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   はじめに
   平成13年度から5年間にわたる我が国の科学技術の推進に関する総合的な方針を示した第2期科学技術基本計画(平成13年3月30日閣議決定)において、「ナノテクノロジー・材料分野」が「ライフサイエンス分野」、「情報通信分野」、「環境分野」に加え、特に重点を置き優先的に研究開発資源を配分すべき重点4分野の1つに位置付けられているとともに、特に「ナノテクノロジー」については急速に発展し得る領域として機動性を持った的確な対応が求められている。総合科学技術会議は、各重点分野において重点領域並びに当該領域における研究開発の目標及び推進方策の基本的事項を定めた推進戦略を作成することとなっており、同会議の重点分野推進戦略専門調査会に設けられたナノテクノロジー・材料プロジェクト会合において、ナノテクノロジー・材料分野の推進戦略の検討が進められている。
   現在検討中のナノテクノロジー・材料分野の推進戦略において、この分野に対する国家的・社会的要請として、「産業競争力の強化と経済社会の持続的発展」、「環境・エネルギー対応、少子高齢化への対応を通した豊かな国民生活の実現」、「国民の安全・安心な生活の確保、戦略的技術の保有等安全保障的な観点からの国の健全な発展の実現」が挙げられている。
   これら国家的・社会的要請に応えるべく、「次世代情報通信システム用ナノデバイス・材料」、「環境保全・エネルギー利用高度化材料」、「医療用極小システム・材料、生物のメカニズムを活用し制御するナノバイオロジー」の3つの領域及び、これらの実現にとって不可欠な基盤技術、材料技術である重点領域として、「計測・評価、加工、数値解析・シミュレーションなどの基盤技術」、「革新的な物性、機能を付与するための物質・材料技術」の2つの領域が重点領域として位置づけられている。
   また、本年7月11日に決定された「平成14年度の科学技術に関する予算、人材等の資源配分の方針」において、平成14年度は特に、ナノテクノロジー・材料分野では「次世代情報通信システム用ナノデバイス・材料」、「ナノレベルを中心とした計測・評価・加工、数値解析・シミュレーションなどの基盤技術」、高強度・長寿命構造材料を含む「革新的な物性、機能を付与するための物質・材料技術」に重点的に資源配分することとされた。
   なお、同方針の他の重点資源配分分野にもナノテクノロジー・材料の活用が期待されており、例えば、ライフサイエンス分野では「ナノバイオロジー」や「再生医療等の新しい治療技術の開発」が含まれている。情報通信分野では「ナノ技術等の新しい原理・技術を用いた次世代情報通信技術」があり、環境分野では「ゴミゼロ型・資源循環型技術研究」などが挙げられている。

   文部科学省においては科学技術基本計画と総合科学技術会議における検討を十分踏まえつつ、文部科学省におけるナノテクノロジー・材料に関する研究開発計画の作成及び推進に関する重要事項を検討するため、本年5月、科学技術・学術審議会研究計画・評価分科会にナノテクノロジー・材料委員会を設けるとともに、専門的にも十分な議論を行うべく、委員会の下にナノテクノロジーWG及び物質・材料WGを設け、検討した結果を基に本報告書を「中間報告」としてとりまとめたものである。
   なお、検討に当たっては物質・材料分野のうちナノテクノロジーと重複するナノマテリアルについては、特にナノテクノロジーWGで重点的に検討を行った。

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   物質・材料科学技術の推進に関する基本的考え方
1.これまでの検討の経緯
   物質・材料科学技術の重点領域、当該領域における研究開発の目標及び推進方策については、現在までに、総合科学技術会議及び文部科学省において以下のような検討が行われている。
   まず、科学技術基本計画の中で、物質・材料分野については、「情報通信や医療等の基盤となる原子・分子サイズでの物質の構造及び形状の解明・制御や、表面、界面等の制御等の物質・材料技術」、「省エネルギー・リサイクル・省資源に応える付加価値の高いエネルギー・環境用物質・材料技術」、「安全な生活空間を保障するための安全空間創成材料技術」に重点を置くこととされた。
   一方、文部科学省においては、昨年6月、科学技術庁(当時)の物質・材料系科学技術の推進方策に関する懇談会において、物質・材料科学技術のあり方及び推進方策について検討し、既に「ナノ物質・材料」、「環境・エネルギー材料」、「安全材料」に重点化することが提言されている。
   そのような経緯も踏まえ今回、大学、独立行政法人、特殊法人など文部科学省において取り組むべき物質・材料分野の重点領域について、物質・材料WGで検討を行った結果(中間報告)を以下のようにまとめた。

