資料1-1 我が国の学術研究の振興と科研費改革について(第7期研究費部会における審議のまとめ)(中間報告)(案)

平成26年8月18日


目次
はじめに
1.成熟社会における学術研究
2.科研費の展開と「不易たるもの」
3.科研費の「流行」を考察する上で検討すべき要素
4.科研費改革の基本的な方向性
5.科研費以外の制度に求められる改革の方向性
おわりに


 はじめに

学術研究の推進方策と研究費政策に関するこれまでの議論)

○ 科学技術・学術審議会学術分科会では、現在の学術研究の在り方が、20年後、30年後、さらにはその先の我が国の在り方に決定的な影響を持つことは自明であり、現下の危機的状況を打破し、学術研究による知の創出力と人材育成力を回復・強化することが喫緊の課題との認識のもと、学術研究全体の推進方策について、学術研究の意義など根本にさかのぼって審議を行い平成26年5月に「学術研究の推進方策に関する総合的な審議について」(中間報告)(以下、「中間報告」という。)を取りまとめた。その中で、学術の役割と現代的要請(挑戦性、総合性、融合性、国際性)を確認するとともに、学術研究がその役割を十分に発揮するためには、学術政策、大学政策、科学技術政策が連携し、基盤的経費、科学研究費助成事業(以下、「科研費」という。)、科研費以外の競争的資金のそれぞれの改革と相互の関連性の確保による「デュアルサポートシステム」の再構築が必要と提言した。

○ 「中間報告」では、学術研究が社会から期待される役割について、相互に関連・作用する次のような項目に整理された。
(1)人類社会の発展の原動力である知的探究活動それ自体による知的・文化的価値の創出・蓄積・継承(次代の研究者養成を含む)・発展(人類の本質的な知的欲求を満たす新たな知の提供)
(2)現代社会における実際的な経済的・社会的・公共的価値の創出(新しい知識の発見や深化などを通じ、社会の抱える問題を正しく把握しその解決に向けた長期的・構造的な指針を提示。具体的には、産業への応用・技術革新、生活の安全性・利便性向上、病気の治癒・健康増進、突発的な危機への対応など社会的課題の解決、新概念(認識枠組み)の創造等)
→現在の社会構成員の幅広い福祉の増進に寄与
(3)豊かな教養と高度な専門的知識を備えた人材の養成・輩出の基盤
(教育研究を通じて、我が国の知的・文化的背景を踏まえ世界に通用する豊かな教養とそれを基盤とする高度な専門的知識を有し、自ら課題を発見したり未知のものへ挑戦したりする「学術マインド」を備え、広く社会で活躍する人材を養成・輩出。また、自然・人間・社会のあらゆる側面に対する理性的・体系的な認識により、人々に様々な事物に対する公正かつ正当な判断力をもたらし、社会全体の教養の形成・向上や初等中等教育の充実にも寄与)
→将来世代が自らの福祉を追求する能力を引き出すことに寄与
(4)上記(1)~(3)を通じた知の形成や価値の創出等による国際社会貢献
→「高度知的国家」の責務であるとともに、経済・外交・文化交流等全ての素地として、国際社会におけるプレゼンスの向上に寄与

○ すなわち、学術研究とは、先達の研究者がこれまでに創出し蓄積した「知」の上に、個人の内発的な動機に基づき新しい問題設定を行い、真理の探究や課題解決など水準の高い研究活動を通じてさらに新しい「知」の創造を行う極めて高度な知的活動のことであり、その重厚な蓄積は常に人類社会の発展の礎となってきた。環境問題や人口問題など、世界が共有し、各国の知を総結集してあたるべき課題が増えている今世紀に、さらにその役割は重みを増している。イノベーションを不断に生み出して我が国の将来的な発展や国際社会への貢献を確実にし、世界の中で存在感を発揮するには、研究者の自由な発想に基づく学術研究の推進が不可欠であり、その意味では、学術研究こそが「国力の源」と言えよう。
また、一つ一つの学術研究の成果と表裏一体となってそれに携わる研究者の成長があることを鑑みれば、学術研究が同時に大学院教育等を通じて「人」を育てていることの重要性を看過してはならない。どのような科学技術・イノベーションの過程にも、大学院教育を通じて育ち、学術研究の経験を経た「人材」がいなければ、その計画は実現見通しの低いものになる可能性が高くなる。また、学術研究は、研究活動以外の分野にも、高度知識基盤社会を牽引する人材を輩出し、国際的に見た我が国全体の教養を維持するものである。

○ このような「人を育てる」ことを含む学術研究の役割を十全に果たす観点からは、研究費政策のみならず、国立大学改革などの推進により、各大学が明確なビジョンや戦略を立て自らの役割を明確にした上で、ガバナンスの確立、教育研究組織の再編成、人事・給与システムの弾力化などに取り組み、研究拠点の形成や大学院教育の充実に取り組むことが重要であり、国は各大学の取組を支える基盤的経費の確保・充実に努める必要がある。。また、「科学技術イノベーション総合戦略2014」(平成26年6月24日閣議決定)においても、「多様な『挑戦』と『相互作用』の担い手は、『人』である」とした上で、「総合科学技術・イノベーション会議は、国立大学改革や研究開発法人改革の動向も踏まえつつ、関係府省の協力を得て、研究資金の配分のあり方について検討し、次期科学技術基本計画において取り組むべき施策の基本方針を示す」と記述されている。今後検討が進められる政府全体の研究資金制度の改革においては、科研費をはじめとする競争的資金について、学術研究の多様性と研究を通じた「人」の育成の観点に留意することが強く求められる。

(学術研究の基礎を支える科研費)

○ 科学技術・学術やイノベーションに関する我が国の競争的研究資金制度の中でも、科研費は、全体の約5割強を占め、研究者の間で最も信頼されている公的研究費である。【別添1】のとおりその研究成果の水準は広い分野にわたって高く、我が国の学術研究の重要な基盤を形成していることは論を俟たない。現代にあっては、自然科学、理工系の科学技術、農学や医療など人類の生存に関わる分野はもとより、人文学、社会科学など全ての分野において、前線の研究者の交流を通して新しい問題が開拓・提起され、これまで個別分野内のみでは解決が困難であった課題に新しい視点を与え、まったく新しい発想から大きな発展を産み出している。例えば、様々な分野での数学的構造の発見が、経済学にも大きな新分野を形成させ、法制度の改革にも貢献(※1)するなど、分野を越えたところで課題解決に必要な具体のアイディアを生み、発明の原動力になっている。このように学術研究の特性は、個人の自由で独創的な発想に由来するが故の多様性にあり、その上での交流から生まれる大きなパラダイム形成がイノベーションを駆動する。それら全てが「国力の源」である。
このような学術研究を支える科研費は競争的資金の中でも最も基礎的な存在であり、科研費予算を削減し、他の科学技術振興費に付け替えてはどうかとの議論は、イノベーション・システム全体の観点からは、公財政投資を非効率にし、かえって我が国の科学技術の基盤を弱体化させるものと言えよう。学術研究は、研究活動を通して得られる成果とともに「人材」育成の面から言っても、イノベーションの源泉そのものであり、まさに「国力の源」であることを踏まえれば、その基盤を支える科研費の充実が求められる。

○ 他方、税収が伸び悩む一方、毎年度、社会保障関係経費が1兆円程度増加するなど国の財政支出が拡大し、国債残高が750兆円に及ぶなか、平成8年度予算の1018億円から平成26年度には2.26倍の2305億円へと増加した科研費について、その成果に対する国民への説明責任は大きい。さらに、国・地方を合わせた基礎的財政収支について2020年までに黒字化を目指すとする財政健全化目標(「経済財政運営と改革の基本方針2014」(平成26年6月24日閣議決定)のなかで、財政支出による成果に対する国民の期待は一層高まっていく。その期待に対しては、既存知識で設定された「出口」に向けた技術改良といったレベルではなく、研究者の独創性や知的創造力を最大限発揮して、これまでの慣習や常識では思いもつかないアイディアにより出口のないところに新たな出口を創出したり、新次元の出口を示唆する入口を拓いたりすることで、世界標準の新しい「知」の軸を形成し、人類の知を担う国の一つとしての我が国の役割を果たすことが益々重要になっている。すなわち、既にある強みを生かすにとどまらず、新たな強みを創ることを可能とし学術の社会に対する責任を明示するという形で国民の期待に応えてこそ、我が国社会、世界、そして学術研究の間の信頼と支援の好循環が確立できる。

