3. 脳科学研究の効果的な推進体制について

1.研究者の自由な発想に基づく学術研究、政策に基づき将来の応用を目指す基礎研究及び政策課題対応型研究開発の役割

 人類の英知を生み知の源泉となる基礎研究22は、人類共通の財産として蓄積されていく研究活動であり、地道で真摯な真理探究と試行錯誤の蓄積の上に実現されるものである。このような基礎研究には、研究者の自由な発想に基づく研究(科学研究費補助金等)と、政策に基づき将来の応用を目指す研究(戦略的創造研究推進事業等)があり、それぞれの意義を踏まえて幅広く、着実に、かつ持続的に推進する必要がある。

 また、第3期科学技術基本計画の下、「明日への投資」である政府研究開発投資の効果を最大限に発揮するためには、基礎研究の着実な推進とともに、政策課題対応型研究開発23(脳科学研究戦略推進プログラム等)の戦略的重点化が必要である。

 脳科学研究に寄せられる社会からの期待の高まりに応えつつ、脳科学が長期的な展望のもとで持続的な発展を遂げるためには、このような研究者の自由な発想に基づく学術研究、政策に基づき将来の応用を目指す基礎研究、及び政策課題対応型研究開発を、並行的かつ相補的に推進し、効率良く成果を社会に還元するとともに、脳科学研究に対する国民理解の増進に向けた取組を強化することが期待される。

 また、基礎研究の成果の中から、社会的要請や緊急性の高いシーズが、政策課題対応型研究開発に結びついていくことが期待される一方で、政策課題対応型研究開発を実施していく過程において発見された新たなテーマについては、再度、基礎研究に立ち戻って研究を推進することも期待される。

1-1 研究者の自由な発想に基づく学術研究

 個々の研究者による自由な問題提起や創意工夫を尊重するボトムアップ型の研究が、科学の発展にとって極めて重要かつ必須であることは論じるまでもない。それに加えて、脳科学は、本質的に「研究の学際性」という特徴を有すことから、生物学や医学にとどまらず、薬学、工学、情報学、化学、農学、物理学、数学等の自然科学の領域から、哲学、心理学、教育学、社会学、倫理学、法学、経済学等の人文・社会科学の諸領域にまで及ぶ学際的・融合的研究を展開していくことが必要不可欠である。

 そのためには、研究者の自主的な研究進展を尊重した脳科学研究の推進体制を構築することによって、多様性に富んだ脳科学の裾野を広げるとともに、新たな研究領域の開拓・醸成をも視野に入れた研究展開を図ることが重要である。厳しい国際競争の環境下で、急速な学問的進展を先取りし、国際的潮流に適切に対応しながら効果的に研究を推進する必要がある。一方で、革新的な進歩を目指すためには短期的な成果にとらわれず、独創的な仮説を検証するための試行錯誤を許容することも必要である。

 このような研究を推進するためには、大学の独自性や特色を活かし、学際的・融合的研究の活性化を担う多様性に立脚した分野融合型研究教育の拠点となる組織を構築するほか、大学共同利用機関法人が、全国に分散する研究者を大規模に組織化するネットワーク型の共同研究拠点を形成し、研究者主体で中・長期的な観点から新たな研究領域の開拓に資するプログラムやプロジェクトの企画や運営を行う機能を強化するとともに、研究者主体の企画・運営により、外部研究資金(extramural funding)による研究を推進すること等が期待される。

1-2 政策に基づき将来の応用を目指す基礎研究

 政策に基づき将来の応用を目指す基礎研究は、社会的・経済的ニーズを踏まえて国が定める政策目標の実現のためにイノベーションの創出を目指すトップダウン型の研究である。特に、現在の脳科学分野における米国の成功は、国家レベルでの研究システムの構築と運用が有効に行われていることに起因すると分析されており24、我が国が世界に伍していくためには、政策に基づき研究システムを整え、戦略的に基礎研究に取り組んでいくことが必要である。

 このような政策に基づき将来の応用を目指す基礎研究を推進するためには、機動的に大規模な研究体制の構築を行う中核研究拠点としての役割が期待される研究開発独立行政法人において、国として戦略的に推進すべき重要な課題に焦点を当てた、戦略的な目標設定を行い、その規模や柔軟な人事制度の特長をいかし、国内外の人材と広範な研究手法とを結集して、世界に伍して目標達成に向けて効果的に集約型・戦略的研究を進めることが期待される。

