(敬称略)
氏名 |
所属 |
---|---|
市橋 新 |
公益財団法人東京都環境公社 東京都環境科学研究所 環境資源研究科 主任研究員 |
近藤 洋輝 |
一般財団法人リモートセンシング技術センター 参与 |
高村 ゆかり(※) |
国立大学法人名古屋大学大学院 環境学研究科 教授 |
手塚 宏之 |
JFE スチール株式会社 技術企画部・理事地球環境グループリーダー |
本郷 尚 |
三井物産株式会社 戦略研究所 国際情報部 メガトレンド調査センター シニア研究フェロー |
※主査
平成24年度~平成28年度
中間評価 平成26年8月、事後評価 平成29年1月
気候システムの温暖化には疑う余地が無く、ここ数十年、気候変動による自然・人間環境への影響は全ての大陸と海洋において既に現れている。また、気候変動により台風の強大化や干ばつの増加等が引き起こされ、自然災害等のリスクが増大することが予測されている。気候変動に伴うリスクは、今後人類が進む社会経済シナリオに関する選択や国際交渉によって大きく変化することから、精度の高い科学的評価によりリスクを正確に把握することが必要となる。
本プログラムでは、気候変動に関する生起確率や精密な影響評価の技術を確立し、気候変動リスクのマネジメントに必要となる基盤的情報の創出を目指す。また、気候変動予測の不確実性低減や温室効果ガス排出シナリオ研究との連携により、気候の安定化目標値設定に資する科学的な評価を推進し、将来の気候変動リスクに関して多角的な評価を実施する。
本プログラムは、記録的な猛暑や巨大台風の襲来により気候変動リスクに対する社会的関心が高まる中、国民がリスクに対応して適切に行動できるような確かな情報の創出に資するものである。また、気候変動に関する国際的な枠組みに貢献し、国際社会における我が国のプレゼンス向上にも寄与するものである。
気候変動に関する政府間パネル(IPCC)等の動向を背景に、将来の気候変動に関して科学的知見を構築することは重要であり、そのために気候変動シミュレーションの改良・高度化を実施する必要がある。本プログラムで新たに試みる気候変動リスクマネジメントの基盤となる情報の創出は、気候変動の影響がすでに現れている現状に鑑みて、時宜にかなった内容である。我が国が主導的な立場に立って気候変動研究を推進することは、国内のみならず国際貢献の観点からも大きな意義がある。
気候変動リスクのマネジメントに資する情報を創出することを最終目的としていることから、気候変動およびそのリスクに係る知見の充実と気候変動政策への貢献が期待され、有効性は高い。研究課題間の連携体制構築による総合的な気候変動研究の推進のみならず、研究の位置付けや成果を国民に分かり易く伝える情報発信、波及効果の把握等にも取り組んでおり、有効性が確保されている。
気候変動予測データ等の共有を行うサーバーを整備・運用し、気候変動予測研究と影響評価研究、データ統合・解析研究等の連携を深化させる仕組みを構築しながら、国内外の研究動向に適切に対応することで、気候変動研究を効率的に推進している。
年度 |
平成24年度(初年度) |
平成25年度 |
平成26年度 |
平成27年度 |
平成28年度 |
総額 |
予算額 |
835百万円 |
835百万円 |
793百万円 |
781百万円 |
602百万円 |
3,886百万円 |
執行額 |
833百万円 |
826百万円 |
790百万円 |
779百万円 |
602百万円 |
3,830百万円 |
〇PD
国立環境研究所 理事長 住明正※
〇PO
東京大学大気海洋研究所 センター長・教授 植松光夫(平成27年度~)
国立環境研究所 理事 原澤英夫
海洋研究開発機構 特任上席研究員 時岡達志(~平成26年度)※
海洋研究開発機構 特任上席研究員 木村富士男(~平成27年度)※
※就任当時の役職を記載。
〇領域代表者
東京大学大気海洋研究所 副所長・教授 木本昌秀
〇主管研究機関
東京大学大気海洋研究所
〇共同研究機関
国立環境研究所、海洋研究開発機構
〇領域代表者