○ このような学術研究の本来の役割や機能を充分に果たすためにその基盤をしっかり支えるという観点と、研究費制度改革全体をリードするという観点の双方から、まずは科研費について見直しが必要である。この点については、「中間報告」において科研費改革の方向性が提示され(※2)、また、「科学技術イノベーション総合戦略2014」において「より簡素で開かれた仕組みの中で、『知』の創出に向けて、質の高い多様な学術研究を推進するとともに、各分野の優れた研究を基盤とした分野融合的な研究や国際共同研究、新しい学術領域の確立を推進するための審査分野の大括り化や審査体制などに係る改革を目指す」と記述されている。

○ 平成25年3月に審議を開始した第7期科学技術・学術審議会学術分科会研究費部会では、昨年8月に「学術研究助成の在り方について」(研究費部会「審議のまとめ(その1)」)を取りまとめた。その中では、特に平成23年度予算で大きく増額した科研費について、科研費が関与した論文数や被引用度トップ10%論文数、その割合といったエビデンスを示しながら、質・量両面にわたって十分な成果や価値を創出していることを明確にした上で、若手研究者のさらなる活躍を促すための科研費の改善方策などを提言した。

○ この議論を受け、研究費部会では、大学改革と科研費の関係や、研究費制度全体の在り方も総合的に議論しながら、科研費の趣旨と歴史的展開に遡り、科研費をめぐる国内外の政策的動向や研究現場からの意見を踏まえて科研費の課題を整理した上で、科研費改革の基本的な考え方と具体的な改革方策、さらにそれと連動すべき大学改革や研究費改革に必要な論点までを含めて検討し、ここに一定の方向性を取りまとめた。

○ もとより科研費については、多くの優れた研究者が、独立行政法人日本学術振興会学術システム研究センターの主任研究員や専門研究員として、あるいは年間6000人規模の審査委員として、その制度設計や審査委員の選任、具体的な審査の過程に主体的かつ積極的に参画することによって、公正で透明性の高い審査・評価システムを確立し、極めて信頼性の高い競争的資金制度として効果的に機能している。本部会の議論を踏まえて、文部科学省、日本学術振興会(学術システム研究センター)、大学関係者、学術界が連携しつつ議論を重ね、平成28年度からスタートする第5期科学技術基本計画の期間や第3期国立大学中期目標期間において、科研費制度を改革し、我が国の学術研究の活性化とその成果の最大化を図ることを望みたい。

1.成熟社会(※3)における学術研究

(成熟社会における学術研究)

○ 我が国の学術研究の推進方策についてその根本に遡った議論をまとめた前述の「中間報告」では、学術研究とは「個々の研究者の内在的動機に基づき、自己責任の下で進められ、真理の探究や課題解決とともに新しい課題の発見が重視される」研究であると位置づけた上で、その役割を前述の通り、
(1)人類社会の発展の原動力である知的探究活動それ自体による知的・文化的価値の創出・蓄積・継承(次代の研究者養成を含む)・発展
(2)現代社会における実際的な経済的・社会的・公共的価値の創出
(3)豊かな教養と高度な専門的知識を備えた人材の養成・輩出の基盤
(4)上記(1~3)を通じた知の形成や価値の創出等による国際社会貢献
 の4点に整理した。

○ その上で、世界でも有数の成熟国の一つである我が国の学術研究には、
・ 研究者の探究力と知を基盤にして新たな知の開拓に挑戦すること(挑戦性)、
・ 学術研究の多様性を重視し、伝統的に体系化された学問分野の専門知識を前提としつつも、細分化された知を俯瞰し総合的な観点から捉えること(総合性)、
・ 異分野の研究者や国内外の様々な関係者との連携と協働によって、新たな学問領域を生み出すこと(融合性)、
・ 分野を問わず、世界の学術コミュニティにおける議論や検証を通じて研究を相対化することにより、世界に通用する卓越性を獲得し、新しい研究の枠組みを提唱して世界に貢献すること(国際性)、
 が強く要請されていると指摘している。

(我が国の学術研究の現状)

○ 「中間報告」におけるこのような指摘の背景には、我が国の学術研究に関する現状認識がある。すなわち、学術研究の「成果」は、新しい「知」の創造や人材の育成など幅広く、決して一つの指標で把握できるものでないことは勿論であり、人文学、社会科学分野と自然科学分野の間でも把握の方法は異なるものであろうが、例えば、論文データベース分析により国際的に注目を集めている研究領域を定量的に把握し、それらが互いにどのような位置関係にあるのか、どのような発展を見せているのかを示している「サイエンスマップ2010/2012」(科学技術・学術政策研究所)や、トムソン・ロイター社による高被引用論文数によるランキングを取り上げてみると、我が国の学術研究には、
 ・ 物理学、化学、材料科学、免疫学、生物学・生化学など我が国が世界の先頭を競っている研究分野の持続的な発展をどう確保するか、
 ・ 例えばイギリスやドイツとの比較において存在感が低い学際的・分野融合的領域の研究をどう推進するか、
 ・ 国際的に注目を集めている研究領域への参画という観点(※4)及び既存の研究領域から独立した新しい研究領域への参画という観点(※5)の双方から相対的に低い我が国の学術研究の多様性をいかに高めるか、
 といった課題があることが明らかになっている。

○ また、次代の学術研究を担う若手研究者の育成という観点からは、「中間報告」でも、
・ 基盤的経費の減少や人件費の抑制、組織の硬直化、一律的・固定的な処遇などにより、安定的な若手ポストが減少する一方、競争的資金による時限付きのポストが増加していることやポストドクターのキャリアパスの確立が不十分であること等により研究職の魅力が減少し、優秀な学生が博士課程を目指さなくなるといった負の循環をどう打開するか、
・ 若手研究者がプロジェクト経費によって雇用されることが多いことから、経費を獲得しやすい分野に若手研究者が集中し、多様な分野における研究者の養成に支障が出ている状況をどう克服するか、
といった点を課題としている。

(新しいパラダイムの形成と学術研究)

○ もとより学術研究の融合性はそれ自体を目的化するものではなく、学術が大きく発展するきっかけは、分野にこだわらず、新しい問題提起をした研究者個人の問題意識に興味を持つ研究者の交流である。
個人の興味に対する自由な交流の機会のもとに集まった研究者集団は、やがて問題を具体的な課題にまで作り上げる強い連携に発展し、その周りに分野を越えて新しい研究者集団が形成され、個別の研究者では思いもつかなかったような研究が生まれる。これが、異分野融合による新しいパラダイムの形成にまで発展する、ボトムアップを基本とする学術の最も大きな知の創造であると言えよう。

○ 例えば、分子生物学は、マックス・デルブリュック博士のような物理学者が生物の遺伝現象に生命の本質が隠れているのではないかとの着想から開始した研究である。すぐに遺伝学者が周りに集まり、生物学者や化学者も参集して、遺伝子の物質的本体がDNAにあることを発見した。さらに物理学者、生物学者などが、DNAの構造からその生物学的性質を明らかにしようとする研究グループとそれを情報として研究しようとするグループが自然に発生した。これらが一体となって研究は進み、DNAの二重螺旋構造に、その個体維持に関する情報的性質と親から子に伝わる情報(遺伝情報)が保存されるという性質とがあることを発見し、分子生物学が確立した。
さらにその後はバイオテクノロジーが生まれ、医学や農学、工学分野、さらには長く生気論(※6)や生起論(※7)的な生物観が残っていた人文学においてさえ大きな学術的転換をもたらした。これを全体で見れば、ロマンティックエイジに始まり、アカデミックエイジを経て現代のテクニカルエイジに至るまで異分野が融合し続け、それはかつての分野を合算したものではなく、まったく新しい知の体系的構造に発展したものと言えよう。
分子生物学の例は、結果を見通してのことではなくとも、研究者の自由な交流と連携、その拡大と新しい問題の発見から、さらなる交流と連携が生まれ、結果的に総合化と融合化による新しいパラダイム形成がボトムアップ的展開によってこそ起こり得ることを示している。