 また、CREST等を活用し、科学技術政策の観点から飛躍的な発展が期待される研究を選定し、代表研究者の創造性、先見性、先導性を活用した機動的な研究チームにより研究を推進することが期待される。

 このような国の政策に基づき将来の応用を目指す基礎研究の充実のためには、多様な、研究者の自由な発想に基づく研究の基盤からシーズを迅速かつ的確に汲み上げるシステムの存在が前提となる。

 脳科学の研究分野で次々と発見される新たな成果を可能な限り迅速に、かつ効率的に信頼される形で社会に還元するためには、このような政策に基づき将来の応用を目指す基礎研究を恒常的に実施していく必要がある。しかし、脳科学研究の有効性が発揮できている部分はいまだ萌芽的な段階であり、基礎研究の成果が完成された形で社会へ還元されるまでには、まだ相当の時間がかかると思われる。

 したがって、性急に応用を求めるのではなく、あくまで応用を目指した基礎研究として優れた研究を格段に進展させることが重要であり、次の政策課題対応型研究開発とは異なるものとして扱うべきである。また、脳科学の特質である「研究の学際性」をさらに促進するためには、政策に基づき将来の応用を目指す基礎研究の効果的な活用が重要である。

1-3 政策課題対応型研究開発

 政策課題対応型研究開発は、「明日への投資」である政府研究開発投資の効果を最大限に発揮するため、社会への貢献を見据え、明確な目標に向かって集中的に資源を投入するトップダウン型の研究開発であり、多数の研究者の総力を結集した大規模な研究ネットワークを形成するチーム型の共同研究や、政策課題ごとに拠点を構成して遂行する拠点型研究等がある。

 脳科学研究は、現代社会が直面する様々な課題の克服に向けて、社会からの期待や関心は極めて大きいことから、社会への貢献を明確に見据えた研究を戦略的に推進し、効率良く成果を社会に還元する必要がある。

 したがって、社会への貢献を明確に見据えた脳科学研究の推進に当たっては、我が国全体の厳しい財政状況を鑑み、脳科学研究のどの部分が未成熟で、どの側面を特に強化していくべきかを十分に整理した上で、政策課題対応型研究開発として、平成20年度から開始された脳科学研究戦略推進プログラムのように、当面は期限付きの研究プログラムやプロジェクトとして出発することが適切である。

 しかしながら、基礎研究を確実に社会に還元していくためには、こうした研究開発の継続性の担保及びその後の制度的システムへの移行も視野に入れた検討が必要である。また、こうしたプログラムやプロジェクトについては、個々の政策課題に応じて、我が国の最先端の研究グループが協働で参画する推進体制が望ましい。

 また、政策課題対応型研究開発の推進に当たっては、社会・産業的価値に繋がるシーズ創出事業等を展開することで、研究成果を次のフェーズに繋げる、すなわち、基礎研究から応用研究へ、さらにそれに続く実用研究にどのように繋げていくかを、常に検討しながら研究開発を進めることも必要である。

  1. ライフサイエンス分野「科学技術・研究開発の国際比較」2008年度版 p.30(独立行政法人科学技術振興機構研究開発戦略センター)
  2. 「学術研究の推進体制に関する審議のまとめ」(平成20年5月科学技術・学術審議会学術分科会研究環境基盤部会)
  3. ライフサイエンス分野「科学技術・研究開発の国際比較」2008年度版 p.29(独立行政法人科学技術振興機構研究開発戦略センター)

2.我が国における研究推進基盤としての大学

 大学における研究は、研究者の知的好奇心と自由な発想を源泉として真理の探究を目指している。現在、脳科学研究に携わる大多数の研究者は大学に所属しており、近い将来こうした配置が変わることは想定されていない。したがって、将来の脳科学の更なる発展には大学における研究の発展が不可欠であり、脳科学の持つ最大の特徴である学際性・融合性をいかし、多様な視点から自己組織的に融合を試みる場として、個々の大学が適度な競争環境の中、得意とする部分で研究を推進するとともに人材を養成するといった、多様な自由発想に基づく「自己組織型」の研究教育体制をさらに発展させることが望ましい。

 また、脳科学の学際性・融合性といった特徴や、総合的な展開の様相をみると、今後は、大学における研究の多様性を活かしつつ、複数の研究拠点における研究活動を大規模化することで、研究活動を活性化しその効率を高めることが期待される。さらに、学際性・融合性を特徴とする脳科学の裾野の広がりや、若手研究者が独立して研究を行う場の確保に配慮しつつ、大学の特色をいかした研究拠点を形成することが望ましい。

