国際宇宙ステーション・国際宇宙探査小委員会 第2次とりまとめ ~宇宙探査新時代の幕開けと我が国の挑戦~

平成27年6月
科学技術・学術審議会
研究計画・評価分科会
宇宙開発利用部会
国際宇宙ステーション・国際宇宙探査小委員会

1.はじめに

 1950年代末から1970年代初頭、米ソ両国の衛星打ち上げ、宇宙飛行競争は全世界の注目を集め、「宇宙」は光り輝いていた。それから半世紀たち、宇宙にかかわる国は増え、衛星は日常的に打ち上げられ、実用化されてきた。この傾向は先進諸国の多くが、宇宙探査は、自国の長期的な国際的プレゼンス、技術開発に結びつくものとして高い関心を示してきたこと、ロボティクスや自律制御などの技術が長足の進歩を遂げたことなどによる。更に近年は、情報通信衛星などの利用が増大し、安全保障という観点からも宇宙の意義は増している。

 このように、現在では宇宙が身近になった。しかし実際には、これまで多くの国が有人で到達し得たのは、地球表面から余り離れていない低軌道にすぎない。例えば国際宇宙ステーション(ISS)の高度約400 kmは、東京~京都間の距離であり、月までの距離の千分の一にすぎない。月に人類が到達したのは、およそ45年前の米国のアポロ計画のときだけである。本格的な宇宙探査は、まさにこれからなのである。しかし、有人宇宙探査には、巨額の費用を必要とする。国家の威信をかけ、ある意味で予算を度外視して宇宙開発競争に走った冷戦中の米ソ宇宙競争という特殊な時代が終わった後は、主要国にとって費用対効果の観点からも国際協力による宇宙探査が得策となった。それがISSを中心とする国際協調時代である。

 ISS以降に関しては、各国の宇宙機関から構成される国際宇宙探査協働グループ(ISECG)が、無人探査ミッション、有人探査ミッションという順で月や小惑星から火星へ進み、2030年以降の火星有人探査に至るロードマップの検討を進めている。2014年1月には、35か国・地域・機関が参加した閣僚級会合である国際宇宙探査フォーラム(ISEF)が開催され、情報、認識の共有が図られた。このようなISSから始まり月、そして火星を目指す国際協働による活動が「国際宇宙探査」である。国際宇宙探査における国際協力の在り方は、ISS計画のようなマルチの協力で実施される多国間プロジェクトや、各国が主体的に実施するプロジェクト成果での貢献等、様々な方法がある。例えば月に関しては、ロシアが有人探査の計画を有し、火星については既に米国は無人探査機を着陸させ、2030年代に有人の軌道周回飛行を計画しており、欧州やロシアも同様な計画を検討している。

 更にここに来て地殻変動が起きつつある。近年、中国、インドなど新興国は経済発展に伴い、ISSから先をどう進めるべきかを強く意識し、宇宙に目を向け始めた。中国の月への無人探査機着陸、インドの無人探査機による火星への周回飛行などが既に行われた。これら諸国は、既存の枠組みには入らず、独自の開発を行いつつある。例えば中国は月有人探査の計画を有しており、火星に対してもまず無人探査機の着陸を計画し、2050年には有人探査を目標に掲げている。このように宇宙探査は急速に、新しい競争の場となりつつある。

 世界史上の大航海時代には早い者勝ちの植民地拡大競争が繰り広げられた。宇宙では、宇宙条約などで宇宙天体の領有は認めないとしている。しかし、科学的、社会的、経済的利用は規制されておらず、各国の宇宙探査の結果、実質的な先占につながる排他的な利用が行われる懸念は、払拭されない。そこで国際公共財(グローバル・コモンズ)としての宇宙空間のガバナンス、ルールづくりが喫緊の課題である。その際、活動実績を有する国の発言力が大きくなるのは当然である。

 戦後、糸川博士のペンシル・ロケットに始まり、日本は厳しい挑戦を繰り返しながら、世界水準の国産ロケット、衛星製造・運用を可能とする宇宙技術を蓄積してきた。これが近年の独自の小惑星探査の成功などにつながっている。また、国際探査では、ISSに、当初からアジア唯一の国として主要なパートナーとして参加してきた。「きぼう」日本実験棟、宇宙ステーション補給機「こうのとり(HTV)」の開発・運用を行い、船長1名を含む11名の宇宙飛行士を輩出するなどの貢献は国際的に高い評価を得てきた。またこれを通じ、自ら宇宙技術の獲得、産業の振興を図るとともに、地上では得られない研究開発成果を創出してきた。アジアとISSをつなぐアジア・ゲートウエイの役割を担う国として、いわば「宇宙常任理事国」として発言権を有するに至っている。このようなプレゼンスを維持するためにも、また、これから次のステップに進むためにも、2024年までのISS延長を支持することが日本にとって得策であると判断され、本小委員会の中間とりまとめでは、この旨を提言した。

 当面する課題は、これからのISSへの協力をどのように効果的に行うか、またISSから先をどう進めるべきか、である。本年1月決定された新しい宇宙基本計画(平成27年1月9日宇宙開発戦略本部決定)は、宇宙を取り巻く近年の状況を踏まえ日本としての大きな方向性を示す指針である。本小委員会はこの新計画に照らして、中間とりまとめの補完的位置付けとして第2次とりまとめを検討した。中間とりまとめからこの第2次とりまとめまでの間、小委員会は宇宙航空研究開発機構(JAXA)や専門家に加え、外務省、経済産業省、防衛省、民間企業などからも広範にヒアリングを行った。これらを踏まえ、今後のISS協力については、将来のISS予算低減も視野に入れ、同時に将来の発展性を獲得するためHTVの後継として改良型HTV(HTV-X(仮称))が効率的であると判断した。また、ISS以降の国際宇宙探査については、我が国の長期的安全保障に鑑み、国際宇宙探査に関わっていくことは緊要である。本年4月に日米間で合意された新防衛ガイドラインでも宇宙における協力は新しい柱と位置づけられている。加えて、国際宇宙探査、宇宙での実験から得られる技術、知見は他では得られないものである。医学、科学など各方面での利用可能性があり、軌道上実証などで得られる材料技術は広く産業振興に有用であり日本の産業競争力を高めるものである。これに加え、宇宙にかかわることは青少年に夢を与える。これは、我が国が引き続き科学技術イノベーション立国として成長していく上で重要である。
 今後のISS及び国際宇宙探査について検討した結果、次の7項目に集約される。