海洋研究開発機構 研究担当理事補佐 河宮未知生
〇主管研究機関
海洋研究開発機構
〇共同研究機関
電力中央研究所
〇領域代表者
気象研究所 部長 高薮出
〇主管研究機関
筑波大学
〇共同研究機関
防災科学技術研究所、東京大学、名古屋大学、情報・システム研究機構統計数理研究所
〇領域代表者
京都大学防災研究所 教授 中北英一
〇主管研究機関
京都大学防災研究所
〇共同研究機関
土木研究所、東京大学生産技術研究所、東京大学大学院工学研究科、東京工業大学、農業・食品産業技術総合研究機構、東北大学、北海道大学、名古屋大学、国立環境研究所
〇領域代表者
海洋研究開発機構 研究担当理事補佐 河宮未知生
〇主管研究機関
海洋研究開発機構
気候変動リスク情報創生プログラム
<施策目標>
最先端の気候変動予測・対策技術の確立
<大目標(概要)>
スーパーコンピュータ等を用いたモデル技術やシミュレーション技術の高度化を行い、時間・空間分解能を高めるとともに発生確率を含む気候変動予測情報を創出する。また、気候予測の高解像度化を検討する。最新の気候変動予測データや、全球気候モデルのダウンスケーリングを活用することで、洪水や高潮による将来の外力の変化を分析する。(気候変動の影響への適応計画)
<中目標(概要)>
国内外における気候変動対策に活用されるよう、地球観測データやスーパーコンピュータ等を活用し、気候変動メカニズムの解明、気候変動予測モデルの高度化を進め、より精確な将来予測に基づく温暖化対策目標・アプローチの策定に貢献する。また、より効率的・効果的な気候変動適応策の立案・推進のため、不確実性の低減、高分解能での気候変動予測や気候モデルのダウンスケーリング、気候変動影響評価、適応策の評価に関する技術の研究開発を推進する。
<重点的に推進すべき研究開発の取組(概要)>
国内外における気候変動対策に活用するための気候変動予測・影響評価技術の開発
気候変動に関する政府間パネル(IPCC)等における議論をリードするとともに国内外における気候変動適応・緩和策の立案・推進に貢献するため、全ての気候変動対策の基盤となる気候モデル研究の高度化に必要な研究開発を進める。具体的には、地球観測データやスーパーコンピュータ等を活用し、気候変動メカニズムの解明、高分解能での気候変動予測等の技術の研究開発を推進し、気温上昇の不確実性の低減、緩和策立案の科学的根拠となる炭素・窒素循環・気候感度等の不確実性の低減、環境の不可逆変化(ティッピングエレメント)のより確実な解明、我が国周辺における気候変動適応・緩和策の立案・推進に必要となる気候モデルの時空間解像度の向上、極端気象現象に関する高精度な確率的予測や脆弱性・暴露等も考慮した統合的影響評価を可能とする。
<本課題が関係するアウトプット指標>
累計論文数
平成26年度:687、平成27年度:988、平成28年度:1,280
<本課題が関係するアウトカム指標>
研究開発成果を活用した国際共同研究の海外連携実績
平成26年度:69、平成27年度:83、平成28年度:70
<必要性>
パリ協定に基づき、5年ごとの各国削減目標の見直しやグローバル・ストックテイクが今後本格実施される予定となっている中で、IPCCによってその科学的根拠を提供する第6次評価報告書作成等の動向を背景に、気候変動対策に積極的に取り組む我が国としても、気候変動対策の基盤となる科学的知見を構築する必要があることから、本事業では気候モデルに関する各種研究課題に取組んだ。また、既に気候変動の影響が現れている現状に鑑みて、気候変動リスクマネジメントの基盤となる情報の創出は時宜にかなうとともに必要であることから、気候変動による影響を中心とする各種研究課題にも取り組んだ。
