平成13年8月30日
科学技術・学術審議会
研究計画・評価分科会
地球環境科学技術委員会
総合科学技術会議では、「科学技術基本計画(平成13年3月:閣議決定)」が定める重点化戦略に基づき、各重点分野において重点領域並びに当該領域における研究開発の目標及び推進方策の基本的事項を定めた推進戦略の検討が進められている。これまでの検討状況をまとめた「各分野の推進戦略に関する調査・検討について(平成13年7月3日:総合科学技術会議重点分野推進戦略専門調査会)」によると、環境分野における研究開発は、個別のプロセス研究から、現象解明、影響評価、対策技術の開発と社会への適用性についての評価に至るまでを総体的・俯瞰的にとらえる総合的な研究への展開が求められていると同時に、社会科学と自然科学の融合、予見的・予防的な研究を可能とするシナリオ主導型の研究の構築が今後の課題とされている。
科学技術・学術審議会研究計画・評価分科会では、文部科学省における各重点分野における研究開発計画の作成及び推進に関する重要事項の調査・検討を行っているが、このうち地球環境科学技術については、分科会の下に地球環境科学技術委員会を設置し、今後10年程度を見通した当面5年間の研究開発計画の検討を進めている。本報告では、これまでの検討結果を踏まえ、地球環境科学技術の基本的方向、平成14年度の文部科学省における重要施策及び研究開発の推進方策等を以下に示す。
21世紀の世界が地球規模で直面する諸問題、すなわち、人口の爆発的な増加、水や食糧の不足、資源・エネルギーの枯渇、地球温暖化等に対処し、開発途上国を含めた世界全体の持続可能な発展を実現することは、人類に課せられた喫緊の課題である。
地球環境科学技術の基本的方向は、上記の課題を解決することであり、その解決に向けた科学的知見の集積と対策技術の適用方策、要素技術開発、体制整備等の戦略の策定が科学技術政策の中核となる。戦略の策定にあたっては、地球温暖化や有害化学物質等、すでに顕在化している問題の解決に向けた視点ばかりでなく、将来の生存基盤の確保や自然との共生等といった社会の要請に答えるため、持続可能な発展といった将来のあるべき社会像を描くとともに、その実現に向けた道筋を示したシナリオに基づく研究開発(シナリオ主導型の研究)を推進することが重要である。そのためには、これまで以上に自然科学と人文・社会科学との融合が不可欠であり、両者の知見から目指すべき社会システムとそれに至るための道筋(推進すべき科学技術)の提示が求められている。
また、これまで地域レベルで取り組まれてきた環境問題も時間の経過とともに地球規模の問題に波及しており、今後は地域レベルと地球規模の問題を複眼的にとらえる方向での取り組みが必要である。
地球環境問題は、地球規模の問題であると同時に、資源・エネルギー、食糧等の供給の不安定化や国際条約を巡る各国の利害関係に起因する国家間の問題、さらに21世紀における我が国が果たすべきリーダーシップの在り方の問題として認識されるべきである。したがって、研究によって得られる科学的知見は、国家的な意思決定(特に、環境政策への反映)や社会的な合意形成の論拠となるばかりではなく、国際貢献を含めた我が国の国家戦略に反映されることが重要である。
地球環境科学技術とは、「地域レベルから地球規模までの環境問題の解決に資するための科学技術の総称」として定義する。これらは、問題を解決するために必要な情報、技術、方法、ノウハウ等の集合体(道具箱)であり、その中にはこれまでサイエンスとして取り扱われなかった不確定要素の大きい予測や普遍化されにくい地域的な現象の解明等も含まれる。
環境問題は人間社会とこれを取り巻く自然生態系との係わりの歪みから生じるものであることから、地球環境科学技術の範囲はきわめて幅広く、地球システムを構成するすべての要素(地圏、気圏、水圏、生物圏等)と人間社会を構成するすべての要素(人口、産業構造、経済、法制度、文化等)がその対象となる。