 大学の独自性や特色をいかし、大学内における理工学・生命科学・医学と人文・社会科学の学部の連携により、学際的・融合的研究の活性化を担う多様性に立脚した分野融合型研究教育の拠点となる組織を構築し、大学共同利用機関、研究開発独立行政法人等とともに、他の大学と連携して、中・長期的視点に立った共同研究・人材育成システムに根ざした研究体制を構築することが望ましい。

 また、大学の附置研究所は、学生に対する教育の体系を基本として設置される学部・研究科等と異なり、研究上のミッションを掲げて特に設けられる組織である。これらの研究組織は、優れた研究の芽をさらに発展させる場として特定分野の研究を組織的・集中的に深め、先端的な研究課題に自発的に取り組んだり、個々の学部・研究科などでは実施が困難な多分野にまたがる総合的な研究体制を構築し、細分化された研究の組織化や新たな研究領域の開拓、課題解決に向けた総合的なアプローチを行ったりする等、各大学における特徴的な研究の発展に大きく寄与している 25。こうした特長を踏まえ、機能の充実を図ることが重要である。

3.研究機関等における研究推進体制と効果的な連携の在り方

 このような大学における自由な発想に基づく「自己組織型研究」を有機的に結びつけるためには、大学共同利用機関(生理学研究所、基礎生物学研究所等)が、個々の大学では設置が困難な研究機器等の共同利用の仕組みを提供するとともに、国内の脳科学研究者を大規模に組織化し、異なる領域にもまたがる研究者ネットワークを構築して、独創的・先端的な研究を推進・先導していくことが期待される。そのためには、大学共同利用機関法人(自然科学研究機構等)が、こうした大学共同利用機関における取組を支援し、研究者コミュニティーの合意形成を図りつつ、新たなネットワーク型の共同研究拠点の形成を推進する等のイニシアティブを発揮することが望ましい。

 また、より戦略的な観点から研究を効率的に展開するためには、個々の「自己組織型研究」では実現不可能なクリティカル・マスを越えた「集約型・戦略的研究」を行うべく、機動的に大規模な研究体制の構築を行う中核研究拠点が必要である。柔軟な組織体制を整備し、戦略目標に向かって人材と資金を集中投入することで、研究を機動的に進める研究開発独立行政法人(理研BSI等)が、こうした役割を担うことが望ましい。

 さらに、脳科学分野における我が国の研究水準は高く、質において欧米諸国と比肩する26と言われている。国際的な脳科学コミュニティーの発展への更なる寄与や、アジア諸国への脳科学の普及振興の世界的拠点への展開を目標として、国内の研究組織が、それぞれの役割に基づき有機的な連携協力を行い、効果的かつ主導的な国際協力体制を構築することが期待される。

 また、脳科学研究は、疾患の克服等により社会への貢献が明確な分野であり、大学病院等における臨床医学との連携や、脳科学研究の知見を基盤とした先端的な製品開発への展開を視野に入れた産業界との連携強化を意識しつつ、研究推進体制を構築していくことが必要である。

 なお、以下では、脳科学研究の推進体制及び効果的な連携の在り方等について提言するが、各機関においては、それぞれの枠組みに閉じこもることなく、積極的に協力し脳科学研究を共同して推進することが望ましい。

3-1 大学共同利用機関(共同利用・共同研究、ネットワークの中核)

 大学共同利用機関は、個々の大学では整備や維持が困難な大型研究機器や設備等を全国の研究者の利用に供するとともに、世界に先駆けて独自の先端技術等の共同利用が可能となる環境を創出し、脳科学の持つ特徴である学際性・融合性をいかした異分野連携に基づく共同研究を推進すること、さらにはこうした異分野連携研究を先導する人材の育成に努めることが期待される。また、実験動物利用のネットワーク形成を図るべく、脳科学研究の推進に必要不可欠な霊長類等の実験動物リソースの開発や提供を行うとともに、実験動物の取扱い等に関連した教育活動を行うことが期待される。

 こうした機能を十分に担うため、脳科学研究のための新しい推進体制の構築が望まれる。例えば、大学共同利用機関法人が、大学間の異分野連携の取組を促進するため、全国に分散する研究者を大規模に組織化するネットワーク型の共同研究拠点を形成する等のイニシアティブを発揮することが望ましい。これにより、研究者主体で中・長期的な観点から新たな研究領域の開拓に資するプログラムやプロジェクトの企画や運営を行う機能を強化するとともに、研究者主体の企画・運営により、外部研究資金(extramural funding)による研究を推進すること等が期待される。

