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資源調査分科会(第21回) 議事録

1.日時

平成21年11月10日(火曜日)10時~12時

2.場所

文部科学省 15階 科学技術・学術政策局2会議室

3.議題

  1. 自然資源の統合管理に関する調査について 【外部要因(経済システムと気候・気象)が自然資源に与える影響】
  2. その他

4.出席者

委員

鈴木委員、唐木委員、三宅委員、野口委員、八木委員

文部科学省

泉科学技術・学術政策局長、小松総括官、中岡政策課長、内畠資源室長、田口室長補佐

オブザーバー

植田 和弘京都大学教授、吉野 正敏筑波大学名誉教授

5.議事録

【鈴木分科会長】

 それでは、10時になりましたので、きょうは21回ですね。資源調査分科会を開催いたします。きょうはお忙しい中をお集まりいただきましてありがとうございました。
 きょうは、筑波大学名誉教授の吉野先生と、それから京都大学教授の植田先生に講義をお願いしてあります。きょうはありがとうございます。よろしくお願いいたします。
 では、出席状況を事務局、お願いいたします。

【内畠室長】

 まずお願いですけれども、携帯をお持ちの方は議事の妨げにならないようにご配慮をお願いしたいと思います。
 本日は深尾委員を除きまして5名の委員にご出席をいただいております。文部科学省側からは、ちょっと局長がおくれておりますけれども、小松総括官が出席しております。
 以上でございます。

【鈴木分科会長】

 ありがとうございました。
 では、議事に入りますが、きょうの資料をご説明お願いします。

【内畠室長】

 きょうは資料番号を振っていない資料が多いようでございますので、クリップを外して見ていただければと思いますけれども、まず資料1として、吉野先生からご提出いただいております「気候・気象が自然資源に与える影響」というホチキスどめの紙があるかと思います。
 その後ろに、資料番号がございませんけれども、吉野先生のペーパーに関する図表の2枚紙があろうかと思います。
 次に、前回の議事録が資料2として、分厚いホチキスどめのものとしてお配りをしてございます。
 その後ろに植田先生のレジュメとして「環境と資源の統合的管理」と上のほうに書いてある3枚紙がございます。
 一番最後に、これは後で八木委員のほうからご提案があると思いますが、「沖縄における土壌資源の統合管理に関する現地調査について」という1枚の紙がございます。
 以上でございますが、欠落がございましたらお申しつけください。

【鈴木分科会長】

 いかがでしょうか。よろしいですか、資料は。
 それでは、きょうの議題は、自然資源の統合管理に関する調査ということで、外部要因が自然資源に与える影響ということで、有識者の方々からお話をしていただきます。
 それでは、まず吉野先生から、資料がございますけれども「気候・気象が自然資源に与える影響」ということでお話をお願いしたいと思います。先生、よろしくお願いいたします。

【吉野筑波大学名誉教授】

 それでは、1時間?

