まえがき

 今後、科学技術の推進に当たって、第2期科学技術基本計画の評価を進めつつ、第3期科学技術基本計画の策定に向けて、国として取り組むべき科学技術の方向性に関する検討、とりわけ、この間の社会状況の変化に応じて、新たに取り組むべき方向性についての検討を進めることが必要となっている。
 物資的な豊かさという点で大きく発展した20世紀を経て、これからの21世紀には、何を目指して科学技術を推進していくべきであろうか?
 これまでの科学技術は、「もの」を研究して得られた知識を基に、「もの」の機能を向上させ、豊かな生活や社会活動に貢献してきた。また、それら機能の向上した「もの」が、経済的にも高い価値を有し、我が国経済の発展を支えてきた。今後も、これらに貢献する科学技術分野の研究開発が引き続き重要であることは間違いない。しかし、一方で、この間、人々の求める豊かさは、物質的なものから精神的なものへと比重を移しており、今後の科学技術は、心の豊かさに貢献する科学技術分野も強化しながら進めていくことが必要とされているのではないだろうか。
 心の豊かさというとき、人によってその内容は千差万別であろうが、文化芸術がその中でも大きな位置を占めることは間違いなく、文化芸術とのかかわりの中で、社会目標としての「心豊かな社会」の充実に貢献していくことが、今後の科学技術に求められる新たな役割のひとつであろうと考えられる。
 平成13年末には、文化芸術振興基本法が定められ、また、これに基づいて、平成14年末には「文化芸術の振興に関する基本的な方針」が閣議決定されたが、それらの中でも、科学技術の活用が示されている。
 文化芸術は、いわば「文化資源」であり、文化芸術も科学技術も、その昔、ともに‘art’であったものが、長い間に分化していったと言われている。文化芸術と科学技術の融合の観点から、これら文化資源の保存・活用・創造を支える科学技術の振興を通して文化資源の保存・活用・創造を進め、それを人々の生活や社会活動に生かしていくことが、心豊かな社会の実現に大きく貢献するものと考えられる。
 更に、文化資源は、経済的にも高い価値を有しており、今後の我が国経済を牽引する役割も期待されている。例えば、我が国のアニメーション等のメディア芸術などは、海外でも高い評価を受け、それに関連した市場も急速に拡大している。米国での日本製アニメーションの関連ビジネスの市場規模は2002年に約5,200億円となり、日本から米国への鉄鋼輸出額の3倍以上に成長したという試算もある。
 我が国はこれまで、科学技術を積極的に産業へ取り込むことにより、その工業製品の国際競争力を急速に強化して、エネルギー・鉱物資源などのいわゆる物質的な資源を海外から確保してきた。それは、いわば資源の少ない我が国で唯一優位を誇る人的資源を活用して、生存の基盤となる物質的な資源を確保してきたと見なすことができよう。しかしながら、今後、年齢別人口構成の老齢化、労働コストの安い開発途上国の追い上げによる国際競争の激化が予想される中で、従来と同様な国際競争力を維持することは容易ではない。
 一方、我が国はヨーロッパ諸国に引けを取らない魅力ある文化資源を持っており、今後の我が国の経済基盤を確保する上でも、ヨーロッパ諸国以上に、その文化資源を有効に活用し、新しい価値を創り出す努力が必要と考えられる。こうした文脈の下で、我が国固有の文化資源を、科学技術と融合させながら新たな付加価値を生み出し、併せて歴史的価値の高い文化資源を最大限に保全して次世代の資産とすることは極めて重要な課題と言える。
 現在、一国の国力を表わす指標として、GNP(Gross National Product 国民総生産)やGDP(Gross Domestic Product 国内総生産)ではなく、世界の中で、他とは違う斬新なものをいかに生み出し、人々の心を掴めるかという観点から、いわゆるGNC(Gross National Cool 国としての格好のよさ)という概念が注目されている。このGNCが高まれば、その国の魅力も同時に高まり、国際競争力も増すことが期待されるが、そのためには、日本の特徴や日本ならではの文化的な価値が重要であり、その意味で、文化資源は、GNCを高めるための重要な要素となると考えられる。そして、かつて、科学技術が我が国のGNPやGDPの増大に貢献したように、今後、文化資源の保存・活用・創造を支える科学技術が、我が国のGNCを高めていくことが期待されている。
 また、大きく分化してしまった文化芸術と科学技術を再び太いパイプでつなぐため、文化芸術と科学技術を融合する新しい共通基盤の創成が求められている。
 こうした情勢を踏まえ、科学技術・学術審議会資源調査分科会は、文化資源委員会を設置し、文化資源に関わる科学技術について先駆的な提言を行うため、文化資源の保存・活用・創造を支える科学技術の振興について調査審議を行ってきたものである。
 なお、科学技術と文化芸術については、科学技術の成果を文化芸術によって国民にわかりやすく示すという考え方もあるが、本報告書は、上記のような趣旨から、文化資源の保存・活用・創造を支える科学技術について、かつ、文化資源に関わる科学技術のすべての内容を網羅するというよりも、最近進展が著しいものに絞り、その振興方策について取りまとめることとした。

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科学技術・学術政策局政策課資源室

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