第1章 基本的考え方

1.防災分野における研究開発の現状

 防災分野における研究開発は、自然災害によってもたらされる被害を予測し、これらを未然に防止・軽減する措置を講じるとともに、被害発生後は、迅速、的確な対応により、被害の拡大を防ぎ、救援・救助、更には復旧・復興に資することで、国民の生命及び財産を守ることを目的とするものであり、その性格上、必然的に課題解決型の要素が強い分野となる。
 地理的・地質的・気候的に自然災害が多発する地域に位置する我が国において、防災分野の研究開発は他の分野の安定的発展を支え、安全・安心な社会を構築する上で必要不可欠な基盤分野である。さらに、他の研究開発分野と比較した場合、産業のシーズにはなりにくい面があり、その成果の利用者も公的な団体が多い。したがって、今後とも積極的に国が推進していかなければならない。
 第2期半ばに定められた「防災に関する研究開発の推進方策について(平成15年3月)」では、危機管理・都市防災のあり方に見直しを迫った阪神・淡路大震災(平成7年1月)、三宅島噴火(平成12年7月)等の教訓を踏まえ、第2期分野別推進戦略と防災関係機関等からのヒアリングに基づき、7つの重点研究開発領域と5種類の防災への活動プロセスに分類された重要研究開発課題を提示し、防災への研究開発を推進することとした。このような状況の下で、実大三次元震動破壊実験施設が平成17年3月に完成し、同3月には、地震調査研究推進本部地震調査委員会から全国を概観した地震動予測地図も作成、公表されている。また、人口や情報、社会的資産などが集中する大都市における地震対策の一層の充実・強化が必要との認識が高まってきており、詳細な地殻構造把握のための調査研究や、災害対応戦略の研究なども進められてきている。さらに、緊急地震速報も平成18年度中の実用化を目指した取組が進められている。本分野における研究開発は一定の進捗を見せていると言ってよい。
 一方で、近年我が国の内外で発生した巨大自然災害は、防災分野における新たな研究課題を提示してきた。2004年新潟県中越地震や平成18年豪雪では、山間部等における災害対策や情報伝達のあり方とともに、高齢者、要介護者等の災害時要援護者の救援策に対しても一考を迫るものであった。また、2004年スマトラ島沖大地震及び津波は、地震そのものの規模がまれに見る大きさであったことに加え、情報伝達手段の整備や、住民への教育などの防災対策の取組の遅れもあり、被害が一層拡大した。このように、過去の災害によって顕在化した課題を踏まえつつ研究開発を進め、我が国の防災対策の充実に反映させるとともに、国際協力を通じてその成果を普及させていくことが重要であると考えられる。

2.推進方策の位置付けと基本方針

 本報告書は、第3期科学技術基本計画に基づき、総合科学技術会議が策定した分野別推進戦略を実施する上で、文部科学省として進めるべき重要研究開発課題、研究開発推進にあたっての重要事項等を示したものである。
平成15年3月に策定された前回の「防災に関する研究開発の推進方策について」が「今後10年程度を見通した上で当面5年程度について」の重要事項を定めていること、また、第3期科学技術基本計画及びそれを踏まえた分野別推進戦略における防災分野の研究開発に関する基本的な現状認識等についても、共通する点が多いことを勘案し、基本的には前回の推進方策を踏襲しつつ、平成15年3月以降に生じた状況の変化を踏まえ、現状の戦略に沿う形で推進方針及び重点課題を修正する方向で策定を進めた。
 なお、方針の修正にあたっては、第3期科学技術基本計画が科学技術の戦略的重点化を進めていること、分野別推進戦略が選択と集中の戦略理念の下で策定されたことを考慮し、重要な研究開発課題の中でも特に重点的に推進する必要のある課題については明記の上、該当分野の中でも特に強力に研究開発を推進することとした。

3.推進方策の基本的考え方

 1、2を踏まえ、推進方策を策定するにあたっては、以下の点を基本的考え方として、現状の課題を把握し、課題解決のために求められる研究開発をニーズの視点から捉え、その重点的推進を目指すものとする。

(1)社会の防災力の向上への貢献

 防災に関する研究開発全体の目標は「災害を防止・軽減する」ことである。その成果は、政府、地方公共団体、企業、家庭、個人等を通じて社会に適用されて初めてその価値を発揮する。個々の研究開発の推進にあたっては、社会のニーズを的確に把握し、それらに対応する目標を定め、これを達成するための計画を策定して実施する必要がある。
 社会のニーズを反映した研究開発を行い、研究成果を社会に還元するにあたっては、急速に進展する高齢社会における災害時要援護者の増大、快適利便な生活様式の普及に伴い、災害によりそれが突然崩壊した時の脆弱性の増大、地域コミュニティが崩壊しつつあることによる地域防災力の低下などの社会的趨勢を勘案しながら、種々の具体的な研究課題を設定し、社会の防災力の向上に寄与することが重要である。
 防災分野における研究開発の活動は、後述のように、「実証データを収集する」、「データベース化する」、「災害のメカニズムを明らかにする」、「災害を予測する」、「防災力を向上させる」の5つに分けて整理することが可能であり、これらを念頭に研究開発を進めていくことが有益である。
 また、研究開発の成果は、実際の社会に還元できる内容を備えるべきであり、ユーザーが長期にわたって利用しやすいものでなければならない。このためには、防災対策を実施する地方公共団体、NPO等と協同して研究開発を進めることを考えなければならない。研究開発の内容によっては、成果の社会還元のため、企業の商品やサービスとして広く提供することを検討すべきものであると考えられる。企業も加わった共同研究開発や民間外部資金の導入も、従来必ずしも活発とはいえないが、これらは産業化や成果の社会還元に資するものであり、さらに、研究開発 活動の活性化にもつながることから、積極的に推進すべきである。
 このように、防災分野の研究開発では、社会に適用可能な成果の創出が重要であり、目的志向を特に明確にすべきであるが、その目的を達成するためには、自然現象・災害メカニズムの解明や観測研究を支える計測技術等の基盤的な技術の開発が基礎となる。目的志向型研究と基礎的、基盤的研究の両輪が有機的に連携して進められることが重要である。