(「デュアルサポートシステム」の「再生」と科研費)

○ このような学術研究の特性を踏まえ、我が国が世界の先頭を競っている分野の持続的発展、優秀な研究者が学際的・分野融合的領域に取り組む環境の醸成、これから世界の先頭を走ることになる分野の苗床となるような学術研究の質の高い多様性の確保を図るとともに、次代を担う若手研究者の確保・育成のためには、大学政策、学術政策、科学技術・イノベーション政策が連携しながら、基盤的経費と競争的資金の両面で大学の教育研究を支えるという進化した「デュアルサポートシステム」の再構築を図ることが必要である。

○ 現在、科研費への申請件数は年々増加しており、平成16年度には8万件であったものが平成26年度には10万件を越え、それに伴って審査負担も増加している。勿論、科研費が競争的研究資金である以上、多くの研究者が自らのアイディアと構想に基づいた質の高い研究計画への助成を申請することは望ましい。他方、科研費はピアレビューに基づく制度であるため、審査にかかる過度の負担は審査の質や審査員の確保に影響するのみならず、審査員である優秀な研究者自身の研究活動をも阻害する恐れがある。また、この申請数の急増の背景に、従来の「デュアルサポートシステム」の機能不全があることが、本質的な課題であろう。
大学の基盤的経費である国立大学法人運営費交付金や私立大学等経常費補助金は削減が続き、両者を併せた予算額は、平成16年度から平成25年度までの10年間で、約1700億円減っている。このような状況は、大学から教員に経常的に配分される研究・教育のための基盤配分額にも影響を与え、大学においてはもはや、基盤配分のみでは研究活動はおろか担当講義や担当学生の実験にかかる経費等の教育活動の基盤すら支えられない事例が多く見られる(※8)。また同時に、大学において独創的な研究テーマの芽を、競争的研究資金が獲得できる状態にまで育てる力を持たなければ、競争的研究資金の取得がしやすいような一定の成熟を見たテーマに追随する研究のみが盛んに行われ、学術の多様性が根源的に損なわれる懸念がある。

○ 大学の基盤的経費の強化の前提として大学改革の取組みが必要なことは言うまでもないが、一方で、大学が、教育研究組織の再編成などを通じて基盤的経費の再配分を行いながらその充実が図られることなく、科研費などの競争的資金を基盤的経費の代替と位置付けることは、大学の人材育成機能を弱め、研究活動そのものを歪めるのではないかとの上述の指摘を、イノベーション創出が課題である今こそ重く受け止める必要がある。「デュアルサポートシステム」の再構築についても、これまでの大学運営や研究資金制度を踏襲するものではなく、学術の振興と人材の育成のためにそれぞれの改革を有機的に組み合わせ、未来志向をもってそれを「再生」する構想としなければならない。

○ 例えば、我が国が先頭を競っている分野の持続的発展や次代のピークの苗床としての質の高い多様性の確保については、科研費だけで対応することには限界がある。国内外から優秀な若者を集めるとともに企業等の優秀な人材も引き付ける知的なプラットフォームとして、研究者の核となる専門性とともに総合的な視野をはぐくむ大学院の充実がなにより求められる。また、優秀な研究者が発展的に、学術的な必然性を伴って学際的・分野融合的領域に取り組むようにするためには、大学の教育研究組織の柔軟な再編成を可能とするマネジメントの確立とともに、我が国の科研費以外の競争的資金の改革が欠かせない。

○ 基盤的経費と科研費以外の競争的資金の間に位置づけられ、競争的環境の中で大学の研究活動を支える研究費として独自の重要な役割を担っている科研費についても、このような成熟社会における学術研究のあるべき姿とそのための全体構想を見据えながら議論を行う必要がある。

2.科研費の展開と「不易たるもの」

○ そのためには、一世紀にわたる科研費の展開を踏まえた上で、その「不易たるもの」を分析することが求められる。

(科研費制度の歴史的展開)

○ 科研費の発展の経緯をたどると、学術に関する優れた研究計画に着目し、その推進を図るための研究助成制度としては、第一次世界大戦を契機とする欧米諸国の科学研究動員計画のような重点研究課題に対応するため、大正7年に国が研究者に直接交付し独創的研究を奨励するために創設した「科学研究奨励金」制度が嚆矢である。また、昭和7年、御下賜金を基金として財団法人日本学術振興会(現・独立行政法人日本学術振興会)が設立された。昭和14年には、さらに「科学研究費交付金」制度が新設された。

○ 戦後、我が国が先進的な学術研究に触れ、また、国際的な交流と刺激を通じて研究開発が活発化するに伴って、輸入研究機械の購入補助や学会誌出版の補助、海外学術調査への支援など対象を拡大した。昭和40年にはそれまでの「科学研究費交付金」、「科学試験研究費補助金」、「研究成果刊行費補助金」が「科学研究費補助金」制度に統合され、さらに昭和43年度から、書類審査、合議審査の二段審査方式によるピアレビュー審査など現在の科研費制度の基本的な構造が確立された。

○ その後、特に、第一期科学技術基本計画が策定された平成8年から現在に至るまでの競争的研究資金拡充の方向性の中で、科研費は助成額では平成8年度予算の1018億円から平成26年度の2305億円へと2.26倍に拡大しつつ、我が国でも最も長い歴史を持つ最大の競争的資金としての責務を果たすべく、種目の新設や統合、不採択理由の開示や審査委員の公表、間接経費の導入、繰越明許費の登録と基金化、日本学術振興会への「学術システム研究センター」の設置など様々な改善と充実に取り組んできた。

(科研費制度の「不易たるもの」)

○ 現在の科研費の審査は、昭和43年度に形成された基本的な構造により、【別添2】のような形で行われている。
  科研費については、科学技術・学術政策研究所の研究者による定点の意識調査においても、「公正で透明性の高い審査」、「研究費の使いやすさ」、「研究費の基金化」といった項目について、極めて高く評価されている。このような評価はこれまでの科研費制度や公正な審査の積み重ねによる、言わば「財産」であり、競争的資金として有効に機能している証左であると言えよう。

○ そのため、以下の四点については、科研費の「不易たるもの」として堅持することが求められる。

  第一は、専門家による審査(ピアレビュー)である。学術は卓越した「知」の創造、蓄積、活用のすべての面において新しい課題の提案とそれらへの挑戦から始まることから、個人の自由な発想に基づくとはいえ、その提案が既に他によってなされていないことを判断し、提案の合理性や妥当性について徹底して審査することが必要である。したがって、学術研究上の価値や方法の妥当性などのほかに、その分野の発展の歴史と動向とに知悉し、提案が創造的で独自性のあるものであり、かつ新規なものであることを判断できる同じ分野で学術研究に切磋琢磨している専門家(ピア)が審査することが最も重要な方策であり、不可欠である。

  第二は、人文学、社会科学、自然科学及び新領域に至るあらゆる学問分野について、大学等の研究者に対して等しく開かれた唯一の競争的資金制度であることである。実際に年齢や性別等で採択率に大きな偏りはなく、学問的重要性・妥当性、独創性・革新性、波及効果・普遍性などの観点のみに基づく審査が有効に機能していることを示している。

  第三は、若手からミドル、シニアと研究者としての成長に応じ、他から与えられた目標ではなく、自らの発想と構想に基づいて継続的に研究を推進させることができる唯一の競争的資金制度であることである。このような特性を持つ科研費は、大学院教育の充実と相俟って、国内外の優秀な人材を我が国の学術研究界に集めるための極めて重要な役割を担っている。

  第四は、基金化や繰越手続きの大幅な簡素化など研究費としての使いやすさの改善を不断に図っていることである。学術研究の特性として、予見に基づく計画の通りに研究が進展せず、当初の目的とは違った成果が生まれることが多かったり、当初の目的との関係では「失敗」とされたり予期せぬ結果に至ったりした膨大な研究結果やデータの先に既存の知識やその応用を超えるブレークスルーが生まれることが少なくないことが挙げられる。研究費としての使いやすさはこのような学術研究の特性に由来するものであり、科研費が他の競争的資金とは本質を異にする所以である。

