3.各論 第2章  気候変動が生態系資源及び土地資源等に与える影響

2‐1 気候変動の展望

2‐1‐1 気候変動の時間‐空間スケール別にみた統合的管理

(1)時間・空間スケール

 地球上の地域は、とらえ方によって大きくも小さくもとることが可能である。逆に、考察する現象に応じて大きくしたり、小さくしたりしなければならない。特に、統合的管理の考察においては対象としてとりあげる地域の大小のスケールを明確にしなければならない。
 これまで、一般的には広い地域の気候については大気候(マクロスケールの気候)、中くらいを中気候(メゾスケールの気候)、小さい場合を小気候(マイクロスケールの気候)と呼んで来たが、その区分は研究者により、または場合により、或いは国によってかなり差がある(吉野, 1978;1986)。また、メゾスケールとマイクロスケールの間にローカルスケールを独立して設けた方がよいという主張や、ローカルスケールの気候は小気候の一部とする意見もある。
 日本では地形が複雑なためもあり、ローカルスケールを独立して設ける研究者が多く、人間活動・動植物への影響を扱う場合には4区分されることが多い。
 具体的な水平スケールは、

イ)大気候:(2~4)・105~107m
ロ)中気候:103~2・105m
ハ)小気候(局地気候):101~104m
ニ)微気候(小気候):10‐2~102m

とされよう(Yoshino, 2005)。一般的に言えば、米国の大草原、シベリアのタイガなどでは小気候地域は広くなるし、日本のような地形が複雑で、周辺は海に囲まれた島国では狭くなる。
 次に重要な点は、水平スケールに応じて、生じる現象の寿命時間(時間スケール)の幅がほぼきまっていることである。一般的には時間スケールと空間スケールは、両対数グラフ上で、ほぼ直線関係にある。例えば、それぞれの気候現象の典型的な時間スケールとそれぞれの例をあげると、

イ)大気候:2~3ヵ月から数ヵ月。季節風、東アジアの雨季。
ロ)中気候:1日~数週間。盆地の気候、関東平野の空っ風。
ハ)小気候(局地気候):数時間~数日。斜面の温暖帯、霜道、都市のヒートアイランド。
ニ)微気候(小気候):数分~数時間。水田の気候、ビニールハウス内の気候。

 例えば、ヒートアイランドの例で言えば、発生するヒートアイランドが昼夜で構造が変化することを考慮に入れて、典型的な場合の寿命時間を考えるわけで、連日同じ現象がくり返せば、連続して年間を通じて発生しているとみることになる。
 気候の影響は図2‐1‐1に示した領域1.~5.、すなわち時間‐空間スケールに応じてそれぞれ異なる。スケールによって影響する気候要素、気候因子、程度、その速さ、強弱などが異なる。この点は極めて重要である。例えば、地球温暖化が近年明らかになって来ており、100年間に何℃上昇したという指摘がある。これは地球規模で、言いかえれば、全地球を平均してみた場合であって、この何℃という値は小スケールでみた場合には、さらに大きくなる場合もあれば、逆に小さくなる場合もある。高緯度では上昇率が大きく、低緯度では小さいことは顕著であるが、例えば小スケールでみて、卓越風に対する山地の風上側と風下側で差がある。これを考慮に入れないと、例えば地球が温暖化した場合の山地の森林の環境問題は論じることが難しい。

 図2‐1‐1 気候変動の時間スケールと空間スケールとの関係

図2‐1‐1 気候変動の時間スケールと空間スケールとの関係

(2)統合的管理を行う対象の『スケール』

 影響の内容(質)・程度(強弱)・速度などは、スケールによって異なる。生態系・海洋・土地などの資源、人口問題・経済活動などの人間社会について考察・検討する場合、どのスケールに属する現象・課題を扱うのかを先ず最初に決定する必要がある。
 いま気候の変動の影響を考える場合、表2‐1‐1に示すように、変動の時間スケールに応じた空間スケールの差が明らかなので、スケールをまず検討してから分析・議論などを始めなければならない。
 図2‐1‐1、表2‐1‐1の領域1.はマイクロスケールで管理を行う母体は個人・事業所単位である。地域について言えば大字・小字、地形的にはひとつの小さい川の流域が単位となる。田畑では一筆ごと、山地の森林では小地形的にみた斜面、段丘面などが単位となろう。平均値より日最低気温・日最高気温が高いか低いか、暖かいか寒いか、などが強く関係する。例えば、ビニールハウス内温度の管理、ビルの冷暖房の設定温度の決定などである。
 領域2.は、マイクロスケール(ローカルスケール、局地スケール)、場合によってはメゾスケールと呼ぶ。日本における呼称では、市・町・村・県・郡、地形的には湖・川・湾などの水陸分布が対象となる。領域2.は、少し長い時間スケールで、暖冬・冷夏などの言葉で表現されるようにひとつの季節の寒暖・乾湿が強く関係する。管理に対応するのは市町村県の行政単位が主である。例えば、地球温暖化によって暖冬が多く、積雪深は小さく、積雪期間は短くなる傾向にあるが、そのような長期傾向の中にも変動があり、豪雪に見舞われる年が必ずある。そのような場合の予算対策はこの行政単位の課題である。また、農林業が受ける被害は大きく、損害額は莫大となる。
 領域3.はメゾスケールであるが、地域(リージョナル)スケールの語がよく使用される。日本では都・府・県・道の行政単位が管理に対処する。もちろん領域1.、2.のスケールの気候変動もかかわるが、それ以上の数年~十数年単位の課題を考察し対処する行政単位があり、実際には重要な領域である。一方、領域4.、5.の影響も考慮に入れて長期対策をたてなければならない。例えば、地球温暖化により湿度は低くなる傾向があるので、大きな林野火災・森林火災の危険は増加している。また、夏の高温化が進んだので冷房のための電力消費量は増大し、電力の需要に追いつかない場合もでてくる。この対策を考えるのもこの領域3.の行政単位である。
 領域4.は半球規模またはマクロスケールで、大陸・海洋(例えば、北海道・日本海・太平洋・インド洋など)、ロシア・オーストラリアなどの広大な面積をもつ国や地方の水平的広がりをもつ。気候変動のよい例としては、中世の温暖期(8~10世紀前半をピークとする温暖な時代)、小氷期(18~19世紀前半の低温な時代)などが好例で、前者の時代には中国の唐文化、日本の大和政権の確立などを見た。責任をもって統合的管理を行う母体は各国政府である。
 領域5.は、マクロスケール、グローバルスケールで、文字通り地球規模の現象でその最も好い例が昨今の地球温暖化である。大陸・海洋で把握される水平スケールで、ここでは各国政府はもちろん、WMO(World Meteorological Organization, 国連世界気象機関)、WHO(World Health Organization,国連世界保健機関)などの国連機関、EU(European Union,欧州連合)、ASEAN(Association of South‐East Asian Nations, 東南アジア諸国連合)などの国際機関が管理の設計・企画・実行を行う母体である。最近の温暖化対策の政府間交渉や各国政府の動きなどはその好例であろう。
 以下、領域2.、3.について幾つかの実例を取りあげて説明する。 

