資料3-4 今後の環境エネルギー科学技術分野の研究開発の在り方(素案)

1  環境エネルギー分野の研究開発を取り巻く状況の変化

 2015年9月の国連サミットにおいて採択された「持続可能な開発のための2030アジェンダ」に示される「持続可能な開発目標」(SDGs)においては、気候変動、環境保全、エネルギー問題等の相互に関連する課題に係る、持続可能な世界を実現するための17のゴールと169のターゲットが定められた。このSDGsのコンセプトは、産業界や金融界を含む社会の各セクターにおいて広がりを見せている。

 なかでも気候変動は、国際的な関心の高い差し迫った課題である(※1)。2015年のパリ協定においては、世界全体の平均気温の上昇を工業化以前よりも2℃高い水準を十分に下回るよう抑えることと、1.5℃高い水準までとなるよう抑える努力を継続することを各国共通の目標とした。また、2018年には「気候変動に関する政府間会合」(IPCC)の「1.5℃特別報告書」において、人間の活動は工業化以降約1℃の地球温暖化をもたらしており、現在の進行速度では2030~2052年に1.5℃上昇に達する可能性が高いこと、1.5℃に抑えるためには人為的な二酸化炭素排出量を2050年前後に正味ゼロにする必要があること等が示された。さらに、本年9月にはアントニオ・グテーレス国連事務総長の呼びかけのもと「国連気候行動サミット2019」が開催され、2050年に正味ゼロ・エミッションを達成するための各国の具体的計画の持ち寄りが求められた。この場で77カ国が2050年までに温室効果ガスの排出量を実質ゼロとすることを表明しているように、近年の国際社会の趨勢は、2050年における正味ゼロ・エミッションの達成となりつつある。また、産業界においても、投資において企業等の環境問題対策等に係る情報開示を求めるESG投資が国際的に進んでいる(※2)。
 このような状況のなか、我が国としても国を挙げた喫緊の対応が求められている。我が国では、2016年の地球温暖化対策計画(2016年5月閣議決定)において温室効果ガスの2030年度までの2013年度比26%削減と2050年度までの80%削減を掲げており、さらにG20の議長国となった本年6月には、「パリ協定に基づく成長戦略としての長期戦略」(2019年6月閣議決定)(以下「パリ協定長期戦略」という。)を策定し、今世紀後半のできるだけ早期の脱炭素社会(ゼロ・エミッション)の実現目標を掲げた。この中でキーコンセプトとして「環境と成長の好循環」を提唱し、G20大阪首脳宣言(2019年6月)において政府間合意を実現した。また、同年10月には産業界、学術界、金融界の世界のトップリーダーを集めた3つの国際会議(※3)やグリーンイノベーション・サミット(※4)を主催し、気候変動問題における国を超えた産官学連携を我が国がリードする決意を示した。現在は、脱炭素化技術等について社会実装可能なコストを実現し、非連続なイノベーションを創出するための具体的戦略である「革新的環境イノベーション戦略」を、本年内の策定を目指し検討しているところである。
 また、パリ協定においては気候変動対策として緩和策のみならず適応策も位置付けるが、国内においても、昨年に気候変動適応法(平成30年法律第50号)が成立し、国、地方公共団体、事業者、国民が連携・協力して適応策を推進するための法的仕組みが整備された。同法では、国の気候変動適応計画や影響評価報告書の策定義務、また自治体の適応計画策定の努力義務などが定められるとともに、自治体による適応計画策定のための基盤的情報として役立つ気候変動予測等に関する科学的知見の充実と活用に係る国の責任が明示された。

