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資源調査分科会(第31回) 議事録

1.日時

平成23年9月1日(木曜日) 13時30分~16時

2.場所

文部科学省 15階 科学技術・学術政策局1会議室

3.議題

  1. 地域資源の活用方策について 有識者ヒアリング(3) 西川芳昭 名古屋大学教授 守友裕一 宇都宮大学教授

4.出席者

委員

鈴木分科会長、三宅分科会長代理、樫谷委員、市原委員、大守委員
(外部有識者)
 西川芳昭 名古屋大学教授、守友裕一 宇都宮大学教授

文部科学省

上口資源室長

5.議事録

【鈴木分科会長】

 それでは、資源調査分科会を開きます。
 きょうは、お忙しい中、また暑い中お集まりいただき、ありがとうございます。
 では、まず、事務局から委員の出欠状況と、それから7月19日付で室長の人事異動がありましたので、上口直紀室長が着任されました。自己紹介も兼ねてお願いいたします。

【上口室長】

 御欠席でちょうだいしているのは唐木委員ということで、あとは残り5名の先生方に御出席いただいております。
 きょう、当局からは常盤総括官が出席する予定でしたが、急きょ欠席ということにさせていただきたいと思います。
 それから、私、7月19日付で資源室長に着任することになりました、カミグチと申します。上口直紀と申します。いろいろ勉強不足の点もあるかと思いますけれども、よろしくお願いいたします。
 私は、役所に入ってから20年弱ぐらいになりますけれども、実際は、聞こえの悪いいわゆる霞が関の勤務経験は大体十七、八年、ほとんどこの界隈ばかりで暮らしていまして、現場の実感とか、そういったものに随分実は隔絶されて、何か最近育ってきているのかなという気もしまして、こういうものを含めて、いろいろ勉強不足の点とかを、耳学問に終わらないようにしたいと思っています。事務方ではありますけれども、よく勉強していきたいと思っております。
 あと、個人的な問題としては、私、もともと大学では法律をやっていましたが、実際は結構経済政策とか、あと若干哲学とか、実は嫌いではなくて、というのは法律や政策をやると、まず、実際は憲法の仕組みの中でどうするかみたいなことで技術的にやっていくのですが、実際に何をやるかということになると、人間の行動規範とか、何がインセンティブになって何がディスインセンティブなのかとか、そういうものをいろいろ詰めて考えたり、あるいは最初の価値規範は何なのかだとか、だんだん迷路に迷い込むことが多くて、そういうときに、休日あたりに少し読みあさり出したのは、結局はそういう経済的な問題であったり、あるいは若干かたいですけれども、哲学的な問題であったり、そういうものをかじる機会が個人的にはありまして、そういう意味で、今回こちらに来て、資源という問題を切り口にするということについては、すごく興味が個人的にもあるというのは、資源というのは、多分、人間と事物の、資源というカテゴリーを発生させるのは間違いなく人間と事物の関係性を問うてる問題でもありますので、そういう意味で経済的な視点とか、哲学的な視点も含めて、そういうものを包括的に議論するというテーマというのにすごく観点を持っているという感じであります。しばしば役所は実用性とか理屈にばっかり拘泥しますけれども、こういう大所高所の議論ということに加われることを名誉に思っております。少し長くなりましたけれども、以上であります。

【鈴木分科会長】

 ありがとうございます。確かに資源というのは、我々にとっては資源でも、虫にとっては資源にならないかもしれません。やっぱり資源というのは対象があって初めて資源があると思いますので、是非いろいろな観点があると思いますので、よろしくお願いいたします。
 続いて、配付資料の確認をお願いします。

【上口室長】

 まず、議事次第の下に資料1として委員会名簿がございます。それから、次のところに資料2で西川先生の方からちょうだいしているスライド形式のものがございますけれども、これが31番までナンバリングがされているというところでございます。次に資料3ということで、これは守友先生からちょうだいしている資料でございますけれども、最初に「内発的発展の理論と実践」ということで両面のレジュメがございます。その次に参考資料1「地域農業の再構成と内発的発展論」ということで、これも両面ですけれども、全部で6ページまでのナンバリングがされている資料と、それからもう一つは、同じく守友先生の参考資料2「内発的発展の理論と実践」ということで、これにつきましては両面で10ページまでの資料がついてございます。それから、最後に資料4ということで前回の議事録を添付させていただいております。
 以上でありますけれども、欠落等あれば申しつけください。

【鈴木分科会長】

 資料はよろしいでしょうか。
 それでは、本日は、有識者の先生方からヒアリング第3回目ということで、名古屋大学の西川先生と宇都宮大学の守友先生にお越しいただきました。
 どうもお忙しい中、また暑い中、ありがとうございます。よろしくお願いします。
 お一人方ずつ話をしていただきまして、それぞれの質疑応答ということで進めたいと思います。大体話は40分ぐらいをめどにまとめていただければ助かります。
 それでは、まず、開発行政学と農村開発学の専門家でいらっしゃいます西川先生から、資料の説明をお願いいたします。よろしくお願いします。

