざるを得なくなるとかという状況をつくるのが、現在、大学の教員になっている人に文科省が講釈垂れるよりは、よっぽどインパクトのある政策になるように思います。

【亀山東京外国語大学長】

 例えば新聞の一面広告で教養大国をつくろうといって、文科省、1,000本の本に対する1本100万円でいいですね、50万円でもいいと思います、100万円の……、ほんとうにすばらしい宣伝になると思いますけれども。

【伊井主査】

 まさに振興方策ということの具体的な例ということだと思いますが、まあ、文学というものは、なかなか自分の感性を学生にどう伝えるかというのは難しいところで、自分が幾ら感性を持っていても学生に伝わりにくい。技術は継承されたり、伝えることができるんだろうと思いますけれども、そこらが非常に教育という問題の難しさ、文学教育の難しさだろうと思います。どうぞ。

【今田専門委員】

 あんまり高尚な話じゃないんですけれども、この20年ぐらい、コミックマーケットというのがフェスティバルで毎年2回開催されてますよね。山なし、落ちなし、意味なしの同人誌集団が集まって、今は晴海ぐらいだと1日30万人ぐらい集まって、みんな全国から集まってやるんだそうですが、この勢いがなかなかとまらなくて。要はたわいもないものらしいんですよ。だけど、自分たちで何かつくってみたいと。つくって、それを見せ合って、そしていいじゃない、悪いじゃないという感じの同人誌づくりみたいなのが結構起きていて、だから、何か自分がつくることに、参加して何かやりたいというのはポテンシャルがものすごくあると思う。そこをもうちょっと深みのある、そういうものにうまく水を向ける、水路づけするみたいなことができると、一気にそういう方向。人のを読むより、やっぱり自分でつくるのが一番教養が高まるわけですよね、ということが必要なんじゃないかという。そういう場でやると、その人たちはオーラとパッションを感じるんだそうですよ。というあたりが若者、特に若い人たちの間でそういうのがあるのをどうするか、どう導いてあげるかというのが一つ。
 それから、グローバル化時代における文学というか、教養教育というお話だったんですけど、普通、グローバル化しているのって、ほとんど経済の論理とか、科学技術の論理、テクノロジーの論理とかって、これは個性を奪っちゃうほうですよね。単一の普遍的原理で世界標準みたいなのでやりましょうという、ものすごい圧力がかかっている。これに対して、文学、文化というのは、アイデンティティーとか、民族の個性とか、そういうものを主張しますよね。これはぶつかると思っているんですけどね。下手するとつぶされる可能性があるわけですよね。
 そういうときに、じゃ、グローバル化時代における文学とか教養というのは具体的にどうすることなのかというのはとても気にしてやっておかないと、世界レベルの教養というのを考えて、それに合わせるようにというのでいいのかどうかという問題があると思うんですね。だから、世界レベルの教養ってあるんですかね、という気がちょっとしたりしているんですが、そのあたり、何かサジェスチョンがあればいただければ。

【亀山東京外国語大学長】

 先ほどの質問もそうなんですが、私の一番弱いところ、つまり、どういうことかというと、今回の『カラマーゾフ』ブームは、ひょっとすると最後の火花かな、末期の最後の炎かなという思いがしなくもないんですね。つまり、今おっしゃった30万人が集まるという、若い10代の人たちの、主としてインターネットを通して経験される何か、あるいはインターネットを通して経験していく人間の育ち方といいましょうか、20年後、30年後はもう存在しないじゃないかと。ドストエフスキーなど関係ない、全然関係ない。すべて多様性、無限の多様性の中の砂粒のようもの、それが古典だという大きな何かそういう流れが生まれてくるかもしれない。しかし、『カラマーゾフ』ブームを支えているのは、少なくとも半数は団塊の世代もあるわけなので、その思いがつよくなります。今後、全然違ったパラダイムで世界が動いていくことにたいする強い懸念が私のなかにあります。
 つまり、こうした私の考えなり発言なりも、やっぱり団塊世代の刻印を背負っている、非常に古くさいパラダイムで考えている教養主義である。ひょっとすると、より多様なものの中に、より普遍的な古典、あるいは古典が育て上げる何かというものが隠されているのかもしれない。ドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』にかわるものがどのような形で現れるのか、わたしが非常につよい関心を抱いています。
 実は、先日、片岡さんが大学にいらっしゃったさい、かなり盛り上がってしまったんですけれども、そのときに私は、教養教育の原点は音楽だと言ったんですね。音楽は基本的に言葉はともなわないわけです。ロックでも何でもいいんですけど、私の場合はクラシックということになるわけですね。クラシックというのは、それが純粋に音のつらなりであるという意味においては古いも新しいもないんじゃないかと私は考えています。つまり、音楽というのは、時間芸術ですから、少なくとも一個の作品を経験する時間的な長さという点からすると、相対的に短い。だから反復して経験することが可能であるわけです。バッハでも、あるいはそれ以前のモンテヴェルディでも、いいでしょう。少し個人的なことを語らせてもらいますが、私の息子は猛烈なジャズファンでしたが、他方、モンテヴェルディのオペラなんかが好きとかCDを貯めこんでいる。つまり、多極化的な、多極化された世界をポツンポツンとつまみ食いしながら、結構、昔風の教養を積みあげている。音楽であるという点は変わってない。
 音楽というのは根本的に人間の——これは非常にあいまいな言葉でしか言えないんですが、クラシックの場合ですけど、クラシックによる体験というのは、他者ないし世界、あるいは宇宙といってもいい、それらと一体化する、そういう感覚というものを深く育てる効能をそなえているんじゃないかと考えるんです。というのは、クラシック音楽好きは、集まってしゃべると、ほとんど必ずといってよいぐらい文学の話になるわけです。音楽を通して経験された何かというのは、今はクラシックに限定しますけれども、やはり文学を読むという態度においても何らかの大きな影響力をもつと思います。ドラマを、ある種音楽によって経験された深い何かとして翻訳しながら経験していくんですね。例えば、文学作品で描かれる人間と人間のコンフリクトもそうです。人間と人間のコンフリクトの層を、ある楽曲の対立のようなものとしても経験する。音楽の経験ないし音楽の経験の記憶というのは、2倍にも3倍にも文学の体験を膨らませる酵母みたいなものなのです。文学力を育てるには、ぜったいに音楽的な経験によるイメージ化の能力を鍛えなくてはならない。音楽は、文学的経験の、一種のアンプリファイアなんですよ。だから、小学校時代から、音楽の授業を徹底して重視すべきじゃないかって思っているんですね。
 すみません。少し脱線したかもしれません。