3.科研費の「流行」を考察する上で検討すべき要素

○ このような「不易」を踏まえつつ、1.で示した、1)我が国が世界の先頭を競っている分野の持続的発展、2)優秀な研究者が独自発想を通して学際的・分野融合的領域に取り組む環境の醸成、3)これから世界の先頭を走ることになる分野の苗床となるような学術研究の質の高い多様性の確保、4)次代を担う若手研究者の確保と育成を図るために、学術研究の基盤を支える科研費の在り方を見直すに当たっては、以下のような様々な要素を踏まえる必要がある。

(研究費をめぐる国際的動向)

○ 第一は、研究費をめぐる国際的動向である。【別添3】のとおり、アメリカ、イギリス及びドイツのファンディングエージェンシーはピアレビューに基づく審査を行い、学術研究を支援しているが、1.で示した成熟社会における学術研究をどう支えるかという共通する課題に直面している。

○ 例えば、アメリカにおいては、「米国イノベーション戦略」(2009年、2011年改訂)を策定し、持続的経済成長と雇用確保の基盤としてイノベーションと研究開発投資を重視するとともに、1)イノベーションの基盤への投資、2)競争環境の整備等の政策を打ち出している。しかしながら一方で、同国の生命医学研究分野では、2003年から2013年の10年の間に研究予算が25%減少し、その結果、長期的研究や独創的発想に基づいた研究ができずに新分野を開拓しようとする気概が低下、権威の高い学術誌への投稿プレッシャーによるモラルの低下、博士課程学生や若手研究者の増加に予算やポストが追いつかない(※9)、研究機関が間接経費を目的に競争的研究資金の獲得とそれによる雇用を促進した結果、不安定な「ソフトマネー」による雇用が拡大する、といった我が国と同様の課題に直面している(※10)。
 なお、米国の主要な研究機関のひとつであり研究資金配分も行うNIHにおいては、年間300億ドル(日本円で約3兆円程度)を超える予算の8割が外部の大学や研究機関等への研究費配分であるが、この中核を占める競争的研究資金は、年間3回、計6万3500件の申請に対し、1万8千人の審査員で、スタディ・セクション方式(※11)のピア・レビュー審査が行われており、全体の採択率は6%とも言われるほど低いが、審査への信頼性は高いと言われる。また、活発に活動をしている研究者であれば審査委員としての負担を負うことは当然という認識は、学術界一般にあるとも言う。

○ 欧州連合においては、2014年1月より、新たな研究・イノベーションプログラムである”Horizon 2020”が開始され、7年間で約770億ユーロ(約10兆7800億円)の投資を予定して、先端的な基礎研究や脳やグラフェンなど有望な新分野に対する研究支援を含む「卓越した科学」等の重点三分野を策定した。欧州委員会が前回策定したFP7(第七次研究枠組み計画)に比べて、基礎研究プログラムを重視しつつ、プログラムの運営に当たっては、イノベーションに向けた切れ目ないサポートを行うため、基礎研究から技術開発段階までのファンディング・ルールの統一やファンディング・知財権ルールの簡素化、加盟国の科学技術イノベーション政策との整合性の確保等が打ち出されている。また、2013年9月にはリトアニアにおいて、人文学及び社会科学をいかに”Horizon2020”に取り入れるかについて議論する会議が開催され、そこで採択された「ヴィルニウス宣言」では、イノベーションが技術のみならず組織変革の問題であるとして、人文学及び社会科学はイノベーションを社会の中に組み込むことを可能にする、とされている。

○ 一方、アジアに目を転じてみると、中国では、「国家中長期科学技術発展計画」(2006-2020年)などで「2020年までに世界トップレベルの科学技術力を持つイノベーション型国家となることを掲げ、研究開発投資を拡充(2020年までに対GDP比2.5%)すると共に、国際共同研究等に通じて先端科学技術を学ぶことを打ち出している。また、韓国では、科学技術とICT産業が融合した新産業創出により、質の高い雇用を生み出す「創造経済システム」に向けた取り組みとして、政府研究開発投資を拡充(前政権の1.5倍)するとともに、その4割を基礎及び基盤研究に充てることが目標とされている。

○ このように学術政策や研究費の審査や配分をめぐっては、我が国だけではなく世界各国の政府や大学が共通した課題に直面している。これが、2012年に世界の学術振興機関の長によるフォーラムである「グローバル・リサーチ・カウンシル」(GRC)が設立された所以の一つであり、これまでGRCにおいては、「科学に関する『メリット・レビュー』についての宣言文」(2012年)、「研究公正の原則に関する宣言」及び「オープン・アクセス行動計画」(2013年)、「未来創成-次世代研究者の育成支援」(2014年)といった計画や宣言が採択され、さらなる国際共同研究の推進に向けた議論を進めている。2015年5月には東京で70ヶ国以上からの機関が参加し、「科学的ブレークスルーに向けた研究費制度」「研究教育に関するキャパシティ・ビルディング」をテーマとする第4回年次会合が開催される予定である。我が国の学術研究が国際的ネットワークをリードする上でも、日本学術振興会を代表とする我が国の関係機関がGRCにおいて主導的な役割を果たすことが必要である。

(科研費の在り方についての様々な指摘)

○ 第二は、科研費の在り方についての関係者からの様々な意見や指摘である。これまで本部会においても、科研費の審査の在り方について外国調査や専門的検討を重ねている日本学術振興会学術システム研究センターや、大学改革について議論を行っている中央教育審議会大学分科会からの参加を得て審議を行ったり、大学や経済界等の関係者からヒアリングを行ったりしたほか、文部科学省においても200に及ぶ大学や研究機関に対するアンケート調査を行うなど広く意見を聴取してきた。

(主として審査の改善に関する指摘)

○ それらの指摘や意見は以下のように整理することができる。

まず、審査の質の向上など主として審査の改善に関するものである。
(1)前述のとおり現状の基盤研究に関する二段階審査は、第一段階審査における各審査委員による書面審査と第二段階の合議審査がすべて異なる審査委員で行われ、かつ相互のコミュニケーションを図る仕組みにはなっていないので、例えば、一定規模以上の研究計画の採択については、専門分野が異なる審査委員同士がその目的、手段、期待される成果などの適切性等に時間をかけて議論する機会を確保し、既存の細目を土台としながらそれを越える創造的な研究が評価されるような仕組みが必要ではないか、
(2)現在でも第一段階審査において有意義な審査 コメントを付した審査委員を表彰するなどの取組が行われているが、(1)のような機会も含めて、「ピア」である研究者の意識を高め、「審査委員」を育成する場と過程を形成する必要があるのではないか、その際、大学や研究機関が自らに所属する研究者の審査委員としての貢献度を積極的に評価することを奨励してはどうか、
(3)(2)で示した審査コメントが現在、応募者に開示されていないが、応募者が自らの研究の進め方を検討する上で有益なコメントが多く、審査委員と応募した研究者のコミュニケーションの重要な手段として活用すべきではないか、
(4)(1)~(3)の改善を進めるに当たっては、平成8年度78350件から25年度に97764件へと急伸した応募件数が大きな桎梏と考えられることから、前述のような大学改革と基盤的経費充実への取り組みを求めつつ、科研費としては、もとより種目ごとにその研究費としての趣旨や目的が異なるため一律には比較できない要素があるものの、審査コスト(当該種目の研究費総額/(申請件数×第一段審査委員数))が基盤研究のA、B、Cと小規模になるほど大きくなっている(※12)ことにも留意をし、研究者の自発性に基づく質の高い申請件数の増加を図る一方で、プレスクリーニングの導入や審査コストの再配分などの工夫が必要ではないか、
  といった指摘がなされている。

(科研費を活用する観点に立った指摘)