【西川講師】

 名古屋大学から参りました西川と申します。よろしくお願いいたします。
 「国際地域開発学の視点から見た地域資源利用の地域づくり」というタイトルで書かせていただきました。今御紹介いただきました国際開発、開発行政を看板に掲げておりますが、もともと20代、大学院のころは作物生理学をまず最初にやって、マスターを終えたときに指導教官に「西川君、農業がやりたいのだよね。生物やりたいの? 農業やりたいの?」と聞かれたのです。「農業やりたいです」、「じゃあ、何で農家と話ししないの。ラボの中で毎日楽しんでいるみたいだけど」と言われたのを機に、ガーナに行って農家の人と話をしたのです。その後面倒見てくれる社会人類学の先生がいらっしゃって、大学院に入りました。開発行政学の専攻だったのですが、たまたま指導教官が社会人類学だったこともあり、私自身社会学寄りのバックグラウンドを持つことになりました。ちなみに、人類学自体はやっていません。イギリスの大学院にいたのですが、帰ってきてから、今の国際協力機構、当時の国際協力事業団とか、あと農林水産省の国際協力関係部署に10年ほど勤務した後、ちょっとしたきっかけがあって10年ほど前に研究者に戻りました。
 実はそのきっかけになったのは、1991年に守友先生が出版された本なのです。私、本日のプログラムを送っていただいたときにお名前を拝見して、ちょっと恐れ多くなりました。今日は隣り合わせになり非常に緊張しています。でもある意味、内発的発展論について、先生が歴史の面から、それから理論的な背景を説明してくださるのに対して、私の方は日本と開発途上国の現場のケースをつなぐ国際地域開発の方からの話をさせていただこうと思います。ちょうど前座として役目を果たさせていただけるのかなと思っております。
 あと、どういう形で私を指名していただいたのかよくわからないのですが、一つは、「地域振興の制度」という本を3年前に、今、横浜市立大学に移られましたけれども、当時アジア経済研究所におられた吉田栄一さんと一緒に書かせていただいのです。実はそのときも勉強会では守友先生に講師をお願いして勉強しました。その中で地域振興の制度の基本的なメッセージとして、地域、地域に多様な資源があるとしたのですね。そうすると、一律の制度というのは難しい。それから制度というときに、先ほど室長もお話しされましたけれども、法律から攻めるだけの制度というものではなくて、教育関係の方がよく使われるノンフォーマルという言葉があります。インフォーマルなもの、フォーマルなのものではなくて、継続的に何らかの形としてはあるのですが、ある意味では政府セクターの中には完全に統合はされていない。結局、言葉としてはインスティチューションと同じなのです。そういうノンフォーマルな制度、そういうものがやはり教育の分野ではかなり研究されているのですが、地域振興の場合も必要じゃないのだろうか、そんなメッセージを本では強調しています。そういうことを出していく中の背景として、今日は幾つかのケースのお話をさせていただけたらと思います。
 開発途上国の開発の問題を扱っていると言いますと、多くの方が考えられるのは、日本をはじめとした先進国の経験を開発途上国の経験に生かそうという形なのですね。けれども、私自身のアプローチは、基本的には地域、これは都市に対しての地域という意味ですが、この地域の衰退というのは世界共通の同時代性を持つ課題であると考えます。それは途上国であろうが、日本以外の先進国であろうが、今地域が抱えている問題というのは非常に深刻な状況であると。そうすると、日本の経験なりが途上国に役に立つというのではなくて、双方の経験を同時的に交換していくことが重要だと考えます。ただ、特に技術分野の方から見ると、先進的な技術が技術のない途上国の方に移転されることが重要だという発想になるので、なかなか同時代性とか、相互補完性とか、そのようなことが実態としてどうなるかイメージがわきにくいと思います。そこで、先ほど言いました社会学なりの知見を含めて、どのような物の見方をすると相互に学び合うようなシステム、あとの守友先生のお話では協働という話が出てくるのですが、そういう視点につながるのかということをお話しできたらと思っています。
 その中で一つは、実はブルキナファソでやっていました研究で、資源理解の基準や方法を扱ったものがあります。その地域の人の資源理解の方法を他者が理解できるかどうかということです。これは多分、例えば政府が何か政策をする場合にも突きつけられてくる問題だと思います。どうしても他者、外部者になってしまいますので。そのことと、あとはもう少し身近な事例で、例えば青年海外協力隊の経験者が、実は日本の地域で活動しているケースがあります。青年海外協力隊というのは、海外で活躍するためのファーストステップとの一つとしてとらえられる場合もあるのですが、過去に行った3万数千人の協力隊員のうち、90パーセント以上の人が日本の社会に戻っているわけです。ごく一部の数パーセントの人が国際協力の世界で生きていく。そういう意味では、海外で協力しているという経験と日本の地域開発というのはつながるのではないだろうかと。そのあたりがメッセージとして、この後の事例の中でお話ししていく内容になります。
 日本の農山村の置かれている状況というのは、もう皆さん、何度も聞かれていると思うのですが、急激に人口減少が進んでいる。過疎化です。いろいろな推計がありますけれども、30年後には今約14万ある農業集落の中で、集落機能を失いつつあるところというのが2割近くのところがあります。実際に消滅の可能性のある集落というのは、何らかの生活基盤の維持なり、産業の振興というのが必要になってきます。それは実態としてあるのですけれども、現在の日本の置かれている状況からすると、行政職員の数、特に合併した市町村においては大幅に減少しているし、地域の場合、主たる産業は農林水産業になりますが、それに関する振興予算も減少している。ただ同時に、合併したことによって地域内の多様な資源の利用とか、広域的な土地利用とか人材の多様化もあるので、合併の両面を見つつ、日本の場合はどうやって利用していくか考えるのが必要になってくると思います。
 次のスライドは、ちょっと古い話になりますが、集落支援員等の形で、総務省等も地域の中の人材を掘り起こすということと、それから外部の人材を活用して、集落の問題というものを見える化する作業というのでしょうか、それを御紹介しています。
 次のスライドが守友先生からの一部引用なのですが、代替的な地域づくりの視点と手本交換の意味ということで、先ほども言いましたけれども、先進地または後進地というのでしょうか、遅れている地域という考え方は、これからの地域開発の中である程度は捨てていかなければいけないのではないだろうかと考えています。
 基本的には、地域というのは中央に従属するものではなく、誰からも支配されない住民の自立の生活空間であります。そこに住んでいる人たちというのは、生活のためのよい条件をつくり出し、個性を生み出し、文化の歴史を創造していく。そのような形で空間、生活の場というものを理解していると。具体的にどういうことかといいますと、日々の暮らしの価値の再発見による自信と喜びということで、もしこういうことがそれぞれの地域で起これば、それは最終的に新しい意味での豊かさというものにつながっていくだろうというように、これは20年前に守友先生をはじめとする研究グループの方が提案されている考え方です。多分、今、20年たって、かなり多くの人がこれを実感するようになってきているのではないだろうかと感じています。
 地域を見る視点ですけれども、特に農林水産業の場合は、生命体を扱うという基本的な特質から、これを生業として扱っていく限りは、土地から切り離すことが難しいと考えます。したがって、「場」の研究(Placeになるのですが)になると思います。ともすれば地理学とか経済学の場合、Space、空間のほうの研究が中心になると思うのですが、そうではなくて、「場」というかなり固有なものの研究が必要になってくる。同時に、その場の中にある資源なのですけれども、モノ一般には固有の価値があるけれども、それが人間によって把握されなければならない。先ほど資源というのは人間とモノとの関係性だというお話がありましたけれども、その価値を有効な形で、やはりこれも見える化になるわけですが、していかなければならない。そうしますと、固有価値の享受能力というのが人間に備わっているときにモノの有効価値というのが発現されてきます。これを地域で実践していくことが必要になると考えます。
 一方で、途上国開発の方では古くから議論されていて、1990年代からは国連開発計画(UNDP)等で主流化した考え方に参加型開発という考え方があります。これは開発への行為というのは、当事者が主体的・自発的に取り組むことが望ましい。理念・目的としてあるわけです。一方で、行政の側、又は世界銀行をはじめとした援助機関の側から見ると、開発プロジェクトの効率的実施や持続性を確保するためにも、やはり当事者の参加というのが必要だと考えられます。ただし、このような参加を考えるときには、「内発性」、地域の人たちからのイニシアティブというのを理念としますけれども、同時に外部者の参加、これは行政である場合もありますし、開発途上国の場合は開発援助機関のこともありますけれども、外部者の参加が重要であると考えます。
 ただ、そのときに重要なのは、当事者の参加が当然とするならば、検討すべきなのは外部者の参加の在り方であるということが議論されています。これはどういうことかといいますと、よく市民参加とか、参加型開発というときに、地域の住民の参加が重要だということが議論されるのですが、開発社会学の立場からいいますと、当たり前といいますか、地域の人たちが参加していないことはあり得ないということなのですね。地域の人たち、特に農林水産業の場合ですと、その人たちがそこの地域の資源管理なり、資源利用に参加していないことはあり得ないので、それに対して何らかのプロジェクトなり、事業を持ち込む外部者が、地域の人たちが参加すべきだと言うこと自体がおかしいというふうに考えます。そもそも問題とすべきは、外部者の側の参加の在り方なのです。
 それから、最後になりますが、注意しなければいけないのは、参加ということは一般的にいいことだと考えられていますけれども、それ自体常に、かつ自動的に「善」とはならないということです。というのは、やはり参加というものとデモクラシーとの関係があって、参加している人たちのレジティマシーというのでしょうか、正統性というものが常に確保されるわけではないので、ここに制度というものが入ってくる余地があると思います。
 あとは、開発と参加における対立点ということですけれども、一般的に日本の高度成長のころの考え方というのは左側にある考え方、近代化、直線的に発展していく。社会がアメリカを1つのモデルとして発展してくるという非常に古典的なモデルですけれども、そういうものがあるし、それから科学技術に関しても卓越性を持ったものであると。地域住民はそういう技術なりの受益者であるという考え方が主流だったと思います。ただ、今、参加型開発の中では、発展経路というのは多系的であると。これは後でお話のある内発的発展ともつながります。直線的な発展ではなくて、多系的な発展経路をとる。
 それから、地域の伝統的知恵の卓越性というのはちょっと言い過ぎなので、これは訂正していただきたいのですけれども、地域における伝統的知恵の重要性とか再認識とか、そういう程度にとどめておいていただけたらと思います。それから、地域の住民の在り方ですが、これは開発の主体であり、また住民自身が開発の資源であるという考え方をするというのが現在の参加型開発の中でのとらえ方、単なる受益者ではないと考えられています。
 次のスライドになりますが、いきなり媒体者という言葉を使っていますが、要は一義的な当事者である地域の住民と外部者とをつなぐ役割というのは何だろうかということです。それは地域固有の文脈を理解して、地域から外に対して情報を発信する。または外の物事の分析なり、理解の枠組みというのを地域の人たちに伝えていく。そういう役割が必要になってきます。それは行政官である場合もあるでしょうし、研究者である場合もありますし、また、例えば資源の商品化という意味では企業が重要な役割を果たす場合もあります。
 一つ象徴的な事例をお話ししたいのですが、農業の分野で、特にアフリカの農業を研究しているヨーロッパの研究者の中で、1970年代ぐらいまでは混作という、一つの畑にいろいろな作物が植わっている状態というのは、これは農家が栽培の仕方を知らないから畑をつくれないのだという理解が1960年代ぐらいまでは主流だったのですね。でも、よく調べていくと、例えばマメ科の植物とイネ科の植物を同じ畑に植えるとか、又はつる性の植物と上に伸びる植物を育てることによって、空間とか、土壌、又は土壌水分とか、そういうものが有効利用されている。そうすると、全体で見たときに、土地や土地生産性というものが、実は単作よりは混作の方が高いというふうなことが分析されてきています。これは一歩前進だと思うんですね。というのは、単にアフリカの農家の人たちが無知であるからできないというふうなヨーロッパ型の考え方を超えたという意味では一歩前進なのですが、これに対して、京都大学の重田先生は、その分析方法自体が科学的合理性という文脈の域を出ていないので、結局は同じことの繰り返しであって、もしアフリカの混作の農家が生産性が高くなければ、結局否定してしまうという意味で、文脈としては、アフリカという言い方を十把一からげにしてはいけないのですが、特定の農耕の方式というものを肯定したかのように見えるけれども、決して彼らの物事の考え方を理解しようとする態度ではないと指摘しています。
 それに対して、最近、安富さんという、今東大に移られましたが、暗黙知というのが地域の中で資源を理解するときに重要だと言っておられます。暗黙知というのは、一般にはtacit knowledgeという静的な、スタティックなものとしてとらえられることが多いんですが、そうではなくて、そういう知恵というものが形成されてくるプロセスの理解が重要になってくる。これは言うは易しで、実際には非常に難しい。どれぐらい難しいかというのを次のブルキナファソの例でちょっとお話しします。ただ、ここを触らない状態では地域資源の管理なり、地域資源の利用を前提とした持続的な地域振興というのはできないと考えます。
 これを具体的に開発ということにつなげていきますと、多様性にあふれ、かつ、限定された条件下にある「場」というものを開発するための知識の創造が必要です。したがって、暗黙知と言われるものですが、この形成されているプロセスというものをいかに理解していくかということが前提条件になると考えられます。
 具体的な事例として、私自身がかかわった調査研究の事例を紹介させていただきます。ブルキナファソというのは西アフリカにあります。ガーナの北隣というのが一番通常の日本人にわかりやすい国だと思います。サハラ砂漠や世界遺産がたくさんあるマリの南隣になるのですが、半乾燥地と言われ、雨が1年間数百ミリしか降らない非常に厳しい条件の国です。ほかのアフリカ諸国の御多分に漏れず、政府としてはアフリカで緑の革命を行おうという形で生産性を上げる多収性・収益性付加価値がキーワードになるような農業開発を進めている。これは政策としては十分理解できるのですが、私自身が疑問に思ったのは、それを、本当に農家の人たちや地域の人たちが希望しているのだろうかという点です。
 もう一つは、これは古くからアジアの緑の革命でも議論されていますけれども、環境的に耐えられるのかとか、社会的な格差の拡大ということがどのような形で軽減することができるのか。そのような点も捉えていかなければいけないので、そのためには地域の構造を知る必要があると。私たちが何をしようとしたかというと、政府、又は国際機関が推薦、推奨するような多収性・収益性の高い品種を農家に伝えるという一方通行の情報伝達をするのではなくて、まず、農家自身が使いたい品種とは何だろうかと。かつ、それを選択する能力というものを確認した上で、もしそれがあるのならば、それを強化するような、そういう介入方法というのはないだろうかと考えました。
 実際に使ったのは、私たち独自のものではなくて、国際研究機関が1990年代から使っている方法なのですが、「マザーベビートライアル」というお母さんと赤ちゃんのトライアルという手法です。マザートライアルというのは、集落の中で実験を行うのですが、管理は研究者なり、技術者が行います。今回の場合は改良品種、政府が持ち込みたいと思っている4品種と、それから地域の人たちが使っている4品種を、慣行農法と普及員による推奨農法ということで、二つの段階、トリートメント(処理区)とコントロール(対象区)という形で、できるだけ単純化して実験的なことをやってみました。
 ベビートライアルというのは、そのうちの一部の品種を使います。もともと農家の人たちが使っていた品種2種類と、改良品種2種類を農家の人たちがつくりたい方法でつくってもらうといいますか、特に普及をしない。例えば肥料をあげなさいとか、農薬をまきなさいとか、そのようなことを言わないで品種だけ使ってもらう。その上で農家が実際にどういう行動をするかを見ていく、そういう実験をしました。
 先ほどこのような方法というのは1990年代から国際機関が使っていると申し上げたのですが、一般に国際機関が使う場合は、次のスライドになりますが、左側の考え方を使っています。すなわち目的は新技術・品種を効率的に導入する。普及の過程に農家を巻き込むことによって、すなわち別の言葉でいうと、農家に参加してもらうことによって普及を効率的に行うと。したがって、改良品種というのは導入すべき対象であると。主に農学的といいますか、生物学的な情報というものを伝えていく。情報の流れは、研究者・普及員から農家の人の方に伝えていく。それが中心になるのですが、私たちの調査は、とりあえず、一体農家が、自分が知っている、又は知らない技術とか品種に対してどんな認識をするのだろうか、又はどんな受け入れ方をしていくのだろうかということを知ることを目的にしています。あとは改良品種に関しても、農家の選択肢を増やすということを目的としていて、あくまでも古くから使われている在来品種よりも改良品種がいいという前提は一旦捨てるということで、まず、農家が選択する可能性を増やす。すなわち資源の幅を広げるということです。そう考えています。かつ、情報量に関しても、もちろん収量とか、そういう基本的な農学のデータはとりますけれども、むしろあくまでも農家の認識という社会学的なデータを中心にとっていく、そんな実験をやってみました。
 次のページに写真を載せていますけれども、これはマザートライアルのところで、どの品種がいいかということを農家の人たちに採点してもらっています。採点の方法とか、テクニカルなことは省略しますけれども、八つの品種を順位づけする方法をとっています。その結果をその下に紹介しているのですけれども、メッセージとしてお伝えしたいのは、実は一番左側のところの欄に「T」と書いてあるのは、技術者なり、研究者なりの順位づけです。その右側は農家の人たちの順位づけなのですが、大きく分けて三つのグループになっています。上と真ん中と下という形に分かれていて、それはそれぞれ違った村のデータですが、見ていただきたいのは、例えば真ん中のところのコラムです。先ほども言いましたけれども、一番左側が技術者の順位づけですが、上の四つは順位が高くなっているんです。下の四つは順位が低くなっています。これは一番左のコラムを見ていただきますとわかるのですが、実は上の四つが改良品種で、下の四つがローカルのもともとの在来品種です。こういう順位づけをしている技術者のいる村、これの技術者が村人を指導している村だと、見事に村人も改良品種がいいといった形で選んでいくのですね。
 一番下の方の村では、実は技術者なり普及員が五分五分の選び方をしているのですね。改良品種と在来品種との順位づけで五分五分の選び方をしている。そうすると、村の人たち、これは二つ別の村なのですが、かなりばらばらに出てくる。それは、同様のことが一番上の村でも言えるのですが、そういう意味で、ここから何が言えるか。もちろんこれは実際の村でやっている社会実験ですので、私たちが把握していない要因というのがたくさんありますから、一概にこれだけ、自分たちがコントロールしたところだけで結論づけるというのは科学的ではないと思うのですが、あくまでも1つの傾向として、従来型の形で農家とコミュニケーションしている技術者のいるところと、そうではなくて、農家が自由に選べるのだ、また自由な基準があるのだと考えている技術者がいるところでは、農家の選び方というのも変わってくる、そういう可能性が高いということが示唆されています。ただ、先ほども言いましたけれども、これが論理的にといいましょうか、本当にこれが正しいかどうかというのは、いわゆる量的な統計的な有意なものがあるかどうかというところまでは言えません。傾向として言えるということです。
 次のページを見ていただいて、上のスライドはちょっと飛ばしますけれども、下のほうのスライドで、農業生物多様性という言葉をいきなり使っていて申し訳ないのですけれども、作物の品種の多様性だというふうに置きかえていただいて結構です。作物の品種の多様性というのを保全なり、利用なりしていく場合の技術・知識の位置づけとその効果ということです。従来型のように科学技術の卓越性ということを言いますと、遺伝資源、これは作物の品種ですけれども、というのは、基本的には科学者が管理を行ったり、分析をする、又は評価をするということで、実際にこれがいいものだという判断というのは、農家が判断しているものと分断されていくという傾向にあって、そうすると、実際に導入されてくる新しい資源というものが農村の開発につながりにくくなる。または、よくある話なのですが、プロジェクトなりをやっているときは、農家はその支援を使うのですけれども、プロジェクトが終わってしまうと、またもとの状態に戻ってしまうという傾向にあります。
 そうではなくて、地域における伝統的な知恵ということを積極的に評価した上で新しい資源を入れていくと、基本的には科学者と直接の利用者の協働作業になっていきますので、様々な可能性というのが広がっていく。その中で合意されて選ばれたものであれば、それは農村開発の中に位置づけられていって、実際に古くから使われている伝統的なものも、それから新しいものも保全と利用というのが積極的に展開されていくということが考えられます。これもすべての事例がこれを指し示しているわけではないですが、かなり実証性が高い仮説として、今いろいろな国際機関でも認められてきている内容だと思います。
 これが途上国の例ですけれども、次のページ、話題が変わりまして、別の事例で、日本の地域づくりに開発途上国の人たちにかかわってもらうという、これもまた、いろいろな事業、国際協力機構なり、農林水産省の補助金等を利用させていただいて行った事業の抜粋です。実は長崎県の小値賀町というのは非常に面白い町というと怒られるのですけれども、五島列島の一番北の端にある人口3,000人ぐらいの町です。昔から地域づくりの世界では注目されています。旧国土庁等から歴史資源を活かした街づくりで評価されていますし、今はアイランドツーリズムとか、グリーンツーリズムで国土交通省、観光庁等からかなり注視されていますね。ただ、基本的には半農半漁の町ですし、主たる産業が漁業ですので、漁業資源が減少することによって産業が衰退していますし、人口減少・高齢化が非常に激しいところです。
 そこで地域資源評価、「たからものさがし」という言い方をするのですけれども、アフリカの村づくりをしている人たちを小値賀町に呼んできて、小値賀町の地域づくりの計画を立ててもらおうと、そういうふうなことを数年やってみました。写真にありますように村を、実は画板にゼンリンの地図を張りつけて、アフリカの人が村を歩いているのです。村の人に「これ何?」とか、「この木は何?」とか、「どうしてここに石垣があるの?」とか、そういう単純な質疑応答をする中で、地図の中にその情報を書き込んでいく。もちろん歴史の聞き取りとか、そういうこともするのですけれども、それをもとに、離島振興法でつくられているセンター、集会所がありますので、そこを使って、町の人たちに自分たちが調べたことを発表するという、そういう作業を何回か繰り返しました。
 そのときの結果、それからほかの地域で同じような事業を別の方がされていますので、そういうのも踏まえて、こういう地域づくり、直線的発展論ではなくて、お互いの経験を交換するという代替的地域づくりを交換していくことから何が得られるかを紹介します。小値賀の場合、一般の診療所はあります。だから通常の内科の診療は受けることができるのですけれども、3,000人の離島ですから、当然産婦人科の医師はおられないわけです。実際に月に1回とか、本土の佐世保市から回診に来られますけれども、その状況では島で子供を産むことはできません。そのことは当然、町の予算を削減していく中で、どこから削っていくかというときに、産婦人科を削りますということは町の人たちとの話し合いの中でもちろん決めています。町の人たち、女性たちもそれは理解をしているし、了解はしているのです。
 そこにザンビアの保健師の人が来て、この調査に参加したのですね。いろいろな話を聞いていく。町の人たちの話を聞いていく中で、最後の発表のときに、今、小値賀町では物理的に小値賀町で生まれる子供はいないのです。必ず佐世保の病院に行って子供を産みますから。したがって、町に子供が生まれるということがない町になっているわけです。「それはおかしいじゃないですか」ということをザンビアの保健師が指摘したら、それまでは「役場のことを理解していますからやむを得ません。私たちの町ではこういう選択をしているし、内科のお医者さんが常駐してくれているので、私たちは安心して老い、生活していくことができる」と言っていた女性が立ち上がって、「実は私は、自分の娘に島に帰ってきて子供を産んでほしいと言いたかった。でもそれが言えない町なのだ」と発言したのです。それこそ同じ人間同士の共感だと思うのです。それを引き出すことができたというのは、ザンビアである必然性は確かにないかもしれないのですが、全く文化や政治制度の違う土地から来た人が一人の人間としてある地域を見たときに、かなり的を射た発言をしていると思うのです。ただ、それがすぐに政策に生かされるかどうかというのは、当然優先順位があるわけですから難しいのですけれども、ここで役場やほかの人たちのことを慮って発言をしなかった女性が、そのザンビアの保健師の方の発言を通して発言をする力というのを得たということは非常に重要なことだと思います。
 これ、一つ一つ話していくと、それぞれに全部思い出があるので長い話になるのですが、もう一つだけ例をいうと、研修員が調査するといっても1週間ぐらいの滞在ですので、そんなに変わったことが出てくるわけではないのです。それは事実としてあります。そうすると、例えば、島ですから非常に美しい。全島が西海国立公園に入っている島なのです。だからこの美しい島を利用してツーリズムを発展させればいいじゃないか、そういうことを指摘するわけです。そうすると、発表会に来た町の人たちとか、または役場のシニアな職員なんかも、「私たちはこうやって毎年海外から研修という形で受け入れているけれども、言ってもらうことは毎年同じだし、もうこんな事やっていてもしようがないじゃない」という意見がある。それに対して、担当していた若手の役場の職員が「同じことを言われるということは、私たちが3年間、5年間、変わっていないということでしょう」というふうに言われて、これは結局、町の若手の職員がこういう事業にかかわっていくことによって、実は職員自身が人材育成されていたというのでしょうかね。だから、アフリカの行政官の訓練をしているという国際協力機構としての目的はあるのですけれども、実はそれが日本の地方行政の人たちの人材育成、又は制度構築の助けになっていたという良い例なのです。それを戦略的にとらえようと、利用しようとしたのが大分県の佐伯市です。