2.物質・材料科学技術の特色
   物質・材料における発見がこれまでのほとんどの技術革新を牽引してきたと言って過言ではない。物質・材料科学技術は極めて広範囲にわたり、その特徴を端的に言い表すことは必ずしも容易ではないが、敢えてこれを挙げれば多様性と飛躍性、そしてその技術支配性が挙げられる。あるニーズに即した機能や性能を達成する材料を開発する場合、材料の組成や組織、あるいは合成、加工、処理、さらにはその材料の使用目的、環境等の諸条件により、開発すべき材料には無数の多様性があり、また、その多様性は物質そのものが持つ多様な特性が基礎となっている。この多様性を見出し、その中から材料を絞り込む試行錯誤の過程で大きな技術の改良の余地が生まれると同時に、従来の技術上の常識では不可能と考えられていたことが、ある思いも寄らない材料技術のブレークスルーによって突如として実現可能となるという飛躍性が秘められている。また、ある製品の基本性能や機能の上限は材料の特性によって規定されてしまう場合が多く、裏を返せば材料がその製品技術の鍵を支配していることが少なくない。
   我が国における物質・材料科学技術研究は、物質そのものの性質を探る基礎的研究から、産業界における製品技術まで極めて裾野が広くかつ多様に展開されており、基礎から応用、実用化に至るまで、世界的にみても質の高い研究が行われている。例えば論文数及び被引用数のシェアで見ると、我が国における科学技術分野別では物質・材料科学技術が最も高く、最も世界に通用する分野であることを裏付けている。米国の調査機関による文献引用頻度調査によれば、世界の機関別論文被引用件数において、材料部門で東北大学が世界1位、物理部門で東京大学が2位、化学部門で京都大学が3位にとトップスリーの中にランクされている。材料研究と密接に係る物理部門、化学部門、および、材料そのものとしての各部門で、その3分の1を日本の機関が占めたことになり、第1期科学技術基本計画の成果がまさにここに現われたと見てよいであろう。論文の引用数は、世界の研究者がその論文にどれだけ注目しているかの指標とされるもので、各学術分野での総合力を示す客観的な指標と考えられる。 産業技術としての材料技術は、鉄鋼、非鉄、化学、セラミックス等の素材産業のみならず、我が国が強い国際競争力を有する情報機器、家電、電子部品、半導体、自動車、精密機械等の「ものづくり」産業にとって欠くことの出来ない基盤技術である。同時に材料産業そのものも、出荷額、従業員数、付加価値額などで製造業全体の約3割を占める基幹産業であり、技術開発水準、品質ともに極めて高く、国際競争力が高い。
   このように、20世紀後期における我が国の経済大国としての発展も、高度なものづくり技術による「高信頼性・ハイテク」製品を生み出すことを可能にした、物質・材料科学技術の優位性に支えられたものであると言える。
   これまで、我が国では「物質・材料系科学技術に関する研究開発基本計画について」(昭和62年、科学技術会議)に基づき、新しい概念に基づく手法を駆使しつつ革新的な機能を有する物質・材料の創製を目指した研究に重点を置き、また、このための基礎となる原理、現象に立ち返った理論的研究の体系的推進、研究開発のブレークスルーをもたらすような高度な共通・基盤的技術の開発、創製された物質・材料の利用技術や既存材料の高度化を目指して物質・材料科学技術を推進してきた。
   こうした1980年代後半以降の基礎的研究を重視した科学技術政策や、第1期科学技術基本計画の下での公募型基礎研究制度の充実等により、大学、国研等においてはナノテクノロジー分野を中心に多くの優れた革新的シーズが生み出されてきている。
   また、1980年代、産業界の基礎研究所等においてもいわゆる「新素材ブーム」を背景に豊富な資金と人材をもとに研究開発が活発に行われ、我が国の材料研究開発推進の主要な一翼を担ってきた。これまでの我が国の強さは、材料研究においてこのような知的資源の層が厚いことにある。
   しかしながら、こうした積極的な物質・材料科学技術への取組みにより、数多くの優れた研究開発が行われ、我が国の本分野における研究開発水準は飛躍的に高まったが、物質・材料科学技術は一般に成果が得られるまで比較的長期間かかること、さらに最終的な製品技術等の形で我々の生活に利用されるまでのリードタイムも長いことから、大学や国研に豊富に蓄積された研究シーズと産業界が今求めているニーズとのマッチングが容易ではなく、これらが効率的に産業技術へと展開されているとは言い難い面がある。また、物質・材料研究に取り組む産学官の各機関や研究者は往々にしてその各材料毎の専門分野に細分されてそれぞれ個別に研究に取り組んでおり、ニーズの多様化と急速な時代の変化の下にあってその取組みが概して総花的で非効率な面があることも否定できない。最近では、国際的に科学技術を産業競争力強化の重要な原動力と捉える考え方が顕著になってきているが、我が国における物質・材料科学技術は研究開発段階におけるコンセプト・フォーメーション、つまり何に役立つ研究なのか、社会にどのような効果をもたらすことを目標としている研究なのかについての戦略構想が弱いという一面を有している。
   こうした中、産業界においてはバブル崩壊後、材料に係る研究開発部門は急速に縮小されており、物質・材料科学技術におけるシーズ部分のみならずよりニーズに対応した研究部門においても学及び官の役割に対する期待が強まっている。特に、学官に存在するシーズを産業界のニーズへ、また、産業界に存在する技術的課題から新たな基礎的研究課題へとつなぐコーディネーターとしての役割が官に強く期待されている。また、学及び官には革新的シーズを社会還元するという観点から技術移転促進に向けた取組みの強化が求められている。さらに、革新的シーズを生み出すように官の運営する大規模研究施設が十分に活用されることが望まれる。
   また、物質・材料における研究開発においては、物性における新たな見方や新しい物質発見における進展が、研究全体に大きな影響を与え、また、精神的支柱となる。一方、材料応用における現実的課題はしばしば物性の基礎的理解の不足を感じさせるものであり、そこに基礎研究の大きな課題が隠されている。したがって、このような非常に基礎的な部分の研究者と材料応用研究に携わる研究者との相互理解を促進することが、今後、物質・材料の研究を実り多いものにするために重要と考える。

3.文部科学省における重点領域を抽出するに当たっての観点
   文部科学省における物質・材料科学技術の重点領域を検討するに当たっては以下の点を考慮した。
   総合科学技術会議の議論において、社会ニーズ対応の技術開発の重要性が指摘されており、数多くの研究開発独立行政法人、研究開発特殊法人、大学等を所掌する文部科学省においても、社会ニーズ対応への重点化が求められている。
   一方、これら社会ニーズ対応の技術開発を支えるものとして、評価・加工などの基盤技術、新機能・高度な機能を生み出す物質・材料の発掘などの材料技術は将来の技術革新につながる新たな芽を生み出すものであり、大学等においてこれら萌芽的な基礎研究が行われている文部科学省においては欠くことのできない視点である。
   そこで、科学技術基本計画、総合科学技術会議の議論を踏まえるととともに、ライフサイエンス分野、環境分野、エネルギー分野での重点化に物質・材料分野としても積極的に貢献する観点から、社会ニーズ対応として、「環境保全材料」、「エネルギー利用高度化材料」、「安全空間創成材料」の3つを重点領域として、これらを支える基盤として、「評価・加工等基盤技術」、「新機能・高度な機能を生み出す物質・材料の発掘」の2つを重点領域として位置づけることとする。それぞれの重点領域についての概要を以下に記す。
   なお、物質・材料科学技術を重点的に推進するに際して、研究者の自由な発想に基づく、幅広く、新たな知に挑戦し未来を切り拓く、国際水準の質の高い基礎研究を一層重視するとともに、萌芽的な分野融合領域に対して先見性・機動性を持った対応が望まれる。

4.重点領域

4−1   環境保全材料

(1)分野別計画検討者
検討担当委員 :山本良一   東京大学国際・産学共同研究センター長
:国武豊喜   北九州市立大学副学長
:遠藤   剛   山形大学工学部教授