【内畠室長】

 40分です。

【吉野筑波大学名誉教授】

 40分ぐらいということで、半分ぐらい私がご説明申し上げて、あとはご質問いただければと思います。
 全部読んでいると時間がかかりますので、要点だけを申し上げますけれども、この「気候・気象が自然資源に与える影響」というテーマでございますが、まず一般の方々に、気候という言葉と気象という言葉が必ずしも区別されて認識されておりません。気象というのは大気現象の略ですが、大気現象の中でも短い、そこに書いてありますように、分とか秒とか時、あるいは日ぐらいの時間スケールの大気の現象を気象と申します。場合によっては天気という言葉もございますが、英語で言えばウエザーでございまして、それが気象です。
 それから、気候というのは、数カ月とか1年とか10年とか100年とか、地質時代で言えば何万年、何百万年という、そういう長い時間についての大気の現象、それを気候と呼びまして、これは我々の分野でははっきり分かれております。
 自然資源の管理には気候が関与する時間スケールの現象が重要で、特に統合管理の場合には、気候のほうが重要な役割を持っていると思います。
 この原稿を書きました後に、前回および前々回の議事録が送られてまいりまして、資源室から「自然資源の統合管理について」という、前々回配付されました資料の2‐2に図が出ておりますけれども、例えばこの自然資源の中で、水、土壌と書いてございますが、私の立場から申しますと、水、土壌、気候という、その3つが自然資源の一番大切なものでございます。これら3つがありまして、その中央というか真ん中に人間、あるいは生物があって、それで一つの環境の場合ですと環境系を形成している。ですから、環境要素で言うと、水も土壌も気候も要素の一つであります。
 その気候というのは、アリストテレスというかギリシャ時代までさかのぼれば、これは空気とか大気とかそういう言葉で言われておりますが、最近では気候という言葉で呼ばれております。気候変動というのは、実体ではなくて変動そのものなんですね。ですから、実体を伴うものとしてはやはり気候というものを水と土壌と同じ自然の要素として扱わなければ統合管理はできないのではないかというのが、実はきょう申し上げたいことの一番重要なことです。
 ですから、前々回の資料の2‐2でいきますと「多様な自然資源の統合管理」というところで5ページに図が出ておりまして、水資源、土壌資源をくし刺しにするという図でありますけれども、そこのところの次に気候資源管理というのが入らないと、片手落ちになるのではないかというのが、きょう一つ申し上げたいところでございます。
 気候変動が統合管理に影響する一番大きなファクターの一つだと思います。変動は実体ではありませんので、やはり土壌とか水とかと同じ要素として考える必要があるのではないかという、そういうことが出発点でございます。
 きょう申し上げたいことの一つとして、スケール別に統合管理を組み立てていく必要があるだろうということです。大気現象の中には、先ほど申しましたように、時間の短いものから長いものまでございまして、長いほうを大スケール、中くらいのを中スケール、短いのを小スケールと申します。このスケールの区分というのは、数十年の研究の歴史がございます。ところが、問題は、例えば経済学で言うと、マクロ経済とかミクロ経済とか申しますけれども、言葉としてはありますが、スケールが一致しないというところが問題点でございます。
 大ざっぱに申しますと、時間スケールの長いものは空間スケールも大きい。時間スケールの短いものは空間スケールも小さい。例えば、渦を考えていただくと、秋から冬にかけて、街角で枯れ葉が渦を巻いております。そういうものはあっと言う間に消えてなくなる。小さい渦はすぐに消えてなくなるわけです。それから、例えば低気圧というのは渦でございますが、台風もそうですけれども、これは発生してから1週間か月ぐらいの単位で消えてなくなります。図1をみていただきますと、X軸に対数目盛りをとって、Y軸のほうにも対数目盛りをとって、風の時間スケールと空間スケールとの関係を示すものですが、一番小さい左下のところで、例えば、すき間風は日本家屋でなければあまりありませんが、すき間風だとか、あるいは舞台風というのは、大きなホールで舞台の幕が上がると温度差があって、まあ、このごろの立派なところは温度調節がうまくいっていますからあまり風も吹きませんが、昔の芝居小屋ですと、幕が上がると、温度差があるもので風が吹く。そういうものや、ビル風などが書いてありまして、一番右のところに行きますと熱帯低気圧、ハリケーン、台風、あるいは季節風、貿易風というようなものがございまして、大体直線に乗るという、そういうことでございます。
 これも後で申しますが、いろいろな人間活動なども、両方とも対数をとってやれば何でも直線に乗るよというふうな悪口もございますけれども、大体の直線なのですが、その直線の傾斜が、例えば人間活動によって違うとか、あるいは傾斜は同じだけれども、少し位置がずれているとか、そういうような細かいことがありまして、そういう研究はこの二、三十年の間にかなり進んでまいりました。
 それから、表1は、大体どのぐらいのオーダーかということが問題になりますので、大体のオーダーを書いてございます。空間スケール、時間スケール、それから地球環境現象の例というのが書いてございまして、大体こんなことかという想像はつくだろうと思います。一番右に社会・経済・政治体制というようなことがありまして、もちろんこれに対応するいろいろな問題を扱おうとすれば、例えば大スケールは国際連合、国際機関等々、各国政府、ASEANだとかEUだとか、そういう大地域の連合などでありますし、中スケールで言うと、国とか州とか地域とか市町村などの行政単位でありますし、小スケールですと市町村あるいは集落、工場、団地などの組織でありますし、微スケール、マイクロスケールでいきますと個人、家庭、企業体とか、そんなようなことになろうかというのが表1でございます。
 資料1へ戻りまして、2ページは今申しましたようなことが書いてございます。3ページへまいりますと、「地球規模で見た人間活動‐自然資源変化」ということで文章が書いてございますが、ここは人間活動というものを視野に入れると、問題は調節の評価、あるいは適応、アダプテーション、それから反応ではmitigationとかadaptationというのがそこにもありますが、そういう問題が実は人間活動にはありまして、これをどう評価するかというのが大問題でございます。ですから、このごろでは、スケールの区分はいいけれども、スケール相互間、先ほどの前々回配られた資料2‐2でいきますと、くし刺しにするところでございますが、相互間でどういう関連があるかというようなことをどういうふうに評価するかという、そういうところが問題になってきております。
 資料の4ページの上のほうへまいりますけれども、例えば人間活動。きょうはこの図を持ってまいりませんでしたけれども、これは私の仕事としてはもう二十数年前、30年近く前にやったことでその後何もやっておりませんが、例えば人間活動も、食事に行くとかトイレに行くとか睡眠をとるという人間活動から始まりまして、あるいは通学、通勤、1日1周期でやる人間活動、それからお宮さん、あるいは教会へ1週間おきに行くとか、買い出しもこのごろは自動車で1週間分まとめて買うとか、あるいは季節労働というのは日本ばかりではなくて外国にもありますが、そういう季節労働ですと、そんな遠くからは行かないわけですね。何カ月かということですと、その範囲というのがあるわけでございます。そういう人間活動をずっととって、さっきの風の図がございましたけれども、こんなように並べますと、やはり直線にのります。
 のりますが、おもしろいのは、例えば通学とかいう教育、メンタルな問題、あるいは宗教、お宮さんへ行くとか教会へ行くとかいうメンタルな活動と、それから生理的な理由に基づく人間の活動というのは、線の上と下に分かれてのる。つまり、直線関係ではあるけれども、多少ずれているというところがありまして、もうちょっと詳しく調べると、1983年に行った仕事でございまして、その後、これをちゃんとやるとすると学位論文を書くぐらいの仕事になると思ってやめてしまっているのですが、観光などの人間活動はどこへ入るのかということを考えながら組み立てていく必要があるのではないかということは統合管理のときにやはり考えなければならない。
 このようなことが、私がきょう申し上げたいことの骨子でございまして、それを実際にやるとどういうことかという例で見ていただいたほうが早いと思いますので、4ページの中ごろから書いてございます。図表で言いますと、表2と3というのが中国の観光業の最近の実態でございまして、それから、次の図3というのは、中国の熱帯、亜熱帯を示しております。熱帯としては、熱帯の北限に近いところであるということです。実は、この北限に近いということは、観光の立場から見ますと、温帯の人たち、あるいは亜寒帯に住んでいる人にとってはアプローチしやすいということですね。そういうところで、つまり距離、先ほどから言っているように時間スケール、空間スケールと関係がありますので、観光業の一つのファクターとしてそういう問題があるというところでございます。
 それから、最近の地球の温暖化によってどのぐらい気温が変化しているのかというのが図4の上にありまして、それは1950年代の後半から1990年代まで書いてありますが、だんだん上昇してきている。特に1970年代後半あたりから上昇してきておりますが、これは景洪というところの都市化と地球温暖化、その両方の影響だろうと思います。
 それから、図4の下では、モンラーと景洪と、両方そういうぐあいに霧日数は減ってきている。これは気温が高くなってくる。それから、湿度が低くなってくる。ただ気温が上昇してくる結果ばかりでなくて、実際に絶対湿度も、周辺の森林破壊の影響と言われておりますが、減ってきている。そういう気候の変動、変化がございます。
 5ページにまいりまして、25年間にどのぐらい上昇したとか、霧日数はどのぐらい減ったかということが書いてございます。ここで1つ指摘したいのは、例えば1998年、2003年には非常に観光客が減っております。98年というのは、翌年、99年に世界博がありましたので、華僑の人たちが国へ帰るのを前年は控えたというのが原因だと言われておりますが、マイナス7.3%です。しかし、2003年にはマイナス23.3%。これはご記憶にあると思いますが、SARSが蔓延した年であります。このように4分の1ぐらいの減少率を見ました。例えばことしの新型インフルエンザなどは、どこかでこういう研究はしているのではないかと思いますが、研究の結果等は全く発表されていないというところにまた問題点がございます。
 6ページに統合管理の重要性、雲南省の例で報告致します。中国全体から見ると、季節性が大きい。観光客は夏休みの夏と秋に多く、冬少ない。年間を通じた経営計画を立てることが必要である。それから、イベントとの関係を強めなければいけないのですが、少数民族がたくさん雲南省にはおりますので、その伝統を継続し、発展させる。それから、国内としては、先ほど申しました温暖な気候条件を生かす。山岳、高い山がありますので、氷食地形、高度差、山脈、河谷などの地形を生かす。それから、観光に対する心理とか態度とか好みとか目的などの調査・分析、これによる市場の開発というのが実はおくれているようであります。
 次に雲南省から見ますと、氷河からサバンナまであるわけですから、生物の多様性を取り込んだ企画、研究が必要であろう。それから、避寒地として日照時間、あるいは日射量、気温の優位性、これが最初に自然資源の中に水、土壌、気候というものを入れなければならないと申しましたが、実は気候というのがこの場合は日照時間であり、日射量であり、気温であります。変動じゃなくて気候そのものであります。高山地形などの自然資源を取り込んだ商品の売り込みが必要であります。それから、世界的な感染症による客数の減少、経済的損失に耐えられる企業の体力を育成しなければならない。それから、日本、韓国など東アジアばかりでなく、オーストラリア、欧米などからの観光客の誘致が必要であります。それから、地球温暖化の影響とヒートアイランドの増強で夏の高温化が進みます。そうしますと、熱中症対策、健康管理、それから観光施設の冷房設備などが必要になります。それから、低湿化によって霧日数が減少します。また、大気汚染、細塵量の増加などが観光園、森林公園などへ影響が出てまいりますので、それを考える必要があります。
 さらにもう一段階小さくして、昆明・西双版納においては盆地底における霧日数が減少してまいります。そして、霧発生時間が短縮し、霧の層の厚さが減少してまいります。これにより、土地利用、交通機関などへ影響してまいります。ですから、観光の行動可能時間が増すということでありますし、御承知と思いますが、秋になりますと、これは別に雲南ばかりじゃなくてヨーロッパでもそうですが、霧のために飛行機の発着が朝から、ひどいときは午前中いっぱいできませんが、そういうことの時間がだんだん減ってまいります。ですから、民族村の統合管理システムの確立などは非常に参考になります。また、少数民族が行っている伝統的なお祭りだとか習慣だとか居住形態なども観光資源になります。問題はイベントの収入が地元の住民、労働者になかなか入らずに、ここで言いますと、漢民族の経営者に入ってしまう、流れてしまうというところにあります。谷間は水田耕作をやっていまして、泰族が住んでいます。山頂部は少数民族が住んでおります。この居住形態の差を観光資源として明確に打ち出すことが必要です。
 それから、最後に統合管理でございますが、表4にまとめてございます。詳しくは後で見ていただければいいのですが、このような表として、自然の特徴と課題、それから西双版納の例というのが右に書いてございますが、自然資源、それから統合管理ということで、そこに自然資源として地形と気候としか挙げてございませんが、ここでもちろん水についても欄をつくり、あるいは土壌についても欄をつくる必要はあろうかと思います。私のきょうの話では地形と気候としか書いてございませんが、そういうふうにまとめたらいいのではないかなということでございます。
 以上です。何かご質問がございましたら。

【鈴木分科会長】

 どうもありがとうございました。
 それでは、先生方、質問がありませんでしょうか。

【唐木委員】

 以前、医薬品になるような生物資源というのは熱帯や亜熱帯の非常に暑い、暖かいところに集中していて、それは変異のようなものが、ダイバーシティというのでしょうか、そういうものが熱帯や亜熱帯で非常に起きやすいということが原因だと聞いたことがあるのですが、先生のきょうのお話のように、温暖化等が進んで、これだけの気候変動があると、例えばウイルスの変異とか、そういう変異のようなものというのも今後は増えてくるんでしょうか。

【吉野筑波大学名誉教授】

 増えるものと減るものとあると思いますが、先ほど少し申しましたけれども、例えば熱帯気候の限界地域なんですね。雲南の例で申しますと、温暖化したために生育しやすくなるものと、それから、だめになるものとありますね。
 動物でも植物でもそうなのですが、雲南原産地というのはたくさんあり、植物園でもどこでも行けば見られます。何で多いかというのは、実は過去の地質時代を通して、温暖になったり、それから寒冷になったりすると、普通は動物、植物は水平的に逃げるというか、移動してそれに対応しなければいけないのですが、雲南ですと山が高いものですから、垂直的に移動するというのが割合簡単なんです。水平的にいくと100キロも200キロも限界地域が動かないと、その種としては対応できないんだけど、上下ですと100メートル、200メートルぐらいでいいわけですね。だから結果として雲南は種の数が多いんです。ですから、雲南原産というものはたくさんあるんだという、そういう説明と同じですね。
 地球温暖化というのはせいぜい数十年とか数百年とか、地質時代ももちろん氷河時代とかありましたから、そういうスケールの問題もありますけれども、人間が炭酸ガスを出して温暖化しているという現象で見る限り、長くても数百年、短ければ数十年ですから、それと同じに言えるかどうかちょっとわかりませんけれども、類推で言えば、今申し上げたようなことじゃないでしょうか。