 あと、同じような形で北海道の滝川市、山口県の阿武町、熊本県の芦北町、このあたりは途上国との交流というのは、決して助けるのではなくて、自分たちの地域資源を見直す、またはもっというと人材育成、今の子供たち、自分たちの町や村の子供たちが将来育っていくための投資だというふうな形でとらえている。そういう町村がかなり全国にあります。そういう村町の交流というのも行われてきています。
 これをまとめるとどうなるかということですが、固有資源を活かした交流、小値賀の場合は島としてのいろいろな固有資源があるわけですけれども、それを活かした交流ということがあるのですが、その固有性、地域の個別性ということと、それがザンビアで生かせるかといったら、ザンビアは海のない国ですから、直接それは生かせないのですが、でも固有資源を活かすことが普遍的なことなのだという気づきというものは共有されることができる。そういう意味では、住民と外部者・研修員の相互学習というのが実現しているということです。
 それとあとは、住民自身が国際交流とか、国際協力とか、はっきり言って直接何の役にも立たないようなものが、実は自分たちの地域開発に役に立つのだということに気づいていくというのでしょうか、そういうこと、実際に幾つかの町ではそれを戦略的に利用しているという例があります。
 時間がないので、これを少し理論的にまとめます。私が所属している名古屋大学の国際開発研究科に長峯先生という先生がいらっしゃった、当時、日本では国際協力、国際開発というと欧米の大学院に行くしかなかった中、日本で国際開発を学ぶ大学院の創設にかかわられた先生です。もともと住都公団におられたエンジニアなのですが、地域開発計画論を御専門としておられた。その長峯先生は、地域開発計画には三面性があるとおっしゃっています。一つは科学であると。科学というのは実証結果に基づいて将来の計画を立てる。すなわち、将来の予測性があるものであると。そこは一つ重要である。もう一つは技法である。アートである。科学的な裏づけはなくても、経験に基づいた判断によって導入される諸手段の有効性に期待をかける。三つ目はイデオロギーであると。科学的実証性や実現可能性よりも、それが理想として人々の心を奮い立たせることができるか。この3つのバランスというのでしょうか、これが重要であると言うのですね。
 これは、開発経済学の方で教科書を書いているトダロという有名な研究者がいますけれども、彼も言葉は違うのですが、「三面性」ということは言っています。そういう意味では、どちらかというと科学というものが重視されていたこれまでの開発から、技法、イデオロギーというものとのバランスがとれるようなもの、そういう開発計画にシフトしていく中で、今、小値賀で挙げたような事例というのは重要な示唆を与えるのではないだろうかと考えています。
 余り長くお話しできないので、次の松本市の事例は省略しますが、地域の資源を見つけていくときに、地域の地図づくりということをよくやるのですね。トランゼクトウォークというのでしょうけれども、地域を歩いて、それで資源をマッピングしていくという作業をします。科学的手法を使うと、GPS等いろいろなことをやるのですが、そうではなく、本当にマニュアルといいましょうか、手で参加者が意見を交換しながら、地域の人たちと話しながらやっていく。そうすると、ふだん地域に住んでいる人たちだと気づかないようなことを、外から来た人と一緒にやることによって新たな再発見をしていくというのでしょうか。これも多くの場合、大体こういう事業というのは、県とか市町村が、国土交通省や農林水産省からの補助金を取ってきて、地域にこんな話がありますからやりませんかということをやって、それでコンサルタントを雇ってきてやるというのが多いですね。実は、松本市の例も県の職員が必死になって事業を引っ張ってきて始めたのです。
 そのときに、一つは、そばで地域おこしをしようとしている地域だったので、そばの粉をひくための製粉機が必要になりました。ただし、昨今の事情からそういうハードだけの補助金というのはつかないので、ソフト事業が必要だということで、じゃあ地図づくりをしましょうという話になったのですけれども、村の人たちは地図づくりをどうしていいかわからない。それで、名古屋大学の方にそういうことをやっていますねということで打診があり、お手伝いをすることになりました。25番目のスライドを見ていただいたらわかると思うのですけれども、今、お話したようなことをやりました。要は集落を歩いて、情報をまとめて、地域の人たちと議論をして、資源マップを作りました。これは寄合渡という集落ですが、最終的にそこの観光パンフレットになりました。
 この過程で何が起こったかというと、最初は集落の人たち、名古屋大学がコンサルタントしてくれるでしょう、だからお任せね、地図をつくってくださいねという姿勢だったのです。長野県が補助金をつけてくれますから、それでお任せねということだったのですけど、私たちは確信犯で、絶対私たちはコンサルティングしないという、とりあえず教えないという確信犯を私も学生も徹底していますので、私たちは話は聞くけれども、何かを聞かれても答えないという、答えないというと語弊があるのですけれども、ほかのところの事例の紹介はしますけれども、サジェスチョンのようなことはしないと。そうすると、最終的に、もしかするとこの事業というのは私たちの事業なのだなということをだんだん村の人たちが気づいていくというのでしょうか、毎月毎月通っている中でですね。最終的にこの地図も、グラフィックの方は私たちがお手伝いしましたけれども、中にどういう情報を入れるかというのは、すべて村の人たちが決めてつくっていきます。
 そういうことをやっていると、次、村の人たちが何を言い出したかというと、「あなたたち、途上国のことを協力していますよね。そういうことをやる人材育成をうちの村でお手伝いしますよ」という話になってきて、今度は、最初の事業は長野県の事業だったのですが、次に農林水産省の補助事業のNGOの人材育成ということで、26番目のスライドですけれども、「聞き書きから学ぼう“参加型開発”と国際協力」という事業をとってきたのです。その中で、これから海外に行って地域開発をやりたいと言っているNGOのスタッフや学生と住民の人たちが、同じようなこういう地図づくりとか、こういう話をしながら、活動しながら交流するということをやりました。
 27番目にその効果を若干書いていますけれども、先ほど前半で参加型開発のお話をしました。参加というのは、だれも今否定しないというふうなことを言いましたけれども、実際に、山村社会にかかわらず、日本の地域社会で地域の人たち絶対参加していますというふうに申し上げましたけれども、それが自発的であるとは限らないですね。すなわち、人の目があるから参加しているというのがあるので、半強制的な参加にならざるを得ない場合がある。これは実は、大学院生なんかで海外で開発のことをやろうとしている人たちは知らない事実なのです。今、都会で生活をしていると、何らかの、例えば区というか町内会に入らないといけない。親は参加しているでしょうけれども、学生はそういうのに全然触れていないので知らない。だから住民の参加というのは、一言でいうけれども、非常に難しいということを学生の方は知っていく。一方で、住民側の方は、何かやっている、どうも村の若い連中が何かやっているということでお年寄りが参加するというのでしょうかね。すなわち、今まで物事を決めていた長老たちが自分たちの方法に固執しないで、1世代若い人、1世代若い人と言っても、日本の村のことを御存じの方はわかると思いますけれども、50代、60代の人たちです。だから、70代、80代の人が仕切っているのを1世代下げていくというのですか、そういう効果というのはあるのではないだろうかと思います。
 まとめに入っていきますけれども、じゃあ、こういう途上国との交流で地域資源をいかに把握していくかを示唆しているのが28番目のスライドです。地域振興とか、地域経済開発というのは非常に重要性が増しています。あとグローバリゼーションが進む中で、どんな田舎の村とかでも直接世界とつながることが可能になっています。今、アフリカのどんな田舎の村に行っても中国の製品が売られているというような、そういうのは普通にある話です。
 あとは、ちょっと余談ですけれども、ザンビアなんかの田舎に行って、サツマイモの収穫をしている農家が携帯電話で「きょう一番の値段は幾ら?」って、そういうようなことをやっている状況なのです。今、本当にIT化でどこでもつながる。サツマイモの場合は、もちろんそんな長距離運べませんけれども、そういう中で、グローバルな経済社会の中に地域同士がどんどんつながっていっている。そういう状況の中で、かつ、建前上参加型開発というのが促進されていて、草の根とか、コミュニティの主体性というのが重視されています。アフリカを含む途上国においても、地域住民が自主的に地域開発に取り組もうとする事例が増えているし、あとは量的な開発、すなわち経済成長以外の評価指標を持ち込むことによって、資源認識を中心に当事者の意識の変化を含めた地域開発ということを探ることができているということで、可能性というのはいろいろなところにあるというふうに考えられます。
 ただ、実際にそれを実行していくところには課題というのがあると思います。それはスライド29番のところにありますけれども、制度としての地方分権というのは急速に進展していますけれども、実際にその実質化というのは困難だと思います。市原委員がまさにそこの部分を一番実践されているところだと思いますが、制度的な地方分権の進展に地方行政の能力構築が追いついていない。これは日本の国内でいうと、中央政府側のコンディショナリティというのがありますし、開発途上国の場合は援助する機関がコンディショナリティを出していきます。このコンディショナリティがないといけないとは思うのですが、余りに厳し過ぎて両手両足を縛って泳げと言われる、そういう状況になっている地域が非常に多いということがあります。だから地域の自主性とか、そういう萌芽はありますけれども、制度的にはまだ非常に難しい。
 2番目が経済の自由化や政府の権限の縮小が進む中で、伝統的に住民に対する財やサービスの提供の責任を期待されてきた政府が、地域社会から離れていくという。これは途上国でも政府がどんどん縮小していますし、日本でも、特に地域においては市町村合併において、行政と住民の距離というのが離れてきている状況にあるので、これをどうするかというのはかなり喫緊の課題だと思います。
 それから、経済発展を中心とした国家政策の中で、農村地域が受けてきた負の影響は大きい。余りにこれまでの負の影響が大きいので、立て直す方法というのはあるけれども、果たしてどれだけの力が今あるかということが非常に難しいと思っています。ただ、それでも最初に言いましたように、地域の人たちと外とを結ぶ、ファシリテーターという言葉をここで紹介していますけれども、こういう媒体者、媒介者というものが存在すれば、まだまだ地域というのは発展する可能性があります。
 農村においては、多様性にあふれ、限定された条件下にある「場」、先ほど前半でも紹介しましたけれども、この多様な開発を行う知識の創造というのが重要です。その知識は地域における学び、知識を分かち合う社会的プロセスというふうに考えられる。このプロセス、最近どうしても行政評価なんかでアウトプットオリエンテッド、アウトカムオリエンテッドな評価というのが増えていますけれども、そうではなくて、プロセスを評価する評価軸というのを考えていかなければいけない。それは我々研究者に要求されている課題でもあると思います。地域住民のみならず、介入者にも期待されるという。だから地域住民が力を持つということはもちろん重要ですが、でも実際には地域住民だけで解決することができない部分というのが多いので、ここでファシリテーターの役割が大切になります。これは専門家、研究者ということもあるでしょうけれども、行政というものも非常に重要な役割を持っていると思います。
 非常に早口でまとまりがないですけれども、アフリカと日本の村の事例、それから交流の事例から見た地域資源利用の地域づくりということをテーマに少しお話しさせていただきました。

