第5章 提言 今後の展開方向と課題

 太陽光は、地表上の気温を保つことなども含めて地球環境システムの根幹をなすものであり、人類は、光環境に様々に適応しながら、また、光を活用して、文明社会を築き上げてきたが、経済活動の高度化等に伴う地球温暖化、オゾン層の破壊等の地球環境問題は、地球上の生命の生存基盤の存続を脅かしかねないものとなっている。
 また、太陽光は、光合成を通じて地球上の生命現象のほとんどすべてを支えており、文明社会の基礎となっている石油、天然ガス等の化石エネルギー資源や水力、風力等のエネルギーも、もとをたどれば皆、太陽光が源であるということができるが、太陽光の地表に到達するエネルギーのうち、食料やエネルギー源として有効に使われているのは、その十万分の一程度に過ぎないといわれている。
 更に、人類は、白熱灯や蛍光灯などの照明やレーザー、放射光といった新しい光を創出し、また、光触媒、光ファイバー通信をはじめ、光に関連する科学技術を飛躍的に発展させてきたところであり、21世紀は、エレクトロニクスの時代からフォトニクス(光科学)の時代、「光の世紀」になると考えられる。このように、光科学技術の研究開発には大きな期待が寄せられているが、今なお、光の持つポテンシャルは、十分に活用されているとは言えない。
 このような中で、経済と環境を両立させつつ、持続可能な社会を築き、安全かつ安心して暮らせる豊かな未来の実現を図るためには、光全体を様々な可能性を秘めた資源として捉えて、これを活用し、又は創造する科学技術を振興していくことが極めて重要である。
 こうした情勢を踏まえ、科学技術・学術審議会資源調査分科会では、科学技術の総合的な振興を使命とする科学技術・学術審議会の分科会として、光科学技術を振興し、光資源を総合的に活用する方策について、検討を行ってきた。これらの検討を踏まえ、光資源を活用し、創造する科学技術の今後の展開方向について提言を行うものである。

1 光資源を活用し、創造する科学技術の展開方向

1-1 地球環境問題の解決のために

 温室効果ガスの排出増加による地球温暖化、フロン等による成層圏オゾン層の破壊、光化学スモッグなどの大気汚染などの環境問題は、いずれも大気中の微量成分と太陽光が密接に関与して発生しているものであり、地球環境の変動やそのメカニズムを解明し、適切な対策を講じていく上で、大気中の微量成分等を高精度で計測し、モニタリングしていくことが極めて重要である。
 このような環境計測技術において光科学技術は幅広く活用されており、衛星に赤外分光計等のセンサーを搭載して宇宙から地球大気を計測する技術、地上からレーザー光を出射して散乱光を集光して計測するレーザーレーダー(ライダー)計測などのリモートセンシングのほか、いわゆるその場計測における新しい光吸収測定法やレーザーを活用した様々な計測技術が開発されている。
 2008年には温室効果気体観測衛星(GOSAT)の打ち上げによる温室効果気体の濃度分布の観測等が実施される予定であるが、今後、光と地球環境との関係を含めて、地球環境問題のメカニズムを解析、解明し、その解決を図っていくためには、その場計測装置の小型化・ポータブル化と信頼性の一層の向上、人工衛星からレーザーを発射するライダー計測等、光科学技術を活用した計測技術の一層の向上を図る必要がある。

1-2 より豊かで快適な生活のために

(1)身近な暮らしに溶け込む「光触媒」

 酸化チタン電極に光をあてると、水から酸素が発生する反応が加速され、白金電極と組み合わせることにより光電池として作動させることができるという「光触媒」のメカニズムが発見されたのは1972年である。それ以降、光触媒の強力な酸化作用への着目、超親水性効果の発見等研究者の新しい発想と企業等との連携などにより、光触媒を活用した抗菌タイルや空気清浄機、車のサイドミラーや外装建材などの新製品が数多く開発され、その市場規模は500~600億円に達している。
 今後、可視光領域の光を利用できるような光触媒の開発を促進することにより、シックハウスのもととなるホルムアルデヒドを除去するための屋内での壁紙への活用を図るなど、光触媒の一層の活用、普及が期待される。