【鈴木分科会長】

 ほかにございませんか。
 ちょっと教えていただきたいのですが、気候といいますと、例えば我々はあまり知らないので、太陽活動とか11年周期とか、もっと100年周期ぐらいとか、あるいはもっと大きなものというと、例えば昔、地球の磁場は北極と南極が反転したとか、そういう変動、気候の変動というのが一方にあって、気候変動と見ると、すべてではありませんけれども、一般に周期的に起こってくるような感じがするんですね。そうすると、あるときに気候が変動したのでこういうことをやったと。それでもって非常によかったのか、あるいは場合によっては悪かったのかとか、そういう例があると、今後、気候の取り組みでどう考えるかというときに何か参考になるかと思うんですけれども、そういう例というのはあるのでしょうか。

【吉野筑波大学名誉教授】

 俗な言葉で言うと「歴史は繰り返す」という言葉があるのですが、人間の歴史が繰り返すかどうかはともかくとして、自然現象として、例えば太陽活動、今言われた磁場の問題は、かなりはっきり研究されて、周期があります。あるいは黒点の周期というのはよく言われておりますけれども、黒点の周期ですと、例えば22年とかで、経済活動まで関係があるんだという説があります。そういうのが不まじめだとは言いませんが、もう少し考えるとしますと、周期らしきものはあるけれども、人間活動がそこに加わりますと、はっきりしたものは出てこない。けれども、例えば最近で申しますと、18世紀から19世紀の始まり、江戸時代から明治の始まりは非常に寒かった。ヨーロッパでももちろんテムズ川が凍ったとかライン川が凍ったとかがありまして、地球規模で小氷期と我々のほうでは呼びますけれども、寒かったんですね。その後、温暖化してきた。19世紀の後半から20世紀はだんだん暖かくなってきたのですが、実はその前に8世紀、9世紀、10世紀ごろ、日本では平安時代にかけて、やはり温暖になったんですね。
 ですから、実は私、今、少しとりかかっているのですが、温暖化によっていろいろな問題が政治的にも経済的にもたくさんあるわけですけれども、最近の地球温暖化と、人間の社会は全然変わっているというか発展しているから、そっくりそのまま参考にはならないだろうけれども、いろいろ、人間の生きざまとか何かで似ているところがたくさんあるんですね。
 だから、周期といって、完全に何十年あるいは何百年、あるいは何千年というふうなことは言えないんじゃないかなというのが私の今の感じですけれども。

【鈴木分科会長】

 わかりました。どうもありがとうございました。
 ほかにございませんか。

【野口委員】

 教えていただきたいのですが、観光産業を中心として自然資源というのを評価するといいますか考察していくといいますか、初めて接して不勉強で申しわけないと思ったのですけれども、自然資源というと、私は栄養なんかをやっておりますので、つい食料資源とかエネルギー資源とか、それから鉱物資源というのが浮かんでしまうのですが、そういう面から見て、先生のこういうような観光を中心として評価された自然資源というようなことも同じような表というのはつくられておりますのでしょうか。

【吉野筑波大学名誉教授】

 実は私もエコツーリズムというのは初めて調べたので素人に近いのですが、そもそもエコツーリズムというのはよくわからないんですね。自然を生かした観光であって、ただただ古いお寺や教会を訪れるというのではなくて、何かそこに自然というものが1枚かんでいるのが、どうもエコツーリズムらしいんですが、ということで関心を持ちまして、たまたまこの関係することがありましたので、それで実はにわか勉強いたしましてやったというのが正直なところでございます。

【野口委員】

 一つの自然主義の評価の仕方として大変興味深い視点だと思ったわけで、ありがとうございます。

【吉野筑波大学名誉教授】

 だから、もっと我々としては力を入れる必要があるんだろうと思います。

【鈴木分科会長】

 ほかにございませんか。

【八木委員】

 今のお話のように気候ですけれども、水資源とか土壌資源に非常に大きな影響を及ぼしておりますが、また人間活動にも大きな影響を及ぼしているように思います。そして、その人間活動もまた自然資源に大きな影響を及ぼしていますから、そういう意味で気候というのは直接的及び間接的に自然資源に大きな影響を及ぼしており、自然資源を管理する場合に忘れてはならない大事な要素であるということは、先生のおっしゃるとおりだと思います。その気候が近年温暖化しているといわれておりますが、地球温暖化と氷河期及び間氷期の繰り返しという地質学的な大きな流れとの関係についてお尋ねしたいのですが・・・。現在は、ウルム氷河期或いは第四氷河期とも呼ばれております最終氷河期の後ですので地質学的には後氷期と呼ばれております。しかし、過去四回の大きな氷河期の間には三回の温暖な間氷期がそれぞれ何万年間もあったわけですから、現在の後氷期もまだ最終氷河期が終わってからたかだか一万年しか経過しておりませんので、これから何万年後かに第五氷河期が来るかもしれません。その場合は、現在の後氷期は第四間氷期の初期に相当することになりますから、第四氷河期後まだ一万年しか経っていない地球はまだまだ温暖化するのではないかという大きな流れも考えられます。

【吉野筑波大学名誉教授】

 地球温暖化というのは、今、うるさい問題になっておりますけれども……。

【八木委員】

 ご専門の立場からどのようにお考えですか。

【吉野筑波大学名誉教授】

 温度計ではかれば、今、温暖化しているのは事実だけれども、それは地質時代のスケールで見ると、先ほどからご質問があったように、波の一つなんだと。だから、人間活動ではないんだよという、そういう意見の学者、研究者もたくさんおられます。だけれども、私の個人的な考えで言いますと、炭酸ガス、CO2を実際に測定している結果があるわけで、数十年分ございますが、炭酸ガスが増えているというのはこれも事実なものですから、これは人間活動の結果ですから、最近の地球の温暖化というのは人間活動の占める割合が大きいんだと、私は個人的にはそう思います。

【八木委員】

 それから、異常気象が最近増加傾向にあるというようなニュースをよく耳にしますが、大きな竜巻とか超大型台風は昔もあったのではないかと考えられます。最近の異常気象というのは本当に増加傾向にあると言えるのでしょうか。

【吉野筑波大学名誉教授】

 異常気象、これは異常と言うからには平常がわかっていないと異常と言えないのですが、この平常というものの定義がまた問題で、普通は30年の、今で言いますと1970年から2000年までの30年間の平均値をもって平常として、それから例えば標準偏差の何倍出たとか落ちたとかいうのを異常という定義なんですね。これはWMOで。ところが、例えばどうして30年なのかというと、何か人間の一生は、活動する一代は30年だからとかいう極めて自然科学的と言えるかどうかわからない、そういう取り決めで平常というものを定義しているわけですね。それから外れたものを異常とするのはいいのですが、例えば気温などは割合平均値の両方に、統計で言いますとノーマルディストリビューション……何ていいますか、あれは、日本語では……。

【三宅委員】

 正規分布。

【吉野筑波大学名誉教授】

 そうそう。正規分布しているものならばいいんだけれども、例えば雲量なんていうのはU字型しているわけですね。ですから、標準偏差の何倍かのようにとるのはあまり意味がない。それから、偏っているものがあって、雨なんか、日降水量なんていうのは小さいのが多くて、大きいのは非常に発生頻度が少ないわけですね。そういうものを例えば30年の平均から出たといって定義するところに問題があるんですけれども。
 としますと、異常気象が多くなっているかどうかといいますと、例えば温暖化しているのは事実なんですが、そこへ必ず寒い年というのはあるわけですね。だから、冬でも非常に寒冷な寒波が吹き出して、日本はこのごろ死者は出ませんが、例えば死者が出る場合があるわけですね。それから、夏ですと、ただでさえ温暖化しているのに、またそこへ熱波が来て、これも2005年でしたか、ドイツ、フランスあたりでも、いわゆる先進国でも死者が出るぐらいの熱波で、そういう極端な現象というのが多くなってきているようではありますね。だから、回数は少ないけれども、そういう極端な現象というのが多くなってきている。
 このごろはすぐに情報は伝わりますが、昔は異常降雨が出ても、1年ぐらいたって学会誌の後ろのところに、どこどこでこういう異常降雨が発生しました等と出るインパクトで、すぐその日のうちに情報が流れるのと違いますから、そういう問題もあるかとは思いますけれども。とにかく回数は増えてはいるようです。
 ですから、竜巻というのも、これも回数が増えているのか、回数は減っているけれども強いのが増えているのか、あるいは前から起きているんだけれども起きる場所が変わったのか。実はそういう知識が我々は非常に欠けておりまして、これからの問題でございます。残念ながら、よくわからない、調べられていないという状況でございます。

【鈴木分科会長】

 ほかにございませんか。
 先生の一つのファクターとして分類されたのは、人間の強制力ということですね。それによっていろいろなものに影響を与えるということで、例えば雲南省では統合管理はこうじゃないかというのが出ていますね。人間の強制力というのは、どちらかというと局所的であって、ある地域に働いていますと、地球全体を見て何かするということはまずだれも考えないと。みんなやっぱり自分の住んでいる場所で考えますね。
 そうすると、前回もあったのですが、こちらでよかれと思ってやることは、ほかに行くと悪かれになってしまうというのはあります。前回の話と今回の話では、全く素人で申しわけありませんが、統合管理と言うと、管理するとほんとうにいいのか、あるいはもとに戻したほうがいいんじゃないかという感じも一方ではするのですけれども、何かやろうとすると必ずどこかに影響を与えてくるというので、それをどう考えたらいいかですね。