【鈴木分科会長】

 どうもありがとうございました。
 それでは、質疑に入ります。何かご意見ございますか。

【三宅分科会長代理】

 質問よろしいですか。ザンビアの方とのさっきの話、1週間という話だったですが、何語で話をなさるのですか。

【西川講師】

 基本的には英語の通訳を交えて会話しますけれども、もちろん、町の人たちが英語をしゃべれる場合は直接やりますけど、私たちが通訳に入るという形です。

【三宅分科会長代理】

 そういうことも含めてかなりいろいろファクターが、何が聞き出せるかに関係してくるだろうなと思いました。

【西川講師】

 通訳の能力というのは非常に重要なので、それは日々、一応、一村一品運動というのをお聞きになったことがあると思いますけれども、平松前知事の通訳をされている方を通訳部隊の中心にしながら、数名のグループで通訳をしています。

【三宅分科会長代理】

 文化心理学という心理学がございまして、要するに文化が違う人たちが基本的にはどういう能力を持っているかということをどうやって引っ張り出すかというすごく大きな議論があるものですから、そのことを思い出しながら、同じことを現場で直接やっていらっしゃるのは、大変難しいけれども、魅力的なお仕事だなと思って聞かせていただきました。

【鈴木分科会長】

 ほかにございませんか。どうぞ。

【大守委員】

 二つ質問させていただきたいですが、一つは、参加それ自体がいつも善とは限らないという御指摘があって、そのとおりだと思うのですけれども、参加者のレジティマシーというのをどういうふうに評価したらいいか。いろいろな試みがあの中で行われていて、住民参加とか、あるいは科学技術の分野ではサイエンスコミュニケーションとか、いろいろなことをやられていますけれども、いつもそこで疑問といいますか、よく私自身わからないのは、代議制民主主義みたいなもの、これは機能不全を起こしていると思いますけれども、それとの関係で、どういうふうな整理をしたらいいかということですが、何か整理がなされているようであれば、教えていただければというふうに思います。
 それから二つ目は、最後に少しおっしゃったことで、アウトカムだけではなくて、プロセスの評価が必要であると。これもそのとおりだと思うのですけれども、具体的にどういう評価尺度があるかということとか、それからプロセスの評価が必要だというのは、よく突き詰めて考えると、プロセス自身というよりは、今までと違うアウトプット指標が必要とされているのかもしれないとも思うのですけれども、その辺について、もう少しお話をお伺いできればと思いました。以上、2点です。

【西川講師】

 ありがとうございます。一つ目の代表制といいますか、参加のレジティマシーの問題ですけれども、よくこれも事例で議論されていますが、大分県に湯布院という町、これは合併して由布市となったので、町自体は存在しなくなったのですが、ここのまちづくりは、継続的にかなり評価されています。もちろん否定的な部分もなくはないですが。人口1万2,000人の町に毎日1万2,000人の観光客が来るということで、どうしようもない状態になっていますが、それはちょっと横に置いておきましょう。なぜああいうふうに継続的に事業なり、まちづくりが行われるのかというときに、リーダーたちが参加を強制しなかったのが大きいと思います。突出したリーダー、最初3名で、後に2名となりましたけれども、その方たちがこの指とまれ方式というふうに言いますが、情報は開示して、参加は強制しないというのでしょうかね。だから、先ほどちょっと松本の事例で言いましたけれども、ムラ社会の場合は参加の自由がない参加というものが一方にある。もう一方で、西洋の民主的な社会の場合は、先ほどの代議制も含めてですけれども、すべて平等で参加しなければいけないという、そういうものがあると。そのどちらでもない形ですよね。情報は開示するけれども、こんなことをやるぞと、今度こんなことをやる。この指とまれという形でやってきたという、それは一つのやり方かなというふうに思います。
 そうすると、今度リーダー論の話になってくるので、リーダーがいないところはどうするのだという話で、そこは回答がないですけれども、ただ、一つの方法としては、西洋的なデモクラシーでもない。また、日本のムラ社会的な半強制的な参加でもない参加というのは、一つの新しいまちづくりのやり方として提案されるのではないか。これは湯布院の町の事例が有名ですけれども、金沢のまちづくりをしている人たちが結構そういう分析を展開されていると思います。
 二つ目のアウトカムとか、アウトプットオリエンテッドではなくてプロセスの評価ということに関しては、おっしゃるとおり、違うアウトプットの指標というのは、まさにそのとおりだと思います。その一つとして、参加している人たちの認識の変化みたいなものをとるしかないのかなと私は思っています。だから同じことをビフォアーアフターでとっていく。それがある程度だれもが納得できるような指標。今はかなりいろいろな試みがありますし、私たちもやろうとしていますけれども、当事者は納得しても、なかなか第三者が納得できる指標がないのが多分現状だと思うのですが、ただ、私は個人的に人間中心社会を考えていまして、純粋な環境保護の人たちとはぶつかる部分があります。COP10の会議なんかにかかわっていても、環境保全の人たちとは非常にぶつかっていましたが、人間が環境を利用することが重要だと思っているので、そうしたときに、例えば環境を利用するということに対しての態度なり、考え方にしても、何か外からの刺激を受けることによって変わると思うのですね。
 最終的にそれが、例えば経済的なもの、何かをつくり出したり、又は環境保全活動が進むとか、そこだと今までのアウトプットですけれども、そうじゃなくて、その一段階前の、認識としか言いようがないのですが、その人がどう考えるかというか、そこをうまく聞き出すことができる。そういう指標がとれれば、一つの新しい指標になるのではないかなと思います。ただ、具体的に普遍性のあるもの、普遍性とまでは言わないでも、適応性の広い指標があるのかと言われると、私はちょっとないと思います、今のところ。いろいろな分野の専門の人がいろいろな立場から努力している状況だと思います。特に2番目は十分なお答えができなくて申し訳ないです。

【大守委員】

 ありがとうございました。

【鈴木分科会長】

 ほかにございませんか。どうぞ。

【樫谷委員】

 今回の震災の復旧とか復興とかの関係で、いずれにしても、今までグランドデザインを書いて、そこに従って着々と進めていくと、こういう説明が多かったと思います、今まではですね。ところが、この指とまれ方式だというようなことですと、必ずしもグランドデザイン、大きなグランドデザインは、その中の何人かの方には、この指とまれと言った人の中にはあるのかもわかりませんが、そのグランドデザインを書くということと、このとまれ方式だと、何となくその都度方式みたいなイメージについつい考えてしまうのですけれども、そこはどのように考えたらいいのでしょうか。やはりグランドデザインは、それなりの方で書いていらっしゃるのか。書きながら、走りながら考えていくという方式なのか、その辺はどのように考えていけばいいでしょうか。

【西川講師】

 ちょっと先ほどこの指とまれというのを強調し過ぎたので誤解を招いたかもしれないですが、グランドデザインというか、まちづくりの場合は、私たちよくビジョンという言葉を使うのですけれども、自分のたちの町をどういう方向に結びつけていくか。湯布院の場合、1960年代、世間が高度成長で沸いているときに、自分たちはその路線をとらないというビジョンを持ったわけですね。まさにそれはグランドデザインだと思います。それを持った人たちの一握りのリーダーが具体的な事業を起こすときにこの指とまれでやってきたという意味で、だからグランドデザインというのは、私は重要だと思います。ただ、そのグランドデザインが細か過ぎて身動きとれなくなると、半強制的参加につながってしまう危険性があるのじゃないかなと。ただ、これは本当にバランスの問題で、そのバランスのどこがいいかというのは事後的にしかわからないので、非常に難しいところだと思います。ビジョンに関しては、同じようにまちづくりでかなり注目を浴びています滋賀県の長浜もこの点を強調していますよね。ただ、実態がどこまでうまくいっているかというのは、評価の指標によって分かれるところだと思います。

【鈴木分科会長】

 ほかに何かございませんか。どうぞ。

【市原委員】

 先ほどのお話のように自治体の一つとして参加させていただいているわけですが、このお話を伺って、地方分権が今非常に進んできていると。そして、その中で行政側自体が地方分権の変革になかなかついていけないということが問題であるというお話をされて、ある意味そうだなというふうに私も思っていますが、ただ、今、自然発生的に徐々に規模が大きくなってきたり、変わったりという自治体ではなくて、今の自治体というのは大部分、合併によってでき上がった自治体が非常に多いですね。
 そういうことからすると、名前だけは何々市であっても、旧村の例えば農村が、地域が幾つか集まってできたような市であるとか、今までの規模によって都市化がされているとか、そういうものではなくなってきているような気がするのです。人工的につくられた自治体というのが非常に多くなってきている。また、合併を進めて、いわゆる行政の能力を上げるとか、財政基盤を強くするとか、様々なことが期待されて合併が進められたわけですが、残念ながらそういう効果があまりなくて、逆に、先ほどのお話のように行政と住民との距離がどんどん離れていってしまっているというような状況があって、こういう状況の中で、各自治体とも多分いろいろな問題を抱えてきているのかなという感じはいたしますし、私たちの町でもそういうことを随分指摘されているわけですが、そこで住民と行政を、いわゆるコーディネーターといいますか、その中で専門家の皆さんとか行政、そういう方の役割というのは本当に大きいと思いますが、うまい仕組みづくりというのがなかなか思ったようにできないのが現状ですが、そういうところは、何かこういう方法を駆使すればもっとうまくそういう仕組みがとれるというようなことはないでしょうかね。

【西川講師】

 市長さんが現場で苦労されているところで私のような霞を食っている人間が言うのはなんですが、国内外を見せていただいている中で、私がこれはいいなと思うのは、例えば熊本県の水俣とか、大分県の佐伯市ですね。非常に大きな広域合併をした自治体ですけれども、海沿いと山沿いとで、本来もともと全く違った町村の交流というのを市の中でやっていく。その交流というのは、うまく市の職員を配置するというのでしょうか、もともと出身の人とそうじゃないところを組み合わせて、特に、それぞれの地域振興局、もとの役場ですが、そういうところに配置するという例はあります。その結果、広域的な新市の行政の在り方というものを進める人と、地域のもともとの顔の見える関係を持っている人というか、それの両方を生かすという、これがうまくいけば良い状況に向かうし、うまくいかないと、ますます行政効率が悪くなるという。私は佐伯市の例は割とうまくいっているのではないかなと思っています。佐伯市も旧町村全部見たわけでないですが、限られたところで見た限りは、非常に戦略的に進めているのではないかなと思います。
 水俣の場合は、もちろん歴史的な経緯もありますけれども、山と海との交流といいますか、広域で合併しましたが、でも流域としての合併だったものですから、比較的一体性というものを持つことができるといいますか、もともとの山側の村なんかは用がなければ来ないようなところというか、要は海辺の人が来ないようなところですけれども、地元学とか、そういうふうなものを進めていく中で重要になってくると思います。

【市原委員】

 地元学ですか?

【西川講師】

 地元学です。吉本さんですね。

【守友講師】

 吉本哲郎さん。水俣の市の職員でしたね、前はね。

【西川講師】

 ええ。もともと水俣の市の職員でしたけれども、当時の吉井市長、水俣の市長が地方行政としての謝罪をされたときの片腕だった市の職員ですが、地域の、地元のよさというか、先ほど私は「たからものさがし」と言いましたが、そのような手段を通して村づくりをされていった方ですが、村丸ごと博物館という概念をお持ちで、そこに、もちろんよそから呼んでくることも重要ですが、水俣市の中のほかの集落というか、ほかの地域の人を招いたりして交流する。だから今までは親戚でもいない限りはだれも来なかったところに、行ってみようかと。逆に言うと、あの村に全国から来ているよね、何で。水俣市のほかの地域の人が、頭石とか、久木野とか、そういう地域ですが、そこに東京からいっぱい若い人が来ていると。でも、水俣市の人は行ったことがない。行ってみようかと、そんな形で交流して、ああ、やっぱり流域でつながっているのだなとか、そういうふうなことをだんだんわかっていくというのでしょうかね。水俣の場合は本当に何十年という、それこそ復興の闘いの歴史の中ですから、それでやっと今、それが目に見える形になってきているのだと思います。

【鈴木分科会長】

 今、この資源調査分科会の方でも前回、本にまとめたのですけれども、やはり川は全部つながっていて、上流のいろいろな落ち葉とか、そういうものが結局は海を豊かするのですね。全部つながっているのだというようなことでもって全体を統合的に見ようというのが、かなりこの委員会の中にもそういう視点があります。
 1点ちょっとお伺いしたいですけれども、今の市原委員の件で、もっと過激に何かやろうとする。私も前からこういうお話を聞いていましても、地域振興の場合、住民がいる。そこに外部の人が来る。あるいはいろいろなことを持って、これをやろうと。干拓事業をやろうとか、何とかしようと来ますよね。そのときに、いつも思うのは、住民の方はそこから外に出られない。外部から来て、こういうことをやろうという人たちはいつでも逃げられるのですね。失敗したら帰られると。だからもう失敗したら帰させないというようなシステムをつくらないと、本当にその中にのめり込んでやろうという気には、もちろんそんなことはないと思いますけれども、日本というのは、今、社会全体を見ても、責任をとる体制がないですね。赤信号みんなで渡れば怖くない。責任をとらない。日本というのはムラというシステムがあって、団体というシステムが多いものですから、個人の責任というのをなかなか問わないですね。それが今の原発とか、いろいろな面で責任をとるということに対する重要性というのはこれからもっと強くしないといけないと思います。そういう意味で、外部からと言っても、相当そこにのめり込んでやらなきゃいけないというのがないと、なかなか地域振興を本気にやろうというのが出てこない気がします。
 それで、先生の今の話の中で、科学技術、農村の発展途上といった話の中でも、住民の方々と外部の科学技術とか突っ込んで農作とかいろいろなことをやりますけれども、ただそれだけですと、なかなか育っていかないというので、私は日本で、例としまして、日本の中の農業を見ていても、農業試験場とか各県にありますね。ああいう人たちは本当に最先端の科学技術を持ち込んで、かつ、いつも畑に行って話を聞いたり、まさに専門家と住民の方との中間役でありますよね。ああいうようなシステムを地域振興に入れたら、あの方々も帰る場所がないわけですね。何かそういうのが必要かなという気がちょっとするのですけど。