その結果、炭素・窒素等の物質輸送研究が可能なレベルの先進的な地球システムモデルMIROC-ESMや世界に類のない高解像度地域気候モデル等の、IPCC第6次評価報告書に対して最先端の知見を持って貢献することが見込まれる独自の気候モデルの開発に成功した。さらに、開発した気候モデルを活用した気候変動に関する各種メカニズムの解明、具体的な政策に結びつけるために必要な気候モデルと社会経済シナリオの両分野の橋渡し、低頻度の極端気象現象に関する確率情報を高い確度かつ高解像度で算出する「地球温暖化対策に資するアンサンブル気候予測データベース(d4PDF)」といった、極めて先端的な気候変動リスクマネジメント情報等、実際の適応策等における幅広い活用が期待される様々な気候モデル研究についても取り組み、成果を上げた。
このように、国内外における気候変動対策の基盤となる科学的知見の構築に成功していることから、本事業の必要性は高いと評価できる。
<有効性>
気候変動予測・リスク情報等に関する科学的知見については、気候変動政策や国民への情報発信等に具体的に結びつけることが重要である。
気候変動リスクに係る知見を充実させるために、世界でも類を見ない低頻度の極端気象現象に関する確率情報を高い確度かつ高解像度で算出するd4PDFの作成を成し遂げ、本事業の最終目的である気候変動リスクのマネジメントに資する情報の創出を達成したという点において非常に大きな成果である。さらに、異常気象に対する温暖化の寄与の定量評価を可能にする「イベントアトリビューション(E/A)」という新手法や、これらを含む各種研究成果を活用して、報道発表や講演会などの国民に対するアウトリーチ活動にも積極的に取り組んだことも高い評価に値する。
また、本事業で得られた研究の成果は、環境省や国土交通省、外務省等の関係省庁においても活用されているほか、国連気候変動枠組条約(UNFCCC)事務局から招待を受けた研究と観測に関する補助機関(SBSTA)会合における成果の発表や、東南アジア諸国現地での気候変動予測の実施に資する取組につながっており、国内外の気候変動政策に対して貢献を果たしている。
このように、リスク情報の充実、気候変動政策への貢献や、国民への情報発信に必要となる成果の創出またその活用に成功していることから、本事業の有効性は高いと評価できる。
<効率性>
本事業では、気候変動予測研究と影響評価研究、さらに社会経済シナリオ分野との連携を深化させる仕組みを本事業の内外で構築しながら、気候変動研究を効率的に推進した。
具体的には、まず「領域テーマE:気候変動研究の推進・連携体制の構築」において、気候変動予測データ等の共有を行うサーバーを整備・運用し、気候変動予測研究と影響評価研究、データ統合・解析研究等の連携を深化させることに特化した体制を事業内に構築するとともに、PD・POを中心に策定した方針に基づいて研究活動が有機的に連携し相互に相乗効果が得られるよう研究調整委員会や各種委員会等を開催することで、プログラム全体の円滑かつ効率的な推進を行った。
各テーマ間においても、例えば最もその研究の関係性が深いテーマC・Dの間では、5年間に6回研究連携会合を開催するとともに、本事業の成果を活用してもらうための手引きとして「影響評価のための気候モデルデータの利用」の執筆、フィリピンに大きな被害をもたらした台風ハイエンによる高潮被害等の応用研究等に共同で取り組み、実績をあげた。また、社会経済シナリオ分野との連携については、「シナリオイニシアティブ」あるいは「1.5℃に抑える努力の追求(パリ協定)研究者集会」といった枠組を通じて、社会経済シナリオ分野側とも連携を深めた。
さらに、その成果の利活用に関しては、事業を超え、本事業のみでは提供手段を持たないため、データ統合・解析システム(DIAS)によるd4PDFの搭載・提供や、気候変動適応技術社会実装プログラム(SI-CAT)における影響予測・評価へのd4PDFの活用、同じくSI-CATへの統計的ダウンスケーリングシステムや確率情報創出手法の提供・指導等、気候モデル研究の最上流側に求められる様々な連携を行った。
このように、事業内外での連携体制の構築によって効率的な運用に努めており、双方の事業においてその連携がプラスに働くような連携内容を取っていることから、本事業の効率性は高いと評価できる。
<1.総合評価>