 人間活動が地球に及ぼす影響は気候変動にとどまらない(※5)。2009年にヨハン・ロックストローム氏が提唱した「プラネタリー・バウンダリー(地球の限界)」に係る研究によれば、「気候変動」、「生物圏の一体性」、「土地利用変化」、「生物地球化学的循環」については、人間が安全に活動できる限界レベルに達しているとされる。アマゾンで大きな問題となっている熱帯雨林の大規模火災に代表されるように、人間の土地利用により雨林の植生が変化し、二酸化炭素の吸収源が激減し、熱帯雨林固有の多様な生態系が損なわれているほか、水や土壌の保全機能が失われ土地災害を引き起こす一因ともなっている。また、生活排水による水質汚染や埋め立て等は珊瑚を減少させ、地球温暖化の影響による水温上昇や海洋酸性化は珊瑚の白化を加速し、生態系の損失と温暖化の更なる悪化を引き起こす。我々が日々の生活で恩恵を受けているプラスチックは海洋や河川を汚染し、海洋生態系を揺るがす存在となっており(※6)、時を経て分解されたマイクロプラスチックそのものや、マイクロプラスチックが包含・吸着する有害物質の生命への影響が懸念されている。さらに、原油由来のプラスチックはその製造プロセスにおいて化石燃料を燃やし二酸化炭素を排出するため、エネルギー問題や気候変動問題の負荷ともなっている。こうした様々な問題の相乗作用(シナジー)と負の影響(トレードオフ)の関係にも留意する必要がある。例えば、1.5℃目標達成のための土地等の開発と生物多様性・環境保全等とはトレードオフ関係にある。我々は、環境エネルギー分野の多様で複雑に絡み合った諸問題と向き合わなければならない。

 環境科学技術及びエネルギー科学技術における究極の目標は、持続可能な社会の実現である。2050年度のゼロ・エミッション達成等をはじめとする様々な地球環境問題に係る高い目標を達成するには、環境エネルギー分野におけるすべての政策の基盤となる科学的知見の創出とともに、これまでの延長線上にない革新的イノベーションの創出が不可欠である。本年のノーベル化学賞には、リチウムイオン電池の開発者である吉野彰氏を含む3名が選ばれた。吉野氏による1983年当時の革新的な電極材料開発はリチウムイオン電池の実用化を後押しし、現代のモバイル社会を支える基礎となるとともに、再生可能エネルギーの普及を通じた環境問題への貢献も期待されている。また、革新的なイノベーションを社会実装や課題解決に結び付けるには、コスト低減の観点も含めた技術開発や経済性を補完するための政策作りも必要である。さらに、環境問題に対する倫理観の高まりや金融界・産業界におけるESG投資の普及も、イノベーション創出や社会実装に向けた流れを後押ししている。圧倒的な規模の研究開発分野への投資を行う中国や、社会システム全体として環境問題解決に力を入れている欧州各国が存在感を高めるなか、日本としても、政府一体となって機動的に対応し、高い科学技術力を活かして世界を牽引することが重要である。

2  文部科学省が推進すべき環境エネルギー科学技術の研究開発課題

 文部科学省では、気候変動や環境保全、生物多様性といった様々な地球環境問題やエネルギー問題の解決に向けた基礎・基盤的な研究開発に取り組んでいる。環境科学技術とエネルギー科学技術(※7)の双方が共通して貢献し得る重要課題の一つとして気候変動対策があり、主要な取組として、地球環境対策の基盤的技術による適応策への対応と、脱炭素化技術に係る基礎研究等の推進による緩和策への対応があげられる。今後は更に、現行の取組の成果も踏まえ、環境保全等の多様な観点からの基礎・基盤的研究を推進していくことも重要である。