  1. 各種プロジェクトについては常に学問的価値とともに、我が国にとっての戦略的価値、費用対効果の視点から厳しく精査されなければならない。単にこれまでの政策維持と言う理由での継続は許されない。
  2. 費用対効果という見地からも、国際的なルールづくりに当たっての発言権確保という観点からも可能な限り国際協力の枠組みに参加していることが引き続き得策である。ただし、これに当たっては全体計画の効率化及び我が国負担の軽減が追求されるべきである。
  3. 同時に我が国独自の技術、知見を蓄積することも我が国の技術的優位性を確保するだけでなく、発言力確保の観点から重要であり、重点化技術を特定していく。
  4. 国際宇宙探査においては、宇宙基本計画、ISECGにおける国際宇宙探査ロードマップ(GER:Global Exploration Roadmap)にもあるように目標を設定し、そのためのシナリオが描かれるべきである。
  5. 国際宇宙探査のシナリオにおいては、着実な成果を得るため、ステップ・バイ・ステップ・アプローチを基本とすべきである。特に学術的立場で行われる無人探査計画と、最大限に有効な相互乗り入れを図るべきである。
  6. この考えに立つと ISS後、大きくは月・火星無人探査、月有人探査、火星有人探査と進むと考える。当面はJAXAの小型月着陸実証機SLIM(仮称)を進め、2019年度目途に月面着陸を実施するとともに、2020年代初頭に月南極探査を目指すことは適当と考えられる。その後、どこまでを単独であるいは国際協力のもとに進めるかは、今後の展開次第である。またこの過程で小惑星や他の重力天体探査など国際宇宙探査とは別に独自の活動も継続されるべきだろう。
  7. 2016年ないし17年に日本で開催されるISEFは、我が国が議長国として国際的ルールの一環である枠組みづくりにリーダーシップをとる貴重な機会である。同時に本提言の内容を実現させる機会として利用すべきである。産官学を挙げて準備に関与していくべきであろう。

2.国際宇宙探査の重要性と各国の動向

(1)低軌道有人宇宙活動

 ISSは微少重力環境という特徴を生かした研究開発プラットフォームとしての利用が進められる一方で、将来の月、火星有人探査に向けた有人宇宙技術を磨く場としての有人活動プラットフォームの役割が期待されている。
 そのような中、米国はISSをNational Labと位置付け、日本に比べ年間約10倍以上の資金をISS利用に投じ、国内の多様な機関の利用による成果創出を進めている。また、長期的には地球周回軌道上への物資・有人輸送のみならず、宇宙利用のインフラ施設の建設・運用について、民間主導に切り替えていく方針であり、民間企業による物資輸送サービスの調達、有人機開発の支援及び滞在モジュール開発への協力を進めている。
 また、米国は2014年1月のISEFにおいて、2024年までのISS運用延長を提案した。本提案に対し、本年3月にロシア連邦宇宙庁は賛同の意向を表明し、4月にはカナダ政府もISS計画に継続して参加する方針を示した。欧州は、2016年後半にISS運用延長の判断をする見込みであるものの、ISS利用については、日本に比べ約1.5倍の資金を投じ、宇宙医学・生命科学、地球科学、物質材料科学を軸に精力的に推進している。
 一方で、ISS後の有人宇宙拠点については、ロシア連邦宇宙庁は2024年以降の、中国は2020年頃の独自の宇宙ステーションを建設する計画を構想しているが、米国、欧州の方針は決まっておらず、引き続き国際的な動向を見定めていく必要がある。

(2)月探査

 月は地球に最も近い天体であるため、輸送、通信の観点から利点があり、重力天体への着陸・帰還技術、惑星表面探査ロボットなど今後の火星をはじめとした太陽系探査に向けた技術獲得の重要なステップである。また、月は地球に近い成り立ちを持ち、地球を含む固体惑星の誕生と進化の解明にとって重要な天体である。
 現在、ロシア、欧州の宇宙先進国のみならず、中国、インド等の新興国も含めた多くの国々が、月探査の計画を推進しようとしている(米国は、国際協力を前提とした月探査ミッションを計画)。特に、ロシアは2030年までに有人月周回飛行及び月着陸、中国は2025年以降の有人月面探査及び月面基地の計画も有しており、精力的な動きを見せている。
 また、民間レベルでは、Google Lunar X-Prizeによる月面着陸及び移動などの取組が進められており、2017年を目標に、民間企業による月面探査が実現する見込みである。

(3)火星探査

 火星は、水が存在する可能性があることを示唆する有力な痕跡があり、太陽系の中で、地球以外に表面に水が存在したと考えられる唯一の惑星である。地球との類似性など惑星科学の観点からも科学的意義は高く、生命探索、長期的有人滞在や資源利用の潜在的可能性を有する。
 米国は唯一、火星表面に無人探査機を着陸させ表面探査を実施しており、火星における生命や水の探索に主眼をおいた科学探査とともに、将来の有人火星探査に向けたデータを蓄積など、各国に対して火星探査を圧倒的な実績と技術でリードしている。
 また欧州、ロシア、インドはこれまでに火星周回軌道へ到達するとともに、欧州、ロシア、中国が火星への無人探査機の着陸を計画しており、着実に米国を追従しようとしている。
 有人火星探査については、米国が2030年代に人類を火星周回軌道へ送り帰還させること、中国が2050年の有人火星探査を目標に掲げている。