○ 次に、応募のしやすさや研究費の使いやすさなど科研費を活用する観点に立った意見等である。

(1)研究費の過度な集中を防ぐ観点から設けられている科研費の申請に関する種目の重複制限は、不採択による研究中断を避けるため、より小規模の種目に応募する傾向を生むとともに、これまでの研究業績を基盤にした新しい分野への発展的な移行を困難にしているのではないか、
(2)大規模科研費は分野を問わず学理の探究という学術研究の加速に必要であり、次世代を担う研究者の発展と成長の促進の観点から、グローバル化を踏まえた審査や評価の改善を図る必要があるのではないか、また、(1)、(2)についてはともに競争的資金全体の問題としても捉えるべきではないか、
(3)学術研究の質の高い多様性の確保の観点から、研究主体の多様性については常に留意が必要ではないか、
(4)国際共同研究の推進の他、例えば、若手研究者が国際的な研究者コミュニティの中で長期にわたる確かなネットワークを形成したり、国外からの最優秀な大学院生やポスドクを増加させたりする仕組みが必要ではないか、
(5)(4)の視点については、我が国の経験に基づいて、伝統的な芸術を現代の世界で通用可能なものとして表現し、近代化過程で得た組織技術や社会改革などにおける諸経験を国際社会に向けて学術的に発信することも重要ではないか、
  といった指摘がなされている。

(日本学術振興会学術システム研究センターにおける検討と取組)

○ 第三は、日本学術振興会学術システム研究センターにおける学術研究の専門的な観点からの検討と取組である。前述のとおり、学術システム研究センターは、公正で透明性の高い審査及び評価システムの確立のため、100人を超える第一線の研究者が主任研究員や専門研究員として参画しており、分野を越えて学術研究の在り方について専門的で闊達な議論を行う我が国では稀有な極めて重要な役割を担っている。

○ 昨年10月に科学技術・学術審議会学術分科会科学研究費補助金審査部会は、審査希望分野の分類表である「系・分野・分科・細目表」について、「細分化が進むことで、既存の学問分野に立脚した研究のみが深化し、新たな研究分野や異分野融合の研究は応募しにくいのではないか」、「分科細目表は、いかに審査を公平・公正に行うかという観点でこれまで見直しが行われてきているが、今後は、学術動向の変遷に即した審査を行うために適したものとなっているか、また、これまでの分野の枠に収まらずに新たに伸びていく研究を見いだせるかという観点で見直していく必要があるのではないか」、「理想的な審査方式の検討も併せて見直していく必要があるのではないか」といった観点から、そのあり方の見直し検討を日本学術振興会に依頼した。

○ 学術システム研究センターは、それまで行ってきた研究費の採択審査に関する国際的な動向に関する調査やセンター内での議論を踏まえ、分科細目表の見直しにとどまらず、多様な学術研究とともに、新しい学術領域の確立を推進するために学問の特性に応じた審査方式の見直しを行い、特に、書面審査と合議審査との関係を含め、学術の振興という観点から適切な審査方法の在り方とともに、学術の多様性を確保するための適切な審査区分の設定について検討することとしている。

○ これらの検討に当たっては、平成26年度より新たに設けられた審査区分である「特設分野研究」の審査において、1)細目の枠を越えた学術研究に対応した審査方式として、書面審査と合議審査を同一の審査委員が実施する新しい方式の二段階合議審査を導入、2)基盤研究Bと基盤研究Cを区分せず審査を実施したのに加え、3)不採択課題のうち、特に必要と判断したものに対して審査結果の所見を開示、といった試行的な取組を行っており、その成果(異なる分野を専門とする審査委員が互いの視点を共有しながらより丁寧な審査を行うことによって、新たな学術分野の芽を見いだしているなど)と克服すべき問題点(審査委員の負担の軽減、審査委員の育成と確保、キーワードデータベース等による申請書内容と審査員の専門性のマッチング手法の検討など)も明らかになっている。

○ これ以外にも学術システム研究センターは専門分野ごとの学術動向調査により国内外の最新の学術情報の収集と蓄積を行うなど大きな役割を果たしているが、これらの学術システム研究センターの検討と取組は、科研費だけではなく研究費全般の改革を行う上で、極めて重要なものである。当部会としては、引き続き学術システム研究センターとの対話を重ね、議論を深めたい。

4.科研費改革の基本的な方向性

(あるべき学術研究の姿)

○ これまで述べてきたとおり、我が国の学術研究界は、我が国が世界の先頭を競っている分野の持続的発展、優秀な研究者が、必然的に発展する学際的・分野融合的領域に取り組む環境の醸成、これから世界の先頭を走ることになる分野の苗床となるような学術研究の質の高い多様性の確保を図るとともに、次代を担う若手研究者を確保・育成することが求められている。

○ そのことを敢えて研究者としてのキャリアパスを一例としてイメージすると、
 ・ 学士課程や修士課程における学問的な専門分野(ディシプリン)についての基礎的な知識等の習得と論理的思考力等の涵養を基盤に大学院博士課程に進学。大学院博士課程の専攻等の学生定員等は学術的な動向や社会的需要等を総合的に勘案し柔軟に設定されるとともに、日本学術振興会の特別研究員(DC)や基盤的経費・競争的資金等によるTA・RA経費などにより、優秀な博士課程学生が研究に専念できるよう生活費相当額を安定的に支援。
 ・ 我が国の強い学術分野やそれらを支える広い基盤分野などに関する部局を超えた卓越した大学院博士課程の教育において、特定の専門分野の学問的探究を深めるとともに、それを俯瞰できる総合的視野を育成。そのような視野を備えた人材の育成に資する連携大学院制度、共同実施制度及び主専攻・副専攻制の活用をさらに推進。
 ・ 博士号を取得し、ポスドクとして研究に従事。大学としてはシニア教授を年俸制や混合給与に移行することにより、優秀な若手研究者に対して基盤的経費等を財源とした安定した長期雇用ポストを提供。 
 ・ 他大学で助教や准教授に就任。大学は、限られた財源を卓越性や次代を担う若手研究者の確保・育成といった基準をもとに傾斜して配分し、優秀な研究者の異動によるセットアップ費用を提供するとともに、いまだ研究費採択の審査の対象には至らないが学術研究の多様性や新規性の観点から重要な研究活動のための研究費を措置。学問的な鍛錬や国際的な研究者コミュニティの中で長期にわたる確かなネットワークの深化を行いつつ、研究についてはPI(※13)として一定の自律性のもとに活動。
 ・ 科研費を活用して学問的な専門分野(ディシプリン)に基づいた研究の深化を重ね、研究実績を挙げる一方で、海外での研究経験も含めて、国内外の優秀な研究者とのネットワークの中で異なる分野との対話などから新しい研究の展開の端緒をつかみ、既存の細目を土台としながらそれを越える創造的な研究を科研費により推進。
 ・ 同時に、科研費等の審査委員として審査の過程にも参画し、特に、既存の細目を土台としながらそれを越える独創的な研究の審査における分野の異なる審査委員との合議は研究者としての視野を広げ、新たな研究構想を刺激。
 ・ 大学院教育や研究室での指導を通して次代を担う研究者養成を担い、「人」の育成による知の継承と発展を推進。また、クロス・アポイントメント制度も活用した他の大学・公的研究機関との人的交流や産業界との連携強化といった人材循環や、高度研究支援職や産業界を担う人材などの育成も推進。
 ・ 専攻や研究室のまとめ役として全体を見渡しつつ、1)大型科研費による学理の探究の加速(※14)や、2)科研費を活用し、異なる分野の研究者とともに若手研究者を巻き込みながら対話や交流、連携を重ね新しい研究分野を醸成する(※15)など、自らのアイディアと構想に基づいて学術研究を持続的に展開。
 ・ 研究課題や分野によっては科研費以外の競争的資金を活用した実用化に向けた研究開発に発展(※16)。
 ・ 大学においては、このような個別の研究活動、大学全体や我が国のサイエンスマップなどを踏まえつつ、組織の枠を超えた研究者の連携と交流による「知の融合」を促進しながら限られた資源を効果的・効率的に活用するため、研究・教育・マネジメントに渡る教員の業績評価の実質化と、研究科や専攻といった教育研究組織の再編成と学内資源の再配分を行い、学術研究の水準や人材育成の質の向上を組織的に展開。
 ・ 高速シーケンサーや質量分析装置といった大型設備・高度機器や専門性の高いサポーティングスタッフは学内で学問的な必要性に応じて公正にアクセスできるよう共同利用体制を確立し、研究者のアイディア次第でこれらの基盤を活用可能。さらに大学を越える共同研究拠点は若手研究者を含む国内外の優秀な研究者のネットワーク形成に寄与。
という姿を描くことができる。

