第2章 地球環境科学技術推進の基本的な考え方

2.1 地球環境科学技術の推進に関する基本姿勢

 戦後の急速な経済成長により、公害が社会問題化したことを背景として、我が国の環境政策の主眼は当初国内の公害対策に置かれたが、その後、地球環境問題が顕在化してきたことに伴い、環境政策の視野は国境を越えて地球規模へと広がってきており、環境問題に取り組む科学技術についても、地域レベルからグローバルな視点を持つようになってきている。また、環境分野の科学技術が扱う課題は、環境影響評価とその対策から、発生メカニズムの解明と影響の予測、さらには防止を含むようになってきており、環境保全・環境創造を目指す科学技術へと進化してきている。同時に、環境問題の広域化、グローバル化を受けて、地球環境科学技術が果たすべき社会的役割が益々大きくなっている。
 地球環境問題は国際政治の主要議題となっており、京都議定書による温室効果ガス削減目標の設定が各国の経済成長に与える影響の議論に見られるように、国際的な議論、活動の方向が我が国の将来に与える影響は大きい。このような認識の下、我が国としては、地球環境科学技術に関する強みを最大限に活かし、地球環境問題の解決に向けた国際社会の取り組みに積極的に参画し、これらを先導していくことが重要である。例えば、地球温暖化に関しては、我が国の優れた予測研究の成果を提供することにより、温暖化防止のための合理的な意思決定の基礎の形成に貢献することができる。
 また、環境対策技術の創出は、産業界の国際競争力の源泉ともなるものであり、地球環境問題の解決のみならず我が国の経済発展にも大きく寄与しうるものである。
 このような地球環境問題への対応において、我が国が先導的役割を果たすためには、我が国自身が将来のあるべき社会についてのビジョンを確立し、そこからのバックキャスティングにより問題解決のためのロードマップを策定する必要がある。我が国の地球環境科学技術に関わる取り組みは、このロードマップの中に明確に位置付けられなければならない。

2.2 地球環境科学技術の特性と展開の方向性

 地球環境科学技術は、人類の生存基盤である地球環境の保全あるいは改善に直接結びつくものであり、他の分野に比べて問題解決を目指す視点からの取り組みが特に必要とされている。言い換えれば、目的志向性の強い科学技術という性格を持つ。その一方で、基礎科学もその中で極めて重要な役割を果たしており、目的志向性との間の適切なバランスが必要とされている。例えば、地球環境の変化に関する長期にわたる研究観測や、変化の予測のためのプロセスに関する基礎的研究は、地球環境の変化がもたらすリスクの特定やそれが顕在化するメカニズムの解明のために不可欠なものである。また、対策の面でも、環境改良技術にはブレークスルーをもたらす基礎研究が必要とされる。
 ますます深刻化、複雑化する地球環境問題への解決に向けた研究を、応用研究とそれを支える基礎研究の両面から発展させるためには、地球環境変動の予測など異なる学問分野の解析手法の統合を必要とする新しいタイプの科学の振興から、問題に直接アプローチすることを試みる各種プロジェクト研究、さらには研究に必要なデータを取得する観測と、そのデータを整理し、意味のある情報に変換するデータシステムの構築、人材交流といった基盤的活動の強化まで、多種多様な取り組みを同時に推進することが求められ、そのための適切な資源配分が必要となる。
 さらに、地球環境科学技術の推進に当たっては、地球全体を見渡した俯瞰的思考・調整と個別の地域、分野の事情に焦点を置いた分散的認識対処の統合が要求される。この統合に向けては、つぎの3つの異なる視点からの統合的アプローチが必要となる。
 まず第一は、学問分野的統合である。地球環境問題は、自然と人間の相互干渉から起こることから、その解決には、自然を記述する自然科学、人間の活動を解析し、社会制度・文化を構築する人文社会科学、人間から自然へと働きかける技術のすべてを統合する必要がある。従って、地球環境科学技術については、従来型の個別学問分野からの限られた視野をもつアプローチでは不十分であり、分野横断的な取り組みが要求される。特に、問題解決のための理念から個別技術の活用方法までを総合した戦略と、それを提案できる人材の存在が重要となる。
 第二は、具体的な環境問題への対応としての手法的統合である。手法的統合には、問題の構造理解や対策効果の予測などに対する学術的アプローチ手法の統合と、その解決に向けた社会的行動手法の統合の両者を考えねばならない。学問分野的統合によって現象の観測から挙動のモデル化、対策の効果予測といった学術的アプローチの統合をはかることができる。解決に向けた社会的行動手法には、技術的対応から規制政策的手法や経済的誘導手法などさまざまな手法を統合したアプローチが必須となりつつある。
 第三には地域的な最適性への取り組みと、全体の枠組みでの最適性からの調整が必要となる。地球環境問題については、問題発生の当初はその所在は地域的で、その中で少しずつ形を変えて起こる事象の積み重ねによって顕在化する。問題が地球規模に広がると、国際社会のレベルでの思考・分析、解決に向けた調整と協力枠組みの構築が必要となり、最終的な解決策としては、国際的に合意された枠組みの下で地域的な行動を積み重ねていく必要がある。言い換えれば、地域に分散し、自立して、自律的に活動する主体が、多岐にわたる手段を駆使して共同で問題に当たり、その結果を地球規模で共有することが求められる。このような手法的・地域的統合を図る具体的局面においては、我が国の地政学的立場を十分に踏まえることが重要である。

2.3 文部科学省の役割

 地球環境問題の解決への貢献は、我が国の科学技術政策の柱の一つである。科学技術に関する基礎的、基盤的な研究開発を総合的に推進する文部科学省は、第3期科学技術基本計画に則り、地球環境科学技術の発展に向けて積極的に取り組む必要がある。
 文部科学省は、科学研究費補助金、科学技術振興調整費、科学技術振興機構による戦略的創造研究推進事業といった各種の研究推進・支援制度や、宇宙科学技術、海洋科学技術など地球観測をはじめ幅広い分野のインフラを提供する大型プロジェクトを所管するとともに、我が国の研究人材の多くを抱え、学術研究と人材養成を行う大学の振興を担当している。このように、我が国の研究基盤の多くを支える文部科学省は、2.2節に示された地球環境科学技術の特性と展開の方向性を踏まえ、それが有する政策手段を総合して地球環境科学技術に関する研究開発及び人材育成を進める必要がある。その際、財政的措置を含め、多面的且つ継続的に地球環境科学技術を支える体制が重要であることに留意すべきである。

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