資料1-1 第5期科学技術基本計画の議論のために

JST/CRDS
吉川弘之

 

序 基本認識

 第5次基本計画の策定は現在の日本の科学技術を変革する好機である。この認識の下、基本計画は科学技術を実施する構造を変える骨太の提言となるべきであろう。このためには初等教育、高等教育のあり方から科学技術と社会の関係に至るまで、関係省庁及び文部科学省の組織の壁を取り払った議論と実践が行われなければならない。
 

1.科学者の共感(科学にかかわる者の共感)

 これまでの基本計画にはこれを実行する科学者の姿が希薄である。基本計画を国家戦略として有効な計画とするためには、科学者だけでなく科学技術に関係する者の共感が得られるよう計画が記述されなければならない。共感すべき人は科学者のほか、初中教育者、研究機関経営者、研究費配分者、研究補助者、学生も。そして一般国民も。そして研究結果の使用者、企業の人々が入る。しかもこれらはランダムにいて受け身で基本計画を受け取るのではなく、共感とは役割を持って主体的に参加するというものである。そしてそれぞれの役割意識を持つものが、ロバストな進化のループを作ることが必要条件である。(添付資料1ページ第1図)。
 一方で国民の代表者である政治、そして政策立案者も同じループを作らなければならない。二つのループは写像関係があり、それをリンクするために公的シンクタンクが不可欠である(同4ページ第2図)。
 

2.研究達成と人材成長の一体化(人材育成の基本方針の転換)

 若手の研究人材は枯渇しつつある。この育成は科学技術やイノベーションを考えるとき最重要の課題である。これは大学教育の強化のみに任されるべきものではなく、研究の進捗と若手研究者の成長が同時的に行われる仕組みをすべての研究プロジェクトに組み込むことが必要である。すでに第3次基本計画で研究システムの「ものから人へ」という考え方が詳細に述べられたが、その達成は不十分であると言わざるを得ない。これをさらに推進するためには、より現実的な方法を明示し、研究分野によって異なる多様な研究環境(例えば生命科学研究と物理学研究、基礎研究と臨床研究の違いは大きいなど)におかれる研究者の環境を子細に知ったうえでの基本方針が必要である。
 また、育成される若手研究者の進路についても、同時に配慮していくことが必要であり、この多くは制度的に解決可能であることに注目するべきであろう。(同11ページ第4図)
 

3.研究費(研究費配分の本質)

 近年、競争的環境の醸成という政策的な方向性の実現を目指して、競争的性格をもつ多様な教育・研究事業が次々と創設されてきたところであるが、それらが我が国の研究力や研究人材の育成、イノベーションの創出にどのようなインパクトを与えてきたかを総点検すべきである。そのうえで、それらの事業の資金と、運営費交付金を含む基盤的資金とを含む国全体の資金制度を俯瞰しつつ、バランスがとれた整合性のある資金制度の実現を目指すべきである。
 その際には既存の確立した分野を超えて新しい基礎領域の開拓を試みている研究者の中で、可能性あるものを発掘して研究費を支給するという考え方である。従来は背後に優れた研究成果があることを前提にして、その領域の発展に寄与する研究計画の提案に研究費が支給された。しかし、真に独創的な研究とは、背後に認知された成果はないのであって、あるのは本人が行っている研究だけであり、多くは評価してくれる査読者、評価者がいない。このような、大きな研究費をもらった経験のない研究者の研究を、所属機関あるいは配分機関が評価して発掘するという、従来とは異なる研究費配分が必要である。
 

4.社会のための科学(研究システムー研究統合の論理)

 国民の浄財で行われる科学の成果を社会に適切に還元し、科学技術研究が国民の期待に応えるためには、イノベーションは伝統的に言われる「社会経済を変革するもの」であるだけではなく、国民の期待である課題を目標とする「課題達成型イノベーション」でなければならないことが、第4期基本計画で強く言われた。そしていくつかの課題が述べられたが、その課題が国民の期待であることのエビデンスは明確でなく、また抽象的すぎたと思われる。そこで課題を真に国民の期待から導出したものとするために、「課題を発見する」という概念を確立する。すると社会の期待を科学的に発見する「課題の科学」が求められる。課題の科学は、人文社会科学系を基礎とする構成的な設計研究であり、その方法論が未完成である重要な基礎研究分野である。現在、研究者が少ないが、この研究者は理系にも関心を持つとともに、理系科学者との協力が必要であり、その育成に特別な配慮をすべきである。
 更に、得られた課題を解決するための科学は「解決の科学」であるが、課題を解決するための研究は、文理を超える超領域の戦略研究となり、多くの領域の科学者が社会を見据えながら協力を進めていく体制を構築する必要がある。これについてはCRDSにおいて、「社会的期待と科学との邂逅プロジェクト」としてここ数年にわたって検討し、いくつかの戦略プログラムを提案中である。最近実施されている“COI(centre of innovation)”や、橋渡し研究、SIPなどは同じ思想を持つもので、これらを単発に終わらせることは許されず、第5次科学技術基本計画において、この新しい基礎研究と戦略研究の関係を明示しつつ、その理論的根拠を強調することが必要である。 
 

5.科学技術政策に関する助言(科学技術政策シンクタンクの創設)

 政治的な意図と研究者の意欲が共鳴することが求められる。研究者の研究意欲を理解するとともに政治的意図に基づく各行政機関の意図を同時に理解する者が、社会に貢献する科学技術を実施するために必要である。それを行えるのは、科学研究経験を持つことによって科学研究者と対等に議論ができ、しかも政策立案の経験を持つことによって政策立案者と協力的な作業ができる科学者である。このような人は、現在我が国では大学、研究機関、また行政機関の属する人にはきわめて少ない異例の人である。したがってこのような人、しかも自らの成果だけを求めるのでなく、国民、あるいは人類のための科学を希求する心を持つ科学者の集団からなる科学技術政策シンクタンクが有効である。CRDSのこれまでの試行により、この提案の実施可能性が確認された。

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科学技術・学術政策局科学技術・学術戦略官付(制度改革・調査担当)

(科学技術・学術政策局科学技術・学術戦略官付(制度改革・調査担当))