(2)当該分野の概要
   日本では高度経済成長にともなって、大量生産・大量消費・大量廃棄を前提とした生産と消費のパターンが進み、新たな物質・作用源の環境への放出とそれによる環境変動をひきおこし、地球環境問題等環境問題の広域化、拡散、複雑化をもたらした。1993年に制定された環境基本法では、環境への負荷の少ない「持続可能な社会の構築」を目指すことが謳われている。環境の主要課題が個別公害問題から、国内及び国際的社会経済のあり方にかかわるものへと変化してきたことで、環境分野の研究開発には、個別のプロセス研究から、現象解明、影響評価、対策技術の開発と社会への適用性についての評価に至るまでを総体的・俯瞰的にとらえる総合的な研究への展開がもとめられている。材料分野の研究においても従来のような新奇な材料物性の発見や材料機能の向上のみ追求する研究から、材料のライフサイクル全体における環境負荷の低減、すなわち環境効率や資源生産性の飛躍的向上が重要な課題となっている。

(3)現状及び実用化・産業化の具体的目標
   廃棄物の最終処分場が逼迫することや鉱物資源が将来的に枯渇するなど、環境制約や資源制約が顕在化し、将来の我が国経済社会の持続的な発展が阻害されることが懸念される。このため、リデュース、リュース、リサイクル(3R)等が積極的に行われ、かつ廃棄物が適正に処分されることにより、天然資源の消費が抑制され、環境負荷が可能な限り低減される循環型社会の構築を、少なくとも10年以内に図ることが必要となっている。
   また化学物質など有害物質のリスクに対する内外の関心は、近年ますます高まっている。現代の人々の有害物質に対する不安を払拭し、将来の世代が健やかな暮らしと豊かな環境を享受できる、いわゆる持続可能な社会を形成していくうえで、有害物質のリスクの評価及び管理に関する研究や技術開発に期待される役割は大きい。さらに、人間は様々な環境媒体や家庭用品、水道水、室内空気などを通して有害物質に暴露することから、有害物質の分解、無害化技術、毒性元素等の代替化技術の開発を行うことも重要な課題である。

(4)研究の概要
1)ゴミゼロ型・資源循環型技術
   環境影響評価(LCA)
      材料プロセス、デバイス、機能材料、構造材料の環境影響評価
   材料、デバイスの環境パフォーマンス指標に関する研究
   低環境負荷プロセス技術
   ソフト溶液プロセス等
   リデュース指向材料
      超軽量構造材料、薄型機能素子等
   エコデバイス技術
      Pbフリー圧電素子、As,Hgフリー発光素子、低消費電力デバイス等
   リサイクル容易化材料設計技術
   生分解性材料技術
   天然材料有効利用技術
   生活、産業廃棄物の再資源化技術
      廃棄ポリマーを解重合によりモノマーに変換する化学的リサイクル等

2)環境浄化・無害化技術
   有害物質の分解、無害化技術
      ダイオキシン類分解触媒等
   毒性元素、枯渇性非鉄金属元素の代替化技術
   環境計測技術
      微量重金属感知センサー技術等
      環境の保全、浄化のための有害物質のリスク評価および管理を適切の行うためには、その前提となる計測データの完備が不可欠である。環境に含まれる物質は、一般にはきわめて多様であり、通常の物質計測法をそのまま適用することはできない。与えられた環境に特化した計測技術の開発が求められる。
   分離技術
      環境中に含まれる有害物質、リサイクルや無害化処理の結果として生じた物質などを分離除去するための方法は、環境保全のための基本技術と位置づけられる。そこで中心的な役割を果たすのは、革新的な分離システムの開発と多様な要求に応えられる分離膜の創造である。

4−2   エネルギー利用高度化材料

(1)分野別計画検討者
検討担当委員: 岸   輝雄   物質・材料研究機構理事長
北澤宏一   東京大学大学院新領域創成科学研究科教授
小野田武   三菱化学株式会社顧問
米屋勝利   横浜国立大学大学院環境情報研究院教授
井上明久   東北大学金属材料研究所長

(2)当該分野の概要
   地球環境の維持向上と豊かな社会の整合に向けて、また、我が国の安全保障を確保する点からも、将来のエネルギー源とその利用システムを自然エネルギーをも含めて多様化するための技術、エネルギーの変換、輸送、貯蔵、利用の高効率化と安全のための技術、および、得られたエネルギーの利用高効率化を図る省エネルギー技術の展開は必須である。
   現代の化石エネルギー時代において先進国の国民1人当たりの年間炭酸ガス排出量は約1トンに達しており、エネルギー源を将来において何に頼るかは地球環境問題における最大の関心事となってきている。このため、人類の叡智が賢い選択を行えるよう、科学技術はその選択肢を準備しておく義務がある。文部科学省としての責務は、常に自由な立場から各種エネルギーシステムに対する評価検討を行い、各時点での将来的ポテンシャルを含めたアセスメントを可能にしておく必要がある。そのためには、各エネルギーシステムの技術レベルを最適なものとする努力がなされておらねばならない。
   特に1次エネルギー源の選択は高度に政治的な側面をも有しており、国家安全保障の立場からも、多様なシステムのポテンシャルを明らかにしていく研究が急務である。このため、可能な種々の1次エネルギー源に対して、材料による革新的な利用高度化技術が期待される研究提案を受け止め、その可能性を試し、それを育成する必要がある。
   一方、エネルギーはその生産地と消費地との距離的・時間的乖離が大きな問題であり、その変換、輸送、貯蔵、利用に対する広範な技術への対応も検討されねばならない。文部科学省ではとくに自由な発想に基づく革新的なシステムとその技術的可能性を追求する萌芽的シーズの拾い上げとその育成が求められる。また、産業界において実施される開発研究に対して、それと連携的・相補的になされる協力が要請されるところである。
   さらに、全エネルギー消費量を抑える上で省エネルギーの実施は非常に有効である。その努力は産業・民生の双方において継続的になされる必要があるが、これを有効にする材料技術の役割には依然として大きなものがあり、文部科学省としても、産業界が行う努力に対して、より、リスク度の高い部分に、積極的に取組むことが期待されている。
   エネルギー技術は材料に蓄積されたすべての知見を生かして取り組まねばならない課題であるが、文部科学省においては特に、画期的なエネルギー利用高度化を期待できる新たな提案を拾い上げ、その育成を図るとともに、産業界が取り組もうとしている開発研究に対して、特に基礎的に未知な課題の残る部分、新規材料の開発を必要とする部分などにおいて連携的な協力を築きつつ研究を推進する。特に1)エネルギー源とその利用システムの多様化、2)エネルギー変換、輸送、貯蔵、利用における高効率化と安全性の確保、3)省エネルギーにおける材料的課題に、自由な発想を以って革新的な成果の期待できる研究課題を重点的に選んで取り組むものとする。