将来の生存基盤の確保や自然との共生等といった社会の要請に答えるためには、将来の人間活動とそれに伴う環境変動を予測するとともに、人間社会に影響を及ぼす可能性がある環境問題を予見し、開かれた体制による政策の決定を経て、適切な対策を講じることが重要である。
そのためには、人間活動を含めたエネルギー輸送・物質循環過程等を把握するための観測・モニタリング、環境変動のメカニズムの解明と予測モデルの開発、環境変動が人間社会や自然生態系に及ぼす影響の評価、環境変動を緩和するための技術開発および環境変動に人間社会が適応するための方策のほか、上記の基盤となる観測・モニタリング技術、シミュレーション技術、情報システム等に係わる科学技術を推進する必要がある。これらの研究開発を推進することにより、これまでの環境変動予測や人間社会への影響評価に係わる誤差・不確実性を低減するとともに、残された不確実に配慮した最適な対策シナリオ、技術開発のレベル(実現性、コスト、既存技術の適用性等)、環境変動へ人間社会が適応するための方策(生産・消費活動、ライフスタイル等の革新、適応するための技術)等を提示することが可能となる。
総合科学技術会議では、「平成14年度の科学技術に関する予算、人材等の資源配分の方針(平成13年7月11日:総合科学技術会議)」において今後5年間を見通した各分野の推進戦略に関する調査・検討を踏まえて、平成14年度は環境分野の研究領域のうち、地球温暖化研究、ゴミゼロ型・資源循環型技術研究、自然共生型流域圏・都市再生技術研究について、特に重点を置いて、優先的に研究開発資源を配分することとしている。このうち、各研究領域における対策的な技術については、産業技術としての性格を有することから、文部科学省として取り組むべき研究課題は、特に、観測・モニタリングによる各種情報の収集、現象の解明、影響の予測・評価等に主眼を置いた。これらを踏まえ、平成14年度の文部科学省における重要施策を検討した結果、以下の事項(プロジェクト)を重点化するとともに、これらの研究開発を支える幅広い基礎研究を着実に推進する必要がある。
環境問題に係わる諸現象の解明と環境変動予測を実現するため、各種観測・モニタリング、現象解明、モデル開発等を重点的に推進する。
地球環境問題の解決に不可欠な各種データを収集するため、衛星等による地球観測、海洋観測、極域観測を推進するとともに、これらを統合した地球規模の観測システムを構築する。また、地球温暖化研究等を効果的に推進するため、海洋、陸域等における二酸化炭素の吸収・放出量、アジア・モンスーン地域における水循環過程の観測・モニタリング等を重点的に進める。
地球温暖化をはじめとする地球規模の諸現象の解明とその予測を実現するため、個々のプロセス研究に基づく統合モデル等の開発及び世界最速コンピュータを用いた諸現象の予測等を推進する。また、地球温暖化予測や水循環変動予測等の誤差・不確実性の低減を図るため、特に、雲のフィードバック効果や海洋の熱塩循環等の解明、高解像度の気候変動モデルの開発等を重点的に進める。
地球温暖化等の解決に資する過去の地球環境の変遷解明に向け、地球深部探査船の建造を引き続き推進するとともに、深海底掘削や氷床深層掘削によって得られたコアサンプル等を用いた古環境の解明、固体地球のメカニズムの解明や地殻内微生物の機能解明等を推進する。
地域レベルでの環境保全に必要な技術開発のうち、環境モニタリング、現象解明、影響の予測・評価等の基盤的な研究開発を重点的に推進するとともに、国民の安全・安心を確保するため、人文・社会科学的な視点からのアプローチを研究開発に積極的に活用する。
最終処分場の逼迫と不適正処理の解消、汚染跡地等の負の遺産を解消するため、有害廃棄物の適正処理を確保するためのモニタリング技術、分解処理技術、不法投棄等による汚染跡地の安全性評価と修復技術に係わる研究開発を推進する。
都市を含む流域圏における水・物質・大気・生態系等の環境状況を総合的に把握するため、衛星観測をはじめ陸上調査・モニタリング等の各省連携による都市・流域圏観測・モニタリング体制を構築する。また、都市・流域圏における生態系等の変動機構を解明し、これらの予測・影響評価モデルの開発を推進する。