【西川講師】

 まさに私、そのとおりだと思います。実は時間がなかったので飛ばしたのですけれども、27番目のスライドの一番下のところに、途上国と日本の地域開発の共通点と相違点のところで、共通点は参加型開発が難しい、これはどこでも言える。下のところ、ここがすごく重要ですけれども、公私の区別なく住民とかかわり合う行政職員、これはまさに県の試験場も同じですけれど、私自身がいろいろな村おこしとか、村づくりを見せていただく中で、県の試験場や、今、普及員制度というのが各県かなりなくなっていっているといいますか、崩壊している状態ですが、普及員の方たちが土日なく、例えば村で何かやっている事業、自分が担当している事業があったら、土日に自分の子供と一緒にその村のイベントに出ているとか、これは実は欧米でもアフリカでも考えられないことです。ものすごい少数の例外はあると思うのですけれども、日本では割と普通に見られる。それは、私は日本のよさというのを文化的なところに収れんさせるというのは右寄りになるので好きじゃないですけれど、でも私自身が海外に行って、実はイギリスのスコットランドとかの地域づくりも一時勉強したことがありますけれども、あり得ないのです。NGOの人であっても、仕事じゃないところでそんなことをやるというのはほとんどあり得ない。アフリカの行政官なんていうのはまずあり得ない。でも、日本の特に県の職員、市町村の職員というのは、市町村レベルになると半強制的という部分が出てくると思うのですけれども、県レベルの場合は別に強制されているわけじゃないですよね。本当に行っている。
 今、試験場の話がありましたけれども、今、岐阜県で伝統的な野菜とか、雑穀とか、そういうものを使った地域おこしとか、ブランド化というのをやっているのですけれども、それをやっているキーになっているのは、実は試験場のある職員です。その職員が仕事で行ったついでに農家に話を聞いてきて、その情報が集まってくることによって、20年とかかかって集めてきた情報が、今ブランド化とかに生かされているのです。そういう人材というのを地方行政が生かせるような国としての制度、それは私は重要だと思います。かつ、若い人たちがそういう仕事に参入できるようなことができたら非常に面白い社会になっていくと思うのですが。

【鈴木分科会長】

 わかりました。よろしいでしょうか。

【守友講師】

 ちょうどそれを聞いていて、「鳴子の米プロジェクト」を思い出しましたが、宮城の古川農試の研究員が、だれも相手にしなかった品種を1人で守り育てたのです。つまり、大規模高生産のところに適合しない品種を残していたのですね。それが今生きています。同じような話かなと思います。

【西川講師】

 それを言うと、もう一つだけPRで、大分県のファンなのですけど、「いいちこ」という有名焼酎を、平松さんがボトルを持って東京で販促運動した。実はあの会社は、今「西の星」という焼酎をつくっているのですけれども、これは純国産、宇佐平野でできた麦を使っているのですね。「いいちこ」というのは、実は90何パーセントオーストラリアの麦を使っていまして、だから一村一品というのはちょっと微妙ですけれども、社長に言わせると、大分の水と空気を使っているのだというふうに言っていますのでいいですけれども、何を言いたいかというと、「いいちこ」で利益を上げたがゆえに、その利益の一部を使って宇佐平野で新しい麦、焼酎用の麦をつくる。それは国の試験場が、当時の九州農業試験場が品種改良をすると同時に、大分が転作奨励金をうまく実証試験を拡大するのに使う。それを今度は「いいちこ」の会社、三和酒類が市場価格に少し上乗せした価格で乗せて購入するという、まさに産官学というか、そういう連携をしている。それぞれにキーパーソンがいるわけです。これは、私は面白い事例だと思います。しかも、そのしぼりかすを今度肥料とかに再利用するとかいう、すべてのいい事例が集まっているような、そういうのを「いいちこ」の会社はやっています。

【鈴木分科会長】

 この会議の様子を全国放送にしないといけないですね。

【三宅分科会長代理】

 私はもともと学習科学研究をやっていたのですけれども、ここ2、3年、教育委員会に入っていて、そこの先生方の考えていらっしゃる教育改革を教室レベルでお手伝いするということを始めたときに、今おっしゃっていたような形と同じことがあると感じていました。小さい市町ですと、そこから人が逃げないというか、逃げられないというか、本当に地元の方たちが教育委員会を動かしておられて、それに校長先生などみな人脈がつながっていて、よく見てみるとそれらの方たちが隣の市町の教育長や指導主事と親戚関係だったりするというところで物が動いています。むしろそういうところで、非常にこういう改革にしてもうまく動く事例というのがあるというのを肌身で知りまして、本や新聞で読んでいるような話とは全く違うと思います。これは人的資源の話になってしまうのですけれども、同じようなメカニズムが地域にあって、ある種の固定性とダイナミズムがうまくバランスとれているときに働くのだなということが非常によくわかる話だったので面白かったです。ありがとうございました。

【鈴木分科会長】

 どうもありがとうございました。
 それでは、次は守友先生からお願いします。先生は農業経済と農村・地域政策の専門家でいらっしゃいます。40分程度でお願いいたします。