(3)現状及び実用化・産業化の具体的目標
1)1次エネルギー源多様化のための材料関連技術(目標達成時期は5〜15年後)
      自然エネルギーの低コスト化と高効率利用に資する技術
            低コスト太陽電池プロセス、超高効率太陽光発電、バイオマス利用技術(アルコール化など)、光水素製造(変換効率15%以上)など
      燃料電池技術(全固体高分子電解質型:出力1W/cm2程度以上)
            (酸化物固体電解質型:500℃で出力1W/cm2程度以上)
燃料電池用高効率変換触媒など
      化石エネルギーの無害化利用技術
2)エネルギーの輸送、貯蔵、利用の高効率化と安全のための材料関連技術
(目標達成時期は5〜15年後)
      遠隔地送電用超伝導ケーブル
(液体窒素温度20万A/cm2の臨界電流密度をもつ線材の開発)
      超伝導電力貯蔵・変換用材料
(20K以上で強磁界10Tで10万A/cm2以上の臨界電流密度をもつ線材の開発)
      水素貯蔵材料(室温付近で重量比10%以上の物質の開発)
      化学エネルギー貯蔵媒体材料(化学変換型、熱変換型)
      高出力長寿命二次電池(無機全固体型積層電池、有機全固体型積層電池など)
3)省エネルギーに資する画期的な材料関連技術(目標達成時期は5〜15年後)
      超高効率LNG複合発電用材料(熱効率60%を目標)
      次世代高効率複合発電材料の開発(総合熱効率70%を目標)
      省エネルギー高耐性基盤材料(高温、高応力、耐腐食、耐摩擦・摩耗など)
      熱電変換材料(SiGe系を越える性能を有する新材料の開発)
      新規冷蔵・冷凍材料関連技術
      超軽量高強度材料など

4−3   安全空間創成材料

(1)分野別計画検討者
検討担当委員: 岸   輝雄      物質・材料研究機構理事長
松尾陽太郎   東京工業大学理工学研究科教授
相澤益男      東京工業大学副学長

(2)当該分野の概要
   安全空間創成材料は人類の生活空間を保障するとともに、生活に必要な機器システムがそれぞれの機能を発揮できるよう保護収納されるために使用されている。安全空間創成材料を構築するにあたり物質・材料に期待される役割としては、高信頼性、高強度・長寿命化、リサイクル性、環境保全などに期待するだけでなく、材料自ら損傷劣化を感知・修復する次世代構造材料の開発、さらに人体に有害な紫外線などを可視光化する異種波長変換ガラスのような建築関連材料の開発などを推進する必要がある。
   一方、わが国は2020年に高齢者が3300万人を超え、運動機能障害や感覚機能疾患等の割合が急激に増加する。これに備え高齢者の日常生活を支援するための人体に低負荷な生体適合材料などの次世代安心安全材料の開発を推進することは急務である。
   これらの要請に応えるために、材料そのものの性能向上を図ることの他、低環境負荷型製造工程プロセス技術、構造体化技術、安全使用を保障する非破壊評価技術や余寿命評価技術の開発などを重要課題として推進すべきである。

(3)現状及び実用化・産業化の具体的目標
   20世紀、人類は快適な生活を求めて資源を大量に消費しつつ、様々な構造物を建設し、機器を製作してきた。その結果、過去数十年の間に高速道路、超高層ビル、鉄道、化学プラント、電力施設および21世紀の重要なエネルギー源として位置づけられる原子力施設など社会基盤が急速に整備されてきたが、資源の大量消費・廃棄を前提とした社会・経済はすでに限界に近づいており、21世紀前半には寿命を迎えると予想されている。このような状況を克服するために、地球環境に調和した高信頼性・高強度・高靱性・長寿命化を目指した材料研究開発が必要となっている。高強度、高靱性は相反する性格から全てを満足する大型構造材料の開発には至っていない。さらに、材料劣化を評価する技術や寿命を評価する技術が確立されていない。
   一方、環境汚染による人体に有害なダイオキシンや紫外線などの問題に適応した安全空間適応材料の開発や人体に適合した高強度・長寿命な生体適合材料の研究開発が行われているがコスト面と信頼性・安全性を向上する必要がある。

・実用化・産業化の具体的目標
1)次世代構造材料の開発
   高強度・高靱性・長寿命化を目指し、既存の材料の強度及び靱性を2倍に向上させることや、寿命を2倍にする材料を用いることにより、高信頼性を有する安全空間の創成を行う必要がある。建築関連材料としては、高周波電磁波ノイズを遮蔽し安心な空間を作る磁気シールド材、人体に有害な鉛を含まない非鉛系材料の開発、有害紫外線の可視光化のために必要な異種波長変換ガラスの開発などによる安全空間創成が必要である。また航空機や橋などの構造物中の損傷を自己診断し、修復する機能を付加して空間の安全性を高めた材料の開発が必要である。
2)次世代安心安全材料・技術開発
   再生医学的観点から生体組織の機能再生を促進する材料や高齢者が使いやすい生体適応材料の開発により、2020年までに自立した生活が送れる高齢者の数を増加させ、新たな社会参加を可能にする。このことで、老人医療費(平成11年度12兆円)の大幅な削減及び子世帯の介護負担の軽減を促し、安全空間創成に資する新規産業の創成を促す必要がある。安全設計技術の確立では、リスク情報のデータベースと非破壊評価による材料の寿命評価技術を組み合わせ、航空機、船舶及び原子力等発電プラントなどの構造物の余寿命評価と、そのリスク情報のデータに基づく大事故発生の予防法の確立を目指す必要がある。
   わが国の高度成長期に製造された構造物の耐久年数を50年とすると、2010〜2020年には続々と老朽化を迎え、次世代安全空間創成材料へ更新する時期を迎えることとなる。さらに2020〜2030年には超高齢化社会を向かえることから、ここ10〜15年程度のうちに、安全空間創成材料を開発することが非常に重要となってくる。