表2‐1‐1 気候変動の時間スケールと空間スケール区分

(図2‐1‐1に示した領域1.~5.)

領域 気候変動の例
(時間スケール)
空間スケール 日本における
地域名称の例
統合的管理を行う母体
(日本における対応)
1. 平年より寒・暖・暑・冷・多雨・乾燥など マイクロスケール 大字・小字・川 個人・事業所単位。
2. 暖冬・冷夏・乾季・雨季の強化・頻度変化、異常気象 マイクロ・ローカル・メゾスケール、局地スケール 市・町・村・県・郡・湖・川・湾 市町村県の行政単位。 港湾・河川管理所単位。
3. 数年~数十数年の温暖期・寒冷期・多雨期・少雨期 地域スケール、リージョナルスケール・メゾスケール 県・郡・地方・大都市圏・道・海 海上・沿岸の管理所単位。 県・国の行政単位。
4. 小氷期 (18 ~ 19 世紀前半 ) 、多雨期・少雨期 半球規模、マクロスケール 国・大陸・洋・海 各国政府
5. 地球温暖化 グローバルスケール、マクロスケール 大陸・洋・海 各国政府・国際機関・国際的共同体・国際連合

(3)気候変動の実態

 過去100年間(1906~2005年)をみると、全地球平均気温は0.74℃上昇した。これは、1901~2000年の平均値の0.6℃より大きい。すなわち、ごく最近の上昇率が極めて大きいためである。近年の50年間の平均では過去100年間の約2倍に達する。
 ただし、この値は全地球を平均しての話であるから、地域的にはかなりの差がある。すなわち低緯度で小さく高緯度ほど大きい。また、高山では比較的小さい。また、地形の影響、大陸の東岸と西岸の差もあるので、具体的な環境変化に及ぼす値は注意深く検討する必要がある。
 温暖化により海水の膨張による海面の上昇が起る。海面水位の上昇率は1961~2003年では1.8mm/年と計算されていたが、1993~2003年の10年間については3.1mm/年で、かなりの信頼性がある。かりにこの章で直線的に外挿すれば10年で約3cm、50年で15cmとなるが、上昇率はさらに大きくなるので、熱膨張だけで30~80cmと考えられている。海岸のいわゆる0m地帯では見逃せない影響を及ぼす。特に日本の大都市は海岸の低地に立地し、経済活動の最も活発な地域であることを考えると、統合的管理において最優先すべき課題ではなかろうか。さらに、時間的な遅れはあるが、極地方の氷が融けて、海水の体積を増加させる。その結果、水位が上昇する。種々の予測シナリオがあるが、2100年までに90cmという大きな値も推測されている。
 気温の上昇率に加えて、極値の出現に注目しなければならない。特に、夏の日最高気温は近年極めて高い値が出現する。熱中症など人の健康、農作物の生育などに重大な影響をもたらし、予警報の発令、対策、対応など衣食住のすべてにかかわる問題を起している。また、暖冬は、病害虫の越冬、それに基づく生態系への影響は大きい。わが国のような中緯度では春が早く来て、初夏がなくすぐに盛夏になるような季節変化をもたらし、動植物の季節現象にも温暖化の影響は深刻である。
 降水量の長期変化傾向は地域性が大きい。1900~2005年の統計では、南北アメリカの東部、ヨーロッパ北部、アジア北部と中部では降水量は増加した。一方、サヘル、地中海沿岸、アフリカ南部や南アジアの一部では降水量は減少した。ごく一般化すれば、熱帯や亜熱帯で乾燥化、中・高緯度の大陸ではほとんど湿潤化である。しかし、熱帯の陸域では増加するところもある。降水量は山脈の風上側と風下側で対称的に異なるので、この変化傾向も地形によって局地差を生じる。
 わが国では台風のときの雨量、梅雨季の雨量が水利用・洪水災害・旱ばつなどが重要な要素であるが、必ずしも定まった結論はえられていない。台風は回数は減少傾向だが、極端に発達することがあると指摘されている。また、熱帯における発生数の変化、経路の変化があり、日本に襲来する台風の数の年による変動が大きくなる傾向にある。また、温暖化により、中緯度では春と秋の低気圧や前線活動の発生・強化がこれまでより強大化の傾向にある。低気圧に伴って、前線付近の雷雨活動、突風の発生、集中豪雨なども強くなる傾向にある。
 これらは種々の気象災害を引き起すので、統合的管理において特に注意を要する。
 温暖化が雪氷、水文システムに及ぼす影響はIPCCの4次報告書では次のようにまとめられている(加藤,2007)。1.氷河期の拡大と数の増加。2.永久凍土地域における地盤の不安定化、山岳地域では岩石流の増加。3.南極と北極の一部における生態系の変化。4.氷河や雪氷起源の河川における流量の増加と春の流量ピークの早まり。5.多くの地域における湖や河川水温の上昇、関連した温度構造や水質への影響。
 陸上生態系への影響は、1.春の季節現象(例えば開葉、鳥の移動、産卵)が早くなる。2.植物や動物の極方向への移動、あるいは高標高への移動。
 海洋、淡水系生態系への影響は、1.高緯度海洋における藻類、プランクトン、魚類の数や生息範囲の変化。2.高緯度や高標高の湖における藻類、動物プランクトン数の増加。3.河川における魚類の生息範囲の変化や回遊時期の早まり。
 日本では積雪の問題は大きい。日本の気候区分は幾つかこれまで発表されているが、そのどれを見ても、太平洋側気候と日本海側気候地域にまず大区分されている。これは冬の降雪・積雪が極めて大きな差異をもたらしているからである。冬の季節風による日本海側の降雪量・積雪深は、東北地方東側の仙台付近(約38°N)から中部山岳地帯の南部を経て、中国地方の山陰西部に至る線の太平洋側と日本海側でまったく異なる。
 温暖化すれば一般的には、雪は雨として降るから、降雪量は少なくなり、積雪深は浅くなり、積雪期間は短かくなる。しかし、ユーラシア大陸のシベリア高気圧が弱くなるため、冬の季節風の吹きだす回数が減少し、また風速が弱くなるので、地形の影響による降水の風上側と風下側の対照は小さくなると考えられる。また、従来の最深積雪地域の位置も変わってくると思われるが、詳しい研究はまだない。植生分布、動物分布、林業経営、水利用などには、これらの推定が重要で、特に厳密な統合的管理の計画樹立に欠かすことができない課題である。 