(4)国際宇宙探査協働グループ(ISECG)での検討状況

 2007年に世界の主要宇宙機関を含む14の宇宙機関により、ISECGが結成され、有人火星探査を最終ゴールとして、国際宇宙探査ロードマップの提案や全体システム構成の検討を進めている。
 2013年に公表されたGER第2版では、2030年以降に国際ミッションとして火星有人探査を行うため、準備ミッションとして月近傍(ラグランジェ点や月表面等)を利用するためのミッション概念やシナリオの提案が行われている他、地球低軌道以遠の探査に向けた拠点としてのISSの重要性が示されている。

3.我が国が国際宇宙探査に取り組む意義

 世界の主要な国々が、国際宇宙探査に精力的に取り組もうとしている中、外交・安全保障、産業振興、科学技術振興の観点から、我が国が国際宇宙探査に取り組む意義について、以下の通り整理した。

(1)外交・安全保障への貢献の観点から

 前章のとおり、世界は今、新たな人類の活動領域を拡大するための取組を進めようとしているが、一方で、我々の宇宙活動が進むにつれ、国際公共財(グローバル・コモンズ)としての宇宙空間のガバナンスが大きな問題となっている。宇宙先進国を含む103か国が批准している宇宙条約が国家による宇宙空間の領有を禁じる一方で、科学的、社会的、経済的な利用は制限されておらず、宇宙空間の安定的なガバナンスを含む国際的なルールの形成は、安全保障上、重要な意義を持つ。
 国際宇宙探査の進展により人類の活動領域が更に拡大すれば、新たな国際的なルール形成の議論へと発展することが想定される。特に民間を含めた多様な主体が参画する可能性がある地球周回有人活動や月面活動においては、近い未来にそのような局面を迎える可能性が高い。このような取り組みにおける発言力の大小は、宇宙空間利用における国際的なプレゼンスの大きさによって左右される。ISS計画における日本の参加は、我が国の国際的なプレゼンスの確立に大きく貢献してきた。しかし、仮に我が国がISS計画から離脱し、国際宇宙探査へも消極的に対応することとなれば、我が国の安全保障上、不利益を招きかねず、更に宇宙分野にとどまらずアジア外交における我が国のプレゼンスの低下を招きかねない。
 ISS計画を梃子(てこ)に、次の時代の国際宇宙探査に取り組むことで、我が国が有人宇宙活動も見据えた月・火星探査の最前線で自国の宇宙開発能力の高さを示し、科学的・技術的な知見や実績に基づく発言力を有することは、宇宙空間におけるルール形成という国際社会の重要な課題における議論の主導権を握る上で極めて重要であり、日米宇宙協力の視点も含め、我が国の安全保障に大いに寄与すると考えられる。

(2)産業振興の観点から

 ISSや国際宇宙探査は、世界の英知を結集する協力の場である一方、各国の技術力の競争の場でもあり、最先端の技術を獲得し実用化していく上でも大きな意義がある。過酷な宇宙環境における様々なミッションを実現するための最先端技術開発や革新的材料の追求、様々な部品・機器の開発は、技術、人材、設備など我が国の宇宙産業基盤を強化するとともに、技術と信頼性の向上など我が国の宇宙産業の国際的な競争力につながると考えられる。特に無人表面探査技術におけるロボティクス、再生型燃料電池等のエネルギー技術、有人宇宙技術における水・空気再生技術や放射線防護技術、健康管理技術などは、我が国が将来期待する基幹産業を支える技術とも深く関連し、これらの技術革新を加速することは、我が国の産業競争力の維持・向上や社会的課題の解決に資するものと考えられる。
 さらに、長期的ビジョンを持って国際宇宙探査に取り組むことは、産業界における投資の予見可能性を示すとともに、革新的技術開発を促進し、若手人材の育成や将来の宇宙開発利用につながる技術、知財、標準化の獲得など長期的な産業基盤の維持・向上の観点から重要な意義を持つ。

(3)科学・技術イノベーション推進の観点から

 科学技術は、安全保障や産業振興をけん引し、これらを支える基盤となると同時に人類の新しい知識を獲得する手段ともなっている。また、これらを支える基盤としての力の源泉である。宇宙探査を通じて得られる科学的知見や宇宙技術は、人類の宇宙空間における活動領域を拡大し、新たな社会的、経済的、科学的価値を創り出す未来の宇宙開発利用を切り開くものである。これらの宇宙探査がもたらす恩恵は、人類共通の財産として我々の子や孫の世代にまで受け継がれるものであり、世界が協力し取り組んでいくべきものである。このような取組の中で、我が国が先導的かつ主体的な役割を担い、世界に貢献することは、将来にわたって我が国が科学技術イノベーション立国であり続けるための重要な試金石となり得る。
 特に宇宙探査による太陽系の起源、惑星の進化、生命の起源などに迫る科学的成果は、「宇宙とは何か」、「人とは何か」という根源的な問いを解き明かすための重要な示唆を与えるとともに、地球の価値の再発見にもつながる。我が国が「かぐや」や「はやぶさ」等により築いてきた優位性を維持・向上させるためには、積極的な取り組みが重要である。
 また、我が国は科学技術イノベーション立国であり、科学技術イノベーションを支える最も重要なものは人材である。国際的に傑出した有為な人材を、宇宙分野を含む幅広い分野で育成し、伝承していく好循環を作っていくことが長期的視点で必要である。また、理科離れ抑制という面でも波及効果は大きい。