(4)研究の概要
・次世代構造材料の開発:軽量構造材料、高強度長寿命構造材料、機能性構造材料、リサイクル鉄、制振性材料、電磁波遮断材料、異種波長変換ガラス材料

・次世代安心安全材料・技術開発:生体適合材料、リスク情報による安全設計技術、非破壊評価技術、余寿命評価技術、原子力安全空間確保のための材料技術

4−4   評価・加工等基盤技術

(1)分野別計画検討者
検討担当委員: 米屋   勝利   横浜国立大学大学院環境情報研究院教授
松尾陽太郎   東京工業大学理工学研究科教授

(2)当該分野の概要
   日本が,世界最高水準の工業製品を作り続けてこられたのは,優れた製造プロセス技術を有し,とくに高品質の部品・材料を安価に安定かつ大量供給できたこと,部品・材料の品質保証技術に優れていたことが最大要因である。部品・材料は金属、無機、有機高分子、それらを融合した複合材料等広範囲に及ぶため、その種類と構造・機能は多種多様であり、それぞれが先端的システムを支える要として重要な役割を果たしている。
   部品・材料の製造法は,物質・材料系と要求される仕様によって異なり、物理的・化学的プロセス×固相・液相・気相化学反応によって創出されるあらゆる反応・プロセスが適材適所用いられている。例えば、金属材料,単結晶,有機高分子、ガラス等における溶融・固化法、粉体を原料とするセラミックスや合金の焼結法、有機高分子における縮合・重合等による合成反応法、薄膜や単結晶の作製法である気相合成法,さらにそれらに付随した種々の成形・加工法が、材料種と目的に応じて設定されノウハウの形で製造ラインがつくられている。我が国の材料技術の強さは,膨大なニーズが求める複雑で高度な部品・材料に応える優れた製造プロセス技術と品質保証技術にあるといわれているが,これらは長年にわたって企業現場の優れた研究者・技術者や中小企業の高度な技能者が努力し蓄積してきたものであり,日本の部品・材料が世界に強い競争力を持つ最大の要因となっている。
   しかし,最近では,機能と用途のより一層の多様化や部品・材料の微細化に伴って,ミクロからナノへと格段に高度な機能と精密な設計・加工技術が必須になってきている。これを実現するためには,基盤となるプロセス科学・技術の研究を重点的に推進することが必要であり,この成果がわが国の製造技術ノウハウのさらなる高度化をもたらすものと確信される。
   一方,標準化やデータベースに関してもわが国は指導的な立場にあり,セラミックス分野ではISO/TC206の幹事国を務めている。こうした基盤となる技術を整備・構築することは,わが国が国際的にリーダーシップを維持することにもつながるもので,高い技術競争力とあわせて,21世紀における国際貢献にも資する重要な施策である。
   以上の考えに基づいて,次のような基盤技術課題を重点的に推進することが必要である。
製造・加工プロセス技術の科学とその高度化,高度微細構造解析・分析技術の開発,広領域特性評価技術・部材性能保証技術の開発,計算科学による材料設計および新物質の探索,知的基盤のデータベース化・標準化

(3)各研究課題の具体的目標
1)製造・加工プロセス技術の科学とその高度化
   製造および加工プロセス技術の科学は発展途上分野であるといえる。部品・材料の高精度・高機能化を図るためには,例えば微細〜極微細粉体を用いて種々の成形体を湿式法で作製する場合の粒子の分散や溶媒のふるまい,メルトの固化に伴う形態と微構造制御,高精度・高信頼性加工,多元系スラリーを用いたニアネットシェイピング、また、ポリマー材料の重合から成形加工を通じての一次構造から高次構造制御等、従来ノウハウとされてきたプロセス分野の科学的な発展が極めて重要である。(目標達成時期は3〜15年)

2)高度構造解析・分析技術の開発
   材料の高度機能発現を目指すためには,点欠陥や転位、粒子境界やマイクロクラック、不純物、スピノーダル分解やミクロ相分離、原子構造・化学組成・電子状態解析に資する、物質の高度構造解析技術,種々の物質量・物理量の高度分析技術,さらには革新的物性評価技術など材料の特性評価とプロセス開発に直結する技術を開発することが不可欠である。(目標達成時期は5〜15年)

3)広領域特性評価技術・部材性能保証技術の開発
   部品・材料の特性はミクロ領域における因子だけではなく,ナノ,ミクロ,メゾおよびマクロ領域における種々の因子が複雑にからみあって発現する。従って,部材性能の保証を行うには,ナノ,ミクロからマクロまでの特性評価技術を統合した性能保証技術を開発することが急務である。(目標達成時期は5−15年)

4)計算科学による材料設計および新物質の探索
   コンピューター性能の飛躍的向上とアルゴリズムの長足の進歩を背景として,計算状態図の高度化や量子力学,分子動力学等の計算科学による実用材料の材料設計や新物質の探索に関する国際競争はますます熾烈となっている。この分野の発展を加速させることは優先性の高い重要研究課題の一つである。(目標達成時期は10〜15年)

5)知的基盤のデータベース化・標準化
   研究者の叡智の結晶である科学情報(知的基盤)は,通常の文献には現れない詳細な情報を付加することによって初めて有効な知的基盤となる。これら知的基盤はデータベース化することによって,我が国のみならず人類共通の財産とすることができる。また,知的基盤を背景にしてその国際標準化を進めることは,知的先進国の責務でもある。(目標達成時期は5〜15年)