【守友講師】

 宇都宮大学の守友でございますけれども、最初に弁明させていただくと、宇都宮大学に来て7年目ですけれども、その前、21年間福島大学におりまして、私のフィールドは、計画的避難区域になりました飯館村がその1つで、その飯館村の一番放射線量が高い長泥という、あそこの中山間地域直接支払制度という傾斜地の条件不利地域の対策を調べて、そこで一生懸命農家の方が頑張っています。そこに入り込んでおりましたので、実はこの話を引き受けてから準備しなきゃしなきゃと思いつつ、飯館村に顔を出したりとか、ついこの間は仮設住宅へ行って、どういう状況かとか、いろいろな救援物資が来るのですけれども、海外からも食品が来ますけれども、おじいちゃん、おばあちゃんばっかりですから、英語とかアラビア語で書いたものは読めないですよね。それ、どうしようかとか、一番困ったのは、某洗剤の会社が御厚意でくれたものですけれども、ボディシャンプーをもらったけれども、おじいちゃん、おばあちゃんに渡したら、「これどうやって飲むのだい」と言われたという、そういう混沌たる状況です。若い人は自分たちでアパートを借りていますけれども、仮設に残るのはおじいちゃん、おばあちゃん。専らそういう中でお話をうかがう、そんなことをやっておりまして、準備が全然間に合わなかったので、最初の1枚は話したいことを羅列したものであります。その次に、参考資料1として、これが10年ぐらい前に学会で発表したものです。その次に、参考資料2として、これが3年ぐらい前に学生向けのテキストとしてつくったものです。その後、余り勉強していないので、古い資料を使いながら、最近感じていることも加えて説明させていただきたいと思っております。
 まず、こういうことを考え出したのは、私が福島大学に来ましたのが1983年です。そのときに、実はもともと農業経済学をやっていたのですけれども、福島大学は経済学部しかございませんでしたので、農業問題より農村問題を教えようということになりまして、ではもう少し広げてということで地域社会をどういうふうに元気にしていくのかといろいろ調べていったら、内発的発展というのが言われ出してきた時期にぶつかっていたのですね。いろいろ調べて、それが日本国内でだんだん広まっていくプロセス、過程は何だろうということに関心を持ちまして、まとめたのが実はこの資料であります。これはちょうど20世紀の終わりぐらいのときに日本農業経済学会で21世紀の農業、農村をどうすると、そのテーマでやったときの内容であります。
 まず、その説明からさせていただきますと、最初のページでありますが、「国際関係論からのアプローチ」ということで、よく言われているのが、「内発的発展」というと、1975年の国連の経済の総会の中で言われたとされているのですけれども、いろいろ探ってみますと、何も総会だけじゃなくて、ILOだとか、UNESCOの中でもほぼ同じことが言われていたということがわかってまいりました。いろいろな議論がありまして、ちょうど75年でありますからベトナム戦争がある程度結着ついて、アメリカにすれば予想外の結着という中で、更にその前の60年代はアフリカ諸国が独立してくるという、こういう中で、国連は一国一票制ですから、多様な意見が出てくるという時代であります。
 そういう中で、国連の中で議論されていたというのが、資料に書いてありますが、人間の基本的必要の充足ですね。それから発展のあり方の複数性の尊重ですとか、それから経済の諸資源の利用とか、地域経済の自立、それからエコロジカル、健全であるというようなことをある程度共通項として言えたのではないかと言われております。それを早稲田大学の西川 潤先生がいろいろな経験を踏まえて整理しておられますけれども、欧米起源の近代化論とは違う経済人像から全人的発展という、少し人間像が変化してきているということ。それから、一元的・普遍的発展像を否定して、分かち合いや、共生の社会という、こういうことを言われるようになりました。
 次に、参加、協同主義、自主管理等、資本主義や中央集権的計画経済(これは当時のソ連を批判しているわけですけれども)、そういうようなものとは異なる生産関係を追求しているのではないか。それからいろいろな地域レベルでの産業連関、地域内需給形成ということを重視しているのではないか。そして、単一文化の押しつけに対して、地域のアイデンティティーを重視するという、こういうことが言われて、それがずっとその後に出てくる国連の「人間開発報告」へつながってくるという、こういう流れだと思います。
 それが日本ではどういう状況だったかというと、年号を注意していただきたいのですが、社会学者で上智大学におられた鶴見和子さんが1969年に書いている論文、これは注目する必要があると思いますが、69年というのは、先ほど申しました国連の75年の総会の6年前でございますので、ちょっと早いですね。そのときのところを少し見てみると、民俗学を研究しながら、日本の近代化過程を二つ見て、内発的発展又は土着的発展というのと、外発的発展、そしておくれてきた社会は常に最も近代化の進んだ社会をお手本に、そのモデルにどれだけ近づいたか、これが近代化のテーマであるという、こういうような言い方をされています。
 そして、75年ぐらいになりますと、日本の近代化の表層は、西洋から輸入されたいろいろな理論やその変形によってとらえることができる。しかし、基層をとらえる、つまり底の部分をとらえると、やや少し違っているのではないかということで、鶴見さんはこれを「つらら型」と言って、階段状に古代からだんだん近代化に進むというだけではなくて、実は日本人の発想の中に、現在は資本主義のもとにあるのですけれども、高度に発展した中でもそれ以前の意識形態というのがつららのごとく入り込んで残っているという、こういう言い方をします。「つらら理論」と言っております。
 それで、次に行きますが、鶴見さんは社会学ですので、そういったことを踏まえて、このようなことを言っております。参考資料1の4のところですけれども、内発的発展とは、目標において人類共通であり、目標達成への経路と創出すべき社会のモデルについては、多様性に富む社会変化の過程だと。共通目標とは、地球上すべての人々及び集団が、衣食住の基本的要求を充足し人間としての可能性を十全に発現できるような条件をつくり出すことだと。それは、現存の国内及び国際間の格差を生み出す構造を変革することであると。そして、地球的規模で内発的発展が進行すれば、それは多系的であり、先発後発を問わず、相互に、対等に、活発に、お手本交換をするとあります。
 そして、更にそういった多様な発展の経路を切り開くのはキーパーソンとしての地域の小さき民であると。内発的発展の事例研究は小さき民の創造性の探求であるという、このような言い方をしております。そして、内発的発展論というと、よく出てくる一村一品運動などとの類似性と言われるのですが、ここはちょっと違うと言っておりまして、これは「社会運動としての内発的発展」という形で、先ほど出ました水俣の地域再生運動など、社会運動としての内発的発展。それから「政策の一環としての内発的発展」、すなわち大分県の一村一品運動などと区別し、政策としての内発的発展という表現は矛盾をはらんでいる。地域住民の内発性と、政策に伴う強制力との緊張関係が多かれ少なかれ存続しない限り、内発的発展とは言えない。これが鶴見さんの考えであります。この後、農林水産省あたりでも「内発的発展」という言葉を正式な公式文書に使うようになりますので、大分局面が変わってきますけれども、社会学の方は行政サイドで言われている内発的発展というのとは少し違うぞということをこの時点で言っているということであります。
 続きまして、参考資料1の5のところでありますが、ここでは、社会学と民俗学の話がいろいろ入り込んでいますけれども、もう一度民俗学の側から内発的発展に着目した人を見てみる必要があるということで、ついこの間まで東北芸術工科大学にいて、「東北学」というのを提唱した赤坂憲雄さんがなかなか面白いことを言っています。柳田学における社会変動論を、日本の近代化の過程における内発性の重視、多系発展の可能性の示唆、共同体の崩壊を近代化の必須条件とみなすことなく、共同体が崩壊しないほうが個人が自立し、個人の立場から見た自由・平等・正義が守られている側面があるのではないか。常民の歴史は長い時間をかけてゆっくりと変化していく。社会変動と見立てられた柳田の仕事は、「垂氷モデル」や「われらのうちなる原始人」に仲立ちされて、西欧的な近代化論に対する批判のよりどころになっているのではないかという、こういうような形で現代の民俗学者が、社会学者の鶴見和子さんたちの言っていることを評価しています。
 次のページで鶴見和子と赤坂憲雄が対談をしていますが、それを見ると、「内発的発展論」というより「社会変動の内発的な理論」であると。つまり、西洋のセオリーがすべてではなく、内発的なところから生まれてくる社会変動の理論と考えるのが正しいと。しかし、この社会学、民俗学の議論は、具体的なむらづくりをどうするかというよりは、もうちょっと抽象度が高いというか、そういう議論をしているというように読み取ることができます。
 評価はここからいろいろ割れてきて、では具体的なまちづくり、むらづくりをどうするかというのは、このグループの話から余り出てこない。少なくとも鶴見さんからは、水俣に関しては大分研究をやっておられますけれども、どこかのむらおこしという話は余り出てこないですね。赤坂さんは山形におられましたので、そのときに東北学という形で各地のむらおこしのお手伝い。むらおこしと言っても聞き書きですね。おじいちゃん、おばあちゃんから聞き書きを中心にやるという、こういうむらづくりのお手伝いをしておられます。
 そうなると、経済学とか地域経済、財政学の人たちは、予算をどう使って、どういうふうに計画を立ててという発想になりますから、その人たちのところにこうした考え方がどういうふうに影響したのかということが問題になってきます。農業・農村の経済をやっておりますから、民俗学をやっているわけではないので、むらをどうするか、限られた予算でどうするかという、こういう発想になります。
 そこのところで、財政学では、地域は不均等に発展するのだという議論が第二次大戦後からずっと出てまいりまして、さらにこれまでの経済学というものに少し疑問を提示して、「人間発達」ということを少し組み込んでみる必要があるのではないか。これは京都の池上 惇先生が盛んに言っていることであります。さらに、共同体関係や分業関係、商品経済関係などの経済関係において、土地、生産手段、生活手段など、「モノ」のかたちをとった「見える資産」ばかりでなく、「見える財」が生産、分配、消費される過程におけるコミュニケーションのネットワークに注目することによって、「人間の才能の共同資産」という「見えない財」を把握し、「見える財」をより能率よく生産するためには、「見えない財」をも、より高度なシステムとして発展させていく必要がある。そうした見方が人間発達史観であるということになります。
 そのベースには、はるか昔に芸術経済学を唱えたイギリスのジョン・ラスキンとか、それの継承者であるデザイナーのウィリアム・モリスなどの考え方、固有の価値をどう享受するのか。これは先ほど西川先生の説明にあった内容でありますが、そういったことが非常に重要であるということになります。それからさらにもうちょっと近代に進みますと、98年にノーベル経済学賞を受賞したアマルティア・センの豊かさ、福祉とは何かというところで潜在能力であるという考え方です。これを少しまとめて議論がなされております。そして、アマルティア・センは『人間開発報告書』のバックになっておりますので、こういった考え方と国内外の内発的発展論が重なってきているというところまで来たと言えるわけです。
 さて、問題はそこから先に具体的に地域をどうするのかという話になります。そこで、次にもう少し地域に即した具体化はどうするのだという議論になります。ここになりますと、民俗学とか社会学というよりは、地域経済学、財政学の人たちが出てきますが、中心となっていたのは、当時大阪市立大学におられました宮本憲一先生で、ちょうど80年代初頭、大都市財政が大変厳しくなってきたときにどうするかというのでニューヨーク市立大に留学されます。ニューヨークの財政のV字回復というのを見て、簡単に言えば、スラム街をクリアランスして高級マンションをつくって、お金のかかる人を外に出して、お金を出してくれる人を残すということです。ただ、それは日本でどうもできんぞということで、ではどうするかということで農村を見てみようということでいろいろ農村を回ってみる。これが80年代です。
 それは、参考資料1のところに書いてありますけれども、大都市の時代に行き詰まりがきているが、これを打開するには、大都市の市民が自治権を確立して、内発的発展を考えてゆかねばならない。内発的な発展という点では、近年、過疎に悩む農村に画期的な成功例がある。そして、農村の文化に学んで都市の文化をつくり出すべきではないかということを提起します。ちょうどこのときに、先ほどの鶴見和子さんが国連大学からの援助で内発的発展と新しい国際秩序という共同研究をやっています。そこに宮本先生が参加していることが文献上明らかになっております。
 つまり、国連、UNESCOとかILOでいろいろやっているような議論、それと国内を歩いていた人たちが一緒に重なって研究するのですね。そこのところで新しい協力関係ができてくるということになります。
 そういう中で、鶴見さんたちが提起した内発的発展論と農山村におけるむらおこし運動というものが何かつながらないだろうかと、こういうことになるわけです。そこで、いろいろ農山村を歩きます。そのときに、宮本先生の書いているもの、御報告などを整理していきますと、例えば北海道の十勝ワインですとか、さっき出ていた湯布院ですとか、大分県の一村一品運動とか、いろいろなのが出てきて、どうもそこの共通性があるということで3点に整理します。1番目が外来型開発と違って、外部の企業、特に大企業に依存せず、住民自らの創意工夫によって産業を振興していると。2番目が地域内需給に重点を置いて、全国市場や海外市場の開拓を最初から目指さない。できるだけ生産や営業の発展を地域内の需要にとどめて、急激な売り上げの増大を望まず、安定した健全な経営が続くことを望んでいる。これは後でちょっといろいろ評価が割れるところになりますけれども、3番目は、個人の営業の改善からはじまって、全体の地域産業の改善へ進み、できるだけ地域内産業連関を生み出す。それから経済だけでなく、文化、教育、医療、福祉などに関連したコミュニティづくりになっている。こういうような特徴があるのではないかということを全国の農村を行脚してまとめていったのですね。
 関西には地域経済、地方財政の研究者も多いので、そういった宮本先生の提起をベースにして、いろいろ出てきます。例えば、後に大阪経済大学の学長になる重森 暁さんは、1番目に地域開発における自治の原則。2番目が地域経済の自立の原則。次に、地域づくりにおける共同の原則。それから地域づくりのための人間発達の原則というようなことをまとめていくわけです。
 そういう中で、議論が行われまして、先ほどの1、2、3から4点ほどにまとめていく。これは前回の報告で植田先生が言われていた内容になります。宮本先生の『環境経済学』の中に書かれている内容を整理して、4点ほどでまとめております。1番目は、地元の技術・産業・文化を土台にして、地域内の市場を主な対象として地域の住民が学習し計画し経営している。2番目が環境保全の枠の中で開発を考え、自然の保全や美しい街並みをつくるというアメニティーを中心の目的として、福祉や文化が向上するような、住民の人権の確立を求めている。3番目が産業開発を特定業種に限定せず複雑な産業部門にわたるようにして、付加価値があらゆる段階で地元に帰属する。4番目が住民参加の制度をつくり、自治体が住民の意思を体して、その計画にのるように資本や土地利用を規制する自治権を持つのだと。ほぼこんなような形で整理されてきています。
 それをもっといろいろな形で展開していくのが、島根大学で財政学を担当していた保母武彦先生は、島根という農村部をベースにして考察しています。その先生が3点ぐらいにまとめておりまして、第1番目に、環境・生態系の保全及び社会の維持可能な発展を政策の枠組みとしつつ、人権の擁護、人間の発達、生活の質的向上を図る総合的な地域発展を目標とするということで、ここで明確に「政策」という言葉が彼からは出てきます。財政学の人ですから、当然と言えば当然ですが、このあたり、先ほどの民俗学の人たちと少し違う発展の形になっております。
 2番目に、地域にある資源、技術、産業、ネットワークなどのハードとソフトの資源を活用する。ソフトの資源の問題、人的な問題のことがここに出てきているということであります。3番目に、地域の自律的な意志に基づく政策形成を行う。住民参加、分権と住民自治の徹底による地方自治の確立を重視する。ここで地方自治の問題が出てまいります。さっき言った民俗学や何かとはちょっと違う。やや現実のむらづくりとか、まちづくりに近い発想に近づいてきております。そして特に農山村、中山間地域の維持・発展を図るためにということで、3点重要だと言っておりますが、1番目が農山村の自前の発展努力だということです。2番目が農山村と都市との連携。3番目が国家による新しい農山村維持政策の組合わせだということを言っております。これが後に内発的発展論は内部需給的であって、外との連携がないという批判が出てきますけれども、実はこの時点で、農山村は都市との連携、つまり、外部との連携がなければ発展は難しいというふうに言っていたということであります。それから、国家による新しい農山村維持政策というのは、先ほどちょっと私、飯舘村で話しましたけれども、中山間地域の直接支払制度のような形で農林水産省を中心に政策化されていくということになっていきます。それを先駆的に述べていたわけであります。この発言をしたのが時期的には1999年ごろだったと思います。
 それから更に、地方都市の研究ということで、金沢大学にいた佐々木雅幸さんはイタリアを見ていて、世界的にどうも経済の調子が悪いと言われるのに、なぜイタリアは元気なのかという、フレキシブル・スペシャリゼーション、「柔軟な専門化」というところに注目していくと。要するにボローニャとかフィレンツェはなぜ元気なのだということを分析していきます。これを内発的発展という視点から見たら何が見えるかということで、ここに書きました1から5のような、イタリアを参考にしながら、彼自身のいた金沢市をモデルにして考えていく。そうすると、地域内に意志決定機関を備えた中堅・中小企業があるとか、それから産業が、例えば繊維工業と繊維機械工業が二つ重なり合いながら発展している。繊維工業だけだったところは衰退するのですね。繊維機械工業とクロスしながら発展しているところは伸びると。それから地元産元商社の独自の産地形成がある。それから都市の内発的発展力が、わざわざ外から持ってこなくてもいいという、こういう力をつくっている。5番目が、域内で様々な連関性を持った迂回生産で付加価値を増大させて、それで地域内で生み出された所得のうち、利潤部分の域外へ漏出を防ぐ。そして、その漏出を防ぐということが、中堅企業のイノベーションを可能にしていくという、こういうような整理をしたわけであります。
 ただ、ここからもまたいろいろ議論が分かれまして、金沢というのはご存じのとおり百万石の城下町でありますから、それは特殊例だろうという意見が出てきて、いや、そうでもなくて、企業誘致をいっぱいやったけれども、内発的発展の可能性があると言い出したのは鈴木 茂さん、四国の松山大学にいまして、四国はご存じのように別子銅山とか、造船とか、かなり大きいのがありますが、今治のタオルみたいなものもあるし、それから農機具のメーカーが非常に集積しているところです。井関農機もそういうところですね。こういうようなところを見ていくと、1回外来的にいろいろ入ってきたものでも、地域内の産業、工業に着目するといろいろ発展の芽はあるということで、ここに7点に彼は整理していますが、ポイントは、企業家精神旺盛な人材、それから地域内に本社・金融・開発機能があるということ。それから地域固有の情報ネットワークがある。それから地域固有の資源などを把握できる地域固有のノウハウの蓄積がある。それから新しい技術を導入するときのリーダーの存在、地域社会全体の教育水準、地方自治体によるサポートというようなことを書いています。
 つまり、鈴木さんが言いたかったのは、金沢という特殊な城下町ではなくても、普通の県庁所在地や工業都市のところも視点を変えると、いろいろ着眼点は出てくるだろうということです。確かに、私、農業問題をやっておりますけれども、ミカンの傾斜地のところなんかへ持っていくモノラックなんていうのがありますけれども、モノラックってレールで運ぶ機械ですね。あれは全部地場のメーカー製です。それがだんだん大きくなっていって全国展開していくという、こういうのがあるわけで、だから見ようによっては、鈴木さんが言うようなこともかなり当たっているかなと感じたわけであります。
 このようなことを十数年前から考えていて、その後、何だかんだ学内外の雑用ばかり当たっておりまして、なかなか考えられなかったのですが、もう少し考えていく必要があるというので、こういったものの背景は一体何なのだろうということを考えると、経済史的に見ていくと、その中には、いろいろ先駆者がいるということです。古くは、ここに名前だけ挙げましたけれども、産業革命期に、ともかく人間の性格形成が非常に重要だと言ったロバート・オーウェン、革命家ですね。それからラスキン、これは芸術経済学。彼は何と言っているかというと、経済学の目標は、「ひとみの輝いたリンゴのほおをした青年男女をこの地上につくり出すことだ」と言っていたそうです。当時相手にされずに無視されましたが、私なんかは気分的には大好きですけれど、こういうものもある。
 それから、それを引き継いでいくウィリアム・モリス。壁紙のデザインなんか今でもある。更にオクタヴィア・ヒル、例のナショナルトラストをつくっていく。もともとはロンドンの住宅改善運動をやっていた人ですね。住宅の中の改善より、その住宅の置かれている環境改善のところから次第にナショナルトラスト運動に入っていくという人ですとか、それを支えたビアトリクス・ポター、例のピーターラビットの印税をみんなそこへ投入するとか、それからエベニーザ・ハワード、田園都市。評価はいろいろありますけれども、都市、農村の共生という、都市と農村の結婚という言い方をしていますけれども、こういうことを言った人ですとか、比較的最近ではジェイコブスのように道路というのは真っすぐでなくて曲がっていた方かいいということを言ったり、いろいろこういうような人たちがいるということです。そういったことをもう1回踏まえて考えたらどうなるのかというのが、3、4年前に書いた参考資料2になります。
 これを見ていただきますと、まず最初になりますけれども、そもそも地域づくりって何のためにするのだという話です。ここには大守先生がおられるので、なかなか私も恥ずかしくて言えないですけれども、やっぱりこういう地域づくりをやるときには、この間、特に20世紀から21世紀にかけていろいろな議論が出てきていて、先ほど申したアマルティア・センの潜在能力アプローチ論というのは、これは不可欠であろうということであります。
 それから次に計量経済学の方から豊かさの指標ということで、スイスの経済学者から「幸福とは何か?」ということで、計量経済学ですから、個人の幸福度、主観的幸福度と一人当たり国民所得、失業率、インフレなどの経済変数との相関関係を計測したが、どうも統計的に有意でない。これを更に突っ込んでみたら、政治プロセスにおいて個人の選好がより強く反映される世界では、人々の幸福は増大する。公的な意志決定に直接参加する可能性が増せば、幸福の増大に大きく寄与するとして、「参加」の意義が重要である。直接民主制のスイスというところがベースですので、そのまま日本へ適用とはいかないですけれども、参加ということが幸せと大いに関係があるということを非常にシンプルに言ったのであります。
 それからソーシャルキャピタル、これはこの研究会というか、前回も議論されておりますが、パットナムのソーシャルキャピタル、私はここで社会資本と書きましたが、正式には「社会関係資本」というふうに言ったほうがいいかなと思っておりますが、こんなようなことを少し考えてみる必要がある。これは学生向きの教科書ですので、このようなことを考えたわけであります。
 その上で、内発的発展論の形成というところで、先ほどの論文では、ILOとかUNESCOのことを書いておりませんでした。UNESCOでは明確にロストウの段階的開発論はよくないということを言っておりますので、こういったところは少し現在踏まえておく必要があるのではないかなと思ったわけであります。
 そういう中で、ではそういったことを踏まえて、私たちは何をどう考えていくのかというところで、いろいろなことをいろいろな人が言っているのですけれども、それを、2、3年前の時点でまとめてみるとどういったことが言えるのかなということを私なりに整理したものであります。1番目は、各地で行われた内発的発展の特徴は、地域の技術、産業、文化、私はここにもう一つ「資源」と入れていいと思っているのですが、土台として、これらを再評価して活用を考えると。その中にハードとソフトの資源、特にソフトの面では情報ネットワークだとか、そういった諸資源がどういうふうにあるのか。総合的に評価できる地域固有のノウハウという、これは先ほどの愛媛県の事例などを念頭に置いて加える必要があるというふうに思ったわけであります。
 2番目が、住民が自ら学習し計画するという。こういう何かやっているところは、やはり何らか勉強している組織が必ずあるのですね。それが一種の文化になっているという、ここが非常に重要ではないかと思っております。
 3番目は、地域産業連関の重視ということで、これはよく言われることでありますので、多様な産業を互いに評価していくという、ここが非常に重要だということであります。これから福祉的社会連関ということで、特に第3次産業、医療などをどういうふうに入れていくのかということで、ここはまだ計量的にははっきりしていないですけれども、事例的には長野県の佐久厚生病院を中心とした、あのあたりの分析をして、経済における福祉の位置ということを調べていくと、どうもあのあたりでは建設業の受注額と病院などでかかるいろいろな、これは入院の費用だとか、お見舞いに行くのに持っていくものだとか、いろいろなものを全部足し合わせた金額とほぼ同じであるというあたりを出しています。厳密な産業連関表ではないですけれども、そういった福祉という側面を重たいものというよりは、むしろ地域経済の中にきちっと位置づける必要があるのではないかということが言われるようになっています。
 4番目は環境・生態系の保全、アメニティーの向上は当然ということで、かつては経済発展と環境はクロスしないと言われていたが、これはクロスするということが当たり前になっておりまして、私どもの農業経済の領域でいいますと、例えば「コウノトリ米」が少し高く売れるのはなぜか。「朱鷺の郷米」も少し高く売れているではないか。ちょっとですけれども。こういったところからきちっと考えていくと、環境・生態系の問題から経済の問題はつながるのではないかということであります。
 5番目は住民の主体的な参加という、ここが決定的に重要だろうということであります。これは先ほど申しました、前段で話しました潜在能力論とか参加論というのを踏まえると、住民の主体的参加による自治とか、自律的、このリツはあえて律すると書いてあります。「立」と書くと自給自足的に見えますので、自ら自分たちで決めるということで書いてあります。
 以上、このようなところを考えていたのですが、その後、どうなっているかということで、そういう中でいろいろ各地域でやられておりますが、農村社会では、そうは言ったって空洞化が進んでいる。人は出ていく。それから人口が社会減から自然減になってくる。地域を維持するための人たちがいなくなってくる。そうなると、土地が荒れていく、土地が空洞化していくと。さらに、ムラが空洞化していく。最後には誇りが空洞化する。少し前には「心の過疎」というふうに言われる言葉がはやったわけであります。
 そういうためにどういうふうにしていくのかというので、やはり参加が重要だろうということはさきに述べたとおりであります。それから地域における誇りとか思想、価値観、これをどういうふうに考えていくのかという主体の問題があるだろう。それから、そうは言っても内発的なアイデアの形成によるお金と循環づくりをどう考えていくのか。農林水産省あたりでは6次産業論というような言い方をしておりますけれども、簡単に申しますと、私たちが食べているのが約80兆円ありますけれども、それは生鮮食品で直接買うのが約2割、5割が加工、3割が外食です。そうすると、加工とか外食の付加価値部分はどこに落ちるかというと、地域に原材料費とか、賃金も落としますけれども、基本的に利潤部分は本社に行きますから、その部分は、簡単に言えば東京に行くというものですね。それを何とか取り戻そうというので、お母さんたちが農産加工をやったり、直売所をやったりしている動きがあります。そんなような形で何らかの形で内発的なアイデアの形成によるお金と循環づくりが要るのではないか。
 「鳴子の米プロジェクト」は1俵1万8,000円で農家から買っています。そして消費者に2万4,000円で買ってもらっている。農家の方に何で1万8,000円だと聞いたら、息子を大学にやれる米価はこれだと。なるほど、非常にわかりやすい生産費だと思いましたけれども、そう言っていて、じゃあ、何で2万4,000円で売るのだというと、差額6,000円は後継者の研修費であると、非常に明確です。消費者に1俵2万4,000円。つまり、60キロ2万4,000円で買うということは、10キロ幾らかというと4,000円であります。10キロ4,000円というと、スーパーでちょっと高いコシヒカリという値段ですから買えない額ではない。こういう形で何とか循環させようという動きがあるということであります。
 それから、4で活動の柔軟な継続、持続性ということで、いろいろこういうふうにむらづくりをやるのですけれども、どうやって持続させていくかという時間軸の問題が大事になってまいりまして、実は私答えが出ていないのですけれども、農林水産省のむらの伝統文化の表彰事業でいろいろ勉強させていただきまして、全国400か所ぐらいの事例を見ておりましたら、どうもこういう中に時間軸を考えた継承のノウハウというか、ヒントがあるというふうに思いました。例えば、鹿児島の阿久根市で山田楽という島津勢が関が原のときに出ていくときに出陣の太鼓をやったらしいですね。島津は関が原で負けて帰ってきますけれども、太鼓は残っている。それを今どう伝承しているかというと、鹿児島の郷中教育。つまり、先輩は後輩をかわいがり、後輩は先輩を大事にするという。その太鼓は何年生に教えるかというと5年生です。5年生は6年生になると、また次の5年生に教える。延々とつなぐという、こういういわば民俗芸能が薩摩の教育とあわさって伝承させていくというノウハウがあります。
 それから、私が面白いなと思ったのは、愛知県の東栄町というところで「花祭り」という、かさを持って踊るのがありますけれども、あれは一子相伝で長男伝承だったのですけれども、長男だけでは駄目ですね。減ってくるから、ほかの子にする。だんだん、女子にはさせなかったのに女子にもさせていいというふうになる。ところが、女子にさせると、私は本物を持ったことがないですけど、結構重いかさのようなのですね。そうすると、男の人だったらどんと上げられるけど、女の人だと少し難しいと。でも、そのお祭りの本当のねらい、五穀豊穣にしろ何にしろみんなで祝うということの精神さえ統一すれば、ちょっと形は崩れてもいいじゃないかと。さらに女の子が足りなくなってどうしたかと言ったら、東京の某市と姉妹都市を結んでいるから、その人たちにも参加してもらおうと。つまり、ここでは基本の民俗芸能ということを守るために担い手を柔軟にして広げているという。こういうのが民俗芸能でいっぱいあります。これは芸能だけではなくて、民俗の文化、食文化とか、こういったところに継続性のヒントがあるということで今考えているところであります。まだ答えはなかなか出ていないですけれど結構面白いということであります。
 最後に、近年の論点ということですけれども、内発的発展ということに関して、Neo-Endogenous Developmentという言い方が出ております。これはいろいろなところで出ていますけれども、ニューカッスル大学の農村経済の先生方が内発的発展の前にネオをくっつけています。これが時期的に早いようです。新しいというのはどういうことなのかなというと、彼らが書いたものを拾い読みしてみると、内発的手法をベースにして、外圧を新たな可能性を開く「好機」ととらえるということですね。つまり、中だけではなくて、外からの刺激も考える必要があるだろうということであります。その影響を受けて、日本ではどういうふうに訳す人がいるかというと、外発、内発ではなくて共発であるという、どっちもだと。私は訳はどうでもいいと思いますけれども、ともかく共発であるという意見もあります。
 それから同じ共発でも、違う協発というのを書いている人もいまして、農山漁村の内発的に期待をかける内発的発展論や主体形成論も限界である。相互行為による協働・協発による互恵的発展が大事なのであるという、こういうような意見が出ています。どうも共通するところは、内発的発展というのをやや狭く、内輪みたいにとらえているようですけれども、先ほどの保母先生の言ったように、外との関係は十何年前から言われていますね。ただ、そこのところが必ずしも十分でないので、もう少し内発だけではなく、共発とか、協発とか、いろいろな意見が出ていますが、ここから言われることは何かというと、従来から内発的発展論は外からの力を否定していない。とすれば、新しい内発的発展論として多様な主体間のパートナーシップ論として整理できないかと。とすれば、多様な主体とは一体何なのか、どうとらえるのか。それから、その主体間のパートナーシップをどう構築していくのかという、これが論点になるだろう。国の方も「新しい公」という言い方をしていますね。これとぴったり合うかどうかは別ですけれども、どういうふうに連携し、どういうような主体と主体をつないでいくのかということが今日の内発的発展論の次へ展開していく一つの課題ではないかなというふうに考えているところでございます。
 一応時間になりましたので、ここまでにさせていただきます。