4.国際宇宙探査における我が国のこれまでの取組と推進方策

 前章のとおり、我が国が国際宇宙探査に取り組むことは極めて重要な意義を持ち、国際的な協力・競争が進む中で、我が国が実績や知見・技術を着実に蓄積するとともに、国際的な発言力や信頼の維持・向上を図ることが重要である。
 そのためには、これまでの我が国の取組を踏まえつつ、長期的な視点に立った戦略的なシナリオの中で目標を設定することが重要である。シナリオにおいては、我が国の技術的優位性を生かしつつ、ISSから月、火星へと段階的に進むステップ・バイ・ステップ・アプローチが適当だと考えられる。まずは10年程度先の探査プログラムの具体化を実施し、更に先の探査活動については、それまでの成果や国際動向、技術開発の進捗等を踏まえつつ具体化する。
シナリオを進めるに当たっては、長期に取り組むという視点に立ち、持続可能性を高めることが不可欠である。有人・無人探査の相補的・有機的な協働や国際協力を活用し、費用対効果を高めることを常に追求していくことが必要である。なお、ISS計画を含む我が国の国際宇宙探査シナリオについては、現行予算をおおむね超えない範囲で取り組むことを目指す。
 また、我が国における国際宇宙探査は、外交・安全保障、産業の振興、科学技術イノベーション推進において意義がある。戦略的に進める政策的ミッション、学術的な意義のある科学的ミッションの両面があり、それらを兼ね備えることが重要であるため、両ミッション間の効果的な協調と役割分担が不可欠である。そのためには、JAXA/宇宙科学研究所(ISAS)において科学コミュニティの総意に基づき実行されている、水星、木星探査等の惑星探査プログラムとの有機的な連携の強化を図ることが重要である。
 以上を踏まえ、国際宇宙探査に関するこれまでの我が国の取組と推進方策を以下の通り整理した。

(1)我が国のこれまでの取組

 地球低軌道の有人宇宙活動については、ISS計画における「きぼう」やHTVなど開発・運用を行い、また、ISS船長1名を含む11名の宇宙飛行士を輩出し、宇宙環境利用による社会的利益の還元、宇宙技術の獲得・発展、産業振興など、様々な成果を創出した。特に、HTVは他国の補給機にはない大型船内ラック、大型曝露カーゴの輸送能力を持ち、着実な物資補給によりISSの安定的運用・維持に大きく貢献し、ISS参加各極より高い信頼を得ている。このことは国際社会における我が国のプレゼンス向上に大きく寄与している。
 月探査については、月周回衛星「かぐや」によりリモートセンシングによる月表面の詳細な探査を実施(2007~2009年)し、3次元地図の作成などにより月の理解を深めることに大きく貢献したものの、着陸探査は未実施であり後れを取っている。
 火星探査については、火星探査機「のぞみ」により周回軌道投入に失敗(2003年)してから実施しておらず実績がなく、米国、ロシア、欧州、インドに後れを取っている。
 小惑星探査については、「はやぶさ」のイトカワへの着陸(2005年)、サンプルリターン(2010年)の実績、及び「はやぶさ2」で期待される成果により、我が国が一歩リードしている。

(2)我が国のシナリオ

(ISSを活用した将来の有人宇宙探査に向けた取組)

 我が国としても引き続き、ISS計画への参画による成果の最大化に努める。(詳細は第5章にて記載。)
 また、ISECG等にて検討されているポストISSとしての将来の有人拠点に向けて、我が国が得意とする水再生技術、個人被ばく線量計測技術などの優位性を生かした技術検討を進める。

(重力天体着陸技術の獲得及び月南極の探査活動)

 月の重要性や他国の動向等を踏まえると、我が国の月探査への取組が遅れることは、月の科学における我が国の優位性を失うとともに、国際的な発言力の低下を招くことで、将来の月面利用の場や権益獲得の機会を失う恐れがあることから、我が国としても主体的に月面探査に取り組むことが必要である。
 まずは、科学探査・利用可能性調査を行うとともに、その成果を踏まえて利用可能性実証を行う。更に本格的利用(有人月面探査を含む)を2030年以降から実施する、というように段階的なアプローチにより探査活動を進める。
 具体的には、JAXA/ISASが検討中の宇宙科学・探査ロードマップにおけるSLIM(仮称)を着実に進め、2019年度目途に月面着陸を実施し、我が国として重力天体着陸技術(ピンポイント着陸技術)を獲得する。
 更に当該技術を発展させ、2020年代初頭を目途に、高機能の月面表面探査機や複数の観測機器を搭載した無人機による月表面の科学探査・資源利用可能性調査等を実施する。調査領域については、資源利用可能性や科学的意義を踏まえ、月南極周辺を対象とする。月の南極及び北極周辺は、水氷の存在可能性があるとともに半年以上の連続日照や80%以上の日照率が得られることからエネルギー確保の観点からも重要な領域である。特に、南極域は揮発性成分の由来調査により、太古の太陽系環境を知る手掛かりを与えるとともに、多様な岩石を採取することで月の起源・進化の解明につながる調査など科学的意義も大きい探査が可能である。他国も月南極探査の計画を進める中、日米協力による実施も視野に我が国も最優先で取り組むべき領域と言える。
 これらの取組を通じ、将来の月面開発利用や有人探査等に向けた知見、経験、技術を蓄積する。

(我が国独自の火星探査の推進)

 我が国はこれまでに火星探査の実績がなく、まずは着実に火星探査に関する知見、経験、技術を蓄積することが必要である。そのため、火星有人探査は将来の目標としつつ、当面はJAXA/ISASがとりまとめる惑星探査プログラムに基づき、火星の理解を深めるための無人機による科学探査を進める。
 現在、JAXA/ISASでは、火星本星に先立って、2020年代前半に火星衛星を対象としたサンプルリターンの計画を検討している。火星本星の大気観測や火星構成物質の解析など科学的に大きな価値があり、将来の火星本星への着陸につながる知見、技術の獲得等の成果も期待されており、理学・工学両分野において価値の高いミッションである。また、火星本星への着陸は技術的・コスト的なリスクが高く圧倒的に米国がリードしている中で同様のアプローチで追随することは非効率的であることに鑑みれば、我が国の優位性を生かした独自の取組として、他国と相補的な探査の成果を目指した有力な計画であると言える。一方、他国においても類似の計画が今後の候補となっていることから、我が国の優位性を確保するためにもJAXA/ISASにおける検討を加速し、できる限り早期にプログラム化されることが望まれる。