4−5   新機能・高度な機能を生み出す物質・材料の発掘

(1)分野別計画検討者

検討担当委員: 国武豊喜   北九州市立大学副学長
高野幹夫   京都大学化学研究科教授
福山秀敏   東京大学物性研究所長

(2)当該分野の概要
   物質の性質とそれを活かした機能は、組成、構造、かたち(丸いか針状かなどの形態、サイズ、さらに単一物質か複合体かなど)により決まる。炭素だけからなる物質であっても、構造により、グラファイト、ダイヤモンド、フラーレン、ナノチューブがあり、グラファイトとダイヤモンドでは、性質・機能が大きく分かれるのはあまりにもよく知られている。磁気記録材料としてオーディオテープやビデオテープに用いられる酸化鉄や金属鉄は、針状の微粒子である。機能を最大限に引き出すには、形態とサイズの制御が重要であることを示す例である。異なる物質を複合化することにより初めて有効な機能が生まれる例も多い。金属アルミニウムの中に微細な酸化アルミニウム粒子を分散させると、機械的な強度が増し、アルミニウムの用途が大きく広がる。
   どのような組成と構造をもつ物質が存在し得るか、手に入れた物質がどのような物性を示すか、機能を最大限に引き出すかたちがどのようなものかを予測することは、実のところ、なかなか難しい。単一元素物質であるフラーレンとナノチューブですら、発見されて未だ10年程度にしかならない新物質であることからもそれがうかがえる。
   画期的な新物質は、しばしば個々の研究者により偶発的に発見されるようにみえるが、実際には、多くの研究者により長期にわたって絶え間なく行われた試行錯誤の蓄積に基づいている。わが国の物質・材料研究が大きな成果を挙げ、世界的にも高く評価されているのは、このような長期間にわたる努力と投資の成果である。
   さらに成果を挙げて、競争的国際関係を有利に展開するにはどうすればよいであろうか。基本的には、目標とするに足る物性・機能を予め明確に提示できる理論・計算科学を開発すること、合成法と物性測定法を充実・革新して、手に入れることの出来る組成・構造・かたちの多様性を広げ、そこから新しい物性・機能を効率よく探し出すこと、そしてその新物質を、速やかに、材料化のための原料・合成・加工/集積に関するプロセスにのせることが必要である。予測困難性から来る底なしの非効率を避けるためには、理論・計算科学の開発、ターゲット機能、合成法の開発、物性測定法の開発のいずれについても、10年程度を単位とする年限を設けた集中投資がよいと思われる。
   目標とすべき機能と対象物質は数限りない。以下には具体例を幾つか挙げる。

(3)物質・材料・機能の例
1)強相関電子系
   銅酸化物における高温超伝導の衝撃的な発見は、理論的な取り扱いの難しい強い電子間相互作用(「強相関効果」)の重要性を浮き彫りにした。強相関効果は、遷移金属酸化物のみならず分子性結晶でもみられ、従って、当然、生体物質においても期待される。これら広い範囲の物質を強相関電子系と捉える新しい観点に立って、新物質・新機能を探索する。
   より具体的には、高温超伝導、巨大磁気抵抗、大きい熱電効果など、巨大な効果・特性を示す新物質の探索、それらを活かしたエレクトロニクス・オプトエレクトロニクスの展開、分子性結晶、とくにπ−d系(有機分子-遷移金属ハイブリッド系)の機能探索、DNAや分子モーターなど生体機能物質の物性科学的な見方の確立とそれに基づく物質・機能の開発、その他である。

2)高次構造の構築と外場による制御
   最近、伝導性ポリマーや有機EL素子の例に見られるように、優れた分子特性の実用化が始まったが、有機分子(ポリマーを含む)の組成と構造の多様性を考えると、さらに多彩な化学的・物理的機能が期待できる。計算化学による物性予測の進歩と分子合成技術の高度化が、そのような研究開発に拍車をかけている。
   機能性分子を組織化した高次構造からは、質的にさらに高度の機能が期待できる。生体がその典型例である。機能単位の高次構造化は、当然、金属、無機物にもあてはまる。金属磁性体/非磁性体積層膜の弱磁場磁気抵抗効果は、既に読み取りヘッドとして利用されているし、抗ガン剤を層状無機化合物にインターカレートしてガン細胞に注入する研究も最近報告されている。さらに一歩進んで、磁場や電場のような外場による高次構造の制御も興味深い。
   金属、無機物、有機物、ポリマー及びこれらの複合系を対象にして、一次構造の精密制御、高次構造の構築・制御とシステム化をキーワードとする機能開発を行う。

3)最先端プロセスの開発
   探索研究、材料化いずれの段階でも必要となる、下記のような試料作製プロセスの拡充・革新を図る。 純度制御プロセス、最適組成探索プロセス(コンビナトリアル法など)、 極端条件下での合成プロセス(高圧、超強外場、超急冷、微小重力など)、高次構造・多重化機能創出プロセス(各種スケールでの組成・機能傾斜、インターカレーション、人工格子、多孔体、自己凝集など)、その他。

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   ナノテクノロジーの推進に係る基本的な考え方
1.これまでの検討の経緯及び基本的な考え方
   平成13年度から5年間にわたる我が国の科学技術の推進に関する総合的な方針を示した第2期科学技術基本計画(平成13年3月閣議決定)において、「ナノテクノロジー・材料分野」が、「ライフサイエンス分野」、「情報通信分野」及び「環境分野」とともに、特に重点を置き、優先的に研究開発資源を配分するべき分野として位置づけられている。更に、「ナノテクノロジー」は、急速に発展し得る領域としても位置づけられており、機動性を持った的確な対応が求められている。
   また、特にナノテクノロジーについては、科学技術会議(当時)において、戦略的推進の方策が検討され、昨年12月には、政府レベルでの我が国最初の報告書である「ナノテクノロジーの戦略的推進に関する懇談会報告書」が取りまとめられるとともに、産業界においては、本年3月に経済団体連合会が「ナノテクノロジーが作る未来社会−n-Plan21」を発表している。
   これらの報告書では共に、ナノテクノロジーについては、研究を大括りに「5から10年後の実用化・産業化を目指したニーズ対応研究」、「10〜20年先を展望した挑戦的な研究開発」及び「個人の独創性を重視した萌芽的研究」にわけて推進の方策を示している。
   また、総合科学技術会議においては、本年7月11日に「平成14年度科学技術に関する予算、人材等の資源配分の方針」を策定するとともに、現在、ナノテクノロジー・材料のより具体的な推進方策を盛り込んだ推進戦略について調査審議を進めているところである。推進戦略においては、今後5年間に重点を置くことが求められる重点事項として、他の重点3分野への実用化のアウトプットを意識した「次世代情報通信システム用ナノデバイス材料」、「環境保全・エネルギー利用高度化材料」及び「医療用極小システム・材料、生物のメカニズムを活用し制御するナノバイオロジー」の3領域並びに、これらの3領域の実現にとって不可欠な技術である「計測・評価・加工、数値解析・シミュレーションなどの基盤技術」及び「革新的な物性、機能を付与するための物質・材料技術」の2領域を挙げている。
   我が国の物質・材料の研究開発水準は、既存材料技術では欧米より優勢であるとの評価を第2期科学技術基本計画においても得ているが、我が国が、ナノテクノロジーの分野において世界をリードし、次代の科学技術革命を導くとともに、産業競争力の強化につながる画期的な成果をあげるためには、物質創成から材料・素子開発までの全体を見据えるとともに、真に斬新で挑戦的かつ旧来の分野を越えた研究に対して、総合的かつ戦略的な取り組みが求められる。
   特に、大学、独立行政法人、特殊法人等を擁し、広範な研究開発を展開している文部科学省が果たすべき役割は計り知れない。経済活動に本務をおいて産業技術に直結してゆく研究開発に重点を置く事業官庁に対し、文部科学省は、社会的なニーズ、つまり実用化・産業化への展開を視野に入れながらも、研究者の自由な発想を尊重し、学術的に非常に興味深い分野に対する長期的な取り組みについても着実に推進すべきである。
   このため、科学技術・学術審議会 研究計画・評価分科会の下に設置されたナノテクノロジー・材料委員会 ナノテクノロジー・ワーキング・グループにおいては、総合科学技術会議が策定した「平成14年度の科学技術に関する予算、人材等の資源配分の方針」及び総合科学技術会議ナノテクノロジー・材料プロジェクトにおけるナノテクノロジー・材料に関する「推進戦略」の議論を十分に踏まえつつ、文部科学省として今後期待される役割及び具体的な推進方策、並びに10〜20年後の実用化・産業化を展望して取り組みが求められる具体的研究課題について検討を行った