本事業は、スーパーコンピュータ等を用いた気候モデル研究を中心として、施策目標である最先端の気候変動予測・対策技術の確立に取り組むとともに、気候変動に伴うリスクを現時点の先端的な科学的知見をもって正確に把握することを目指すものである。5年間の研究開発の結果として、温暖化の寄与を測定する手法の開発、炭素循環等を加味した地球システムモデルの開発や、極端降水や台風等による極端事象を把握できる地域気候モデル・影響評価技術の開発等、気候変動リスクのマネジメントに必要となる基盤的情報の創出を達成し、さらに社会経済分野との連携のための研究にも取り組み将来の気候変動リスクに関する多角的な評価を実施した。
本事業全体では5年間に合計1200を超える論文を発表しており、Geophysical Research LettersやNature Geoscience、Nature Climate Change、米国気象学会特別報告書といったいわゆるHigh-profile journalsにも多数論文が掲載されている。このことから、最先端の気候変動予測・対策技術の確立という施策目標に対して、本事業は世界水準の先端をリードする成果を挙げていると考えられる。
また、本事業の成果は各種連携を通じて国内外における気候変動対策に活用されている。国内では、気候変動の影響への適応に向けた「日本における気候変動による影響に関する報告と課題について(中央環境審議会意見具申)」や文部科学省・農林水産省・国土交通省・気象庁・環境省による「日本の気候変動とその影響」(統合レポート)、国土交通省における水災害対策の根拠となる想定最大外力、G7「気候変動と脆弱性」作業部会における議論等に本事業の成果が多く引用されている。国外では、UNFCCC事務局から招待を受け、SBSTA会合において各国政府代表団に対し本事業の成果を発表するとともに、東南アジア諸国に対しての開発した気候変動モデルの貸与や同モデルの計算結果の提供を通じた技術指導を行い、途上国の適応策の検討に資する気候変動予測をキャパシティビルディングとともに支援している。さらに、TV番組等のメディアからの取材対応や一般講演等といった5年間に合計800を超える積極的なアウトリーチ活動もあり、社会に対して十分に成果を還元できている。
本事業は人材育成の面でも波及効果を生んでおり、のべ55名の若手研究者を雇用し、そのうち11名は国内の大学及び研究機関の任期無し正規職員として就職、他の研究員についても各研究機関・大学等で引き続き活躍している。
このように、本事業は、施策目標達成に向けた成果の質、波及効果に関して、極めて高い評価に値すると考えられる。
<2.評価概要>
本事業は、現時点の先端的な科学的知見をもって、全球から日本領域までのスケールで、気候変動に伴うリスクを正確に把握することを目指し、施策目標である最先端の気候変動予測・対策技術の確立に気候モデル研究を中心に据え取り組んでいる事業であり、将来の気候変動リスクに関して多角的な評価を達成している。
本事業の成果は、施策目標達成に向けた成果の質、波及効果に関して極めて高い評価に値するものであり、科学的及び政策的に非常に意義が高い。
(各テーマにおける具体の研究成果等)
○テーマA【直面する地球環境変動の予測と診断】
IPCC第6次評価報告書への貢献を目指す新しい気候モデルMIROC6の開発を達成できた意義は大きく、IPCC第6次評価報告書のための実験である第6期結合モデル相互比較計画(CMIP6)では、我が国の国際的なプレゼンス向上に貢献している。
また、気候感度に関しては、その推定値の取り得る値の幅をもたらしている不確実性を限定し、狭めることができる可能性を示すことに成功するとともに、観測データのより高度な取り込みを可能にするデータ同化システムとしてアンサンブルカルマンフィルタを用いる手法の開発にも成功している。
さらに、異常気象に対する気候変動の影響の定量評価を可能にする「イベントアトリビューション(E/A)」手法を開発・導入し、2012年の九州豪雨や2013年の日本猛暑等に対する温暖化の寄与の推定や、21世紀初頭に見られた温暖化の停滞傾向(ハイエイタス)に対する人為・自然要因の貢献の定量化による再現・解明に成功している。