2‐1‐2 具体的な例と提案

(1)時間‐空間スケールの領域2.の例

 千葉県におけるエル・ニーニョ年の漁業部門の生産高の変化を例にとって述べたい。これは千葉県の自然誌の中で、気候変動が漁獲高にどのような影響を及ぼすかを調査した結果である(吉野, 1998;1999)。
 まず、エル・ニーニョ年の生産高について述べる。いま、エル・ニーニョ年として、すなわち気候変動の示標として海面水温偏差の経年変化をとりあげる。すなわち、高い水温域で上昇気流があり、低い水温域で下降気流があって、前者は低圧、後者は高圧になっているから、両地域の気圧差で、その強さの示標とする。普通は、タヒチとダーウィンの気圧差をとり、その指数(SOI:サーザン・オスシレーションSouthern Oscillation,南方振動)とする。SOIの経年変化を参考にして、1970年代~1990年代のエル・ニーニョ年を選ぶと、1972、1976、1979、1982、1983、1987、1991、1992年となる。これらの年における沿岸漁業・沖合漁業・遠洋漁業各漁業部門別の生産高の変化を、前年差 [前年から当年への増減] とした。遠洋漁業については [当年から次年への増減] についても求めた。
 その結果は表2‐1‐2の通りで、エル・ニーニョ年には、沿岸漁業・沖合漁業とも生産高は前年より減少する。ただし、例外があり、1976年の沖合漁業や沿岸漁業の1982年は増加(正)になっているが、これは全般的な長期傾向として1970年代後半から急激な上昇期に入っていたので、これがエル・ニーニョによる短期的な減少を上回ったためであろう。 

表2‐1‐2 千葉県における漁業部門別のエル・ニーニョ年の生産高の変化

(単位:t)(吉野,1999)

エル・ニーニョ年 沿岸漁業 沖合漁業 遠洋漁業
前年から当年 前年から当年 前年から当年 当年から次年
1972 - 25,374 - 22,410 453 - 1,703
1976 - 10,882 ※12,583 369 - 261
1979 - 8,470 - 47,255 344 - 1,237
1982 3,685 - 94,665 412 - 110
1983 - 15,120 ※※129,420 - 110 61
1987 - 2,010 - 63,031 - 296 318
1991 - 4,273 - 54,135 618 - 573
1992 - 8,250 - 48,155 - 573 - 27

注)負の数字は減少、正の数字は増加
 ※ 1970年代の後半から急激な上昇期に入ったため、正の値になった。
※※ 1982~1983年のエル・ニーニョは20世紀最大のエル・ニーニョといわれ、1982年に大きな影響によって負の値を生じたため、1983年はその補償として大きな正の値になったと考えられる。

 また、1982年は沿岸漁業で例外的に増加が認められるが、この年の影響が遅れたためであろう。沖合漁業には1983年に大きな増加が認められたが、1982年の大きな減少を補償するような現象と理解してよかろう。遠洋漁業では、前年差は増加と減少が半々である。しかし、興味あることは、増加の場合でも、1年後、すなわち [当年から次年] は必ず減少している。これは、海産資源によくみられる現象で、1年後の補償現象がみられる。言い換えれば、遠洋漁業の生産高はエル・ニーニョの当年に減少するか、当年に増加した場合は次年に必ず減少する。
 以上をまとめると、エル・ニーニョ年には、沿岸漁業・沖合漁業とも生産高は減少する。遠洋漁業で当年に減少しない場合は、次年に必ず減少する。そのため、表2‐1‐3にみるように、ラ・ニーニャ年にも沿岸漁業の場合、減少傾向が多く現われている。しかし、エル・ニーニョの場合ほど、明らかな傾向ではない。一方、沖合漁業には増加の傾向がやや多く、 [前年から当年] に減少がみられない場合には必ず [当年から次年] に増加がみられる。遠洋漁業では、 [前年から当年] には増加している。ただし、1989年は例外で、この理由は目下のところ不明である。
 以上をまとめると、ラ・ニーニャ年の漁業生産高は、沖合漁業・遠洋漁業とも増加傾向がある。もし、 [前年から当年] に減少した場合は1年遅れて、つまり [当年から次年] の値に増加が現れる。また、エル・ニーニョ年には、沿岸漁業・沖合漁業・遠洋漁業とも短期な減少傾向がみられるが、ラ・ニーニャ年には、沖合漁業・遠洋漁業だけで比較的不明瞭な短期的な傾向で、1年遅れになる場合も約半数ある。
 以上は千葉県全体をまとめてみた場合である。次に水平スケールで1オーダー下の領域1.にダウンスケーリングした状況について述べたい。統合的管理がスケール別に異なることを検討するため役立つと思われるためである。エル・ニーニョ年には、上記の通り漁獲高の前年差は減少の傾向が明瞭である。この傾向は、千葉県内ではどのような分布をしているだろうか。
 典型的なエル・ニーニョ年であった1979年と1982年の場合を図2‐1‐2(A),(B)に、1987年と1991年の場合を図2‐1‐2(C),(D)に示した。それぞれ、魚類漁獲量の前年と当年の差(前年差)で示した。これをみると、全県で60余りの漁業地区のうち、減少を示す地区が全般に多いことがわかる。また、減少の値でも4桁ないし5桁の値が、銚子市・九十九里沿岸から南部の太平洋岸にみられる。これに対し、増加を示す値は、4桁の値がきわめて少なく、ほとんどが3桁以下の小さい値である。また、増加は1979年には県南部、1982年には御宿町から鴨川市付近と東京湾沿岸、1987年には東京湾の奥、1991年には九十九里町から鴨川市・和田町・千倉町付近までの沿岸に比較的まとまっている。地域的にまとまっていることは、魚類資源の地域性を示すもので、全般的には減少傾向の中で、地域的には逆に増加を示す部分があることは興味がある。しかし、この逆を示す地域における絶対量が少ないことは注目しなければならない。

