資料3-1 岡部信彦所長インタビュー結果メモ

岡部信彦所長インタビュー結果メモ

日時:平成25年5月29日(水曜日) 10時30分~11時45分
場所:川崎市健康安全研究所
対象者:岡部 信彦 所長(前職:国立感染症研究所感染症情報センター長)
事務局聴取者:
・基盤政策課(斎藤課長)
・戦略官付 (関専門職)

留意事項

岡部氏は、現在国立感染症研究所(感染研)から離れており、同氏の意見は現在の感染研の見解ではないことに留意されたい。

国立感染症研究所でのメディア対応の取組について
<取組の経緯>
・感染症は発生すれば社会的な話題になり、一時的に一般の関心が高まるが長続きしない。
・高齢者へのインフルエンザの予防接種の開始にあたり、インフルエンザに関する関心が高まっていたことから、インフルエンザに関する「コールセンター」的なものを設置した。
・原則は自治体・医師向けの情報提供が主目的だが、一般市民からの問合せも多く、実際の対応事例が集積するうち、やがて「Q&A集」が出来上がった。
・行政機関のコールセンターではないため、行政的回答よりも、科学的な根拠に基づき、客観的に説明することが可能であった。
・コールセンターの活動を通してなど「情報センター」の認知度が高まってきた2003年にSARSが発生。殺到するメディアへの対応のため、時間を区切って複数のメディアに定期的に説明することを開始。
・有事にメディアに現象を説明しても一時的な理解にとどまり、十分な理解がないまま情報が流れることがあったため、ウイルスやワクチン、感染対策等に関する基本的な情報を定期的に説明する試みを同時並行で実施した。
・SARS沈静化後も、メディア向けの感染症に関する勉強会(参加メディアに制限無し。厚生労働省関係者、医療機関、大学院生なども時に参加。あくまで両者の感染症に関する意見交換会・勉強会であり感染研が公式に見解を発表するというものではないというスタンス)を、2週~1か月に1回程度、定期的に実施することにした。

<勉強会の内容>
・行政対応の説明、見解発表等ではなくではなく、感染症のメカニズムや現象、疫学状況等に対する科学者の見方、そして何が問題なのかを説明する立場を貫いた。

<メリット・デメリット>
メリット・成功例1 ~有事の冷静な報道~
ウエストナイル熱が米国で発生した際に、本勉強会ですでに取上げており、蚊が媒介するものでヒト-ヒト感染はないと説明した。勉強会で取り上げて間もなく日本で第1例が発生した際に、他への感染という点で多くの主要メデイアが危険性をあおる論調ではなく、冷静な論調で報道した。当方への確認も極めて短時間の説明で理解してもらえた。
有事(国内発生時)に初めてある事例・事象の説明をすると、本当かどうか疑われやすくまた理解が及ばないことが多い。平時からの説明が重要。
メリット・成功例2 ~情報発信手段としての活用~
感染症に対する危険性(例:麻疹や風疹の爆発的流行の可能性)を予め伝えることができた。
メリット・成功例3 ~メディア担当者との窓口の構築~
100社以上、100数十人メーリングリスト(ML)が構築されており、ある疾患のアウトブレイク発生などに対して至急解説を行うことの連絡などが、このMLを使用して速やかにできた。
メリット・成功例4 ~人材育成・研修効果~
   メディアへの説明は原則としてセンター長か室長が行うと決めていたが、テーマによっては若手に担わせることにより、新鮮な発表になり、また解説の方法、話し方などのトレーニングを行うことができた。また、メディアの関心事項・質問のポイント等を実践的場面で学習し、有事に記者に取り囲まれても落ち着いて説明ができるようになった。またメディア側がどのようなことに関心事を持つかについてこちら側の貴重な学習経験となった。
メリット・成功例5 ~質の高い情報提供~
   感染研内の他部門の理解が得られてきたため、他部門の協力を得て本当の意味での専門家に登場してもらうことができた(例:ウエストナイル熱ならば、感染症やウイルス全般の専門家ではなく、ウエストナイルウイルスの専門家に解説を依頼)。メディア側も、真のエキスパートとの接点ができるメリットがあった。
デメリット ~公的機関としての限界~
   勉強会のスタンスは、感染症情報センター及びセンター長という立場で科学的説明を行うものであり、感染研の統一見解ではない、とした。そのため、時間外の自主的な活動と位置づけていたが、継続していくに従って公的な側面を帯びることもあり、感染研の統一見解や厚生労働省の見解と捉えられそうなこともときにあったが、できるだけ基本を崩さないようにした。また新たに出席した参加者の中には、ここでいわゆる「特ダネ」の発表があるのでは、と誤解する者も時にはいた。


作業部会の主要論点に関して
「Q」:事務局 「→」:岡部氏 

 