(2)安全・安心な食料の安定的な提供

 光は、光合成等を通じて植物の成長や形態形成に、視覚等を通じて動物の行動に密接に関係しているが、光の波長や強度等とこれらの現象との関係の研究などを含め、光科学技術を活用することにより、より効率的かつ安全・安心な食料の生産が可能となるものと期待される。

1 植物工場に係る技術開発

 中長期的な国際的な食料需給の見通しについては、農用地面積の拡大に限界があることや砂漠化の進行等の環境問題の深刻化、人口の増大等、不安定な要素が多く、食糧自給率が40パーセントと低い我が国にとって、食料を安定的に供給することは重要な課題である。また、無農薬、有機農産物など安全・安心な食料の供給を求める多様な消費者のニーズに応えていくことが必要である。
 植物の成長には光が欠かせないが、光の波長や強度と光合成や光形態形成の関係が明らかになってきており、そのような知見をもとに、LEDなど比較的最近開発された光源を含め、様々な人工光源を用いて効率的に植物の栽培を行う技術の開発研究が進展してきている。
 光、温湿度、二酸化炭素濃度、培養液などの環境条件を人工的に制御する植物工場は、気象条件に左右されず、また、無農薬での生産が可能であるという大きなメリットを有するものである。このため、LED光源と他光源との組み合わせや光照射方法など、より効率的な光活用技術の研究開発を、人工栽培に適した品種の開発や環境制御技術の開発、更には有機栽培など消費者のニーズを把握するためのマーケティング等も含めて、総合的に進めることが重要である。

2 漁業生産に係る技術開発

 光と魚の行動、魚の視覚、光と藻類の成長等に関する研究と新しい光源等を活用した技術開発により、漁業の生産性の向上や省エネルギーが図られることが期待される。
 光力と集魚効果の研究などから、イカ釣り漁船の集魚灯の過剰な出力の抑制と光源のLEDへの転換が図られ、生産性の向上と省エネルギーが図られているが、今後、断続光の明暗周期、明暗照度比、照射光の色等と嫌忌効果(魚の回避行動)についての研究等により、光科学技術のいわゆる海洋牧場への応用などが期待される。

1-3 健康にくらすために

(1)照明光に対するヒトの適応

 人類の長い歴史から見ると、科学技術がもたらした現代文明の生活環境は極めて短い歴史しか持たないものであることから、人間の身体はこのような新しい環境になじんでおらず、無意識に「余分な緊張」を強いられている可能性がある。人工照明の発明により、人間の生活環境は大きく変わり、多大の恩恵を受けていることは言をまたないが、一方、最近の研究は、夜の昼光色の照明がそのような意識下の「余分な緊張」を生じさせることを示唆している。
 また、光とメラトニン分泌の関係をはじめ、照度、分光分布、光曝露の時刻やその時間やパターンなど様々な光条件と、中枢神経系、自律神経系、ホルモン分泌系等の非視覚的生理反応の関係なども明らかになってきている。
 今後、照明光の技術開発や標準化、使用計画等の検討に当たって、光環境と健康の観点から検討を行うことは重要であり、光環境に対する個人差、性差、年齢差等を含めた非視覚的生理反応などについての研究をさらに進める必要がある。

(2)光による診断・治療

1 睡眠障害やうつ病などの治療への光の活用

 夜遅くまで強い照明を浴び、また交代勤務などで自然の昼夜とは異なった明暗サイクルで生活することの増えた現代のライフスタイルは、生物時計の機能不全の引金となり、「概日リズム睡眠障害」などの生体リズム障害を引き起こしている。
 概日リズム睡眠障害、季節性うつ病等に対しては、高照度光の活用等による光治療が有効である場合が多く、また、例えば、外出の必要性が減って光を浴びる機会が減少する等生体リズムの同調因子の減弱により引き起こされている高齢者の不眠対策としては、いきなり睡眠薬を投与するのではなく、生活習慣を見直し、光を浴びることから始めることが示唆されている。
 睡眠障害やうつ病の治療には、他の治療法と高照度光を組み合わせることによって効果が高まるものと期待されており、そのような光を活用した治療を進めるための様々な条件整備を進める必要がある。