表2‐1‐3 千葉県における漁業部門別のラ・ニーニャ年の生産高の変化

(単位:t)(吉野,1999)

ラ・ニーニャ年 沿岸漁業 沖合漁業 遠洋漁業
前年から当年 前年から当年 当年から次年 前年から当年 当年から次年
1971 ※-23,012 17,695 -22,410 ※-922 453
1974 5,761 ※-31,069 60,011 ※-538 398
1975 ※-5,499 60,011 12,638 398 396
1985 -9,702 ※※-98,033 20,011 -531 407
1988 -1,287 49,696 -86,753 318 -662
1989 -9,771 ※※-86,753 9,460 ※※-662 ※※-123
1990 2,594 9,460 -54,135 123 618

注)負の数字は減少、正の数字は増加。
※ 1960年代から1970年代中ころまで、全般的な減少傾向が顕著だったので、大きな負の値がでた。
※※この負の値についての理由は目下のところ不明

図2‐1‐2(A)(B) エル・ニーニョ年における魚類漁獲量の前年との差の分布

図2‐1‐2(A)(B) エル・ニーニョ年における魚類漁獲量の前年との差の分布

図2‐1‐2(C)(D) エル・ニーニョ年における魚類漁獲量の前年との差の分布

図2‐1‐2(C)(D) エル・ニーニョ年における魚類漁獲量の前年との差の分布

 つまり領域1.の現象が地域性をもつ。言いかえれば領域1.のスケールの現象における要因が地域的に偏在して領域2.の現象を生みだしていることを物語っている。統合的な管理を漁獲方法・漁業資源保護・漁業形態(市場・水産加工などを含む)転換などに翻訳する場合、スケール間のダウンまたはアップの要因の考察が大切であるこのことを物語る好例である。
 この漁業地区別の魚類漁獲量の前年差を千葉県全体についてまとめ、頻度分布をみると、表2‐1‐4の通りである。この表の下には、参考のために全国(領域3.のスケール)と千葉県の海面漁業生産量の前年差をあげたが、1982年の全国の場合を除いて、全部減少を示している。
 この表で判明することは、減少(マイナス)は4万t以上の大きい値が出るのに対して、増加(プラス)は1万tまでである。最も出現頻度の高いのは、1982年と1991年は+1~+100t、1979年と1987年は0~‐100tで、年によってはプラスの方にになることがわかる。4回の場合を平均すると、0~‐100tにピークがある。しかし、正規分布をしておらず、マイナスの方に裾が長い偏りがある。この大きいマイナスの値が出る所は、銚子市から九十九里町の地区であることが、図2‐1‐2を見ればわかる。
 以上のように、千葉県の漁業生産高(領域2.の現象)は、エル・ニーニョやラ・ニーニャという半球規模の現象に対応して変動し、また、その影響は、沿岸漁業・沖合漁業・遠洋漁業で差があり、千葉県内の地区(領域1.)の中に異なった影響をもらたす。統合的な管理において、気候変動が及ぼす影響を時間‐空間スケールをまず分類して、検討しなければならない例として述べた。

表2‐1‐4 典型的エル・ニーニョ年における(A)千葉県の漁業地区※ごとの魚類漁獲量※※の前年差※※※の発生頻度、及び(B)全国と千葉県の漁業生産量の前年差

(吉野, 1999)

表2‐1‐4 典型的エル・ニーニョ年における(A)千葉県の漁業地区※ごとの魚類漁獲量※※の前年差※※※の発生頻度、及び(B)全国と千葉県の漁業生産量の前年差(吉野, 1999) 

(2)時間‐空間スケールの領域3.の例

 インドネシアとタイについて、季節風の変動、特に降水量の変動が稲作や食料生産にどのように関わっているかをそれぞれデータ解析によって研究した(Yoshino1998;2000,吉野2001)。その結果をふまえ、食料安全保障のため、モンスーンアジア内で少雨(旱ばつ)と多雨の地域性と、それによる凶作・豊作の地域性がどのように対応しているかを解明した。すなわち、領域3.のひとつの例である。
 モンスーンアジアでは、インドネシア(本稿では特にジャワを扱う)の雨季とタイの乾季が対応し、インドネシアの乾季はタイの雨季に対応している。前者は東南アジアで冬を中心とする北東季節風が卓越する期間、後者は夏を中心とする南西季節風が卓越する期間である。
 表2‐1‐5(a)にみるようと、エル・ニーニョの影響は1986/7年の乾季にほとんど全地域について顕著な極小となり、1987/8年の乾季になって急激な上昇となった。すなわち、エル・ニーニョの影響は1986/7年の発生と同時に収穫面積・単収の減少に現われ、続く1987年の作期も極小となり、エル・ニーニョが終わるとほぼ同時に増加に転じ、1987~8年の乾季の作柄は急激な増加となった。以上は、従来の年を単位とした値による解析では不明であった事実である。
 表2‐1‐5(b)は、1997年3~5月に始まったエル・ニーニョイベントの場合で、1997年の雨季作で極小を示すのは全国の単収、東北タイの収穫面積である。前述の1987年の場合よりさらに1997/8年の乾季作には南部タイを除いて全国的に単収は極小を示す。すなわち、エル・ニーニョの開始が乾季作の期間の場合はすぐに影響が現われるが、エル・ニーニョの開始が雨季作の期間の場合は遅れて次の作季に現われるか、または、全く影響(極小)が見られない。これは、影響に対応する期間が乾季と雨季で異なる事実として興味ある現象である。 