【鈴木分科会長】

 どうもありがとうございました。
 それでは、質疑をお願いします。

【市原委員】

 お二人の意見を聞いて思ったのですけれども、よく言われていることで、地域の発展というか、要するに振興で必要なものが三つあるとよく言われますけれども、それは若者・ばか者・よそ者と。この三つが非常に大事だということをいろいろなところで聞きますけれども、私ども余り学術的なことはよくわかりませんが、どうもお話の中にこういうことが入っているのかなと。外部との関係であるとか、それからキーパーソン、実行できるようなキーパーソンがいなければ、なかなか思うように進まない。
 ただ、先ほどのお話の中に活動の柔軟な継続、持続の構築という話がございましたが、これが非常に大事だと思います。当然、キーパーソンというのはいなくなってしまいますし、それからそれを継承するような組織、これもなかなかつくり上げても、それを維持するというのは非常に難しい。私どものところによく来る話は、こういうものをつくるけれども、補助金が欲しいとか、これを何とか制度化してほしいとか、そういう要望は年じゅう来ます。しかし、なかなかそれがどの程度市として、そういうものを支援して援助したらいいか。参加と言っても、行政がいつも後ろ盾になって、それを引っ張っていかないと参加というものは非常に難しいといいますか、本当の意味での参加、それから自発的というところがまだまだ育っているとは、私はあまり実感できないですが、その点に関して。
 それからもう一つ、先ほど言われた中で、地域産業関連の重視というところで福祉的社会関連というお話があったわけですが、その中で、福祉について、建設業なんかに比べると非常に多くの経済効果といいますか、そういうものがあるというお話だったと思いますが、私、実は病院をやっているものですから、確かに一つの建設業、事業規模が例えば100億だとしますと、建設業などで100億の規模というのは大したことないですが、病院や医療機関、福祉機関で100億というと物すごい数の職員を雇用します。それから材料費であるとか、産業としての様々な経済効果という面でいくと、ほかの産業に比べて非常に大きなものを、材料であるとか、雇用であるとか、そういうもののかかわりというのは非常に大きいと思いますが、ただ、全体の数が非常に少ないですね。だから一つの分野で100億ぐらいの企業というのは世の中にたくさんあると思いますが、病院で100億というと本当に数えるほどしかないということです。そういうことからすると、一つのものは非常に大きいけれども、社会全体から見ると、そんな大きなものにはならなくなってしまうということがあると私は感じていますけれども。