こうしたネットワークの特長は、脳科学研究の将来の方向性を見据えて、研究者自身が、国内外の研究動向を常に把握し、取組の強化が必要と判断した課題解決に向けて、共同研究の組織化に向けた企画を主体的に行う点である。これは、大学における自由な発想に基づく「自己組織型研究」から新たに生まれてきた萌芽的な研究シーズを、迅速に取り上げて育成するといった点で、柔軟性を持った研究推進につながることが期待される。

 また、長期的展望に立って、全国の大学や研究機関等との連携を図り、脳科学教育を統合的に推進するため、ネットワークの中核として、異分野連携を促進するモデル教育プログラムを先導する役割を担うことが望ましい。

3-2 研究開発独立行政法人(集約型・戦略的研究、国際的研究拠点)

 研究開発独立行政法人は、その規模や柔軟かつ戦略的な人事制度の特徴をいかし、異なる分野をバックグラウンドに持った研究者を機動的に集め、主要な研究手法をカバーして「集約型・戦略的研究」を進めている。

 これまでは、「脳を知る」、「脳を守る」、「脳を創る」、「脳を育む」領域を重視することにより脳科学研究の方法と対象を広げ、その上で学際的・融合的な研究を推進してきたが、その結果得られたこれまでの成果をさらに飛躍的に発展させるため、さらなる新しい機動的な方針が求められる。すなわち、国として戦略的に推進すべき重要な課題、特に最先端の課題や異なる領域の融合を必要とする課題に焦点を当てた、戦略的な目標設定を行い、国内外の人材と広範な研究手法とを結集して、目標達成に向けて効果的に研究推進を行うことが必要である。

 また、こうした戦略目標に基づく「集約型・戦略的研究」により開発される蛍光及びPETプローブやそれらの合成技術、並びに遺伝子組換えマウス等の生物材料の基盤技術を大学等の研究機関に提供するとともに、戦略的な研究推進によって得られる最先端の研究成果を広く発信することで、我が国全体の脳科学研究の効率化・高度化に寄与し、それを牽引することが期待される。

 さらに、学会に留まらず産業界との緊密な連携交流や、研究成果の産業移転を積極的に図るとともに、欧米諸国の最先端の研究者との日常的な人的交流を通した国際的研究拠点として、我が国の脳科学研究における国際競争力の維持・強化に資することが期待される。

3-3 他省庁及び民間の研究機関等

 他省庁、地方公共団体、民間の研究機関においても、それぞれが独自の視点から個性的な脳科学研究を展開している。それらは固有の背景と目的を持ち、我が国の脳科学研究の進展において、重要な研究拠点を形成し、これまでに多くの優れた成果を生み出している。

 学際性・融合性を特長とし、医療・福祉・教育・産業等へ幅広い応用の可能性が期待される脳科学については、その裾野を広げ、新たな研究領域の開拓・醸成をも視野に入れた研究展開を図ることが重要であり、様々な特色をもった研究機関の独自性を活かしながら、相互に密接な連携を図り、人材の交流を積極的に推進することが望ましい。

 また、脳機能イメージングに用いる装置などの最先端の高額な研究機器設備の導入や、倫理審査体制の環境整備等に関して、研究機関間で機器・設備等の共同利用を図ったり、合同で倫理審査を実施する仕組みを構築したりするなどの効果的な連携に向けた工夫がなされることが期待される。

  1. 「学術研究の推進体制に関する審議のまとめ」(平成20年5月科学技術・学術審議会学術分科会研究環境基盤部会)
  2. ライフサイエンス分野「科学技術・研究開発の国際比較」2008年度版 p.29(独立行政法人科学技術振興機構研究開発戦略センター)

4.グローバル化への対応

 研究のグローバル化が急速に進展する中、長期的・定常的な人材の交流と教育に基づく、研究者個人及び機関対機関の国際連携を積極的に展開し、国際共同研究や情報交換を迅速化・効率化することが、地理的に欧米諸国と離れている我が国の国際戦略として必要不可欠である。大学における研究と教育が密接にリンクした組織形態を積極的に活用することにより、多様な研究者群との連携をさらに推進する。また、最先端の研究者を糾合した国際競争力の高い拠点を強化することにより、我が国における先進的な国際的研究環境を構築し、世界のトップレベルの研究拠点との日常的な人的交流を通した戦略的な国際ネットワークを形成することが必要である。