○テーマB【安定化目標値設定に資する気候変動予測】
地球システムモデルの開発については、炭素循環に加えて、陸域の炭素循環に強い制約を与える窒素循環過程を新たに組み込み、さらに海洋生態系過程も大幅に高度化したことで、予測精度の向上だけでなく新たな物質輸送研究等も可能とする先進的な地球システムモデルMIROC-ESMを開発することができた。その他、氷床モデル、陸域メタンの放出スキーム、成層圏エアロゾルの形成過程についても地球システムモデルに導入することに成功した。当該地球システムモデルは、炭素循環を扱うことができるため、近年注目を集めている「炭素予算」のような、パリ協定での目標に向けた緩和策を議論する際に用いられる情報を創出する上で極めて有用である。
また、地球システムモデルの活用として、緩和策の研究における気候モデルと社会経済シナリオの両分野の橋渡しとなる研究を達成している。
○テーマC【気候変動リスク情報の基盤技術開発】
世界初の技術を含む高度な各種力学的ダウンスケーリングシステムを開発し、モデル格子の一層の詳細化を図ったことで、世界一級の性能を有する高解像度地域気候モデル(NHRCM)及び雲解像モデル(CReSS)の開発に成功した。これらのモデルを用いることにより、台風等の極端事象の変化の様相のみならずその詳細なメカニズムに踏み込んだ議論が可能となった。
このほか、将来の顕著台風の変化予測や確率降水量の解析等に成功した。
さらに、9名の外国人研究者を招聘して、東南アジア諸国を主な対象とした高解像度の地域気候モデルによる計算を実施したほか、アジア太平洋地域の気象機関職員(13名)に対して本テーマの予測結果を活用した研修の実施・協力を行うなど、発展途上国の気候変動研究に関するキャパシティビルディングにも貢献している。
○テーマD【課題対応型の精密な影響評価】
本テーマは、自然災害、水資源、生態系という多岐にわたる評価項目について、科学的根拠のある影響評価モデルを用いて影響評価を達成しただけでなく、評価の実施に当たっては、本事業の研究体制を活かして、本事業のテーマA~Cによる気候変動予測情報を用いるだけでなく、設計・作成に関わりながらd4PDFについても影響評価に活用し、きわめて精度の高い確率情報の創出を成し遂げたという点で、世界に例がない非常に科学的・実践的意義が高い影響評価研究を果たしている。
まず、台風に伴う洪水発生などの自然災害に関するリスク評価にとって極めて重要な観点として、最悪シナリオ推定に取り組み、1959年の伊勢湾台風や2004年台風18号といった過去に大災害をもたらした台風の将来変化推測及びそれに基づく社会経済へのインパクトの評価を実施した。また、将来、東京湾・大阪湾・伊勢湾においては過去最大クラスの高潮の頻度が高くなる等の成果が得られている。その他にも、水資源に関して、日本国内では気候変動による河川流況の変化に伴い水力発電ポテンシャルが減少する地域が多いことを明らかにし、東南アジア等においては代表河川を対象とした氾濫と農業被害の推計等を行った。
生態系の影響評価については、気候変動による陸上生態系の異常プロセスをより詳細に再現・予測する動的全球植生モデルSEIB-DGVMを開発したほか、今世紀末には東北地方と中部山岳域のほとんどの高山帯相当域が消失する様子や、竹林の生息適地の変化、サンゴや藻場のような沿岸生態系が北上する変化について明らかにした。
○テーマE【気候変動研究の推進・連携体制の構築】
CMIP6実験のデザインを検討する国際委員会等に出席することにより、CMIP6等の動向について調査し、その中で得られた温暖化予測研究の国際動向に関する情報を、本事業関係者間で共有、研究内容に反映する体制を構築した。
本事業の研究基盤として、データ共有ファイルサーバーを導入し、事業期間中の安定運用及び容量の段階的な増強とを行いながら、データ共有による有効的な研究開発をサポートした。また、研究機関の相互協力をソフトウェアの面から支援するために、気候シミュレーションに特徴的な計算方法に適合し、様々な研究機関のモデルそのものやモデル間の様々な要素(サブモデル)を結合・操作し、あらゆるフィードバックを一体のものとしてモデル化する上で必要不可欠なできるカプラー(ソフトウェア)を完成させた。