【守友講師】

 いっぱいありますね。若者・ばか者・よそ者、よく言われて、私は余り使わないですけれども、一応もうちょっとアカデミックに言った方がいいのではないかなと思っているので使わないですけれども、よくある言葉で当たっているなと思うのですが、内発的発展の議論の中では、鶴見さんが水俣を分析したときに、「じごろ」と「ながれ」という言い方をして、漂泊者と定住者を見ています。あれはここにヒントがあるなと思っていて、ちょうど水俣の運動を再生していた、水俣の病気から再生のプロセスのときに、ずっと昔から水俣病が起こる前からいた人、「チッソ」が大きくなってから来た人、それからいろいろな公害の問題が出てから支援で入ってきた人、何段階かに分けていて、その人たちの役割を時代を追って区別しています。それを定住者と漂泊者との力を合わせることであると、こう定式化されていて、それをもうちょっと俗っぽく言えば、ばか者と言っては、少しよくないですけれども、よそ者とか、若者であることは間違いないだろうという形で、その点では非常に重要だろうと思います。
 そのときにだれがキーパーソンになるのかということは局面ごとに変わってきているということが詳細な実証分析でなされているというふうに思います。ですから、だれがという形にはなりませんけれども、定住の人がなる場合もあるし、ある程度漂泊した人が定住化していくプロセスもあるので、その局面で変わるというのが文献的には明らかになっているかと思います。
 それから、行政が後ろ盾というところになりますけれども、先ほど西川先生の報告に出てまいりました地元学の話とのかかわりでいうと、地元学は西の地元学と東の地元学というふうに言われていまして、西の地元学が水俣を中心とした吉本さんたちのですけれども、東の地元学というのは、仙台におられる結城登美雄さん、民俗研究家ですね。彼が中心になっておりまして、彼の言っている地元学はこう言います。「行政なんてなかったときから村は村として生きてきた。だから、そこから視点を持って考えていけ」というのが東の地元学ですね。地域の食文化などをあたってみようじゃないかという形で、そういういわば立場がはっきりしている人がいますね。
 ですから、多分、行政の長としておられると、何でもかんでも言ってくれるなというときには、先ほど言った地元学的な発想で、まさに西川先生の言われたような、みんなが参加して、さっきは海外の方でしたけれども、地域の人に参加してもらって、行政にお願いすることの前に何があるのかというところを少しきちっと見てみる必要があるのではないかということが大事ではないかと思います。水俣ではそれをやっておりますし、結城先生たちも東北を中心にずっとやっております。
 私も結城さんのやり方、ノウハウをいろいろ教えていただきまして、実はきのうも長野の木島平というところへ同じように学生と地域の人と現地を歩いていたのですけれども、そういうようなことになると、いきなり行政というふうな話は出てこないと思いますので、先ほどちょっと出た地元学的な発想、もしくは西川先生の説明されたああいう内容でやってみることがまず大事で、それをやっていくことによって、最終的には行政に話を持っていってもいいけれども、いきなり行政という形にはならないのではないかと思っております。
 それから、地域産業の連関につきまして、実はまだ十分な数字的に押さえる研究は私もやっておりませんし、余りやっていなくて、建設業を調べる人、農業を調べる人、病院の経営を調べる人というのは皆別で、これが横につながっていないですね。ただ、どうもそれじゃいかんぞと。連携と言ったときに、今までどちらかというと、農業と加工だとか、工業をどうするかということですけど、実は就業比率では3次産業が多いわけで、特に高齢化していく中で、福祉などというのは重要だと言われていて、それが経済的に地域でどういう意味を持つのかということが非常に重要だということを言われました。ただ、残念ながら、市町村単位での産業連関表というのはほとんどとれないですね。ですからそれが明確にならないので、ある程度幾つかの事例実証的にやらざるを得ないところかと思います。たまたま先ほど述べた佐久というのは例のJAの佐久厚生病院があって、日本の農村医療のメッカですので、こういう地域の産業連関は非常に大きいと出ましたけれども、都市部は私もちょっとわかりませんけれども、農村部では今言ったような考え方、福祉とか、高齢者のホームですとか、そういった役割をもう少し経済という側面、それから雇用という側面から見ると、非常に大きい効果があるかなと考えております。そういうことで福祉的連関も今後より重視すべきだということを1項目入れさせていただいたということでございます。

【西川講師】

 一言だけよろしいですか。行政の後ろ盾のない参加というようなところで、また、ちょっと由布院のことをお話ししたいのですけれども、NHKの「プロジェクトX」で取り上げられたので、ごらんになった方もいらっしゃるかと思いますけれども、由布院の町の景観条例というのでしょうか。建物の高度制限をする条例というのは、当時の建設省の建築基準法よりも厳しいものになっていたのですね。それは当時の法制度の考え方からはあり得ない話ですけれども、それはなぜかというと、バブルのお金が土地の地上げになるのを町が防ごうとするためにそういう条例をつくろうとしたのですけれども、建設省のほうからはちょっと待てという話が来たのですけれども、町の役場の人が、「プロジェクトX」の場面でいくと、由布院の写真を建設省の会議室に張って、私たちはこの町を守りたいです。だから力をかしてくださいという、そういうふうな形で、だから行政の後ろ盾というのは、決して行政から補助金をもらったり、そういう意味ではなくて、自分たちがやりたいことに対して、国は、また県は何ができるのですかという形の持っていき方というのですか、そういう意味では非常に主体性のあるもので、これは、「プロジェクトX」は非常に美しい形でやっているので、上澄みの、下の部分ではものすごいいろいろな葛藤があったですけれども、そういう意味で一村一品運動が政策としての内発的発展ということで鶴見和子さんのグループは若干批判的に見られていますけれども、ただ、一村一品といっても非常に多様なものがあって、由布院のこの事例なんかの場合は行政と非常に緊張関係を保った状態で地域のリーダーたち、キーパーソンたちが動いていた例かなというふうな、そういう事例もあるというふうなことは紹介させていただきたいと思います。

【鈴木分科会長】

 昔から村があったと言いますけれども、今のようにどんどん社会が変わっていって過疎化が進んでいるという段階は、何らかの行政的なものが入らないと今までどおりにはいかないというような状況もあるわけですね。ちょっと思うのですけど、何となくベンチャー企業を日本はどう育てるかというのと似ているような気がするのですね。私、専門家じゃないので、私は物理屋なので、全くそこは関係ないですけれども、日本ではなかなかベンチャーが育たないというときに、ほかの国を見ると、95パーセントは失敗しても補助金は出すと。残りの5パーセントが、非常にそれは発展すると。それからお金をその分取って、それを失敗した方が回すという。成功した方はそのお金を全部自分のものにするのではなくて、そのうちの何割はちゃんと返しなさいというルールをつくって、それでもって新しい芽を、失敗してもまたチャレンジできるというようなシステムがあるわけですね。そういうのが今日本にないですね。だからなかなか日本ではベンチャーが育っていかないとよく言われるのですけどね。今の地域振興、何かそういう感じで、うまくいったところで収入が入ったら、それはある程度もとに戻してくださいというような仕組みもあるかなという気はするのですけどね。全くの素人ですけど。何かございますでしょうか。

【守友講師】

 今のはどのくらいの規模でやるかですよね。例えばベンチャーとなると、かなり会社形態的なことになりますけれども、高齢化が進んでいる、私なんか過疎農村を見ておりますと、余り大きなことを望まない部分がありますね。高齢者の方で、あとどのくらいのお金があればよいかと聞くと答えは非常に低いです。年間30万円です。30万円ということは、大ざっぱな割り算をすると月3万円。月3万円となると目標が立つので直売所に野菜を持っていくという、こういうレベルの話がありますね。すると、そこで、おじいちゃん、おばあちゃんはいいけれども、若い人はどうするのだといったときに、今の先生がおっしゃったような議論が重なってくるのですね。ですから、ちょっと私の場合は過疎地域ばかり行っておりますので、おじいちゃん、おばあちゃんの話の方に傾斜されますけれども、意外と大きい支援がなくても、3万円、要するに1日1,000円の売上げですよね。何とかそこまでなら頑張れるという人たちは、極端にいうと、役場がなくてもやっているというのがありますね。しかし、それでは若い人は、月3万円じゃ話にならんのであって、そこのところをどうするのかというのが今先生がおっしゃったようなところで、そこで今度は行政の役割が出てくると思います。
 だから、行政なくても村は生きてきたという面が一面であるなという気もします。けれども、それが現状でどうなったかというと、高齢化が進んでいって過疎化が進んで人口が自然減になってくるという中で、土台の上にのっかる部分ですね。このところが先ほどおっしゃられた行政として何をなすべきなのか。先生がおっしゃられたベンチャーの伝統を支援していくのかという、幾つか重層的になっているような気がする。ただ、私ども研究が過疎地の小さな動きのほうをやっているもので、極端に言えば、行政を相手にせずということは絶対ないですけれども、そういうより、まず目標値がどのくらいか。小さいなら小さくてやれることは一体何なのかという着眼でやってみようかと。
 実はきのうも歩いていたのですけれども、若い人は全然、むろん平日でしたからいないので、おじいちゃん、おばあちゃんからの話ばっかり聞いているのですけれども、金額でいうと、3万円なんてそんなに多くなくてもいいというのが圧倒的ですね。そういう世界もまたあって、そこが実は地方の地域社会の根底にあるということも認識が要るなというふうにちょっと思います。

【鈴木分科会長】

 ほかにございませんか。

【大守委員】

 最後のところで先生が共発、協発って2つ字がありますけれども、大変印象的だったんですけれども、私、APECというアジア太平洋の経済協力の仕事もしていて、ちょっといろいろ悩んでいるのですが、是非教えていただきたいのですが、市場開放という外圧と内発的発展というのをどういうふうに結びつけていくことができるだろうかというあたりについて先生のお考えをお聞きしたいんですけれども、もうちょっと問題意識の背景を申し上げますと、きょうの細かい字のプリントで、鶴見先生の表現で「先発後発を問わず、相互に、対等に、活発に、手本交換が行われる」という、私としてはアジア太平洋の議論というのはそういうふうにしていきたいと思っておりまして、まさにきょう読ませていただいて、そうだなと思ったんですけれども、それでテーラーメイドアプローチというような言葉をここ数年、何とかAPECの中で使われるように、それなりにしてきたつもりなんですが、ただ、やっぱり自分自身で反省しているのは、それはともすれば日本以外の先進国は、自分たちのやり方を途上国に押しつけてといいますか、教えてあげると。そして、それを彼らが採用することで自分たちのビジネスにしていこうというような、そういう態度が見え隠れしますけれども、それに対するアンチテーゼではあっても、もうちょっとそういうことを言っているだけでは反動的といいますか、保護主義的にも聞こえるので、もうちょっと具体的な何かアイデアを出していかなくちゃいけないなと思っているんですが、これは私の悩みなんですが、何かヒントをいただければと思っていますが、いかがでしょうか。

【守友講師】

 一番難しいところをつかれた感じですね。こういう議論、外との交流すらないじゃないかという批判もある中、それはそうでないというところは言えた。今の全体の国際化の中でどう位置づけるのかという議論はほとんどないですね。無論、西川先生のように海外の人たちの研修とクロスさせていくというところはありますけれども、多分、市場開放となると製品の問題が入ってくると思うのですね。こことの絡みでは非常にウィークだというところがありますね。そこのところを大々的に議論は余りやっていないというところかと思います。
 そういう面でいうと、お手本交換というあたりのレベル。ですから、これはいきなり市場開放というよりは、それ以前の、例えばタイのやり方と日本のやり方でどっちが上だという議論じゃあり得ないのであって、それぞれ、我々「ヨコ、ヨコ」協力と言っていますけれども、そういうようなところで、いわゆる途上国の方が進んでいる、おくれているというのは変だけれども、オリジナルがあるものがある。日本の方がオリジナルがあるもの。そこを相互に交換することが重要だと、この議論はあるのですね。それが市場開放の中で相互にそういったことも含めて開放し、交流していったらどうなるかという議論は残念ながらまだ余りやっていないと思います。西川先生どうですか、その辺は。そこのところが、結局、内発的発展といっても内向きじゃないか。もうちょっと経済的な言い方をすると保護主義でないかという批判にさらされるというのは、まさに御指摘のとおりだと思いますね。課題かと思います。
 ただ、何せ3万円あればいいという部分とストレートに外圧との関係がつながらないですね。その次のところはもろに重なってくるのですね。この部分が実は余り十分議論できていませんから、保護主義との関係でどういうふうに方向を見いだしていくのかというのが余り議論になっていないという、こういうところかなと思うのですね。答えになっていなくて申し訳ないのですが。ただ、少しずつ導き出してきた「ヨコとヨコ」との協力関係とか、そういった点をどういうふうに見ていくのかという視点は非常に重要だと思います。
 それは国内でもありまして、先ほど私、飯館の長泥というところへ行ったのは、中山間直接支払制度は農林水産省である程度方針を出して、東北農水局へ行って、福島県に行って、飯館村に来て、長泥集落に行く。こういう縦の情報の流れだったのですけれども、あそこの人たちが面白いなと思ったのは、いろいろ悩んでいることはどこか他にあるだろうというので、岩手県の江刺市の集落協定を結んでいる人たちとヨコの情報交換をやっています。私、鶴見さんたちの言っているヨコのお手本交換と同じようなことを日本の農民はやっているなと思ったのですね。だから現実の中にもあるのですね。ただ、それが非常に大きいグローバルの中でどういう位置づけになるのかというのは、特に市場関係が入ってくると、ちょっと手つかず状態になっているというところかと思います。力不足で申し訳ないのですけれども。

【大守委員】

 いえ、とんでもないです。ありがとうございました。

【鈴木分科会長】

 ほかにございますか。よろしいですか。
 きょうはどうもありがとうございます。大変貴重な講義をいただきまして、感謝いたします。ありがとうございました。
 それでは、連絡事項がございますか。済みません、大分時間がおくれましたけれども、そこは余り時間を気にせずにやって、申し訳ありません。何かございますでしょうか。

【上口室長】

 長い間、どうもありがとうございました。
 次回の分科会は、来月の14日、10月14日金曜日の今のところ1時半からということで開催を予定させていただいていまして、本日お見えになっていただいている大守先生、それから千葉大学の倉阪先生がいらっしゃいますので、それぞれ御講義をちょうだいしたいというふうに考えております。詳細はまた追って御連絡させていただきますので、よろしくお願いいたします。
 本日は長い間、どうもありがとうございました。

【鈴木分科会長】

 どうもありがとうございました。

―― 了 ――

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(科学技術・学術政策局政策課資源質)

-- 登録:平成23年10月 --