Q.ウエストナイル熱が発生した際に、「ヒト-ヒト感染はないでしょう」と言う際、その後遺伝子変異で感染力を獲得することもありうる。現時点では大丈夫と言って、その後未知の事象が起きれば嘘をついたと言われ、リスクの可能性があると慎重に伝えれば危険だと解釈されるなど、メディアは必ず先取りして大丈夫なのかと聞くが、どのような立ち位置で対応されたのか。
→ 「現時点での見解」であることを明確にしておくことは重要。また科学的な推測の限界と、物語との範囲も説明をしておく必要がある。例えば、新型インフルエンザにどの程度のリスクを想定するかというのは常に関心事。2009年の新型インフルエンザが多くの関心をひいたのは、日本がパンデミックに襲われるという非常に強いインパクトを持つ当時公開された映画(「感染列島」)の影響もある。この関心の高まりには多くの人の「感染症のアウトブレイク」ということに関心をひいたというメリットもあったが、これはサイエンスの話ではなく「物語」であるとの理由から、我々は当該映画の監修を断った経緯がある。我々は物語を作っていくのではなく、あり得るリスクの幅を示しリスク管理を行っていくという姿勢であった。
また、幅のある情報提供を行う際には、受け手側との間で日頃の信頼感がないと、どうしてそういう幅を想定しているのかが理解できないだろうと思う。

Q.信頼感を醸成していくには時間がかかる。2-3年たって人脈ができる頃には異動してしまうということも多いのでは。
→ 役所がこうしたリスクコミュニケーションを実施することが困難なのは、継続的にある一定期間同じ顔が出てこないことにもその要因があると思う。感染研は専門家の在任期間が長く、10年くらい同じ人間がメディアに対応することができたことは「ぶれない」ということで大きかったと思う。

Q.メディア側も一定期間で異動するのでは。
→ メディアの担当者が異動し、本社から地方支局に散らばっていくことは非常に良かった点もあった。地方ではソースがなく、セカンド・サードオピニオンは聞けないが、本社時代の人脈を生かし、感染研に問い合わせることができる。また、地方に異動した人もMLを通じて、感染研の勉強会の最新トピックを知ることができる。そして、地方に出た記者が、何かあった際に感染研に聞けば一定の答えは出すだろう、と若い人に申し送ってくれるので、信頼関係が出てくる。さらに、10年も続けると、地方から本社に戻ってきて、原稿内容をチェックし見出しを考えるデスククラスになってくる。そうすると、その内容の確かさの確認がしっかり行われたり、不用意にセンセーショナルな見出しをつけるというようなことが減少したりすることもあり、それは大きなメリットになったと思う。


Q.地方では情報源も限られているが、感染症の知識があれば対応も変わるだろう。
→ 感染研のような試みを地方でもできないかと考えたが、地方メディアは1人の担当する幅が広く、感染症はメジャーではない。また専門家も必ずしもその地域にいるわけではなく、対応する余裕がない。首都圏と地方では大きなギャップがあると思った。

Q.地方では地方紙のシェアが高く、東京発の情報を東京支社に持っていってもなかなか伝わらないことが多い。感染症では地方の保健所のネットワークが使えないか。
→ 突然問合せを受けた専門家が短い時間で的確に伝えられるかといえば、場数を踏まないと難しい。説明する側にも一種のスキルが必要。そのあたりも情報提供側は考える必要がある。

Q.専門家育成という点では、理想は全ての人に習熟してほしいが、大学の教育だけでは無理なので感染研の取組のようなOJTが大事と考える。最初からコミュニケーション能力の高い人を雇用しているのか。
→ 話し方は大切な要素だが、それを採用の条件とするようなことはない。若い人たちがメディアに対応するのはヒヤっとする時もあるが、トレーニングとして交代で話してもらうこともあった。その場合にはシニアが立ち合うという形をとり、またメディアに対する発表というのは、ある程度内容に責任も伴うため、誰彼でもいいというのではなく、人を絞り込んで実施していた。
それから、自治体の担当者に対して、新型インフルエンザや感染症に関する基礎的な研修を2日間、数年間にわたり実施していたが、その中の1コマで、現役のメディアの人に来てもらい、「模擬記者会見」の練習をした。彼らも意識して意地悪な質問をしてくるので、自治体の人にトレーニングとして非常に喜ばれた。だが、残念ながらそのような活動に対する予算は削られてしまった。

Q.欧米主要国には科学者とメディアのインターフェイスの役割を果たす「サイエンスメディアセンター」という組織があり、アカデミーをスポンサーとしながら、利益相反を生じぬよう一企業からの寄附は収入全体の5%以下に制限し、中立的に活動している。
→ それは学ぶべきやり方とも思う。我々はメディア対応に際しても利益相反の観点に留意している。特定のメディアや人と懇意になることのないよう私自身注意をして、スタッフにもそう指示していた。感染研の食堂で、会費制で「情報交換会」をやったこともあるが、特定の記者と食事を共にすることは絶対にしなかった。彼らと親しくなり、信頼感ができるのは良いが、その一線を意識しないで、特ダネを狙う材料になってはいけないと思う。