表2‐1‐5(a) 1987年のタイにおけるエル・ニーニョ前後の稲の収穫面積と単収の作季別変化

 表2‐1‐5(a) 1987年のタイにおけるエル・ニーニョ前後の稲の収穫面積と単収の作季別変化

表2‐1‐5(b) 1997年のタイにおけるエル・ニーニョ前後の稲の収穫面積と単収の作季別変化

表2‐1‐5(b) 1997年のタイにおけるエル・ニーニョ前後の稲の収穫面積と単収の作季別変化

 表2‐1‐6は、インドネシアの主要作物である水稲(Wet land rice)の1981年から1998年までの収穫面積・生産高・単収についてまとめた。収穫面積はエル・ニーニョ年の平均とラ・ニーニャ年の平均を示したが、エル・ニーニョの年がマイナス、ラ・ニーニャの年がプラスで明瞭な差である。生産高でもこの傾向はあり、エル・ニーニョ年の平均ではマイナス、ラ・ニーニャ年の平均ではプラスになるが例外の年が半分くらいある。

表2‐1‐6 インドネシアにおける稲の収穫面積・生産高・単当収量の年々の変化

(負は減少を示す)

 表2‐1‐6 インドネシアにおける稲の収穫面積・生産高・単当収量の年々の変化

 エル・ニーニョ年の偏差を水稲・陸稲のほかに、トウモロコシ・キャッサバ・サツマイモ・ピーナッツ・ダイズなどの主要作物について、1970年代、1980年代、1990年代のエル・ニーニョ年における収穫面積・生産高・単収を表2‐1‐7にまとめた。ここで最も興味ある事実は、1970年代、1980年代、1990年代を通じて収穫面積・生産高はエル・ニーニョ年には負、すなわち減少する。しかし、単収だけは1970年代、1980年代は負だが、1990年代になって正(増加)になっている点である。すなわち、雨季の開始が遅く、降水量が不足するという気候的なインパクトは同じでも、年代の進展によっておそらく条件の良い耕地にのみ耕作するようになったため、総収穫面積や生産高は減少しても単収は増加するのであろう。
 第2の興味ある点は、サツマイモとピーナッツが、1970年代には収穫面積で正偏差であった点である。これは干ばつによる主要作物の被害が見込まれる場合には、農民は、サツマイモ、ピーナッツを栽培して干ばつの被害を軽減する対策を取ったためと考えられる。ところが30年間において、サツマイモの総収穫面積は減少し、ピーナッツは増加しつつあるという差はあるが、1980年代、1990年代になって農業地域や農家経営規模の拡大によって(いわゆる小回りが利かなくなり)栽培作物の急な転換が出来にくくなり、1970年代のような干ばつ対策が出来ず、1980年代、1990年代には国全体として収穫面積や生産高は減少し、単収だけは増加する(すなわち、良い条件の耕作で栽培をし、悪い条件のところで耕作を止める)という稲その他の主要作物の干ばつ被害の受け方のタイプになったと考えられる。これらの時代的な干ばつ対策の変化は野菜・果樹など他の作物の導入や、農家の副収入の変化、面積は同じでも都市化・工業化などによる栽培地域の変化なども関連しているかもしれず、さらに分析を進める必要がある。
 領域1.及び領域2.が加わって領域3.の現象にスケールアップした点が重要である。また、そのスケールアップが時代によって状況が変化したところが統合的管理における重要な視点を提供している。

表2‐1‐7 1970年代、1980年代、1990年代の典型的エル・ニーニョ年におけるインドネシアの水稲・陸稲・トウモロコシ・キャッサバ・サツマイモ・ピーナッツ・アズキの収穫面積、生産高、単収

 表2‐1‐7 1970年代、1980年代、1990年代の典型的エル・ニーニョ年におけるインドネシアの水稲・陸稲・トウモロコシ・キャッサバ・サツマイモ・ピーナッツ・アズキの収穫面積、生産高、単収

 次に領域3.から4.、さらに5.との関連ある問題を紹介したい。
 食料安全保障の目的のため、モンスーンアジア内で少雨(干ばつ)と多雨の地域性と、それによる凶作、豊作の地域差がどう対応しているかを解析することを目的とした。モンスーンアジアでは12・1・2月を中心としたモンスーン気流の期間がインドネシアの雨季とタイの乾季に対応し、6・7・8月を中心とするモンスーン気流の期間が前者の乾季、後者の雨季に対応する。そこで稲の収穫面積・生産量・単収などについて作季別の統計資料を求め、その対応を調べ、地域的な対応がどのようになっているかの分析を試みた。すなわち、凶作が地域的に対応していれば、モンスーンアジア全体としては正負がキャンセルする。逆に豊凶が並行しているならば安全保障の面からは危険度が増すことになるからである。上に述べたことをまとめると、エル・ニーニョイベントの出現とほぼ同時(同じ作期)に水稲生産量は前後の年に比較して極小が現われ、顕著なエル・ニーニョでは1年間(すなわち連続する3作期)極小が続いて、その後極大に転じる。この極大の期間も1年間(すなわち連続する3作期)続く。
 極小の出現は降水量の減少に起因する干ばつが原因である。この干ばつ(降水量の減少)はエル・ニーニョイベントのためと考えられる。しかし、それに続く極大の出現はラ・ニーニャ状態で降水量が多くなるためか、稲作期間のずれ(不作だった水田における水稲作が補償する形で次の作期にずれ込む)によるか、2つの原因が考えられる。いずれにせよ、タイとインドネシア及びジャワの地域スケールでみる限り、作期別にみて、よく対応している。これは季節風循環がモンスーンアジア内においてほぼ同時に影響を及ぼしているためと考えられる。
 以上を要約すると次の通りである。

a.タイにおいてもインドネシアにおいても、エル・ニーニョ年には一般的に降水量が少なく、干ばつが発生する。しかし、乾湿の分布型は局地的に違いがあり、季節風循環の年による発達のわずかの差異が影響を及ぼしていると考えられる。