【伊井主査】

 いえいえ。
 局長、お話、お考えは何かございますでしょうか。

とく永研究振興局長】

 大変参考になりました。出版助成事業というのは、私も筑波大学の事務局長当時、筑波大学も筑波大学出版会をつくろうというような動きもあったんですけど、なかなかお金がなくてどうしようかと。東大のような大きな大学は東京大学出版会という活動がありますけれども、一つには、大学独自のそういう出版助成事業みたいなもの、そういったものを例えば間接的に応援していくということを含めて……。

とく永研究振興局長】

 それも受けてさまざま具体的に。そのことは逆に逃げるわけではありませんが、どういうことが世界的に、あるいはアメリカ等で行われているか、そんなことについても少し実証的に研究させていただければと思います。

【伊井主査】

 ありがとうございます。何かほかに。
 どうぞ、家先生。

【家臨時委員】

 今の出版助成のことに、私、理系の人間なものですから、文学の方というのは、紙媒体ということに、どのぐらいの思い入れとこだわりを持ってらっしゃいますでしょうか。

【亀山東京外国語大学長】

 紙媒体は、ある意味で絶対であると信じています。私個人は、100パーセントの思い入れを持ってます。

【家臨時委員】

 思い入れは何となくわかるんですけれども、これからの時代、ほんとうにそういう方向で続けていくことが可能かどうかということなんですね。大学の紀要に書いても、なかなか読まれないという状況は確かにあると思うんです。

【伊井主査】

 活字というものに対する一つの思い入れがあるんだろうと思うんですが、そうですか。

【亀山東京外国語大学長】

 違いますね。活字は画面でも読めますしね。マラルメではないんですけれども、書物の世界という宇宙性みたいなもの、書物の宇宙性というものに対して、やっぱりあこがれがある。これは、永遠じゃないかと思うんですよ。紙媒体と言った場合に、私、実はブログをやっているんが、理由があります。アクセス数をみると、確実に読み手が増えてきているんです。私は、その空間をいっしょに学ぶ教養空間と規定しています。ブログで草の根的な教養教育を展開するんです。音楽のことを書いたり、文学の小説のことを書いたりして。しかしブログはブログです。
 インターネット上で読める文字数というのは、視覚的な限界があります。おそらく2ページにわたるものは絶対読まないと思います。それは電車の中で読める量と比べても比較になりません。今は、若い人たちもそうですけれども、インターネットの画面で読める一つの記事の分量は、1ページから1ページ半、ワンクリックして次のページの途中ぐらいまでが限界です。小説は絶対読めないんです、と思ってます、ケータイ小説はむろん別としても。私は、文庫本とか新書が書物として理想の形態だと考えています。そこに帰ることが、人文学の限界だとは思っていません。

とく永研究振興局長】

 文学作品というのは、先生とおっしゃるのでよくわかるんですね。先ほど井上委員が発言したように、結局、基本的にさまざまな人間の個別的な体験を通じて人間社会のあり方を普遍的に理解していくというためには、かなりきめ細かい追体験をしなければいけない。それはとてもとても私はできっこないと思います。それはやっぱり本を読まなきゃだめだと思ってますが、文学作品そのものと文学の研究の成果を発信する手段としての本というのが、そこがイコールどうなんでしょうか。