(2)幅広い分野間の連携による総合科学技術として推進

 災害を引き起こす外力は専ら自然的要素であるが、被害の発生には社会的要素が深く関わっている。災害の防止・軽減のためには、自然現象の解明・予測や社会の脆弱性把握から、災害発生のメカニズムの解明、防止技術の開発と社会への適用、災害時の対応、災害からの復旧・復興までを含めた広範な研究の融合を欠くことはできない。このうち、災害のメカニズムの解明やそれに対応する対策技術等理学・工学的な研究開発が重要であることはいうまでもないが、理学・工学・情報科学の連携で進められる防災分野の研究開発の成果が実際に社会に適用されるためには、政策展開、法令、行政組織、金融・保険・経済制度、災害実務、教育、情報システム、環境への配慮等、現実の社会の仕組みに踏み込む必要があり、人文科学・社会科学的なアプローチも不可欠である。
 さらに、例えば2004年新潟県中越地震においては、地震と豪雨という複合的要因によって土砂災害が発生したが、複数の自然災害を有機的に結びつけた検討なくしては、対策技術の高度化が困難な場合も多い。多岐にわたる分野間の融合・連携を図りつつ、研究開発投資の戦略的重点化を進めていくことで、災害の予測から復旧・復興に至るまでの幅広い分野において、統一的かつ効果的な研究開発の推進が期待される。

(3)防災関係機関との連携強化と成果等の普及

 防災分野の研究開発成果の社会への適用、普及を促進するためには、研究開発の初期の段階から目標と用途を明確にし、国や地方公共団体等の防災関係者と連携して、研究開発を進めていくことが有用である。すなわち、防災分野における研究開発の一環としても、地方公共団体の防災実務者をはじめとする利用者のニーズを把握し、成果の参照や利用を支援するとともに、防災への有効性について検証を行い、その情報に基づいて技術を改善・高度化していくという循環的過程が必要である。そのためには、大学、独立行政法人、試験研究機関、地方公共団体、企業、NPO等組織間の連携を積極的に進めなければならない。
 また、防災分野の研究は内外の新たな災害の発生等を契機として全く新しい展開を見せる場合もある。そのような新たな課題に対して迅速かつ的確に取り組んでいくためにも、防災と科学技術行政、国と地方公共団体、行政と市民等分野と組織の枠を越えた連携を積極的に進めていくことが有用である。

(4)地震災害への重点化とその他の災害への取り組み

 我が国は環太平洋の一角に位置し、プレート境界等の地殻構造が非常に複雑で動きも活発であるとともに、アジアモンスーン地域に位置して降水量やその季節変動が比較的大きい気候風土の中にある。これまでも、地震をはじめ、火山噴火、豪雨、高潮、地滑り、豪雪等による様々な災害に見舞われ、多くの人命・財産が失われてきた。
 特に地震については、発生の際の人的・物的被害は甚大である。地震災害の防止・軽減には国を挙げて優先的に取り組むべきであり、今後も重点的に研究開発を実施すべき課題が多い。火山噴火についても、その影響が広域かつ長期にわたる可能性があり、研究開発を着実に進める必要がある。
 また、豪雨、高潮、地滑り等による災害は、地震や火山噴火による災害よりも頻度が高く、その対策とそのための研究開発も欠かすことはできない。特に、モンスーン地域としての日本は地球温暖化等の気候変動との関連でそれらの災害が将来頻発する可能性がある。
 さらに、たとえ防災インフラの整備が進んでいたとしても、都市部における人口集中は破壊効率の拡大を招く可能性があり、結果としてリスクの増大を生むことになる。このことを踏まえ、都市の脆弱性、都市における災害の複雑さや特殊性に関する研究開発にも取り組んでいく必要がある。
 このような観点から、第2章では、研究開発の目標を提示し、国が中心となって特に重点的に取り組むべき研究開発領域を明確にするとともに、現下の防災に関する研究開発状況を反映した今後取り組むべき重要な研究開発課題を掲げることとした。

(5)研究開発基盤の強化と競争的資金の拡充等研究開発環境の整備

 防災分野の研究開発においては、災害の外力となる自然現象を可能な限り忠実に再現した実験等、大規模な施設、設備を用いた研究や、自然現象の解明のために広範な観測データを必要とする研究も多く、そのための施設・設備の整備、観測の充実やデータベースの整備、さらには最新の情報通信技術を活用したこれら実験・観測等の高性能化、研究開発の効率化が重要である。これらの施設・設備やデータベースの整備と維持、運用には多くの人員と多額の経費を継続的に必要とすることから、省庁間の連携を推進し、計画的・重点的に実施するとともに、それらの共用を従来にも増して積極的に推進しつつ、その成果を広く共有していくことが必要である。
 さらに、防災分野は、複合的・境界的分野であるため、既存の学問分野の中に包含されないものが多い。したがって、既存の学問分野にはとらわれないで、防災分野として固有の競争的資金を確保できるようにすることが望ましい。

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