【吉野筑波大学名誉教授】

 だから、そこが問題でありまして、スケール別に考えていかないと、よく言われますが「総論賛成、各論反対」と。考えてみますと、広い地域、あるいは時間スケールを長く考えるとこうだけれども、小さく考えるとまた別だということじゃないかと私は思うんですね。だから、自分たちの身の回り、1軒の家の中で考えることと、あるいは集落全体で考える、あるいは市町村で考える、あるいは国で考える、あるいは世界全体で考えるということ等を、やっぱり切り離して評価して対応していかないと、管理するのだったら管理という問題を扱わないといけないんじゃないかなというのが私のきょうの言いたいいところです。

【鈴木分科会長】

 わかりました。
 ほかに先生方、ございますか。
 吉野先生、どうもありがとうございました。貴重なご意見をありがとうございました。
 それでは、次にまいりますが、植田先生、次の経済システムですね、お願いします。

【植田京都大学大学院教授】

 何分ぐらいよろしいでしょうか。

【内畠室長】

 40分ぐらい。

【植田京都大学大学院教授】

 簡単なメモと、拙文を添付しております。専門は環境経済学という領域ですが、資源ともかかわりが深くて、多くの場合、世界的にも(Environmental and Resource Economics)ということが多いので、関心を持っております。そういう観点で幾つか話題提供申し上げたいのですが、この資源管理問題と経済学に入ります前に、資源問題を考えるときに、経済学で今問題にしていることを念頭に置くとすると、やっぱりサステイナブル・ディベロップメント(持続可能な発展)だと思います。そのこととの関係で資源の管理を考えるという問題だと思います。
 もともと経済学の定義はいろいろあり得るわけですけれども、希少な資源の効率的な配分を検討するのが経済学だとよく言われる。これはL.ロビンズの定義です。この場合の資源というのは、自然資源というだけではなくて、むしろ生産要素と考えたほうが経済学的には的確です。つまり、何かをつくり出すために必要不可欠なものがあって、通常は土地、資本、労働と言っているわけです。土地と資本と労働を組み合わせて何かをつくると考えているわけです。労働力も人的資源と言われるように、一種の資源と扱う。経済学のもともとの文脈から言えば、土地が一番自然資源に近いので農業社会は当然そういうところがあった。
 「希少な」というのはscarceという英語ですけれども、希少性が重要なのは、あり余るほどあるのだったら皆使えばいいわけです。ところが希少だから誰が使うかということが大変大きな問題になってくるし、配分問題が出てきます。
 この視点はある程度今でも必要な視点だと思うのですけれども、経済成長段階で必ず何度も出てくるのは、成長の限界という議論です。その限界の一つは自然資源問題です。これに対する考え方は多様なので、自然資源の限界を絶対だと言う人もいれば、違う議論を立てる人ももちろんいます。経済成長を目的といいますか、ほんとうは、成長は手段だと思いますけれども、一種の目的と考える中で、いろいろな問題、環境問題もそうですし資源枯渇問題もそういうことだと思うのですが、こういう問題が起こった。そうした中で発展のパターンを変える必要があることが、経済学の内部というよりはむしろ外側から議論された。例えばブルントラント委員会、国連の環境と開発に関する世界委員会の中で、持続可能な発展が提起された。それを経済学者的に受けとめるという議論は盛んに行われており、資源問題は改めて脚光を浴びているわけです。
 歴史的に見ると、最初、アダム・スミスが経済学を体系化するのですが、その後、マルサスが人口論を展開したわけです。これは資源制約の議論の最初と言っていい。あるいはほぼ同時代ですけど、リカードもそういう資源制約論を展開した人の1人で、土地の制約を強調した議論だと思います。
 あと、皆さんの記憶にあることで言えば、1972年のローマクラブの『成長の限界』です。これはやはり今のような成長パターンを続けていると、深刻な環境汚染や資源枯渇というようなことが起こるというような、一種の地獄絵をかく議論があり、世界的に大変大きな影響を与えました。その直後に石油危機に直面しましたので、大変リアリティーのある議論になりました。それがあったために、よく日本の省エネが進んでいるとか言っていますが、それは明らかに石油危機へのレスポンスから生まれたものです。省エネは世界的にも進むわけです。そういう経済社会の持っている適応力があります。これをどう評価するかもおもしろい問題だと思うのですけれども、成長の限界、石油危機、及びそれへのレスポンスというのがもう一つ、重要な位置づけが与えられると思います。
 先ほど申し上げた持続可能な発展というコンセプトが出てくる過程で、改めて環境資源問題が浮上していると、理解できます。持続可能な発展をどう定義するかは、実は100以上定義があると言われており、議論が活発に行われています。資源管理問題との文脈で言えば、2つの議論を紹介したほうがいいと思っております。一つはH.デイリーという人の、『持続可能な発展の経済学』という翻訳本がございまして、この本の中でデイリーは持続可能性の三原則を提案しています。資源を2つに分けまして、再生可能資源と再生不能資源。それから、もう一つ、環境容量という、この3つのキーワードを用いて3原則を提唱します。
 経済社会が持続可能であるためには、これは当然なのですが、廃物の出ない経済活動はないわけなので、環境容量との関係では、その廃物が環境容量の範囲内でないといけないという、これが原則の一つです。これは気候安定化いわゆる温暖化問題も、CO2、温室ガスの吸収能力を地球、大気が持っているとすると、それを超えて排出している問題だと把握するわけですので、排出量を許容量範囲内に抑えるべきだという議論が展開される。わかりやすい議論だと思います。
 資源のほうは、人間の社会、経済社会は活動を行うために資源を使わざるを得ない。資源を使わない活動はない、かつ、活動すると必ず廃物が出る。これは2つの自然的な法則であり、変えられないわけです。この2つのことを持続可能な状況で行うためには、廃物のほうは環境容量の範囲内に抑えられること、再生可能資源のほうは再生可能な範囲だけ使うことが原則になるわけです。
 問題は、再生不能資源です。再生不能資源は使うと必ず減るわけです。そうするとサステイナブルじゃないとなるわけですけれども、デイリーは、再生不能資源を使う場合には、それによって再生不能資源のストックが減ってしまうわけですけれども、その減る分を再生可能資源で補える範囲内だけ使うべきだと言うわけです。
 この3原則を守った経済社会が資源との関係では、持続可能な経済社会であるということです。ですからこの観点からは、環境容量も一種の資源なので、環境容量を経済社会が使うということになります。この3原則は、ある意味で説得力があるものですから、世界的によく引用される定義となっています。
 もう一つは、ある意味でデイリーと対照的な定義です。デイリーは経済社会という中身をまったく言いません。廃物が環境容量の範囲内か、再生可能資源と再生不能資源をどのように使うかと、これだけしか言わないわけです。じゃあ、その経済社会はどんな社会なんだというのはまったく言わないわけです。ですから、オーソドックスな経済学者からすると、不満が大きい。自然科学の法則を適用しているだけじゃないかと批判されるわけです。デイリーはエコロジー経済学、つまりエコロジーの範囲内で経済は営まれるべきだと、こういうことを強調する議論で、大事な視点を提供しています。つまり、エコロジーは経済や社会を超えた絶対な存在と、こういうふうに位置づけるということだと思います。
 ダスグプタはどちらかというとオーソドックスな経済学から議論を発展させているのですが、持続可能な発展というのは人々の生活の質が持続的に向上することだと、定義しています。そうなりますと、生活の質とは何かということが大変問題になるのですけれども、生活の質を2面に分けまして、構成要素の側面と決定要因の側面に分けます。構成要素というのは、まさに生活の質そのものみたいな話でありまして、要するに生活の質は、あなたは幸福ですか、自由ですか、健康ですかと、こういうふうに言うわけですね。これは確かに大事な要素がありまして、実は社会科学の分野では、ハピネス・リサーチが今、世界的に盛んになっています。有名になっているのではブータンで、そこではGDPではなくて、ハピネスの度合いをはかって考えましょうということを、国を挙げて取り組んでいます。
 資源との関係では、どちらかというと決定要因のほうが重要です。生活の質を実現するための財・サービス、例えば社会保障サービスが全くないような社会で、生活の質という議論をしても仕方ないわけです。ですから、具体的に生活の質を実現するための財・サービスというのがつくり出されないといけないわけですけれども、そのつくり出すための生産的基盤が果たして増加していっているかどうかということを問うわけです。
 この生産的基盤というのをダスグプタは、資本資産と制度の組み合わせだと言っています。この資本資産というのが多分、資源ということと関係するのですけれども、資本資産というのは一応彼の類型では4つ言っていまして、1つは人工資本、これは要するに過去の人間社会がつくり出してきたストックみたいなものですね。それに人的資本、人ですね。この人工資本と人的資本。これはだれでもわかる話なのですが、あと2つが重要でありまして、一つは知識、そして、今回との関係で重要なのは、自然資本です。
 最近は公共事業批判が強いけれども、人工資本をつくったときに、実は自然資本を壊している。でも、その壊した部分を全く評価してこなかったわけです。人口資本の新しいストックが増えたものだから、それは生産能力が高まったではないかと、そちらのほうしか勘定してこなかった。だから、端的に言うと経済学の中に自然というものが十分位置づけられていなかった。しかも自然は、最近は生態系サービスなんていう用語も使われるようになっているように、自然自身が人間社会にサービスを提供している。そのサービスを明示的に位置づけてこなかったので、人工資本をつくることで自然資本を減耗させていることを評価する枠組みを全く持っていなかったことが大問題だった。だから、単に自然じゃなくて、人間社会の生活に寄与することを強調しているので自然資本と言って、明確に位置づけるべきだとしている。