【亀山東京外国語大学長】

 文学研究の成果を発信する手段として、それぞれの大学がめざしている機関リポジトリーは非常に有効だと思います。私自身、外国文献の使用に際しては、WEB上での情報を最大限活用しています。しかし、現実に文学研究として根源的な力をもつマテリアルは、けっしてウエブ上に公開されることはありません。そこに限界があるわけです。この状況は、少なくともあと10年は続くと思います。私自身、自分の書いた本の特権性ということを信じていますから、それをウエブ上で公開する気は少しもないのです。かりに私を除くとしても、それが優れた研究者の考えだと思います。わたしが大学出版会に期待するものそのためです。

【伊井主査】

 どうぞ、西山委員。

【西山委員】

 私は、民間企業におりまして、どちらかというと技術系として生きてきたものですから、今、先生のお話の世界とは相当離れたところにおりましたが、教養の教育というのは、あまり突き抜けた人を生み出すようなものではないんじゃないかと思っております。ただ、結果としてそういう人が出てくるのは当然だと思います。それは別に教養教育でそのようなことをやろうがやるまいが出てくるものは出てくるということであって、教養教育では、基本的にもっとおおらかにやることが大事だと思っています。要するに人と人、教えられるほうも教えるほうも結局感応し合っているわけです。ですから、気のない人に幾ら教えてもらっても、或いは嫌いなことを幾ら教えられても、人が興味を示さないのは、ある程度やむを得ないことだと私は思います。
 教養教育の先生は自分の専門を職としたわけですから、少なくとも一般大衆の教養のレベルを超えた人たちですよね。おもしろいと自分が思ったからこそ、専門職になっておられるわけだから、自分が共感することはこういうことなんだよということを、しゃべり方はぼそぼそでもいいし、情熱的でもいいですし、いろいろあっていいんだけれども、伝えていただくことが大切だと思います。教養教育は人生のきっかけづくりだと思うのです。その後の人生をどうするかということは、その人の将来にかかわる話で、その人は教養教育を自分の生き方、適性を考えるきっかけとしているということが大切ではないかと思います。何についても無知であって、100パーセント知らないということであれば、そのようなことを考えるきっかけもないということです。また、きっかけとして教養教育で多種多様な人に触れ合うことも重要です。
 大昔から人間の本質は変わってないから古典が大事だということも私は理解できます。けれども、やはり大学にはある時間軸の教養教育があって、いろいろな人がいて、変わった人もたくさんいて、そういう人と触れ合う、感応し合うことが絶対必須であって、そういう場が提供されていることが大切だと思います。それが本来の教育の原点だと私は思います。ですから、突出した作家をつくることに感応した人が1,000人に二、三人しかいなかったということでもよいのです。それはもともと幾ら教育したって出てきませんよ、どんなに頑張ったってね。突出した作家をつくることを目的とするのが教養教育じゃ全くないのであって、このことは失望することじゃなくて、当然のことと思うべきだと私は思うのです。ですから、教養教育を頑張ることと、すぐれた、すごい作家が生みだされるということは、絶対無関係だと私は思います。
 ですから、そういう特殊なことを要求しないで、やはりきっかけづくりの場が提供されるということが重要で、それは本来なら小学生の頃からあるのだけれども、大学にも、そういう場だってちゃんとあるんだということが大切だと思います。教養教育には個性的な人たちがたくさんいて、いろいろな変わり者もいて、そういう人たちが互いに触れ合う機会があるんだと。チャンスとして、そういう感応し合う場があるんだということが、私は教養教育の原点だと思っております。

【伊井主査】

 ありがとうございます。確かにおっしゃるように、こういうふうな話があるのも、先ほど亀山先生がおっしゃったように追い詰められた人文学という背景もあるんだろうと思います。議論は尽きないだろうと思いますけれども、限られました時間もそろそろ参ってまいりましたので、このあたりで亀山先生からのご意見の発表と、そして討議を終了させていただこうと思っております。亀山先生、どうもありがとうございました。

【亀山東京外国語大学長】

 ありがとうございました。(拍手)

【伊井主査】

 それでは、本日の会議は、初めに申し上げましたように人文学の学問的特性という、まさに今日ほんとうによくわかったところもございまして、そして社会との関係ということもご発表なさいました。それを我々は認識しながら、これからどういうふうに人文学及び社会科学の振興方策、施策につなげていくかということが課題になるんだろうと思いますが、これはまた来月の勉強会をしながら、21年度の概算要求に向けて考えていきたいと思っております。本日はどうもありがとうございました。
 次回の予定につきまして、事務局のほうからご説明いただきたいと思います。

【高橋人文社会専門官】

 資料2をごらんいただきますと、次回の人文学及び社会科学の振興に関する委員会は、3月6日(木曜日)、16時から18時、同じこの3F1会議室で予定してございます。また、ご案内のほうは別途させていただきたいと思っております。
 本日ご用意させていただきました資料につきましては、封筒に入れて机の上に置いていただければ郵送させていただきたいと思います。また、ドッジファイルに関しては、そのまま机上に残していただければと思います。
 以上でございます。

【伊井主査】

 ありがとうございます。
 それでは、本日の会議はこれで終了いたします。どうもありがとうございます。

─了─

(研究振興局振興企画課学術企画室)