なお、テーマA、C及びDのテーマ間連携によって、世界でも類を見ない気候変動リスクに係る知見として、低頻度の極端気象現象に関する確率情報を高い確度かつ高解像度で算出するd4PDFの作成に成功した。
本事業において取り組んだトランスディシプリナリーな研究体制による気候モデル開発や気候変動リスク情報の創出及びその成果は、全ての気候変動対策の基盤となるものである一方で、気候モデルを使いこなし種々の問題に活用していくことが可能となったのは近年のことに過ぎない。今後パリ協定に基づく5年ごとの各国排出削減目標の見直しやグローバル・ストックテイクの開始、気候変動の影響への適応の動きが本格化する等の動向を踏まえれば、引き続き気候変動予測情報の高度化等に取り組む必要のある分野である。特に、国際交渉の場であるUNFCCCにおける重要な科学的根拠として今後作成されることになるIPCC第6次評価報告書への打ち込み、各国排出削減目標の見直しやグローバル・ストックテイクの評価に資するより精緻な地球システムモデルの開発、炭素予算等の概念において残存している不確実性に関わる気候感度等の解明、我が国周辺における気候変動適応・緩和策の立案・推進に必要となる超高解像度の地域気候モデル等の開発や、気候モデルによる予測結果を影響予測・評価研究を経て、適応の現場につなぐための統合的な予測体制の構築等に取り組むべきである。なお、各テーマ個別の研究課題に関する詳細な今後の展望については、文末に掲げる通りである。
また、本事業の研究成果は、気候変動に関する基盤を成す科学的知見として、IPCC第6次評価報告書への貢献や、国内外における気候変動への適応等の具体的な対策における活用を通じて、社会にその成果が還元されていくことが期待される。また、気候変動リスク情報の提示といった情報発信を通じて、気候変動対策について社会からの理解が徐々に得られていくことも期待される。その際には、気候リスク情報のリスク・インパクトの側面に偏ることなく、気候変動予測やそれを基に行われる影響予測・評価が内包する不確実性とともに提示し、必要に応じて社会的コストとのバランスの在り方についても考慮しながら、社会との“対話”に努めるべきである。加えて、気候変動予測研究の成果については、一事業の枠組みを越えて、DIASやSI-CATといった文科省内の事業はもちろんのこと、関係省庁の取組等にも成果が活用され、政府一体となって気候変動対策の取組に活用されるよう、関係省庁との連携を深めていくことが今後も大切である。
以上については、平成29年度から開始している「統合的気候モデル高度化研究プログラム」において取り組まれ、今後発展していくことが期待される。
(各テーマにおける具体の研究成果等)
○テーマA【直面する地球環境変動の予測と診断】
パリ協定の発効を受けて2023年から開始される5年ごとの削減目標の見直しやグローバル・ストックテイクの実施に向けて、2022年までに執筆される各種IPCC評価報告書に対する期待は国際的にも大きい。本テーマで取組んだ気候モデル研究は、そのIPCC評価報告書において基礎科学情報として用いられるものであるため、気候変動対策に積極的に取り組む我が国として、本テーマで取組んだ研究課題の発展が必要となってくる。
例えば、本テーマで取組んだ気候モデル開発については、南大洋の海洋混合過程、大気中の雨・雪の予報と放射相互作用、大気力学過程の高速化等の課題を積み残しており、今後は個々のプロセスのモデリングに立ち戻って気候モデルの高度化に取り組んでいく必要がある。また、新しいデータ同化手法であるアンサンブルカルマンフィルタの活用が期待されるとともに、E/Aについては方法論の発展が期待される。
○テーマB【安定化目標値設定に資する気候変動予測】