b.タイにおいては、エル・ニーニョの開始が乾季作の期間の場合はすぐに影響が現われる。しかし、エル・ニーニョの開始が雨季作の期間の場合は影響が遅れて、次の作期に現われるか、または全く影響(極小)がみられない。

c.インドネシアの例では、エル・ニーニョ年の干ばつにより、水稲・陸稲その他の主要作物の収穫面積・生産高・単収は、1970年代・1980年代・1990年代を通じて減少する。しかし、単収だけは1990年代に正となっている。これは、干ばつ、乾燥という気候的な原因は同じでも、農業形態の変化によって、受けるインパクトの結果は異なる事を意味する。

d.インドネシア、特にジャワ島においてはエル・ニーニョの開始した作季に影響が現われ、大きなエル・ニーニョでは次期作、次次期作(合計して1年間)まで生産高は減少し、前後の同期作に比較して極小となる。それに続いて極大が出て、やはりその次期作、次次作期作まで続く。

e.タイとインドネシアを比較すると、ほぼ同時にエル・ニーニョ現象による降水量の減少が乾燥を引き起こし、干ばつに連結されて収穫面積・生産高などに極小が出る。それに続く増加、極大が出現する。これは、ラ・ニーニャイベントのためと、稲作期間のずれによるためと、二つの理由が考えられる。

(3)提案

 以上、時間・空間スケールの領域3.の現象は領域1.と2.からスケールアップし、また、領域3.から4.への問題となっている。さらに将来は、領域5.の問題と連繋することが考えられる。統合的管理を国際的な機関・政治単位で将来は扱わねばならないことは明らかである。

参考文献 2‐1節

(1) 加藤央之(2007):IPCC第4次報告書の要点・解説。地学雑誌, 116(6), 798‐810.
(2) 吉野正敏(1978):気候学.大明堂,東京,350p.
(3) 吉野正敏(1986):小気候.地人書館,東京,298p.
(4) 吉野正敏(1998):千葉県の漁獲高に及ぼすエル・ニーニョの影響.環境情報研究(敬愛大学環境情報研究所), 6, 15‐23.
(5) Yoshino, M.(1998):Climate and food security‐A review from Monsoon Asia. Global Environmental Research, 1(1/2), 49‐58.
(6) 吉野正敏(1999):水産業と気候・気象.『千葉県の自然誌,本編3,千葉県の気候・気象』千葉県史料研究財団,千葉,599‐604.
(7) Yoshino, M.(2000):Environmental change affecting the rice production in Thailand and in Monsoon Asia. Geor. Rev. Japan, 73B(2), 178‐190.
(8) 吉野正敏(2001):東南アジアにおける季節風の変動と稲作.地球環境,6(2), 169‐181.
(9) Yoshino, M.(2005):Local climatology. In:Encyclopedia of World Climatology,ed. by J.E. Oliver, Springer Verl., Dordrecht. 460‐467.

2‐2 生態系及び土地資源への影響

2‐2‐1 IPCC第4次報告

 国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)が2007年11月に採択した第4次報告は、人間活動が地球温暖化を招いたと明記するとともに、2050年までに温暖化ガスの排出量を半減ための取組みを促す内容となっている。その要旨を列記すれば次のようになる。

  1. 気温上昇の殆どは人間活動によってもたらされた可能性がかなり高い。
  2. 今後20~30年間の気候変動緩和の努力と投資が、気温上昇を低く安定させられるかどうかに大きな影響を与える。
  3. 温暖化ガス濃度を抑えようとするほど、早期に排出量の削減に転じなければならない。
  4. 温暖化の緩和策と影響への対応策とをとれば、気候変動リスクをかなり減らすことができる。
  5. 気候変動の影響はコスト負担を生む可能性がかなり高く、コストは気温上昇に伴い増加する。
  6. 温暖化進行を抑えるには、2050年までに全世界のGDPの最大5.5%(約300兆円)のコストを必要とする。
  7. 対策の厳しさに応じ、今世紀末の気温は20世紀末に比し1.1~6.4度の上昇、海面は18~59cmの範囲で上昇すると予測される。
  8. 気温の上昇幅を2~3度に抑えなければ損失は拡大する。影響抑制には2050年までに温暖化ガスの排出量を半減させる必要がある。
  9. 温暖化ガス濃度を安定させても、気温と海面の上昇は何世紀も続く。
  10. 寒い日や、夜霜が降りる日が減少し、熱波や大雨の頻度が増える可能性が高い。
  11. 温暖化は、二酸化炭素の陸や海洋への取り込み量を減らす恐れがある。
  12. 社会的弱者が温暖化の影響を受けやすい。
  13. 20世紀末からの気温上昇が1.5~2.5度を超えると、20~30%の生物種で絶滅リスクが高まる可能性がある。

 IPCCの報告に見られるような変化が地球全体に均等に影響を与えるわけではないことは言うまでもない。気温の変化を例にとってみても、中緯度の温帯への影響は少なく、極地や標高の高い地域での変化が相対的に大きいと予測されている。また最近の分析結果では、予測される気温の上昇に伴う洪水や干ばつの増加や海水面の上昇によって引き起こされる地下水への塩分の浸透などが、貧困層が多い地球の低緯度地域の農業に特に悪影響を及ぼすとされている。IPCC作業部会の報告書(2007年)によると、環境保全と経済の発展が地球規模で両立できるとするならば、今世紀末時点で平均気温は1.1~2.9度C上昇し海面水位は18~38cm上昇すると予測され、気温の上昇幅がこの程度までは、世界全体とすれば食料生産は増大する可能性はあるとみている。また、化石エネルギー源を重視する高成長社会が続いた場合は、平均気温は2.4~6.4度C上昇し海面水位は26~59cm高くなるとともに、大雨・旱魃が増大すると予測され、降水量は極域と湿潤熱帯域では10~40%の増加、熱帯・亜熱帯乾燥域では逆に10~30%の減少となるという。アフリカの一部地域では、降水量は増大するが蒸発量も増加するので、水の利用可能性は減少するであろうし、モンスーンが一段と激しくなる南アジアでは、降水日数は減少するかもしれないが、年平均降水量は増加するであろう。従って、気候変動への適応を支えるインフラが少ない国々での穀物生産などの不安定性は高まると考えられる。
 更に最近の分析1)によれば、予想される気温の上昇や海水面の上昇による洪水や旱魃の影響は地球上の人類に均等に及ぶのではなく、貧困層の多くが居住する地球の低緯度地帯に被害は集中すると考えられている。特にアジアのデルタ地域では、海面上昇と局地的な暴風雨の激化で年間数百万人が災害を被るし、沿岸部の湿地帯の約3割が消失するとしている。また、サブ・サハラ・アフリカ、ヒマラヤやアンデスの山脈地帯の貧困層の農業システムも気候変動に対して極めて脆弱である。 