○ もとより、研究者のキャリアパスは大学や専門分野によっても異なるものであり、特に人文学、社会科学分野のキャリアパスや研究活動、成果発表には自然科学分野と異なる特徴があることに留意すべきであるが、他方で、今、研究者コミュニティがこのようなイメージを共有することは、優秀で学問研究に対する志を持つ若者にとっては、独創的なアイディアとそれを現実にする構想があれば、研究者としてのキャリアパスが透明で公正なプロセスのなかで拓けるとの認識につながる。このことは、次世代の学術を担うべき若手が大学院博士課程に躊躇することなく進学する上で重要である。

(科研費改革に求められるもの)

○ 科研費改革は、2.で示した「不易たるもの」をしっかりと踏まえつつ、3.の3つの要素を考慮した上で、前述のような「あるべき学術研究の姿」を大学改革や科研費以外の競争的資金改革と連携しながら実現するものでなくてはならない。

○ 学術分科会としては、この方向性に基づく検討論点を提示し、研究費部会の下に「科研費改革検討作業部会」(仮称)を設置して、日本学術振興会学術システム研究センターにおける専門的な観点からの検討も踏まえ、具体的な改革案及び行程を引き続き審議する。分科細目表の見直しや大括り化の検討と合わせ、平成28年度から開始する第5期科学技術基本計画期間中、可能な限り速やかに改革を実現することが必要である。

○ その際、科研費改革に関する議論、例えば、3.で示した科研費に関する指摘や意見の中には容易に両立しないものもあることに留意が必要である。科研費の配分自体も採択率や充足率があらゆる種目で向上するのが理想ではあるが、成熟社会における学術研究の基盤を支える科研費をより効果的に配分するという観点から、これらの要素を重点化したりバランスを考慮したりするという視点も具体的な改革方策の検討に当たっては必要である。

○ 以上の観点から、科研費改革の基本的な視点を整理すると、第一は、科研費の基本的な構造の改革である。
  昭和43年に形作られた科研費制度は現在、基盤研究種目を基幹とし、その両翼を支える形で、若手研究者の自立支援のための種目、新領域の形成や挑戦的研究のための種目と大きく3系統に体系化されているが、審査分野、審査方式、審査体制は基本的に全ての種目共通に設定されている。現在のこの構造については、審査の改善や科研費活用の視点から、申請数増加や重複制限による弊害が指摘されているため、種目の再整理や審査方式の再構築を含めた基本的な構造の見直しが必要と考えられる。
特に基盤研究について、1)多様で水準の高い学術研究と、2)そのような質の高い多様性を基盤とした分野・細目にとらわれない創造的な研究の双方の促進の両立という観点から見直すことが求められる。
例えば、現在の基盤研究Cのような研究費においては分野・細目をベースとした公正で簡素な審査を行いつつ、それとは別に、スタディ・セクション方式の導入など細目を越えた創造的な研究を研究者から引き出すための丁寧な審査を行う現行の基盤研究Aのような規模の種目を、条件整備(審査委員の育成、コメントフィードバック、プレスクリーニング等)を図りつつ、設けることが考えられる。
さらに、そもそも現在のような研究費の申請額による種目区分で申請・審査を行うのではなく、趣旨を同じくする種目の中では申請額にかかわらず一括申請・審査として採択後に適正な配分額を決定する方法や、申請額による種目区分を設けても、ある申請が上位種目で不採択となったが下位種目の他申請と比べてなお優れていると認められる場合には下位種目で採択する方法、若手研究者向けの種目を基盤研究種目に統合し、審査過程で別枠を作る方法など、研究者ニーズに合わせた柔軟な科研費の在り方を可能とする仕組みについて、理想の科研費の在り方に向けた大胆な検討を行うことが必要である。
  また、大規模科研費(現行の特別推進研究、新学術領域研究)については、グローバル化を踏まえた審査や評価の改善を検討することが求められる。さらに、そのような大型研究の枠組みの中で次世代の研究者を育成する仕組みや、研究者の自由な発想によるボトムアップで育った有望な研究テーマを伸ばし、国際プレゼンスを戦略的に上げていくような仕組みを科研費制度に内在化していくための検討が必要である。
なお、前述のとおり、そもそも、近年の審査負担を極めて重くし、今後の丁寧な審査の導入の障壁ともなり得る科研費申請数の大幅な増加の背景には、「デュアルサポートシステム」の機能不全があると考えられ、科研費改革は学内資源の適切な再配分など大学改革による基盤的経費の確保・充実と同時に行われることが必要である。

○ 第二は、優秀な研究者が、所属大学や年齢、性別などの属性にかかわりなく自らのアイディアや構想に基づいて継続的に学術研究を推進できるようにするという観点からの見直しである。
  科研費の過度な集中は避けなければならないが、科研費と科研費以外の競争的資金との関係を踏まえると、科研費における重複制限の在り方の見直し、早期終了や最終年度前年度応募の活用、出産や育児などのライフイベントに配慮した優れた研究の積極的な支援、海外大学に所属する研究者による帰国後の研究再開を円滑にするための帰国前予約採択などにより、優秀な研究者がその進展を踏まえながら継続的に研究を進めることができるようにする必要がある。その際、審査の負担の軽減と審査コスト再配分の観点から、第一で指摘したプレスクリーニング等の導入を検討することも求められる。また、大型設備・高度機器の共用を推進するため、科研費としてのルール整備や評価の在り方、機器の運用に関する大学等への支援方策についてさらなる検討が必要であるとともに、科研費以外の研究費についても購入や利用についてのルールの共通化が求められる。

○ 第三は、我が国が強い学問分野を中心に国際共同研究の推進や優秀な若手研究者の相互派遣などによる国際的な研究者コミュニティにおける長期にわたる確かなネットワークの形成の観点からの見直しと体制整備である。科研費は個人の独創的な研究を支援するものであるが、その学術的な妥当性は常に他者との交流・対峙から客観的に検証することが求められるという観点から、また一方では、個人の研究の発展やそこから必然的に発展する学際・融合分野の推進のためにも、交流と連携のネットワーク構築は欠かせないものと言える。
  この国際ネットワーク形成については、チームとしての集合知や既存ネットワークを生かし、広い視野を持って若手研究者を育成しながら多様な学術基盤に触れることによる人的交流を通しての学術の総合性や融合性を強めていくものと、これらの基盤となる徹底した批判を経てはじめて採択される個人の自由な発想において行うものの、それぞれの重要性がある。そのため、第一において、大規模科研費のグローバル化を踏まえた審査や評価の改善の検討の必要性を指摘したが、これらの科研費種目においては、卓越した研究者を中心とする国際共同研究のためのユニットを設けて海外に研究者を派遣したり、海外研究者を招聘したりすることなどを促し、成熟社会である我が国の学術研究が国際的な研究者コミュニティをリードし、国際社会における我が国の存在感を維持・向上することが求められる。また、一方で、個人が小規模な科研費で進める独創的な研究に対しては、例えば現行の基盤研究Bや若手研究Aといった種目を取得し、今後の研究展開が期待できる実績を積んでいる研究者に対し、その必然性から発展する海外研究者との共同研究への支援を行い、個人ベースの多様で柔軟な交流関係を形成することも肝要である。その際には、科研費以外の国際学術交流事業や研究者海外派遣・招聘事業のそれぞれの目的・役割・対象などを踏まえつつ、前述の目的を達するため、全体として相乗効果が期待できるような制度設計が求められる。また、人文学、社会科学の場合は、日本語・日本文化を基礎とし、またそれを研究対象としている特殊性もあり、その分析と経験を踏まえ、国際的な学術情報流通にも資する電子書籍等の出版支援への転換や、学術雑誌の国際共同出版に向けた研究者交流の推進など、海外発信への支援も不可欠である。
なお、このような国際ネットワークの海外ハブとしての役割が期待される海外の日本人研究者をどのように支援、活用するかについては、補助金である科研費の資金管理や知財管理の点も含めて引き続き議論が必要である。