(3)重点的に取り組む技術課題及び推進体制

 我が国が国際宇宙探査に取り組むに当たり、より多様な目標を効果的かつ低コストで、安全に行えるよう無人探査と有人探査を組み合わせることが重要である。無人探査は新しい発見をもたらし、月、火星についての知見を広げ、科学的成果の獲得や後の有人探査のための情報収集、技術実証としての役割を担う。また、有人探査は、人の経験や知識に基づく高度かつ質の高い活動を可能とする。これらを効果的・相補的に連携させることで、より大きな成果の達成を目指す。
 以上を踏まえ、当面の重点的な技術課題について、我が国の自律性、優位性、国際協力の可能性、産業振興への貢献等の観点から検討を行った。

(重力天体着陸技術(サンプルリターン技術を含む))

 重力天体における無人着陸技術は、我が国の自律的な探査活動を行うために不可欠な技術である。特に、目標地点にピンポイントで着陸する高精度着陸技術は、月の領域の中で高日照率等のため探査価値が高く国際的に競争性の高い領域において、我が国が先導的に活動することを可能とし、我が国の国際的な優位性の確保のためにも重要である。このような観点から、他国も当該技術の保有を目指している。
 我が国は、「はやぶさ」の地形照合航法、HTVの誘導制御技術など、高精度着陸におけるキーテクノロジーの優位性を有しており、これまでの月探査機は数km程度の着陸精度であったが、SLIM(仮称)においては100m級精度の重力天体への着陸技術を実証することで、我が国の優位性を確保する。また、月南極探査に必要となる探査機や観測機器等を搭載するための大型着陸機に必要な技術開発を進める。
 また、各国は着陸探査と合わせて、サンプルリターンによる現地の詳細調査を進めようとしている。サンプルリターン技術は、地上における最先端技術の分析や人の経験や知識に基づく高品質な解析を可能とする。火星衛星からのサンプルリターンは、我が国の「はやぶさ」による優位性を生かし、重力天体からのサンプルリターンにつながる重要なステップとなる。
 地球と月・火星間の無人輸送に関する基幹技術を我が国が先導し、国際協力のツールとして活用するとともに、当該技術の海外受注や標準化など宇宙産業基盤の維持・向上への貢献としても期待できる。

(重力天体表面探査技術)

 重力天体における表面探査技術は、月や火星探査の成果に直接的に影響を及ぼすものであり、着陸技術と合わせて我が国の自律的な探査活動を行うために不可欠な技術である。
 我が国は、民間企業や大学が有する世界最先端のエネルギー技術、ロボティクス技術、自動走行・自動作業技術、人工知能などにおいて優位性を有しており、これらを取り込み更に発展させることで効果的・効率的な開発が可能である。
 また、我が国独自のシステム設計を行うことで、軽量化・効率化・低コスト化と高いモビリティやレジリエンス、耐環境性を兼ね備えた世界に誇る探査システムの実現を目指す。
 当該技術は、無人着陸技術同様に、国際協力のツールや海外受注などの効果のほか、開発された技術はロボティクスやエネルギーなど我が国の将来の基幹産業として期待される分野と深く関連することから、地上にフィードバックすることで、災害ロボット、高効率再生エネルギー等宇宙産業以外を含めた幅広い波及効果が期待できる。

(深宇宙補給技術)

 人が宇宙に滞在する限り物資補給は不可欠である。将来どのように有人宇宙探査が実施されようとも確実に求められる技術であり、持続的な宇宙探査活動においてキーテクノロジーと位置づけられる。この技術を将来にわたって確保することは、我が国の優位性の確保の観点で重要であり、国際協力の観点でも意義が大きい。
 我が国は、HTVが持つ優位性のある輸送能力(大型船内ラック、大型曝露カーゴの輸送、大容量の物資輸送)を維持・発展させることにより、更なる強みとするとともに、現在の地球低軌道での運用を継続しながら持続可能な開発計画として立案することが可能である。
 HTVの開発・運用で獲得した技術を将来の月近傍での有人活動で必要となる深宇宙補給機に発展させることは、技術面でも資金面でも効率的な取組となり得る。
 また、安定した需要はアンカーテナンシーとして宇宙産業基盤の維持に貢献するとともに、将来の深宇宙インフラ技術(深宇宙通信、自律ランデブドッキングなど)に関する標準化の獲得も期待されることから、戦略的な取組が必要である。

(有人宇宙滞在技術)

 有人宇宙滞在技術は、人の生命を安全に維持する有人宇宙活動の根幹であり、今後の国際宇宙探査においては、できるだけ長期間の有人宇宙滞在を可能とすることが大きな課題となっている。そのキーテクノロジーとなる水・空気再生技術、放射線防護技術、健康管理技術については、国際的にも競争が激しい分野である。
 我が国は、ISS計画への参画を通じて、「きぼう」・HTVの開発・運用により、世界第3位の宇宙滞在累積時間やISSコマンダーを輩出する等、宇宙飛行士を安全に宇宙滞在・活動させる技術を効率的に獲得し、米露に並ぶまでに至っている。現在、高効率・省リソースの水再生技術や宇宙放射線に対する宇宙飛行士の個人被ばく線量計測技術等、優位性のある我が国独自の技術を活用して、国際競争力をもった長期間有人滞在技術を獲得すべく、段階的に研究開発を進めている。今後、水・空気再生などの環境制御技術、放射線防護技術や宇宙医学等に関し、「きぼう」を有人閉鎖テストベットとして宇宙実証し、さらなる水準向上を図ることで、宇宙探査における不可欠なパートナーとしてのポジションを確実なものとする。
 また、当該技術は、少子高齢化、資源小国という我が国が抱える社会的課題との関係も深く、地上への波及効果も期待される。

(その他の主要な技術)

 有人ロケット技術や有人宇宙探査船、深宇宙居住モジュールなどについては、国際宇宙探査の取り組みの中では、国際協力のメリットを最大限生かして優位性を持つ国から提供される機会を活用することとし、将来の有人宇宙活動が活発化する可能性を見据えつつ、要素技術開発を引き続き実施し、今後の宇宙開発利用全体の動向等を踏まえ対応を検討する。

(先進的ミッションにつながる技術開発の推進体制)