2‐2‐2 気候温暖化の人間活動への影響

 気温上昇に伴い自然災害発生の頻度が高まるものと予想されるが、過去40年間の状況を見ても、地球上の自然災害は趨勢的にその頻度を増してきているし、そのもたらす経済的な損失も鰻登りに増大している。国連開発計画(UNDP)によれば、1990年代に発生したハリケーン、旱魃、地震、及びその他の自然災害による年間平均被害額は30年前よりも9倍以上になっているという。しかも問題は、自然災害の影響が絶対的にも相対的にも、富裕な国よりも貧しい国において遥かに大きいということである。貧しい国では住民は災害の起こりやすい地域から移転し、あるいは脆弱な家屋や農場をより健全なもの修復するような余裕がないのである。自然災害はまた、その居住地、職業、社会的ステイタスなどによって、一様でない複雑な形で人々の生活に影響を与える。
 例えば、2004年12月にインドネシア・スマトラ沿岸を襲った巨大な地震は、死者24万人、家屋喪失被害者160万人という被害をもたらした津波を引き起こした。多くの地域で漁業と沿岸農業が破壊され、地域社会の所得源と食料が奪われた。国家経済への影響も甚大かつ多様であった。インドネシアのような大国では、地方での被害には深刻なものがあったが、国家全体としての経済的損失は比較的軽微で、GDPの約22%と見積もられた。一方、モルデイブその他の小国では、GDPの60%程が津波によって押し流されたという。これら小島嶼国の限られた農業部門は破壊されてしまったが、インドネシアやタイのような大きな国での被害は、国家レベルとしてはそれ程深刻には受け取られていなかった。しかし、以前から貧困と飢餓に悩まされていた沿岸の地域社会では深刻な損害を蒙った。貧困ライン以下の生活をしている住民の数が人口の30%(国平均の2倍)を占めているインドネシアのアチェ州では、漁船や漁網その他の設備が破壊された多くの漁師は土地を離れ、アチェの漁業生産量は半減し、また多くの沿岸農家は連続2回の収穫期を逸してしまった2)。
 以上の例示が示すように、農業に依存している貧困層は気候変動に最も脆弱である。貧困層が集中しているサブ・サハラ・アフリカの一部では、既に食料の安定確保が懸念される状況にあると言われるが、地球温暖化が進めばその状況は一層深刻になるであろう。旱魃が更に頻繁になり水不足が深刻化すれば、大部分の熱帯地域の貧しく脆弱な人々のコミュニテイでは灌漑用水や飲料水に事欠くことが懸念される。また、気候変動はアフリカやインドなどの地域での生態系にも何らかの影響を与えることとなるであろうし、他方、高緯度のシベリアや北極圏への小麦生産などの進出を可能にすることも考えられる。

参考文献    2‐2‐1~2‐2‐2節
(1) Hardly Center for Climate Prediction and Research Data.
 (The Japan Times, November 26, 2007 による)
(2) FAO, The State of Food Insecurity in the World 2005, 2005, Rome 

2‐2‐3 気候温暖化の生態系への影響

(1)農業生産

 国際とうもろこし・小麦改良センター(International Maize and Wheat Improve Center : CIMMYT)の研究者は、北アメリカの小麦生産者は数十年後には、温暖化の影響で南部の生産地を棄てて現在の北限よりも10度も北に耕地を拡大すると予測している。すなわち、北極圏の南2度ぐらいの所まで小麦の穂波が見られることになるという。逆に最近のいくつかの研究が示すところによれば、世界で最も人口が多くなるといわれているインドでは、2080年代までに熱波の影響で小麦生産地帯の農業生産は40%も減少し、数百万人に及ぶ飢餓が発生すると見られている。また5人のうち4人までが農耕特に粗粒穀物の生産に生活の糧を求めているアフリカでは、温暖化の影響で生産が30%も減少し(中には50%以上の減産も考えられる)、気温の上昇や洪水に耐性のある新たな植生、例えば稲への転換が進むかもしれない。ラテン・アメリカでも穀類が20%あるいはそれ以上の減産となり、現在の輸出国も自給ぎりぎりの国になる可能性があると考えられている。気候の温暖化は、その影響が比較的少ないと見られている中緯度の国々、例えばアメリカ合衆国でも作物生育期の地域的移動が考えられるし、熱波や塩害あるいは洪水に耐え得るような新たな作目や品種への転換が促進されるかもしれない。そのための新たな育種の研究も刺激されるであろう。
 稲は比較的洪水に耐性をもっているが、世界の貧困者の7割が居住する南アジアでは米が主食である。この地域の2000万haを超える水田は、3~4mの深さの季節的な洪水に見舞われることが多く、気候の変動によって洪水の頻度や規模が大きくなる可能性があるが、洪水耐性のある遺伝子をもった新しい系統の稲が見出されたとも言われている。とうもろこしの生育地帯であるラテン・アメリカやその他の地域では、予想される旱魃によって25年後にはその生産量は20%も減少すると考えられているが、南アフリカで新たに育種された耐旱性のとうもろこしの試験では、乾燥条件下で伝統的な品種に比べて30~50%増の収量を得ている。
 その他、気温の上昇による植物の被害を避けるために日陰樹を植えるなどの工夫も考えられるし、また単年生作物の被害をカバーできるように乾燥や浸水に耐える果樹などを植栽することなど、結果的にはbiodiversityを増やすような工夫が、気候温暖化を契機として生まれてくることも期待できよう。何れにしても、貧困層が集中している低緯度地域の生態系に気候温暖化がマイナスの影響をもたらすことは避け難いかもしれないが、地球全体としては、作期の移動、作目や品種の転換や新たな研究開発などによって、環境に順応した新たな生態系が生まれてくるとも考えられよう。因に、IPCCが予測している世界の農業生産への地域別影響は以下のようになっている。