 今言った4つが資本資産なのです。ここから重要なのは、同じ資産を持っていても、その4つの資産をどのように組み合わせて、何をつくり出すかというのは、それこそ国や地域によって違う。なぜ違っているかというと、それはやっぱり組み合わせ方を決めている一種の制度があるわけで、その制度が違うから、仮に同じ資産を持っていても制度が違うと、片方は非常に豊かな自然のもとで生活の質の高い状態が実現しているのに対して、こちらのほうは非常に問題が多い状態が起こったりする。ということで、ダスグプタはまさに資本資産を活用する制度の重要性を強調する。資産そのものだけじゃなくて、むしろ制度を強調するので、ダスグプタのいう制度概念は非常に広い。市場というのも制度。政府も制度。それから、共同体も制度です。コミュニティーでルールが決められているのも一つの制度だと。もちろんそういうものは組み合わさっているわけですし、もうちょっと細かく見ると、企業も一種の制度になっているし、家計も一種の資源の配分を行っている制度です。今のようなものが組み合わさった全体がまた制度となっているので、ダスグプタの定義は、制度というのは資源配分のメカニズムそのものと経済学的には見ることができると説明しています。
 今申し上げた2つが、代表的な持続可能な発展論の経済学的な定式化でありまして、それぞれに自然資本と呼んだり、環境容量あるいは再生可能資源と呼んだり、いろいろな呼び方はあるのですけれども、そういうものが今のように位置づけられているとご理解いただきたい。
 資源問題というのは、経済学にとっては希少性にかかわる、成長の制約になる側面と、もう一つはむしろ政治経済学的というのでしょうか、つまり資源の取り合い問題という側面も非常に大きな重要な問題になってまいります。
 きょうはむしろ希少性の、純粋経済学的なほうの話を少しさせていただきたい。資源の希少性と成長との関係というのは、経済学のかなり初期から問題意識としてあった。Scarcity and Growth、希少性と成長、Revisitedということで、『Natural Resources and Environment in the New Millennium』という、2005年に出た本があるのですけれども、『資源環境経済学フロンティア』として翻訳しました。実はこの本は、『Scarcity and Growth』というタイトルの本の3冊目でありまして、未来資源研究所というアメリカのワシントンにシンクタンクがあるのですけれども、ここが1963年に最初の本を、79年に2冊目の本を、3冊目が2005年に出ました。
 未来資源研究所は、もともと資源問題や資源政策のあり方を検討するということで、一種の国策的に位置づけられてできた研究所です。1952年に設立されています。ですから、最初から「希少性と成長」というのは研究所の研究テーマそのものだった。環境問題のほうでもここは先駆的な研究を展開する。私も新しい本を翻訳することになったものですから、最初の本とか2冊目の本を見てみたのですけれども、大変おもしろかったのは、1963年は戦後経済成長が進んでいく過程で希少性の問題が改めて出てくる。あるいは、逆に戦争の反省もありまして、戦争中に資源を浪費した。この問題もありまして、そういう問題意識で検討する。答えはすごく楽観論です。
 1963年のバーネットとモースの著作は、自然資源の希少性が経済成長の制約要因になるのではないかという、これはローマクラブも含め、問題意識、実はローマクラブの1972年『成長の限界』レポートより前に、63年にバーネットとモースはこういう観点を持って分析しているわけです。念のために説明しますと、自然資源の希少性が成長を制約するのではないかという関心は、バーネットとモースも指摘しているのですけれども、経済学が成立以来持っていた問題意識と言っていいわけで、マルサスが最初の視点を提示しているわけです。
 これは収穫逓減という考え方です。収穫逓減というのは、要するに、ある土地に労働力を2倍したら収穫は2倍になるかというと、土地の制約があるので、2倍投下しても、せいぜい1.5倍ぐらいにしかならないというか、そういう面があるということを強調したわけです。これはおわかりだと思いますが、技術革新の要素が入っていません。ですから、現実にはそうならない。
 その後のリカードも収穫逓減法則を一応支持するのですが、彼の場合は、絶対的制約よりは、土地の間に差があるわけです。ですから、食料を増やそうとすると、肥沃な土地、あるいは場所のいい土地から使われていって、だんだん限界地に行くんだと、こういう議論を展開するので、利潤率が下がっていくということです。そういう議論をリカードは展開しています。ここにも自然資源の代表としての土地資源の制約と収穫逓減の法則が書かれている。
 マルサスとかリカードは古典派経済学と我々はよく呼んでいるわけですけれども、経済成長に対する資源の絶対的、相対的制約を強調する議論だと思うのですが、この未来資源研究所はそういう問題意識を持っていたものですから、1962年の時点で、ポーターとクリスティーの「Trends in Natural Resource Commodities」という本がありまして、価格とか産出量とか消費量とか貿易量とか雇用だとか、1870年から1957年までの統計を調べるという、大変貴重な調査活動をしている。これが出版されていたので、バーネットとモースは分析することができた。計量経済的な新手法を使ったところが当時としては新しかった。
 結論は極めてシンプルで、資源の希少性によって経済成長がとまることはこれまではなかったし、おそらく近いうちにもなければ将来もとまることはないと考えられるという、ものすごく楽観論な結論なのです。なぜそういう答えになったかというと、木材などのごく一部を除いて資源の価格がずっと下がっている。希少性の指標は価格と考えているわけです。だから、資源が希少になれば資源価格が上がるはずだということなんです。価格が下がっているということは、需要と供給との関係で言えば、希少性になったとは言えなくて、むしろ逆の方向だということなので、市場価格を信頼すると、バーネットとモースのように、むしろ希少とは言えなくなっているという答えが出てきてしまい、極めて楽観論になる。
 79年の本は、オイルショックがあったので、もっと危機感にあふれた本になっているのかと思うと、必ずしもそうなってはおらず、基本的には63年の本とよく似た考えになっている。市場価格を信頼するという基調は変わっていない。だけど、近年、原油価格の高騰がありましたし、投機的要因もあるし、逆にハバートという人のピークオイル論など石油の絶対的限界を主張する議論もあります。
 要するに、資源問題を考えていくと、価格を信頼していいのかという、大きな論点が出てくる。しかし実は私どもで翻訳した本は、そうした資源をあまり重視しておらず、価格のついていない資源が重要だと言っているところがポイントです。つまり、新しい希少性と言っていまして、環境容量とか生物の多様性です。石油には価格がついていますが、生物多様性はついていない。決定的な人間社会にとって一番の究極的な基盤的な資源そのものになっていると。だから、気候の問題も環境容量の問題なのです。環境容量や生物多様性など、人間社会にとってのエコロジッカルな基盤そのものの希少性をもっと重視すべきだというのが主張です。
 これは重要な主張で、資源という概念をそこまで広げて考えるべき、つまり古典的な資源問題という古い希少性、今までずっとある希少性の問題に加えて、環境資源、それの持っている新しい希少性に注意しないといけない。だから、古典的な資源には価格というバロメーターがあるのですが、大気中のCO2濃度や生物多様性には価格はついていない。しかし、これら環境という一種の共通資産だと思いますが、これが希少化していることは間違いがない。そういう意味で、新しい希少性を基軸に置いた経済学の構築が必要だということが、本書の中心的なメッセージです。
 では、環境資源の管理問題をどう考えたらいいのか。先ほど言った制度にかかわる話ですけれども、市場や共同体や政府という一種の管理主体、管理システムが考えられます。
 現実はそういうものの組み合わせですが、例えばわかりやすいのは、京都議定書で何か削減義務を課すというのは、政府がある容量、科学的知見をベースにして設定をして、その容量をどう使うか排出権取引制度などで配分するわけです。そういう管理システムを構築しているということになる。それは環境資源の管理を市場的手段、市場のメカニズムを活用して管理する方式であるということです。政府の規制と市場メカニズム、共同体がセットになった、ミックスされているというのが今後の方向でしょう。
 ことしのノーベル経済学賞をもらった2人のうち1人がエリノア・オストロムさんという方なのですが、この人はいわゆるコモンズの研究で受賞されました。もともと経済学というよりはポリティカルサイエンス、政治学の先生なのですけれども、日本で言えば、各地の入会、コモンズと言います。だれかのものというよりは、みんなのものです。ですから、環境容量はグローバル・コモンズなのです。気候を安定化させるために不可欠なグローバル・コモンズです。
 先ほど吉野先生のお話にもあったように、いろいろなスケールでコモンズがあると考えられていて、そういう環境資源としてのコモンズはどう管理されるべきか、というときに、経済学者はどうしても市場か政府かと議論してきた。しかし、オストロムさんは、いろいろな各地の漁業資源の管理だとか森林の管理とか、いろいろなもののフィールド調査を重ねると、市場でも政府でもない管理の仕組みが随分たくさんあるし、そのほうがむしろ成功している例がたくさんあり、その成功例を抽出していって理論化するということです。彼女が用いる用語はコモンプール資源(common‐pool resources)という用語なんですね。
 用語の使い方はいろいろなのですけれども、そういう一種の共有的な、共同財産的な資源、環境資源をコミュニティーが何かルールとか約束事をつくって管理している。それがうまくいっている例が随分ありますということで、これは市場か政府かという二元論を超えた新しい領域を開いたことで、ノーベル賞をもらわれました。そういう意味では市場、政府だけじゃなくてコミュニティーの管理も考えてみることが必要です。要するに、環境資源を統合的に管理するというのは、市場や共同体や政府のそれぞれの管理システムに長所、短所がありまして、それをどううまくミックスあるいは組織化していくかということになるのでしょうか。グローバルな環境資源の最大の問題点は、グローバルには政府、世界政府がないということです。ローカルということですと、この市場、共同体、政府というのはわかりやすいのですけれども、世界政府はありませんので、例えば金融システムはぐるぐる動いているわけですけれども、それをコントロールする政府は、グローバルにはないわけです。自然資源も環境資源的にもそういうところがあり、グローバルで見ると政府がない。もちろん政府ができたらうまく管理できるというほど単純ではないのですけれども、特にローカルとナショナルの場合はこういう議論が的確にいきやすいわけですが、国境を越えたリージョナルとか、あるいはグローバルになると、そういう管理システムの問題がなかなか難しくなるのではないかと考えております。
 以上です。あとはご質問があればお答えいたします。