1.気候変動対策に係る研究開発の推進

(1)気候変動対策に資する基盤的情報の創出

 気候変動等の地球環境問題への対策を議論する上での基礎となるのが、地球環境問題について実際に何が起きているかを観測・監視して現状を把握し、今後それがどう変化するかを予測し、我々の社会や経済にどのような影響を与えるかを評価する科学的知見である。これらは気候変動対策を推進する上で、IPCCや国連気候変動枠組条約(UNFCCC)(※8)等の国際的な枠組みや国にとっての基盤的情報であり、これを生み出すとともに実際の対策に役立てる技術の高度化が重要である。
 近年、気候変動予測や影響評価に係る情報の需要は更に高まっている。国や各自治体は、2018年の気候変動適応法に基づき気候変動適応計画を策定するために、将来的な気候変動による農業、水産、健康被害、異常気象等に関する影響評価等に関する情報を求めるようになった。また、近年の世界的なESG投資の取組の普及に伴い、企業等も環境リスクを踏まえた中長期的な戦略を立案するための情報を必要としている。企業等が多様な予測情報や影響評価情報に基づき持続可能な価値創造シナリオを生み出せるようになることは、ESG投資の更なる普及にも貢献する。このように、気候変動対策のための基盤的情報の高度化・精緻化に対するニーズは更に高まっており、国内の持続的な成長のために不可欠である。
 また、今後、パリ協定によるグルーバル・ストックテイク(※9)の仕組みに基づき、二酸化炭素の排出削減目標の達成に向けた各国の進捗を定期的に確認するため、各国がそれぞれの取組等に係る報告を行うこととなっている。これに基づき長期的な削減目標を精確に設定するためには、気候モデルの高度化や気候変動メカニズムの解明などによる気候感度(二酸化炭素が倍増したときの気温上昇)などに係る不確実性の低減が不可欠である。
 このような背景も踏まえ、気候変動に係る観測、予測・影響評価、情報発信の観点から、それぞれ以下の取組を推進する。
・(観測)気候変動や防災対策等の課題に対して、衛星や地上、船舶、航空機等を通じて気象や温室効果ガス等の地球観測継続的に実施する。
・(予測・影響評価)気候モデルの高度化等を通じて、気候変動メカニズムの更なる解明等の研究を進めるとともに、不確実性の低減により気候変動予測情報の精度向上などを図り防災・農業・医療分野等の影響評価、適応策等に活かす。また、利用者のニーズを踏まえた予測情報の整備も推進する。
・(情報発信)上記取組を通じて得られた科学的知見の充実を図り、国内外に広く発信し、地球環境に係る研究開発や企業や自治体等における適応策検討などのニーズに貢献する。これに向けて必要な地球環境ビッグデータ(地球観測・予測情報等)の学術、国際貢献、産業利用を促進するため、データ統合・解析システム(DIAS)の整備を進めるとともに、ニーズに応じたアプリケーション開発を推進する。
 このような取組に加え、我が国が先導してきた地球観測に関する政府間会合(GEO)の国際連携枠組みを活用するとともに、「フューチャー・アース」(※10)構想などを通じて国内外のステークホルダーとの協働による研究を推進する。

(2)脱炭素社会の実現に向けた研究開発の推進

 急速な脱炭素化等をはじめとした地球規模の課題解決には革新的なイノベーション(※11)が鍵となるなか、その前提となる基礎研究の推進は重要である。2018年にノーベル経済学賞を受賞したウィリアム・ノードハウスも、気候変動問題の解決に向けて、エネルギーやその関連分野の基礎科学技術に対し政府が支援を続けることは絶対不可欠であるとし、その上でどのような科学的発展が利益をもたらすことになるかはわからないため、「幅広く、賢く」投資することの重要性を強調している。特に、環境エネルギー分野をめぐる状況については、SDGsやTCFD等による社会的要請や、AI、IoT等の技術革新等による研究開発ニーズの変化など、激動・不確実性・複雑性・不透明性(VUCA)をはらむ時代の影響を受け、変化し続けている。未来への予測不可能性が高いなか、文部科学省としては、特定の分野に限定するのではなく、多様なシーズ創出に向けて幅広く投資をしていく必要がある。その際、材料、バイオ等の各領域の研究者による先端的研究手法を融合・駆使・発展させた挑戦的な取組への支援や、異分野との連携など新興領域の開拓も必要である。
 また、幅広い投資に加え、将来的に大きな社会的ニーズを生み出す課題について、基礎研究の段階からそのポテンシャルを見出し、長期的な視点で投資することも重要である。すなわち、これまでの科学的発展の延長線上の成果創出にとどまらず、将来のあるべき姿を描いてそこからバックキャストすることにより、社会を大きく転換するようなゲームチェンジングな革新的技術の創出に向けた研究開発の推進に取り組む必要がある。例えば、地球温暖化の解決や産業競争力の強化につながる次世代半導体等の日本が世界先端を誇る技術を活用した省エネルギー技術の研究開発も推進する。その際、社会実装に向けて、特定の部品の技術向上のみに着眼するのではなく、システムとして設計されたときの当該部品のパフォーマンスも見通した上で、システム全体としての機能の向上を図るような成果を創出する。
 このほか、水素やCCUS等のCO2削減ポテンシャルの高い技術分野をはじめとする重点化分野については、パリ協定長期戦略や「エネルギー・環境技術のポテンシャル・実用化評価検討会」の成果、また、「環境と成長の好循環」の実現に向けた戦略として現在検討中である「革新的環境イノベーション戦略」(※12)の成果を踏まえて今後更に推進する。