2 非侵襲生体診断と治療への光の活用

 光科学技術は、内視鏡、パルスオキシメータ、OCT(光干渉断層画像)、酸素モニター、光マッピング(光トポグラフィー)、拡散光トモグラフィー、蛍光・生物発光イメージング、非侵襲血糖値測定など、様々な生体診断に応用されてきており、世界に先駆けて開発された内視鏡やパルスオキシメータなど、我が国発の技術や我が国の研究が最先端にあるものも多く、我が国の先端的光技術を基盤とした生体医用光学のポテンシャルは非常に高い。このような我が国の高いポテンシャルを最大限に活用して今後とも、国際的に強い競争力のある光を活用した生体診断技術や治療技術の研究開発のさらなる進展が期待される。特に、ポストゲノム研究として新薬開発や疾患の詳細診断に効果的と考えられている分子イメージング技術の分野において、光技術を用いた手法の研究を強力に推し進める必要がある。
 また、光を用いた治療技術に関しては、光と反応して活性酸素を作り出す化学物質を導入して腫瘍を治療する光化学治療(PDT)など様々な技術の研究開発を進める必要がある。

1-4 光科学技術によるイノベーション

(1)大容量、高速光通信ネットワーク

 1980年代に導入が始まった光ファイバ通信は、ファイバ自体の性能の向上、波長多重(WDM)方式やラマン光増幅技術、光スイッチを活用したいわゆるフォトニックネットワーク技術など様々な光技術の開発により伝送速度、容量ともに飛躍的に拡大し、我が国のブロードバンド・インフラは、世界で最も充実したものとなっている。
 今後、コンテンツのデジタル化が飛躍的に進展するものとみられ、また、映画をデジタルで製作・配信・上映するデジタルシネマの取組みにみられるような高精細映像の活用等が、娯楽、産業、医療、教育など幅広い分野で期待されている中で、光通信インフラは我が国国際競争力の源泉となるものであり、光を活用した情報通信関連技術の研究開発が様々な関連分野の研究開発とシナジー効果を発揮するような形で、一層進展することが期待される。

(2)光による粒子の加速

 高エネルギー加速器で生成した粒子ビームは、粒子線がん治療など医療分野をはじめ、産業、基礎科学分野で広く利用されている。しかし装置の高度化に伴い建設・維持コストが増大し、産業・医学利用の普及や更なる高度化に限界が表れはじめている。このような中で、原理的に小型化が可能な光による粒子加速器の実現への期待が高まっている。最近実証された高出力レーザーによる粒子加速は、加速器の大幅な小型化をもたらすと共に、生成される超短パルスの粒子線やX線は多様なイノベーションをもたらすと期待される。高出力レーザーは製造技術の革新にも不可欠であり、産業界と連携して開発を進めることで、科学技術と産業の最先端を同時に切り開くことができよう。

(3)アト秒パルス、テラヘルツ光など新しい光

 これまでの光科学技術の開発は、主に可視光を中心とする限られた波長領域で行われてきたが、近時、これまでそのポテンシャルが十分に活用されてこなかった波長領域の光、すなわち、軟X線領域のアト秒パルス光やテラヘルツ光などの研究が進んでいる。このような新しい光は、これまで捉えることができなかった様々な物質系の未知の現象やダイナミクスの観測を可能にし、計測、分析、制御等を通して様々な分野にイノベーションをもたらすことが期待されており、その研究開発の一層の推進を図る必要がある。
 また、テラヘルツ光は、非破壊診断等セキュリティ関連分野での応用が多数提案されており、安全・安心な社会の構築という観点からも、その実用化に向けての技術開発を早急に進めることが重要である。

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