各国削減目標の見直しやグローバル・ストックテイク等によりこれから国際的に実際のCO2削減量に関する議論が始まっていく中で、炭素循環を計算できる地球システムモデルに対する期待は大きいため、本テーマで取り組んだ地球システムモデルの開発及び応用についてさらに発展させ、緩和策立案に資するように高度化していく必要がある。地球システムモデル開発については、CO2を含む温室効果ガスについてより精緻に扱えるようになるためにも、窒素やメタンなどの新しい生物・化学過程の導入や、各種物理プロセスの改良、さらには人間活動についても地球システムモデルの中でシミュレーションすることも視野に入れながら、本事業の成果も踏まえた本格的な研究を進めていく必要がある。
さらに、これらの研究成果が温暖化緩和・抑制策の政策立案に活用されるものとするため、社会経済シナリオ分野の研究者等との連携に引き続き努めていくことが重要である。
○テーマC【気候変動リスク情報の基盤技術開発】
国内では「気候変動の影響への適応計画」の閣議決定を受けて、気候変動の影響への適応の動きが本格化する中、自治体レベルにおいて必要とされる細かい気候変動予測情報を整備することは喫緊の課題となっている。また、国際的にはSDGsへの対応が求められている中、東アジアに位置する日本として、安全保障等の多様な観点から、気候変動に対して脆弱な地域を含むアジア諸国に対して、気候変動対策における貢献を行うことも重要である。
本テーマでは、地方自治体をある程度解像できる高解像度地域気候モデル及び台風モデルの開発を達成してきたものの、地方の適応策の基盤情報を整備するには、予測情報の更なる高解像度化やそれに伴う物理プロセスの改良、温室効果ガス排出シナリオについての計算拡充等が必要である。さらに、予測結果の妥当性の確認や予測精度向上のための海洋・波浪との結合、インターフェイス・支援ツール等の開発など、様々な取組が今後必要となる。また、引き続きアジア諸国等に対する気候変動対策分野での貢献を継続していくことも重要である。
さらに、気候変動予測情報が適応策に具体的に活用されるためには、気候変動予測研究と影響評価研究との連携に引き続き取り組むべきである。
○テーマD【課題対応型の精密な影響評価】
気候変動予測研究と影響評価研究との一層の強い連携が求められるようになっている中で、最新の気候モデル研究の成果を影響評価及びその先にある国・地方公共団体等のユーザーにまでつなぐ取組が今後ますます重要になってくる。
本テーマでは、将来予測の研究チームと気候変動の影響評価に関する研究チームが一つの事業内において連携して研究を推進するという試みを実施した。このような相互理解の取組は、我が国の気候変動影響評価グループが他国よりも半年~1年のリードタイムを得るという点においても、様々な研究者が新たに参加しやすい土台を構築するという点においても、波及効果は大きいと見込まれるため、継続して取り組んでいくべきである。また、影響評価研究との連携を図るだけでなく、影響評価のその先にある、実際に気候変動リスク情報を必要とする国・地方公共団体等のニーズについても最終的には応えられるように意識しながら連携を進めることが重要であり、今後は更なる関係者協働も見据えられるべきである。
○テーマE【気候変動研究の推進・連携体制の構築】
気候モデル研究事業において連携を推進し効率的な運用を図っていくためには、計算結果をやりとりするためのサーバーや、カプラーの共通整備、そして連携拠点の整備が必要不可欠である。
本テーマでの大規模データ共有ファイルサーバーは、テーマ連携の成果であるd4PDFの作成等において最も活躍したが、本事業で創出したデータを事業終了後も活用していくためにも、研究基盤としての大規模データ共有ファイルサーバーは今後も維持・拡張した上で安定的に運用していくことが必要である。また、カプラーの開発や、国内に分散する関係研究機関の連携を促す事務局機能の存在等により、本事業では国内における研究者らの情報交換のハブ機能が確立されたことは今後の当該分野の研究開発において重要な意味を持つため、このような取組を継続していくだけでなく、本機能を担う人材などの確保に努めることが期待される。
研究開発局環境エネルギー課