2.環境保全等に向けた多角的な研究開発の推進

 気候変動に加え、環境保全等の観点から求められる基礎・基盤的研究の推進も重要である。例えば、海洋プラスチック問題において、日本周辺の海に存在するプラスチックの分布状況等のデータを一元化し、情報提供ツールを開発することで、海洋汚染の実態把握や対推進策に役立てることができる。また、植物や微生物の能力や機能を活用し、バイオマス資源からバイオプラスチックを高効率に合成する手法の開発や、微生物の能力を活用し、海洋プラスチックごみや回収したプラスチックごみを高効率に分解する手法の開発等を通じて、プラスチックの代替素材の開発や回収素材の分解等のイノベーションを実現することができる。このようなプラスチックに係る課題解決をはじめ、環境エネルギー分野における多角的なアプローチにより、SDGsの目指す持続可能で多様性と包摂性のある社会の実現に貢献していく。

3  研究開発の推進に当たっての重要事項

 文部科学省の取り組む基礎・基盤的研究の成果が社会的な課題解決に結び付くよう、特に以下のような観点を重視しながら、研究開発の推進等に取り組んでいく。

(1)分野融合した幅広い知見による研究開発の推進(LCAの推進など)

 環境エネルギー分野における課題解決のためには、自然科学や人文科学、社会科学等との連携が必要である。例えば、エネルギー政策における「3E+S」(※13)の考え方にEthics(倫理)やEmpathy(共感)を追加するという議論に代表されるように、実際の社会における課題解決の場面では、技術のみならず、人文社会科学等の知が必要になる。このほかにも、気候変動対策と他政策分野との相乗作用や負の影響の関係の把握、社会的課題の分析や技術革新による課題の構造変化、政策による新たな需要の創出、研究成果の社会システムへの適合性等の検討が必要となる場合がある。このような複雑な課題を含む問題の解決には、分野を超えた対話と協働による研究開発が効果的である。その際、研究開発の目標設定をseeds-oriented(個別の研究振興型)からneeds-driven(目的志向)とし、分野融合による研究アプローチを推進し、課題解決に結び付けることも必要である。
 また、技術導入後のインパクトや社会実装の実現可能性等に係る評価の仕組みも重要である。脱炭素化技術等の研究開発においては、基礎研究のイノベーション創出という科学的合理性と同時に、得られた成果が社会実装され、既存技術を代替した際にどのような効果をもたらすかという社会的合理性にも配慮する必要がある。そこで、LCA(Life Cycle Assessment)により研究成果の将来的な経済・社会・環境への影響を算出し、その下での技術選択や、抽出された課題の基礎研究へのフィードバックを行うことで、研究成果が真に社会に求められる形となるよう誘導する手法も考えられる。その際、特定の企業に対する環境負荷等の評価のみならず、全体のバリューチェーンの中での最適化を目指す視点も重要である。 
 また、人文社会科学分野との連携による脱炭素社会実現に向けたシナリオ分析により、環境規制や制度等を含めた社会システムを提案していくことも重要である。