国民の化学物質に対する不安を払拭し、人の健康の維持や生活環境の保全を図るため、化学物質に関する未知のリスクの把握・評価に資するため、微量化学物質の高感度・高速計測技術の開発、有害物質等の環境動態の解明、新たな健康リスクを考慮した評価手法等、リスク評価技術の高度化・開発を推進する。
研究者の自由な発想に基づき、独創的・先駆的に行われている基礎研究は、人類の知的資産の拡充に貢献するとともに、世界最高水準の研究成果や経済を支える革新的技術等のブレークスルーをもたらすものである。特に、環境問題のように多くの要因が複合化することにより生じた問題を解決するためには、これまでにない新たな発想による取り組みや新たな学問分野の創出等も必要とされることから、萌芽的な研究を幅広く推進するとともに、異分野との連携を推進させる体制や研究の進展に即応した体制の整備・充実を図ることが重要である。そのためには、大学等における研究基盤および体制の整備・充実のほか、基盤的研究資金を適切に確保することが不可欠である。
「各分野の推進戦略に関する調査・検討について(平成13年7月3日)」によると、今後の環境分野における研究開発は、これまで個別に行われてきた各府省によるプログラムを見直し、政府全体として同じ政策目標とその解決に向けた研究イニシアティブを創設し、統合化した体制のもとで研究を進めることとされている。
このうち、大学等における研究活動は、科学技術の戦略的重点化における「基礎研究の推進」について中核的な役割を果たすことはもちろん、「国家的・社会的課題に対応した研究開発の重点化」においても大きな役割を担うものであることから、上記の研究イニシアティブにおいても大学等の研究成果や研究資源を積極的に活用し、各プロジェクトを効率的に推進することが重要である。
また、環境分野の研究開発は、環境問題の解決や持続可能な発展等といった社会の要請に対応していくことが不可欠であり、人文・社会科学から自然科学までの幅広い学問分野を総合化する研究プロジェクトを国内外の研究機関と連携して推進する。
環境問題等に係わる現象は、その挙動が複雑でかつ時空間スケールが様々であり、さらに時間とともに進行する不可逆現象であることが多い。そのため、問題が顕在化する以前に変動の兆候を捉え、適切な対策が講じられるように、実態を把握するための長期的な観測・モニタリング等が必要不可欠である。特に、人工衛星等による地球観測、海洋観測、極域観測等の地球規模あるいは地域的な総合観測を長期的に継続していくことは重要であり、今後は資金的な支援を含めた体制の構築を目指すべきである。我が国における観測・モニタリングは、これまで各研究機関により、それぞれ独自の目的に沿って進められてきたが、今後は既存の観測施設を活用した各機関連携の観測・モニタリング体制を早急に整備する必要がある。また、観測・モニタリングを含め、現象の解明、モデル開発・シミュレーションの3つの機能が常に一体となった研究開発を関係機関の有機的な連携・協力のもと、これまで以上に着実に推進することが重要である。
創造的な研究開発を展開していくためには、競争的な研究開発環境を整備する必要があり、今後とも研究者の研究費の選択の幅と自由度を拡大し、競争的な研究開発環境の形成に貢献する競争的資金のより一層の拡充が望まれている。「科学技術基本計画(平成13年3月:閣議決定)」によると平成13年度から5ヶ年の期間中に、競争的資金の倍増を目指すことが示されているが、環境分野をはじめとする国家的・社会的課題に対応した研究開発については、ボトムアップ型の研究の支援の充実を含めて、これらに関する研究資金をより一層、拡充することが重要である。