【鈴木分科会長】

 どうもありがとうございました。貴重なご意見をありがとうございました。
 それでは、質問ございますでしょうか。

【唐木委員】

 大変勉強になりました。ありがとうございました。
 先生のお話の中で、再生可能なものと不能な資源というものがあって、再生不能なものを使っていいのは、再生可能なもので補えるという、その最初のお話を聞いておりますと、例えば私たちの科学技術の革新の方向性というのは、希少でないものを使う、何か、再生可能なものでいくという、そういう技術革新というものが必要なのかなと思って聞いておりましたが、最後に新しい希少性に着目すべきということなのですけれども、そうすると、希少性から希少性へつながっているだけのような感じがして、技術開発というものが解決することはできないのかなという気がしたのですが、そこはどうでしょうか。

【植田京都大学大学院教授】

 技術開発はとても重要で、進めていかないといけないと思います。かつ、技術開発の方向性が重要です。ですから、私の今日の話はサステイナビリティーを基準にして技術開発の方向性を考えるべきだと、こういうことになります。
 そのサステイナビリティーというのを、もしデイリー的にとればということですけど、例えば環境容量との関係では、全体として、ゼロエミッション的なテクノロジーに変わっていく。あるいは、資源をできるだけ有効に使うという、そういうことは当然あるわけで、ある時期から資源生産性とか、あるいは環境効率という新しい用語が出てきました。効率とか生産性というのは経済学的な用語なんですが、昔は労働生産性ばかりです。人を1人追加的に雇ったらどのぐらい価値が出てくるんだと、こういう話になります。
 だけど、資源を余計に使うのだったら、よほど価値あるものができるんですねと、そういうふうに生産性の測り方を変えてみようじゃないか。変えるというよりは、労働生産性はもちろん測るのですけど、資源生産性というのも重視するということです。あるいはCO2が余計に1単位追加的に出るのだったら、よほど価値あるものが人間社会に使われるのですねと。そういうふうに、生産とか消費のあり方、これは持続可能な生産(サステイナブルプロダクション)とか持続可能な消費(サステイナブルコンサンプション)という用語も出ているわけですが、そういうのを担う技術があるわけです。その技術自体が、今言ったような観点で見たときに、より望ましい方向で行っているのかどうかを見ることで、新しいコンセプトが出てきたのです。私はとても意味があると思います。
 今まで技術開発といったら、人件費がどれだけ節約できたかということだった。ですが、生産性とか効率の中にも、環境や資源を一種のクライテリアに入れ込んで考えようと考え直してみるということになる。環境や資源の問題も正当に位置づけて経済問題とか経済ビジョンを考えると多少変化するというふうに使えるので、意味があると思います。
 そういう意味はあると思うのですが、技術開発ですべてが解決できるのかというふうに問われたら、ちょっと議論があるかと思います。1972年にローマクラブのレポートが出て、オイルショックが来たせいもありまして、その直後、74年に世界中の優秀な経済学者が集められて、自然資源の制約による成長の限界はどう考えるべきなのかというテーマで議論させられている。それには、後でノーベル賞をもらう人が大勢集まっているわけです。当時まだ30ちょっとぐらいのスティグリッツとか、ソローとか。中心的なメッセージは、市場メカニズムも含めた制度を適切に設計するということと、技術開発がうまく結びつけば、何とかいけるという、どちらかというと楽観論的なのです。しかし、それには当然反論もあって、技術だけで完全に解決することではなくて、例えば人間社会のニーズが、物的なもの中心ではなくて、もう少し学術、文化とか、そういう、物的な要素が相対的に小さいものに変わるというようなことが必要ではないかとか、先ほどのハピネス・リサーチと関係している要素も組み入れて考えるべきだという議論も強い。これは何とも言えません。
 ですから、技術開発の重要性ということでは、ほとんどの人が一致しているのですけれども、方向性に関してもかなり一致しているし、環境税を入れるとか、そういうのは技術開発の方向をCO2削減型に切りかえるみたいなことですから、当然すべきだということなのですが、それですべてが解決するかということについては、意見が分かれていると、そういうふうにご理解いただいたらいいかと思います。

【鈴木分科会長】

 ほかにございませんか。

【野口委員】

 教えていただくことばかりで申しわけないのですが、お話の中で、吉野先生のときに会長が質問されたことでちらっと感じたのですが、やはり自然資源の位置づけにコンサベーションという位置づけとプリザベーションという位置づけがあって、なるべく自然のままにしておいたほうがいいというのか、人間の都合のいいような自然の状態にするのがいいのかというようなことが時々議論されると思うんですけれども、この2つの要因を経済学的にといいますか、先生のお立場からですと、この2つはどんなふうに位置づけられるのか、もしお考えがありましたらお聞きしたいと思うのですが。

【植田京都大学大学院教授】

 経済学は、基本は人間中心主義です。人間の立場から考える、というのが大事です。自然が守られていても、人間がなくなったらおしまいで、意味がありません。というふうに考えるのがオーソドックスな経済学です。
 その立場からするとどうなるか。人間社会は資源を利用しないと生きていけない。もし、ある人間社会が持続可能性という規範を持っているとすると、利用だけしていたら、次の世代に基盤が渡せない。ですから、ブルントラント委員会が提起したのは、次の世代もちゃんとした基盤を持つという条件のもとで現在世代も使えと、だから、保全しながら利用するのです。
 全く手つかずの自然というのも残しておくべきだというのも、今言ったような観点のもとではあり得る話というふうに考える、これがオーソドックスな経済学的な考え方だと思います。
 ただ、先ほど申し上げたことで言えば、地球上の資源というのはだれのものかという議論がありまして、人間だけが決めていいものじゃないんじゃないかと。私も冗談みたいなことで時々お話しするのですけれども、地球議会というものをつくりまして、人間も1人1票なんだけど、亀さんにも1票あるというふうに考えて投票したら、例えばプラスチックは禁止だと思いますね。今、クジラとか亀の腹から、プラスチックがたくさん出てくるのです。プラスチックは腐らないで便利ですけれども、これは人間社会にとって便利なのであって、地球上に共存している他の生物にとってはマイナスのみです。ですから、そういう観点を入れてくると、要するに自然の生物が裁判をする権利みたいなことになります。

【野口委員】

 生命倫理学でいう動物の権利というというやつですね。

【植田京都大学大学院教授】

 そういう議論まで踏み込んでくると、ちょっと議論が違ってくることになりますが、それは経済の仕組みの中に別の規範を入れるということだと思うのです。人間社会がそういう規範を受け入れたときに、違った状況がまた生まれるということかと理解しています。