(2)関係省庁及び産業界との連携

 文部科学省の実施する基礎・基盤的研究は、関係省庁(経済産業省、環境省等)における実証研究や具体的政策に活用されることで社会に結び付くことが多い。例えば、文部科学省の持つ地球観測データや予測情報は、国や各自治体における治水や農林・水産に係る適応計画の策定のために活用される。また、脱炭素化技術に関する基礎研究の成果は、経済産業省や環境省の実施する実証事業等に橋渡しされることで、社会実装につなげることができる。これまでも、基礎研究等の多様な成果を他省庁の事業につなぐ仕組みづくりやニーズの共有等に取り組んできたが、今後は更に、基礎研究から社会実装までを見通した一貫した研究開発や研究成果の一層円滑な実用化に向けた体制を整える。具体的には、環境エネルギー分野のファンディング事業について、省庁を越えて政府一体となって基礎から実用化まで一貫したものとして運用する体制を構築し、切れ目なく研究開発を推進することが考えられる。これにより、実用化研究から創出される新たな基礎研究の開拓や基礎研究の早期実用化を見据えた支援、企業等との連携強化と研究成果の円滑な橋渡しなどが期待される。
 また、研究開発の加速に向けた産学官の連携強化も引き続き重要である。官民による環境エネルギー分野の投資の抜本的拡充との政府方針の下、国内外を問わず大学等研究機関と企業の連携による強固な産学官連携体制構築支援を行い、革新的なイノベーション・エコシステムの形成を図る。

(3)ESG投資を通じた金融界による研究開発投資の誘発

 環境エネルギー分野の研究開発への民間投資の促進も重要である。近年、G20の金融安定理事会により設立されたTCFD(※14)における議論やESG投資の拡大など、投資家が企業の環境面への配慮を投資の判断材料と捉える動きが拡大している。気候変動等への備えを強く意識した行動原理の下で経済社会は動き始めており、環境問題への対応に積極的な企業に資金が集まり、次なる成長へとつながる「環境と成長の好循環」とも呼ぶべき状況が生まれている。このような流れを踏まえ、環境問題に関する多様な研究成果による知見を有する大学等の研究機関への民間投資を促進するような仕組みの構築を行うことが考えられる。これにより、大学等が持つ気候変動予測等に関する知見の活用や、脱炭素化や環境保全等に関する研究開発の社会実装等を見据えた投資により、投資先に付加価値を創出するとともに、持続可能な社会への貢献を果たすことが期待される。文部科学省においては、大学等と産業界・金融界との連携に向けた支援が可能であることから、関係省庁と連携し、金産学官一体となったイノベーション創出を後押しする仕組みづくりが期待される。

(4)研究開発人材等の育成

 日本の他の学術分野と同様、環境エネルギー分野においても研究者コミュニティの減少が懸念されている。特に関連の深い工学系専攻を中心に大学院進学者が減少しているほか、論文数等からも基礎・基盤的研究の弱体化がうかがえる。気候変動対策、脱炭素社会の実現等に向けたイノベーション創出が喫緊の課題であるなか、また、産業競争力強化のためにも、将来に渡り優れた人財を輩出するための長期的視点からの人材育成への継続的な取組が望まれる。
 また、基礎研究から実用化までの研究開発を俯瞰することのできる幅広い知識と自らの専門性とを兼ね備えた人材を実践的な教育やOJT などを通じて育成し、若手を含めた優れた研究人材の輩出に貢献することも必要である。例えば、世界最高水準の教育力・研究力を結集した博士課程プログラムである「卓越大学院プログラム(※15)」をはじめとする好事例の取組の横展開を図ることにより、人材育成に係る機運の醸成にも貢献することが考えられる。
 さらに、同じ分野に強みを有する国等との連携による国際的なシンポジウム等を通じた研究者交流を通じて、研究者の国内外のネットワークの強化や、若手研究者への多様な活躍と知見獲得の場を提供することが期待できる。
 研究開発人材以外にも、国や大学が創出した科学的知見を読み解き、専門家とコミュニケーションをとり、ニーズに落とし込むことのできる環境分野の知見・技術を有する人材が少ないという課題がある。例えば、適応策策定や環境問題の解決に必要な知識は社会・経済・産業にわたり広範であるため、複数の専門分野に知見を持ち、各分野の専門家と協力しながら環境問題対策に取り組める人材の育成が必要である。また、環境問題の解決に向けて、イノベーションを起こすための創造力や、分野横断的に解決策を導き出す力が育つよう、学校教育や社会人教育などを通じて、学際領域に対応できる人材を育てる取組を行うことも考えられる。