(アフリカ)
 多くのアフリカ諸国及び地域で農業生産が大きく減少する。特に、農業適地、栽培可能期間及び農作物生産は、半乾燥地域及び乾燥地域の縁に沿って縮小し、食料の安定供給に一層の悪影響を及ぼして栄養水準を低下させる。

(アジア)
 穀物生産量は、21世紀半ばまでに、東アジア及び東南アジアにおいて最大20%増加する可能性があるが、一方、中央アジア及び南アジアでは最大30%の減少となる可能性がある。今後の人口増加と都市化を考慮すると、いくつかの開発途上国においては、飢餓の危険性が非常に高まると思われる。

(オーストラリア・ニュージーランド)
 オーストラリア南部及び東部、ニュージーランド北部及び東部の一部においては、2030年までに水資源の枯渇が心配される。また、オーストラリア南部及び東部の大部分とニュージーランド東部の一部においては、旱魃と火事が増加することから、2030年までに農業及び林業の生産量が減少する。

(ヨーロッパ)
 南ヨーロッパでは一部の地域において高温旱魃の影響による農業生産の減少が見られ、中央ヨーロッパ及び東ヨーロッパでは、夏の降雨量が減少することから水ストレスが高まる。他方北ヨーロッパでは、気候変化により農産物生産量が増加する。

(ラテン・アメリカ)
 乾燥した地域では農地の塩類化と砂漠化が拡大する。重要な農作物の生産が減少することに加え、家畜生産も減少する。一方温帯地域においては、大豆の生産量が増加する。

(北アメリカ)
 降雨依存型農業における農業生産量は5~20%増加するものの、地域間でバラツキが生じる。特に生育温度の限界に近いところの作物の生産量が減少するとともに、高度に利用されている水資源の減少が見られる。また、西部山岳地帯における温暖化は、雪塊氷原の減少や冬季洪水の増加及び夏季流量の減少をもたらし、水資源をめぐる紛争を激化させる。
 地球の温暖化は、わが国の農林水産業にも少なからざる影響を及ぼす。2007年2月に農林水産省が行った全国調査及び予測研究によれば、地球温暖化の影響と思われる現象として、(1)水稲収量の変化や白未熟粒の発生などの品質低下、(2)果樹栽培適地の移動のほか、果実の着色不良や商品価値の低下、(3)害虫の増加や新規病害虫の侵入などによる農業生産への影響、(4)漁場の変化による漁業生産への影響の可能性、等が懸念されている。これらは短期的な気象変動による高温の影響であるが、長期的な気候変動が影響する可能性が高いと考えられている。気候変動に伴う豪雨の頻発や洪水リスクの増加、海面上昇や利用可能な水資源の減少、旱魃の増加などによる災害の多発等である。 

参考文献    2‐2‐3(1)節
(1) Hardly Center for Climate Prediction and Research Data. (The Japan Times, November 26, 2007による)
(2) FAO, The State of Food Insecurity in the World 2005, 2005, Rome

(2)漁業生産

1.漁業とグローバルな課題

 日本は、明治以降、外貨獲得、国民の栄養源確保のために遠洋漁業を振興してきた。こうした外洋への進出により外国との摩擦が起こり、漁業権を巡る係争を繰り返してきたが、乱獲や水産資源変動に対する関心に比べ、近年問題となっている地球環境について意識することはなかった。

a.漁業と地球の温暖化
 近年、世界中の海の各水深で、過去のデータに比べ水温が上昇していることが確認されている。また、独立行政法人水産総合研究センター 日本海区水産研究所では、日本海に面する各県に異常発生している生物種が観察されたら、日時、生物種、量を取り纏めて報告することを求めていて、それによると過去に例の無いエチゼンクラゲ、ナルトビエイなどの大発生の報告が相次ぎ、海洋環境が徐々に変化しているのではないかと考えられている。沖縄海域のサンゴの白化、死んで色が白くなる現象やサンゴの生息域の北上、サワラの分布の北上なども海洋環境の変化、温暖化を示唆するものと捉えられているが、一方で、魚場で水揚げされる魚には劇的魚種相の変化などが確認されていない。こうした結果を総合すると、漁業者、水産関係者が温暖化の影響と結論出来る程の証左を把握しているわけではない。
 温暖化の影響が緩慢な海より、降雪、降雨状況が直接現況に反映し易い湖沼、河川水量、環境の方が、温暖化に敏感と言える。淡水域の環境変化に注意を払うべきである。東京におけるここ100年間の年間降雨量を見ると、1524.3mmで、変動があるものの明瞭な傾向は見られない。日本における湖沼、河川水量、環境でも、温暖化に拠ると見られる顕著な変化は確認されていないが、今後とも、注意深く観察を続ける必要がある。
 いずれにしろ、理由の如何に関わらず地球が温暖化している場合、2つの劇的変化が予見される。1つは、海表面温度の上昇に伴い海洋生物の分布が変化し、北上する。2つ目として、海水温度の上昇に伴い、グリーンランド沖の深層への潜り込みが弱くなり、海洋の大循環の停滞をもたらし、栄養塩の深海からの湧昇が減少し、海が貧栄養状態に陥って、結果として海面での生物生産が低下する、つまり漁獲量が減ると予想される。こうした変化は、ある日突然、短期間に起こることになるだろう。
 異常な自然現象の増加が化石燃料の燃焼による人為的地球の温暖化に起因する疑いが極めて濃厚であるが、遡って原因が大気中の変化にある以上、漁業者として対応する手段は極めて限られていて、温暖化の結果である海洋の異常、生物相の変化を観測する、防止策として、海洋環境を保全してサンゴなどの育成を促し炭酸ガス吸収を加速する、海洋汚染の抑制、自然に対する負荷を低減するため生産効率を上げるなどの対処以外、漁業独自での具体的対応策は難しく、温暖化防止のためには異業種との連携が不可欠である。

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