【野口委員】

 ありがとうございました。非常にすっきり理解できました。ありがとうございます。
 もう一つだけ、この機会に教えてください。
 『成長の限界』という本のその後で限界を超えてというのと、そのまた後に成長の限界の何とかという話が10年ごとぐらいで『成長の限界』を書いた本人が見直ししていますが、あれはどんな評価なんでしょうか。『成長の限界』は非常にわかりやすい本だと思うのですが、その後の10年後の見直しの本というのはどんなふうに評価されているんでしょうか。

【植田京都大学大学院教授】

 もう影響力は小さくなっていると思います。もちろん、マルサスもそうだったのですけれども、72年のローマクラブレポートは、手法が新しかったということです。システムダイナミクスという手法が新しかった。

【野口委員】

 シミュレーションして。

【植田京都大学大学院教授】

 そうです。中はブラックボックスなのですけれども、一種のフローとストックの因果関係をトータルに入れ込んで、全体が分析されるという、あれ自体はもともと彼の先生のフォレスターという人のつくったシステムダイナミクスがベースになっているんですけれども。ですから資源の枯渇って、鉱物資源が何十年でなくなるとかいうことが書かれているのですが、実際はそうならなくて、技術進歩が実際はあるし、あるいは埋蔵量と言っているものが、新たな発見があって、今までは使えない品位と考えられていたものが、技術進歩でその品位でも十分成り立つように変わる。
 ですから、オーソドックスな経済学は資源枯渇というのは、個々の資源についてはあるけれども、必ず別のものが出てくるみたいな、そういう想定なのです。すごく楽観的だと思います。
 ですから、何か究極的には限界があるのではないかという議論が必ずカウンターパートで出てくるということを繰り返しているというのが今の状況だと思うのです。ただ、人間社会の認識としては、究極的な限界みたいな可能性はあるということも踏まえて、リスクをできるだけ減らすような資源管理のあり方が大事になるのです。

【野口委員】

 ありがとうございます。

【鈴木分科会長】

 そのカウンターパートの話が出たので、話を聞いていまして、私も物理屋なので、物理屋の観点から先生の話をずっと脇をフォローしながら聞いていたのですけれども、サステイナブル・ディベロップメントといいますと、発展するのだから、これはエネルギーを使うのでエネルギー保存則を破るんじゃないか。片方サステイナブルにしておいて、片方は発展したらエネルギー保存則を破るというのがまず頭に。そうしたら、先生が、いや、デイリーという人の再生可能な資源の話を出してきて、なるほど、おもしろいことをやったと思って。再生可能になれば、要するにどこかエネルギーを生み出すところが必要で、それは再生可能な範囲で、そこでやっていれば、確かにサステイナブル・ディベロップメントができるだろうと思ったんですけれども、じゃあ、その経済は何かといったら、先生は、この方は何も経済の中身は議論していないという話でしたけれども、ただし、それでも再生可能論でも、私、また物理の観点から見ますと、もう一つ、エントロピー増大というのがあるんですね。必ずものは複雑なほうに進んでいくと。
 そうしますと、やっぱり再生可能ではあるんだけれども、必ず状態は変わっている。昔の状態ではないわけですね。このだんだん複雑系に行くところを、どうやって経済の中に取り込むかという、そこが私、最後に疑問だったのですけれども。

【植田京都大学大学院教授】

 サステイナブル・ディベロップメントといったら、矛盾したものを組み合わせているのです。サステイナビリティーとディベロップメント。ディベロップメントというのは、言葉のイメージからしても、発展するというイメージで、サステイナビリティーというのは、どっちかというと定常的なということです。
 そもそも矛盾したものなので、折衷した概念だという批判というのも非常に強くあるのですけれども、経済学の考え方からいくと、ここで説明しなかったのですが、ジョン・スチュアート・ミルという人がいまして、この人は早くからステイショナリーステイトという議論をした人なのです。ステイショナリーステイトは、実は訳が悪くて、昔の訳は「停止状態」なのです。

【鈴木分科会長】

 定常状態なのですね。

【植田京都大学大学院教授】

 そうです。定常状態なのですね。しかも、定常状態は、何も同じ状態が続くのではない。ストックの量が一定なのであって、中身は変わる。だから、生活の質はよくなりながら、ストックは変わらない。こういうような言い方をしています。
 ですから、サステイナビリティー、サステイナブル・ディベロップメントの重要な意味は、変化の方向なのです。時間軸が入っているところが一番のポイントになっているのです。変化の方向がどういう方向に向かっているか。生活の質はよくなりながら、物的な消費量は減るとか、そういう変化の方向で起こるなら、これは幾つか可能性が出てくると思うのです。
 経済学の一つの流れで、そういうエントロピー法則を経済過程に適用するというような、そういう議論をしているエントロピー学派があって、翻訳もされております。ジョージェスク・レーゲンという人が『エントロピー法則と経済過程』という本で、それを強調するものですから、非常に暗い結論が導かれるということなのです。
 日本の中でそれを受けて、開放定常系の議論をする方がいらっしゃる。例えば水とか土とかいうようなものは、高エントロピー化した汚れみたいなものを外へ持ち出すと。熱の形なんでしょうか。そういうふうになっているので、地球という系は低エントロピー資源を入れて高エントロピー化させるんだけれども、それを外に出していくようなメカニズムなので開放定常系なのだという議論をしている人がいます。それから、もう1点、複雑系の問題がとても大事です。経済学は、オーソドックスな最適化論なので、オプティマルが計算できるというのです。オプティマルというのは全部計算可能だという前提なのです。自然の状態も全部わかると考えているので、それは違うではないかという議論は盛んです。

【鈴木分科会長】

 どうもありがとうございました。ほかに。

【三宅委員】

 ちょっと今のお話に悪のりするようなところもあるかもしれないのですけれども、質の話、それから物的エントロピーの話が出てきたのでずっと考えていて、どう伺ったらいいかと思っていたことをちょっと伺ってみたいのですけれども、人の精神活動、知的好奇心といいますか、何を求めるか、何が質が高いかということ自体が比較的エントロピー増大する。要するに、何かできてくると、これでよいと思っていたものが、またもう少しレベルが高いものを求めたくなる。それがないと人類そのものがサステインしないだろうというような議論が心理学的な考え方の中にはあります。先ほどいろいろ考えるときの一つの構成要素として知識という言葉が出たのですけれども、こういう人間自体が持っている知識がどう増えていくか、現状を破壊してでも成長していきたいというような人間の知的な特性ですね、こういうものはこういう経済の議論の中にどういうふうに入ってくるのでしょうか。

【植田京都大学大学院教授】

 もう経済学の範疇をはるかに超えたご質問なので、私が答えられるものじゃないと思いました。人間の破壊とおっしゃったのですけれども、経済学的に言うと、僕は自然の改造だと思います。それは自然の破壊でもあるのです。農業が一番最初の大規模な自然破壊です。工業化でもっとすごくなる。だからおっしゃったとおり、人間社会の発展は、ある意味で自然を変える力を強くする、知識というのもそれにある意味で貢献していっているわけです。
 そこからが楽観論に過ぎるかもしれないのですけれども、人間の社会は危機も認識して、それを適用しようとする適応力も出てくるのです。つまり、一方的じゃない。そっちの危険性は僕はもちろん大変大きなものがあると思いますが、同時にどういう適応をすべきかを考えるような、知識も生み出されてくる。これを意識的にするのが、一種の研究開発とか学術の研究費をどこに投資するかという問題と非常に関係しているというふうに思うのです。
 例えば、昔のCO2の濃度はどのぐらいだったかを測ることによって、あるいは将来を気象モデルで見通すことによって今の人間行動を制御する根拠を与えようとするわけです。ものすごく意味を持った活動かと思うのです。
 ダスグプタという人が『経済学』という本を書いていまして、この本の中では、先ほど制度と言ったのですが、制度としての科学技術という章がありまして、それで科学技術を発展させる機構を持っているかどうかというのは決定的な意味を持っていて、世界的に見ると、その機構がうまくワークするとか、あるいはそこへの資源配分が多いという社会ほど発展する傾向を持っていると言っています。それは、僕はある程度当たっているのではないかなと思っています。もちろん、科学技術の使われ方の問題という問題にまで踏み込んでいかないといけないのですけれども。御存じのように知識基盤型社会になってきているので、先ほど言った人工資本とか人的資本とかは、これまでも重視されてきたものですけれども、そういうものをどう活用するかということも含めて、知識の持っているウエートが非常に高くなってきているし、それから、自然の持っている究極的な基盤としての要素、この2つを独自に位置づける必要が出てきたというのはかなり当たっていると思っております。