(5)利用者のニーズを踏まえた基盤的技術の開発

 地球観測・予測情報等や海洋環境保全等に資する膨大なデータを最大限利活用するため、国内外の産学官のユーザーに長期的・安定的に活用される持続可能な地球環境情報プラットフォームを構築・運用する。また、国・各自治体による気候変動適応計画に貢献するため、ニーズを踏まえた予測情報の精緻化や時間・空間分解能の高度化等の研究開発を行う。
 その際、利用者側のリテラシー向上に向けたデータ活用に関する普及啓発や、データを継続的に運用していくための人材育成も併せて行うことが効果的であると考えらえる。また、一部の自治体においては、国の支援のもと、それぞれのニーズや課題に即した気候変動影響評価のための予測手法開発やシミュレーション評価に取り組んでおり、こうしたモデルとなる自治体の好事例の横展開を図ることも重要である。なお、こうした取組にあたっては、文部科学省が創出する科学的知見が受け手において効果的に活用されるよう、研究成果の可視化等の情報発信の工夫や、情報が誤解なく伝わるような説明への配慮等に留意するなど、ニーズに耳を傾けながら効果的な情報発信を行うことが重要である。

(6)国際的な取組の推進

 日本は、環境エネルギー分野でも世界トップレベルの科学技術力を有しており、これまでも国際貢献を続けてきた。例えば、気候変動の科学的知見に関する国際的枠組みである「気候変動に関する政府間パネル」(IPCC)の評価報告書(AR5)においては、日本の気候変動モデルが全世界の中で最も活用されており、その国際的信頼性の高さを示している。また、世界各国の地球観測システムをつなぐネットワーク作りを推進する「地球観測に関する政府間会合」(GEO)においても日本は先導的な役割を果たしている。さらに、DIASを通じた発展途上国等への国際貢献についても、DIASを活用し、南部アフリカ地域の感染予警報システムによるマラリア感染予防への貢献、降雨・洪水予測データの視覚化システムによるスリランカ洪水対策への貢献、カンボジアの川流域のイネ収量変化情報等の提供による水管理・農業支援などの取組を行ってきた。今後も、こうした国際貢献を引き続き行っていくとともに、各種会議への参加等の機会を通じ、その成果を国内外に強調していく。
 また、気候変動をはじめとした地球規模課題解決に貢献するため、「フューチャー・アース」構想などを通じて、ステークホルダーと連携した学際的な国際共同研究を推進することも重要である。さらに、海外とのシンポジウムの共同開催等を通じて、国内の研究者の人材育成の場とするとともに、国際的な研究のネットワークの場も広げていく。