 国際宇宙探査に関する取組の持続可能性を高めるため、「先進的でありながら、技術的・コスト的に実現可能な将来のミッションにつながる技術シーズ」を生み出すことが重要である。そのためには、最先端技術の革新と融合を進めることが必要であり、民間・大学等の最先端技術の積極的な利用や国際協力を活用するとともに、我が国が得意とする小型化、軽量化、低コスト化の技術を駆使し、費用対効果の高い活動を目指す。
 そのため、例えば、科学技術振興機構(JST)の「イノベーションハブ構築支援事業」に採択されたイノベーションハブを活用し、JAXAが中心となり、我が国が有する優れた技術・人材を糾合し、産学官の英知・技術力を結集したALL-JAPAN体制を構築するとともに、海外からの優れた研究者を招へいし、アジアにおける宇宙探査研究の中核を目指す。更に宇宙探査の成果を地上へフィードバックするために、地上ニーズの収集、技術移転、知財管理などに必要な人材や支援スタッフの充実等を図る。

(4)次回の国際宇宙探査フォーラムに向けた取組

 次回ISEFが2016年又は2017年に我が国で開催されることとなる。前回のISEFは初めての閣僚級会合として、将来の宇宙探査協力に関する国際的な枠組みの必要性について留意されたが、今回の会議では、国際的な枠組みに関する具体的な成果が求められる。
 ホスト国である我が国としては、国際宇宙探査における各国の連携・協力の議論を主導し、次回ISEFにおいて、具体的な国際的な枠組みに関する共通認識を形成することは極めて大きな意義を持つ。
 国際的な枠組みについては、人類が共通の恩恵を獲得するため、各国の連携・協力を推進しつつ、各国が実施するプロジェクトが効果的な方向へ進むような仕組みを目指すべきである。例えば、国際宇宙探査における共通的な原則を規定し、当該原則を各参加者が認識しつつ、各参加者の自主性が尊重されながら国際的な協力・連携が進められるようなスキームが考えられる。
 同時に日本が開かれた宇宙先進国であることをアピールする重要な機会であり、各国の青少年、特にアジア諸国の青少年が集い宇宙について学習、議論、ネットワークづくりの機会を提供すること、日本が中心となった探査イベントを企画することも考えられる。

5.今後の国際宇宙ステーション計画における我が国の取組

 ISSという世界最大級の国際協力プロジェクトにおいて、参加国間で密接な協力関係を築き、これを維持・発展させていることは、宇宙の平和利用を維持するという意味で非常に大きな意義を持つ。地上における国際的な緊張が高まる中でも、高度なコミットメントを可能とし、国際関係におけるリスクマネージメントという意味でも非常に有意義である。さらに、我が国はアジア唯一のISS参加国として、アジアのゲートウェイとしての役割を担うことで、多くのアジア諸国との協力関係を構築してきた。中国やインドが近年著しい伸張を見せており、中国は独自の宇宙ステーション計画を有するなど、アジア地域における我が国のプレゼンスが相対的に低下することが懸念される中、新たな日米宇宙協力の視点からも、ISSの重要性はますます高まるものと考えられる。
 また、ISSはその特殊な環境を生かした研究開発のプラットフォームとしての利用が進められる一方で、国際宇宙探査における有人活動を推進するプラットフォームとしての役割も担う。このような重要な位置づけであるISSにおいて、我が国が運用・利用する「きぼう」は、地道な基礎研究利用の中から、社会への貢献が有望とされる分野への重点化と、その利用技術の獲得が進み、大学や研究開発法人のみならず、民間企業による研究が始まるなど、まさに成果の収穫期を迎えようとしている。
 このような状況が更に発展すれば、2021年以降には、「きぼう」が我が国の国際プレゼンスの維持・向上や産業競争力の強化、国の科学技術イノベーションの創出等につながっている姿が想定できる。その姿に向け、まずは2020年までの間に、「きぼう」利用の実用化の実証を目指して、我が国がこれまでに培った利用技術やノウハウ、宇宙環境ならではの「きぼう」の優位性を生かしつつ、引き続き他国に先んじた成果を創出していく。そのためには、引き続き基礎研究にも一定の配分をするポートフォリオとしつつも、以下の方策を通じて、利用成果の最大化とコスト負担の低減化を図り、費用対効果を更に向上させることが必要である。

(1)「きぼう」利用の成果最大化に向けた方策

(国際プレゼンスの維持・向上への貢献)

1) 「きぼう」の国際的な利用機会の拡充

 今後の我が国のアジア外交及び国際プレゼンスの維持・向上のために、世界唯一の実験環境を提供できる「きぼう」の国際的な利用を進める。具体的には、新たな日米宇宙協力の時代に対応した取組を始めISS参加国間における「きぼう」利用の共同研究を進めるとともに、船外実験プラットフォームにおける超小型衛星放出や材料曝露実験装置など、比較的参入しやすい分野を中心に積極的に海外からの利用を促進する。さらに、国際連合等の国際機関やアジア・太平洋地域宇宙機関会議(APRSAF)など複数国が参画する枠組みを活用することで我が国の貢献が世界から見える形となるような取組を進める。

2)国際宇宙探査における重点化技術の技術実証

 国際宇宙探査という協力・協調の中で、我が国が実績・知見・技術に基づく国際的な発言力や信頼を獲得するために、第4章(3)にて述べた今後の国際宇宙探査における重点化技術について、「きぼう」における軌道上で技術実証を進めることで、国際宇宙探査における我が国の主導的役割の獲得に貢献する。

(宇宙開発利用の発展と産業競争力の強化への貢献)