 また、世界各国からの留学生に対する研究指導人材としての育成を通じて、母国での脳科学の研究振興における主導的役割を担う活動を支援することも有効である。さらに、特に時差・地理的な距離が少ないアジア諸国と連携して共同研究や人材育成を図っていくことも、我が国の重要な国際戦略の一つであると言える。

 大学共同利用機関は、大学の研究者を対象とする国際共同研究事業の充実により、複数の大学や機関にまたがる国際共同研究を促進させることが期待される。特に、国際共同研究の必要性を課題に応じて判断し、迅速に支援を実行できるような体制整備が必要である。また、こうした国際共同研究事業との相乗効果が期待される小・中規模の国際研究集会や情報交換セミナーの企画・運営等を通じて、機動的な国際ネットワークを形成するとともに、アジア諸国を中心に大学院生やポストドクターを積極的に受け入れ、帰国後も持続的に研究交流が行えるような環境や仕組みを整備することが期待される。さらに、有力な外国人研究者等に対して、研究の機会を与えて新たな共同研究を推進することにより、国際的な人材育成に貢献することが望ましい。

 研究開発独立行政法人は、世界のトップレベルの研究拠点との人事面も含めた研究交流を通じ、国内における国際的な研究環境を実現し、我が国の研究者コミュニティーへの国際的求心力を形成する。これにより、世界の一流機関に伍した中核的かつ国際的研究拠点として、海外から超一流の人材を糾合し、我が国の研究環境の水準向上に資する先導的・牽引的役割を果たすことが期待される。また、優秀な外国人研究者を我が国の研究活動に積極的に参加させるため、英語による事務処理を促進し、外国人研究者の生活支援といった国際的研究環境の確保に向けた更なる取組の充実が望ましい。さらに、こうした取組から培われる国際的な人的ネットワークを活用し、国際機関による取組の国内公式拠点として、我が国の国際戦略の展開に貢献することが期待される。

5.人材の流動化促進

 組織の規模や特徴に応じ、大学、大学共同利用機関、研究開発独立行政法人の間で、我が国全体の研究水準の向上を目指して、各機関がそれぞれの特徴をいかし、我が国からより多くの最先端の研究者を輩出すべく協調していくことが必要である。そのためには、大学、大学共同利用機関、研究開発独立行政法人等の各々の組織内及び相互の人材の効果的な流動性を更に確保することが重要である。

 現在のところ、大学共同利用機関や研究開発独立行政法人の研究者が大学に移ることが難しいとされる状況が存在する。また、大学共同利用機関や研究開発独立行政法人の一部では、好条件で大学の研究者を教授やチームリーダーとして戦略的に獲得するシステムが機能している部分もあるが、更にそうした方向の改革を広範に進めていくことが望ましい。

 こうした問題点を改善すべく、大学においては人材獲得のための努力に加え、柔軟な人事制度の導入・運用の検討を行うことが必要である。特に、広範な学問分野を系統的に学べる機会を学生に提供すべく、学生を指導する教員自身の多様性を確保するために、大学内・大学間だけではなく、大学共同利用機関や研究開発独立行政法人との間における人材の流動化を促進することが望ましい。さらに、少数の選抜された大学院学生を対象として指導的役割を担う人材を育成するプログラムや、脳科学と社会との接点を広げるための社会人を対象としたコースワーク主体のプログラムの充実も期待される。

 大学共同利用機関では、人材流動化の促進に向けて、客員教授や連携教授ポジションの人事制度を柔軟に運用するとともに、准教授・若手教授レベルの研究者が任期付きでサバティカル制度等を利用した研究に挑み、次なる研究展開を図れるような流動研究員制度を設けることが期待される。また、機関の裁量により、教授に昇進した研究者に対して長期にわたる研究費と人件費を配分することで、競争力の高い研究室を構築し、一定期間後にはこのような研究室を、一時的な人件費を含めて大学に移動させることも視野に入れて、大学との連携を強化することが期待される。さらに、国立大学法人総合研究大学院大学の基盤機関として、独自の大学院生の教育を行うとともに、大学から受託大学院生を受け入れるなど、大学と連携した大学院生教育を一層推進することが望ましい。