○ なお、第一と第三に関し、人文学・社会科学は、問題設定、分析方法など様々な面で、自然科学とは大きく異なる独自の学術分野を構成しているものの、これらの分野でも、自然科学と同様に、グローバリゼーションや科学技術の革新が新しい正義の思想や公平な社会的、法的仕組みを探究させ、人間の認知の構造の探求を盛んにさせていることに留意が必要である。特に、社会科学における社会事象の原因の探究には、独自の発見とともに発見の応用的側面も重要視される。経済的・社会的・国際的紛争、過去から未来へと続く世代間の利害相反などの諸問題が、新しい形で解を求めて登場している今日、学際的・分野融合的研究は、すべての研究分野にわたる研究者に期待されており、グローバル化についても、従来交わりの少なかった地域と地域、思想と思想を近づけ、そのことによってこれまでの課題解決を越える問題が提起されていることへの認識が必要である。例えば紛争地域での平和構築や歴史問題への学術的なアプローチにより、人文学及び社会科学が人類社会に貢献できる期待は、軽視されてはならない。
東日本大震災後に学術分科会が取りまとめた「リスク社会の克服と知的社会の成熟に向けた人文学及び社会科学の振興について(報告)」(平成24年7月)においても、人文学、社会科学にあっては、それ自体が開発してきた独自の視点の展開のみならず、生命科学や新しい工学技術など、関連する理工学の進展によって新たに直面する学術への広汎な要請に対応すべく、諸学との適切な連携をも視野に入れた戦略的な挑戦を目指す結果として、知的社会の成熟化が実現できると捉えられている。さらに、自然災害や少子・高齢化など世界に先んじて直面する多くの課題がある我が国では、日本由来の学問領域を国際的な交流の場に引き出すことを責務の一つと考え、リーダーシップを取ることで貢献・寄与することが要請されている。

○ 第四として、平成23年度から導入された「学術研究助成基金」については、第一で指摘した丁寧な審査の導入等により必要となるアワードイヤーの実現や第三の海外研究者との国際共同研究等の推進において、日本側の会計年度の制約が共同研究上の支障になることのないようにするなど研究費の成果を最大化する観点からその充実を図ることが必要である。

○ 第五は、科研費の研究成果の一層の可視化と活用である。科研費の研究成果を活用した科研費以外の競争的資金、特に、学術研究の成果を応用研究・実用化研究につなぐ役割をする戦略的な基礎研究に関する競争的資金による研究の推進の観点から、科研費成果等を含むデータベースの構築等について、本部会での議論や「戦略的な基礎研究の在り方に関する検討会」報告書(平成26年6月27日)等を踏まえ、科研費成果等を含むデータベースの構築等について取り組むことが求められる。また、大学改革や大学共同利用機関、共同利用・共同拠点の在り方の見直しの検討においては、科研費を含めた競争的資金改革との連動の視点も十分踏まえることが求められる。

5.科研費以外の制度に求められる改革の方向性

(大学改革に求められること)

○ 前述の「あるべき学術研究の姿」の実現に向けた「デュアルサポートシステム」の「再生」のためには、「中間報告」で指摘されている(※17)ように大学改革は極めて重要である。
  大学が自らのビジョンや戦略に基づいてその役割を明確にした上で、大学院教育の充実や若手研究者への審査を経た上でのテニュアポストの提供などを行いつつ、大学として強い分野やそれを基盤とした融合分野、次の強みに結び付く水準の高い学術研究の多様性を推進することが求められる。例えば、「国立大学改革プラン」や「国立大学改革基本方針」などで指摘されているとおり、例えば今後の人口動態・教員採用需要等を踏まえた教員養成学部の量的縮小を図ったり、多様な教育研究の役割のいずれをも十分担っていない教員組織の転換を図ったりするなどの教育研究組織の再編成を行い、これらの資源を全学的な観点から大学院教育の充実や若手研究者支援に振り向けるなどの学長のリーダーシップに基づく学内資源配分の最適化という決断と実行をしてこそ、今後の学術研究にとって不可欠な優秀な若手研究者の確保、異動時の初期セットアップ費用、共同利用大型設備のサポーティングスタッフ等の研究支援職員の確保、いまだ研究費採択の審査の対象には至らないが学術研究の多様性や新規性の観点から重要な研究活動のための研究費などを安定的に供給するための、基盤的経費の確保・充実を図ることができる。
  その際、文部科学省においても国立大学の機能強化の方向性に対応した制度の枠組みを検討する必要がある。

(科研費以外の競争的資金改革に求められるもの)

○ 近年、競争的資金制度のスクラップ・アンド・ビルドにより、イノベーションや「課題解決型」を趣旨とする制度の新設が増加している(※18)。競争的研究資金制度に不断の見直しが求められるのは当然であり、また、それらの制度の設立は社会の要請に基づくものではあるが、一方で、これらの制度が実際に研究現場に与える影響について、経済産業省の産業構造審議会においても、国立大学法人改革以降、運営費交付金が減額され競争的資金が増額されてきたが、近年、大学等において、競争的資金の申請等に係る手間の増大や、選択と集中を進めてきたため特定領域に研究資金が集中し、ともすると目先の研究資金が獲得しやすい研究を志向する等、研究活動が制約されているとの見方や、基礎研究分野における研究内容の多様性や独創性は、革新的技術シーズの萌芽を生み出す土壌として非常に重要で優れた技術シーズになるかどうかは研究段階ではわかりにくい場合もあることから、独自性のある研究を継続して行うことも重要であるにもかかわらず、研究資金が多い分野に研究者が集まり、短期的な成果が出る研究のみに携わる流れが生じ、基礎研究の多様性が失われているとの指摘が紹介されている(産業技術環境分科会、平成26年6月)。

○ イノベーションの源泉となる学術研究を担う大学の機能不全を招くことは、ひいては我が国のイノベーションの活力そのものを阻害しかねず、政府全体での競争的資金改革の検討にあたっては、イノベーションシステム全体の強化の観点から、競争的資金制度全体を俯瞰し、バランスの取れた設計が望まれる。その際、成熟社会においては基礎研究、応用研究、開発研究、実用化といった単純なリニアモデルが必ずしも妥当しないことを踏まえ、基盤的経費から競争的資金全体を見渡した上で研究費として成果を最大化する適正な規模とすることが求められる。
このように、科研費以外の競争的資金についても、学術研究の多様性の確保、学術政策・大学政策・科学技術政策の連携、広く社会でイノベーション創出を担う人材の育成といった基本的な考え方を横串に位置づけて改善を図ることが期待され、例えば、
・ 資金の趣旨・目的を踏まえた透明性の高いプログラムの設計と評価、それぞれの役割分担を明確にした上での相互連携(競争的資金マップの作成)、
・ 厳格で公正なサイエンス・メリットを前提とした審査・配分と成果評価、
・ 競争的資金で雇用されるポスドクの研究者や研究支援者としての今後のキャリアパスの確保についての大学との対話や施策の展開、
・ サイエンスマップや科研費等の研究成果等にかかるデータベースの充実・活用、
などが求められる。

おわりに

○ 国内最大の競争的資金である科研費を、「不易たるもの」は維持しながら、より自由で活動的な学術を創造していく自律した制度に変革することにより、学術の多様性の進化を保証しつつ、「卓越性」の上に「挑戦性、総合性、融合性、国際性」を創出すること、研究者の多様なキャリア形成、特に若手研究者の自立を支援し、研究活動を通じて次世代を育成すること、大学等研究機関の研究力強化と各機関のミッションに応じた組織戦略を実現すること、また、複雑化・予測困難化する国際社会の中で、学術に立脚した文化国家としての日本の発信と世界が共有する課題の解決への貢献により、研究者ネットワークのソフトパワーによる国際協調を図ることが現実のものとなろう。学術研究が「国力の源」である所以は、ただ我が国の経済成長のみならず、社会の文化基盤や国際的な相互信頼をも育み支えるところにある。