1)超小型衛星放出機会の拡充

 超小型衛星(Cubesat)に見られる新たな宇宙利用の姿は、米国科学雑誌「サイエンス」の2014年の10大成果にも挙げられたが、世界の超小型衛星(1~50 kg)の打ち上げ数は、2014年は前年比約7割増と、今後その需要は更に高まるものと考えられる。
 ISSからの超小型衛星の放出は、エアロックとロボットアームを併せ持つ「きぼう」からのみ実施可能な世界で唯一のシステムであり、「きぼう」から放出される超小型衛星は、打ち上げ時の振動環境が緩和されるとともに、高頻度の輸送が可能であり、利用者にとって利便性も高く、世界のユーザーからの期待も高い。50 kg級の超小型衛星の放出計画も進んでおり、ますます多くのユーザー需要が見込める。
 更に超小型衛星データは、農業支援、森林計測、災害監視、気象分野等での利用が見込まれており、多様な民間企業の参画が期待できる有望な利用分野である。
 今後は、様々な超小型衛星の需要に対応すべく放出機能の拡充を図るとともに、より多様な利用者に活用してもらうため、高頻度に衛星放出機会を提供して民間企業や大学等教育機関による利用を更に促進し、我が国宇宙開発利用の発展と産業振興に貢献する。
 また、国際協力によって同分野への参入を希望する新興国・途上国等のニーズも取り込みながら、国内外の超小型衛星開発利用の発展、及び開発を通じた人材育成を支援する。

2)材料曝露実験装置による宇宙機器材料等の品質保証への貢献

 「きぼう」以前は、宇宙向けの革新的な材料等の宇宙実証機会が少なく、また機会があったとしても宇宙飛行士による長時間の船外活動を要するため実施機会が限られるなどの課題があった。しかしながら、「きぼう」船外実験プラットフォームにおける簡易の材料曝露実験装置により、船外活動を実施することなく、簡易かつ高頻度に材料等を取り付けて、地上回収することが可能となり、利用者自らが分析することができるようになった。この特長を生かし、民間企業や大学における宇宙用新素材の品質・信頼性評価に活用してもらうことで、我が国の宇宙開発利用の基盤の維持・向上に貢献することができる。
 この我が国独自のシステムを最大限活用するため、今後は、材料曝露実験装置の高度化を更に進めることで、より多くの利用機会を創り出すとともに、汎用化・形式化を図り、より簡易に利用者が参画できる環境を整えることで、多種多様な利用を促進する。

3)宇宙科学観測・地球観測プラットフォームによる宇宙利用機会の提供

 「きぼう」船外実験プラットフォームでは、電源系や通信系などのインフラが整備されており、衛星バスを新たに準備せずに、比較的大型の観測装置を軌道上に設置することが可能である。これまでの成果として、「全天X線監視装置(MAXI)」は、観測開始以降の5年間で15個の新たなX線天体を発見し、科学的に大きな成果を創出した。また、地球観測では、「超伝導サブミリ波リム放射サウンダ(SMILES)」はオゾン層に含まれる微量の化学物質を精緻にサブミリ波で観測する先進技術を活用し、世界で初めて成層圏でのオゾンの日周変動を観測し、これまでの衛星観測では検出が困難な大気成分の定量的な把握に成功した。
 2015年度に設置予定の高エネルギー電子・ガンマ線観測装置(CALET)は、謎とされている高エネルギー宇宙線の発生源発見の他、暗黒物質の正体に迫る新たな観測が期待されている。こういった優れた観測ミッションは、先述のMAXIとともに長期の観測によってより多くの世界的発見をもたらす可能性を秘めており、2021年以降も含めてISSにおける機動的な宇宙線高エネルギー領域のデータ観測・蓄積を進めることで、我が国の宇宙科学の発展に貢献する。また、米国も2016年以降ISS-CREAM(Cosmic Ray Energetics and Mass)を設置する予定になっているなど、こういった宇宙科学観測や地球観測の分野において、人工衛星による観測に向けた観測技術の実証や「きぼう」の特徴を生かした観測をこれからも伸ばし、国際的に利用価値の高い世界に誇る観測プラットフォームとして貢献していく。
 また、今後は、これまでの大型ミッションでの利用に加え、開発規模が小さく簡易な宇宙利用を高頻度に実施できるように、中規模なペイロードの搭載機構を整備し、これまで宇宙環境を利用してこなかった中小含む民間企業等による利用を促進する。

(国の科学技術戦略・施策への貢献)

1)革新的な新薬創製に貢献する高品質なタンパク質結晶技術の高度化

 「きぼう」では、地上よりも高品質なタンパク質結晶を生成することができる特長を有する。我が国では、これまでに筋ジストロフィー治療薬やインフルエンザ特効薬開発に関する標的タンパク質の結晶生成など、他国に先んじた成果を創出してきたが、米国、欧州は我が国に追従するための取組を精力的に進めようとしている。そのような中、我が国がこれまでの優位性を生かしつつ、我が国の健康医療戦略が狙う創薬に資する取組を進めることで、他国をリードする成果創出を目指す。
 その一環として、これまでに培った高品質結晶生成技術を更に発展させ、地上での結晶化技術の進展がこれからとなっている膜タンパク質の高品質結晶や水溶性タンパク質の大型結晶など、今後の創薬の標的となる重要な疾患関連タンパク質群の精密な構造情報取得を目指した高品質結晶生成の新たな技術を開発する。このような技術を活用しつつ、2020年頃以降から世界最高のタンパク質結晶解析性能を提供する地上の研究開発プラットフォームと連携して、疾患に関する研究や医薬品創出等の施策に貢献することを目指す。

