片田委員プレゼンテーション資料

リスクコミュニケーションならびにその周辺学術領域に望むこと
~津波防災の現場から思うことのメモ~

群馬大学広域首都圏防災研究センター長 片田敏孝

●この学術領域に何が求められているのか

  • 人々の生命や暮らしを脅かす外的事象に対して、個人が、そして社会がどのように向かい合うべきかを議論する学術領域であり、その成果として、人々の生命や暮らしが曝されるリスクのレベルを低減させ、精神的な不安を和らげることで、平常を維持することができるよう人々や社会を導くことが求められている。
  • 東日本大震災や阪神淡路大震災など、現に多くの犠牲者を出し、それを嘆き悲しむ遺族を目の当たりにしてきた。そのような防災の現場に携わる者として、一人でも多くの命が救われるよう、そして嘆き悲しむ人を減らせるよう努める実学として防災をとらえている。災害が多発する昨今、防災が担う実学としての社会的使命、期待は極めて大きく、リスクコミュニケーションという学術領域も学理の探求に加えて、実学としての社会的使命に敏感であって欲しいし、社会に足を踏み出し実践的な研究を展開して欲しい。 

●津波防災の現場を通じて考えて頂きたいこと

 以下の状況に対してリスクコミュニケーションという学術領域は、どのように応えてくれるのだろうか。
 津波防災の現場に身を置くと、多くの人の命に関わる重要な社会問題、多くの国民が大いなる不安に曝されている問題が現に存在している実感を持たざるを得ない。この状況に鑑み、学術としてのリスクコミュニケーションとその周辺学術領域には、学理の探求以前に、この問題に対する処方箋を示すことと、その模範的実践が期待されていると思う。

東日本大震災以前の状況:多重の悪しきループにより高まった脆弱性

(1)地震があっても、津波警報が発令されても避難しないことが常態化していた。このままその時を迎えれば膨大な犠牲者が発生する社会構造にあったことは自明であった。しかも海溝型の津波は確率現象ではなく確定現象であり、その時期は間近と言われていたのにこの実態を看過してきたのはなぜか?

(2)行政依存の悪しきループ:過剰な行政依存と災害過保護
 人々は津波に対する漠然とした不安を持ちつつも、不安回避の対処を自らは行わず、行動も起こさず、行政に対応を求めるような不安回避の他者依存が顕著であった。不安が高ければ高いほど行政に対する対応要望は強く、為政者は要望が強ければ強いほどそれに応えてきた。
 こうして人々の依存意識は高められた。そして高まった安全により、さらに人々の経験知や先人からの継承知(災害文化)は失われ、個人そして社会の対応力を弱体化してきた。
 以上、総じて言うなら安全確保、危機回避に関する当事者感が欠落し、安全確保に関する高度な行政依存に陥り、人々は災害過保護化した。このような社会構造の問題点は、リスクコミュニケーション分野の学術領域の問題ではないのか? 認識していなかったのか? 認識していたとするならなぜ対処する行動を取らなかったのか?

(3)世代間の悪しきループ:なぜ教訓が活かされないのか、大人たちよ襟を正せの災害文化形成論
 子どもたちの防災教育を始めた頃、子どもたちは避難しないと言った。理由は大人たちが避難しないから。「だって僕んち、じいちゃんも逃げないよ」と言われた時のことは忘れることができない。この子が大人になっても避難しないだろう。そして、この子の子どもも避難しないだろう。こうして世代間の悪しきループが形成され、数世代後にその時を迎える。その被災者たちは先人の被災教訓が活かせなかったことを悔やみ、後世への伝承を願い津波記念碑がまた一つ増える。
 子どもは生まれ落ちる社会を選択できない。避難しないという子どもたちの意識は、その社会に育まれた結果として形成されたものである。思わず大人たちよ襟を正せと言いたくなる。
 津波常襲地域にあっても、繰り返された被害の歴史を直視せず、教訓を活かすことが全くできていない。被災直後に高まる後世への継承意欲もその代限りで、世代を跨ぐことは難しい。阪神淡路大震災から間もなく20年。神戸の子どもたちはあの震災をどのように受け止めているのか。母親の戦時中の苦労話を全く現実感を持って聞くことができなかった自分を思えば、神戸の子どもたちも同じように現実感は持てないことは想像に難くない。
 言い伝えは世代を跨げない事実を前提に、教訓を将来に活かす手立てを考えるべきではないか。そこにおいて、子どもたちを育む環境(=広義の防災教育)は極めて重要であり、今の大人の振るまい、姿勢が将来の大人の振る舞い、姿勢を形成すると考えるべき。これは悪しきループを良かれループに転換することを意味する。リスク教育(防災教育)の重要性はどのように認識されているのか?そのあり方は議論されているのか?

東日本大震災以降、巨大津波想定発表後の状況:

避難放棄者、震災前過疎と言われるほどの自暴自棄の状態から生まれた向かい合う姿勢

(4)東日本大震災を目の当たりにして次は当地かと怯え、追い打ちを掛けるように発表された南海トラフ巨大津波想定は、避難放棄者や震災前過疎といわれるような諦めを生んだ。しかし、それでも何とかしなければならない現実と、明確な行政対応の限界を意識したなかで芽生えた向かい合う姿勢
日本一の津波想定34.4mの街、高知県黒潮町の事例:
  「日本一で良かったじゃないか」
  「津波日本一の街で考えた日本一の津波対応の街でまちおこし」
  「34Mブランドの町営缶詰工場」

(5)それでも目の前の子どもたちに生き抜いて欲しいと願う教員が始めた津波防災教育
 釜石の子どもたちの頑張りが希望の光となった。
 リスクに向かい合う姿勢を育む防災教育。
 リスクコミュニケーション分野における教育論は、どのように議論されているのか?

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