2.施策の推進方策
(1)各研究フェーズ毎の取り組み
   文部科学省における推進方策の検討にあたっては、「ナノテクノロジーに関する戦略的推進に関する懇談会報告書」等に示されている各研究の分類に沿って行った。

個人の独創性を重視した萌芽的な研究への取り組み
   萌芽的な研究は、将来、実用化・産業化につながるかの予測は現時点では立たないものの、そこから生まれ得る研究成果は、次代の科学技術革命を導く可能性を秘め、次期科学技術基本計画において示されるべき重点分野の源泉となり得るものである。また、ナノテクノロジー関連の萌芽的研究については、非常に基礎的な研究が即実用化につながるケースがみられるという大きな特色を有する。
   萌芽的な研究の推進にあたっては、個々の研究者の自由な発想と旺盛な好奇心に基づいて行われる学術研究がもたらすブレークスルーに期待し、萌芽的な研究に対する競争的資金の充実と、それを活用した独創的、創造的な基礎研究の推進を図るべきである。具体的には、学術的な観点から科学研究費補助金を活用し、研究者の主体的、独創的提案に基づく、いわゆるボトムアップ型の研究の支援を行うべきである。なお、選定にあたっては、学際性にも十分留意することが望まれる。
   更に、我が国のナノテクノロジーの裾野を広げるこれらの研究を着実に実施するためには、大学、大学共同利用機関、公的研究機関等における独創的・先端的研究のための組織及び施設面での基本的な整備が重要であるとともに、各機関が連携をとりつつ研究を進めていくことも重要である。

10〜20年後の実用化・産業化を展望した挑戦的な研究への取り組み
   10〜20年後の実用化・産業化を展望した挑戦的な研究については、実現へのリスクはあるものの、その目標が達成された場合には、科学技術及び産業技術に対して非常に大きな波及効果をもたらすと期待されるものである。このフェーズの研究は、単に従来の手法を改善させるのみではなく、新たな原理や手法の開拓が求められると共に、分野を越えた取り組みが飛躍的発展の鍵となる。従来の学問分野間では、それぞれ用いる術語や手法が大きく異なっていたが、ナノメートル領域においては、異なった学問領域がナノテクノロジーの共通の言葉や手法でつながることができるとの大きな期待が寄せられている。
   本ワーキング・グループにおいて実施した、文部科学省傘下の研究機関からのヒアリングの結果、ナノテクノロジー分野に関しては、特定の研究機関又は組織に研究ポテンシャルが一極集中しているのではなく、それぞれの大学及び研究機関等が、それぞれの特色を有しつつも、各大学、各研究機関内においても、広範な分野にポテンシャルを有する研究者が多数存在し、それらの研究者が、多角的な取り組みを実施していることが明らかになった。
   これらを踏まえ、本フェーズの研究について国としての総合的な取り組み方策を考えると、ポテンシャルを有する大学、大学共同利用機関、独立行政法人及び特殊法人において各機関の特性を活かした個々の取り組みを着実に推進することに加え、分野や所属組織を越えて協力体制を構築することも非常に有効な手段である。このようなとり組みにあたっては、競争的資金を活用しつつ人を中心とした戦略的な連携体制を構築することが有効であると考えられる。特に、ナノテクノロジーは、産業技術への展開が大いに期待されることから、産学官の区別なく研究者が参画することが期待されるとともに、海外の研究者についても参画を排除しないことが求められる。
   このような競争的資金の制度設計にあたっては、ナノテクノロジーが分野の融合から新たな発想の創出、飛躍的な発展への期待が高いこと、明確な目標に向けて集中的に取り組みが必要であることから、1研究領域あたり、十分な予算、人材等の研究規模を確保することが必要である。同時に、領域毎に研究を統括する研究領域の長が、戦略本部としての機能を十分に果たし、研究領域長の強力なイニシアティブの下に、各研究領域への参画研究者間の緊密な連携が行われ、研究領域における総合性、戦略性が十分に発揮されることが求められる。従って、研究のマネジメントに関する評価を導入する。更に、各研究領域の研究期間は5年とするが、開始後3年目に十分な中間評価を行い、研究計画の軌道修正や参画研究者についての見直しを行うことも検討すべきである。加えて、5年間で特によい成果をあげた研究に対しては、研究の延長を認める等、研究評価結果の次の取り組みへの適切な反映についても検討すべきである。また、ナノテクノロジーに関して実施される各研究領域が互いに連携をとり、全体として我が国の国家戦略に沿った取り組みとなるような工夫が求められる。
   ナノテクノロジーは、製造技術と密接に関わっており、成果の実用化・産業化が特に期待される分野であることから、研究成果の帰属については、研究の開始時に参画する研究者間で詳細を決めておくことが必要である。また、本プロジェクトにおいて得られるであろう研究成果を事業官庁のプロジェクトや産業界への積極的な技術移転に結びつけるためのシステムが重要である。
   ナノテクノロジーについての取り組みは緒についたばかりであるため、研究参画者については、5年間の研究開始時からの参画のみならず、途中からの参画も認めることにより、現在、他のプロジェクト等に参画している研究者であっても、本プロジェクトに特に必要な人材であれば、当該プロジェクト終了後に本プロジェクトに参画することが出来るよう、柔軟な対応をとることが求められる。
   10〜20年後の実用化・産業化を展望した挑戦的な研究についての課題の抽出結果については、第2章に示す。