2)加齢疾患とエピゲノム情報等との相関性の解析

 宇宙環境は、最大のストレス環境の一つであり、新たな環境に対する普遍的な適応性や応答性に関する研究を行う場として非常に適した場である。また、微少重力環境における骨量減少、筋萎縮、免疫低下など、加齢現象に見られる生物影響の加速的な変化を提供できる唯一の環境である。このような身体に特別な影響を及ぼす環境を生かし、「きぼう」では骨粗しょう症治療薬の予防効果の確認や筋萎縮原因酵素の特定などの成果を創出してきた。
 現在、国の健康医療戦略として進めようとしているオーダーメイド医療の実現には、遺伝子変異と疾患をつなぐエビデンスが重要であり、生き物が持つ遺伝子情報(DNAの塩基配列情報)であるゲノムや、外的刺激や環境の変化によってDNAやDNAをとりまくタンパク質の化学修飾により細胞の個性を記憶する情報であるエピゲノム等、生体分子の網羅的情報であるオミックス情報の宇宙環境での変化と疾患関連遺伝子探索を通じ、疾患バイオマーカ開発などの医療への貢献が期待される。
 特に、「きぼう」を加齢研究プラットフォームとして、宇宙で飼育したマウス等の骨量減少、筋萎縮、免疫低下とエピゲノムをはじめとする生体内情報との相関性を、生命が持っている「情報」を分析するバイオインフォマティクス等の最新解析手法により明らかにし、加齢性疾患の早期診断因子を特定するなど加齢研究に貢献する。2020年頃以降は、これらの研究成果を生かし、微少重力下での疾患モデルマウス等の飼育実験が創薬の非臨床試験機会としての役割を担い、ゲノム医療に関する研究に貢献することを目指す。

3)再生医療における立体培養・組織形成

 様々な細胞に変化することができる幹細胞の研究については、我が国の健康・医療戦略における最重要施策の一つであるが、従来、幹細胞から複雑な形をした立体の臓器を作成することは難しいとされてきた。ところが、最近の研究成果では、無重力環境において立体的に培養できる可能性が示されており、新たな展開として期待されている。
 「きぼう」は安定した微少重力環境を長期間にわたって提供できる唯一の実験施設であり、「きぼう」の微少重力環境における実験を通じて、浮遊培養の様々な知見を得ることで、地上の再生医療における立体培養技術の開発への貢献を目指す。
 2020年頃までに「きぼう」で幹細胞を浮遊培養するための技術開発を進め、臓器の基となる組織を立体培養するために必要なキーファクターを2020年頃以降から探索することを目指す。

4)静電浮遊炉による高温融体材料の研究

 「きぼう」の微少重力環境では、容器を用いることなく液体を保持する(非接触)ことができるため、2000℃を超える融点が高い材料等の溶融状態(高温融体)の物性(熱物性)の高精度な測定が可能となる。本年打ち上げられる静電浮遊炉を用いることで、世界で唯一、金属から絶縁体まで幅広く高温融体の熱物性データを計測できる実験環境が構築される。
 この優位性を生かし、本年より未踏の高温融体の熱物性データの取得を開始し、得られた実験結果をデータベース化することで、鋳造や溶接シミュレーションの高度化による材料生成プロセスの改良や我が国の新機能材料の創出に貢献する。
 1)~4)のほか、国の科学技術戦略・施策の動向を踏まえ、その中から「きぼう」の実験環境が貢献できる分野・領域を見極めた上で、宇宙環境を生かしてブレイクスルーを図れる可能性が見えてきた領域があれば、積極的に取り組んでいく。

(より利用者の立場に立った「きぼう」利用の機会提供の推進)

 宇宙基本計画に示された施策や国の科学技術戦略・施策の実現を加速するための技術実証の場(オープンプラットフォーム)として、「きぼう」やISSへの物資輸送機会の活用方策を幅広い関係者の参加を得て検討する。
 「きぼう」船内実験室及び船外実験プラットフォームの利用機会に関する長期的スケジュール等、必要な情報をより透明な形で公開することで、利用者の開発計画を支援し、宇宙関連産業の将来展望をより確実なものとする。企業参入の促進に当たっては、利用メニューの充実を図るとともに、利用の障壁とならないような「適正価格」に近づける努力が必要である。
 JAXAは、他の機関が有する研究開発力を組織的かつ系統的に取り込むべく、国内の大学、他の国立研究開発法人、民間企業等との連携を強化する。
 上記に当たっては、JAXAが情報を発信するだけでなく、相手方からの要望を継続的かつ体系的に取り込み、「きぼう」運用に実効的かつ速やかに反映させる体制を強化する。

(2)費用対効果向上のためのコスト負担の方策(改良型HTVの活用)

 2016年から2020年までの我が国の共通システム運用経費(CSOC)の負担については、新たな宇宙基本計画において、HTV2機に加えて、HTV3機目相当分を「将来への波及性の高い技術により対応する」こととされている。このHTV3機目相当分については、米国からの要請も踏まえ様々な可能性について検討した結果、現行HTVの開発・運用で獲得した技術と知見を踏まえ大幅な設計見直しを行ったHTV-X(仮称)を新たに開発し、これによりISSへの物資輸送を行うことが、新たな宇宙基本計画に応えることができる効果的かつ合理的な選択肢と考えられる。

(運用経費の低減)

 HTV-X(仮称)は、これまでの経験・知見から設計要求水準を満足させつつ、システムの効率化、簡素化、軽量化、作業期間短縮等により、製造コストを従来よりも大幅に軽減することを目指しており、2021年以降のISS計画への継続参加を視野に入れれば、HTV-X(仮称)を用いてISSへの物資補給を行うことにより、現行HTVによる輸送を継続する場合に比べて、我が国のコスト負担の低減につながることが期待される。
 CSOC負担に係る経費は、我が国のISS関連経費の多くの部分を占めており、これを低減することはISS関連経費の削減に効果的に貢献できる。また、費用対効果の費用の部分の削減となるため、HTV-X(仮称)を開発し運用していくことは、費用対効果の向上に大きく寄与する。

(将来のミッションへの貢献)

 HTVでは、ISSへの物資補給ミッションと並行して、導電性テザーを使ったスペースデブリ除去に必要な技術の実証や小型回収カプセルの再突入計画等、将来の宇宙利用に必要な技術獲得にも積極的に利用されている。
 また、HTV-X(仮称)を通じて、今後の我が国の宇宙開発利用にとって重要な基盤技術を獲得する。その基盤技術は、先述の費用の削減に貢献するだけではなく、我が国の国際宇宙探査に関する取組に寄与するとともに、軌道上サービス機等の安全保障につながる技術への応用可能性が期待されている。更に現行HTVと同様、運用機を先進的な技術実証の場として活用していくことも考えられる。 

 

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