(※1)世界経済フォーラムの「第14回グローバルリスク報告書」(2019年1月)によると、将来的に影響が大きいリスクの第2位から第5位が気候変動関係であった(第1位が「大量破壊兵器」、第2位が「気候変動」、3位の「異常気象」や4位の「水危機」、5位の「自然災害」)。
(※2)気候変動等の影響は企業活動にとっても大きなリスクであるという観点から、投資家は、企業が気候変動等の影響が顕在化してもビジネスを継続できるか、長期投資に値するかという観点から企業に対して気候関連の情報開示を求めるようになるなど、環境(Environment)・社会(Society)・ガバナンス(Governance)の要素を考慮したESG投資の動きが拡大している。
(※3)金融界・産業界リーダーを結集してESG投資等について議論するTCFDサミット、産学官のリーダーが気候変動緩和に向けたイノベーション創出について議論を行うICEF、クリーンエネルギー技術に関するG20の研究機関のリーダーがクリーンエネルギー分野における国際連携等を議論するRD20。
(※4)TCFDサミット、ICFE、RD20の3つの国際会議の代表者等を官邸に招聘し、各分野の成果を聞き取るとともに気候変動に関する総理のイニシアチブを発信した会合。
(※5)このうち生物多様性については、2010年11月に愛知県名古屋市で開催された「生物多様性条約第10回締約国会議」において「愛知目標」が採択されたことを契機に、生物多様性や生態系サービスの現状や変化を科学的に評価し、国政府の生物多様性に関する政策に科学的な基礎を与えることを目的とした「生物多様性及び生態系サービスに関する政府間科学-政策プラットフォーム」(IPBES)が設立され、この分野の国際的議論の土台となる知見を創出している。
(※6)プラスチックごみは世界全体で年間478~1275万トン、途上国が大宗を占め、我が国からは年間2~6万トンが海洋流出されていると推計されている。(「プラスチックごみ対策アクションプラン」(2019年5月海洋プラスチックごみ対策の推進に関する関係閣僚会議))
(※7)エネルギー基本計画(2018年7月閣議決定)においては、基本的方針の一つとして掲げるエネルギー自立の考え方について「パリ協定等に基づく脱炭素化への世界的モメンタムと重なる」としており、エネルギー政策において低炭素化技術に係るイノベーションが必要であることを示している。
(※8)1992年に採択された、大気中の温室効果ガスの濃度を安定化させることを目標とする条約。同条約に基づき、1995年から毎年、気候変動枠組条約締約国会議(COP)が開催されている。
(※9)パリ協定における長期目標と比較した国際社会全体の温暖化対策の進捗を、各国による温暖化対策等の取組状況やIPCCの最新報告書などの情報を基にして、5年ごとに評価するための仕組み。最初のグローバル・ストックテイクは2023年に予定されている。
(※10)2012年の国連持続可能な開発会議において、国際科学会議等の8機関により提唱された構想。地球規模課題の解決のため、自然科学・人文科学・社会科学の分野間連携と、企業、自治体、大学・研究機関等のステークホルダーとの連携の必要性を謳う「トランス・ディシプリナリー研究」の考え方に基づく国際的な共同研究を推進する。
(※11)イノベーションには、既存の技術等の延長として市場が受けとめることのできる急進的(radical)なイノベーションのほか、誰もが想定し得ない技術等の創発により既存の市場が脅かされるような破壊的(destructive)なイノベーションも存在することに留意する必要がある。
(※12)パリ協定長期戦略に基づき、「環境と成長の好循環」の実現のため、脱炭素技術の社会実装可能なコストを実現し、非連続なイノベーションを創出するための戦略を本年内策定を目指して検討中。
(※13)エネルギー政策における基本的概念である、安定供給(Energy Security)、経済効率性(Economic Efficiency)、環境への適合(Environment)、安全性(Safety)。
(※14)気候関連財務情報開示タスクフォース(Task Force on Climate-related Financial Disclosures)
(※15)文部科学省の実施する博士課程プログラムに関する公募事業。例えば、平成30年度に採択された早稲田大学の「パワー・エネルギー・プロフェッショナル(PEP)育成プログラム」では、電力エネルギー分野の専門性・分野融合力、産学連携力等を活かし、生産から消費までの産業全体を一気通貫する次世代人材育成を目指す。

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