5〜10年後の実用化を目指した研究
   ナノテクノロジーは、実用化指向の研究のみならず、基礎的・萌芽的な研究についても、成果がベンチャー的に即、実用化・産業化につながる大きな可能性を秘めた分野でもある。
   特に、5〜10年後の実用化を目指した研究開発に関しては、主に事業官庁及び産業界における研究開発プロジェクトにより推進されているところである。しかしながら、大学、独立行政法人、特殊法人等の文部科学省傘下の研究機関の研究者が、中核的なプレーヤーの一翼を担い、積極的に参画し、産学官連携により我が国の産業競争力の強化に貢献してゆくことが求められる。また、文部科学省傘下の研究者が、実用化を強く意識した研究をも行うことにより、基礎的な研究開発、基盤的な研究開発自体の発展にもつながることが期待される。

共通基盤技術開発への取り組み
   走査型トンネル顕微鏡の開発による材料表面の微細構造観察技術革新が、ナノテクノロジーの発展に多大なる貢献をしたように、計測、評価、加工等の共通基盤技術革新が科学技術の発展を導くとともに、科学技術の発展が更なる共通基盤技術革新を伴う。このように、科学技術は共通基盤技術と表裏一体となって発展している。特に、極微細を扱うナノテクノロジー分野については、共通基盤技術開発への取り組みは、なくてはならない重要な研究開発の1つであり、総合科学技術会議における平成14年度資源配分の方針においても、ナノテクノロジー・材料分野の3つの重点事項の1つとして位置づけられている。
   共通基盤技術開発のなかでも、電子顕微鏡や走査型トンネル顕微鏡等のナノメートル領域での計測・評価手法を飛躍的に発展させる技術開発、レーザー等を利用した微細加工技術の限界への挑戦、ナノメートル領域で生じる現象を理論的に解明するものとして数値解析やシミュレーション技術の開発への取り組みが求められる。
   これらの共通基盤技術開発にあたっては、巨大な装置や特殊な装置を用いるものが多く、公的研究機関等において従来より取り組みがなされてきた。特に、物質・材料研究機構においては、超高圧電子顕微鏡や物性計測に用いる超強磁界マグネット群等の大型機器の開発・供用を行ってきており、今後もこれらをはじめとした共通基盤技術開発が特に期待される。理化学研究所においては、ナノスケールでの物質操作及び、物性計測・観測技術等に関する共通基盤の開発に取り組んでいる。
   更に、大学及び大学共同利用機関においては、学術研究の拠点という特性を活かしつつ、各機関の特徴を最大限に生かした独創的な基盤技術の芽を創出し、発展させていくことが特に期待される。
   これらの共通基盤技術開発を発展させるためには、科学技術の進展に対応した施設・設備を整備していくこととともに、各機関が有機的な連携の下で取り組むことが肝要である。
   共通基盤技術開発の中でも、10〜20年後の実用化・産業化を展望した挑戦的な研究課題の抽出結果については、3.に示す。

(2)人材育成への取り組み
   ナノテクノロジーの飛躍的発展のためには、従来の学問領域を越えた分野融合的な取り組みが必要であり、そのための人材育成が必須である。特に、大学等においては、学部学生、大学院生といった若手研究者の育成を行うと共に、産業界の研究者に対して、ナノテクノロジーという観点からの再教育に期待される役割が大きく、ナノテクノロジーという切り口で融合された研究所、センター等を拡充することも望まれる。
   更に、公的研究機関においても、共同研究等を通じて、企業の研究者に対する人材育成を図ることが求められているとともに、最先端の研究施設等を活用した研究に、学部学生、大学院生が参画することにより、これらの若手人材を育成することも重要な役割である。
   また、海外の研究者にとっても魅力のある研究拠点を育成し、ナノテクノロジー研究の場としても世界一流のものとなるよう我が国の研究機関の国際化への努力が求められる。

(3)機関、分野を越えた横断的研究サポート機能の構築
   ナノテクノロジーは、従来の学問分野を越えた広がりのある学際的分野であるとともに、近年特にめざましい発展をしてきた分野であることから、これまで、我が国において、組織的な取り組みが十分になされていたとは言い難い。本分野の研究開発を効率的に進展させるためには、機関、分野を越えた、研究基盤や知的基盤等の横断的研究サポート機能を構築し、本分野におけるポテンシャルを有する国内外の研究者を有機的にネットワークでむすぶことが肝要である。
   具体的には、以下の機能の構築により、研究支援を包括的開始することが緊急に求められる。

情報支援
   ナノテクノロジー特有の領域横断的な研究を生み出すための総合的かつ戦略的なデータベースの構築、研究者、技術ユーザー及び一般国民をそれぞれ対象とした我が国の総合的なナノホームページの開設、海外情報収集のための体制整備、シンポジウムの開催等を通じ、情報交流を促進する。

施設の共同利用支援
   大型施設や特殊実験機器の供用の促進及びインターネットによる遠隔操作システムの 構築、並びにナノテクノロジー研究に必須の極微細計測や極微細加工サービスの提供等 により、限られた施設や高度な技術を持つ人材を有効に活用する。

技術移転・人材育成支援
   産官学の研究機関からの要請に応えて、ポテンシャルを有する研究者、技術者を派遣 し、技術移転や人材育成を行う。
   しかしながら、このような支援業務については、個々の研究現場に委ねることは困難であり、政府としての組織的な取り組みが必要である。このため、傘下に多種多様な機関や豊富な人材及び大型・特殊施設を有する文部科学省が、研究支援機能を緊急に構築し、我が国産学官の研究者の総合的な支援を開始することが効果的である。

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