【鈴木分科会長】

 ほかにありますでしょうか。

【八木委員】

 今、人間の適応力というお話が出ましたが、森林伐採による熱帯林減少問題を例にとりますと、もう古い話ですけれども、イギリスの小さな女の子がマレーシアのマハティール首相に、熱帯林は地球の肺ですからもうこれ以上切らないでくださいとお願いの手紙を書いたところ、マハティール首相はそれを読んで激怒したといわれています。何を言っているんだ、イギリスでもドイツでもアメリカでも先進国は全て自分の国の森林を次々と伐採してそこに工場を建てるなどして発展し国民は素晴らしい生活を享受しているではないか。我々マレーシアの貧しい国民を豊かにするには、あなた方と同じように森林を開発して、これから国を発展させていかなければならない。もし熱帯林を切るのをやめてくれと言うなら、やめたために生じるマイナスを先進国が全てお金で支払ってくれるならば、もうあしたにでも熱帯林伐採をやめようではないか、というような話がありました。これは現在の南北問題として、依然として国際的に解決困難な問題となっております。
 それから、コモンズの話ですが、収奪的利用を抑制する仕組みを備えている共同管理・共同利用は自然資源の持続的利用のためには優れた方法だと思います。世界各地にそのような例がありますが、いずれも規模が小さいようです。また、そのような共同管理・共同利用体制ができあがる前には、一度過剰利用のために資源が枯渇する寸前までいき、そのまま従前のような利用を続けるといずれ森林がなくなる、或いは水産物などが全く採れなくなるという切羽詰まった状態に追い込まれ、関係者全員の合意の基に収奪的利用を自制しつつ資源を守り育てるという共同管理・共同利用体制に行き着いたのではないかと思います。
 ですから、地球全体に関わるグローバルな環境問題とかそういう大きな問題に関して人間の適応力が発揮され、収奪的利用を抑制する仕組みを備えたコモンズのような方法が確立されるためには、やはり相当切羽詰まったところまで行き着かないとだめなのでしょうか。その辺のところにつきまして先生のお考えをお聞きできればと思うのですが。

【植田京都大学大学院教授】

 現状でももうかなり行き着いているようなところもあるかと思うので、なかなか難しいところがあるのですが、全世界的に見ると、コモンズは壊れていっているほうが多いと思います。おっしゃるとおりで。日本の入会地とか、あるいは財産区も、むしろ解体されるほうが多い。どちらかというと市場化されてしまうとか、国家管理になってしまうとか、そういうことのほうが多い。だからこそオストロムの業績が改めて重視された。そのコモンズ管理、共同的管理の原則や考え方を、今は潜在的にはそういうコモンズ的な要素を持っている。しかし、社会が気候をコモンズだと思っていなかったわけです。要するに、雨ごいをするか、あとはため池をつくるとか、そういう対応をやっただけなので、本格的に気候そのものをコモンズとして管理するということをしていなかった。京都議定書はそういう意味を持っているのです。その出発点みたいなものです。
 ですから、先生は行き着くところまで行かないとだめじゃないかというふうに言うのですけれども、僕は人間社会の英知に期待したい。それが簡単に実現するとは言えなくて、そういうものの実現を阻む要素がどういうところにあるかを考える必要がありまして、先生が言われたように南北間の対立は、明らかに一番の要素なのです。
 要するに、マハティールさんがそう言うのは、歴史的制約のもとで先進国優位の社会や経済の世界的な仕組みがある中で途上国の立場を主張しているということです。そうすると、敵対的で対立的な構図になるわけですけれども、それをどうやったら協力の構図に変えられるかというのが最大のテーマだと思うのです。
 資本主義の仕組みというのは要するに競争の仕組みなのです。協力社会のもとで競争する、コモンズが共同的に管理できるのはそういうことだと思うのです。そういう意味では市場と共同体と政府と、一応こう言っているわけですけれども、市場が今の金融市場のように大きくなり過ぎて、世界政府がうまくワークするとはちょっと思えない。金融とか地球環境とかは世界政府がかなり大きな責任を持つことも必要かと思います。金融規制に関しては実際かなり国連でも議論がされるようになっている。そんな印象です。

【鈴木分科会長】

 今の話ですね、例えば炭酸ガスの売買ですね。私の国は会社はつくりませんと。皆さんの炭酸ガスを買って、社会基盤を上げていますと、要するに森林は切りませんというようなこともできるわけですね。あれは非常にいいアイデアかなと私は思って。まあ、ある一時期ですけどね。あれがずっと続くとは思わないけど。

【植田京都大学大学院教授】

 アイデアはあるのです。宇沢弘文さんは、比例的炭素税と言っています。普通、炭素税というと均一にかけるのですけれども、均一にかけると途上国は負担になってしまう。そうじゃなくて、国力に応じてかけた上で、取った税収で、大気安定化国際基金をつくって、大気の安定化に貢献する、つまり森林保全に応じて戻すという。原理的にはとってもいいアイデアだと思います。そういう議論は盛んになっております。

【鈴木分科会長】

 わかりました。
 ふだんとても聞けないようなお話をどうもありがとうございました。ただ、これ、全体をどうまとめるかというのは非常に大変な話で、だんだん頭が複雑になってくる。
 どうもありがとうございました。
 それでは、その他の議題ですね。一つは、八木先生のほうからご提案のほうを。

【八木委員】

 お手元に差し上げました1枚紙ですが、『沖縄における土壌資源の統合管理に関する現地調査』についての提案用の資料です。私は、次回に「土壌資源の統合管理」という発表を仰せつかりまして、現在主としてEUの土壌保護戦略や中国の退耕還林等の例を参考にして取りまとめを進めておりますが、国内に関しましては、特に森林土壌関係につきましていろいろと調べているところでございます。
 我が国では国土の68%が森林であるとよく言われますが、この数字は過去40年間ほとんど変化しておりません。山地率は76%ですから、それまでに、8%の山地の森林が開発され、各種経済活動に使われているというのが現状です。
 沖縄の場合には、少ない平地に幾つもの米軍の基地や演習場がありますから、森林の伐採・開発に対する需要が大きいのではないかと考えられますが、現に沖縄本島の中・北部及び石垣島、久米島等では森林の伐採・開発が行われているようです。そのようなところの主たる土壌は、資料の「2.調査対象地」にありますように「国頭マージ」という土壌です。これはもともと国頭礫層を母材とする赤色土壌に付けられたものですが、他の母材から生成された同じような性質を持つ赤色の土壌にも拡大解釈されたものです。いずれも非常に風化が進んだ土壌ですから浸食耐性が小さく、森林を伐採して裸地化したり地形改変などを伴う工事などを行うと土壌浸食が誘発されるため、河川さらには海洋汚染まで引き起こして大きな問題になったところでございます。
 現在わが国では人口の増加は既にとまったようですが、日本がこれからも経済成長を続けていくのでしたら、林業の不振のため管理を放棄された森林の活性化や森林の伐採・開発等を含めた国土の効率的利用を進めざるを得ないと思われますが、同時に国土の健全性の維持・増進を図って行かなくてはなりませんから、森林土壌を初めとする地域生態系の総合的保全及び管理技術の確立が不可欠であると思います。
 沖縄本島の中・北部及び石垣島、久米島等においても、森林の伐採・開発に取りかかるに際しては十分な環境アセスメント等を実施したと思いますが、結果的に大規模な土壌浸食による各種被害が誘発されてしまいました。
 そのため九州農業試験場が中心となり、農林水産省のみならず建設省関係及び沖縄県の研究機関も動員して「南西諸島における海洋への土砂流出の発生機構の解明と防止技術に関する研究」が行われました。
 そのような多分野の研究機関が参加した沿岸海洋生態系も含めた地域の生態系の総合的保全に関する一体的かつ大規模な取り組みは、わが国の土壌資源の統合管理について考える上で好適な参考事例になるのではないかと考えまして、沖縄本島中・北部の現地調査を提案申し上げる次第です。
 現地調査の概略や参考資料を一部挙げてございますが、このような提案をこの会議でお認めいただけましたら、さらに役所のほうで予算的にも可能かどうかをご検討いただきまして、もし可能であるならば、次回のこの会議でもう少し具体的な調査企画内容をご説明申し上げ、来年の1月頃に現地調査に入り、2月のこの会におきまして海外の事例及び沖縄の事例等も含めて、土壌資源の統合管理について発表をさせていただけましたらと考えております。どうかよろしくお願いいたします。

【鈴木分科会長】

 いかがでしょうか。

【内畠室長】

 これは、先ほど先生からもご発言がありましたけれども、予算面の手当が必要なので、ちょっと役所で預からせていただきまして検討させていただきたいと思います。

【鈴木分科会長】

 はい。調査自身は非常に重要なご提案ですね。ぜひ実現するようにお計らいをお願いします。

【内畠室長】

 はい。

【鈴木分科会長】

 それでは、本日は以上でございます。吉野先生、植田先生、非常に貴重なご意見を、あるいはご説明をいただきましてありがとうございました。お礼申し上げます。
 それでは、事務局から何かありますか。

【内畠室長】

 前回の議事録ですけれども、これはご確認いただきまして、もし修正がございましたら来週中ぐらいに事務局にご連絡をいただきたいと思います。その後、ホームページで公開をさせていただくという手順にしたいと思います。
 それから、次回の分科会ですが、12月11日、午後2時から、第1会議室のほうで開催する予定にしてございます。詳細につきましてはまた別途連絡をさせていただきます。よろしくお願いいたします。

【鈴木分科会長】

 では、きょうはこれで終わりにします。ありがとうございました。

── 了 ──

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(科学技術・学術政策局政策課資源室)