○ この度の研究費部会での議論は、昭和43年に制度の基礎が確立して以来はじめての抜本的な科研費改革に向けた検討であると同時に、今後政府全体で始まる競争的資金改革やイノベーションシステム形成の議論のさきがけである。学術コミュニティ自らの主導で内外の関係者による真摯な対話を重ね、大学改革、他の競争的研究資金改革とともになって、21世紀にふさわしい科研費改革を実行し、ダイナミックに変貌し豊かになって行く知的基盤社会における新たな学術の姿を社会に示していくことが、我が国の将来のために必要である。


※1 例えば、90年代、ナッシュ均衡等のゲーム理論のように数学が経済学を通じて世界各国の公正取引法改正に結び付いたこともある。
※2 (科研費については)これまでも審査体制の充実や基金化の導入など学術の発展の観点から様々な改革を行ってきたところであるが、さらなる充実を図るため、
・より簡素で開かれた仕組みによる多様な学術研究の推進とそれを基盤とした分野・細目にとらわれない創造的な研究を促すための分野横断型・創発型の丁寧な審査の導入や応募分野の大括り化(その先導的試行としての「特設分野研究」の充実)等
・学術動向調査などの学術政策や科学技術政策への反映、イノベーションにつながる科研費の研究成果等を最大限把握・活用するためのデータベースの構築等
・グローバル・リサーチ・カウンシル等学術振興機関間の交流や連携も活用した国際共同研究や海外ネットワークの形成の促進
・卓越した若手や女性、外国人、海外の日本人など多様な研究者による質の高い学術研究支援の加速
などのための改革に、研究者としてのステージや学問分野の特性などにも配慮しつつ取り組むことが必要である。なお、平成23年度から導入された「学術研究助成基金」については、上記のような丁寧な審査の導入等により必要となるアワードイヤーの実現や、海外研究者との国際共同研究等の推進において、日本側の会計年度の制約が共同研究上の支障になることのないようにするなど研究費の成果を最大化する観点から、その充実を図る。
※3 成熟社会とは、経済発展や社会制度の発達により、物質的な豊かさ・利便性や社会の安定、文明の高度化が実現された一方、その社会を支える前提であった経済成長や人口増加が飽和・鈍化し、環境・エネルギーや少子高齢化等に関する課題が顕在化する中で持続可能性や価値観の多様化をより重視し始めた社会の姿と考えられる。
※4 例えば、「サイエンスマップ2012」では、イギリスやドイツに比して、臨床医学、経済・経営学、工学、環境/生態学、社会科学・一般などの研究領域への参画数が少ないことが示されている。
※5 今回の「サイエンスマップ」調査で導入されたSci-GEOチャートでは、個別の研究領域を継続性(時間軸)と他の研究領域との関与の強さ(空間軸)を用いて分析し、過去のマップとの継続性がある場合、他の研究領域との関与が強い/弱いでコンチネント型領域/アイランド型領域に、過去のマップとの継続性がない場合、他の研究領域との関与が強い/弱いでペニンシュラ型領域、スモールアイランド型領域に分類。日本とイギリスやドイツを比較すると、スモールアイランド型において参画数に最も大きな差がついている。
※6 あらゆるものの中に機械論的に説明しえない生気を認める考え方。
※7 現象的事物はすべて直接原因と間接原因との2種の原因が働いて生ずるとする考え方。
※8 例えば、地方国立大学においては、教員ひとり当たりの基盤配分額が年間11万円という事例がある。
※9 例えば、博士号取得者が最初のテニュアトラックポストを得る平均年齢は37歳、アメリカ国立衛生研究所(NIH)の研究資金を取得する平均年齢は42歳。1980年には36歳以下の研究者の16%はNIH研究資金の取得者であったが、現在は3%。
※10 Rescuing US biomedical research from its systemic flaws” Bruce Alberts, Marc W. Kirschner, Shirley Tilghman, and Harold Varmus, Proceedings of the National Academy of Sciences, April 22,2014, vol.111, no.16
※11 複数分野の審査委員において構成される審査委員会において、審査委員間の活発なコミュニケーションの中で合議審査を行おうとするもの。NIHにおけるセクション数は230、1セクションで審査される研究計画書は60から80件。各研究計画書の審査には3名の審査員が割り当てられ、審査員ごとに割り当てられる研究計画書は10件前後。専門的な観点からのメールレビューが行われる場合もある。
※12 基盤研究Cを1とした場合の平成25年度の審査コストは、基盤研究A0.22、基盤研究B0.49、基盤研究C1.00、挑戦的萌芽研究1.11、若手研究A0.25、若手研究B1.05である。
※13 PI(Principal Investigator)グループに責任を持つチームリーダーや独立した研究者
※14 例えば、東京大学大学院理学系研究科の菅裕明教授は、科研費の特別推進研究で実施した特殊ペプチド創薬に関する研究により、活性特殊ペプチドの探索と発見を可能にするRaPIDシステムを開発した。その技術特許ライセンスを受けたペプチドリーム社は国内外の大手製薬企業と共同研究を開始し、2013年6月には東証マザーズ上場を果たしているが、菅教授は、更に新しい研究課題に挑戦するとともに独創的で国際感覚にあふれた人材育成を目指し、研究と教育を続けている。
※15 例えば、東京大学大学院理学系研究科の五神真教授は科研費の新学術領域研究で 光と物質を同等に扱うという新しい視点に立ち、量子情報・レーザー・半導体光物性・テラヘルツ分光など異なる分野の研究者を結集、連携させて、物質と光の相互作用について光科学の新しい局面を切り拓いた。その際、異分野の連携を促すためにシンポジウムや国際ワークショップを開催し、更には若手研究者の育成に重点を置いた若手道場などの工夫をこらした仕組みが考案され、効果を発揮した。
※16 例えば、東京大学大学院理学系研究科の中村栄一特例教授が科研費の特別推進研究で実施した小分子有機半導体のナノ組織化の研究は、JSTの戦略的創造推進事業(ERATO)に引き継がれ、有機薄膜太陽電池の開発につながった。
また、東京工業大学フロンティア研究機構の細野秀雄教授が基盤研究Bで実施した「ガラスの半導体」の研究は、JSTの戦略的創造推進事業(ERATO)に引き継がれ、液晶ディスプレイの高精細化、省電力化に大きく貢献し、スマートフォンやタブレットの実装、商品化につながった。
※17 運営費交付金等の基盤的経費については、以下のような大学の取組を前提として、また、その取組の実践と相まって、国がその確保・充実に努める必要がある。大学においては、明確なビジョンや戦略を立て、自らの役割を明確にした上で、当該戦略等を踏まえて基盤的経費を配分することにより、その意義を最大化すべきである。例えば、
・優秀な大学の教員が公的研究機関等のポストを兼ねたり異動したりするなど組織を越えて卓越した教育研究を担うとともに、若手研究者が安定した環境で優れた研究活動を行うことができるような人事・給与システムの改革
・例えば、物理学、化学、材料科学、免疫学、生物学・生化学など我が国が世界の先頭を競っている分野や人材育成に関し世界から注目されている分野 などを中心に、各分野や国際社会の人材ニーズも踏まえつつ、国内外の優秀な若者、企業等の優秀な人材を集め、公的研究機関とも連携しながら知的に成長させる卓越した大学院の課程の形成
・リサーチアドミニストレーターやグローバル担当職員など専門人材の積極登用や大学職員全体の資質の向上、教員と職員の協働の推進など、研究支援体制の強化や大学事務局改革
・個々の研究者の独創的な個性と組織としての大学の戦略を両立させる強靭なガバナンスの確立と教育研究組織の最適化
・組織の枠を越えた研究者の知の融合を促進するとともに、限られた人材・資源の効果的・効率的な活用を図るため、施設・設備や図書・史料等の機関内外での共同利用・共同研究の一層の推進
・多様な教育研究活動の場となるキャンパスや施設について、知的交流を促進するよう快適で豊かなものにするための取組
などのために、学内外の資源の再配分や共有を行うことが求められる。なお、国立大学については、既に進展している「国立大学改革プラン」を着実に実行することが必要である。
※18 例えば、科学技術振興機構研究開発戦略センターの資料によれば、「競争的な性格を持つ科学技術関係経費事業」は平成13年度の10事業から平成25年度には23事業に増加し、うち14事業が「研究開発(実用)」に位置づけられている。

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