国費が投入された研究開発活動について、海外の評価者も含めた厳正な評価を実施し、その成果を判断するとともに、評価の結果を適切に研究開発資源の配分に反映することにより、研究開発活動の効率化・活性化を図り、より優れた成果を上げていくことが必要である。具体的には、評価結果に応じて研究開発の意義・目的、目標、手法等の変更、研究資金や人材等の研究開発に係わる資源の配分等の見直し、研究支援の方法の検討、研究開発計画の適正化、個々の研究開発課題を包括する研究開発制度の改善、研究開発機関の運営の改善等に適切に反映するべきである。
環境問題のように広範で複雑な課題に対応するためには、自然科学のみならず、人文・社会科学との連携や国際的取り組みの強化等が要請されることから、多角的な人材の育成が一層強く求められている。人材の育成は、教育カリキュラム、若手研究者の育成方法等を含め長期的視点をもった一層の努力が必要である。
研究開発の着実な推進のためには、プロジェクトの適切な管理が必要不可欠である。そのためには、プロジェクト全体の研究内容を熟知し、全体の進行管理と成果の取りまとめを的確に行うことができる広い視野をもったプロジェクトマネージャーの育成を図る必要がある。プロジェクトのための人材確保の方策としては、流動研究員制度、外部研究員招聘制度等による広範囲からの人材の活用を積極的に進め、研究活動の活性化を図ることが重要である。また、研究者が研究開発に多くの時間を割けるよう、研究支援者の確保に努めることも必要である。
我が国の国際協力については、全球的な取り組みとして世界各国との協力の下、具体的な研究課題に関する研究協力については、米国をはじめとする先進国並びにアジア諸国を中心に研究活動が行われてきた。また、世界の研究者から、アジア、西太平洋地域の研究は日本がサポートすることを期待されている。こうした観点から我が国が二国間及び多国間にわたる科学技術協力や国際研究計画を適切に推進するとともに、国際共同研究に対する長期的な支援を一層積極的に進める。
また、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)やミレニアム・エコシステム・アセスメント等の各国政府にアドバイスとカウンセルを提供することを目的とした国際評価活動に積極的に参加するとともに、地球温暖化予測等の科学的な知見を提供すべきである。
国民が環境問題等の知識と科学技術の果たす役割を正しく認識するためには、国民の参加を広く求めていくことが必要であり、国民の生活・行動に反映され得るような科学技術の普及・啓発活動の充実が不可欠である。こうした観点から、各種観測データや研究成果等については、国民が正しく理解できるような形での情報に加工し、発信することにより、環境問題についての認識の深化と対策の必要性についての国民的合意の醸成を目指すとともに、これらの合意に基づいた政策への反映が重要である。
秋元 肇 | 地球フロンティア研究システム 領域長 | |
飯島 伸子 | 富士常葉大学環境防災学部 教授 | |
大木 良典 | 三菱重工業株式会社技術管理部 主幹 | |
大谷 繁 | 株式会社荏原製作所エンジニアリング事業本部 副部長 | |
小池 勲夫 | 東京大学海洋研究所 所長 | |
近藤 洋輝 | 気象研究所気候研究部 部長 | |
武内 和彦 | 東京大学大学院農学生命科学研究科 教授 | |
筑紫 みずえ | 株式会社グッドバンカー 代表取締役 | |
○ | 西岡 秀三 | 国立環境研究所 理事 |
松井 孝典 | 東京大学大学院新領域創成科学研究科 教授 | |
松野 太郎 | 地球フロンティア研究システム システム長 | |
虫明 功臣 | 東京大学生産技術研究所 教授 | |
森田 恒幸 | 国立環境研究所社会環境システム研究領域 領域長 | |
安井 至 | 東京大学生産技術研究所 教授 | |
山形 俊男 | 東京大学大学院理学系研究科 教授 | |
山地 憲治 | 東京大学大学院新領域創成科学研究科 教授 | |
鷲谷 いづみ | 東京大学大学院農学生命科学研究科 教授 | |
和田 英太郎 | 総合地球環境学研究所 教授 | |
○・・・主査 |
科学技術・学術政策局政策課