 研究開発独立行政法人では、5年ごとの厳しい評価を伴う任期制を導入することと引換えに、若手研究者を主任研究員に抜擢し、自由裁量とある程度の研究費を措置した研究環境を提供している。また、世界のトップレベルの研究拠点との効果的な連携の下、国際的な研究環境を持った中核的かつ国際的研究拠点として、将来の我が国の脳科学研究を担う若手研究者の育成を行っている。こうした若手主任研究員の流動化を促進するため、大学等の外部への転出を推奨し、大学との連携を強化していくことが望ましい。さらに、若手主任研究員の採用枠を充実させ、広範な学際的・融合的な脳科学分野における若手研究者の育成に資する拠点となることが期待される。

6.社会還元を目指した取組

 脳科学研究は、社会が高齢化し、多様化・複雑化も進む我が国において、医療・福祉の向上や社会・経済の発展に貢献できる研究分野の一つであるとともに、将来的には、乳幼児保育や教育が直面している問題等へ適切な助言を与えうる可能性があることから、現代社会が直面する様々な課題の克服に向けて、社会からの期待や関心は極めて大きい。したがって、社会への貢献を明確に見据えた脳科学研究を戦略的に推進するとともに、脳科学研究に対する国民理解の増進に向けた取組を強化することが必要である。

 また、国民理解の増進に向けては、様々な公開講座、市民講座、社会人教育プログラム等を利用して、責任ある正しい脳科学に関する情報発信を積極的に行うとともに、そうした知識を持つ人材を社会に多数送り出すことが望ましい。さらに、脳科学研究者と国民や教育者との双方向のコミュニケーションに取り組むことが望ましい。

 また、国際的な経済競争が激化する中、我が国においても、社会に新たな活力をもたらし、経済成長に貢献するイノベーションの創出が求められている。脳科学研究の成果は、例えば革新的な情報処理・操作システム、介護支援ロボット、産業ロボット等の開発を可能とすることから、それらを通じて新しい知見や技術に基づく産業を創出し、社会・経済の発展に資することが期待される。

 研究成果の社会への還元を進める上では、大学、大学共同利用機関及び研究開発独立行政法人が産み出した独創的なアイデアや知の芽を活用して、産業界の企業等と連携することが非常に重要である。特に、脳科学の持つ特徴である学際性・融合性をいかした効果的な異分野連携を契機として、産学連携のシーズが創出されることが期待される。

 例えば、大学等で行われている萌芽的研究を、企業との共同研究へと発展させることが極めて重要であり、産業界出資による寄付講座の設置、知的財産本部やTLOの強化、大学発ベンチャー企業への支援等を強化していくことが望ましい。

 また、脳科学研究を画期的に前進させる新しい先端的な技術開発や機器開発に向けて、特に、事業化の見通しが明確でないリスクの高い開発や、事業化に時間がかかる開発については、大学等の研究機関と産業界との連携により、基礎研究から実用化研究までのシームレスな取組ができるような支援を行う仕組みが必要である。

 さらに、精神・神経疾患の予防・診断・治療法の確立等に有用となる新しい技術開発を、効率良く実用化につなげるためには、臨床系研究者との連携や、大学病院の持つ資源・データの有効利用等の側面から、大学病院等を活用したトランスレーショナル・リサーチの推進が期待される。

 このほか、脳科学研究で得られた知見による社会・教育問題の解決に向けては、人文・社会科学と医学・生命科学関連の研究者の効果的な連携の下、実験心理学者や教育学者からの要請にこたえた取組を強化することが望ましい。

7.脳科学委員会の役割

 脳科学委員会は、平成19年11月、科学技術・学術審議会の下、研究計画・評価分科会と学術分科会学術研究推進部会との合同により設置され、長期的展望に立つ脳科学研究の基本的構想及び推進方策について、脳科学研究を戦略的に推進するための体制整備の在り方のほか、人文・社会科学との融合、さらには大学等における研究体制等の調査審議を行った。

 本第1次答申後も、答申に基づいた我が国の脳科学研究の振興や、研究開発の実施状況等の定期的な評価の実施、さらには研究の進展や社会状況の変化等に伴って生じる諸課題の検討が求められる。このため引き続き、科学技術・学術審議会に脳科学委員会を設置し、本第1次答申の見直しを含めて、脳科学研究の基本的構想や現状の問題点、さらには緊急に必要な事項などを定期的に検証・検討していくことが望ましい。

お問合せ先

科学技術・学術政策局 計画官付

電話番号:03-6734-3982(直通)

(科学技術・学術政策局 計画官付)