Q.福島原発の事故のようにメディアとの信頼関係は一夜にして崩壊することがある。専門家・行政側が「想定外」という言葉を最近よく使ってしまうが、感染症はどうか。
→ 残念ながらそれは覚悟しなくてはいけない面もある。しかし未知のものに対する想定は、度を超すと際限がなくなっていく。その説明としては、あくまで「想定」というよりも「何かを考える際の線を出している」ということであって、「これが起きたらこれが起きますよ」と言っているわけではない。そこを理解してもらうのは非常に難しいが、姿勢としてはそういうことでやってきた。

Q.想定外にならないようハードルを高くして過敏に対応すると「過緊張モード」になるが、感染症対策で感染地域からの渡航を禁止すれば経済的ダメージが大きい。また、リスクの相対化として別のリスクに置き換えて説明すると、非難されることもあった。感染症ではどうか。
→ 感染症は、ウエストナイル熱、麻疹、インフルエンザ、SARSなど、感染症対策として基本的なところは同じところが多いが、多様な疾患事例が頻繁に起こるので、ある意味では例示などやりやすい面もある。原発問題は専門ではないが、普段から原発のリスクを言うことは、テーマも説明も毎回同じになるだろうから、感染症よりも「想定、想定外」などの説明を日常から行っていくのが極めて困難なのだろう。

Q.新型インフルエンザでは、WHOのパンデミックに係る「フェーズ」評価・宣言がかなり信頼を持たれていた。国際機関の権威・中立性によるコミュニケーションの裏付けという面で、WHOは機能していると言えるか。
→ WHO西太平洋地域事務局(在マニラ)での勤務経験があるが、着任したスタッフは1週間くらいのメディア対応を含むプレゼンテーションのトレーニングコースを受けさせられる。私は臨床医からいきなりWHOに移ったので、単純なことでもすごく勉強になった。たとえば「原稿は見ても良いが、原稿ばかり見てしゃべるな」「一定のところに目線を合わせるのではなく、全員の顔をぐるっと見るようにして話せ」などいう技術的なこともあり、また自分の言いたいことを数10行、数分単位で表現する方法なども教わった。
WHOには、事務職ではなく医学や公衆衛生の専門家がチームを組み、コミュニケーションやメディア対応する部門があった。感染研を含め、国内ではほとんどできていない仕組みだと思うが、広報を担当する専門部門が必要であることを痛感している。
トレーニングの機会の設定は一つの方法であるし、人員に余裕はないが、専門家がコミュニケーションを担う部門はこれからの日本の社会で必要。感染研の感染症情報センター長としてメデイア対応も行ったが、メディア対応が主たる業務ではないので、たとえばSARSの際、全体の情報の把握・分析をしつつ、実際の現場の対応をし、医療の相談に乗り、メディアや永田町・霞ヶ関対応をしていくのは非常に困難だったが、新型インフルパンデミックの時もそれは繰り返された。

Q.我が国では広報関係の予算は削られており、コミュニケーションに必要なリソースの問題もある。日本リスク研究学会では「リスクマネジャ」等の学会認定の試みがある。
→ スキルアップが過度になると表面的になってしまうのではないだろうかとも思う。適度な「初々しさ」がある方がよいのではないか、と時々ふと思う。
  新型インフルエンザの対応の時に比較的評判が良かったのは、厚生労働省が行政機関としての発表をするのに対し、感染研の専門家が同席して科学的・医学的に補足的な説明をした時だった。しかし、いろいろな作業が降りかかる中、時間的に困難であることも多かった。ただし、常に一緒であると、行政と専門家が全く一緒だということになって良くない点もある。このような取組をある程度普遍化していくことは必要だが、堅いマニュアル化するのではなくではなく、相当の柔軟性をもってやることが必要。

Q.メディアがかなり多様化して、ソーシャルメディアが非常に力を増している。
→ 発信側としてソーシャルメディアを使うという視点は入ってきているが、危うさもあり、ソーシャルメディアを双方向に活用していくのは非常に難しいのではないか。
今までは、公開の会議の議事録は一定の時間をおいてから出てきたが、今は会議中の発言の一部がすぐに流れることも少なくなく、しかもそこに発信者の感想が加わったりすると発言の真意にバイアスがかかることもある。下手をするとそれを意識した発言や萎縮した議論になってしまう可能性も危惧するところだ。こうした公開の会議で誰がどのような発言をしているのか自体がオープンになることは良いことだが、審議会等の議論への対応も成熟していくことが必要だろう。

(以上)

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